1. 「大人の近代史」今だからわかる日本の歴史
  2. #165「明治の知られざる職業」..
2024-06-18 35:53

#165「明治の知られざる職業」男が女の体を洗う?ビゴーが見た日本

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主に明治初期から中期くらいの教科書にも載らないような
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第36回「性売買の歴史」遊女から娼妓
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00:04
スピーカー 1
エイブラハム・リンカンは言った、「世には癒やしい職業はなく、ただ癒やしい人があるのみである。」
始まりました。「大人の近代史」宜しくお願いします。
スピーカー 2
宜しくお願いします。
癒やらしいじゃなくて癒やしいの方?
癒やしいの方です。
あ、おが太郎じゃなくて俺の方ってことね。
スピーカー 1
なんだそれは。
あ、違う?
この言葉の言い回しもグッとくるような感じだね。
リンカンだからね。
今日テーマにちょっと触れてたんで、これは選んだんだけども、今回のテーマが明治の知られざる職業をちょっとやってみたいなと思ってます。
スピーカー 2
いいね。こういうおときにあんまりなかったパターンのテーマじゃない?
スピーカー 1
そうかもしれないね。
一体ちょっと本題入っちゃうんだけど、明治の初期とかって、最も多いのがやっぱり農業で過半数以上を占めてたんだよね。
ちょっと統計があったんだけど、農業、漁業だけで見ても全体の7割とか8割を占めてたらしいんだよね。
工場労働とか商業で働く人っていうのはまだ1割もいないような状況だったんだよね。
今回はそういった農業とか工業労働とか聞けばなんとなくイメージはできるじゃん。
そういった職業ではなくて、教科書にも載らないようなちょっと知られざる職業を扱ってみたいなと思ってます。
楽しみですね。
それほどでもないんだけどね。
スピーカー 2
渡邉はそう言ってて、いつもドッカーンって来るじゃん。
スピーカー 1
来ないんだよ。
何だよそれ。
主に明治初期から中期ぐらいの期間を扱いたいと思ってます。
当時のそういった人の仕事を詳細に描いた人がいるんですよ。
それがなんとジョルジュ・ヴィゴなんです。
スピーカー 2
さすが。前回のジョルジュ・ヴィゴに賭けてきたね。
スピーカー 1
結構これ調べたら、やっぱりその当時の資料ってほとんどないのよ。
やっぱりジョルジュ・ヴィゴの絵が的確に当時の様子を描いてわかりやすく見れるんだよね。
今日はそんな職業扱うんで、
仕事に馴染めずに転職しようとしてるあなただったり、
仕事って何だろうって悩んでるあなたに届いたらいいなって思ってます。
スピーカー 2
小片郎のこと?
スピーカー 1
いやいやいや、オトラだよ。
スピーカー 2
オトラ向け?
俺に何か言ってんのかと思って、もしくは。
スピーカー 1
いやいや、長丸もこれを聞いて、
自分ならこの職業を選ぶっていうのを最後に一つ決めてもらいたいなって思ってます。
03:05
スピーカー 2
お、楽しみだ。いいね。
スピーカー 1
ちょっとハードル上がったな。
スピーカー 2
いや、知らないよ、それは。
スピーカー 1
じゃあまず最初は、下駄の剥い入れ屋。
スピーカー 2
剥い入れ屋?
