2023-10-16 22:19

【##49】「ネオキャリア→シフト→REAPRA Ventures→独立 渡辺康彦」前編

第25回目のキッカケインタビューは、新卒でネオキャリアで新規事業の立ち上げに関わり、2社目に株式会社Shiftに転職して社長室にて様々な事業立ち上げを経験。その後、VCのREAPRAに転職して未経験のHR領域を担当。そして、2023年にライフステージの変化も踏まえて独立の道を選択した渡辺康彦さんにインタビューしました。3社のそれぞれ素晴らしい経営者の元で仕事をしてきたエピソードは、仕事をキッカケに成長する事を教えてくれるし、まさに独立準備中であり事業の選定の3つのキーワードなども含めて、これから一歩踏み出す人に参考になると思いますので是非聴いてください!

⦅略歴⦆

1991年生まれ。新卒で株式会社ネオキャリアに入社。新規事業の保育士紹介事業の立ち上げ期に営業・リーダーとして携わる。その後、株式会社SHIFTに入社。社長室・事業開発担当として創業社長の下、テストセンターを新たに立ち上げグループマネージャーに就任。2019年に株式会社REAPRAに入社し、ひとり目人事として中途採用や投資・労務総務の仕組みづくりなどに取り組み、2023年に独立。プライベートでは1児の父として子育てにも奮闘中。茨城県出身。中央大学卒業。


■本日のパーソナリティ

- こどもの未来株式会社:千葉祐大(https://twitter.com/Baccho1983)


■本日のインタビューゲスト

渡辺康彦さん

Twitter(X)

note


この番組「キッカケラジオ」は、20〜40代の生き方・働き方を応援する音声番組です。

人はキッカケがあれば必ず変われる。人生を変化させてきた、内的キッカケや外的キッカケをご紹介していきます。

人生100年時代、ライフステージの変化の大きな世代も以前に比べて様々なチャレンジを求められることが増えてきたと感じます。

同世代の生き方・働き方を等身大でインタビューするコンテンツも週1回のペースでお届けする予定です。

パーソナリティは、こどもの未来株式会社の代表の千葉が担当します。

1983年1月生まれ、私自身が40歳になったことをキッカケにスタートした番組でもあります。

40歳を迎え、改めて30代の過ごし方を振り返り、40代の10年間をどう過ごしていくかを自分自身が考えるにあたって

日々情報収集していることや取り組んでいることも平日は毎日10分ずつお届けしていく予定です。

30−40代を応援する番組ですが、今の10−20代に対しても少しでも参考になればと思っていますし

50代以上の先輩方の生き方も参考にさせて頂く為にスペシャルゲストとしてお呼びする機会もあると思ってます。


こどもの未来株式会社では

「こどものみらいがワクワクするキッカケをつくる」ことをミッション・ビジョンに掲げており、

「自分が主人公の人生」を生きる人を1人でも応援するために、「生き方」・「働き方」/「仕事」と「育児」の両立をサポートする人材紹介事業もおこなっております。


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サマリー

キッカケラジオでは、経験豊かなゲストのインタビューをお届けしています。このエピソードでは、25人目のゲストとして渡辺康彦さんが登場し、彼のキャリアの話や独立についてお話しいただいています。渡辺康彦さんはシフトという会社でキャリアを積んでいらっしゃいましたが、現在は1万人規模の大企業に成長しています。

