2024-12-05 20:46

娘からのご褒美

今日のテーマ

『娘からのご褒美』

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12月5日、今日も声日記を残していきたいと思います。
ビビりな私が自分にエールをの、ゆうのです。
声日記面白いし、記録するのが本当に好きなんやなと思いました。
声日記とかでこういう音声で記録することもそうだし、書くこと。
手書きも好きだし、パソコンで打ち込んでいくとか、
とにかく自分の考えていることや、思っていること、日々の記録をすることが好きなんだなって
改めて思いました。
残しておきたい。
毎日毎日生きてる中で、取りこぼしたくない出来事が日常にすごく転がってて、
でも残念なことに、私の記憶する場所、脳の場所があると思うんですけど、
それがものすごく小さいですよね。
だから、ほんのに数歩歩いたら、え、何やったっけ、みたいなのがめちゃくちゃあるんですよ。
それでも別に、いくらい些細なことが多いんですけど、
そんな風に私は時を重ねているんだなっていうことを忘れたくなくて、
だから記録をすることが好きだし、
記録をして忘れてた記憶や感情を呼び起こしたいから、
こういう行動を取り続けているんだなっていうのを失敗して、
これ終わしたのに何か消えてるってなって、むっちゃ腹立たしさもあったんですけど、
それと同時にそんなこともふと思って、
もう一回撮ろうかな、みたいなことを思って、
今日は撮っていきたいなとまた思います、心新たに。
今日は何について話そうかっていうところを思ったんですけど、
せっかく撮り直すし、何しようかな、違うのにしようかなとか思ったんですけど、
やっぱこれ、小絵日記に残したいと思ったんですよね。
それは一体何なのかっていうことなんですけど、
それはお母さんになれてよかったって思った日について、
何なんこれ、みたいな感じなんですけど、
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この間ね、晩御飯を一緒に食べていてですね、
娘が普通にさらっと言ったんですよ、
私、お母さんになりたいな、みたいな。
で、その時に、お母さんになりたいの?と思ってね、
あかんことはないんでしょ?
そうなんや、と思ったんですけど、
なんでなん?みたいなのを聞いたんですね、すごい気になって。
やっぱ子供がいる暮らしっていうのをしてみたいな、みたいな。
なんかもう、違和感しかなかったんですけど、私。
いや、あんた子供、まだ子供やん、みたいな。
子供が、自分が大人になって子を産むことを想像するってすごく、
違和感とか思っちゃって。
で、そうなんやな、そういう暮らしがしたいんやね、みたいな。
だってさ、みたいな。
ママみたいなお母さんになりたいね、って言われたんですよ。
私、この一言がもう、だめでした。
ぐっときました。
まに。
なに?なになに?
おかわりちょうだいって言いそうになったぐらい、もっかい言って、みたいな。
ぐらい、なに?
なんかあの、ママみたいなお母さんになりたくってさ、みたいな。
もう、さらっと言うんですよね。
なんかすごい嬉しかったんですよ、めっちゃ。
そう。
なんかなんでそんなに嬉しかったのか?
