今年のスポーツ界で忘れられない出来事のひとつに、サッカー・ワールドカップ・ロシア大会があります。
準決勝の舞台にもなったサンクトペテルブルクの真新しいスタジアムを設計したひとを、ご存知ですか?
日本を代表する建築家、黒川紀章です。
この建築物は、彼の10年越しの遺作でした。
サンクトペテルブルクは、バルト海に面した古い都。
白く丸いドームの屋根からは、8本の柱が天空に突き出しています。
「世界で最もモダンなアリーナのひとつ」と評され、街のひとはもちろん、世界中のひとたちが見惚れる美しいスタジアムになりました。
2006年、スタジアム建設のコンペ参加への招待状が、黒川のもとに届きました。
サンクトペテルブルクは、黒川にとって思い出の場所。
学生時代に初めて参加した国際会議の開催地だったのです。
審査の結果、17社の中から、見事、黒川のデザインが選ばれました。
コンペを勝ち抜いた彼の喜びや興奮が、スタジアムに宿っているように感じます。
彼は大きな船をイメージしました。まるですぐに船出しそうな帆船。
8本の柱は、さながら風を受けるマストでしょうか。
空中に浮かび上がりそうな宇宙船にも見えます。
名古屋の名家に生まれ、1986年に建築界のノーベル賞と言われるフランス建築アカデミーのゴールドメダルを受賞。
常に日本建築界を牽引し続けた男。
さらに女優との結婚など、マスコミの寵児でもあった黒川は、心から建築を愛し、デザインや設計を楽しんでいました。
彼は『黒川紀章ノート』という書物に、こう書いています。
「私は、物心ついてからほぼ100%の時間を、建築からアーバンデザインにいたる創造することの感動、あるいは創造することの楽しさに心から没頭して生きてきた」。
仕事を楽しむことで、激動の高度経済成長時代を乗り越えてきた、黒川紀章。
彼が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
準決勝の舞台にもなったサンクトペテルブルクの真新しいスタジアムを設計したひとを、ご存知ですか?
日本を代表する建築家、黒川紀章です。
この建築物は、彼の10年越しの遺作でした。
サンクトペテルブルクは、バルト海に面した古い都。
白く丸いドームの屋根からは、8本の柱が天空に突き出しています。
「世界で最もモダンなアリーナのひとつ」と評され、街のひとはもちろん、世界中のひとたちが見惚れる美しいスタジアムになりました。
2006年、スタジアム建設のコンペ参加への招待状が、黒川のもとに届きました。
サンクトペテルブルクは、黒川にとって思い出の場所。
学生時代に初めて参加した国際会議の開催地だったのです。
審査の結果、17社の中から、見事、黒川のデザインが選ばれました。
コンペを勝ち抜いた彼の喜びや興奮が、スタジアムに宿っているように感じます。
彼は大きな船をイメージしました。まるですぐに船出しそうな帆船。
8本の柱は、さながら風を受けるマストでしょうか。
空中に浮かび上がりそうな宇宙船にも見えます。
名古屋の名家に生まれ、1986年に建築界のノーベル賞と言われるフランス建築アカデミーのゴールドメダルを受賞。
常に日本建築界を牽引し続けた男。
さらに女優との結婚など、マスコミの寵児でもあった黒川は、心から建築を愛し、デザインや設計を楽しんでいました。
彼は『黒川紀章ノート』という書物に、こう書いています。
「私は、物心ついてからほぼ100%の時間を、建築からアーバンデザインにいたる創造することの感動、あるいは創造することの楽しさに心から没頭して生きてきた」。
仕事を楽しむことで、激動の高度経済成長時代を乗り越えてきた、黒川紀章。
彼が人生でつかんだ、明日へのyes!とは?
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