00:11
はい、それ哲ラジオ、今日も始めていきたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
はい、今回は雑談会ということで、一応ヘレニズム哲学のところですね。
それまでもずっとヘロドトスだけか、ヘシオドスだけか。
ヘシオドスね、ヘシオドス。
ギリシャ神話の方ね。結構長くね、古代ギリシャに浸ってきたね。
そうね、だからソフィストから実はずっとこのギリシャ神話やってるので、
意外と3ヶ月ぐらいずっとこの古代ギリシャだけだったかもですね。
ちょっと長かったかな。
長かったかも。
ちょっとね、それが皆さんどう聞いていただいてたかなっていうのはあるんですけれども、
なんか僕はすごい楽しかったなというか、
なんか自分自身も振り返ってすごい、改めて自分にとっては役立つ会だったなっていう感じだったんですけど、
なんかね、ちょっと話してみて、その辺り。
おー、ぜひぜひ。
今回ね、もちろんソクラテス・プラトンとかも話しつつ、ディオゲネスも話しつつやってきた中で、
最終的にはストア派とエピクロス派っていうところをメインでお届けしたかった回なんですけど、
なんか僕ちょっと前まではエピクロス派的な方がすごいいいな、しっくりくるなって思ったんですよ。
いわゆる隠れてとか静かに生きようみたいな感じで、
なんかは騒がしいかもしれないけど、自分は穏やかだみたいな。
そういうのがいいなって思ってたんですよね。
はいはいはい。
最近、結婚してとか子供が生まれてってなった時に、
やっぱり家族って言えばできると、自分のことだけじゃなくなってくるじゃないですか。
それが面倒くさいって思う時もあったけど、
最近は結構それをポジティブに受け止めた時に、
自分は静かに生きてても、子供が社会と断絶してるのはちょっとどうなんだろうとか、
逆にそこに自分の意思で子供とか家族を無理やり引きずり込むのは違うよなとかって思うことが結構あるんですよね。
ああ、そういう順番なんだ。
でもすごい自己中心的な人間だからやっぱり。
だから、今回エピクロスって樽を知って、それを満たすぐらいの静的な、静かな、快楽状態、幸せ状態って感じだったと思うんだけども、
03:06
今のハヤトの話だと、むしろ県政的?
ちょっと世の中だったら離れるみたいな。
そっちがちょっと強めだったのかな、自分の樽っていう部分でいうと。
そうだね。どうしても世の中情報がこんだけ溢れてると、
やっぱりあれをしたい、これをしたいとか、こういう風に楽しみたいとかっていう、そういうものが出てくると思うんですよね。
それはハヤトの中でもってこと?
僕の中でもそうだし、多分世の中、一般的な人もそうだと思うんだけど、
エピクロスが言うように、生きるっていうのは最小限、最低限の欲望を満たせばいいんだから、難しくないよねっていう風な意見はわかるんだけど、
やっぱり普通に生きてると、いろんな欲望を呼び起こされるものがあるから、
そうすると結局世の中から離れて、それこそ山奥で暮らしましょうじゃないけど、
そういう風なところが結構自分の中に繋がっちゃうんだよね。
なるほど、だから刺激されちゃうから、その刺激する大元を切っちゃえみたいな感覚だったのか。
そうそうそうそう。
だから本当は自分を高めて反応しないようにっていう、仏教的なところ?
やればいいのかもしれないけど、
普通に生きてるとやっぱり最低限の欲望がないと、これあとでまた話したいんですけど、
欲求とか何かをしたいっていう気持ちと、成長するとか、何かを成し遂げるみたいな話って結構近かったりするじゃないですか。
そうだね、うんうん。
っていう時に、やっぱりその欲求とかを最小限にすると、
普段例えば仕事をしている時とかにも、いわゆる頑張る理由が何か見えてこなくなるみたいな、
だから結構そんな風に繋がっちゃうんだよね。
なるほど、はいはい。
それはね、淡々と毎日同じことをやるとかでもいいかもしれないんだけど、
それが結構今自分がいる環境とか、自分が行きたい環境って割と少人数で、
少ないながらもみんなで頑張ろうみたいな感じの人が多いから、
自分は淡々と同じことだけやりたいっす、低欲望っすみたいな感じでもないかったりするんだよね。
うーん、なるほどね。
そんな色んな自分の環境がある中で、子供とかを考える時に、
やっぱりどう社会と向き合うかっていうことが自分の中では結構テーマになってましたよ。
06:01
へー、そうなんだ。
一個遡るとというか、結婚する前とか、
若い頃ってもちろんまだ結婚してないし、子供もいない時ってあったと思うんだけど、
その段階で、例えば自分が将来的に結婚して子供を産まれたらどういうふうに生きていくだろうなとか、
どうなったら幸せだろうな、みたいなのって、
あなたの中で想定はしてたの?
あんまなかったのよね、それが。
あー、そうなんだ。
だからそれが良くなかったのと、
だんだけどすごい飛んじゃってるのよ。
色々な家庭をすっ飛ばして、とりあえず縁側が似合うおじいちゃんになりたいってずっと思ってて。
あー、だいぶ飛ばしてるね。
そうそうそう。
しかもそれ、結婚とか家庭関係ないもんね、別に。
関係ない。
50年後ぐらいに縁側でお茶を飲んでるのが似合うおじいちゃんになりたいな、ぐらいじゃなかったのよ。
そこには別に隣に奥さん、おばあちゃんはもう別にいない?
