#233「ぼーっとするから、没頭できる。」 Guest:辻 義和さん(まなび舎ボート代表)
2026-10-21 46:47

#233「ぼーっとするから、没頭できる。」 Guest:辻 義和さん(まなび舎ボート代表)

こんにちは、ズシレコパーソナリティの三輪ひかりです。今回のゲストは、逗子で小学生の放課後の居場所「まなび舎ボート」を運営する、辻義和さん。「まなび舎ボート」という名前には、ぼーっとすることと、没頭すること。2つの意味が込められているといいます。一見すると、対局にあるように思える2つだけれど、辻さんのお話を聞いていると、どうやらこの2つはつながっているらしい。何もしなくていい。急いで「やりたいこと」を見つけなくてもいい。そうやってぼーっとできる余白があるからこそ、ふと「これ、やってみたい」が生まれる。そして、見つけた「やってみたい」に、とことん没頭する。その間にある時間や、言葉にならない「あわい」も含めて、大切にする。そしてもうひとつ印象に残ったのが、そんな子どもたちの隣にいる大人のありようについての話でした。子どもに何をさせるか、何を教えるかではなく、目の前の子どもの姿をよく見て、そのときどきの関わりを振り返る。日々の小さな出来事を立ち止まって見つめ直すことが、子どもへのまなざしや、大人自身のあり方をつくっていく。子どもが自分のタイミングで動き出せる余白と、その隣にいる大人が、自分たちの関わりを問い直していく時間。そんなふうに、子どもと大人の両方が育っていく場所としての「まなび舎ボート」が、少しずつ見えてきた時間でした。子どもとの時間について。「学ぶ」ってなんだろう、ということについて。そして、子どもの隣にいる大人は、どうありたいのか。聴き終えたあと、いつもの日常にある「何もしない時間」や、子どもとの関わりを、少し違う目で見てみたくなるようなお話です。ぜひお聴きください。

感想

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こんにちは。ZUSHI RECORDSパーソナリティーの 美和光です。
この番組、ZUSHI RECORDSラジオは、神奈川県の 津市・葉山エリアの魅力を紹介している、
声のローカルメディア。 津市と葉山で暮らすMC二人が、
ローカルで気になるゲストを迎えしたり、 海と山に囲まれた、このエリアならではの
地元トークをお届けしています。 さあ、今日はとっても久しぶりになって
しまいましたが、ゲスト会。 津市で、まなび舎ボートという子どもたちの
居場所づくりをしている、辻義一さんに ゲストをお迎えしてお届けします。
最後までお楽しみください。
今回のゲスト、辻義一さんは、 津市でまなび舎ボートを運営されています。
まなび舎ボートは、2017年にスタートした 放課後の子どもたちのための居場所です。
どんな場所なのか、辻さんはどんなことを 考え、大切にされているのか、
私も一、親として、そして一、保育者として、 今日はとても楽しみにしていました。
では、早速お呼びします。 まなび舎ボートを運営されている辻義一さんです。
辻さん、こんにちは。
こんにちは。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
すごく久しぶりになるんです、このゲスト会。 このゲスト会は、ゲストの方に
次の方をつなぎして、どんどんどんどん ゲストがつながっていくみたいな形で
やらせていただいているんですけど、 辻さんはですね、もう昨年度になるんです。
昨年末になるんですけど、 寿司小学校PTAの文化委員長として
DJイベントの実現をドライブした ひらとまりさんにご紹介いただいて、
今回ご出演いただいています。 改めてありがとうございます。
はーい。
で、まりさんから辻さん宛にコメントいただいているので、 サインちょっと読ませていただきますね。
はい。
寿司の子供や保護者たちから辻長と 呼ばれて慕われている辻さん。
うちの子たちも学びや冒頭で思い思いの時間を 過ごしながら大きくなりました。
辻長が子供たちに向ける眼差しから、 親として学ばせてもらったこともたくさんあり、
ノートもいつも読んでいます。 ということです。
えー、うれしい。
もしまりさんにコメントあれば、 聞いてくださっているかも。
そうですね。
平田さんはもともと別の場所に住んでいて、
引っ越してくる前にボートに見学に来てくれたんですよね。
で、お子さんたちの放課後の居場所として いろいろ探しててということで、
秋かな、引っ越してくる前の秋にいらっしゃって 話したのを覚えてます。
そうですか。
で、そこからお子さんが2人、何年かな、 4、5年かな、通ってくれてって感じです。