キッカケラジオの25人目のゲスト
キッカケラジオ、この番組は、ワクワクのキッカケをつくる番組です。 20年、40年の一家で働き方を応援する番組として、
途中に一回、キッカケインタビューとして、これまでチャレンジをしてきた方々の インタビューをお届けしております。
パーソナリティの子供未来株式会社の千葉です。 今日は、毎回数えてるんですけど、25人目のはずです。
25人目となるキッカケインタビューに、結構、出会ってから長いですよね。 ICCT Conferenceのスタッフ仲間として仲良くさせていただいている、渡辺康さんに来ていただいておりますので、
康さん、よろしくお願いいたします。 よろしくお願いします。
ありがとうございます。もう、独立されてパパになってて。 確かに、ライフイベントが目次同士の最近かなっていう感じだったんですけど。
重なりましたね。 確かに、重なりますよね。渡辺康彦さんですよね、フルネームでいうと。
ありがとうございます。いろいろ聞かせていただければと思っております。 最初に簡単に自己紹介だけお願いしてもよろしいでしょうか。
はい、ありがとうございます。改めて渡辺康彦と申します。 私は、91年生まれの今年32歳の年になりますが、
これまで3社経験して、今年の5月に独立をして、今後起業しようと思っております。 キャリアの話はこの後の部分で千葉さんからいろいろと
籠っていただけるかなと思いますので。 簡単ではありますが、自己紹介以上になります。本日よろしくお願いします。
よろしくお願いします。ありがとうございます。 平塚さんと僕が出会ったのって、何だろうね、2017年ですね。
同じタイミングですもんね、確か。 同じタイミングで2017年のちょうど9月の京都だったので、6年前ですかね。
いや、子供が小学校を卒業してるじゃないですか、6年っていったら。 僕まだ26歳ですよ、その時。
そうか。平塚さんは20代ですし、僕も30代前半ってことか、そうですよね。 やってもなーって、すいません、いきなり関係者に話をしながら。
長く付き合っている人で、今日安さんのキャリアについてというかね、またあのきっかけインタビューは、それこそこれから一歩踏み出す人の参考になればというところでやっているので、
ぜひいろんな話を聞かせていただければなと思います。 そしたらベタですけれども、どういう社会人というか、どういうキャリアを歩んできたかを聞かせていただければと思うので、
最初に安さん、大学生の頃とかって、どの大学生だったんですか。 ありがとうございます。
幼少期からの野球への情熱
そうですね、大学行く前に幼少期からの話をできればと思いますが、私は茨城県の出身でして、
茨城県の中でも石岡市というですね、本当に田舎っていうところですかね。 自然の多いところで伸び伸びとした中で育ちましたと。
僕自身はですね、その幼少期、小学校入る前後ぐらいの時から東京への憧れではないですけれども、この狭い田舎を出たいみたいな気持ちとかもですね、
ふつふつと湧き上がってたこともあって、当時テレビで茨城だとまだ巨人戦とか毎日放送してたのもあって、巨人戦とかプロ野球とかを見て、
将来はプロ野球選手になろうというふうに思って、そこから野球の練習をひたすら頑張ってたっていうのが小学校の時ですね。
でも小学校の時は親の影響じゃないな、親の考えで少年野球チームに入ることはできなかったので、
結構家でひたすら練習したりとか、あと遊びで野球やったりするような感じで、なので結局クラブチームに入って、クラブチームじゃないですね、
部活動として野球部が始めたのは中学校から、そこから中学校も中学校から始めたので、やっぱり最初は他の人よりも上手くないところからスタートだったんですけども、
結構中学校の時はですね、朝5時半に起きて自主練習をして、夜帰ってからも10時ぐらいまで自主練習するみたいな感じで、
本当に自分を立志しながら野球やってたな、みたいなのがあって、そのまま中学校は普通の部活だったので、最終的にはチームの中心選手にはなりつく、あまり強くなかったんですが、
その後、高校も野球のそこそこ強いところに甲子園に行きたくて、進学しますと、高校に進学してからが2年生が春の時に甲子園には出ることができたんですけれども、
その時は、僕自身はスタンドで、その後2年の秋からなんとかレギュラーを取れて、3年の夏は甲子園に行けずに県大会で負けて野球を修行したというような経緯になってまして、そこから大学で東京の大学に進学します。
大学生活と経営者への憧れ
大学に行ってからは、もともと大学に行こうとした理由が、将来ちょっとお金持ちになりたいなっていう、自分の家族も養いながらも、自分もしっかりお金を稼ぎたいなと思って大学に行ったんですけれども、
そこから色々、どういう職業がいいかな、みたいなのを1年生ぐらいの時から模索しながら、大学2年生の時に、企業家経営者という聞き方を初めて知って、初めてというか実際に話を聞く機会があって、