いない。
っていうのがあったんで、あんまり向き合ってなかったっていうのが正直なところかな。
だからそこが結婚した後で実際向き合ってみて、自分の中でやっと踏み込まれてきた。
あー、そうそうそうそう。
愛嬌はあったの?結婚するならこんな生活を?みたいな。
全部そういうのを想定した上で、食料とか全部決めてた。
そこすごい現実的だよね、不思議だな。
そこの理想はあったの。
なるほどね。
やっぱこういう風に生きていきたいっていうのがあったんだ。
そう、だから年齢まではわかんないけど、結婚して子供ができたとこのまま想像した上で、
こんな感じの審議状態だったりとか、仕事の具合だったりとか、
あと収入の具合だったりとか、
でもなんとなくこの辺の水準があれば自分は良かろうみたいなのをなんとなく想像はしてて、
その中での試行錯誤と失敗・挫折みたいなのがありながらも、
そこになんとか近づいてるみたいな感じだね。
えー、すごいエピクロスっぽいじゃん。
かな?
自分の欲求とか欲望をある程度想定して、そこを満たせばもうハッピーっていうわけだから。
さっき流れたモチベーションって言ったけど、そこがモチベーションになってるから、
結構自分の中ではそれが強いモチベーションで、
例えば勉強するとか、どの大学に行くとか、どの職業に就くみたいなのも、
09:02
割と将来的な自分の理想像だよね。自分の中での理想像。
っていうものがすごい強いモチベーションになって動いてたみたいな。
あー、面白いね。
逆に僕はそういうのがなかったから、
なんとなく、ここじゃない、どこかで、みたいな割とそういう感覚が常にあった人なんだけど。
その間で、だからストア派で言うと、
よく生きるのよくとはなんだ、みたいな。
ただ、よくは生きようとしてるけど、よくもちょっとよくわかんないけど、よく生きよう、みたいなね。
そうね。
よく生きたいとは思いながらもっていう感じがあったんだけど、
今回改めてストア派とエピクロス派を並べてやらせていただいたときに、
やっぱりストア派的なさ、
それは宇宙論としてすべてが理性的につながってるとまでは思わないし言わないけど、
やっぱり自分っていうものをすごく限定的に、
これね、哲学的によく時々話すと思うんですけど、
自分ってこの体に包まれた、この体と魂的なもので構成されるっていうだけじゃなくって、
やっぱりその環境との相互作用とか、他の人とのつながりとかっていうものがあるよっていう話は結構これまでもしてる。
私って何?みたいな話ってあると思うんですけど、
ストア派のその5段階の段階とかでも言ったと思うんですけど、
やっぱり自分っていうものがこの自分だけじゃなくって、
むしろ注意のものとか人とかも含んでるよねとか、
むしろ宇宙と自分でつながってるねみたいなことが思えるとすると、
やっぱりそれってある種、全部が自分だからっていう世界観になった時に見えてくる、
それこそ倫理観とか行動が出てくると思ったんだよね。
第4、第5段階ぐらいの話で、
あと、ハヤトがそうすると言ってたあれでもね、
自分一人の幸せとかじゃなくて、人類の幸せとか何かを理解すれば、
自分も幸せも理解できるっていう順番だったみたいな話でしてた。
それとすごい近い感じがするもんね。
近いんだけど、やっぱりその時はまだ世の中と自分って分かれてたんだよね。
世の中はこうだ、だからきっと自分もこうであるはずだっていう別物として取られたんだけど、
世の中、イコールとは言わないけど、自分が繋がってるって思うと、逆に言うと、
例えば自分っていうものの主語に家族が含まれるとすると、
自分イコール家族だとすると、
例えば自己中心的になっても、少なくとも家族っていうものまでは考えられるよねみたいな。
12:00
っていう風に、自己の領域を広げていくことで、
自分としてはすごくしっくりくるというか、
もうちょっと言うと、例えば仕事とかするときに、
仕事ってお客様のためにやるものだよとか、
お客様に喜んでもらうことが仕事だ、価値だみたいなことって言うことがあるんだけど、
そんな話聞いたことあります?
そういう話も聞いたことあるというか、あると思うね。
でもあったときに、時々思うのが、
なんでそんな人を喜ばさなきゃいけないんだって思っちゃいますと。
もちろん仕事においてそれが大事ってのはわかるんだけど、
そもそもじゃあなんで人のために行動するっていうものを、
人生に組み込まなきゃいけないんだっていうのは結構思ってるよね。
さっきのような視点だとね。
隠れて生きても自分一人で思っていればいいじゃないかと。
それでもできると思うと、なんでわざわざって思うんだけど。
さっきの事故を広げるっていう観点からすると、
うちに自分とお客さんとか別に分ける必要もなくって、
例えば社会なら社会っていうものと、自分がどうですかすると、
社会のためにやってるんだけど、それも全部自分のためというか。
そこが接続されていくよねって思ったんだよね。
はいはいはい。それはまた、
いわゆる大味商人の良いところの三方良しとはまた違う感覚なの?
