1. IVS2024 KYOTO SESSIONS
  2. 日本流Well-beingを模索する〜..
2024-09-26 1:30:28

日本流Well-beingを模索する〜ココロ、カラダ、シゼン、キカイの調和〜

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取り組みが活発化する今こそ、Well-beingという言葉にDeep diveしたい。
果たしてWell-beingとは何なのか?どのように高めていけるものなのか?そもそも高めていくべきものなのか?
最先端の思想、実践知、学術知の環流を試み、日本流Well-beingの輪郭を浮かび上がらせるとともに、スタートアップとしての貢献余地を模索する。

■IVS2024 KYOTO/IVS Crypto2024 KYOTOについて
2024年7月4日から6日まで、伝統と革新が融合する京都で、IVS2024 KYOTOとIVS Crypto 2024 KYOTOを同時開催します。

IVS2024 KYOTOは、起業家、投資家、事業家、技術者、研究者、そしてスタートアップやオープンイノベーションに関心を持つすべての人々を対象としたカンファレンスです。資金調達や事業成長の機会を求める経営者や投資家、新しい事業アイデアに興味がある人々にとって、新しい未来を築くための貴重な機会を提供します。

IVS Crypto 2024 KYOTOは、クリプトとブロックチェーンに特化したカンファレンスです。この分野のパイオニアたちが、デジタル経済の進化とWeb3の可能性について深く掘り下げます。両カンファレンスは同じ場所で開催され、参加者は自由にどちらのイベントにも参加できます。


名称:IVS2024 KYOTO / IVS Crypto 2024 KYOTO
主催:IVS KYOTO実行委員会(Headline Japan/京都府/京都市)
日時:2024年7月4日(木)~7月6日(土)
会場:京都パルスプラザ他  

・チケットページ:https://www.ivs.events/tickets2024
・HP:https://www.ivs.events/
・X(Twitter):https://twitter.com/IVS_Official

#IVS #IVS2024 #スタートアップ #起業 #経営 #ビジネス

サマリー

日本流のウェルビーイングについて、企業家や医療者、教育者が自身の経験を通じて、心、身体、自然、機械の調和を模索しています。参加者の多様なアプローチと業界での実践を通じて、幸せな生活を送るためのヒントが共有されています。このエピソードでは、日本のウェルビーイングの概念を探求し、ココロ、カラダ、シゼン、キカイの調和が重要であることが強調されます。特に、自然との共存やできなさの感覚が人間の本質に関連しているという考え方が紹介され、社会全体の幸福度に関する課題も論じられます。このエピソードでは、心・体・自然・機械の調和の重要性が語られ、自己肯定感や体との結びつきがウェルビーイングの本質に深く影響していることが強調され、日本独自の価値観が探求されます。このエピソードでは、ウェルビーイングの概念は十人十色であり、個々の文化や価値観に基づく重要性が強調されています。特に、テクノロジーと人間、自然との関係性を見直し、現代社会の中で心の平和を保つための思考方法が考察されています。このエピソードでは、ココロ、カラダ、シゼン、キカイの調和の重要性が探求され、テクノロジーと人間の関係や、共同体としての身体行為がウェルビーイングに与える影響についての洞察が語られます。メンタルヘルスリテラシーや自然との関わりが重要視され、自己肯定感や社会的相互作用がウェルビーイング向上に寄与する可能性について議論されています。このエピソードでは、アジアと日本の特性の違いが話し合われ、震災後の子どもたちへのメッセージや、愛と感謝の重要性が強調されています。

自己紹介とウェルビーイングへの関心
山田 瑠人
みなさん、こんにちは〜。
ありがとうございます。
最終日ですが、土曜日の中、日本流Well-beingを模索するという、かなりニッチな尖ったテーマに来ていただけたことを、まずとても嬉しく思っています。
僕、すごい声通りづらいので不安なんですけど、声通ってますか?
大丈夫そうです。ありがとうございます。
近づけて、ありがとう。近づけた方がいいそうなので、近づけてしゃべりましょう。
みなさん、スライドというものを使って、みなさんから質問とかコメントをいただいているんですが、
今日、一体どんな人がいるんだろうということも、我々すごく気になっているので、かなり序盤から使っていきたいなと思っています。
この後、自己紹介に移っていくんですけれども、ぜひその間も、
今日このセッションで何を聞きたいと思ってきたのかとか、どんなことに関心があってきたのかっていうのを、どしどし書いていただきたいなと思っています。
自己紹介が終わる頃には、そういったことも踏まえながら、
じゃあこういう話をしていこうという、そんな調理をしていければなと思っているので、ぜひぜひスライドにどんどん書いていってください。
今日のモデレーションの企画をしてくれたことも、この回は一番双方向なセッションにしていきましょうということを、
ありがとうございます。
しているので、ぜひみなさんの声をたくさん聞かせてください。
じゃあ、自己紹介から始めていこうと思います。
自己紹介遅れましたが、はる株式会社代表取締役の山田竜人と申します。
普段は社会企業家、ソーシャルビジネスにチャレンジする企業家に、コーチングを提供するマッチングプラットフォームを運営しています。
皆さん、コーチングってどれくらいの認識なんでしょう?聞いたことある人どれくらいいますか?
わぁ、すごい。受けたことある人どれくらいいますか?わぁ、すごい。
コーチングやってる人どれくらいいますか?わぁ、すごい。
じゃあもうここがホームだということがわかったので、自信を持ってしゃべろうと思います。
その他組織開発だったりもやっていますが、コーチングっていうのがかなりメンタルヘルスとかウェルビーイングと近いということで、
今日は呼んでいただけたのかなと思っています。
最終的には長期的なインパクトっていうところ、ソーシャルインパクトの寛容っていうところに取り組んでいきたいんですが、
その一番手前にはやっぱりインプットである企業家自身の健やかさとか、ウェルビーイングっていうところがあるよなというところで、
そこに対しての解決策というところで、コーチングというものを選択してやっているというところです。
あとそうですね、この中で企業家の人ってどれくらいいますかね?
ありがとうございます。
僕もそうなんですけど、企業家はメンタルヘルスのメンタルダウンリスクがすごい高いと言われていまして、
うつ病も2倍、ADHD6倍とか、僧侶性は10倍とか言ったりするんですけど、
僕自身も実は僧侶性障害を持っていて、治療しながら経営しているということで、
もしかしたら普通100人に1人で10倍なので、10人に1人いるので、この中にも他にもお仲間がいるんじゃないかなということで、
そういう側面からもウェルビーイングということを今日一緒に考えていけたらなと思っています。
実践者たちの経験
山田 瑠人
これは薬師マンに行ったときめっちゃ幸せでしたっていうスライドなんですけど、
それだけ見せて、今日薬師マンからいらっしゃった杉下さんに自己紹介を触れればなと思います。
よろしくお願いします。
ありがとうございます。温かい。
杉下 智彦
皆さんこんにちは。薬師マン尾内田診療所の杉下です。
医師です。
普通の医師とちょっと違っていて、アフリカで25年間様々な医療活動をさせてもらって、
最終的に薬師マンで診療所を経営しています。
新しい森林浴ということで、様々な方に森へ連れてってですね、妻がベンチャー企業を立ち上げてですね、一緒にやっています。
また私たちも、実はお見取りを中心にですね、在宅医療に力を入れてまして、
今薬師マン指定管研究というのを皆さんと一緒に研究事業をやっています。
特に自然と人間とのつながり、そこから考えられる我々の未来とウェルビングについてお話できたらと思います。
出口 康夫
よろしくお願いします。
山田 瑠人
では伊藤さんお願いします。
伊藤 東凌
皆さんこんにちは。京都の擬音にありますお寺から来ております。
擬音というと賑やかな加害、一方お寺の外を出ると芸者さんが歩いているような場所にあるんですけれども、
京都で一番古い禅寺という形でございまして、禅といえばまずは座禅がありますので、
私はもう今年で座禅や瞑想の指導で20年やっております。
禅というと静かに座っているだけの印象もあるかもしれませんが、表現をしていく、
自分の中にあるものを出していくということもすごく大切にします。
なのでその解釈としてアートの展覧会も、特に現代アートとして展覧会をもう10年以上やっております。
そして禅という言葉を聞くと仏教の中に閉じこもってしまいそうですけれども、
禅アズブッディズムだけではなくて、禅アズウェルビーングというのを掲げて、
皆さんの生活に近いところにも届けられる禅の質とは何だろうということで、
イントリップというアプリで瞑想や暮らしを整えるヒントのサービスを展開していたり、
例えばホテルの方々と提携して、ホテルに瞑想ルームを作ったり、
観光コンテンツを一緒に作ったり、時々ファッション、時々香りのアイテムなどの開発も関わっております。
以上です。
山田 瑠人
幅広いですね。ありがとうございます。よろしくお願いします。
では西岡さんよろしくお願いします。
西岡 恵子
初めまして。株式会社コトリーの代表をしております西岡です。
ちょっと熱気にすごいやられてるところがあるんですけど、聞こえてますかね。
私は今オンラインカウンセリングを運営する会社の代表を務めさせていただいております。
キャリアもこんな感じなんですけど、私は創業者ではなくて、2代目の代表という形で10期目の会社になるんですが、
これから授業をさらに伸ばしていくというところの役割になっております。
めくっていただいて、ありがとうございます。
コトリーでは日本最大級のオンラインカウンセリングのプラットフォームを運営しているんですが、
オンラインカウンセリング、あとオンラインのキャリアカウンセリング、あとコーチングまで幅広く今授業として展開をさせていただいております。
やっぱり私人生で波乗りだと思っているので、いい時の波の乗り方だけではなくて、
本当に波が高い時にどう対処するのか、やっぱりそういったところも踏まえて、
すべて一気通貫でサポートしていくということが非常に重要なのではないかなというふうに思っています。
