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足利尊氏 夜明けのばさら 第1話 足利家の一族
ようやく出陣と決まったようだな。 武者ぶるいがするのを。
このまま山陰道を進むことになるのか?
まだわからんぞ。 山陽道の閉廷に向かった総大将は、果実の戦であえなく打ち死にを遂げたという話ではないか。
河内の千早城も未だ落ちず、しぶとく持ちこたえておるようだ。
二年前の戦とは、賊軍の勢いがまるで大地が…
静まれ! これより恩大将のお言葉があるぞ!
足利尊、源の高淵である。
皆の者、心して聞くがよい。
今から我が軍は、老井の坂を越えて、兵の都へ引き返す。
そのまま落中を横斬り、まっしぐらに、六原丹内へ攻めかかる。
おい、どういうことだ。
六原を攻めるだと? まさか。
足利尊は幕府を裏切る手段だ。
そんな話があるものか。
都へ引き返すだと? 聞き違いだろ。
うろたえるでない。 この一戦は反逆にあらず。
鮮明だ! 先の帝の…いや、今は宝起戦場さんの暗偶に負わす、
万丈の君の直を立てまつり、
真として義軍を挙げ、朝敵を退治する戦いである。
ただいま、この時をもって、天朝の新軍として我らは立つ!
おお、皆の者、あれを見よ。
ヤマバトだ。
源氏の守り神八万内菩薩のお使いが、我らが行く道を示してくれるだろう。
兄上…いや、恩隊長!
ご覧なされ!
東の空へ向かって、ヤマバトは飛んできましたぞ!
ほら、夜明けの光を目指すように、
真っ直ぐ!
ああ、どこまでも空高く!
新軍の武者たちよ、日輪は今、まさに天上の高みへ昇らんとしておる。
いざ、日輪のもとへ向かえ、老井の坂へ進め!
朝敵は都にあり、都の東向こうの六原に。
否、万土鎌倉の地にこそあり!
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時に、黄金天皇の御用、正経二年五月七日。
それとも、後醍醐天皇の御用、現行三年五月七日の出来事であったと、お話する方がよろしいでしょうか。
あの夏、私の大切な子供たち、高宇寺殿と忠義殿は、鎌倉幕府に決別して、宮方にお味方することを選びました。
高宇寺殿が何を思って、奥雷を奪われ、都を追われた先の帝の直に従い、幕府に反旗を翻したのか。
世の中では、様々にその理由が取り定されているように伝え聞いております。
皇冠の封設はどこまでが正しくて、どこからが作り事なのか。
天下を覆した英雄なのか、無本人なのか。
後の世に、我が子、高宇寺殿の行いは、どのように語り継がれて、その是非を問われるのか、私には考えも及びません。
今はただ、私が見たことや聞いたこと、知る限りの出来事をお話ししたいと思うのです。
それが、あの子を育てた母としての務めでございますから。
ところね、一体いつの頃から、あの子の物語を始めるのがよろしいのでしょうか。
ご当主として、足利の老い絵を継ぐことになった頃から始めましょうか。
十五の年で玄復をして、高宇寺を名乗るようになった頃からが良いでしょうか。
いいえ、ここはやはり、玄復を迎える前の又太郎と呼ばれていた自分から、あの子の老いたちをお話しすることにいたしましょう。
あれは現行三年を遡ること十六年前、文法元年の出来事でございました。
又太郎!又太郎はどこだ?どこにおる?
お父上、又太郎は乳餌をお探しでございますか。
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さよう。おい、又太郎を見なかったか。
いいえ、朝から二郎はここで書を読んでおりました。
一人でか。
はい。
馬鹿者!一緒に俺と舞にも申し付けたはずだ。
大殿様、これは何の騒ぎでございましょうか。
お父上が玄骨でぶつのです。
又太郎のせいだ。
こせがれめ、面倒な騒ぎを起こしよって。
又太郎殿が?また馬を奪って遠乗りですか?
