第二十二話『道を選ぶ』-詩人・建築家 立原道造-
2016-01-30 10:04

第二十二話『道を選ぶ』-詩人・建築家 立原道造-

信濃追分には、分去れの碑があります。
分岐点の分に、去っていくと書いて、分去れ。
言葉どおり、越後へ通じる北国街道と京都に向かう中仙道の分かれ道です。
江戸時代から旅人たちは、ここで別れを惜しみ、たもとを分けて、それぞれの道を目指しました。
この追分の分去れを、詩に詠んだ作家がいます。
立原道造。彼が詠んだ詩は、こうです。
「咲いているのは みやこぐさと
指につまんで 光にすかして教えてくれた
右は越後へ行く北の道
左は木曽へ行く中仙道
私たちは綺麗な雨上がりの夕方に
ぼんやり空を眺めてたたずんでいた
そうして夕焼けを背にしてまっすぐ行けば
私のみすぼらしいふるさとの町
馬頭観世音の草むらに
私たちは生まれてはじめて言葉をなくして立っていた」
立原道造は、帝国大学に入学した20歳の夏に、軽井沢を訪れました。
以来、24歳で亡くなるまで、この地を愛し、たくさんの詩にしました。
14行のいわゆるソネット形式の詩を、まるで音楽を奏でるように詠んだ抒情派詩人。
そんな彼は、建築の分野でも才能を開花させていました。
文学に傾倒しつつ、建築家としての道も歩んでいた、立原道造。
彼が分岐点で選んだyesとは?

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