っていうところなんですけど、
娘はもう今8歳なんですけど、
生まれたときね、私お母さんなりたてですよね。
もうすんごい子育て無理やったんですよ、正直。
無理や、みたいな。
育てる、育てるというか、
命をつないでいく日々、むっちゃむずい、みたいな。
あー、むっちゃしんどい、むっちゃ苦しい。
もう無理や、みたいな、すごいあって。
生まれて、妊娠ね、すごい嬉しかったんですよ。
うわー、かちゃんできた私に、みたいな。
こんなこと起こるんや、みたいなんで、
はじめは何の変化っていうか、あまりなくてですね、体に。
そんなにつわりもめっちゃひどいわけじゃなかったので、
気づかなかったんですよね、はじめ。
けど、だんだんあれ、みたいなことで、
気づいて、妊娠が発覚して、お腹がどんどん大きくなっていくと、
お腹が結構出てきた頃ですかね、
人がここに入ってんねや、みたいな。不思議、みたいなんで。
でも、どっかちょっとまだね、自分ごとに思えなくて。
でも、なんか実際、産んで出てきて、
うわーって目の当たりにしたときに、すごい感動したんですよ。
人が生まれた、みたいな。私から人が生まれた、みたいな、当たり前なんですけど。
そうやけど、お母さんになったんやなっていう実感よりも、
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私から人が生まれた、みたいなんで、すごい衝撃のが大きかったんですよね。
で、母子同室って言って、病院でね、子供と一緒に寝る部屋、
寝ることができる病院だったんですよ。
で、預かってくれることも多分できたんでしょうけど、
その当時のね、私は、預かってもらうっていうことより、
お母さんになったからには、ちゃんと見やなあかん、みたいな。
さっきまで、私から人間生まれたとか言ってて、ちょっと人事みたいなとこあったのに、
急になんか謎の責任感がうおーって押し寄せてきてね、
お母さんになったんやからちゃんと見たらなあかん、みたいな、なんかすごいなったんですよ。
もうほんまに、極端なんでね、考え方が。
急にね、責任感というか、命の重みをずしっと感じてですね、
感じれば感じるほど、なんで泣いているのかがわからないっていう状況が起こったときに、
ものすごく困惑したんですよ。
で、こんなんでナースコール鳴らしたらあかんなあと思いながらも、
泣き声の中、何をしていいかわからない、真っ暗な病室でね、夜やったんですけど、
で、ずっと泣き止まへん。
その声とこの密室と、自分と子供だけの空間が息が詰まりそうになって、
ナースコールを押しまくるっていうことをね、入院中にしたんですよね。
で、お母さん大丈夫ですよ、みたいな。
母乳の時間かな、みたいな。ミルクかな、とかって。
おむつかな、っていう。この辺をちょっと確認してあげてくださいね、みたいな。
で、それで看護師さんが抱っこしてトントンってしてたら、
ちょっと泣き声が小さくなっていくんですよね。
そこで、なんでやって思ったんですよ。
私も同じことしたのに、みたいな。なんで泣き止んでくれへんの、みたいな。
で、それを言われて、できてないんや、私が何も気づけてないんや、みたいな。
そんな思うことないのに思ったりとかして、
これやばいなあと思ったんですよね。
今、入院中でナースコールをしたら誰かが来てくれるけど、
自宅にナースコールはないんですよね。
で、やっぱり帰ってから夜泣きだったり、母乳をあげるとかミルクをあげる。
お腹が空くので泣くし、その時間の間隔も結構早かったんですよね、申請時で。
だからもう睡眠不足とホルモンが崩れて、バランスが崩れているのと、
自分がお母さんになったんだっていう衝撃があまりにも大きくて、
まさか私が、みたいに思ってたんですよ。
まさか子供が自分が授かることができるなんて、
そんな未来ちょっと前まで想像してなかったんでね、出産する前までは。
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そんなこんなで本当にたくさんの思いを込めて育ててきたって言ったら偉そうですけど、
一生懸命命を繋いできたんですよね。
そんな困難をやってきたことがグッと走馬灯のように出てきて、
そんな時に走馬灯のようになって、わーってなった時に嬉しいなーって本当に思ったんですよね。
ママみたいなお母さんになりたいとか、ありがとうなーみたいな気恥ずかしいけどめっちゃ嬉しいって素直に思えて、
いろいろそこから聞いたりしてたら、