スピーカー 1
そう、下駄のさ、歯を交換したりとか修理したりする人なんだけど。
スピーカー 2
あ、歯入れ屋ってことね。
スピーカー 1
そう、歯入れ屋。
スピーカー 2
あ、そういうことね。OKOK。
スピーカー 1
当時さ、下駄を剥いてる人っていうのは多かったんだよ。
で、その下駄はさ、もちろん木製でできてるから、
そこの部分、地面に触れる部分だよね。
その歯っていうんだけど、そこが擦り減るんだよね。
で、その歯を入れ替えたり修理するっていう専門の職人がいたんだよね。
当時は歯は打ち込んであったから、
職人によって固定された歯が取れるようになってたんだよね。
で、擦り減ったらそれで交換できるような仕組みになってて。
そうそう。今、最近だと下駄を剥いてる人って見ること自体があんまないよね。
スピーカー 2
うーん、そうだね。だから、実際下駄っていうものはわかるけど、
マジマジと見たこともないね。
あ、そう。今だと芸能人で言うと、ハイヒール桃子ぐらいかな、剥いてんの。
下駄じゃないでしょ。
スピーカー 1
あ、そうか。
で、明治時代、下駄の歯入れ屋っていう人は、
中には街中に行って、客に呼びかけて仕事を得てたりしたんだよね。
下駄をいくつか持って、すぐ交換できるようにとかしてたんだよね。
そんな瞬間を美郷は描いてるんだけど、
これね、ちょっと俺絵見たときに思ったのは、売ってる人は下駄を履いてなかったんだよね。
スピーカー 2
あ、タビ履いてて、あ、下駄履いてないんだって、ちょっと思って。
スピーカー 1
そうそう。で、この下駄の歴史ってさ、古くてさ、
日本ではさ、弥生時代の遺跡からも発見されてるぐらいなんだよね。
で、そもそもさ、なんでこれ下駄を履くようになったかっていうと、
弥生時代に稲作が普及していって、
田んぼでさ、足が沈み込むのを防ぐための農具だったんだよね。
で、その後はさ、ぬかるんだ道を歩くときなどに、
その衣類の裾をよこさないようにとか、
江戸時代ではさ、晴れてる日でも徐々に履くようになっていって、
下駄が一般的に定着していったんだよね。
で、明治時代になるとさ、機械化が進んで大量生産ができるようになって、
一層広まっていったんだよね。
で、この時代はね、下駄泥棒っていうのも実際にいたんだよね。
新しい下駄って、やっぱり高価なものだったから、
お祭りなんかのさ、行事でさ、こう集まってる人たちを、
その下駄泥棒っていうのは狙うんだけど、
06:00
スピーカー 1
背後からさ、下駄を履いてる人のかかと、
ガチョウの羽根を使ってくすぐるんだって。
何それ。
スピーカー 2
本当に。
スピーカー 1
これもね、ちなみに美郷が描いてるんだよ。
ちょうどその瞬間を。
で、小さな虫に刺されたと思って、下駄から片足を上げるんだって、くすぐられた人は。
で、その隙に泥棒は自分の古びた下駄と片方をまず交換する。
すごくない?
で、さらに反対の足にも同じことをして、
そして両方の下駄を手に入れるんだよ。
スピーカー 2
ちょっと何言ってるか分からないな。
スピーカー 1
え?かかとをくすぐられたらさ、ちょっと足を上げるじゃん。
で、足を上げた瞬間に下駄だからすぐ取り替えられちゃうじゃん。
スピーカー 2
それがよく分からない。
嘘でしょ。
スピーカー 1
だって下駄ってさ、木の板の上に乗ってるような感じじゃん。
もうただ。
で、上げちゃったらさ、もう下駄に触れてないわけよ、その時は。
スピーカー 2
足はね。
スピーカー 1
そうそう。だからすぐ交換できるでしょ。
スピーカー 2
バレずに?
スピーカー 1
そう。なんでこれがさ、できたかっていうとさ、
下駄ってさ、サイズとかってほぼ同じ形だからさ、
誰でも基本的には履けるんだよ。相当サイズが違わない限り。
下駄だからこそこういうことができるんだなと思って。
スピーカー 2
なるほど。すげえな。
スピーカー 1
しかも手に入れた下駄はね、七夜に入れて泥棒はやってたらしいんだけどね。
ちょっとこれ聞いて、絶対にちょっと真似しないでほしいですね。
ちょっとそれは初めに言っておくんですけど。
スピーカー 2
下駄履いてる人はいないでしょ。
スピーカー 1
いないか。びっくりして俺これ。今じゃ絶対ありえないよね。
スピーカー 2
ないね。
スピーカー 1
ねえ、ナイキのスニーカー履いててさ、ラコステになってるってことはない気さ。
スピーカー 2
まあ靴なんてなおさらだね。
スピーカー 1
そうそうそうそう。まあそんなのがちょっとあったんで、紹介をまず一発目しました。
はい。
次はですね、薬売りだね。
なんかまともそうだけどね。
そうそう。これは売薬さんっていう呼ばれ方もしてたんだけど。
これね、富山の売薬商人って特に有名で、
富山ってさ、江戸時代の頃から薬売りで有名で、全国的にも薬の製造販売が盛んな地域なんだよね。
明治初期の頃で製薬所っていうのは50件以上あったらしくて、
富山から各地方へ薬を売りに1万3000人以上の人が売りに行ったんだっていう。
富山の薬売りがこうやって活躍した理由っていうのは、質の高い薬だったっていうのもあるかもしれないんだけど、
独特の販売システムを考えたっていうところなんでね。
当時の移動はほとんど徒歩で、山を越えてさ、しかも舗装されてない道をひたすら歩いて、
09:05
スピーカー 1
それで時間もかかるしさ、遠方では宿泊費もかかるじゃん。
そんなさ、せっかくたどり着いた先でさ、必ず買ってくれるって保証はないわけなんだよね。
そこでその当時の薬売りはどういった販売をしたでしょうか。
スピーカー 2
え?どういった販売?