なので私たちはネガティブ感情の対処の仕方と、これからもっとより良い人生を描いていくためのポジティブ感情を増幅していく、
こちらのどちらも今支援させていただいているという形です。
めくっていただいて、すみません長くなっちゃって恐縮なんですけど、
せっかくなので私自身をぜひお話しさせていただきたいなと思っています。
私の自己ビジョンは自分を思ってらしく生きるということを掲げさせていただいています。
背景は私の現体験で、私自身は虐待の経験がありまして、
こういったところから本当に普通の家庭の子だと思われたいという一心、
本当の自分というのをずっとひた隠しにしてきたというそんな人生でした。
なので自分を思ってらしく生きるということを掲げながら、
自分自身が誰かのきっかけを与えられる人間になれたなという思いで、
今やらせてもらっています。
最後すみませんもう一個だけめくっていただきまして、
いろんな経験をしてきたんですけど、
全ての経験が私ならではだなというふうにすごく思っていまして、
今日のテーマだと思うんですけど、
ウェルビーイングの概念
西岡 恵子
過去現在をちゃんと自己授与しながら、
未来を自分で自己決定していく。
これがやっぱりできることが、
自分らしい幸福にちょっとでも近づく術なのかなというふうに思ってまして、
この辺はいつもお話が聞けない先生方といろいろお話を聞きながら、
もっと深めていけたらなと思っていますので、
本日は最後までよろしくお願いします。
山田 瑠人
お願いいたします。ありがとうございます。
ではデグチさんよろしくお願いします。
出口 康夫
聞こえてますでしょうか。
京都大学で哲学を教えておりますデグチと申します。
哲学者なんですけれども、
これまでいろいろなことをやってまいりましたけれども、
先は自分の哲学ということで、
愛からういへの、私から我々へのターンという、
そういうういターンということを考えています。
そうすると例えばウェルビーングも、
マイウェルビーングではなくて、むしろ我々、
アワウェルビーングが最初にあって、
その中で初めてマイウェルビーングというのがむしろ意味が出てくるという、
ウェルビーングのういターンということを考えているんですけれども、
プラスアルファウェルビーングからウェルゴーイングという、
ウェルビーングというのは座ってですね、
昔カウチポテトといって、
今学生さんに言って何それって先生と言われてるんですけれども、
なんか心地よい状況を単に自動的に享受するだけではなくて、
身体行為の真っ只中で何かうまく回りつつあるという、
それも一人の行為ではなくて、
共同行為ですよね。
ういで行う身体行為、
共同の行為が何かうまく回りつつある、
これは起業をするとか、
様々な仕事をされる、
それから私座禅もそうだと思ってるんですけれども、
そういうアワウェルゴーイングという、
そういったことも考えております。
たくさんなんかあってすいません。
ということで今日はそういうお話をさせていただければと思っております。
よろしくお願いいたします。
山田 瑠人
よろしくお願いします。
ありがとうございました皆さん自己紹介。
改めてメンバーの多様さと一致さで、
改めて圧倒しておりますし、
あとこれあれですね、
ウェルビーングをテーマにするにはあまりに煌びやかな背景ということで、
ちょっといろんな視線を移しながらお話しできればなと思っております。
またスライドか、
いろいろ書いていただいてありがとうございます。
かなり日本のウェルビーングってっていうところに
関心を持っていただいている方が多いので、
おそらく早速Kクエスチョンに進んでいっていいんだろうなと思っておりますので、
まず最初はですね、
様々な取り組みとか専門性が今あられますが、
その中でですね、
皆さんがそれぞれどのようにウェルビーングっていうものを
捉えてられていたりとか定義されているかっていうことですね。
それを取り組みとか専門分野の観点、
もっと個人的なことでも結構なんですけど、
ぜひシェアしていただいて、
そこにまた皆さんの質問も重ねていただきたいなと思っているというところで、
ちょっとまず出始めにやっていきましょうか。
すごい主体性が。
西岡 恵子
ありがとうございます。
山田 瑠人
よければお願いします。
杉下 智彦
いきなり来たんですけど、
私ちょうど3年前に薬師間に移住をして、
診療所を昇継して、
地元の方々と、
日本の原型みたいな生き方されている人たちを見て、
この人たち本当に自然と一緒に生きてるなって感じます。
例えば90歳を超えたおばあちゃんがウィンディーを使って、
今日の風邪はこれだからって計算しながら、
今日何時から畑に行こうかってやってるんですよ。
つまりITも駆使しながら、
機械に自然と一緒に生きていくっていうことを
ちゃんとやってる人たちがたくさんいるんですね。
じゃあなんでそうなっているのかなっていうことを
僕なりに考えたら、
自然との共存の重要性
杉下 智彦
自然に対しての異形とか異風っていうのがとってもあるんですよ。
今私実は資生館研究の中で異風の研究をしてるんですけど、
異風っていうのは、僕なんかはそうですね、
薬杉の3000年もあるような薬杉を目の前にすると、
もう声も出ないっていうか、
おおっとなるんですけど、
同時になんて自分はちっちゃいんだろうと思うんですよね。
自分にできることなんかそうないと思う。
これスモールセルフエフェクトって言うんですけど、
スモールセルフエフェクトを感じた人って、
自分って実は今生きてるだけで大切な存在だなって気づくんですよ。
だから何でもできると思うと足りない足りない足りないになっちゃうんだけど、
巨大な自然を目の前にすると、
自分ってほんと生きててよかったなとか、
生まれてきてよかったなってとっても思うみたいで、
おじいちゃんおばあちゃんはすっごく大切にしてます。
命を。
虫一つ殺さないです。やっぱね。
ゴミ一つ出さないです。やっぱ。
とっても自然に共存するってのも身についてて、
あんな暮らしが日本中にあったら、
もっとみんなに優しくなれるとか、
果ては戦争だってなくなるんじゃないかなと思って、
自分って何でもできないってことを感じる。
自然への生きや行くっていうのがとっても大切だっていうふうに今思ってますね。
ウェルビーイングの定義
山田 瑠人
ありがとうございます。
ちょっとこの話で、やばい早速横展開したくなったんですけどいいですかね。
今、できなさとかっていうお話があったと思うんですけど、
出口先生も根源的できなさというようなお話を、
Well Being Well Goingの中でされていたと思うんですね。
よかったらそのあたり交えながらお話いただいてもいいでしょうか。
出口 康夫
そうですね。これは日本というかわりとアジアの一つの伝統ではないかと思うんですけれども、
ヨーロッパ西洋では人間ということに考えたときにやっぱりできることに焦点を当てるんですね。
やっぱりこう知的にできることとか小魅力があるとか感情が豊かなっていう。
そこにやっぱり伸ばしていこう伸ばしていこう伸ばしていこうということで、
みんなが一緒になんかこう切磋琢磨の競争に全員動員されて、
小学校なんかでできることをもうみんなで伸ばしていきましょうという形で、
まあそれは良いところもあるんですけれども、
そうではなくてむしろできなさにこそ人間の本質や尊厳や尊さがあるという風に考える考え方も、
やっぱりアジアにはある日本にもあるという風に考えています。
そのできなさっていろいろあるんですけれども、
例えば非常に重要なのは我々永遠に生きることはできないので必ずこれ死ぬんですが、
これも非常に重要なできなさですけれども、
もう一つ私が注目しているのは一人では何もできないということです。
こうやってお話ししているのも一人ではやってなくてマイクじゃないとできないし、
言葉は誰かがやっぱり日本語っていうのはずっと伝わってきて僕教えてもらってるわけですよね。
一人でできることは一つもない。
でも我々日常的にいろんなことをやっぱりやってます。
つまりそれは一人でやってるのではなくて非常に多くの人々であったり、
人間以外の生物、動物、さまざまな無生物、場合によっては人工物に助けられてしかできてない。
我々の行為は全て共同行為で、やってるのは愛ではなくてういだ。
できなさ、一人ではできないということに注目することで、
ういが絶対いるということがまず浮かび上がってきて、
全てそこから考え直さないといけない。
これはちょっと西洋ではあまりない、むしろアジア日本の感覚ではないかと考えております。
山田 瑠人
ありがとうございます。
ちょっと早速ディープなんで大丈夫なのかと思ってきたんですけれども、
よかったら今度西岡さんにいろいろ資料も準備していただいたので、
それを含めてもいいですし、
ぜひそもそもウェルビングってなんだっけみたいな目線合わせを改めてしてみるという、
ちょっと揺らぎで言っていきたいなと。
ありがとうございます。
西岡 恵子
質問も拝見して、ウェルビングを見える化する指標、
グローバルでどんなものがありますかみたいなお話もいただいてたので、
ちょっとそこも踏まえながらお話できればなと思っています。
資料めちゃめちゃちっちゃいのでスマホで拡大して皆さん見ていただければと思うんですけど、
皆さんウェルビングって言葉で伝えることってできますかね。
そもそもウェルビングって今一般的な、
今日は皆さんはまた別の定義をお持ちだと思うんですけど、
世の中の一般的なお話を私からさせていただくと、
二つあると言われていて、
一つが主観的ウェルビング、充実度だったり個人が測れる指標です。
もう一つがGDPだったりとか健康寿命の客観的ウェルビングと言われているものです。
右側を見ていただくと、
日本って言わずもがなずっとGDPは右肩上がりではあるものの、
実は幸福度は全然変わってなくて、
今ギャップが拡大しつつあるという状況です。
なので国家施策も、
社会全体で日本全体でどうするかっていう議論がメインだったところが、
やっぱりこういった個人というものをお隣にしてきてしまったっていうのも
一個あるのかなというふうに思っています。
ただ今はやっぱりこうっていうところに着眼して、
国だったりとか企業もいろいろと今、
施策をやり始めているっていうタイミングかなと思っています。
で、めくっていただいて、
日本人ってよく幸せを感じられてないって言われると思うんですけど、
まさにグローバルのレポートでもこういった結果が出ていて、
左側のものとかだと、
世界幸福度ランキングは去年よりも実はランクをさらに落として
51位かな?まで落ちている感じなんですよ。
で、30歳未満とかで見るとさらに73位?