はい、ありがとうございます。
私まだ子供が小さいんですけど、
でも、うみの子っていう図士で 認可外の保育施設で保育者をしていて、
やっぱり年長組になった保護者の方たちって、
小学校に上がったら放課後どうやって子供たちが 時間を過ごせればいいんだろうとか、
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自分にできることはあるんだろうとか、
保育園って通っていられる時間帯が長いですよね、小学校よりも。
だから子供たちが平日過ごす時間って、 保育園かお家かみたいな感じだけど、
小学校に上がると学校って意外と早く終わっちゃう。
で、その放課後って、私たちが子供の時代って 外で好きなように遊んでたと思うんですけど、
そうはいかない社会になってきたのか、 なってきたと思っちゃってるのか、
ちょっとわかんないですけれども、
その放課後の過ごし方って悩む方も多いかなって思うし、
子供にとってどういう時間だといいのかなっていうことを、
本当は考えられるといいけど、
ちょっと考えるのを手放してしまってる方も いらっしゃったりするのかなと思うと、
今日知事さんにお話聞けるの、私自身もすごい楽しめるし、
ちょっとそういうお話もしていけたらいいなと思っております。
はい、じゃあまず簡単にです。
大丈夫なので自己紹介をお願いできますでしょうか。
ナビアボートを2017年からやっている辻義一と言います。
もう界隈から、子供たちからも親御さんからも辻町と呼ばれているので、
地域の友達からも辻町と呼ばれているので、 辻町でお願いします。
はい、じゃあ私も辻町と呼ばせていただきます。
僕たちはですね、娘が今11なんですけど、
1歳の時に引っ越してきて、もう何年かな、12年かになるんですけど、
もともと入る、図書館に引っ越してくるきっかけっていうのが、
護管に入れたかったっていうのがありまして、護管の家、護管の森ですね。
それこそさっきの平田さんと同じように、
1回その時の代表のジャガさんに話を聞きに来て、
ここだと思って、いろいろ湘南エリア探してたんですけども、
図書に決めたと思って引っ越してきて、住み始めたっていうのが12年前ですね。
その時1歳だったんですね、まだ。
その当時ってもう保育園1歳児からやってなかったですよね、3歳児?
1歳児からやってました。
最初から1歳児はやってて、途中から民家に変わったんですけど、
まだ移転する前の護管のところで預けて、今山の上にありますけど。
もともとその時から、そういう子どもの居場所とかをやってたわけではないんですか?
やってたんですよ。
僕ずっと、2012年から千葉の柏で、学童保育と学習塾、
ネクスファって場所なんですけど、それもずっとやってて、
その後にこっちに引っ越してくるんですけど、今もそれ続けてて、
今も週3、柏で通う日々を続けてるんですけども、
06:01
子どもに関わる仕事をしてて、
まだすごい先の話だったけど、うちの娘が小学生に上がった時に、
自分の地元でもそういう場所があったらいいなと思って、
なんとなく作ろうっていうのは最初からあったんです。
ただどんな場所を作るかとか、図志がどんな町かっていうのが、
そんなにまだその時は分からなかったので、探りながらって感じでした。
で、2017年に学童保育と実際始めるけど、
千葉の柏でやられてるネクスファとはまたちょっと毛色が違う。
学習塾ではないですもんね。
だいぶ変えましたね。
最初はネクスファの図志みたいなのを作ろうかなって話もあったんですけど、
やっぱり住んでて図志ってもうちょっと自然に近かったりとか、
人の距離が近かったりとか、
塾とか学童保育みたいな機能でくくるんじゃなくて、
いわゆる居場所みたいなものをどうやって作れるかなっていうことを考えていたのが一つ。
もう一つはやっぱりパパとママとモトモトの話から生まれていったところが大きくて、
さっきも話ありましたけど、保育園の時って保育園がお家かみたいなところから、
小学校上がった時に、小学校の放課後ってなんだろうな、
学校があって学童の世界があってっていうところで、
なんとなくどっちも、せっかく図志なんだけど、
そんなに自然に出る機会がないなとか、
自由に過ごす時間がちょっと少ないんじゃないかなみたいなのがあって、
もっとプログラムとか学びとかでそれを提供するっていうよりかは、
子供たちが自由に過ごせるような、そんな場所があった方がいいのかなと思って、
ナビアボートのコンセプトが固まってきたって感じです。
そうなんですね。
実際にどういうふうに子供たちが過ごされているのかとか、
その今コンセプトが固まってきたってお話ですけれども、
どういうコンセプトでやられているのか、詳しく聞かせていただけますか?