スピーカー 1
これがね、画期的というか、なんか知ってると思う。
スピーカー 2
いやー思いつかないけどな。
スピーカー 1
これはね、配置媒薬。もしくは置き薬っていう。
そうそうそう。
富士薬品ね。
で、俺ちっちゃい頃やってたんだけどさ、長丸もやってた?
スピーカー 2
いや、配置薬ってサブスクみたいなもんでしょ、あれって。近いよね。
スピーカー 1
あー、そうかもしんない。
そうそう、いろいろな薬の入った箱を契約した家に置くんだよね。
薬売りの人はさ、周期的に巡回して、その家に置かれた薬を確認して、
使用した分の代金だけをもらうんだよね。
その当時もね、用を先に利を後にせよっていう言葉があって、利益は後でいいっていうような考えがあって、
そういうやり方をしたんだよね。
これすごい画期的だなと思って、薬ってさ、健康な時にはさ、必要ないわけじゃん。
だからさ、その時に売りに行っても欲しいっていう需要がないわけで、
たださ、いざ体調を崩した時にさ、必要になった時に、やっぱりあると使うよねっていう。
そこでこの置き薬っていうのは活躍して、富山のこの薬売りってすごい有名になったんだよね。
で、これさっきも言ったけど、規模は小さくなってるけど、現在も続いてるんだよね。
で、これあと明治16年になると、明治政府っていうのはね、この薬売りが結構儲けてるのに目をつけて、
売薬因子税っていうのを施行するんだよね。
薬の低下の1割の因子を張る必要が出てきて、それをさ、明治政府は財源にしたんだよね。
これはさ、当時その西南戦争もあったりとかして、財政が厳しかったっていうのもあって、こういう財政源を確保したんだよね。
そうそう。こんなのと、次はですね、三助っていう仕事です。
三助?
三助。これはね、結構どんどんマニアックになってるかもしれない。
スピーカー 2
ちょっとマニアックだね。
スピーカー 1
これね、明治時代は男性が行う仕事で、戦闘に来る男女の客の体を流したりとか、軽いマッサージとか風呂を沸かす職業なんだよね。
スピーカー 2
風呂を沸かすって、戦闘の人がやるんじゃなくて、そういう別の人がいるってこと?
スピーカー 1
あのね、戦闘で働いてる。だから、火を起こすからやってるから、戦闘の人って言ってもいいかもしれない。
12:00
スピーカー 2
戦闘の人が、じゃあそういうお世話もしてるみたいな感じなのかな?マッサージしたりとか。
スピーカー 1
そうそう。
なるほど。
これね、あの元々さ、江戸時代ではさ、ユナって呼ばれる女性もしてたんだけど、
たださ、あのこれ、売春に発展したりとか風俗を害するために禁止になったんだよね、江戸時代に。
スピーカー 2
なんか尾形郎のさ、生売売かなんかで言ってたよね、確か。
スピーカー 1
そう、ユナ出てきたと思うけど。
それ以降、男性が行う産助だけになったんだよね。
スピーカー 2
じゃあ、ユナと産助はほぼほぼイコールみたいなイメージでいいってことかな?その部分においては。
スピーカー 1
そうそう。ただ、売春には発展はほとんどしてないと思うよ。
スピーカー 2
まあ、男だもん。
スピーカー 1
そうそうそう。
スピーカー 2
絶対ないでしょ。
スピーカー 1
まあ、でも女性の体も洗ってたけどね。
スピーカー 2
いや、でも、だからってそうならないでしょ。
スピーカー 1
まあ、そうだね。
スピーカー 2
うん、絶対そういう方にはなんないじゃん、男って不思議と。不思議とじゃないのか。まあ、なんか当然っちゃ当然なんだろうけど。
スピーカー 1
うん、だから男性がやったほうがいいんだろうね、やっぱり。
スピーカー 2
どうなのかな?
