どうもみなさん、こんにちは。文学ラジオ空飛び猫たちです。
この番組は、いろんな人に読んでもらいたい、いろんな人と語りたい文学作品を紹介しようコンセプトに、文学と猫が好きな二人がゆるーくトークするラジオ番組です。
お相手は、私、小説が好きの飼いのダイチと、
質疑をめぐるカフェのミエの二人でお送りします。文学のプロではない二人ですが、東京と京都をつないで、お互いに好きな作品をそれぞれの視点で紹介していく番組です。
お互いの紹介に関しては、2021年、最初の回で話しているので、そちらを聞きください。
今回は休憩会ということで、作品紹介はございません。
で、本日の番外編のテーマなんですけれども、第7回、日本翻訳大賞の結果について話したいと思っております。
が、その前にですね、実は6月で我々のラジオが一周年を迎えます。
なので、そのことについて、まずちょっと話してみたいと思ってます。
これもですね、本当に聞いてくれているリスナーの皆様のおかげでございます。本当にありがとうございます。
ありがとうございます。
なんかあっという間のような長いような1年だったんですけども、実はですね、これ38作品紹介してきたんですよね。
そうですね。38か。
2つに分けて紹介しているのもあるからあれなんですけど、結構多い。
多いですね、やっぱり。
そうですね。カウントしてみるとこんなにたくさんあったんだって、ちょっと驚きましたね。
本当にですね、ちょっといろんな人に聞いてもらっているんだなと思ってまして。
再生回数なんですけど、4月の末段階、総再生回数が1万回を突破しました。
ありがとうございます。ちょっとびっくりしましたね。
切れない筋になりましたね。
ちょうど一周年ぐらいで突破するかなと思ったら、ちょっと予想よりも1ヶ月早かったなと思っていて、11ヶ月で1万回を達成できましたね。
ありがとうございます。
で、現段階、5月23日に撮っているんですけど、今で1万1500回ぐらいされてますね。
週に平均300から400、今再生されているのかな、という状況になってきています。
すごいいろんな方に聞いていただいているんだなと思っていて、すごく感謝します。
最新話だけじゃなくて、過去の番組も聞かれてもらってありがたいですよね。
ちょっとその再生回数、細かくはちょっと見れてないんですけど、ざっくりと週に200から300ぐらいの間で、その週に配信していない他のエピソードが結構聞かれていて、
まあ多いのは、前週前々週に配信した回が多いんですけど、でもよくよく見ると、いまだに3体を再生されたとか、
意外なもの、あ、結構この回急に再生されてるとかいろいろあって、最近聞いてくれた人が遡って聞いてくれてるんだなと思っております。ありがとうございます。
3体と、そうですよね、村上春樹の1人称単数がずっと伸びてる。
1年やってみて、もともと読書会を主催してた人間なんですけど、読書会を全然今やってなくて、
活動で言ったらラジオだけになってきてるんで。
完全にラジオの人になってるんですよ。
ポッドキャスターになりたいなってちょっと面白いなと思ってますね。
アウトプットするっていう練習にはすごいなってるんで、私はラジオやっててためになってます。
あとあれですね、やっぱり反応してくれる人がたくさんいるから最近すごく嬉しいですね。
孤独な作業なんで。
あ、孤独ではないんだけど、皆さんいるから孤独じゃないんだけど。
編集の男とか孤独でいいっすよね。
編集やってるときにちょっとどこまでこだわるかみたいなのがいつも迷うところで、
完成度ね、時間ないとちょっと荒くなっちゃうときも実はありまして、
まあでもそれでも頑張ろうみたいな瞬間を頑張ろうと思えるときは聞いてくれる人いるなっていうのがちょっとあるんで、
皆さんに支えられてやってます、本当に。
だから助かってますってところですかね。
みなさんどうですか?