そうね。違うと思う。
結論三方良しになるとは思うんだけど、
自分と社会とお客さんとかは分かれてないから、地域とか。
だから、自分のためにやってることがたまたまお客さんのためになっているけど、
それは別に自分とお客さんっていうものを分けてないからっていう感覚になっていくと思うんだよね。
だから、すごい理想論だけど、
まずお客さんが喜べば、例えば自分も嬉しいし、
自分が嬉しいっていうことをすればお客さんも喜んでくれるっていう状態になるとすると、
それはある種、自分基準で考えてもみんなハッピーになるっていう世界観なわけじゃない。
そんな感じで、そうはてきに言うと、
自分が喜べば、喜べば宇宙が喜ぶみたいな。
もし行けたとすると、それって究極の自己中心主義で生きていけるなって思ったんだよね。
はいはい。
意外とそこのベクトル、
宇宙が幸せになれば自分も幸せになるっていうベクトルばっかりで、
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自分側からのベクトルがなかったなって。
なかった。
環境がハッピーになれば、自分もその中の一人としてハッピーになるっていう足り気な感じだったんだけど、
むしろ自分がハッピーになれば、宇宙もハッピーになるっていう世界観を作ってしまえば、
自分のことだけ考えていればいいじゃんみたいな。
っていう方が自分にとってはしっくりきたんだよね。
逆に言うと、そこは分かんなかったんだ。
分かんなかった。分かんなかったの。
分かれてるもんなのかな?みんなどうなんだろう。
どうなんだろうね。
自分の中ではすごい発見だと思って話してるんだけどさ、
ハヤトさん何そんな当たり前のこと言ってんのって思われてしまっているかしら。
可能性もある気がするけど、どうなんだろうね。分かんない。
兄貴からすると、別に学生時代の子から、自分が幸せになるにはこれが必要だってことを考えて取り組んできたわけなんだもんね。
そういう意味では悪い自己中心的な考えかもしれないけれども、
だからこの哲学的なレベルでそれを考えてる方は、考えてる人の方はもちろん少ないけれども、
感覚として、
一人一人の幸せなんだろうな、
ローマは一日してならずじゃないけどさ、
みんなの幸せも一人の幸せからみたいなさ、
そういう感覚もある気がするけど、どうなんだろうね。僕はちょっと分かんないわ。
結構思ったのが、チーム競技とかやってらっしゃる方は当たり前のようにこういうことをおっしゃるなと思う。
ワンフォール。
ワンフォールでもそうだし、
純粋一人では、それこそサッカーでもいいし、スイスワークでもいいんだけど、
一人では目的を達成できない。勝てないし、いい演奏ができないしっていう時に、
もちろん自分も全力を尽くすんだけど、周囲にもそれをやってもらうためにはとか、
自分が頑張るから相手も頑張る、相手も頑張るから自分も頑張るっていうのが染み付いてるとか、
そういうふうな行動芸になってる人がいらっしゃるなと思ってて。
調和的な感覚ね。
調和だけでもないんだよね。
なぜかっていうと、やっぱりとはいえ子は子で強くないとチームとして強くなれないっていう感覚もあるじゃない。
なるほど、なるほど。調和だけだとただの、
仲良しサークルみたいな?分かんないけど。
18:00
みんなで楽しもうが目的なら多分調和だけでもいいのかもしれないんだけど、
やっぱり全国を目指すぞみたいなレベルの人たちね。
だからやっぱりそれだけじゃなくてってことを結構おっしゃるかな。
だからそういう人の話を聞くと僕は割とコンプレックスというか羨ましくなるんだけど、
チームで頑張るとかっていう経験をした感覚があんまり自分の中にないってちょっと何回か話してると思うんですけど。
あー、そっか。そうだよね。野球もそんなでもなかった。
2年生とか3年生で辞めちゃったからね。
すぐ辞めちゃったのか。小学校のね。そっからはもう個人競技か基本。
そうね、基本的に。基本個人競技だね。
なので、もしかしたらね、今みたいな話ってそれこそね、
育成時代にそんなの分かってるわいっていう人もいらっしゃるかなと今話してても思ったけれども、
なんか逆に言うと、
やっぱりストア派的な全部繋がってますねみたいな世界観と、
エピクロス派的な、繋がりはあるかもしれないけど、
まずは自分の欲望とか自分の欲求に向き合うっていうのがいいよねみたいな話って、
やっぱりすごくいい比較対象だなというか、
両方を知ることで、今自分こっちが大抵ないなとか、
もしかして自分こっちの価値観だけで生きてたけど、それだけじゃないかもみたいな。
そこに気づきやすいのかもなって、自分がそう思ったからなんだけども、
すごい改めて今感じてるんだよね。
はいはい、そうはね。これ単純な対立?