そこからは将来経営者になろうという目標を立てて、2年生の頃からベンチャー企業とかでのインターンシップだったりとか、いろんなセミナーに参加したりというのをしていました。
なので、いわゆる大学生の一言で表すと、THE意識の高い系、意識高い系ですね。
そうだったんですね。知らなかったかも。中央大学ですよね。一緒ですもんね。僕も中大。八王子の多摩キャンパスですよね。
そうですね。多摩キャンパスの中で、田舎の中で意識高く生きてました。
素晴らしいな。大学1年のゴールデンウィークでちょっと山奥すぎると思って行くのほとんどやめちゃって。
伊沢さんだと年齢も多少、6歳くらい。僕も珍しくインターンシップと結構やってたので、結構共通する学生性格だったかもしれないですね。
そうですね。
すごいな。幼少期からめちゃめちゃ言語化してるやつさすがだなというところをまず。
高校の時に野球やってる印象があったんですけど、高校に出るくらい強い高校だったんですね。
そうですね。昔は甲子園に結構出るような高校だったので、そこに小学2年、1年生の時から行きたいなというふうに地元の高校だったので。
面白い。この話だけ聞いたけど、結構八王子さんのパーソナリティーが見えてるけど、大学でも経営者に憧れて。
大学生の頃から社長というか企業家なのか経営者を目指してるみたいなのがあったってことですか?
そうですね。大学の時は僕は経営者っていうふうに言っていたので、自分で企業しようと思っていなかったんですね。
それこそスタートアップとかでCOOであったりとか、経営メンバーに入るっていう方が当時のイメージとしては近かった。
なるほどですね。ありがとうございます。
キャリアに入る前に結構面白い話を聞きたいなと思っていて。
八王子さんが大学生活になっていて、新卒の、何年生徒になるんでしたっけ?
僕は2014年に入社です。
ありがとうございます。ちょっと面白いですね。そこからいわゆる経営者ですよね、どちらかというと。
その世代のスタートアップっていうキーワードがまだそんなに疲れてないぐらい。
そうですね。ベンチャーとかメガベンチャーとかですね。僕が就活してた時期で言うと2012年頃なので、それこそサイバーさんとかDNAさん、グリーさんとか、
あのあたりがすごい勢いがあった時代だったかなと思います。
ありがたいですね。2010年、12年、スマホにシフトしてゲームがバブっていて、殴り合って人取ってる時代っていうじゃないですか。
はい、その時代です。
確かに、IT行きました。
ベンチャー企業って多分趣向があったと思うんですけど、ファースト経営は人材系の結果で言ったらですよね、ネオ経営に行かれて、そのネオ経営に決め手とかだったんですか?
はい、結論でいくと、再現なく働ける環境で働きたかったっていうのが決め手になっていまして、
実際就活の時は、さっき簡単に大学生活言いましたが、意識高い系みたいなところもあったので、大企業じゃなくベンチャーだと。
ベンチャーと言っても、個人的にはインターネットとかWebアプリ系のベンチャーに行きたかったっていうのはあるんですけれども、
当時の意識高いけれども中身のない僕では、そういう会社の内定がなかなか出ずですね。
ただその中で、結構人材系の会社とかで就活した時に、全部うまく進んでったっていうところがあって、いくつか上場している人材系の企業とかも内定をもらったんですが、
並べた時に、さっきの野球の話ではないですけども、人よりもめちゃくちゃ働けば成長できるんじゃないかっていう、当時の僕のある意味思い込みと言いますか、
今思うとそれも良かったなと思うんですけれども、そういう考えがあったので、上場企業とかで残業の規制をされるよりは、そこの再現なく働けるであろう環境を選びたいなと思って、
1社目、Neo Carrierという会社を選びました。今は会社としてもかなり変わっている部分はあるかなと思うんですが。
ありがとうございます。僕も確かにファーストキャリア、人材企業に共通する感じもあるんですけど、
かなり働く環境としては、最初からやる事業によるんですけど、経営者の人材っていう特徴もあったりするかなと思うし、忙しい業界を多分意図的に狙われたのかなと思うので、共感することもあるんですけど、
Neo Carrierに入って、少し僕が聞いていらっしゃるんですけど、最初にどういう部署でやられたかって伺ってもいいですか?
最初の配属が保育士の人材召喚の立ち上げから入ったんですね。
これが、僕自身が当時、内定者インターンを少しやっていたっていうところと、あと新卒の同期の研修の中で、全体で運力1位を取れたっていうところがあって、
新規事業部署に配属いただけたっていうのがあって、それが当時、会社の中では新規事業だった保育士の人材紹介というところで、最初は事業部長で転職してきた方と、
私の2名の体制からスタートしたところから、すごい急成長した事業だったので、2年で100名ちょっとぐらいの事業部になって、
