1. 夜空にランタンを
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#55 母親について思うこと
2025-08-20 21:58

#55 母親について思うこと

実親との関係における気づき、"母親はこうあるべき”像や親子の適切な距離感などについて話してみました。

母とは別個体である/異なる価値観/傷つき、怒りを覚えた当時の感情/母親もひとりの人間/関係性を俯瞰して眺める/適切な距離感/人生のある一定の時期における母と子の関係

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自分と向き合う時間に寄り添う、女性ふたりの雑談番組。

考えるひと・いしだと、感じるひと・みずほが、日々のもやもやや気づきについて、ランタンに願いを込めるように語っています。

ひとり時間や眠る前、そっと耳をすませたくなったときに。

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00:06
このポッドキャストは、考える人石田と、感じる人Mizuhoがお届けする番組です。
夜空にランタンを飛ばすように、私たちの考えや思いを解き放つことで、
リスナーの皆さんの心が少しでも軽くなったらという願いを込め、
日々の暮らしの中で気になったことについてお話ししています。
考える人石田です。
感じる人Mizuhoです。
こんにちは。
こんにちは。
今日のランタンは何でしょう?
今日のランタンは、母親についてです。
私はコロナ禍から実家に住んでるんですけど、
大人になって改めて、母との距離が近くなったことで、
母親という対象について改めて考えたんですけど、
その中で気づきなどあったので、
今日は母親について、それをシェアしつつ、
石田さんとも話していきたいなということで、
このテーマにしております。
気になる、何ですか?その気づきは。
まず、私は母とは別個体なんだなっていうことと、
あと、母の価値観が無意識にすり込まれてたなっていうことを感じたっていう話なんですけど、
例えば、母は結構厳しい親だったので、
全体的に緊張感がある感じだったんですけど、
それが今の今まで、大人になってからもずっと私のベースにあるっていうか、
だから価値観ですか?っていうところがすごくあるなって思っていたんですけど、
よくよく考えると、私はゆるむとか、リラックスした時間を過ごすとか、
そういうことが好きだったりとか、そっちの方が自分でいられるというか、
しっくりくるみたいなところがあるんですけど、
そういう自分に気づいたんですけど、
なので自分と真逆の状態でいたというか、
それが私があるべき姿なんだっていうふうに考えていたということに気づいて、
あたかも私の価値観だって思ってたんですよね、その緊張感ある感じが。
でもよくよく考えたら、それは母の価値観であって、
私の本来の価値観ではないし、ずっと持っていたい価値観でもないなっていうことに気づいて、
そういうことって、今のは一例ですけど、各自持ってるんだろうなっていうことをまず思ったりしました。
それに気づいた時は、どんな感情だったんですか?
楽になったとかですか、
多分その母から教えられた価値観って本来自分のものじゃないんで、
それに合わせていかなきゃってちょっと頑張る自分が多分いるはずなんですよね。
で、その逆が自分の本来の姿。
03:02
なので今回だと緩むとかダラダラするとかですけど、
それであることはいけないことだ、みたいな考え方になるわけですよね。
だからその本来の自分でいることっていうのが、いけないことやっちゃいけないことだったんですけど、
でもそっち側が自分だったんだって思えたら、それでもいいんだっていう気持ちになり、
で、楽になる、ほっとする、みたいな感じだった気がします。
それはこのコロナ禍以降、1日に戻られてから初めて気づいたっていうことですよね。
そうですね。
それはなんで、昔もちろん一緒に住んでらっしゃったと思うんですけど、
1回離れて、たぶん戻られて気づいたと思うんですけど、
昔はだから気づかなかったけど、今回気づいたのはなんでだったんでしょうね。
なんでこのタイミングで、そういうふうに違うんだって気づけるようになったんでしょうか。
そうですよね。
たぶん今までは子どもと親っていう立場とか目線でのやり取りの中での価値観だったと思うんですけど、
コロナ禍で帰ってきたのは大人対大人みたいな関係だったんで、
冷静に母親として母親を見るんですけど、一大人としても見るっていうか、
もうちょっと違う目線から母を見ることができたりとか、
あとは母の母ですよね。私からするとおばあちゃん。
もう一緒に住んでるんですけど、今度はおばあちゃんが私の立場になったっていうか、
母からすると子どもが自分の非豪華にあったっていう構図が、