二言論的な対立はしてないんじゃないかなとも思うし、
ストア派とエピクロス派。
ただ、今回面白かったのが、
多分このストア派の考え方は、
貴族とか、それこそ皇帝、政治家、
多分そういう人たちにはめちゃくちゃフィットする考えなんだろうなと思った。
言ってたよね。やっぱり財産があるとか、
そういう一定の土台がある人たちっていう感じだよね。
だったりとか、責任のある人たちの集団を引っ張っていくとか、
面白いことについて言ったら、
宇宙と自分とか、外部環境と自分っていうのがあった時に、
その宇宙とか外部環境側を作っていく人たちには必要な感覚だと思うんだよね。
だから実際たぶん、自制録とか書くような…
誰?マウ…
マルクス・アウレリウスだね。
21:00
マウロス、マウロス。
今回ね、3回ぐらい言ってるやつはこのタイトリー。
ちょっと教えて。
マルクス・アウレリウス…
マルクス・アウレリウス・アントニウスさんですね。
マルクス・アウレリウス・アントニウス。
アントニウス。
みたいな方はたぶんめちゃくちゃ親和性が高いんだよね。
ストア派は。
エピクロス派は、
ハイトの家族の庭園に当時は、
いわゆるメジャー、そういうのには参加しなかった女性だったりとか、
たぶんそういう立場じゃない男の人だったりとか、
奴隷みたいな人たちもいたっていう話は、
まさにそういう外部環境を変える立場じゃなくて、
環境の中でいかに適応して生きていくかっていう人たちにとっては、
とても大事な考え方だと思うんだよね。
大事というか、フィットする。
だからそれでいうと、
自分なんかは特性としては完全に、
その外部環境をあったときに、
そこにフィットする。
それでいかにうまく泳ぐかっていう方が、
たぶん自分の特性なんだよね。
だからそこをどうにかこうにかしよう、
ゾロベースで破壊して作り直そうっていうよりは、
そこに従う。
もしくはそこに反発する。
みたいな感じの、めちゃくちゃ受け身なんだよね。
自主的にじゃなくて、
すべて受け身な存在なので、
所有としての外部環境も変えられない。
その中で自分が最大限に、
今いるこの生まれだよね、
こういうふうに生まれて、
育ってきた、こういう能力が持っているだろう、
という中で最大限、
自分が思う幸せってなんだろう、
人生が起こるときに家族がいて仕事がこうで、
前言った、親はサラリーマンだったら大変そうだったから、
サラリーマンにはなりたくないなーっていう、
なぜか難しい方を思ってしまって、
そのためにやっぱり経営とかできた方がいいのかなって思うんだけど、
ただいわゆる経営者とか事業をやる人っていうのは、
もちろんストア派的な、
外部環境とか内を作る側の人たちだから、
それをやろうとしたけど、
自分はそれできないんだっていうところまで、
分かって挫折して、
じゃあその中でこういう仕事なら、
サラリーマンじゃなくても生きていけるかもっていうところでの経営支援みたいな。
そこ含めて。
はいはい。
24:00
でも面白いね。
今の話はすごいいいなと思ったのが、
その責任っていう言葉が僕の中では引っかかったんだけど、
やっぱりエピクロス派的なというか、
結婚せずに一人でいたときって無責任だったわけだよね。
自分が。
別にみんなはそうじゃないとは思うんだけども、
結局僕の場合は別に一人だったら何かあっても別に自分が死んだら終わりじゃないかとか、
何かあっても別に迷惑かけるわけじゃないしみたいな、
そういう感覚がありましたと。
結婚してからもぶっちゃけ結婚はしたけど、
別に今時に離婚することもあって、
別に離婚が悪いとも思わないし、
最悪責任が果たせなかったら別れるっていうことができたと思ってました。
子供が生まれたときに、
生まれた直後はそのときはまだ責任感ない人間で、
本当に良くない父親であり旦那だったんですけど、
そこからいろんなことがあってやっと責任感が芽生えてきたっていうことなのかもしれないと今は思う。
あー、なるほどね。
責任っていうのは何なのか感じ始めてるってことね。
感じ始めて、引き受け始めてるって感じかな。
やっぱできることなら責任を引き受けたくなかったんですよね、それで言うと。
ことに関してね。
いろんなことに関して。
家族としちゃうとか親としちゃうとか、そもそも生きてる責任も引き受けたくなかったから、生きてる責任って思ってる感覚があるんだけど。
はいはいはいはい。
なのである種身軽にフラフラいける方がいいよねとか思ってたんだが、
今そうじゃないっていうときに、
それはそれでいいやって思っているある種流されてる感じもあるかもしれないけど、
でもそこで責任を引き受けようってしたときに、
確かにストア派的な感覚というか、
やっぱり自分の責任というものをどこまで広げるかっていう感じがフィットしてきてるっていうことなのかもなと今聞いてて思ったな。
はいはいはい、なるほど。
言うと、ハヤトはどっちかわかんないね。
出家してる感じがするね、むしろね。
ただただ出家してる感じ。
なんだろうな、その刺激があるからそれをなくそうみたいな感じじゃん。
ハヤトが最初言ってたのが。
いろんな物欲的なのとか、出世欲、名誉欲みたいな、いろんなものが刺激してくるじゃん、やっぱりね。
27:00
環境としてね。
それに対して立ち切るっていう感覚だった?実際。
まあそうね、そういうふうなこともあったし。
でもなんかこれはね、面白いのが、
時々占いとかそういう話をすると思うんですけど、
そういう人に前言われたのが、神野さんはそういうのはもう前世でやってきたんだと。
前世があるかは知らんけど、前世もそういう修行とかやってきたから、
やっぱり今はもう社会に入ってないとダメだよみたいな、そうしないと多分、
本当にないんだよとかって言われて、
ああ、そういうこともあるかみたいな。
なるほど。占いなのか、カウンセリングなのかわかんないけれども。
そう、ちょっとなんかわかんないけれども。
でもそういうふうに言われちゃうと、
確かにじゃあ今ね、全部押せで、
例えば仏の道に入ってやりたいかって言われたら、そこではないなみたいな感じもあるし。
もしかしたらその特徴とかはそっちにあるのかもしれないけど、
そこよりもやっぱり家族とか仕事とかいろんな人と関わっていく中で、
ちゃんといい影響をお互いに与え合っていくみたいな。
そういう方が多分今は好きなんだろうなとは思ってる。
なるほど。自分の場合はね、やっぱり外部環境に適応しようとするから、
さっき言った受け身なんだけれども、
ただその環境をハックしたいっていう感覚は多分あるんだよね。
そこはあるんだ。
うん、ある。
だから、さっきのいろんな刺激とか来るじゃん。
来る来る。
誘惑が多いわけじゃん。
ただその誘惑ってそもそも何なんだろうとか、
お金って何なんだろうとか、仕事って何なんだろうみたいな。
あと学校生活で言うと、このルール何なんだろうとか、
なんで毎年こんなつまんない文化祭をやってるんだろうみんな、みたいなとか。
あー、なるほどね。
だからそれに従うか従わないかみたいなとこは、
自分の感覚でどっちか決めながら、
受け身だけどね、自分からゼロから作るというよりは、
あるものに対してのリアクションをしていくみたいな感じで。
政治の方は完全無理だなと思ってるから全く勉強してないんだけど、
経済の方はいかがコントロール可能だなっていうね、
お金回りとか、それがすごく興味があって。
さっき言ったやっぱ、基本刺激してくるのはお金回りじゃん。
30:01
仕事とか物とかを買ってくださいとか、広告見ろとか。
そこをハックする感覚はあったのかもしれないね。
僕ら、早藤その立ち切りみたいなのはちょっと面白かった。
はいはいはい、そっか。
その観点でいくとさ、
例えばさっきその欲求と成長が近い根っこがあるかもみたいな話をしたと思うんだけど、
なんか兄貴の中でさ、例えば成長たいとか成長しなきゃとか、
そういう風に思うこととかってあったりするの?