それとも、いつかのように往来で牛を走らせたのでしょうか。
馬でないなら牛でもない。この度は犬だ。
どこからか野良犬の類を拾ってきて、犬合わせの真似事をやり終った。
まあ。
どうせこの鎌倉では刀剣が大流行り。
五十犬からして無類の刀剣好きだからな。
おかげで諸国からは恐ろしげな犬が飼い集められて、
犬、犬、犬、犬。自社も町中も犬ばかりの有様だ。
あの子はまだ遊びたい盛りなのですよ。
大人たちが面白がるご様子を見て、ご自分でもやってみたくなったのでしょう。
子供のいたずらで笑って片付けてよいものか。
こせがれ、金沢家の飼い犬に大けがを負わせおった。
留めに入った下人まで足下にすれば殴りつけるはと申すのだから、とんでもない無法さだ。
金沢様の?
それは困ったことに。
北条氏御一問の金沢家は、この頃、
貞明殿と申し上げるお方が御当主で、
時の御執権、北条貴時様の御側近として、
鎌倉では大層お力がございました。
足利家の大殿様、貞氏様は、
金沢家から御聖室の釈迦堂殿をお迎えして、
この方との間に御着難、
つまり御当主の高吉様を設けていたのです。
武士の世が定まってからすでに九十年あまり、
かつての有力御家人の家は、その多くが没落していった。
何を置いても法上との血のつながりがあってこその足利家。
王家にとって金沢様は一番に頼みになる後ろ盾なのだ。
だからわしはこのように頭を丸めて、
早々とせがれの高吉に家を譲ることにした。
母方としてつながりがあるうちは、足利家はまず安泰。
うわぁ、それをこせがれ。好き勝手を働きよって。
又太郎殿のお姿は、お屋敷の中にはございませんぬ。
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外へ出て遊びに行ったのでしょう。
相変わらずどこぞの悪童どもを集めて、形ばかりの小鷹狩りか犬を追うものか。
仕方がないやつべ。金沢様のご機嫌を損なうことになっては、
足利家の立場が悪くなる。
又太郎が帰ったらすぐにわしのところへ連れてまいれ。
たっぷり説教をしてやるわ。
はい。帰ってきましたら必ず。
とうかそこらでバサラの風にかぶれるとは。
まったく、今から行く末が思いやられる。
あの子の気管器はまことに困ったもの。
二郎殿、又太郎兄様を探してきていただけますか。
はい。お母上。
鹿だ。鹿が出たぞ。
こっちに向かって突っ込んできやがった。
馬鹿。獲物が向こうから出てきたのだぞ。
逃げるやつがあるか。
追い回すのはこちらの側だ。
だめだ。動きが早くて全然当たらねえよ。
よく狙っているんだ。手追いの獣はかえって危ない。
死に物ぐれになって暴れるからな。
よーし。いいぞ。逃げる先はお見通しだ。
お前は野良猴から逃げてきたんじゃない。
追い立てられてきたのさ。
すげえ。こんな大物今まで仕留めたことがない。
私だけの力で仕留めたわけじゃない。
こいつの助けがあったおかげだ。
野良猴。偉いぞ。この狩りでの一番のお手柄はお前だよ。
他の連中と来たら周りでただ騒ぐばかり。
お前は頼りになるやつさ。
俺たち犬ころよりも当てにならないのかよ。
やっかまない。やっかまない。
次の機会で格好のいいところをみんなに見てもらったらいいだろう。
親?