で、若い人の方が日本人は幸せを感じていないっていうスコアも出てたりします。
ただ今日はぜひ他の皆さんにも聞きたいんですけど、
これを測っている指標がGDPと健康寿命と社会的支援、
あと人生の選択の自由度と寛容さ、
こういったところの項目でそもそも測っているので、
そもそもこの定義が日本に当てはまるのかどうかっていうのは、
そもそも疑ってかからないといけない問題ではあるのかなというふうに思っています。
孤独と退屈の問題
西岡 恵子
で、次も話しちゃいましょうか。
会社の中での施策っていうところだとさっきお話しした、
個人がちゃんと幸せであるっていうところは引き上げていかなきゃいけないよねっていうことで、
右側の一般的な我々が提供しているカウンセリングも含めて、
直近は施策が増えてきているのかなというふうに思っているんですけど、
果たしてこの傾向がいいのかとか、さっきの定義についてとか、
ぜひ深めていただけたら嬉しいなと思っています。
山田 瑠人
ありがとうございます、ご説明。
続いて伊藤さんもどんなふうにメルビインゴを見ていらっしゃるかっていうところを改めてお願いしてもいいですか。
伊藤 東凌
ここまで私もお聞きしてまして、
まさに自然との調和で優しくなるっていうキーワードであったり、
ウィーの感覚で、しかもできなさというものでのつながりの中っていうのは、
自分も今日話そうとしていたところとちょっとリンクするなと思いながらなんですけれども、
まず何か、ウェルビイングって何だって考えたときに、
じゃあ反対にバッドビイングとか、良くない状態ってどうなんだろうっていうのを、
ちょっと想像し始める言葉ではありますよね。
なので、マイナスに感じてしまうとやっぱりそれこそ不幸に直結してしまう考え方ですけど、
このゼロポイントみたいな、ここをしっかり定めるのが大事だなっていうふうに思ってまして、
そこでのゼロポイントは、私もお寺で暮らしながら見てますと、
さっきあったように必ず人は避けられない、まず死がありますね。
まず死自体をすごいネガティブなものとして捉えてしまうと、
死に近づいたり、老いであったり病であったりがものすごく幸福度を下げてしまうっていう発想になりますけれど、
あくまでそこはもうゼロなんだ。
要するに良くも悪くもなくという感じでまず捉え直していくところが大事で、
その死と同じぐらい人類が避けれてない、これからも避けれないであろうものが他にも2つあって、
これは私は孤独と退屈だと思うんですね。
孤独っていうのもなんとなく埋めれるようになってきた気がしますけれども、
やっぱり決定的にこの孤独感というものとこれからどう向き合っていくか、
要するにこれも孤独という言葉をある意味ちょっといい意味でも使っていけることは大事だなと思っています。
退屈もしっかり、退屈あんまりピンとこなかったかもしれません。
でも確かに退屈をしのげるいろんなエンタメがもう満ち溢れてますが、
本質的に考えれば、突き詰めれば、なんで我々今いろんなことやってるんだろうって、
結構やっぱり退屈なんですね。
なので、ウェルビングを考えるときにまずそのあたりがマイナスではなくゼロポイントとしてあって、
できるならウェルビングをちょっと分解すると、
ウェルダイング、死ぬということに対してウェルな状態で、
嫌なものにバッドダイングというイメージよりかはウェルダイングであり、
孤独というのもウェルロンリネスみたいな、
良い形で孤独というものをしっかり自分で向き合えるようになり、
そして退屈もウェルボーアリングみたいな形で扱えるといいなというふうに思ってます。
ちょっと具体的な方法またあるんですけど、それはまた後ほど。
山田 瑠人
ありがとうございます。
今の話で西岡さんにまた戻して聞いてみたくなったのが、
例えばカウンセリングの現場って不安みたいな話はよくあると思うんですけど、
先ほど出た孤独とか退屈っていうようなテーマって、
アンケートから出てきたりとかされてますかね。どういった実態がありますか。
西岡 恵子
そうですね。でも孤独のテーマは本当に多いので、
その孤独っていうのも物理的孤独、近くに人がいないっていうわけではなく、
心理的孤独を感じている方が本当に多くいらっしゃるなと思っています。
特に若い人とかだと、親世代とは生き方が全く違うので、
そういう上で相談できないからこその孤独とかを背負いながら生きている方って本当に増えてるなと思うので、
特に高校生、大学生との孤独とどう向き合っていくかっていうのはすごく深いテーマだなと思っています。
山田 瑠人
ありがとうございます。なんか孤独担当大臣をつけている国なんかもありますもんね。
そういうことが本当に世界的なイシューになってくるっていうことは実際にあり得るんだろうなと思いました。
ありがとうございます。
ちょっとざっと今一人一人からどんなふうにウェルビンゴを見ているのかって聞いてみまして、
そういうことを聞いて今皆さんが何を思っているのかっていうことも、
ちょっとこれはマイク回して一人二人聞いてみたいなっていう欲があるんですけど、
いいですか?聞いてみていいですか?
いいですか?ありがとうございます。
良ければ手を挙げていただいてもいいですし、
喋りたいですっていう雰囲気を出していただいてもいいので、
ぜひぜひここまでの感想でもいいですし、聞いていての質問、問いかけみたいなものを、
出口 康夫
せっかく直接喋れるチャンス、機会として使っていただければなと思っておりますが、いかがでしょうか。
山田 瑠人
ありがとうございます。お願いします。
西岡 恵子
ありがとうございます。
結構今若い世代の方が心理的に孤独を感じられているっていう方が多いっていうお話だったと思うんですけれども、
私もやっぱり今23なんですけれども、
若者の悩みと孤独
西岡 恵子
SNSで繋がりとかっていうのはある中でも、
そうした本当の繋がりを得られないみたいな悩みを持ってらっしゃる方っていっぱいいらっしゃると思うんですけれども、
やっぱりそういった悩みだったりとかを抱えられる方が多いのか、
それとも何か別の悩みを抱えている方がいるのか、
どういう悩みを抱えている方が若い世代では多いのかなっていうところで、
特徴とか共通点とかがあればお伺いしたいなというふうに思います。
山田 瑠人
いかがでしょう。
西岡 恵子
はい、ご質問ありがとうございます。
でもやっぱりSNSで繋がることによって、
匿名性がある中で会話をするっていう孤独さもありますし、
あとは本当にキラキラした表面的なところだけの視野になってしまっているので、
やっぱり弱さを見せられないとか、
本当の自分と向き合わないっていうような孤独さっていうのも非常に多くあるなというふうに思っています。
でもやっぱりさっきお話しした、
自分でこれから自分の道を決めていかなきゃいけないってなった時に、
先を示すものが全くないので、
先人たちの知恵をうまく活用しつつも、
とはいえ自分で意思決定するってどういうことだっけ、
そうなったときは真っ暗闇の中に自分一人で歩いているみたいな感覚に落ちてしまう子がすごく多いので、
そういったキャリアとか人生への不安、
そういった孤独っていうご相談が今すごく増えてはきているなと思っています。
親子関係と心のウェルビーング
山田 瑠人
ありがとうございます。
質問ありがとうございました。
みなさん拍手をお願いします。
ありがとうございます。
じゃああと一方ぐらい聞ければと思います。
ありがとうございます。お願いします。
ありがとうございます。
杉下 智彦
僕も杉浦先生と一緒で農芸会をしているんですけれども、
伊藤 東凌
子どもの人間ドッグみたいなことを授業展開をしまして、
山田 瑠人
子どもの人間ドッグ。
やっぱり心と職の関係ってすごく大事だと思っているんですけれども、
出口 康夫
そういったところでウェルビーングに対して子どもと親の関係っていうのがすごく重要なんじゃないかなって
西岡 恵子
幼少期の頃からっていうのが思っているんですけれども、
杉下 智彦
その辺りについて必要だな、親と子どもの関係ですごく大事だなとか
必要だなって思われていることが何かあったら教えていただきたいなと思っています。
ありがとうございます。
ありがとうございます。
私も今6年生と4年生の子どもがいて、
昨日の夜も薬師場に出てきたんですけど、
子どもと仕事終わってから夕方、クワガタを取りに行ったんですね。
そういう役目ってなかなか都会になくてですね、
一緒に山に行こうなんて発想も出てこなかったんですけど、
実は私がすごいびっくりしたのは、薬師場に行く前はクワガタが欲しいっていうと、
それこそコンビニとか昆虫とか買っちゃうわけですよ。
買えちゃうし、すごいのも買えて、買うっていうことはできるんですよ。
でも薬師場でクワガタ買おうとしたら、どこにも売ってないので、
自分で取るしかないんですよ。
でもなかなかそんなにいないですね。
そうすると子どもは、あのおじちゃんが上手に取れるって聞いてきて、
そのおじさんのとこに行って、
じゃあお前5時に朝起きて、あの電柱の木のとこ行ってみろって教わって、
普段早起きしない子どもが次の日お父さん、朝行くから一緒に来てこいって言われてですね、
一緒に行って捕まえて、それを自分で飼ってる。
この大きな違いは、僕自身もライフスキルだと思ってて、
人生を逆境をどう乗り越えるかっていうレッスンが、
家庭や社会の中で失われてきてるんだけど、
ヤクシマはリソースがないがゆえに、お金では解決できないことがたくさんあって、
病気もそうなんですけど、
それに対して自分たちでしっかり身を守んなきゃいけないし、
自分たちで技術を持たなきゃいけないし、助け合わなきゃいけないしって、
それがすごくあるのが、僕にとっては今とても魅力で、
この人たちどうやって死に向かって生きていくんだろうなっていうのを研究始めてるので、
ぜひ一緒にできたらいいなと思ったりしますね。
山田 瑠人
いいですね。ぜひ後ほどご挨拶を。
質問ありがとうございます。
まさにクワガタを捕るにしても一人ではできないっていう、
そしてそこに資本市場があれば、何でもお金さえあればできるっていうふうに
錯覚してしまうんだが、本当はできないっていう。
だからこそつながって協働してやっていくっていうところに、
ウェルビーングのヒントっていうものがあるのかもなっていうところで、
結構すでにそういったエッセンスに触れてきてはいるんですが、
続いて、もう少し日本ならではのウェルビーングっていうところに対して、
何なんだろうっていうところとか、