そうですね。コンセプトが、ボート没頭するでボートなんですけど、
ボート没頭する。
よく言われるんですよ。
あのボート、海行かないじゃんみたいな話で、
全然船とか乗んないじゃんみたいな、そうなんですよって話で、
なんかその居場所を考えたときに、
名前がいろんな考えている中で降りてきて、
ボート没頭するでボートいいなみたいな感じで、
そこで結構子供の過ごし方のイメージがそこからできてきたというか、
どっちが先かわかんないですけど、
子供のあり方を考えて名前が降りてきた。
名前が降りてきて、子供のあり方もまたできてくるみたいなところで、
2017年の4月に始めたときに、
最初7人の子供、みんな男の子だったんですけど、
09:01
そこから始まるんですけど、
なんか彼らと人数少なかったんで、
ザレガニ釣り行ったりとか、川から海に探検したりとか、
そういうところからいろんなことを、
自身の自然だったりとか、
人との関係をフルに活用して、
のびのび過ごすっていうような形がいいかなっていうところから、
徐々に固まってきたという感じですね。
ボートすると没頭するって、
すごい真逆の状態のような感じが言葉だけ聞くとするんですけど、
それはどうなんですか?
釣り長の中では一緒なのか、別々で、でもどちらが大事なのか。
最初はそこまで深く考えてなくて、
ゴロで決めたところが大きいんですけど、
なんかですね、10年続けてると、
その言葉のこともよく考えたりもしてる中で、
没頭するのって忙しい中じゃできないなっていう、
例えば僕たちも日々家事をしたりとか仕事をしている中で、
何かに没頭するって、もちろん仕事に没頭するとかはあるけど、
そうじゃなくて、
例えば趣味でピアノを弾いてピアノに没頭するとかって時に、
洗濯とかんでないなとか、
あの仕事残ってるとかって時にやっぱできなかったりするから、
その時に余白っていう言葉が自分の中でしっくりきたんですけど、
余白があると没頭する時間って生まれるんだなって、
その没頭の前には、もしかしたら今日何しようかなみたいな、
なんでもない時間っていう、それが没頭っていうところで、
没頭するところから没頭が生まれるっていう、
ないからあるっていう、そのなんか淡いっていうか、
ずっと僕たち公民会やってきてるんですけど、
なんかちょうど縁側もあったりとかして、
その縁側みたいな場所、
その没頭と没頭をつなぐ縁側みたいな、
なんかそんな感じの場所になっていけばいいなって、
だんだんこう言葉が深まっていきましたね。
なるほど。
なんか今の話聞きながらちょっと思い出した自分のエピソードなんですけど、
私はもともと東京で保育所をしていて、
まだ1年目の頃はもう右も左もわからず、
なんかもうその日どうやって子供たちが楽しく過ごせるかなって、
思いながら保育してたんです。
でもある日子供に、その時4歳児だったかな、年中3を担任してたんですけど、
先生、今日何するのって言われたんですよ。
その時にドキッとしたんです。
なんか全部私が提供しちゃってたんだなって、
それこそぼーっとして、
自分が何したいかな、今どんなことに心が動くのかなっていうことを、
子供自身が考えたり感じたりする時間もなく、
12:02
何かやる時間みたいなもの、ひたすら手を動かしたりとか、
頭を動かしたりとかするみたいな時間を、
なんか提供しちゃってたんだなって、
すごく発動したことを思い出しました。
今辻生の話聞きながら。
その話でいくと、ぼーっとも最初から今話したような形だったんじゃなくて、
最初プロジェクトって呼んでて、毎回プロジェクトやろうって言ってたんです。
何だろうな、ザリガニ釣りに行こうっていうのも、
こっちから提案をするんですね。
カードとかも用意しておいて、何枚かカードして、
今日何やるみたいな感じで。
お迎えの親御さんに説明しやすいんですよ。
今日何やったって。
今日はこんなことやったよ、こんな実験やったよって、
説明もしやすいし、いいっすねみたいな感じで、
親御さんからのリアクションもらえるからっていう感じでやってたんだけど、
最初の年はそれでよかった。
7人だったから、みんなでなんか盛り上がれたんだけど、
これが年を追うごとに人数増えていって、