今度は子どもが育っていったので、おばあちゃんが介護対象っていうか、
非豪華に入ったみたいな構図になっていて、
そうするとおばあちゃんに対する態度が母が以前子どもたちにしていた態度みたいな感じなんですよね。
なので母がおばあちゃんに言ってることとかが、私もあれ言われたことあるとか、
ああいう態度よくとってたなとかっていうのをロールプレイされてるみたいな目の前でっていうのがあって、
それですごい俯瞰して、あれって母が言ってることは正しいと思ったけど、
必ずしもそうじゃないかもとか、あれは単なる母の価値観だったんだな、
私のじゃなかったんだなとかっていうことに俯瞰してっていうか、
第三者の目線から気づけたみたいなところがあったかもですね。
確かにそれ大きそうですね。
分かりやすく昔を思い出せる関係性が今目の前にあることで、
当時のことを振り返りやすかったのかなと思います。
本当に本当にそうです。
そこでふと思ったのが、もしかしたらそれに気づいたときに、
母の価値観をそんなにグイグイ押し付けて、私の価値観こんな風になっちゃって、みたいな感じで、
06:01
怒りとか憎しみというか、そういう感情が出る人がいるのかなと思うんですけど、そういうのはありますか?
いや、ありますけど、そこで気づいてポンって、その憎しみとか憎悪みたいなものにも一緒に気づくっていうよりは、
前からそれは存在してる両輪で走ってるっていうか、裏で駆動してるみたいなものかなっていう感じですかね。
その怒りっていうか、そこでもともと持ってたそういう感情がそれに気づいたことで、変化ってあったんですか?
例えばそれが、でも母さんの価値観だったんだよなって気づけて、そういうネガティブな気持ちが解消されるのか、
その気持ちの変化っていうのはあったんですか?
しっかりすべきと緩んでもいいのを話してはなかったかなって思うんですけど、
さっき言った感じで、目の前で毎回そのロールプレイみたいなのが日々行われているので、
自分のタイミングで気づくことっていうのはすごいいっぱいあって、他の事象とかでですね。
その別のこととかで気づいたりとかしていった時に、
例えば母がおばあちゃんに何か言ったことがやけに自分が気になるみたいなのは何でだろうとかって掘っていくと、
私もああいう風に言われて、すごい本当は傷ついてたとか、あの時怒りを例えば抱えたとかっていうので、
考えた時に私ってそういう感情、どちらかというとあまり綺麗ではない感情っていうのを抱えてたんだなっていうのを気づいて、
気づいたら受け止めてあげるっていうか、認識してあげるっていう感じですかね。
なんでそういう感情を持ってたんだろうっていうのがすごく解像度が上がるっていうか、
それが理解できた感はあるのかもしれないですね。消えることは例えばなかったとしても、
なんでこんな風な感情を抱いてたんだろうみたいなところが、よりちょっと理解が深まったっていう感じなの。
たぶんなんですよね、例えばあなたに怒っているとか恨んでいるとかっていう出来事があった時に、
今までその未消化のまま、それを抱えているままの時って、たぶんものすごい感情的なのかなって思うんですよね。
でもそれを認識したりとか、受容したりとかした後って、残ってるかもしれないし消えるかもしれないんですけど、
いずれにせよ、すごいフラットに見えるというか、そういう事象もあったよね、以上みたいな感じかもしれないですね。
さっきも出てきましたし、今もおっしゃいましたけど、受け止めることができたっていうことなんでしょうね、そしたら。
受容を受け止めることができた。
09:01
そうか。
もう一つは、別の個体なんだなっていうことなんですけど、さっきの価値観が違うとかっていうのもありますし、
もう一個の例で言えば、私は結構静かなタイプで、母はボリューム大きめなんですよね。
発声からしてもそうですし、あとは階段の上がり方とか、たぶん母が普通なんだと思うんですけど、私が繊細な方なんだと思うんですけど、
そういうの一つとっても、私はそれを聞くたびに、うるさいなとか、もっと静かにやればいいのになってすごい思うんですけど、
たぶん彼女にとってあれが普通みたいな、そういう差を改めて体感するっていうか、目の当たりにすることで、
別人なんだなっていう、最初の話で母の価値観イコール自分の価値観みたいなところ、
出来上がっちゃってましたけど、そこを引き離すことができたっていう感じです。
それはすごく大事な視点だと思います。母と子どもの関係において特に。
別の個体である、人間であるっていうことは、これなんか家族の話した時にもこの話したような気がする。
それを理解するっていうのは、例えば自分がこの立場であれ、自分が母親の立場であれ、そのことを理解しておくだけで結構解消されることは、
解消されるっていうか、揉めなくていいことはいっぱいあるんじゃないかなって思ったりします。
そうですね。逆の立ちは、今私たち世代ってお母さんになっている方とか一定数いらっしゃると思いますけど、
