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2023-01-25 16:40

「憤り」の忘れ方。強制消去より、いつでも思い出せるように何度も語るのはどうだろう

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今日の勝手に貸出カードは、阿部大樹さんの『Forget it Not』です。 登戸で起こった児童殺傷事件のこと。現場の近くの病院で精神科医としてケアにあたった著者が今思うこと。

番組へのメッセージ、ご感想、本のリクエストは、インスタグラムのアカウント@batayomu のDMよりお送りください。お待ちしております!

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真夜中の読書会おしゃべりな図書室へようこそ。
こんばんは、KODANSHAのバタやんこと川端です。
真夜中の読書会おしゃべりな図書室では、水曜日の夜にホッとできて明日が楽しみになる
をテーマに、おすすめの本や漫画、紙フレーズをご紹介します。
さて、第121話を迎えました今夜のお便りご紹介します。
ヒロシックスさんからいただきました。
こちらのポッドキャストを昨年末に見つけ、過去に遡って聞いています。
ありがとうございます。120話もありますからね。ゆっくり聞いてくださいね。
僕は男なので、男性向けの本も時々紹介してもらえたら嬉しいですというリクエストでした。
そうかなるほどと思いまして、おそらく他の方だと思うんですが、
Apple Podcastのコメントにも同じようなコメントをいただいたことがあります。
男性向けの特集をやってくださいって。
そうですね、私自身はこの本は男っぽいとか女っぽいとかあんまり意識したことがなかったんですけど、
確かにこの番組のリスナーの方は8割が女性です。
ユミモレっていうメディアでスタートしたこともあって、4,50代の女性のリスナーの方が多いんですよね。
意図的にその方向けの作品を選んでるつもりはなかったんですけど、
確かに言われてみれば、女性のその世代の作家さんの作品が多いかもしれません。
そんなわけで、今日選んだ本は男性向けっていうわけじゃないんですけど、
男性のリスナーさんに是非感想を聞いてみたいなというか、こういう視点もあるのかなと思ってご紹介しました。
今日の勝手に貸し出しカードは、阿部大樹さんのフォゲットイットノットという本にしました。
どんな本かご紹介していきたいと思います。
フォゲットイットノットの著者である阿部大樹さん、大きい木と書いて大樹さんですね。
精神科医で翻訳家でいらっしゃるそうなんです。
これまで書いてきた論文やエッセイなどを集めて、本人の跡書きというか、
ご実談のようなものをそれぞれに添えた形でまとめてあるエッセイ集、随筆集みたいな本です。
なんでこの本を買ったかっていうと、表紙がねすっごく綺麗なんですよ。
素敵な表紙です。洗面台のイラストかな?
ハンドソープとか無印のスキンケアみたいなのが置いてある。
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シンプルな綺麗なタイルの洗面台の、写真じゃなくてイラストだと思うんですけど、の表紙なんですね。
だから表紙の印象で言うと女っぽいかな?