やっぱり大地さんが言っていたのとほとんど同じようなことを僕も思っていて、
あとはラジオで紹介する本っていうのが今のところハズレが一冊もないっていうのがすごいなって思っていて、
大地さんと事前に何紹介するか決めて、読んでこれはちょっとあんまり良くなかったなって一回もないんですよね。
全部読んだら何かこの本すごいなって思うところがやっぱりあって、
やっぱ海外文学にちょっと重きを置いてるところはあるんですけど、
やっぱ海外文学ってすごいんだなっていうのは感じましたね、すごく。
ちょっとたまに不安になるんですよね。
最近2人とも読んでない本を読んで紹介するみたいなことが本当に多いんで、
どっちも知らないからね、外す可能性。
そうなんですよね。
本当中国、アメリカ、ラスエステとかちょっと読む前から決めてたんですけど紹介するって、
ちょっと大丈夫かなって若干思ったりもしつつ、
でもね、やっぱ柴田さんとか役なんでやっぱ面白いんだろうなって、
柴田さんやっぱすごく面白かったんで。
確かに。
そういったところで、何でしょうね、
翻訳者とか出版社とかそういったところの何を日本で出版するのかという、
目利きというか、そういうのがやっぱすごいのかなと思ったりしますね。
この後の翻訳大賞の話もそういうところを触れていくと思うんですけども、
このラジオでよく、どうやって本毎回選んでるんですか?とか聞かれることがあって、
その時には明確な答えっていうのは本当なくて、
大地さんといろいろ話したり、
最近の出版のニュースというか新刊で出たものとかをいろいろ見て決めてるんですけども、
自分たちの目利きというよりかは、
やっぱ翻訳してる人たちの目利きのすごさっていうのは、
これを本当にもうだんだん感じるようになってきましたね。
でも、ほんと約一冊ペース、途中で番外編も入るんであれですけど、
まだまだ紹介できていない分野の海外文学っていっぱいあるんですよね。
そうね。
そういったとこでは終わりが全然見えてこないっていうのはありますよね。
つんどくもフェル一方だし。
そうですよね。
だから読む量増えた時につんどくフェルっていう現象が、
一年やってきてお互いに結構ためになっているなっていうのはすごく思いますね。
これはもう常に思ってるんですけども、
そういったとこでは結構前向きに楽しくできてるっていうのが。
リアクションがあるからこそ。
そうですよね。
再生回数も本当に伸びてるんでありがたいです。
これが下がっていくと相当、別に数字気にしてないけどテンション下がるんですよね。
一回ね、ちょっとね、去年の秋ぐらい急に下がった時期があって、
そしたらそのあたりからすげー回復してきて、おーって思ったんだけど、
引き続き聞いていただけるとありがたいです。
じゃあそんなところで、いきますか第7回日本翻訳大賞。
結果が出た後の収録になるので、結果についてお話ししたいと思います。
そうですね。
まず第7回日本翻訳大賞の結果は、スタンドFMという音声配信アプリかな。
ラジオアプリみたいなのがあるんですけど、そこで選考員の方々が全員集まって結果発表がありました。
これアーカイブも配信してるので、ぜひスタンドFM。
URL貼れると思うので貼っとくので、皆さんも聞いていただけたらなと思います。
1時間40分くらいあるのでちょっと長いんですけど、なかなか興奮しました。
その中でも発表があったんですけれども、
まさかの私たち2人がアコーディオン弾きの息子の配信会の時に、
全部読み終わったのでこれとこれが録るんじゃないかと予想をしたんですけれども、
5作読んだ上で予想をしたんですけれども、
まさかの2人の予想が的中するという衝撃的な展開でして、
この時ずっと私とみえさんに連絡取りながら聞いていたので、
かなりテンション上がりましたね、あの時ね。
そうですよね。去年も日本翻訳大賞で、2作同時受賞で、
今年はさすがにないだろうなというのはちょっと思っていて、
そしたらまさか2つ発表されて、すごい驚きましたよ、これは。
私、2人とも1作ずつ予想してて、
で、私が失われたいくつかの物の目録という、
ニューディット・シャランスキーの細井直子さん役のやつを取るだろうと予想してて、
みえさんがね。
僕はマーダーボットダイアリーを予想したんですけれども、
お互いね、1つずつあげて、
すごい端的にうまく喋ってて、
びっくりしたんですよね。
こんなうまいこと紹介できるんだって思って。
めっちゃ勉強になりましたね。
そうですね、本当に。
今回翻訳ラジアの最終候補の5作を、
1人1作ずつ短い時間でプレゼンを最初にして、
それを聞いてたんですけども、
みんな紹介がさすがプロっていうかうまいんですよ。
結構印象的だったのが、
斉藤麻里子さんがフライデーブラックを紹介していて、
フライデーブラックっていう表題作の短編を、
ビキビキにとんがった異世界スケッチっていう一言で言っていて、
確かに読むとそのイメージなんですよね。
そういううまいことを紹介していくのが5作を聞けて、
すごい勉強になったんですよね。