正直、見てて辛そうやな、しんどそうやな、大変そうやなと思うんやでって言われたんですよね。
まぁまぁしょっちゅうイライラしてるんでね。
そうやから、そうやって子供の目にも映ってるんやなーとは思ったんですけど、
それでもさ、みたいな。
なんか嬉しかったことがいっぱいあったよな、みたいなことを言ってくれたんですよね。
大変そう、しんどそうっていう部分もあるけど、一緒にいて楽しかったね、みたいな。
それを言ってもらって、
いろんな部分を見てくれてたんやな、みたいな、一緒にね。
私も娘のいろんな成長具合ですか、成長していくスピードだったりとか、成長の過程だったりとか、
本当にね、私の視点ですけど、見させてもらえてね。
娘は娘で、彼女の視点から、母っていう私をね、いろんな角度から見てくれてたんやなと思ってね。
それが本当に嬉しくって、
私がお母さんじゃなかったらよかったのになって、ほんま言ってあかんなってめっちゃ思うんですけど、
産んで、何歳ぐらいかな、2歳。
なんかイヤイヤ期みたいなんじゃないけど、ちょっとジガが結構出てきて、
新生児とはまた違う大変さが若干出てき始めるときに、
ものすごく、ああ無理ってなったんですよ、子育てが。
何回無理って何年ってなるんですけど。
そうなってしまって、そこでなんかそんなになったかん、みたいな葛藤をすごくしたんですよ。
なんてお母さんやのに、みたいな。
私の母性はどこに消えた、みたいな。
産んだときに流れてたんかっていうぐらい、母性の欠片も感じられなくなって、
普段の言動がね、私の。
すごくそれで自分を責めたり苦しんだりしたんですよ。
そういう部分はもう記憶にないのかな、娘は。
あるのかな、わからないです。
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ちっちゃかったから。
でも、何かしらの感覚としては残ってるはずなんですよね。
それを踏まえても、ママみたいなお母さんになりたいっていうのはもう、
なんとも言えない気持ちになりまして、
私じゃなかったらよかったのになって思ってたその頃があったんですけど、
今は、ほんまに自分お母さんになれてマジでよかったって思ってるし、
この子らのお母さんになれたことが嬉しいし、
私じゃなかったらとか、もう絶対思わへん、みたいな。
って強く思えたんですよね、その日。
で、なんか改めていろんなことが思い出されてですね、
息子は息子の育てる中での壁にぶつかることっていっぱいあったんですけど、
なんかそんなことをね、ふと思い出させてもらえたのもあったし、
なんかこう、あったかい気持ちになったんですよね。
なんかもうほんまに、なんやろ、出産ってすごいことやし、
なんかもう子供とか家族を持つとかも、
自分の人生において大きなことやったんですよ、私にとって。
ものすごく。
そう、だから、なんかね、どうなんやろ、これから産ましたとか、産んでからも、
お母さんね、やってはってもね、ちょっとほんまごめんなって思うことだったりとか、
こんなんで怒らんかったらよかったのに、とかね、自己嫌悪とか、
ほんま、私ちゃうかったらよかったのにって思う人も中にはいるんかなって思ったんですよね。
お母さんやってて。
だって、これでええわ、こんな私でええねん、お母さん向いてる、めっちゃ向いてるみたいな、
そんな甘ったことないから、私はそういう語りね。
それが思えてる人はそれもすごく素敵だし、
でもそうじゃなくて、なんかね、お母さん向いてへんなとか、
なんか、あかんなみたいな、このやり方じゃほんまにあかんと思うとか、
なんか申し訳なさ抱えてるとかいう方もいるかなと思ったんですけど、
なんかちゃんと見てくれてる気がするなって思うんですよね、子どもは子どもの視点で、
お母さんは申し訳ないとか、ごめんなとか、私じゃなかったらと思ってても、
向こうは大丈夫だと思ってくれ、大丈夫でっていう目線で見てくれてたりとか、
そういう時もあるしな、みたいなとか、ぶつかり合う時ももちろんあるけれど、
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なんか子どもの視点や子どもの感受性っていうか感じ取るところを、
信頼したいなみたいな、きっと思っているに違いない、きっと悲しい思いさせてるに違いないっていう、
私の思い込みで、彼女の感情を決めつけるのはやめようって思いました。
私は結構ごめんねっていうことが多いんですよ、普段も本当に怒ってて。
だけどそういうふうに、思ってくれる嬉しいこともたくさんあったって言ってくれるんやなと思って。