成長か。
なんだろうな、上手くやりたいっていうのはあるよね。
上手くなりたいとか。
上手くっていうのは、上達とか熟達みたいな話?
そう、そういう話。
で、なんか2種類、呪文の中で想定していて、
2つあると思ったら、戦略と戦術みたいなイメージなんだけど、
まずその1つが、やっぱさっき言った自分の真ん中だよね。
そのモチベーション。
エプクロス派的に言うと、自分が求める自分の樽を、
自分の樽ってなんだろうっていうのを、
あの、仮確定、仮というか現状で、
これちょっとプラグマティズム的なんだけど、
今の自分が本気で考えた今の自分の樽状態みたいなものを想定するわけです。
だからそれがまず1つあるわけ、モチベーションとして。
そこに向かっていくっていうのが、
それは戦略で、そこに向かっていくのが戦術だとした時に、
そこに近づくっていうのが、熟達するとか成長する。
そして、まず1つ捉えられるように。
とはいえ、自分の場合だと、例えば経営してたかったんだけど、
それはできない。
モチベーションに向かっていたときに、経営でできる、できない。
自分できないんだ、向いてないんだっていうのがわかる。
その結果、大元のモチベーションというか、樽を知る状態がアップデートされる。
経営じゃなくて、違う方向に行きなさいと。
あなたは向いてないから、この変えられない画像の中で、
こうすれば樽状態を更新しますってなったら、
それは戦略部分、樽状態は成長してるわけです。
うーん、なるほどね。
それもまた成長。
だから2つあるんだよね。
モチベーション部分、格となる部分がアップデートされるかっていうのも成長だし、
仮確定した状態に向かっている状態も、
それが上手くいくとか上手くできない、
それができるのかできないかを知るっていうことも成長なんだよね。
33:02
だから上手くなるっていうのはちょっと違うんだけど、
より知るみたいな感じかな。
たぶん兄貴の中で成長っていう概念とは違うかもしれないけど、
やっぱそういうふうに捉えてるものがあるんだね。
そうだね、仮に成長を表現するならばみたいなね。
成長ってちょっと上に向かっていくイメージだから、
例えば自分ができないことを知るみたいなのが成長なのかどうか果たして、
失敗なのかどうかっていう話もあると思うから、
そこの定義をちゃんと決めないまま成長について語るのは難しいなと思ってる感じかな。
面白い。
今その話をしたかっていうと、
実はちょうどこのヘルニズム哲学をやっているぐらいの間に、
そういう成長っていうものについていろんなところで実は僕の周りでテーマになってて、
例えば会社もそうなんだけど、
この前会社のマネージャーとかそういう人たちが集まって、
一日会議をしましょうみたいな、3ヶ月に1回ぐらいあるんだけど、
そこのテーマがまさに、
なぜ会社は、もっと言うとミライフっていう会社にいるんですけど、
ミライフは成長すべきかっていうテーマが一個あったのね。
素晴らしいテーマだね。
そうそうそう。
っていうところに対して、
成長するならどうだ、しないならどうだってことをみんなで話したりとかもしたんだけど、
あとは別で言ってる勉強会とかでも、
そっちは結構世の中的なことを取り扱うので、
やっぱり経済成長とは、
またそこに付随する、
やっぱり待機汚染とか気候変動とかいろいろある中で、
やっぱり成長ってどうしても、
自然をある種破壊していく部分もまだまだあるからっていうときに、
そこの良い面悪い面ってどうなんだっけみたいな話をしてたりとか、
あとは、実はというかあれなんですけど、
ちょうど今撮ってるところから来週ぐらいかなに、
それ鉄カフェをまたやるんですよ。
それ鉄カフェ、聞いてあげない方もいらっしゃると思うんですけど、
今それ鉄フォーラムっていうのは、
コミュニティにいたことをちょっとやらせていただいていて、
ぜひまた皆さんも参加いただきたいなと思ってて、
あれどこにURLあるんだっけ、それ鉄公園か。
概要欄に貼ってる、それ鉄公園っていう。
概要欄に貼ってるか。
Googleでそれ鉄公園って言っていただくと出てくるんですけど、
そこでちょっと月に100円いただいてしまうんですけど、
そこで会員になってくださった方と、
今やりとり掲示板とかでしてる中のリアルの会を今度やるんですけど、
これまではそれ鉄ラジオで取り上げたテーマで、
36:00
例えば心とはとか時間とはいうことをやってたんですけど、
みんなでテーマ出してもいいよねって言ったときに、
ちょうどまさに出てきたのが成長っていうテーマだったんですよね。
そこでまた成長っていうのを話したいですって言っていただいて、
自分もですっていう方がいらっしゃったツイストについて話すんですけど、
成長ってなんだ。
わかんないけどいろんなところで出てくるいろんなキーワードかもしれん。
自分の中にあるんですよ。
なるほど、そうだね。確かにそういう人は価値観とか結構反映される部分かもしれないね。
そうそうそうそう。
その捉え方によってね、成長の。
ただ、そっか、それ鉄カフェの内容先に言っちゃった。
もう自分言うことなくなったわ。
今日の部分録音してそのまま流そうかな。
ちゃんと話してよ。
ここ2人で話してるのと、みんなで話してるのと違いますからね。
初参加だからな。
そうそう。
よみさんね、これまで参加できなかったんで。
日付的にはね、これいつアップされるの?