日本流ウェルビーングってどうあるべきなんだろうみたいなことを話していくっていうところに入っていきたいと思います。
なんかすでに質問でも、何でしたっけ、
善、そこへの善の生かされ方みたいな話があったりとか、
あとは自然とか冷静とのつながりみたいな非常にディープな質問もあったりするので、
そういったことも踏まえながらお話をしていければいいかなと思っています。
そうですね。よければこの日本流ウェルビーングは、
できれば出口先生から先ほどの補足とか追加みたいなところも含めてお話いただきたいです。
お願いします。
出口 康夫
そうですね。ウェルビーングとは何か、今もご紹介いただいてお話もあったように、
もう十人十色というか決まった定義はないんですよね。
だから我々が一人ずつ、一人がある意味では考えざるを得ないんですけれども、
一つのウェルビーングの考え方はやっぱり自分とつながっているんです。
自己肯定感が高ければやっぱりウェルビーングが高いとか、
自分に自信が持てないとか、
自己肯定感が全然なかったりするとウェルビーングが低くなるという傾向は、
これはわりと日本でも外国でもいろいろと出てきているわけですよね。
やっぱり自己、自分というものとも必殺に結びついているわけです。
じゃあ、自分とか自己というのも世界中でみんな同じかというと、
これやっぱり違う。自己感自体がやっぱり違うし、
もちろん日本の中でも歴史の時代が違えば変わってくるわけですけれども、
日本の自己感、特に哲学とか思想とか、
五線文の禅とかも含めてですけれども、
一つの特徴は体と話しては考えていないということです。
この体というのはもう完全に生身の体。
切れば血が出て、疲れて、最終的にはお年老いて死んでいくという、
こういった体と自己、自分というのが切り離せない。
ヨーロッパはこれ割と切り離して考えるというのも一つの主流であるんですけれども、
そこをやっぱり切り離せないのが自分だ。
そうすると、自分、自己と切り離せないウェルビーングも、
体と切り離せないということになってくる。
体のないウェルビーングはあり得ない。我々の直感、心に響かない。
ウェルビーングも常に体の在り方と結びついている。
日本の自己感とウェルビーング
出口 康夫
これが一つの日本のウェルビーングの特徴だと思います。
薬師間でその天気との関係、自然ですよね。
天気というのは抽象的な温度とかではなくて、
僕らが肌で温度とか湿度というのを感じるわけです。
なんか前線が来たなあっていうので、なんか頭が変わるなあみたいな、
そういった形で我々体感する。体感を通じて、
我々は自然と結びついている。
ウェルビーングを常にそういう形で受肉しないといけない。
体と結びつく。そのことで自然と結びつく。
そういった在り方を私はウェルゴーイングと呼んでいるんですけれども、
体と結びついていて、体を一つのピボットとして、
周りと結びついていくのが日本のウェルビーングの、
私は一つの特徴ではないかと考えています。
山田 瑠人
ありがとうございます。ちょっと面白すぎますね。
一回体伸ばしますか、皆さん。もうお疲れだと思うので体伸ばしたり、
立っている人足をちょっと痛まってあげてくださいね。
もう体切り離せないよというところで、90分長いんでね、
小休憩しながら聞いていきたいんですけれども、
どうしようかな。次は伊藤さんに聞いてみましょうか。
日本流のウェルビーングいかがですかね。
伊藤 東凌
そうですね。今のお話も聞いていて、確かに日本のウェルビーングだと、
到達したとか完成したっていうよりかは、どちらかというと、
解いて、手放したぐらいが実はウェルビーングだったりもするかな
というふうに思ったんですね。これはさっきの自己感という言葉が、
やっぱり国によって違う。自己というのはどんどん確立させていって、
どんどん自己確立みたいな言い方、基礎があって積み上げていって、
積み上げていって、スキルアップ、キャリアップして、
最終的にここまで来た、これが私だという自己を達成しようというのが、
西洋のモデルだとしたら、東洋、特に東洋思想、仏教、禅も入った中での
日本的な自己感、見方でいくと、むしろ知らない間に積み上げてしまった、
余計なよくわからない自分みたいなのがあって、むしろここ、
底が出来上がってしまっているので、さらに上に積んだって、
ちょっと下の方怪しいよね、みたいな考え方をしたりします。
なのでこの辺りの無駄は一旦取り払って、むしろ以前よりも自分というものが
もっと解けて、この辺りが脱構築していけるような、構築していく前に
脱構築の方がすごく大事で、そういう意味でちょっとガチガチになった
アイディアがちょっと解けていく。それにはいろんな人の意見に触れていったり、
一緒に共同でやってみて気づいたこと、もちろん自然の力を感じながらで
解けていく部分があるでしょうし、そして手に入れたものを手放すって難しいんですよね。
自分が獲得したものを手放すのは難しいんだけど、やっぱり思い切ってね、
ここまでが自分の成功例とか、ここまでの実績とか色々ありますけど、
伊藤 東凌
ある種手放していけることがウェルビングということにもつながっていって見えるのが、
山田 瑠人
日本流のウェルビングとしてしっかり据えていけると良いんじゃないかなと思っています。
ありがとうございます。ご質問の中でも個人主義の高まりみたいなことを
触れられている方がいらっしゃって、今伊藤さんがお話しされたことって、
いわゆる自己実現とか、セルフリアライゼーションみたいなこととは
かなり一線を画するようなものなんだなっていうことを感じながら聞いていました。
ありがとうございます。
杉下 智彦
日本のウェルビングを逆に阻害しているものって、僕はすごく感じることがあって、
それはアフリカで呪いの研究をずっとやっていて、呪いの世界観というのがすごく面白いんですけど、
出口 康夫
実は今日ここに来ていらっしゃる人で、病気の人ってどのくらいいますかね?
杉下 智彦
そんなにいないですよね。これ大学で教えているので学生にやるんですけど、
ほぼ手は挙がらないです。これをアフリカでやるとですね、全員手を挙げますね。
自分は病気だっていう。まずデフォルトが違うんですよ、社会のあり方の。
ウェルビングのデフォルトがちょっと違うと思ってて、聞くじゃないですか、若者に、元気そうなお兄ちゃんにね。
どうして幸せ感じられないんだと、病気なんだっていうと、
先生、先週失恋したと、心が痛んで苦しいんですと、病気ですって言うんですよ。
じゃあこっちのおばあちゃんに聞きますよね、どうして病気なんですかって言ったら、
先生、食べるものがなくてお腹が痛いんですって、病気ですって言うわけですよ。病気なんですよ。
だけど僕ら病院でね、病名がついたものしか見ない。
ウェルビーングの課題
杉下 智彦
それは診療報酬制度の中で、病名があるものしか僕ら利益にならないから見ようとしないし、
学生さんが来て先生失礼して心が痛いって言っても、それはちょっと違うだろうと、占いに行ってくれっていう話になっちゃうんだけど、
結局ね、いじめとか、さっきちょっと若い人が幸せ感じられないって話があったんですけど、
感じられない理由は、病気見るとこないんですよ、そういう。失礼見る人もいなければ貧困見る人もいなくて、
結局ただいまし病院の先生もこれ違うで、最終的に自殺なんかしちゃうんですよ、やっぱり。
自殺なんか見てきましたね。だから、もともと我々は幸せでもないし、
アフリカの人みんな幸せを見えますよ、元気だけど、でもあれはみんな相当苦しんでるんですよ、仲では。
だからもともと、私は病気です、大変なんですって言っていいと思うんですよ、社会が、もっと。
だけど、元気なこと、働けること、長生きなことだけが表に出てきちゃって、そうじゃない人は負け組みたいになっちゃう。
この風潮を変えないと、ウェルビーングしましょうよ、1,2,3,4,5やればウェルビーングです、みたいなこと言うけど、ない、そんなの。
デフォルトが違うから、っていう風に僕はいつも思うんですよね。みんなで変えていきましょうよ、ここね、ほんと。
山田 瑠人
変えていきましょう。
まさにウェルビーングは十人十色ってことを出口先生さっきおっしゃってましたけど、それですよね、デフォルトが全く違う。
文化によって違うってこともありますが、個人によっても大きく違うんだっていうこと。
その中で一人一人が、そして共同して考えていかなければならないんだなということを、はい、強く感じました。
日本流のカウンセリング
山田 瑠人
ありがとうございます。
西岡さん、そんななんかこうやって高めていこうというある種サービスをやっているわけですけれども、
どんなことが日本流のウェルビーングとして大事だと思われていますかね。
西岡 恵子
そうですね、私たちは日本人のカウンセリングもするんですけど、外国人のカウンセリングもさせてもらったりしていて、
その中ですごく違いが見えてきているなと思っています。
もしよかったらスライド、すいません。
今本当に伊藤さんもお話しされていた、西洋的な問いとの相性は日本人は比較的良くないんじゃないかなと思っていまして、
やっぱりここはポジティブな意味で記載をしているところがありますけど、
やっぱりカウンセリングという中で感情を取り扱っていく中で、
寂しいとか侘びしいを綺麗だと感じる日本人ならではの感情のあり方、見方というのは素晴らしいものではありつつも、
自分のこと好きですかとか、今の生活に満足してますかって問いではやっぱり答えられない部分だなというふうにすごく思っているので、
やっぱりグローバル起点、西洋的なところと東洋的なところで学問されていらっしゃると思うんですけど、
すごく大きな違いがあるなというふうに思っています。
めくっていただいて、なんでWell Goingだったりとかいろいろキーワードが今出てますけど、
実際、もっと幸せになろうよっていうWell Doing的な西洋的なあり方よりも、
今ここの幸せ感じませんかっていう、本当に単価にありそうなキーワードではありますけど、
これこそが実際はWell Beingなんじゃないかっていう、私自身すごく思っているので、
グローバルな指標ではなくて、日本流のあり方をむしろ海外に広めていく、
そういったことが今後すごく重要なんじゃないかなというふうに思っていて、
ぜひ補足いただけたら嬉しいです。
自然との関係
出口 康夫
確かにお願いします。
伊藤 東凌
すみません、ありがとうございます。
さっきのスライドの方も見て合わせていいですか?