スピーカー 1
これね、昭和ぐらいまであったんだって。
スピーカー 2
えー、そうなんだ。
スピーカー 1
そうそうそう。で、最初の数年は、ただ見習いとかで、風呂を沸かす、薪など準備とか、客の脱いだ靴とか、服を片付けるっていう仕事なんだよ。
で、それを経て、やっとその客の体を洗うことができて、で、一人前として認められるのはね、10年以上とか言われてたんだよね。
スピーカー 2
すげえじゃん。なんか寿司職人みたいな。
スピーカー 1
そうそう。これ、だって単にさ、客の体を洗うっていうのもやっぱり技術がいるらしくて、あと軽いマッサージとかもそうだし、職人なんだろうね。
へえ。
で、男前のね、三助にはね、女性客からチップをもらってたっていうのもあったらしいんだよね。
スピーカー 2
あー、じゃあ尾形郎は結構向いてる職業かもしんないね。
スピーカー 1
そうやってなんか変に仕立てようとしてんじゃん、俺を。
スピーカー 2
いやいや、別に仕立てってないじゃん。普通に尾形郎だったらこう、みんな寄ってくるじゃん。
スピーカー 1
それはないわ。まあいいや。
で、ジョルジュ・ビゴがね、描いた三助っていうのもあるんだけど、ふんどし姿の男がさ、若い芸者の女性の体を洗ってるとこなんでね。
で、そこでさ、男性のふんどしにさ、ちょっとふっくらみを持たせて描いてんのよ。
いや、これビゴって思ったね。
スピーカー 2
ちょっと絵がわかんないからあれだけど。
スピーカー 1
そうそう。まあ、そういったのもあって。で、次はですね、ひけし。
スピーカー 2
ひけしってなんか江戸時代ぐらいにありそうだけどね。
スピーカー 1
あ、そう。もちろんこれは江戸時代もあるし明治だけってわけじゃないけど、今とは全然違うっていうのでちょっと紹介したいんだけど、
江戸時代とかさ、明治初期の消火方法っていうのは破壊消防って言われるものだったんだよね。
ひけしの人はさ、走ってさ、現場に駆けつけたりとかして、火事になってる家の屋根を剥ぎ取って炎を上に逃がしたりとか、
15:00
スピーカー 1
周りの炎症しそうな風下の家をサス股とか木製の棒とかハンマーなどで壊すんだよね。
で、そうして破壊することで炎症を食い止めてたんだよね。
そうそう。当時はさ、まだ消火に必要なさ、水を確保できなかったし、消火ポンプもまだ発達してなかったんだよね。
これはさ、さっき言ったように江戸時代からも火事ってやっぱり多くて、明治に入ってもこれはね、東京でもね、1000個以上の炎症する火災が17件も起きてたんだよね。
これなぜ火災が多いって言ったらさ、やっぱり薪で火を起こしたりとか、ご飯とか風呂を湧かしたりとか、そういう直接火を使うってことが多かったんだよね。
それにさ、木製の家が多いし、しかも密集して長屋が立ち並んでいたから、火災が起きやすく、また燃え広がりやすかったんだよね。
で、これ明治時代になると徐々になんだけど、破壊消防から注水消防っていう、今にちょっと似てるんだけど、水で消火するようになったんだよね。
初期の注水消防っていうのは、そんな良いポンプじゃないから、湾用ポンプって言われるものが出てきて、これ数人の人が手でシーソーみたいにポンプを漕ぐんだよね。
で、水を加圧して放水をしてたんだよね。ちょっとこういう火を消すっていうのも徐々に変わっていったっていう時代なんだよね。
次はね、小枝子車で糞尿を運ぶ仕事っていうのもあった。
ん?小枝?
小枝子車。
小枝子車。
そうそう、小枝子って言うんだけど、家庭で排泄された糞尿をさ、木の桶に入れてさ、リヤカーみたいな荷車に乗せて運ぶ仕事なんだよね。
このさ、糞尿を運ぶ人たちって、民家からさ、糞尿を汲み取るためにさ、お金を払ってるんだよね。
で、それをさ、農家に運ぶとお金がもらえるっていうような仕組みだった。
スピーカー 2
これびっくりじゃない?