その成長過程で経験させてもらったというのが最初のキャリアです。
新卒からセクハラ署で、インターンしたので、同期で最初のナンバーワンという成功体験を積まれて、スタート本当に2名のところが、2年で100人までの成長を経験したということですか?
そうですね。会社の中でも成長している事業の中で見受けたというのは、いろいろありましたけれども、良かったなと思っています。
それはめちゃくちゃ良い体験ですね。自分で将来、経営をやめてもらっている人間からすると。
ネオキャリアは最初から激動の2年間とかを過ごされるという感じだったんですが、そのまま次のキャリアを探し始めたんですか?ステップでいうと。
そうですね。もともとネオキャリア入社した時に、3年以内に辞めて、次のキャリアに行こうと決めて入社したというのがあったんですが、結果として2年半で退職をして、次のキャリアを探したというような状態です。
次もめちゃくちゃ乗り切れている会社に移られていると思うんですが、スタートから3年というのは、どういう軸で退職活動をして、結果的にはシフトに移られたきっかけとか聞いてもいいですか?
ありがとうございます。実を言うと、僕はあんまりこの時の転職活動の軸っていうほど考えられていなくて、会社の中で退職の引き止めとかもあって、辞めることに集中したというのが最初の一喋だったんですね。
すぐ辞めるのが大変だったので、転職先が決まらない状態で、まず辞めたというのが、3年目に入った、2年半働いたタイミングですね、8月。そのタイミングでエージェントさんとかいくつか経由してだったんですけれども、いくつかの先行を進む中で、
ちょうどこのシフトが本当に運良かったなというふうに思うんですけれども、正直当時まだ上場して、今ほど規模が大きくないタイミングでソフトウェアテストをやっている会社っていうので、ソフトウェアテストって何だろうみたいなところで、何をやるかわからないなと思いつつも、受けに行ったら最初から社長が出てきてくれたんですね。
社長が出てくれて、1時間ぐらい話したら、面白いねって言うので、その場で内定というか、お話しいただいて、他の選択肢もあったんですけれども、一番何をやるかわからないというところで、シフトっていう会社をその時から選んだというのが正直なところでした。
面白いですね。振り返ってみるとそこが分岐点になっているとかっていろいろと思うんですけど、たぶん人材から、ITで、確かにソフトウェアのテストってビジネス側からすると遠いですもんね、イメージで。
そうですね。それこそITって僕も就活の時のようなインターネットであったりウェブアプリをやっているようなインターネットサービスの会社っていうところが、一番最初には頭には入っていたので。
シフトの成長
面白いな。本当だって今、会社シフトを検索してみたんですけど、今だって1万人近い規模とかなんですよね。
そうですね。1万人を超えたっていうのが今年に入ってからニュースリリースが出てましたね。
すごい成長してる。日本で成功してる。人力資本とかいろいろ含めて。その当時のシフトって上場はしていて、何人くらいだったか覚えてますか?
正社員でいうと200名ちょっとぐらいで、他のアルバイト契約社員など含めても500人から700、800人だったと思います。
皆さん結構面白いですね。話を聞いて面白いのが、さっきの新卒2人から成長してるキャリアって面白いし、シフトなんて200か300、500名未満なんで、いわゆるミドルベンチャーぐらいの度間上場していたところが、結果的には1万人規模になっている会社に至ってすごい財産がある。
シフトいかがでした?初めて転職してみて良かった点とか、ちょっと違ったなみたいな点とかありましたか?
そうですね。めちゃくちゃ楽しかったっていうのは、転職した当時の環境でしたね。環境というか、感想というか思ってたことです。
何が楽しかったんですか?
楽しかった理由が、初めての転職というのがあって、1社目がしっかりと働く会社で、結構厳しい環境でやらせてもらってたのがあって、とはいえその中で自分の中でもっとできるというような、自分で考えながら動きたいという部分であったりとか、
もっと枠を外してできる部分があるんじゃないかという根拠のない自分の、自信ではないですけど、思いとかもあった中での転職だったので、
実際に社長室として再利用してもらったのがあって、いろいろと自由にというよりは決まった枠がない中で動くような部署だったので、
自分でも再利用も出してもらったりとか考えながら動けたというのがあって、めちゃくちゃそれが楽しかったなというのと、あとは1社目で結構厳しい環境で経験もしてきたのもあって、
社長からの厳しい要求にも全部楽しいっていう、ドM体質がかなり、パワハラまでいかないですけど、そういうきつい要求に関しても全部楽しいっていう、マリオがスター食ったような状態で働いてたので、
1社目の転職の時は楽しかったなって思いますね。