山田 瑠人
もちろんです、もちろんです。
伊藤 東凌
確かにWell Beingって言葉を使ってきて、我々もいろいろ揃ってきてますけど、
ダイレクトに日本語で言うと、何なんですかねっていう問い、これは結構大事ですよね。
Well なんとかっていうので、自分も言いましたけど、
昨日考えてたんですけど、心の問題、ちょっと心の観点だけ言いますと、
確かに人生の流れを自分の中である程度見ながら、真面目に誠実にいけるといいなとも思ったんですけど、
真面目っていうのはだいぶ違うようなニュアンスも含むし、誠実もちょっと固いなと。
その中で思ったのが、これ皆さんどう思われるかなんですけど、
山田 瑠人
これはちょっと本当にアグリ、ディスアグリをもらいたいんですけど、
伊藤 東凌
Well Beingっていうのは心の観点からいくと、真心っていう言葉がちょうどいいんじゃないかなと思ったんですね。
暮らしの中で真心ばっかりではいられないのもわかるんですよ。
いろんな利害関係とかね、いろんな短期目線で考えなきゃいけないこともあって、
そこで真心をちょっと後に置いてしまうこともあるんだけど、
自己決定とか、こういう未来を切り開いていきたいとか、自分らしさとかをスッと見た状態って真心ぐらいの言葉なのかなと思ってます。
ちょっとご意見いただけたら嬉しいです。
山田 瑠人
ありがとうございます。聞いてみますか、オーディエンスに。
ディスアグリかアグリか。
伊藤 東凌
どうですかね。
山田 瑠人
いい感じ、いい感じ。
いいですね。チラホラーですね。
ぜひ皆さんのね、日本語で言ったウェルビングで何だろうっていうのも聞いてみたいですが、
今回はですね、ウェルビングで今日本流っていう話もしてきましたけれども、
メンバーとしては、例えば心っていう観点とか、自然っていう観点とか、
あと昨今で言うとやっぱり生成AIを含めて機械っていうところが避けられないというかすごく密接に関わってくるということで、
ちょっとその観点からも追加でお話ししたいところを聞いていければなと思っています。
じゃあちょっと心続いたので、もう一回自然から、
ちょっと自然から見るウェルビングっていうことで、最終的には薬師マンに来てくれというメッセージで。
杉下 智彦
そうじゃないけど、ぜひ来てほしいですけど、機械のね、とっても有効活用っていうのはあるかなと思います。
実はさっきの異形とか異風の研究の一つに、こんな研究がアメリカであってですね、
異形を感じるようなビデオを見たグループと、コマーシャルだけを見たグループでですね、
その後の心理テストをするとですね、異形を感じた、いわゆるビデオの人は時間が長く感じるんですよ。
逆にコマーシャルのような、自分が買っちゃうよ、やんなきゃでもお金ないってこういう人は頑張らなきゃ時間が短くなっちゃう。
で最終的に異形を感じたグループは、実はウェルビング度が高いってくるんですよ。
つまり時間はもっとあるから大切に使わなきゃと思うのか、
もうアクセクトして手を入れて何をやっていく人って幸せさえ感じられなくなるってことかな。
そうすると、もしかするとAIとかバーチャルとかが、もっともっとね、その異形や異風を感じるような空間をちゃんと作れば、
薬師マンに来る人は全然なくて、もしかそういう物語や映画やドキュメンタリーもとっても大切だと思うんですよね。
それを実際にまた体験すればもっといいだろうと思うし、実は映像でさえそんな結果が出てるんで、
ここって今後のAIのあり方の一つに自然とのインタラクションってあるのかなと思いますね。
山田 瑠人
ありがとうございます。
ぜひ皆さんが異形異風を感じた瞬間もスライドに書いていってほしいですけど、
そんなのがあるんだっていうところも聞いてみたいですけど、
この異形異風の観点って純粋経験というか、
そういう禅の中でもすごく取り上げられてることなんじゃないかなと思いまして、
よかったら補足いただいてもいいですか。
伊藤 東凌
そうですね。
まさに自然を感じるのが今映像でもって話があって、
私もですね、バーチャル寮俗院、バーチャルのお寺を作って、
なんとかそういう効果ができないかなってまだ実験段階ですけど、
やっていたりもします。
で、ちょっと話変わっちゃうんですけど、
確かにこのウェルビングをまた以前他の角度から考えたときに、
ちょっと冒頭でもホテルと一緒にいろいろやってるって言ってたときに、
あるホテルで、そうですね、
ネイチャー、自然に対して良いみたいな単語がついてるホテルがあったんですね。
で、あれ自然に形容詞をつけるときって良いとか悪いだったけど、
またちょっと突っかかり始めて、
自然に改めて形容詞をつけるなら何だろうっていうふうに
ちょっと問いを立ててみたんですね。
何が良いですかね。
で、自分が出てきたのがグレイトだったんですね。
大きさもあるし、やっぱり時々怖いし、
やっぱりちょっと異形の念を抱くような。
で、瞑想っていうのはですね、難しく感じるかもしれません。
空っぽにならなきゃいけないとか、動いちゃいけないって思うかもしれませんが、
実は動いてもいいし。
普段の意識の、ちょっと無意識の折り置きをちょっと繋げてもらって、
自然の一部だなって思えたら、それは一つの瞑想なんですね。
人間が自然の一部であるっていうのが善の思想ですけど、
そこに体まるごとが瞑想なんですね。
さっきの話戻ると、自然がグレイトなんであれば、
そして人間がグレイト、自然の一部なんであれば、
人間もグレイトの一部じゃないかと。
なので、そういう意味でいうと、
この瞑想とかを通じて思えるウェルビングって、
グレイトビングだなと。
自分のことをグレイトだと。
俺はグレイトだっていうと、
頭の中とか今までの実績がグレイトかみたいな変な評価になっちゃいますけど、
そこを一旦離れて、本当に、
さっきから体と繋がるとかいろんな話が出てますけど、
まさにそういうグレイトなものの中に自分を、
ある種没入させていく、
塊を溶かしてそこに任せるぐらいが、
グレイトビングでいられる、
いい系のあり方かなと思ってます。
山田 瑠人
ありがとうございます。
ちょっとそれに関して出口先生に聞いてみたくなったのがですね、
体の話がまた、
自分の話が出てきましたけど、
自分も自然の一部だ。
これってもう少し突き詰めると、
そもそも身体は自然だっていうこともあるかなと思ってるんですよね。
そのあたりの身体と自然ということに関する、
ウェル・ゴーイングや東洋の思想での捉え方、考え方って、
どんなものがあるのか、あるいはないのかみたいなところ、
ぜひ。
出口 康夫
そうですね。
身体、明らかに自然の一部ですよね。
我々生物ということで、
この進化の中で初めてこういう形が出てきてるわけです。
それをどういうふうに考えるかなんですけれども、
自然も永遠不変のものはないっていうのが、
これやっぱり東洋的な考えで、
実は我々も先ほど言いました、
必ず死ぬっていう、
せいぜい数十年か頑張って100年しか生きれないわけですけれども、
じゃあ自然は永遠不変かっていうと、
これも多分そうではない。
もちろんどんどんどんどん移り行くっていう、
同じものは一つもないというような、
万物が露天していく無常性ということですよね。
常ってのはない。
それは、たとえもっと広い、長いスパンで言っても、
この宇宙もビッグバンで始まって、
どっかで終わるっていう、
一つの大きな出来事でしかない。
出来事っていうのは、
これハプニングとかイベントですので、
常に時間と結びついていて、
この時間は永遠不変ではなくって、
必ず始まりと終わりがある。
だからものすごく長いスケールだと言っても、
始まりと終わりがあって、
それは宇宙も、自然も、地球も、
そして僕らも同じで、
そういうことに関しては、
ちっぽけな僕らであったとしても、
大きな宇宙であったとしても、
ウェルビーイングの探求
出口 康夫
一つのイベントであることは同じだ。
どうせいずれかは死ぬ。
そういうことが同じだというのが、
一つ東洋の考えではないかと思います。
山田 瑠人
なるほど。ありがとうございます。
始まりと終わりがあるっていうことが、
構造的に類似で、
一緒なんだということが、
なるほどなっていうのと、
その話をインフィニティ・ベンチャー・サミットで
やっているのが、なかなか尖った。
IBSはその略っていうことを、
おとといぐらいに調べて、
そうかって思ったんですけれども、
かなりそういった長期的な話もあって、
やっぱり皆さん、
とはいえっていうことを、
思うんじゃないかなって思います。
とはいえ、
欲しいものは欲しい、
うまいものは食べたい、
煙草吸いたい、
みたいなことがあったりする中で、
そういった葛藤を現場で扱ったりする会社は、
どちらかというと、
コトリーさんになったりするのかなと思っていまして、
こういったことを大事にされながらも、
葛藤を抱えている人たちに、
どんなふうに向き合っていらっしゃるのかとか、
どういった変化が、
クライアントさんたちにあるのか、
伊藤 東凌
みたいなところとかは、
山田 瑠人
ちょっと実際の例とか、
あれば聞いてみたいなと思うんですが、
いかがでしょうか。
西岡 恵子
そうですね。
なんかもう、深い話すぎて、
まず私が聞きに行っちゃって、
っていう感じなんですけど。
でもそうですね。
やっぱり今、
周りと比較をして生きられている方が、
本当に多いので、
やっぱり人間関係だったり、
全て葛藤が、
対他の人っていうところで生じているケースが、
本当に多いなと思っています。
なので、カウンセリングを提供する中で、
他の人がどうではなくて、
今の自分がどう思うかとか、
今の本当に自分のところに立ち戻ってほしい、
っていう話をやっぱりカウンセリングの中で、
真摯に向き合ってしていくんですけど、
そうすると自分のことが、
やっぱり見えてくるっていうところはあるので、
周りが見えやすい環境だからこそ、
自分に向き合うっていう時間を、
あえてやっぱり作っていくっていう重要性を、
すごく感じているところです。
テクノロジーの役割
山田 瑠人
ありがとうございます。
そこに追加でなんですけれども、
ご質問の中で、
今までのお話を踏まえながら、
テクノロジーやサービスによって、
解決できること、できないことって、
何があるんでしょうか?
っていう話もあがっています。
よかったら、
皆さんから伺いたいなと思ったりしています。
特にサービス、テクノロジーをやられている
伊藤さんでしょうか、
さんとかには聞いてみたいなと思うんですが、
何が解決できること、
できないことなんでしょうか。
どちらから行きましょうか。
出口 康夫
私から。
山田 瑠人
そのまま行きますか。
杉下 智彦
お願いします。
山田 瑠人
我々はオンラインでカウンセリング提供を
西岡 恵子
しているとはいえ、
人の問題は人で解決するというのを
すごく大事にしているので、
やっぱり人に生じた問題は
テックでは解決できないと思っているんですよ。
ただやっぱりテックを活用することによって
より多くの人に届くとか、
より低価格で利用できるような環境を
整えるということはできると思っているので、
なのでテックだけでむしろ
人の問題解決できないと思っている派
ではあるかもしれないですね。
なので、もちろんテックだけで解決できない
企業さんもたくさんサービスとして
あるかなと思うんですけど、
やっぱりいろんな論文を見ていると、
ちょっとでも人が介在することで
心理的な支援の影響度がやっぱり上がる
というような論文も出てたりするので、
やっぱり人が介在するということは
すごく重要なんだなというふうに思っています。
ありがとうございます。
伊藤さんいかがでしょうか。
山田 瑠人
会場にもしかしたらいらっしゃるかもしれませんけど、
伊藤 東凌
このタッチデバイスの会社で
カームテクノロジーというキーワードに
されているサービスがあるんですけど、
カームなテクノロジーということで、
テクノロジー自体がバンと目の前に来ちゃうと
やっぱりちょっとノイズだったり
人ってうるさく感じたりするときに、
なんかさっきから出てきている
ウェルな状態、ウェルビーングに対しては
やっぱりテクノロジーでちょっと
うざいなみたいになっちゃうことが多いんですけど、
目覚まし時計とかもいい形で起こしてくれると
だんだん起きる習慣ができて、
やがて目覚ましかけなくても起きれるようになるという、
最初の処方を伴走してくれるという意味では
テクノロジーはすごく大事で、
目覚ましもだんだんなり続けると
もういいよってなるぐらいの状態になっているんですけど、
やっぱりテクノロジーというのは
やっぱりテクノロジーというのは
テクノロジーはすごく大事で、
目覚ましもだんだんなり続けると
もういいよってなるぐらいに、
やっぱり最初の
所属をどう作ってあげるか、
ウェルビングに向かうための本当に
さっきから出てきた孤独とか
退屈との向き合い方とか、
もしかしたら死というものとどう向き合っていくかに対して、
なんかテクノロジーが伴走していけるところって