あの子は確か、ほら、又太郎さんのところの。
弟の二郎だ。だがどうしてこんなところに。
兄上。やっと見つけました。
鎌倉中を駆けずり回ってお探ししたのですよ。
大げさなやつだな。二郎、探しておったとはどんな用件だ。
お父上が兄上をお待ちです。
鎌倉様の犬を兄上が傷つけたとかで、それはカンカンにお怒りのようでした。
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お父上がカンカンに。そいつは良くないな。
ああ、鳥はいいな。どこへだって好きなように飛んでいけるのだから。
ここでしたか、又太郎殿。
母上。
遊戯の支度が整いました。屋敷の中へお戻りなさい。
いらない。
二郎殿から司祭は聞いています。
今日は皆で巻狩りに出て、馬を走らせ、見事に鹿を射止めたのですね。大変なお手柄です。
さぞかし疲れたのではありませんか。
疲れた。でも、今は何も食べたくない。
そのように拗ねるものではありません。先ほどまで、大殿様は長いお叱りのようでしたね。
はい。足利の御家に迷惑をかけるなと、許しが出るまでは表に出るなとの御言い付けです。
大殿様に、あなたはきちんと謝ったのですか。
謝るものか。私は悪さなんて何一つしてない。
誰かで構わずにギャンギャン吠え立てて、噛みつこうとするから、私と野良コートで留めに入っただけです。
あの犬を連れていた連中は、そんな様子を面白がるだけで、やめさせようともしなかった。
そうでしたか。
母上、父上は私をお嫌いなのでしょうか。
私は足利の御家にとって、いなければよかった子供なのでしょうか。
おやめなさい。そのように考えるものでは。
弓や馬や、立ち使いの稽古を積んで、それを皆に見せてやると、大変に喜び、私を褒めてくれるのです。
ところが、父上だけは、そんなことはやめろ。
九番の道は見せものではないとして、私をお叱りになる。どうしてでしょうか。
大殿様がお認めにならないのは、武士の子として力や技に不足があるからではございません。
あなたのお振る舞いが、いたずらに騒ぎをもたらすことを危んでおいでだからです。
どうして、母上、どうしてなのですか。
お聞きなさい。足利の今の殿様、高吉様は、あなたのお腹違いの大兄上。
殿様のお子たちも、法上の落ち筋をやはり母方にお持ちです。
足利の安泰のためにも、殿様のお子が、お後を継ぎになることでしょう。
又太郎殿とは、お立場が違います。
又太郎殿と二郎殿は、大殿様と足利のお家に女房としてお仕えして、お手がついた私との間に生まれたお子たち。
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いずれはこのお家を出て、別に家を建て、足利の一門として本家を支えることになるのです。
細川殿や柴殿、三田殿などと同じように。
高吉兄上とは生まれが違うから、いずれは家を出る。
法上の御一門から御聖室をお迎えし、法上の血を引くお子にお家を継がせるのは足利家の習い。
そうして足利は代々お家の安寧を保ってこられたのです。
大殿様が生身なまでに法上に器用お使いなのも、ただ一重にお家を守りたいがため。
お家、お家とはそんなに大事なものですか。
大事なのですよ、又太郎殿。
いつかあなたにはお話ししましたね。
足利の一族の中でただお一人、法上の母を持たず本家を継ぐことになった御当主があったことを。
はい、六代様、お爺様でしたね。
御代様はお若くして亡くなり、御聖室との間に後継ぎとなる男子がいなかったため、
側室の上杉の女に生まれたあの方が本家を継いだのでした。
六代の御当主、伊代上家時様。
あなた達の御祖父様は時の御執権の覚えめでたく、それは微々しく凛とした武者ぶりでございました。
ですが、御祖父様の御最後は。
さようです。お腹を召されました。
おぞましい権力争いに巻き込まれて、頼みとなる後ろ盾を持たないあの方は足利の御家を守らんがため、
自ら御命を断ち、法上の御子である貞氏様、今の御殿様に御家の存続を託すより他になかったのです。
ひどい。
あの日、御生涯の前に上杉の一族を集め、最後のお別れを伊代様はお告げになりました。
血を吐くようにして残された御遺言が、今でも母にはまざまざと思い出されるのです。
わしは悔しい。悔しいぞ。
武士として生まれながら戦で功名を立てる望みは遂に叶わず。
ただ、足利の家を保つために我が腹をかっさばいて一生を終えるのが、
万能平定の英雄、八幡太郎義家公の七代の子孫として誇るに至る死にざまといえようか。
このようなことのためにわしは生まれてきたのか。
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いや、いや。
臨終間際の最後の一年によって来世の善悪を人は引き当てると聞く。
ならば、今はただひたぶるに八幡の神の御遺説を頼み、
我が命を引き換えにして必ずや三代の孫の家から武家の頭領を出してみせよう。
天下を取らせてみせよう。
家時様の御後を継いだ時、大殿様は御年十二歳。
今のあなたよりもまだ小さなお子だったのですよ。
御父様の御最後にどれほど御心を負いためになったことか。
それからの歳月は御家大事の一心で御心をすり減らして、
大殿様はあのように堅くなに。
みじめなばかりですね。御賢人なんて生き方は。
又太郎殿、御顔といい御気性といい御生前の家時様にあなたは誠によく似ています。
母上?