なんかなんか、あかんなって責めずにね。
今精一杯ある愛情をかけてたら、なんか十分なんじゃないかな、みたいなことをちょっと振り返って思ったし、
その当時のね、自分にも言ってあげたいなと思ったんですよね。
こんな嬉しいこと、あなた8年後言ってもらえますよ、みたいな。
そうなんですよね、だから本当にお母さんってどんな感じなん?とも聞かれたんですよ、子どもに。
ママは自分をお母さんだってどんなふうに思っているの?みたいな。
ママって何?みたいな。
それすごい言葉にするの難しいと思ったんですけど、正直言わせてもらったら、
めっちゃハッピーで幸せで愛しい気持ちでいっぱいで、
母親になれるのは素晴らしいこと、みたいな感じではリアルは違う、みたいなことを言ったんですね。
やっぱり、しんどいとかぶつかることも多いし、いろんな感情が本当に入り混じるというか、
自分とも向き合うことにもなるし、あなたたちとも向き合い続けることにもなるし、みたいな。
それによって苦しさを感じることもあって、正直楽しいだけとかはないし、楽ではなかったのはそうかも、みたいな。
でも、その中で一緒に時を重ねる中でねって言って、
やっぱり同じよって言って嬉しいって思うこと、やっぱもう最高みたいな楽しいみたいな、大好きとかね。
そんな感情があふれる日々が増えていった。
辛さもあるけどめんどくささとか嫌だなみたいな日もあるけど、
それを上回るような、すごい言葉にできない何かがあって、
私は母親になったこと、最高に嬉しく思ってるし、
あんたらのお母さんになれてよかったみたいな、は伝えたんですね。
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いやほんまね、産む前とかお腹に居る時とか不安しかないから、そんな未来が待ってるなんて思ってもなかったですし、
これ言われたからここで終わりですってことはないでしょ。まだ全然8歳やから、まだまだ子育ては続くんですけど、
すごいご褒美ってたまにこうやって来るんや、みたいな。
だってですね、超絶嬉しすぎてですね、その嬉しさをここに記録したいし、
本当に当時のことを振り返って、言葉をかけてあげたいなと思って一生懸命頑張ってた自分に、
不安やった自分にもそういう風に言ってあげたいなみたいな、そんな日もあってもええねんみたいな。
いいお母さんじゃなくてもええねんみたいな。
でももう自分が出し切れる何か、一生懸命その時だけでも出し切ってたら、
それがずっとずっと紡がれていって、親子になっていくんやし、みたいな、生きなし。
生まれ出た瞬間にね、超お母さんになったからって力みすぎんでもええんや、みたいなことをね、
思って、緊張っていうかすぐ肩の力が入るんですよ。
もうちゃんとせなあかん、こんな思ったあかん、とかね、めっちゃ厳しいんですよ、自分に。
だからなんかほんまにこれからもリラックスして子育てしていきたいなとか思ってね、
本当にいいご褒美をもらった夜だったんですよね。
だからそんなことをね、これ絶対こんな嬉しかったって言ってたくせにね、
あと数週間したらたぶん忘れるんですよ、ほんまに。
ほんまに忘れるんですよ、こんだけ喜びを記録したくせにと思うけど。
そんなこともあるなと思ったのでね、忘れっぽい自分のために、
こうやって話すことで記憶により一層ちょっとでも長く鮮明に残したいなと思ってね、
残しました。毎日いろいろお母さんやってるとあると思いますし、
これからお母さんになる方なんかも不安や、大丈夫かなとかもまだ未知なのでね、あるとは思うんですけど、
本当にこれ聞いてくださってる方でお母さんやったり、これからお母さんになる方、
ほんまに肩の力を抜いてね、怒って怒鳴って切れ散らかして泣き喚いて、
もう喜怒哀楽激しすぎるけど、でもなんか自分らしいお母さん、
それって何なんて自分しかわからんけど、そういうのでいいんちゃうかなって、
私もそれを大事にしていきたいと思いますので、
なんかエールを送るつもりで、同じお母さんとして、
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そんな恋人になってたらいいなと思って今日は残しました。
最後まで聞いてくださった方いらっしゃったらありがとうございます。
今日はこんなところで終わりにしたいと思います。ではまた。
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