人間とテクノロジーの関係
伊藤 東凌
どういう形があるのかなとかいうところで、
私は退屈というものに対して
どう向き合っていくかというところで
メイソーアプリを作って皆さんに
ある意味で本当に毎日退屈な時間が
退屈のまんまでいいんだよというところを
伝えようとしてたんですけど、
なかなか簡単には
届かないところなので、
会場の皆さんからも
アイディアをいただけるといいなと思う話題ですね。
山田 瑠人
ありがとうございます。
まさにメイソーを
1年ぐらい週間で毎日やってるんですけど、
最初はアプリを使ってたんですけど、
もうアプリを使わずに、
なんなら窓を開け放って
鳥の声を聞きながらの方がいいですみたいな
話になったんで、
なんか所属への伴走みたいなのって
すごくよくわかるなと思いながら聞きました。
ありがとうございます。
こういうテクノロジーの話が出てくると
やっぱり出口先生に聞いてみたいというところで、
さっき人間が介在する価値の話が出ていましたけど、
AIがどんどん人間らしくも
なってきているみたいな中で、
どんな風に見てらっしゃるのかというところを
出口 康夫
ぜひ伺いますか。
AIもそうですけれども、
テクノロジーで常に我々が問うべきなのは、
もう既にお話が出てると思います。
テクノロジーと我々の関係なんですよね。
私は今日冒頭ですべては単独行為ではなくて、
共同行為だというふうに申し上げましたけれども、
この共同行為のパートナーにはもちろん
人間も入るし、自然も入るわけですけれども、
テクノロジー、機械も全部入ってくる。
AIも全部入ってくるんです。
では、このテクノロジーと人間の関係、
やっぱりヨーロッパのスタンダードの関係は、
人間は絶対にご主人様で、
テクノロジーは全部絶対道具だと。
アリストテレスは道具というのは
魂のない奴隷で、
奴隷というのは魂がある道具だという風に
書いてるんですけれども、
その言葉が現在でも生きていて、
なので人間はご主人様でなくてはいけなくて、
テクノロジーは全部奴隷じゃないといけない
こういう言葉が今でも使われています。
そういった形で動いている社会はいいんですけれども、
たぶん我々の直感はそういうところに行ってなくて、
例えば先ほど、自然に対して異形の念を
持つことができるかどうか、
それは非常に重要で、
そのグレートさというのは自分にも
やっぱり帰ってくるというお話がありました。
では、テクノロジーに対して
異形の念を持つことができるかどうか、
ヨーロッパでは持っちゃいけないんです。
道具に対してそんな異形の念を持つことは、
これは人間の尊厳を損なうことなので、
ダメですと言われます。
僕らも常に異形の念を持つわけではないですけれども、
例えば本当にずっと使われてきて
代々伝えられてきた壺みたいなのがあったとしたら、
美術品までいかないんだけれども、
やっぱり日常道具ではありますけれども、
我々はそれに対して人の人生を超えた、
我々よりも長く生きてきて伝えられてきて、
実際に生活の中で役割を果たしてきたものに対する
異形の念というのは持ち得ると思いますし、
持つことは別に悪いことではない、少なくとも。
持つあり得るよねというふうな感覚を持っている
というふうに思います。
テクノロジーに対して異形の念を持つかどうかという
こういった一つのことでも文化によって全然違って、
僕らはそれは持ってもいいんだけれども、
西洋からするとそんなことはダメだと言われる。
こういった違いがいろんなところでも出てきているので、
西洋の考えでそのまま使っていたら、
たぶんウェルビーング、ウェルゴーイングは出てこない。
我々は常にテクノロジーと人間の共同作業、
それがどうやってうまくいくかという、
テクノロジーもういに含めたウェルビーング、
ウェルゴーイングを考えていくべきだと思います。
山田 瑠人
ありがとうございます。
どんどんそうやっていきましょう。
西岡 恵子
今のお話で聞いてみたいのが、
それこそ日本人ってアトムだったりドラえもんだったり、
テクノロジーか友達っていうんですかね、
テンアリーっていうのはすごい独自の考え方なのかなと思うんですけど、
そういったものってどういう背景か、
私は自然とそれが味見ついているものの、
どういう背景から来ているのかなというのを、
どういう考え方で聞いてみたいです。
出口 康夫
全然違うとよく言われていて、
ロボットっていう言葉は、
これチェコ語でもともと奴隷という意味なんですよね。
だからまさにロボットっていうのは奴隷だという言い方で使われています。
でも今おっしゃったように、
我々にとっては一つ上の世代の、
とってのロボットのイメージはアトムですし、
僕らっていうか皆さん多分ドラえもんなんですよね。
で、この場にもおられるかもしれませんけれども、
ロボット工学者、AIを作っている人たちは、
全部そういう感性の中で育ってきているので、
そもそも違うんですが、
面白いのは私がヨーロッパのロボット工学者の方にインタビューをしたら、
彼らも口を揃えて言うのは、
少なくとも自分たちは奴隷を作っているつもりはないんです。
やっぱりヨーロッパでも、
実際に作っている人は奴隷を作っているのはとんでもないと思う。
でも彼らは上手い言葉を持っていない。
奴隷以上にしちゃうと人間の尊厳が毀損されるみたいなことになる。
どう言葉で言い荒らしていいのかちょっとわからない。
日本人はごく自然に、
例えばドラえもんというのは友達という形で出てくるわけですけれども、
そういったところがやっぱりだいぶ違う。
ウェルビーングの定義と必要性
出口 康夫
でも日本人独自だけではなくて、
ヨーロッパでもロボット工学者は奴隷を作っているつもりはない。
皆さん口を揃えておっしゃいます。
山田 瑠人
ありがとうございます。
伊藤 東凌
ちょっとダソくかもしれませんけども、
大好きな過去の文化人で北尾次郎さん人という、
書も書かれ、それから焼き物も焼いて、料理もされてという、
その方の好きな言葉があるのを思い出したんですけど、
座辺支友という、座辺支友。
これどういう字かというと、座は座っている。
自分の座っているあたり、これが座辺。
で、支友は師匠の師と友なんですね。
座っているあたりにあるこの道具たちですよ。
いわゆる北尾次郎さん人が使う筆だったり、
フライパンだったり、お料理する。
それたちは友であり師匠である。
さっきの道具は奴隷ではなくてですね、
日本人はそうやって友達だし、師匠だし。
もう師匠という言葉がつくくらいですからね。
それこそ西洋だと尊厳を落としちゃう言葉のそのものですけど、
今の時代の座辺はそれこそ、
ロボット、ロボット、テクノロジーがどんどん新しいのが入ってくると思います。
山田 瑠人
なるほど、ありがとうございます。
何かお話したいことありますか?
質問も次振ろうかなと思っているんですけど。
杉下 智彦
死ということを考えたら、
みんな自分たちがどう死ぬのかなってなかなかイメージできないんですよね。
だけど、支える医療と治す医療があったとすると、
医療って治すことだけ一生懸命考えてるけど、
支える医療、特にがんになったりとか、
高齢者、認知症になったりとか、
みんなで支えていかなきゃいけなくなった時に、
テクノロジーがそれを管理する方じゃなくて、
支えてくれる方にも、今どんどん医学が進んでるから、
僕らもいろいろ廉価デバイス使ってるし、
そういう形で、家にいても支えることができるようになってきたんですよ。
だから、結局死ってことを考えたらね、
みんな病院に行ってください。
で、病院に行ったら何が起こるかっていうと、
治る病気だったらいいけど、支えるだけのことで病院に行ってしまったら、
何時に起きて、検温して、測って、
いろんなデバイスは使うけれども、
結局自由はない中で死ぬんですよ、みんな。
病院行ったら。いいですか?
今週一人、僕も見とったんですよ。
毎日行ってる人で、自然が大好きなおじいちゃんで、
若いんですけど、ガンでね。
その方は、先生、何もせんでいいと。
病院なんか行ったら自由なことできんやろって。
朝起きんの嫌や。
美味しいもの食べたいやろ。みんなと話したいやろ。
だから先生、家で見てくれって言って、
僕らもチーム作って、みんなで支えたわけですよ。
最後まで自分が起きたいときに起きるし、
夜はちょっとね、熱缶飲んでね、
みんなで宴会もするしね、
最後まで自分らしくできた。
でもそれは僕らが判断して、
もうこれは治らないよっていうのも分かってるからね。
そうやって自分たちの死を全うできるように、
テクノロジーがどんどん進めばいいなと思うんですけど、
今の現段階は、
管理する、データを集める、
なんか人間から離れてるとこばっかり一緒やってて、
死には向き合ってないなと思う子たくさんあってですね、
やっぱりテクノロジーが
いかに死と向き合えられるかっていうのは
絶対大きな課題だと思ってて、
今後そういうようなセンスで見てほしいなと、
発展してほしいなとは思いますね。
共同体としての身体行為
山田 瑠人
ありがとうございます。
終わりを受け入れたからこその
死の末党とかウェルダイングみたいなところなのかなと、
そこへのテクノロジーがサポートしていくっていうあり方、
すごい素敵だなと思いました。
ありがとうございます。
じゃあちょっとここでまた3分の2ぐらいが済んだところなので、
会場、感想&質問タイムということで
振っていきたいと思います。
すごい、どんどんお願いします。
マイクお願いします。すいません。
じゃあ順番にいきましょう。
ありがとうございます。
杉下 智彦
幸福度の高い生き方が日本の社会に
これからどんなインパクトがあるかというと、
どんなアクションを起こしていけば
世の中が変化するかとか、
どんな体験があったらいいのかっていうのは、
すごいやっぱり、
今日本がみんなウェルビーングを
意識するようになったことで、
日本の全体の底力が上がった場合、
かなり計り知れない未来のインパクトがあると思うんですけど、
ここにはどんなアクションを起こしたらいいのかということと、
あとどんな未来があるかということをちょっとお聞きしたいので、
山田 瑠人
よろしくお願いします。
どなたに行きますか?
杉下 智彦
先生に。
出口 康夫
ありがとうございます。
私は最初に我々のウェルゴーイングというふうに申しました。
それは共同の身体行為がうまく回りつつある、
なんかうまくいってるなという、
ここに一番ウェルビーングの原初的な感覚があるというふうに考えています。
それをどうやって取り戻すか。
一つはやっぱり共同で身体行為をするということだと思います。
今日は京都の方も多いと思いますけれども、
京都から来られている方、私も京都に住んでいるんですけど、
最近ちょっとなくなりましたが、やっぱり京都は小学校がまちまちにあって、
そこで小学生だけではなくて地域の人が運動会をするんですね。
我々のような中年とか老年もそこに借り出されて、
いろいろなんかこうやらされてですね、足がもつれて倒れたりするんですが、
例えばそれとお祭りでおみこしを担ぐ、
これもやっぱり共同身体行為で、
あれ何のために担ぐかというと、
担ぐために担ぐんです。
我々が共同で身体行為をして、
そこでうまくいってるっていう感覚を取り戻す。
それが非常に重要なことだと思います。
これはある特大の例ですけれども、
いろんな形で広げていくことができる。
そのことでウェルゴーイング、ウェルビーングを
日本の中でもう一度再確保して取り戻すことができる可能性がある。
重要なのは、我々は常にこういう競争社会の中、
企業でも大学でもそうですけれども、
ゼロサムゲームをしてるんです。
僕がこれだけ取ったら相手がこれだけ減る。
僕が8割取ったら相手が2になる。
こういうゼロサムゲームに近代社会っていうのは
全員を動員して掘り込んできたんです。
ここからなかなか逃げられないわけですよね。
これは僕は全然ウェルビーングでもウェルゴーイングでも何でもないと考えている。
でも競争はそこにあるので、なかなか抜けるのは難しいんですけれども、
それこそお見越しを稼ぐとき。
最初はゼロサムゲームをして、なんか俺んとこ重たいとか、
隣は楽そうだみたいなことでやってるわけですけれども、
ちょっとバランスが崩れたりしたら、
ゼロサムゲーム自体がリスクになってしまう。
みんなでわーっといって支えないと、みんながこけてしまって、
場合によっては怪我が出る。怪我にが出る。
そういう場合、我々はゼロサムゲームから同時多発的に自発的に降りざるを得ない。
こういう経験も共同信頼行為ではあり得るので、
そういったものを僕らはやっぱり子供の時からはうまく持ってたんだろうと思います。
もう一度社会全体で持つ機会というものを、これはいろんな形であり得る。
そこでゼロサムゲームから降りる幸せ、喜び、
ウェルビーングをもう一度思い出すことが重要だろうということですね。
山田 瑠人
手放すことともつながってきますね。ありがとうございます。いかがですか?