日本一の武士になるのです。
家時様の三代の孫として誇りにできる、誰よりも強くて応しい男となってください。
又太郎殿、あなたでしたらそれができます。
できませんよ。武家の統領どころか、私や二郎は足利の御家を継ぐことさえ敵わない。
大人になったら家を出て兄上たちを支えると、今から生き方が定まっているのでしょう。
又太郎殿と二郎殿は足利を父に持ち、上杉を母に持って生まれてきた御子。
あの方と同じ上杉の子。
家時様の末期の願いを受け継ぐのは、あなたたちを置いてはないのですよ。
お爺様のように生きてくれ、と母上はおっしゃるのですか。
それでは、いつか自分で腹を切らなくちゃならない。
家時様が願ったように生きてほしい、そのように申し上げているのです。
家時様に代わって日本一の武士になって、
足利の家の習いに縛られることのない、誰よりも強い武士になって、
それがあなたたちの母の願いなのです。
夢のようなお話だ。日本一の武士なんて。
静かに。
又太郎殿。
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又太郎殿。
二郎殿、兄上はいずこに。
目が覚めたら、もう兄上はいらっしゃいませんでした。
困ったお人。
お母上、
バサラとは何のことでしょうか。
どうして、そのようなことを尋ねるのですか。
お父上や御当主様が話しているのを聞いたのです。
又太郎兄上はバサラか、
バサラ者がいては家が乱れるんだって。
バサラとは、この頃の世間の流行り者。
徒党を組んで往来を練り歩いたり、派手に着飾ったり、
喧嘩を吹っ掛けたり、世の中の道理に無闇に立てつきたがる、
跳ね返りで怖いもの知らずで、手のつけられない暴れん坊をバサラと呼ぶのです。
それは、悪いことなのでしょうか。
立派なこととは言えませんね。嫌われ者です。
ふーん。
でしたら、又太郎兄上がバサラというのは、
お父上たちの勘違いなのですね。
二郎殿はどうしてそのように思うのですか。
だって、又太郎兄上をみんなは嫌いじゃないもの。
この鎌倉のどこへ行っても、兄上の周りには子供たちが集まってくるんです。
みんな兄上のことが大好きなんだ。
ちぇ、どんな馬を走らせても、一番乗りは又太郎か。
やっぱり又太郎さんには敵わないや。
よく晴れていて気分がいい。
せっかくだから、このまま江の島あたりまで遠乗りするか。
銭なら、ほら、ここに持ってきた。
おおー!
この頃の又太郎殿は、屋敷の中にいることを嫌い。
毎日のように飛び出して、弓や馬の稽古に打ち込み、
時には悪童仲間を集めて遊び回っておりました。
伝学、刀剣、けまり、鷹狩りや犬大物。
誰に対しても明けぴろげで、気前がよくて、
時には命知らずに振る舞ってみせる又太郎殿は、
足利家の大人たちからは煙たがられたのとは裏腹に、
子供たちの間では、たいそう人気があったようです。
このまま何事も起こらずに歳月が流れたなら、
やがて又太郎殿は厳福の儀を迎え、
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本家を出て、今までに着隆から外された足利の御一族と同じように、
別に一家を立てていたでしょう。
さよう、何事も起こらずにいたなら。
大殿様、石台寺、後藤氏の一台寺でござる。
何と申した。
せがれが、高吉が見まかった。
作 高石信
演出 岡田康志
出演 足利高牛
足利又太郎 平塚 蓮
足利忠義 三代
足利貞牛 菊川秀樹
西木康二殿 柏谷松子
足利家時 浜崎忍
足利二郎 大河原崎
スタジオ協力 スタッフアネックス
井上あすか
大東ひれふみ 田辺まさき
選曲 高価
コン優太
音楽協力 HMIXギャラリー
アマチャ
プロデューサー 富山正明
制作 株式会社 ピトパ