スピーカー 1
うん。まあ、昔はね、人墳でも肥料に使ってたからね。
そう、まさにそうなんだけど、農作物の肥料としてさ、価値があってさ、取引されてたんだよね。
当時さ、西洋でもさ、やっぱ糞尿ってお金をさ、払って引き取ってもらうのが普通だったから、日本は逆なんだよね。
そうそう。だからね、西洋から訪れた人たちは、この小枝子車とかを見て、やっぱ匂いがすごいから、そこに驚いて不快に感じたりとかしてたんだよね。
うん。
美豪もね、その一人だったんだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
そうそう。だから彼もね、注目して描いてたりするんだけど、これってただ、ある意味さ、すごく地球に優しい循環が成り立ってたなって思うんだけどね。
スピーカー 2
まあまあ、そうだよね。
スピーカー 1
しかもね、田んぼや畑に肥料として人の糞尿をまくっていうのは、昭和ぐらいまで行われてたんだって。
18:04
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
1950年に禁止になって、それ以降は行われてないんだけど、現在はさ、下水道設備が整っていて、
トイレから流れた糞尿って下水道通ってさ、直接死尿施設へ行って、そこで処理された後、川へ流されて、またさ、その際取り除かれたゴミとか汚れっていうのは焼却施設に行くんだよね。
うん。
そうそう。だからなんかこう、うちらがこう直接そういうのって、今もう目にする機会もなくなったよね。
うんうん。
だけどさ、うちらちっちゃい頃、ボットンビル上とかあってさ、バキュームカーがあったりしたじゃん。
うん。
ね、それも見なくなったしね、最近だと。
スピーカー 2
確かにそうだよね。
スピーカー 1
で、ちょっとね、今紹介したのはどちらかというと男性が多かった職業なんだけど、女性の職業にも触れてみたいんだけど、明治初期のね、主な女性の職業だと、
例えば教師、主に小学校とか、あと看護婦とか工場勤務っていうのがあったんだよね。
うん。
これは印刷工場だったりとか、キートの生産工場っていうのも多かったんだよね。
うん。
で、たださ、これらの職業に就ける人たちっていうのは結構限られてたんだよね。
うんうん。
例えばさ、工場勤務の女性にしても、初めはね、私族出身の女性を多く採用したんだよね。
うん。
だから、まだまだこう、身分的差別が残っていたっていうのが明治初期だったんだよね。
うん。
貧しいさ、農村の出身の女性たちっていうのはどうなったかっていうと、農村ではさ、労働力にならないから早く突破されたりとか、数少ない働き場を求めに必死になって探したんだよね。
うん。
そんな数少ない職業として、まずはね、踏切の旗振り。
踏切?
そう、踏切番とも言われるんだけど、明治時代ってさ、徐々に鉄道が普及していった頃で、列車が来る時刻にさ、踏切で旗を持ってさ、通行人を誘導したりとか、その踏切で異変があった時に報告をするっていうような仕事なんだよね。
ああ。
今のようにさ、踏切ってもちろん自動で遮断機が降りるっていうのがないからさ、人が手作業でこうやって誘導して行ってたんだよね。
ああ。
これはね、地方の女性が働いてるケースが多くて、列車もさ、今と違ってさ、通過する本数はすごく少なくて、明治29年だと東海道線はね、1日3往復ぐらいしかしてないんだって。
へえ。
だからね、1日に数回踏切に駆けつけて仕事をすればいいんだよね。
うん。
そのためね、収入はね、そんなに高くなくて、子供のお立ちん程度だったんだって。
スピーカー 2
まあ、それじゃしょうがないよね、確かに。
スピーカー 1
うん。でもそれでもさ、通過時には必ず踏切にいないといけないのよ。
スピーカー 2
ああ、なんか結構大変だね。列車がさ、必ず同じ時間に来てくれりゃいいけどさ、多分ずれるでしょ。
21:04
スピーカー 1
そうだね。今よりは正確じゃないんじゃないかなと思うけど、天気が悪い日もそうだし、しかも夜でも行かなきゃいけないのよ。
うん。
で、美豪がね、描いてる踏切の旗振りをしてる人はね、ちょうどね、子供をおんぶしながら子育てをしてる女性だったんだよね。
うん。
こういった女性もこういう仕事で活躍してた。
うん。
もしさ、この列車が通過時に間に合わなかったりとかしていなかったりすると、列車のね、運転手から報告されちゃうっていうのもあったらしいんだよね。
スピーカー 2
ああ、それは厳しいね。
スピーカー 1
うん。で、これ思ってさ、やっぱ鉄道の発展によってさ、便利になった反面さ、時間をさ、やっぱ数分単位で気にする世の中になっちゃったんだなっていうのを思ったよね。
スピーカー 2
ああ、まあそうだよね、確かに。
スピーカー 1
そうそう。それまではさ、仕事にしてもそうだけど、まあおテント様次第とかってさ、ざっくりとした感覚で行動してたのよ。
うん。
それがさ、日本の鉄道ってさ、今世界でもすごい正確じゃん。
うん。
その前にさ、筑波エクスプレスがさ、20秒早く出発したっていうことでさ、謝罪文を発表してたのがあって、
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
すごい海外の人が驚いてたっていうのがあったんだよね。
うん。
まあ、そんぐらいなんか時間に追われる時代が来たなと思って。
ふふふ、確かに。
で、それからね、いわゆる水商売を行う女性っていうのも多かったんだよね。
うん。
優格で働く商議っていうのをちょっと見てみたいんだけど、
うん。
優格ってさ、指定された区域内で売春を行って、主に男性と性的サービスをしてたんだよね。
うん。
で、この優格が全国に数多くあって、こういったさ、場所で働く多くが親の借金の返済のために働いていたんだよね。
うん。
一般的にはさ、18歳から27歳の約10年間働いて、28歳になると年明けって言ってさ、自由の身になれたんだけど、
それまでに借金を返済しなきゃいけないっていうような条件だったんだよね。
うん。
そうそう。だからこう、商議って結構必死に働いて、で、ジョルジュ・ビゴーはね、こういった女性をたくさん描いてるんだけど、
うん。
その中でもね、吉原優格の張店の様子っていうのがあって、
うん。
これ張店ってさ、夕方6時になると店先に格子付きの部屋にさ、着飾った女性たちが並ぶんだよね。
おー。
そう。で、客はさ、この格子の間から眺めて好みの女性を選ぶんだよね。
スピーカー 2
なんかショーウィンドウみたいなもん?