杉下 智彦
日本のウェルビーングっていうと、
日本ってまだまだ会社とか組織とかが、
こんなこと言ったら嫌われるんじゃないかとか、
例えば家庭とかもあって、家庭でこういうことやりたいんだけどとか言うと、
家庭があるからいけないとか、会社があるからとか、いろんな理由を言いながら、
本当に自分の心の内に秘めてる幸せみたいなものを、
公開できてないような環境がまだまだあると思うし、
多分ダイバーシティとかインクルージョンとか、
メンタルヘルスとテクノロジーの役割
杉下 智彦
男女、それから高齢者とかね、
あと課題解決世代の若い人たちとか、
本当の意味で幸福度の高いことをどれだけ知ってるかっていうのが、
多分バイアスを外しながら、
みんなが同じような方向に全体が向いていくと、
多分きっと日本の底力というのは爆上がりで、
これが多分経済も、
それから幸福度の高い生き方っていう部分でも、
すごく飛躍するというふうに思いました。
山田 瑠人
はい、ありがとうございます。
ありがとうございます。
西岡 恵子
もう一方、奥お願いします。
私は今学生で、メンタルヘルスのスタートアップに興味を持っているんですけど、
まずすごい面白いお話で、共鳴しすぎて興奮しているので、
山田 瑠人
メモで読みながら話してもらいます。
西岡 恵子
ありがとうございます。
まず山田さん、私たちの気持ちを代弁してくださっているような、
山田 瑠人
素晴らしいナビゲーターをありがとうございます。
ありがとうございます。
西岡 恵子
お恥ずかしい。ありがとうございます。
出口先生なんですけど、
多分今学生間だとMBTIって言って、
自分の性格をアンケートに答えて、
分析してくれるようなアプリが流行っているんですね。
そこで外交的とか内交的だとか、
でも今って多分外交的な方が優遇されるし、
効率的であれとか賢くあれ、
無駄がなくせんみたいなことを言われている世の中だと思うんですけど、
私自身、外交的な面もあるんですけど、
すごい哲学的なことに昔から興味があって、
言ったらこんなことを私だけしか考えてないやろうな、
みたいな哲学的な部分ですよね。
思ってたけど、
先生みたいなすごい哲学を考えている人がいるんやっていうのを、
普通日常の生活だとお話し聞くことができないので、
もっと他に哲学にいっぱい興味を持っている若い人たちもいらっしゃると思うので、
もっと先生の話を日常的に聞いてみたいですっていうのがあります。
伊藤さん。
私自身、メンタルヘルスのスタートアップで、
AIとかテクノロジーが注目されている世の中で、
AIって西岡さんがおっしゃったように、
人と人とのメンタルヘルスなのに、
AIって必要なのかなみたいなすごい違和感だったんですよ。
でも多分AIとかテクノロジーを入れた方が、
西岡 恵子
かかりが、受けが良さそうみたいな。
迷ってたんですけれど、
その初動をサポートするために役割っていうのをすごい初めて、
あ、そうやなってめっちゃびっくりして感動しました。
ありがとうございます。
あと、善に興味があるので、またサービスを受けたいですっていうのです。
伊藤 東凌
ぜひお寺に来てください。
西岡 恵子
はい、行きたいです。
あと、なんで私がスタートアップでメンタルヘルスに興味を持ったかっていうと、
私自身メンタルヘルスの大切さを痛感する場面が人生に2回ほどあって、
まず最初は幼少期なんですけれど、
今は仲いいんですけれど家庭環境も結構悩みがあって、
ウェルビーングの基盤
西岡 恵子
その時に今親ガチャとか毒親とかキーワードありますよね。
分かってるんですよ。
自分だけじゃないし、親のせいでもない。
でもただその幼少期の環境ってすごい大切だと痛感してて、
自己肯定感をえぐられたりとか、
私はただで不幸になってたまるか精神でそれを役立てたいなと思って、
私自身小さい子の家庭環境をフォローするような差あるじゃないですか、
先生みたいにカブトムシ一緒にとってくださるような親御さんもいらっしゃると思うんですけれど、
差があるのでその差をできる限り埋めていきたいっていうので、
あとお医者さんで子供の人間ドッグ一緒にお話したい。よろしくお願いします。
あとそれと、ちょっと待ってください。
それがあるっていうのと、
あともう一つのきっかけっていうのが、
私自身コロナ禍ですごい前の違う大学に通ってたんですね。
孤独で実験もできないし、親もいないし、身近な環境に誰ともしゃべれないみたいな感じで、
コロナ禍のパンデミックの中に1回メンタルヘルスも壊してしまったことがあって、
その時に肉体的にはこんなに元気なのに、
心が弱っていると何もできなくなるんだっていうことにちょっと驚愕してしまって、
なので私の目標的に先生がおっしゃる通りに、
ゼロが問題ないとするじゃないですか。
80、100がすごい問題がある。
多分ここのゾーンの人はそういう心霊ないかとか行きだと思うんですね。
ただゼロから80に行く人を少なくしたい。
つまり海外と違って日本のメンタルヘルスリテラシーを高めたいっていうのが目標にあって、
高めるために何個か案は考えているのでまたお話を聞いてみたいっていうのがあります。
すみません、長くて。ありがとうございます。
山田 瑠人
ありがとうございます。激厚で汗かきました。
杉下 智彦
さっき遺形の話したんですけど、もう一つ遺形の研究でですね、
大きな遺形、それは別に自然だけじゃなくて誰かが亡くなるとか、
ファンデミックもその一つで、とってもありえないような先が見えないようなところに自分がぶち当たったときに、
自分の中でなんて人間ってちっちゃい存在だろうと思うだけじゃなくてですね、
もう一つ追跡調査をするとプロソーシャルになる。
つまり謙虚になるっていうのがあるんですよ。
もしかするとウェルビーングが僕の言葉だと、みんなが謙虚になった状態がとってもウェルビーングかな。
つまり他者を気遣うし、でも自分も気遣わなきゃいけないし、でも無理はしないっていう状態ですよね。
それすごく良くて、もしみんながそうなったらデフォルトがね。
戦争なんて必要ないし、いじめなんてなくなっちゃうんじゃないか。
でも今は競争社会にまたね、パンデミック越えて突き出されちゃって、
いろんなことが起こっているような気はしますよね。
だってあのとき、パンデミックって戦争なくなっているのが一瞬。
みんな、環境戦もなくなったし。
なんかみんな独りがちだった世界をちょっと待てよと思った瞬間だし、
もうちょっと考えると日本人ってすごくて、
あのときアマビエってね、妖怪が出てきたでしょ。
実はアマビエが急に出てきたのも、
自然とか立ち打ちできない先が見えないものを考えたときに、
妖怪ってとっても怖いわけですよ。
幽霊だったらね、頼めば何とか我慢してくれたり、
お願い事聞いてくれるかもしれない。人間だからね。
でも妖怪ってグロテスクだし、可愛らしいかもしれないけど、
ひとたび怒ったらね、人間なんてもう全部流されちゃったり、
飛ばされちゃったりするわけだ。個人の意見なんて聞いてくれないでしょ。
だから妖怪に頼まずに、あ、ごめんなさい。
幽霊に頼まずに妖怪に頼もうっていうのがあったっていうのは、
日本人とってもそういうセンスがあって、
実は日本人って常に自然と異形を感じながら生きてきた。
それがだんだん薄れてきちゃってるかもしれなくて、
様々な自己肯定感が低くなっている若い人たちの、
さっきね、統計見たらびっくりしたけどね、下がっちゃってる。
でもそれは僕らの、もしかすると自然とのお付き合いの在り方を
もう一回再現できれば良くなるんじゃないかなと思いますね。
企業における実践
杉下 智彦
希望があると思います。
山田 瑠人
希望がある。ありがとうございます。
このテーマは多分皆さんすごい密接に人生と関係があって、
すごい熱い思いがいろいろあるだろうなと思いながら、
時間が大変なことになっていて、最後の質問に行こうかなと思っています。
すみません、資料切り替えお願いします。
ありがとうございます。
ここまでかなり概念的なことも含めて話してはいたんですけれども、
今回はやっぱりスタートアップとか民間企業とか、
そういったビジネスセクターの方々がほとんどなんですよね。
なので、そんな方々に向けて、
このWellbeingとかWellgoingみたいな話で、
日本のビジネスセクターの人たちに期待していることとか、
こういうことできるんじゃないですかとか、
こういうことやってみたらどうですかっていう話だったりとか、
あるいはそこに行くまでにこんな障壁があるかもしれませんけれども、
頑張っていきましょうっていう話を聞いていけたらなと思っています。
ただ、僕の目の前に時計に今あと12分って書いてるんで、
1人2分でお願いします。
マイク持ったんで、よかったら伊藤さん。
伊藤 東凌
まず質問にもありましたけど、
これで企業家の方たちもどうやってWellbeingをまずやっていくかっていうときに、
まず本人たちですね、経営者の方々が、
さっきもちょっとありましたが、哲学とか倫理っていうのを一生懸命学んでいきましょうと。
これ1人だけじゃなくて、みんな巻き込んで、
そういう勉強ってすごく今の時代だからこそ大事になってきてるっていうのと、
あとはですね、単純に早起きしてください。
早起きして、日本の朝、本当に美しいですよ。
それで散歩に出かけるだけで、
だいたいWellbeing的なものって相当上がると思ってるんですよ。
朝の力を侮らない方がいいっていうところがありますね。
で、やっぱりあとWellbeing全体はやっぱり、
さっきもちらっとあったような、
例えばメンタルヘルスケア、リテラシーとか、
まだまだ全体文化を作っていくフェーズだと思うんで、
なんかその文化に対しての貢献っていろんな糸口あると思うんで、
小さくてもいいんで、いろんな小さなサービスでも、
そういう知見が広がっていくようなのがあれば嬉しいんで、
皆さんでちょっとずつでもいいので、
一個一個Wellbeingにつながるようなことを
立ち上げていただけたら嬉しく思ってます。
山田 瑠人
ありがとうございます。
グレートモーニングということでありがとうございます。
じゃあちょっとメンタルヘルスケア、リテラシーなんて話もありましたが、
けこさんどうでしょうか。
西岡 恵子
はい、でも私も早起きはしていて、
毎日5時に起きてます。
山田 瑠人
早い。
西岡 恵子
でも本当にあの早起きはすごく体にもいいですし、
その1日を整えるっていう時間を朝作るのは本当に大事だなという風に感じています。
私はやっぱり今日いろいろお話があって、
本当に深い話があったので、
いろいろと考えることはあったんですけど、
やっぱり全体的に会社として、組織としてっていうWellbeingだけじゃなくて、
やっぱり自分自身、個人のWellbeingもちゃんと考える。
そういった重要性を経営者だったり人事の皆さんに知っていただくっていうのは、
まずすごく重要なことだなと思っています。
どうしてもWellbeingのスコアを測るみたいな、
そういった定量的なところに走りがちなんですけど、
さっき先生もおっしゃられた通り、
幸せの定義は本当に個別にある存在するものだという風に思っているので、
個というところにももっと着眼しながら、
意識を向けていくっていうのはすごく重要だなと思っています。
個人的にこうなったらいいなっていうところで言うと、
EQって皆さん聞いたことありますか?