自分の価値観を子育てに当てはめようとすると、なんでこの子はみたいな、ありますけど、そういうことですよね。
よく言う、自分ができなかったことをなぞらせようとするとか、叶えられなかったことを自分の子供に、
例えばいい大学に行けなかったから自分の子にはよく有名な新学校入れてっていうことをやらされた子どもで、
その後、親子の関係がヘルシーにサステナブルになっている例ってあんまりない気がします。
私がこのテーマで思ったのは、わりとみずほさんが今言ったのと近くて、2つあって大きく。
母親ってすごくいろんな像とかこうあるべきみたいなものに縛られやすい。
あと立場とか責任とか、それにすごく縛られやすいコンセプトっていうか像だよなっていうのと、
2つ目が別の個体なんだよなっていうことを理解していくことはすごく大事っていうことなんですけど、
2つ目から先に話すと、みずほさんが話してくださったことと似てるところもあるかわかんないけど、
私も母とわりと真逆の人間なんですよ、考え方が。
12:01
だから昔からいろいろ言われてたりして、家族関係複雑でもないけど、
これもいつか話したかもですけど、私がバランサーとなって家族の中でうまく立ち回らなきゃいけないみたいな中で育ったから、
ちっちゃい頃から母親が何かこう言ってきてても、すごい感情的にこの人今なってるだけなんだろうなとか、
それが例えばお昼ご飯前とかだったら、
多分この怒りはご飯を食べて落ち着けばきっと落ち着くであろうとかそういうことを思ってたんですよ。
だから今は言い返さないのが良しだ。
なぜなら今感情的になってるだけだからであるみたいな風な分析の癖が昔からついてたから、
なんかちっちゃい頃から揉めたり言い返したりとかはしなかったんですけど、
やっぱり母の言葉が強いかもだけど呪縛みたいなのがあって、それこそちゃんとしなきゃいけないとか、
何かするにしてもすごい心配性な人なんだよ、うちの母は。
ああ、なんでこんなこと言うんだろうとかっていうのは昔からあったけど、
だからちっちゃい頃はそういう言い返したりしなかったけど、うんざりしたりとかってのがあったけど、
それがやっぱり年を減って大人になってきて、いろんなものを見たり聞いたり経験したりする中で、
やっぱりその母はもう一人の人間なんだよな、みたいな気持ちはすごく強くなってきてるんで、
昔以上に心配してるからこういうこと言ってるんだろうなとか、
この人のこの性格はいくら私が気にしなくていいよとか大丈夫だよって言っても、
もう心配しちゃうんだろうなとか、
わりとやっぱりよりさらに俯瞰レベルが上がって、
母親も一人の人間として悩んだり苦しんだり葛藤してることがあるんだろうなっていう視点で付き合えるようになりました。
昔よりもだから、ああ、やれやれみたいな、なんでこんなこと言うんだろうなみたいな、
そういう気持ちは若干薄れたっていうか、
まあ母親も一人の人間ですからね、みたいな感じになってきたかなっていうのと、
お母さんって何でしょうね、期待されてるものが多いなって思います。
なんかやっぱりケアする存在であるべきみたいなこととか、
なんか常に支える人みたいな、だからなんか苦しいよなって思います。
まあ子供が例えばもしいたとしたら、やっぱり母親としてこうあらねばみたいなので、
いくらそこから離れようと思っても、自分っていい母親なのかなとか、
こんなことをして私は自分のことを愛してないんだろうかとか、
絶対なんか葛藤はしてただろうなってすごく想像できるし、
社会的通念っていうか、そのイメージから抜けるのって大変だろうなって思ったりします。
いやー確かに確かに。
だからそのことを考えると、自分の母親の辛い部分もすごくいっぱいあったんだろうなと思うんです。
15:05
壊るべきみたいなぞと自分が今やってることとのギャップとか、
これすごい思ったんですけど、なんでこんなにイライラしてるんだろうみたいなやる一定の時期があって、
それは今振り返ると多分彼女は当時高年期だったんじゃないかなと思うんですよね。
高年期で自分の感情がコントロールできなくてみたいなことがあったんだなとか、
そういうことも思うから、だから大事ですよね。
とにかく母親も一人の人間であるっていうことを理解することってすごく大事な気がします。
母親は一人の人間であり、子も一人の人間だよっていうこと。
お互いがそれを理解しておくとここの関係は割と多分、
仲のいい友達みたいにリスペクトを持ち合って関係を築けると思うし、
私本当に家族の概念も言ったと思うんですけど、家族ってすごく不思議で、
例えば私もみずほさんも割と感情的にならずに、冷静に俯瞰して物事を見たり対処できるタイプなのに、
なぜか例えば自分の身内になったりすると、リスペクトとか急になくなってめちゃくちゃ感情的になっちゃったりとか、
こんなことを言ってムカムカしないのに勝手にムカムカしちゃったりとか起きるのが家族だと思うんですよ、私は。