11月2日かな?日間の夜にアップされるんですけど、
5日火曜日、ちょっと時間ないかも。
もし最新の、そもそもアップした瞬間にラジオ聴いてくださってる方は本当にありがたいという感じで。
もしそれで聴いていただいてて、かつ5日夜空いてるぞみたいな方がいらっしゃったら、
それ鉄公演からもし申し込んで連絡いただければお答えできるかなと思ってます。
さすがに直近無理だよっていう方も、今1ヶ月はちょっと難しいかもなんですけど、
2ヶ月に1回くらいはそれ鉄カフェオンラインでリアルに話そうっていうのをやってたりするんで。
よかったらそこはぜひまた参加いただきたいなと思ってるっていうのは宣伝なんですけど。
しかもZoomでやって顔出しなしでOKみたいな話で出てたよね。
どうなの?実際はやとだけ顔出して、他の参加者は顔出しはむしろしないっていうルールでやってて。
不便ある?今のとこ。
全くないね、全くない。
それによってはアバター機能で、猫のアバターとかでやってる方もいるんだけど、
全然それもありだし、カメラ置くでも本当に問題ないね。
例えば一瞬止まるとかはあるんだけど、それは別に嫌じゃないというか、
そこで考えたことをまたみんなで話していくっていう感じだから。
39:01
そこもちょっと実験っていう話してたもんね。
いきなり全員顔出しもちょっとハードルがあるよね。
それで顔出しなしでいけるのかっていうね。
全然いけてたし、匿名OK、カメラオフOKはむしろ話しやすくていいなって思って。
いいね。やっぱり元々が、いわゆる哲学カフェってなんだろうみたいなね。
結構増えてるというか、話は聞くけれども、
やっぱりちょっと、特に自分みたいな疑い深かったりとか、
複数人でわいわい話すのが苦手だなって自分で思っちゃってるタイプの人が、
そこに飛び込むのって難しいよねみたいな話ししてる中でのタイトルの話だったもんね。
本当にちょうどいいというか、やっぱりすごい人によっては贅沢だし、
人によってはこんな自由に話せるのかっていろんな感想があると思うんだけど、
それこそ成長について話しましょう、1時間って、なかなか生きててそういう時間ってないじゃないですか。
もちろん人によってはそんなことしなくてもって思うかもしれないけど、
やっぱりそれですごい楽しいとか、満たされたっていう人っているっていうか、僕はそうだから。
今参加してくださった方がそういうふうに感じていただいているなと思うから、
そういうところに興味があるよとか、自分ももしかしたらそうかもみたいな、
そういうふうには本当にオススメしたいね。自分でやっててなんだけど。
ぜひご参加いただければって話がありそう。
なのでやっぱり成長っていうところはね、今自分の中のすごいホットワードで。
今回はヘリニズム哲学的なところでいくと、やっぱりこれもあえて強調するけど、
ストア派的な1段階の生まれた瞬間から、5段階による献人では宇宙と一致しましたみたいなところが、たぶん成長なんだよね。
第1段階から第2段階に成長しました。よくやりましたねっていう感じなんだけど、
エピクロス的な、でもそういう欲望を過ぎようとしましたっていうのって、果たして成長なのかって言われると、ちょっと違う感じするじゃない?