心の知能指数って言われているもので、
これって測ることすごく難しいと思うんですけど、
例えば人事の成果にEQが含まれていくとか、
なんかそうなってくると、
人との感情、相手の感情の受け入れ方だったり、
自分の感情とどう向き合っていくかっていうところに、
もっともっと日本人が着眼して、
それをやっていかなきゃいけないよねって、
もっとマインドにつながってたりするのかなと思っているので、
個人的にはここをすごい真剣にこれから考えていきたいなと思っています。
山田 瑠人
ありがとうございます。
杉下 智彦
ぜひこれから起業しようとか、
社会で何らかの仕事を成したいと思った人に、
ぜひお勧めするのは、
センス・オブ・ワンダー。
感動する心ですね、やっぱり。
レイチェル・カールソンって人が、
センス・オブ・ワンダーって本を書いてですね、
子どもたちの心を持ちましょうって説いたわけですよ。
感動と社会的責任
杉下 智彦
彼女はもう本当に環境問題をね、
沈黙の春で告発した人ですけど、
実は子どもたちが一番環境に優しいって言うわけですよ。
なぜなら、自然の中に入って、
いろんな色とりどりの花だったり、
虫だったり、木だったり、
土だったり、岩石。
それを見ながら感動するわけですよ。
なぜかっていうと、
知ることじゃなくて、
感じることが先に来るからですよ。
この石は花崗岩だなと思ったら、
それ止まっちゃうんだけど、
なんて綺麗な雲が輝いてるって思うわけですよね。
そのセンス・オブ・ワンダーを持った人は、
間違いなく異形の念があるし、
場合によっては人に対しても
プロソーシャルな気持ちを持てると思うんです。
そういう人がテクノロジーを使って、
世の中を良くしてくれる。
もしくはあらゆるサービスでですね、
世界をもっと公正な社会にしてくれるんだったら、
それはすごく価値があると思うんですよ、未来に。
このままいったら未来価値がなくなっちゃうかもしれない
ということがよくあって、
そんなに世界はいらないなと思ったりもするし、
やっぱりセンス・オブ・ワンダーということを
もう一度みんなが体験しに。
薬師マン、ぜひ来てくださいね。
たくさん今、企業家の人がリトリートに来るので
僕らお手伝いしてますけど、
ぜひ連絡いただいたらいいとこ連れてきます。
それだけじゃなくて、日々のセンス・オブ・ワンダー
とっても大切なので、
ぜひ大切にしてみてくださいね。
山田 瑠人
ありがとうございます。
うちの会社もリトリートやってるんで、
絶対にやりましょう。よろしくお願いします。
ありがとうございます。
そしたら、はい、りくし先生お願いします。
出口 康夫
今、杉下先生がおっしゃったような、
センス・オブ・ワンダー、私それも、
それがやっぱり非常に重要だと全く同意ですね。
この場合、何に関してワンダーを持つのか、
自分です。
だから今日、ウェルビーング、
ウェルゴーイングと申しました。
日本流ウェルビーングの探求
出口 康夫
これってやっぱり決定的に一人称の事柄なんですよね。
だから何が自分にとってウェルビーングか、
自分に聞く、自分で感じる、
自分で一番納得するところをやっぱりまず見出す。
そこがピボットだという風に思います。
それから今日も出てきたような、
日本のウェルビーングとは何かとか、
アジアのウェルビーングとは何か。
先ほどAIとかロボットのお話をしました。
やっぱり国によって、文明圏によって、
何が良いのか悪いのか全然違う。
ということは、これは皆さん、
日本のビジネスの方にとって、
チャンスなんです。
自分を見つめて、
自分の一体何が本当にウェルビーングか、
これ一人称で感じるしかないので、
そこを感じたところをちゃんと捕まえて、
言葉にして、
そしてそれを出していくような企業を作ればいいわけで、
それはどこにもない、
皆さんだけのある種の企業価値がそこから出てくるし、
それからヨーロッパのロボットを作っている人たちも
どれ作っているつもりがない、
いくどうに言っているということは、
我々の感覚は別に日本にしか通じないものではなくて、
他のところでも通じる。
彼氏もそれが日本ほど前面には出てきていないかもしれないけれども、
やっぱり心の奥で共感してもらえる人は
日本の外にも必ずいるので、
それを自分で掴んで、
それを旗として掲げて、
それを絶対ビジネスの中に入れ込んでいくことで、
日本だけではなくて、
世界に通じるスタートアップも可能となる。
今まさにそういうチャンスに我々はいると考えておりますので、
ぜひ頑張っていただきたいと思います。
山田 瑠人
ありがとうございます。
未来を担う子どもたちへのメッセージ
山田 瑠人
閉まっちゃいましたね。
すごい閉まったんですけど、
せっかくあと4分48秒あるので、
ワン質問いけるよっていうところで、
ぜひぜひマイクお願いします。
西岡 恵子
皆さん素晴らしいお話ありがとうございます。
仙台から来ています中原と申します。
ベビーシッターとカジダ以降の仕事をやっています。
ちょっと今日これだけ聞かないと東北に帰れないなと思っている質問があって、
ぜひお聞きしたいと思いました。
東北は2011年の東日本大震災があって、
今13年経ってますけども、
そこから子どもたちの不登校をいじめ、
出生率も日本で実は東京都の次に低いという状況が
ずっと続いているような地域でして、
杉下 智彦
それの原因がやっぱり震災があって、
西岡 恵子
親のメンタルヘルスが低下している中で、
みんな必死に生きるを取り戻してきた家庭の中で
子どもに向き合う時間が取れなかったことが
一つ原因としてあるんじゃないかなと思っていて、
私も中学生とか小学生とよく講演とか
お話しする機会があるんですけれども、
今日先生たちに、
ぜひそういうこれからの未来を担う子どもたちに
お守りになるような言葉、
自分を大事にして生きるために、
目の前に今子どもがいるとしたら
どんな言葉をかけたいかっていうのを
質問してみたいと思いました。
山田 瑠人
ありがとうございます。
いいですね。しびれますね。
じゃあ思いついた方から。
って感じですよね。
なんかどなたにというよりは。
出口 康夫
じゃあ我々は最初に言ったことです。
WEで生きてるってことです。
Iでは生きてない。
でも学校なんかで最終的に何とかテストで
バラバラにされて原始的にされて
点数を測られたりしますよね。
あんな社会はこれから我々が頑張って
なくしていこうと思ってますので。
まずは我々は子どもたちは
我々で生きてる。
一人で生きてるんではない。
学校でそういう風な場に
合わされるかもしれないけれども、
そこでくじけないで
WEで生きてるっていうことを
ぜひもう一度思い出してもらいたい。
杉下 智彦
そういう言葉をかけたいと思います。
山田 瑠人
ありがとうございます。
西岡 恵子
私はウェルビングを日本語で置き換えると
ってさっきの問いで
私はわがままで自分の中で
捉えているんですよ。
わがままであれって
すごい素晴らしい言葉だなと思っていて
これって日本語らしい表現の仕方かなと思うと
やっぱりなかなかわがままになれる瞬間って
本当に少ないと思うんですよ。
でもわがままであっていいんだよ、
わがままであっていいんだよっていうのは
やっぱり強くコミュニケーションしていくことで
もうちょっと心を開いてくれる。
対話ができる瞬間っていうのが
山田 瑠人
増えていくんじゃないかなとは思っています。
伊藤 東凌
ありがとうございます。
これはちょっと理屈的には何もないんですけど
もう本当に真心で相手の目を見て
大人が子供に対して
大丈夫、なんとかなるって
確信持って大人が子供に
なんとかなるから
出口 康夫
大丈夫って言ってあげることだと思っています。
杉下 智彦
私も自分たちの子供に
何を語るかなって思ったら
別に友達ができなくてもいいし
テストでいい手を取らなくてもいいと思うんですよ。
今の社会の基準でそうなっちゃうけど
でも別に一人ぼっちでもいいと思うんです。
でも生まれたことに感謝がある子供
生まれてきてありがとうって思える子供
お父さんお母さんの
もちろんお父さんお母さんは別れちゃうかもしれないけど
でも生まれてきたっていう
これをセンスオブワンダー
脅威ですよね
それを感じてほしいなと思います。
そうすれば優しくもなれるし
別に自信っていうかな
怖いこともなくなるし
一人ぼっちでもいいんじゃないかなと思いますね。
離島だとそういう子供たくさんいるんです実は
一人ぼっちの子たくさんいるんですけど
いいよって
だいぶ楽になると思うんですよ
その声がけだけでも
だから生まれたことに感謝できるような社会
山田 瑠人
そこを大切にしたいかなと思ったりしますね。
ありがとうございます。
僕も一個だけいいですか?
愛されてますよっていうのを
言ってあげてほしいんですよね
あなた絶対愛されてるよ大丈夫だよ
ってことを言ってあげてほしいなと思ってます。
自己愛の問題がすごくあると思います。
それだけちょっとお伝えさせてください。
ご質問ありがとうございました。
拍手お願いします。
それでは90分という長丁場皆さんありがとうございました。
そしてもちろんゲストの皆さんありがとうございました。
お疲れ様でした。
ソーシャルイシューステージではありますが
ソーシャルイシューというより
新しい社会価値の提案みたいな文脈が
このステージにはあったのかなと思っているので
今日ご一緒した皆さんと
新しい社会価値っていうのを
日本流ウェルビングですよね
そういう旋風を巻き起こしていければなと思っているので
皆さんで頑張っていきましょう。ありがとうございました。
01:30:28

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