男っぽいとか女っぽいとかイメージで決めつけるのは良くないですけども、
例えるならばユニセックスなオーガニックコスメブランドのサイトデザインみたいな、
そんな表紙想定のデザインです。
私の例えが適切かどうか良かったら検索してみてください。
forget it not 安倍大樹で検索して、表紙を見てみていただけたらと思います。
それでこの方はね、精神科医と翻訳科を両方なさっているっていうことに興味を持ったんですよ。
私自身が翻訳の勉強してたことがあって、英語は全然得意じゃないんですけど、
映画の字幕できる人になるとか憧れるじゃないですか、一回は。
文学作品の翻訳の勉強は自分ができるとは到底思えなかったですけど、
文学の読み方、翻訳ものの読み方がまた広がって、それはそれですごく面白かったですね。
一方最近はメンタルケア心理師の資格を取ったばっかりで、
そんな翻訳科と精神科医っていう私の憧れ二大職業を両方やってるっていうのにすごい感動して、
そんな方がどんなことをお書きになるんだろうと興味を持って買ってみた次第です。
中にはですね、妄想とはっていう話から始まって、レイシズムとか差別の話ですね。
日本の第二次世界大戦の時の病院の話とか、いろんな話がごちゃ混ぜになっているので、
どこから読み始めても興味を持ったテーマから読んでもいいかなって本なんですが、
一番私がこの本の中で印象に残ったのは、のぼりとの児童殺傷事件の時の話なんですね。
覚えていらっしゃいますかね。2019年です。
のぼりとの朝のスクールバスを待っていた児童たちを刃物を持った男が次々と刺して、
保護者を含む子供さんと19人が刺されたっていう痛ましい大事件がありました。
刺した方の犯人の男性は自害してしまったんですよね。
だから迷宮入りというか同期とか、その先の断罪みたいなことにならなかったことも含めてちょっと残念な事件でしたが、
その時の事件現場の一番近い病院に精神科医として勤めていらっしゃった著者が当時の対応に当たった様子だったり、
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後日のことでどうすればよかったのか、今になって思うことなどをまとめた文章になっています。
まずその未曾有の事態が発生して、傷を負った子供たちが最優先で運ばれて手当てを受けたんですよね。
生々しい様子が描かれているんですけれども、その時に気づいてあげればよかったと著者が書いているのは傷を負わなかった子供たちのことなんです。
著者が精神科医ということもあるので、その後の心理的な後遺症についてケアをされるわけなんですけど、
その時はね、怪我を実際にしている子供たちが優先で病院に運ばれて、じゃあ全員怪我してないけどその事件を見ちゃった。
友達が刺されたり、怖い男の人が襲ってきたのを見ちゃったショックを受けた子たちも全員を病院に運んで手当てできたかっていうと、その余裕はなかったって書いてあるんですけども、
まあね、確かにそのショックを受けたっていうことと、その後自分がその傷、ショックを受けた傷でちょっと気持ちが普通じゃなくなっているってことに、お子さん自体が気づかない可能性もありますしね。
その後学校に行けなくなったりとか、その子供によっていろいろだったみたいなんですけど、
直接傷は受けなかったけど、目撃してしまった人たちのケアっていうのは子供に限らず、なかなか後手に回りがちなんだろうなっていうのを初めて知ったっていうか、勉強になるなって思いました。
それでこの本をね、なぜ男性の読者の方に紹介したいって思ったかっていうと、最後に今後課題になりそうなことを挙げておきますっていうふうに書いてあって、一つには父親の問題ですっていうふうに問題提起をされているんですよ。
というのは、その被害者の父親ってあんまり治療の場面に前面に出てくることがなくて、それは男性がどうとか男性性の心理がどうこうっていうよりは、特定の被害集団において父親に与えられていた社会的役割のためだと思いますって著者は書いていたんですけど、
具体的にどういうことかっていうと、事件が起こった後、友肌たらきであっても、奥さんの方が専業主婦であっても、大抵お子さんにつき添って病院に来るとか被害者の集まりに出席したりするのは、お母さん側が多くて、男性って割とすぐに職場に復帰しなきゃいけないっていうことが多かったと。
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そういうことって、今までは批判的に語られがちだったと思うんですけど、男の人はそうやってすぐに仕事に戻っていいよねみたいな感じで。
ここで書かれているのは、子供のつき添いっていう形で、曲がりなりにも医療者と関わりを持てた母親に比べて、時には全く心理的なケアを受けないまま、何事もなかったかのように元の生活に戻ることを期待された父親の精神的失調は、かなり長い時間が経つまで表面に浮かび上がってこれなかったような印象を受けます。
接していてもどこにも向けることもできないアグレッション、つまり行き通りが母親たちに比べて強いように思われましたが、このことと父親のジェンダーロールの結びつきはかなり作装しているようです。