なりました。
私結構印象に残ったのは、
アコーディオン弾きの息子に対して西崎健さんがオートフィクションだって言ってて、
それだけ聞いたらちょっとあれなんだけど、
他にいろいろあってオートフィクションって言葉も出てきて、
自分の中でうまく表現できなかったんですよ、その部分。
配信してもらった回を聞いてもらえば分かるんですけど、
言葉を積み重ねないと言えなくて、そこを感じたこと。
それを一言でオートフィクションっていう言葉で表現できるんだっていうのもすごくスパーンと入ってきて、
すごいなって思いましたね。
確かに。
あとやっぱり読みのところで言うと、西崎さんがこのアコーディオン弾きの息子を細やかな序章ある描写っていう、
ちょっと詩的な雰囲気のあるような、そういう描写をしていて、
それが日本の序章的な感覚と近いという話をしていた。
アメリカとかだと直接的な描写が主流で、そういうのとは違って、ちょっと暗示的な描写。
それが日本語のリズムとか、そういったところとの相性がいいのかなっていう。
それ確かに言われるとそうだなって。
序章作の話を戻すと、個人的なあれになっちゃうんですけど、
失われたいくつかのものの目録に関しては、斉藤麻里子さんが感想を言ったときに、
結構感じていることが近くて、諸言で元を取れたとか。
失われたいくつかのものの目録って、12の物語が入ってるんですけど、その前にはじめにと諸言家っていうのが入ってて、
ここだけでこの本2900円の元が取れたっていうことを斉藤麻里子さんが言ってて、
俺も同じことを思ったと思って、ちょっと安心しました。
大御所の方々がおっしゃってることと、自分が感じたことは同じで。
ここがいいって思うところって、やっぱりちょっと重なるところはあるんだなって思いましたね。
そうですね。事前に読んでラジオで収録したからこそ感じたことだと思うんですけど。
先行員の方々が言うポイントが、やっぱりそこだよねっていう。
そこに評価というか、いいと思うんですよねっていうところが結構あって。
もちろんそこかーみたいなところもすごいあって、勉強になったんですけど。
マーダーボットいきますか。マーダーボットダイアリーの話をしますか。
どういう持ち回りかわかんないけど、最初の紹介は岸本幸子さんがされてて、
岸本さんは押してそうな感じはありましたよね。
マーダーボットは多分岸本幸子さんが押したな。
なんかちょっとその感じは意外な感じはするんだけど。
あれですね、一人称平気ですね。
愛を平気と訳した中原直也さんの役の上手さが際立っていたと。
そうでしたね。結構翻訳が画期的だっていう話は。
原作では愛で、日本語だからこれを平気と訳せて、
日本語でどう表現するかっていうところをすごい考え抜かれているというか。
英語だと愛だから性別がないんですよ。
でも日本語にするときに僕とか私とか俺とかにしちゃうと、
もうちょっと性別を消すような訳し方はできるかもしれないですけど、
私とか男性も女性も使うだろうし、平気としたことによって完全に性別がなくなったっていうか。
実際これロボットなんで性別がないってないんですもんね。
ないので読んだ人によって多分イメージ変わると思うんで。
性別がないことも愛を平気と訳すことによって実現できてるし、
デスマス調だからさらにまた性別もなくなるし。
島畑さんだっけ、映画の字幕は引き算で見せていくし、
けれども小説の翻訳っていうのは足し算になっていくので、
説明を加えていかなきゃいけないっていうかっていうところが出てくるみたいなんですけど、
今回のこのマーダーボットダイアリーの中原さんの役は、
引き算の考え方に近かったみたいなことをおっしゃってて、
その幸が原というか絶妙だったという話ですね。
確かに読んでると説明がないけど理解できてくるポイントっての結構多くて、
最初なんだこれみたいな。
SF小説なんでちょっとSF的なワードとか出てくるんですけど。
その時にどれをどこまで日本語にするかとか、
カタカナというか英語のままで残すかとか、
それは確かに見事だったんじゃないかなと思いますね。
フィードとかね、フィードっていう言葉ってくるんですけど、
フィードってよくわかんないですよ結局。
今思い返してもフィードってなんだ?って。
最終的に説明なかったんですけど、
でもコミュニケーションツールの一つだってことと、
秘密の会話ができるツールだなってのは何となくわかってるんで、
その見せ方とか、もしかしたら原作もそうなのかもしれないですけどね。
その辺の説明の仕方とかすごく素晴らしかったですよね。
マーダーボットのこの評価を聞いて、
そういう役でも、小説を訳すときの足し算的な考え方と、
映画の字幕の式算的な考え方の違いがあって、
結構根本的にそこで映画の字幕みたいに式算の措置を取っているっていうので、
そういうのが実は根底にあったっていうのが。
素晴らしい役だったんだなというのを感じましたね、話を聞いて。
マーダーボットダイアリー、これね、撮ったときにスタンドFMのフィード?