いいですね。安田さんと毎回してるから、何となく会社にいたって認識をしてるんですけれども、もがく話をする系ってなかなかなかったんで、すごいいいなと思って聞いてました。
この頃の安田さんは社会人でいうと3年経ってないところで転職してるから、まだだから20代中盤とかそのぐらいの年齢。
そうです。転職したタイミングは3年目だったので25歳。
そうですね。めっちゃいい20代過ごしてますね。
振り返ると本当にいい経験させてもらったなと思って。
ありがとうございます。後半も独立に向けて発信を伺いたいので、前半シフトの話までまた伺えればなと思います。
シフトも結構結果的には何年、3年ぐらいいらっしゃったんでしょうね。
ちょうど3年ですね。
本当に3年3年でキャリアを積み重ねると思うんですけど、先ほどの話でタンゲ社長と近いところに来たんですけど、シフトではどういうことをされていたんですか。
シフトでの経験
タンゲ社長の直下で、社長室として事業開発などを主に担当していました。
その中では、もちろん細かいこととかいろいろやったんですけれども、一番メインとなっていたのは、高生産性かつ高利益率のゲストセンターを作るというところで、
R&Dグループという、研究開発の部署というところに位置づけて、テストの生産性を上げる取り組みであったり、
社内でも上位1%のトップテスターとかをいい環境の中で働く中で、しっかり生産性も高く、
お客さんにもいい高品質のデリバリー、高品質かつ早いデリバリーに届けながらも、働くメンバーにもしっかり金銭だったり給与というところで還元できるような仕組みを作るというのを、
実際にテストセンターの立ち上げのところから関わらせていただいて、
実際に部署としては、社員4名のアルバイトテスターとかで十数名、十五六名ぐらいのチームになったので、
ある程度チームになってからはグループマネージャーとかを任せてもらいながら、そこで活動していたというのが社長室でのメインの活動だったかなと。
既に入社したときに200名以上の正社員がいるような環境だったので、社長室に配属されるという、けっこう軽運な特別なキャリアだったということですよね。
そうですね、本当に運が良かったというよりは縁だけですね。最初のそれこそ一時面接で田んげさんが出ていなかったら、もしかしたら他社の内定とかで承諾していたかもしれないですし、
本当にそれで社長室に呼んでもらえて。
やっぱりキャリアというのは偶発的なもので積み重なっています。すごくいろんな人の話を聞いたと思うんですけど、でもすごいチャンスを掴んでいますね。
田んげさんのそれで働けるってめちゃくちゃ羨ましいですね。
本当にいい経験をさせてもらいました。
田んげさんの、できないとは言わない、できるとは言わない、どうやるんだとか、あの本とか昔中でめっちゃ覚えています。
社長さんじゃなくて、印象があってインパクトが残っている。そういう人の近くで働けているというのはめちゃくちゃ羨ましいなと思います。
なるほどですね。
シフトのカルチャー
当時のシフトって何だろうな、やっぱりテストセンターとしてやってるみたいなことだったんですけど、カリチュアとしては興味本位で聞いちゃうんですけど、どういうカリチュアだったんですか?
そうですね、徹底的に科学すると言いますか、テストにしても全ての事業とかですね、数値とかで全部表せるようにデータを取っていたりするので、それをもとに他社よりもしっかり数値とかデータで見せられると言いますか、
他社よりも良いサービスを提供するということができていた会社なのかなと思う。一言で言うとオペレーションが強い、オペレーショナルエクセレントな会社だなというふうには、それは今もあるかなというふうには思いますね。
なのでもう本当に標準化であったり、データ数値化するというところを徹底しているような会社だったなと。
今のキーワードいいですね。オペレーショナルエクセレントって結構スタートアップとかでも、もちろん強いとかいろんな戦い方をするってスタートアップって言うと思うんですけど、
結構不満の会社じゃないですけどね、そういうふうにオペレーションを改善することによって勝ち切るとかっていう文化もあるのかなと思うので、
それを確かに学んでいるし、それってきっとご自身でサービスをすることとか、別の会社に転職してもすごく生きるスキルがあると思うので、
なるほどな、安さがそういうふうにきちんとしてるな、そういうとこにもあるんだという話を聞いていただきました。
ありがとうございます。ちょうど前半がこのぐらいにさせていただければと思うので、
前半ちょっと新卒ですね、ネオケレンに行ってシフトに行かれるところを聞けたので、
ちょっと次のステップに行くきっかけのところを後半聞ければなと思いますので、皆さんありがとうございました。
はい、ありがとうございます。この後もよろしくお願いします。
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