そうね。それはなんか、違うよね。段差に進めた方が勝ちみたいなのとはちょっと違うんだよね。
でもどっちも確かによく生きるらしい、どっちも確かに生きてる人としては幸福に近づけるだろうなっていう感覚もあるんだよね。
42:02
だからそういったいろんな方向性がある中で、果たして成長ってのは何を指してるのか。
兄貴が今言ってくれたような、その定義って、結局あなたは成長っていうことで何を言ってるんですかっていう話がすごく大事だなと思ってます。
ちょっと会社の話をすると、すごいしっくりきたのが、僕もともと基本会社はちっちゃくていいと思ってるのよ。
なぜかというと、人が増えると、やっぱりいろんな人間関係のこととか、よくコミュニケーションコストとかって言葉も使っちゃうんだけど、やっぱり人が増えるといろんな大変さが起きてきますと。
どうしても2人よりは3人最大4人ってあると思うんだけど、
そういう中でいくと、少人数でうまいことやってるほうがいいんじゃないかって思ってる節があるのね。
会社は2年で15人が30人になりましたみたいな感じで、結構大きくなってますよ。
それでもちっちゃい会社ではあるんだけどね。
成長とか大きくなる、人も増やすとかってやってるんだろうねって時に、結局会社が一定成長する、人が増えるとか売り上げが増える、利益が増える、いろいろあるんだけど、
っていう方向に行かないと、中にいる人の自由度が減るねっていう話になったのね。
例えば個人が、自分は成長したいですっていう人もいれば、自分は今ちょっと成長とか厳しいんで、ゆったり働きたいですとかっていう人がいた時に、
両方の希望を叶えようとすると、基本的に会社っていうのは成長している必要がある。
要は逆に言うと、例えば会社が衰退しておりますと、売り上げが減っています、利益もないですってなった瞬間に、
そもそも自分成長したいですっていう人からすると、もちろんそういう危機的な状況で頑張るとかっていうのはあるかもしれないけれども、
とはいえ、危機対応みたいなことよりは、やっぱり伸びている環境でもっとチャレンジしたいっていう風な方がいいかもねってなるわけだよね。
なるほど、まあまあ。ポジティブな感じはするかな?
多分、危機的な状況を対応するっていうことをやりたいっていう人からしたらいいかもしれないけど、
45:00
そういう人ばっかりではもちろんないよね。だし、話は自分は成長とかいいんで、今の力で頑張りたいですって人がいたとしても、
やっぱり会社が背向き始めましたってなると、当然その人の雇用も守れるかもわからないよね。
今と同じことだけやってても困るんで、もっと新しいことやってくださいって言わなきゃいけなくなる。
そうね、今だったらやめてくださいってね。
そう、そう、そう。
希望退職。
そう、そう、そう。
押し回せってなっちゃうんでね。
押し回せみたいな、そう、そうなっちゃうんで。
それはね、衰退まで言っちゃうとそうなんだけど、いわゆる現状維持も含めた成長しないっていうオプションを取った瞬間に、
個人個人が選べる自由度が下がるんじゃないかっていうふうな議論になってるよね。
なるほど。
それは僕すごいしっくりきたのよ。
だから個人的には別に成長したいとか、今よりもよく、それこそうまくやるって、別に根っこからあるわけではないんだけど、
会社をある種売り上げを上げますとか、人を採用しますとやり続けることが、中にいる人の自由度を高めることなんだとすると、
そこには会社を成長させるっていうことに対するポジティブな思いが湧くなーとかっていうことを最近思ってたのね。
はいはいはいはい。
これは会社がちっちゃいから多分思えるよね。それこそ何万ゲストかっていう会社にいたときに自分が会社を成長させようとは逆に思わせないと思うんだけど、
思いにくいと思うんだけど。
そうね、実感は得にくいよね。
そうそうそう。
とかっていう話を考えて、成長ってものも、いわゆる主語をどこにするか。さっきの話で言えば自分の成長とするのか、
自分というものを含む会社とか社会とか家族とかってものにするのかってことによっても変わるなーと思って。
はいはいはい、なるほど。
そういう中でさっき話したような、自分の主語が変わるっていう話と、会社が成長する、個人が成長するって話の切り分けっていうところが自分の中でかけみ合ったんだよね。
あーはいはいはい、なるほど。
そこは本当に会社の文化によるんだよって言うと、たぶん今いるハヤトがいるところは、
社員の方もトップダウンでいいからこれやれ、会社の成長のためにっていう感じっていうよりは、
社員の方も一緒に自由にというか、それぞれの立場に沿った働き方とか生き方を一つとして働いてほしいというか。
48:03
あーそうだね、そうだね。
そういう感じなんだろうね、きっとね。
そこを実現するためにっていう意味だと、そこはたぶん会社の、いわゆるインナーブランド人間のね、
そしてもたぶん合致してるんだっていう話なんだろうね、そこは。
そうね、そうそうそう。やっぱりね、そこは本当に本家が言ってくれた通りで、そういう土台とか価値観とか、
こういう会社を作りたいってものがあるからっていう感じだね。
その整合性が大事で、そこがきちんと、たぶんそういう話し合いというか、あったときにきちんとなってるのがいいことなんだろうね。
いや本当にそう思う。だからね、それこそ会社としてね、とにかく売上毎年2倍にするぞ、お前らも2倍働けとかってなればそれはそれで一貫性があると思うし。
そうそうそうね、全然アリだから。
そうそうアリだと思う。
今僕がいる会社はっていうよりは、やっぱりそれぞれの人生のやりたいこともやりながら、でも仕事も頑張りたいよねっていうふうな人が、
いつ集まってるとかそういうふうなことで頑張りたいというふうな会社だから。