タイムラインみたいなのが平気で埋めてあったんで、
平気で。
平気コールがやばかったですね。
そうそうそう。
我らが平気。
だいちさんも平気コール加わってましたよね。
うん、聞きました。
平気コールしてましたね。ちょっと楽しかった、あのとき。
やっぱりああいう瞬間いいですね、リアルタイムで聞いてると。
マーダーボットは作品でもやっぱり兵器とか、あとARTとか他のキャラクターですね。
好きになったっていうのを斉藤さんとか岸本さんとかも言っていて、
やっぱり愛すべき作品だったんだっていうのがすごい伝わってきましたよね。
他の作品もちょっと触れてたあれなんだけど、5作振り返ってみるとどれも本当に素晴らしくて、
どれを撮ってもおかしくないと思ってました。
どうやって決めるんだろうなって。
そうですよね。
私たちも紹介した順番にちょっと話すと、
まず1984年に生まれて、ハオジンファンの1984年に生まれて、
作品がすごい良かったですよね、これはね。
個人的にはめちゃくちゃ良い純文学を読んだなと思っていて、
今回一発目だったんですけど、私たちが読む中では。
あれ、すげえの来ちゃったなと思って。
これのインパクトがめっちゃ強かったですよね。
いや、すげえなと思って、もう小説でしたね。
なんか話によると、この翻訳はものすごいすごいらしいですよ。
桜庭由美子さんの翻訳ラジオでも、中国語で現象チェックしている、
そういう人がいるんですけども、出版するにあたって、
今まで翻訳されたものをいろいろ読んできた人たちが、
今まで読んできた翻訳書の中で最高レベルの翻訳がされているっていう、
すごいお墨付きをしていたみたいで。
らしいですね。
すごいたしかに小説の中に結構実験的な苦闘点がなくても、
延々と文章が続いていくような、そんな章があったりとか、
あと詩とかも挟まれていたりとか、
すごいバリエーションの多い言葉で構成されている小説で、
それを読んでいると、どれも入ってくるというか、
日本語としてはすごく読ませる文章で入ってくるので、
作家もすごいし、翻訳者もすごいなって本当に思いましたね。
すごい作品でした。これを本当に日本で読めて感謝します。
やっぱり今回翻訳対象のミレスとされた作品をですね、
読んでみて思ったんですけど、
こうやって知らなかった作品をこういう機会で知れて、
読んでみるとめちゃくちゃハマったっていうのがあったんで、
偶然的な出会いってすごく大切だなとちょっと思ってまして、
そのことをちょっと今日話したいなと思った次第なんですけど、
まず三重さんって本とどう出会ってます?
ざっくりしちゃってあれなんだけど。
そうですね。
新刊とかだったらやっぱり出版社とか書店とか、
そういったところのニュース見たり書店行ったりして確かめたり、
あとは海外文学を紹介しているブログとかですね、
書評とかもそうですけど言ってもそういうレベルですね。
そうですよね。
私も作家とか出版社はあれかもしれないけど、
作家とかでもう作家買いしている、
日本の人だと作家買いとかしている人いるんですけど、
そういうのってなんか出会いとは違うなと思ってて、
もう知ってるしみたいな。
すでに知ってるから。
知ってるからなんかもう付き合いが始まってるみたいな感じの感覚で、
新しい出会いってやっぱり今回の翻訳対象みたいな
偶発的なものがいいなと思ってて。
音楽で結構私はまるきっかけになっているのは結構ラジオなんですよ。
ラジオから流れてきてて聞いて、
この曲超いいなと思って。
ラジコとかだと再生されてる音楽がクリップできたりするんで、
そういうのちょっと録っておいて、
後で調べて音源探すとかっていうことをよくやったんですけど昔は。
最近ちょっとできたんだけど。
そういう感覚って本人も欲しいなってちょっと思っていて。
このラジオがその役割を誰かのになっていたらすごく嬉しいんですけど、
そういうのってなんかやっぱり最近ちょっと欲しいなってちょっと思ってしまいまして。
どうやっていったらいいのかなみたいな。
僕は今回翻訳対象の受賞の生放送ラジオで聞いてて、
2つちょっと気づいたことがあって。
1つがやっぱりプロの人の紹介の仕方が上手いなっていうのがあってですね。
これ意外と文字ベースで見ると文字として出されているものって当然紹介の仕方が上手いんですけど、
それを音声で聞くと改めて自分たちが普段ラジオやってるっていうのもあるかもしれないんですけど、
こういうふうに作品の紹介端的にできるんだというのが知れて。
あともう1つがですね、気づいたのが自分たちが気になる本であったり、
すでに読んでいて知っている本を他の人が語っていると結構それが楽しいんですね。
なるほど、そうですよね。
映画を見てその後YouTubeとかでその映画の感想を言っている動画とかを見ると結構楽しめるというか、