スピーカー 1
あー、そう。それに近いのかもしれない。これを見立てって言うんだけどね。
うん。
で、商議のさ、女性の中にはさ、長い着せるを使って巧みに客を誘うというか、
うん。
客の袖に着せるを絡めたりとか、タバコを吸わせたりとかして、
うん。
誘うんだよね。
うん。
そうそう。そんなのもね、ビゴーは上手く描いてたりするんだけど、
24:00
スピーカー 1
うん。
あとね、28歳になって優格から解放された女性っていうのも、生活を確保するために、
結局その一人で客を探して性的サービスをするっていう、師匠って言われる仕事をする人たちも多かったんだよね。
うん。
そうそう。あと、この時代ならではというか、居留地に出向いて、外国人相手に売信を行うっていう人も出てきた。
うん。
そう。まあ、これを洋装っていう言い方するんだけど、
うん。
まあ、こういうのもあったんだよね。
うん。
じゃあ、次はね、矢場で働く女性。
矢場?
そうそう。関西ではね、要求場とも言うんだけど、
うん。
これ、弓で矢を放って的を射る娯楽場のことを矢場って言うんだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
これ、江戸時代の頃からもあって、明治もあったんだけど、
うん。
的を当てたらこう、景品がもらえたりとか、まあ、そういった娯楽場なんだよね。
うん。
矢場で働く女性はさ、矢を拾ったりとか、まあ、片付けたりするっていうのが仕事なんだけど、
うん。
ただね、実際はね、それだけじゃなくて、売信も行われてたところが多いんだよね。
うん。
男性客はさ、矢場へ行って、目当ての女性をくどいて、場所を変えて、
その男女の関係になったりとか、まあ、そういうことがあったんだよね。
うん。
だからね、あの、これ、確かじゃないんだけど、矢場の語源にもなったとも言われてるんだよね。
スピーカー 2
へえ、そうなんだ。
スピーカー 1
そうそう、あの、裕閣みたいにさ、公認の場所でないさ、こういう矢場で隠れてさ、売信が行われてたから、
うん。
その役人に見つかったら、矢場とか危ないっていうマイナス的な意味で、矢場っていう言葉が使われるようになったって言われてて、
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
今だとさ、実際に矢場いってさ、プラスの意味でもまあ、使われたりすんじゃん。
うん。
例えば、まあ、おいしいもの食べて矢場いとかさ、
うん。
絶景を見て、こう、矢場いとか、
うん。
なんか、俺、よく言ってんだけど。
スピーカー 2
まあ、俺も言うね。楽だから、やっぱ。
スピーカー 1
そうそうそう。
うん。
まあ、そういった限りにはさ、こういう矢場で働いてた女性がいたっていうことは、忘れないでほしい。
スピーカー 2
うん。尾形郎は特に忘れないでほしい。
スピーカー 1
そうそう。まあ、これ、矢場いの語源って他にも説があるんで、確実ではないんだけど、まあ、その一つの説として言われてるんだよね。
ああ。
まあ、こういう女性もいたし、あとね、給助って言われる、まあ、後に女給っていうのが一般的に広まった言葉だけど、
うん。
あの、料理屋でさ、まあ、食事を運ぶ女性だね。
うん。
女性はさ、一般的にあの店から給料が支払われずに無給で働いてたんだよね。
うん。
で、客からこう、衆議をもらうことでお金を得てたんだよね。
うん。
要はチップみたいなもんだね。で、ただこれ景気に左右されるから、不景気の場合はお金がほとんどもらえないかったりとか、
うん。
27:00
スピーカー 1
結構、まあ、大変な職業だったんだよね。
うん。
なんかこれさ、今のアメリカのウエイトレスにちょっと近いかなと思って。
ああ。
あれ、だって給料低い代わりに客からのチップがまあ、主なこう収入源というかさ、整形を立ててるじゃん。
うん。
そうそうそうって思っちゃって。
スピーカー 2
うん、そうだよね。
スピーカー 1
で、次にね、助中って言われる、まあ、これ仕事って言っていいのかあれなんだけど、こういう人たちは多かったんだよね。
うん。
この助中っていうのはさ、貧しい農村出身の女性が多くてさ、農業の労働力にならないこういった女性っていうのは、食い口を減らすために都会の家に助中として出されるっていうことが結構多かったんだよね。
うん。
その助中はさ、お小遣い程度のお金しかもらえないんだけど、衣食中は全てこう見てもらえるんだよね。