だからそこの受け皿は広くとっておくというか、柔軟性を持たせておこうっていう意味でって話したもんね。
その通りです。
やっぱりその辺もね、いわゆる会社の文化とかね、方向性とかによるだろうな。
兄貴が言ってくれたらさ、やっぱり何を目的とするかだよね。
いうところとね、本当にひも付くなぁと思ったから。
だからやっぱりね、そう考えた哲学もさ、よく生きるとは何かってそこから始まるんだなって本当に思うよね。
そうなんだね。
よく生きるのによくが分かんないとさ、生きれないっていうか、生きてても不安じゃん。
そうだね。
いわゆる全てにおいて判断軸がなくなる怖さがあるからね。
そうそうそうそう。
そこはね、僕も早く見つけたいなって思ってるんですけどね。
まだちょっと分かんないですね。
あー、なるほど。
そっか、そのモチベーションみたいなやつね。
見つかるといい。
めっちゃ他人事。
落とし物じゃないんだからさ。
でも、フラグマティズム的に言えば、いきなり正解が落ちてることってありえないから。
とりあえず今の段階での仮決め?それもしてきたんだろうけど。
それがアップデートされてるから、個人的なものは家族とか会社とかいろんなものが自分の自我を中にちょっとずつ含まれてきてるんだろうと思うんだけど。
51:03
あーね。
一回仮決めしたほうがいいんじゃないかなって。
それはさ、頭では分かるのよ。
でも、所詮仮決めじゃんって思っちゃうんだよね。
じゃあもうその業の中で生きていくしかないじゃん。
そう、だから今頑張ってるんだけど。
その業も含めて2回するみたいな。
あのね、住みっこ暮らしって知ってます?キャラクターのトカゲとか。
キャラは知ってるけど、中身は世界観は知らない。
あれの絵本があって、ペンギンっていうちょっと緑のね、あいつペンギンじゃないんですけど。
キャラクターがいて、そのペンギンの話の中で、あれって記憶喪失になったカッパなんだよね、たぶんね。
そうなんだ。
記憶喪失になっちゃってるから、自分は誰、何って言って、一番近そうだペンギンっていうものできっと自分はペンギンであろうっていうふうに生きてるってことなんだけど。
あ、そんな世界観なの、あれ。
そういうストーリーがあるのよ、そう実は。
トカゲもあれ、トカゲじゃないからね、あれ。
あ、そうなの、そんなにちゃんと見たことないの、そうなの。
そうなのね、あれ実はすごい、すごいっていうかね、面白くって。
でもそのトカゲじゃない、ペンギンのお話の中に、どこにいてもどこが違う、ここにいてもここじゃないみたいな、そういう言葉があるんだよね。
今確かにちょっと画像を見たけど、この緑のやつキュウリ食べてる、これ。
そう、そうなのよ。
あ、これペンギン?
頭にお皿が、あ、そう、ペンギンじゃないんだよね、それ。
ペンギンじゃないんだけど、自分が記憶喪失になった後に見た生き物の中で一番ペンギンに近そうだから、ペンギン?
ペンギン?
ペンギン?ハテナっていう、そう、あ、そう。
ハテナっていう名前というか、書かれ方をしてるんだよね。
あー、そうなんだ。知らなかった。
えー、面白い。なんか興味出てきた、住み暮らし。そうなんだ。
あのね、絵本面白いんでよかった。
おー、へー。
ごめんね、ちょっと突然今住み暮らし、娘が好きだから今言っちゃったんだけど。
なるほど、でもちょっと自分と重ね合わさるわけね、その。
あ、そうそうそうそう。
ペンギンがね。
うん。
だから、どこにいてもここじゃないみたいな感覚?
やっぱり仮決めして、今の家族も大事とか今の仕事も大事とかいいんだけど、
でもやっぱり、なんか本当の場所があるんじゃないかって思ってしまうこの感覚?
なーるほど、そのカッターで自分はペンギンと仮決めしてても何もしっかりこないもんね。
何もしっかりこないのよ。
周りからもさ、なんか色違くない?とかさ、きゅうり食べてるけど?とか言われてさ。
54:00
え、でも僕ペンギンだと思ってるんだけどなーみたいな。
うわー切ない、めっちゃ切なくなってきた。
切ないのよ。ペンギンすごい本とか読んでるの。
生き物図鑑とか見て、自分を探してるのよ。
でもカッパだからそれ読んでても出てこないわけか。
出てこないんだよ、全然。
うわー、何それ。
すごいでしょ。
なんか一気に好きになった、隅っこぐらし。
マジか。
隅っこぐらしすごい面白いんで。
それがシュールだよ、シュールというかね。
ちょっとダークな世界観。
そうそう、あるのよ、実は。
そんな感じね、今回ヘインズム哲学の会話の隅っこぐらしで終わったという感じですけれども。
で、哲学だよ、でも、あの隅っこぐらし。
じゃあ早くともあれか、人間?みたいな感じだよね。
疑いたくないけど。
人間では痛いけどね。
面白い、でもそうだよね、簡単にどこかに落ちてるとか、自分探しって言うほど楽じゃねえぞって話なんだな。
ごめん、ちょっとさ、次回さ、物体絵図やろうと思ったんだけどさ、一回さ隅っこぐらしの哲学話していい?
何?それ聞きたいよ、面白そうだよ、それ。
いいかな。
いいんじゃない?聞きたい。
ちょっと次回ですね、すみません、急遽雑談第2回隅っこぐらしの哲学をお届けいたします。
わかりました。
じゃあちょっと楽しみにしつつ、ぜひですね、皆さん、それ鉄講演、それ鉄フォーラムですね、始まってますので、ぜひご興味ある方というか、ちょっと覗いていただいてね。
そこにハヤトが書いてるね、なんで作ったかみたいなノートもあるので、もしお時間あるときは読んでいただいて、ぜひぜひ。
ご興味ある方はぜひご参加お待ちしてますので、そこもよろしくお願いしますと。
お願いします。
はい、というわけで今回の雑談会は終わりで、急遽次回もう一回挟むことになりましたけれどもね、そこも楽しみながらいきたいと思いますので、次回も引き続きよろしくお願いします。
お願いします。今回もありがとうございました。