お父さんと母親が亡くなったときも、お父さんってわりとすぐに次の月の日ぐらいから仕事に朝から晩まで戻らなきゃいけなくて、仕事があるから気が紛れていいわよねっていう一面もありますけれども、こういうふうに書いているときに、お父さんと母親が亡くなったときも、お父さんと母親が亡くなったときも、お父さんと母親が亡くなったときも、お父さんと母親が亡くなったときも、お父さんと母親が亡くなったときも、お父さんと母親が亡くなったときも、お父さんと母親が亡くなったときも、お父さんと母親が亡くなったときも、お父さんと母
かなり長い時間が経つまで表面に浮かび上がってこれなかった精神的失調ってあるんだろうなと思って、男性も。
そうやって、奥さんの方は事件のこととかを他の人と話したりとか他の被害に遭ったお母さん同士で話したり、医療従事者の方と話したりしているうちに消化されるって言ったらなんですけど、
喋ることでちょっと癒されるっていうのはもしかしたらあって、そういう機会がほとんどないまま
時間だけが過ぎていって、日常の朝から晩まで会社の世界みたいになった結果、なかなか傷が癒えないっていうことがありそうですね
なんか今人事部にいてちょっと話がそれちゃいますけど、職場の問題だったりこういうことが起こっていてやりづらいですみたいなことを
おっしゃってくる人って大抵女の人なんですよ。それは女の人が文句言いだってことじゃなくて、男の人は文句を言わなすぎるんじゃないかなって私はいつも思っていて
なんかもう本当に熱が出てとか、コロナにかかっちゃってとか、あるいは心身に本当に負傷をきたして倒れてやっとしんどかったんだねっていうことが発覚するみたいなことが多いので
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なんかもうちょっと手前で文句言えばいいのになって思ったりすることもありますね
まあそんなちょっと話がそれちゃいましたけど、フォーゲットイットノットの安倍さんの文章によって、そうやって被害に遭った家族のお父さんの行き通りってどこに向かっていけばどうやったらほぐれるのかなっていうのを思ったりして
この間、奥田秀夫さんのリバーっていうのを分厚い分厚い小説を読み終わったんですよ。この話をね次回すごくしたいなって思ってるんですけど
そのリバーっていう小説にも娘さんを殺された被害者のお父さんの話が出てくるんですね。このお父さんの怒り
行き通りの矛先っていうのはこのリバーの結構キーになってるんですけど、それを読みながらもう安倍さんの文章を思い出したりしてました
ちょっと次回そのリバーについてまたゆっくりしゃべりたいと思っているので、今日はフォーゲットイットノットから紙フレーズをご紹介して終わりたいと思います
排除されたことの印象は考えて理解されるものではなくて、思いがけず厚いものを触って手を引っ込める時のような
まず第一に反応である、生理的な反応が先にあって、熱源について考えたり、そういえばそんな兆候もあったと気づくのは後々のことだ
とあります。これはレイシズムに書かれていた話の一部分のようなんですけれども
この前に気にしないでいられるのはそれに脅かされたことがないからであるともあって、なるほどと思ったんですよ
排除された、差別されたとか、あと自分はのけ者にされた、あるいはいないかのように振る舞われたりとか
バカにされたみたいなことって、考えて頭の中で考えて理解するというより、思いがけず厚いものを触って手を引っ込める時のような
反応だっていうのは面白い新しい表現だなと思って、確かに
そういえば、そういえばそんな兆候もあったって、後々考えて理解するみたいな感じですかね
それが実感として確かにそうされたことがある、熱を触って手を引っ込めたことがあるっていうふうに思える人と
不運って感じの人がいると思うんですけど、不運って思って気にしない、そんな経験したことないなっていうのは
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そういう脅かされたことがないからだっていう話にドッキリとしました
冒頭に私があんまり男女気にしてなかったんですけどねって言ったのは
無意識に排除する側をやっちゃってたんじゃないかなっていうか
受け止めては自分とは関係ないというか、僕みたいな男性はちょっと排除されてるんだなって思って途中で聞くの
やめたい人もいるかもしれないなってこの文章を読んで思ったのでした
はい、父親の生きどおりの持って行き場っていうのが今私の中ですごい大きなテーマなので
次、奥田秀夫さんのリバーについてご紹介したいと思います
リクエストありがとうございました。これからも男性のリスナーの方にもたくさん聞いていただけたら嬉しいなと思ってます
さて今夜もお時間になってしまいました
真夜中の読書会おしゃべりな図書室はリスナーの方からのお便りをもとにおすすめの本や漫画をご紹介しています
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それではまた来週水曜日の夜にお会いしましょう
おやすみなさい、おやすみ
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