うん。
で、結構ね、その果汁労働で、例えばもう朝からさ、その井戸水を汲みに行ったりとか、火を起こしてご飯の準備をしなきゃいけないとか、そういった家事だけじゃなくて子育てとか買い物なんかもして、朝早くから夜遅くまで結構働きっぱなしの大変な仕事なんだよね。
うん。
で、その家の主人と肉体関係を持ったりとかして、制裁とトラブルになるっていうこともあったんだよね。
うん。
そういった助中はね、この時代、居留地でも働く人たちが現れて、外国の人の家に行って、同じように助中として働くんだよね。
うん。
そうそう。で、美豪がね、ちょうど描いてる絵があったんだけど、助中がね、西洋のね、馬車を使ってるシーンなんだよね。
うん。
当時さ、日本はさ、赤ちゃんを背負ってあやしたりとか、移動したりが普通だったんだけど、西洋のこういった便利な馬車を、まあ、いち早くこういった助中っていうのは体験をしてたんだよね。
うん。
馬車はさ、居留地から入ってきて、国内に徐々に普及していったんだよね。
うん。
そうそう。まあ、助中って女性だけだけどさ、男性だとさ、デッチっていうのがあってさ、これ10歳ぐらいからさ、職人とか商人の家に住み込みで雑用などをこなしながら、まあ、仕事を学ぶんだよね。
うん。
そうそう。横井翔一さんとかもさ、ちょっと時代違うけどさ、服屋を営んでる家にさ、デッチ暴行に出てこう、仕事を学んでたんだよね。
うん。
まあ、そういうのもあったなっていうのを思い出して。
うん。
で、次はね、門付けっていう仕事。仕事なのかな?
うん。
っていうのがあって、家の前にさ、立って演奏や踊りなどこう、芸を披露したりするんだよね。
うん。
で、その家の人からまあ、お金をもらうっていう。
うん。
で、これさ、もともとはね、神様が祝福に訪れるっていう民間信仰があって、家の前でね、祝いの言葉を発したりしてたものから発生してるんだよね。
30:04
スピーカー 1
うん。
で、B号がね、描いたこの門付けのね、女性2人の絵があるんだけど。
うん。
これがね、なんか自分は一番衝撃を受けた絵だったんだけど。
うん。
ボロボロな服を着てさ、こう、シャミセンを引いてるんだよね。
うん。
で、何やらこう、歌ってるのか語ってるような絵なんだけど、靴も履いてないし、もうほんと虚ろな感じで、1人の女性はね、なぜか胸だけ出して演奏してたりして。
少しでもなんだ、そういうことで目を引こうとしてたのかもしれないんだけど、ものすごいね、壮絶な絵だなと思って。
うん。
で、これはね、どちらかというと物語に近いかもしれない。
うん。
当時さ、特に明治の東京なんかでは、働き場のない女性とか、またはね、障害を持った女性っていうのは、生きるために必死でこういうことをしてたんだよね。
うん。
そうそう。そういったのが垣間見れたなと思って。
うん。
まあ、こんなふうにちょっといろいろいくつか、今回職業を取り扱ってみたんだけど、
うん。
特にさ、後半はさ、女性の働き場について話したんだけど、
うん。
明治さ、東京の男女の配偶率っていうのがあって、
うん。
これ明治21年の記録だと、男性がね35%に対して女性がね48%だったんだよね。
うん。
でね、その20年後になると男性がね50%、女性が72%になってんの。
うん。
どちらもさ、女性の配偶率は男性より常に高いわけなんだよね。
うん。
しかもさ、時代が進むにつれて配偶率って上がってるんだよね。
うん。
これはさ、なぜだろうって思うと、やっぱりさ、女性が結婚して、男性に頼らなければ生活することが難しいっていう社会だったんだよね。
スピーカー 2
うん。
スピーカー 1
で、その最大の原因っていうのはさ、女性が自立して働いて十分なお金を得る仕事がそもそも少なかったんだよね。
うん。
で、またさ、教育とか社会の風潮が、女性は子供を産んで育てて家庭を守るっていうものが根本的にあったんだよね。
うん。
まあ、明治の職業をこうやって扱ってみて、一番思ったのは、今の日本がいかに裕福な国になったかっていうのをちょっと感じたね。
うん。
これさ、女中だったりとかさ、デッチ防護なんてなくなったしさ、街も発展してて下水道も整備されて、消防だってさ、迅速に消化できる体制が整ってるわけじゃん。
うん。
まあ、そんな一方でさ、日本人がこう当時どう生きたかっていうのを、その一部分だけだけど買いまみることができたなって思いました。
はい。
長丸はちなみにどの職業に決めましたか?