なんでか分かんないけど、距離がやっぱり近すぎて、リスペクトというものがなぜかなくなってしまう存在。
だから親しい仲こそレイヤリーというのは、私はよく言った言葉だと思ってて、
本当にそれを家族の中で持つ、それを持つためにこの人も別個体であるっていう概念が多分ベースになると思って、
それはすごく大事だと思います。
距離感って本当に大事ですよね。
大事。
それは思います。だからなんか家族に限らず、今ちょっとうまくいってないというのは距離感で解決することって多分たくさんあるし、
もっと近づきたいなって思ってる人がいたとしても、本当に近づくことイコール仲良くなるとか、
仲を深めることになるのかとかっていうのはちょっと考えてもいいって思ったりとか、それくらい距離感ってそこが左右するものはすごい大きいなって思いますよね。
それはね、めっちゃ思うんですよ。私大学出るとき就活するときとか、やっぱり親はそのUターン就職してほしかったってずっと思ってて、
でも私はもう真逆の全国転勤みたいな会社入ってて、その前に留学とかもしちゃってなんかもう飛び回ってるみたいな感じになっちゃって、
当時は考えましたよね。そのUターン就職しない私は親不幸者なのだろうか。結局私の人生を生きると思って、
全国転勤の会社行ってよかったなと思ってるんだけど、これもやっぱり大人になって、私があそこで例えばUターン就職して、
自分が望む形じゃない形で地元に帰ってずっと地元でいて、実家の家の隣に家を建てとかしてたとして、
幸せになったかもしれないけど、でも結構高い確率で、もしかしたら絶縁ぐらい親子の仲が悪くなってた可能性もあるなってすごい思うんですね。
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だから離れてるからそれは親孝行じゃないとかっていうのは全く違うし、その本当にみぞさんがさっき言った適切な距離っていうのはその親子によって全然違うと思う。
一緒にいて仲良くできる人ももちろんいると思いますし。
それは本当に思います。私は多分ある程度離れてた方が仲良く、別に喧嘩するわけとかじゃないんですけど、
逆に話す頻度が増えたりとか、いろいろもっとシェアするみたいなことが増えるなって思っていて、
自分の理想のゾーンみたいなところは結構遠くに行った時の方が好きな自分になれるというか家族に対してっていうのはすごい思いました。
そうそう。だから距離は確かに本当にキーワードかもしれないですね。
その別個体であるっていうことを物理的に体現、分かりやすくできてるっていうのもあるし、
どうかしづらい。もう住んでる環境、生きてる人生が全く違う感じで毎日住んでるから、
それを実感しやすいかもしれないですし、いいと思う。まあまあそれぞれですけどね。近くにいてももちろんいいんだけど。
本当に各自違いますね。その幸せな位置。
なんか劇場だったなって思うんですよね。水穂の人生劇場みたいな。みんなあると思うんですけど、石田の人生劇場。
その中の母役と子役だったなっていう感じで、その時厳しい母というキャラ設定の母とちょっと感受性の高い子というキャラ設定で、
いろいろ学ぶこととか、成長することとか、自分たちが必要なことをやりあって、大人になってもうそれっていらなくなったから、
さっき言ったみたいに別個体だったなって思えるようになったりとか、本当に一人になった、個体と個体になったみたいな今があるなって思うんですけど。
だからそういう時期もある。母と子であった意味っていうか、時期がありますけど、
それをずっと考えてると辛いなとか、大変だなって思う人は個体なんだっていうことを、そういう目線で改めて考えてみると、
ちょっと心が軽くなったりとか、生きやすくなったりとかするのかなって思います。
その時期っていうことですよね。さっき距離の話をしたけど、そういう時期であったっていうか、どうしても例えば小さかったりしたら、いろんな意味でケアしてもらわなきゃいけないし、自分も。
おそらくお母さんも一生懸命育てなきゃと思って、いろいろ言われたことやられたこともあると思うし、
だから本当にそういう時期であって、その時期の関係性とか言われてたことを大人になっても本当に個性っていうか、
その人格みたいなものをもっと育ててきたときに、それを引きずらなきゃいけない理由はないっていうか、
それはそういう時期で、一旦終わりでしたよっていうふうに区切ることができると、
21:04
そうですよね。今みるとさんが言った通り。
今日のランタンで、みなさんの心が少しでも軽くなっていたら嬉しいです。
また来週。
番組では、みなさんの感想や質問、リクエストなどを募集しています。
詳細は概要欄をご覧ください。
また、私たちの番組は始まったばかりです。
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