スピーカー 2
え?俺に一番似合ってるなって思ったのは、糞尿運び。
スピーカー 1
似合ってんのか。
スピーカー 2
俺一番似合ってるじゃん。なんかそういうのやってそうじゃん。
33:00
スピーカー 1
やってないよ。
スピーカー 2
だから俺あんまり綺麗な感じしないじゃん。見た目的に。だからどっちかっていうとさ、そういうあんまり人がやりたがらないようなものでお金を稼ぐみたいなさ。
スピーカー 1
いやいや、それイメージ戦略じゃん。
スピーカー 2
イメージ戦略じゃなくて、でも事実じゃん。俺やってても別にそんな不思議じゃないでしょ。
スピーカー 1
自分を下げて実際はめっちゃかっこいいっていうパターン狙ってるでしょ。
スピーカー 2
だってほら、別に顔出ししないからそこはどっちみちわかんないんだけど、とりあえず糞尿を運びをしてるなっていうイメージ。
スピーカー 1
そうか。いやあれ辛いで。俺一番辛いんじゃないの。匂い的に苦痛だと思うよかなり。
スピーカー 2
そう。だから俺はもうそういう辛い仕事を他に能力があんまりないから、そういう辛い仕事をやってお金を稼ぐしかないみたいな。
なんか俺にぴったりだなと思って。それ聞いた瞬間からこれだなって思った。
スピーカー 1
いやいや、時代によってさ、職業って結構変わるなって思ったよね。
スピーカー 2
まあそうだね。
今の仕事だってさ、もう何十年後とかにはさ、こんなやってたのってなるかもしれないしね。
スピーカー 1
まあそうだね。だからほらレジの店員?レジ打ちとかさ、ああいうのもどんどんなくなってるじゃん。どんどんセルフレジになってるしさ。
スピーカー 2
ああね、ほんとなってるもんね。
スピーカー 1
でもバイトの典型的なものってやっぱレジ打ちとかあったじゃん。
スピーカー 2
あったね。
スピーカー 1
うん。だからそんな常識はもうもはやね、今のZ世代とかには通用しないんだなっていう。
スピーカー 2
確かに。改札でさ、切符を切る人なんてもう見ないもんね。
スピーカー 1
もういないよ。え、切符切ってたの?みたいな。で、切ってたって言うと本当にちょきちょき切ってたみたいなさ風に多分思うんでしょ、そういう知らない人は。
スピーカー 2
もう10代の子も思うかもしんないね、すでに。
スピーカー 1
切符を切れっつったらあれでしょ、え、切符切ってたんだ貯金ってみたいな。貯金じゃないんだよ、パチンなんだよみたいなさ。
スピーカー 2
確かに。いやいや、なんかその当時のさ、なんか職業って反映してるなって思って。
スピーカー 1
そうだね。
もしこれを聞いて、大人の中で今どんな仕事をしようか悩んでる人がいたら参考になってくれたら嬉しいです。
スピーカー 2
まあこの職業の中でっていう参考はないだろうけどね。
確かに。
なんか感じ取ってもらえたらいいよね。
スピーカー 1
そうだね。ということで今回は明治の知られざる職業についてでした。
この回もですね、YouTubeで画像付きで配信しようと思ってるので、もしよかったら概要欄のリンクをクリックして見ていただけたら嬉しいです。
スピーカー 2
YouTubeもちょっと頑張りたいんで是非ともチャンネル登録よろしくお願いします。
スピーカー 1
そしてもちろん音声配信もフォローしていただけると嬉しいです。
スピーカー 2
よろしくお願いします。
スピーカー 1
それでは最後まで聞いていただいてありがとうございました。
スピーカー 2
ありがとうございました。
35:53

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