15人、20人、25人ってなってくると、
みんなで一つのことをやるってなると、
絶対にやりたくないみたいな子が出てくるんですよね。
でもやろうよみたいな感じでやってると、
だんだん子供たちがやらされ感が出てきて、
さっきの話で、学校から帰ってきて、
今日何やるの?みたいなことを聞いてくる。
何を提供してくれるの?みたいな。
ちょっとそこに違和感が出てきて、
なんかもやもやしながら、
でもエビデンスのためにやるみたいな感じ。
今日親御さん迎えに来た時に何やったよって伝えるためにやってんじゃないかみたいな。
そこのもやもやもある中で、
大きく変わったのがコロナですね。
2020年にコロナになった時に、
みんなで集まってやるっていうのが、
なんとなくこうちょっとはばかれる時期になって、
プロジェクトを一旦中止。
子供たちしばらくは、
今日何やるの?って何もやらないの?みたいな感じで聞いてきたんだけど、
だんだんその声がなくなってきて、
その代わりに何かを自分たちで始めた。
よく話すエピソードなんですけど、
ちょうど鬼滅の刃が流行っている時期で、
男子たちが切り替え屋さんで木もらってきて、
木刀を作り始めるだったりとか、
自分たちでもそこら辺にある植物とかを取って、
色水作ったりとか、
そういうのを勝手に始めた。
もともとそういうことをやってたんだけど、
それがより自由に始まって、
同時発的にいろんなところでいろんなことが起きてて、
僕たちはそれに寄り添っていくっていうか、
料理作りたいとか、おやつ作りたいとかだったら、
じゃあ材料紙で買いに行こうかみたいな、
子供が発したものに対して、
いいねやろうみたいな感じに変わってきたっていうのが、
そこがすごく大きな転換点だった気がしますね。
確かにコロノカって、
振り返っても大変なこともすごいたくさんありましたけど、
15:02
制限があったからこそ、
大きなことができなくて、
身近の自分の周りのことに目を向けて、
それにちょっと普段やってなかったことをやってみるとか、
すごく暮らしを見つめ直す機会になりましたよね。
そうですね。
僕たちもオンラインとかやったんですよ。
やっぱりご家庭によっては、
学校休校中に外には出ませんって、
それは洗濯なので全然いいんですけど、
来る子と来ない子がいて、
どうしようってオンラインで繋いでやってみたりもしたんですけど、
ボートでオンラインは無理だなってすぐに立って、
いろんな教育の仲間たちがオンラインに踏み切る人もいた中で、
やっぱり現場だと思って、
そこは早々に辞めたっていうのも大きかったかもしれないです。
何かとことん現場で、
とことん子どもたちと直接の関わりをしていくんだって、
それは間にプロジェクトとかが入るんじゃなくて、
本当にその子どもたちと僕たちと、
子どもたち同士、人間と人間の関わりにシフトしていたっていうのは、
起きたこととしてはいろいろあったけども、
ボートとしては一つ大きな転換だったなって思っています。
それまではボートの大人たちは何かを提供したり提案したりするような立場だったと思うんですけど、
そこから言葉をつけるとしたらどういう存在として、
ここのボートの大人たちはいるのかなとちょっと気になります。
そうですね。
なんか、まなざしっていう言葉で表現をしてるんですけど、
ボートに今スタッフが10人いるんですけど、
みんなそれぞれ違うんですね。
小学校の先生をしている人もいるし、
保育士さんだった人もいるし、
全然違う仕事をしている人もいるしっていう中で、
共通してあるのが子供とフラットに、
縦とかじゃなくて、
斜めの関係ってよく言うけど、
本当にフラットに近い斜めなところで、
横にいて一緒にいたりとか、
一緒にいなくても近くにいるよっていうのを、
言葉とか行動とかその存在で示す。
僕たちは子供の時に学童とかは行ってなかったんだけど、
やっぱり近所のお兄ちゃんとかがいる中で遊ぶっていうのが楽しかった覚えがあって、
それに近い感覚かもしれない。
子供だけの世界は大事にするんだけど、
近くに大人がいるっていう、
しかも縦じゃない大人がいるっていうのが安心なのかなって。
18:00
安心して自由に遊べるっていう、
そういう形で僕たちはあるのかなって。
確かにまなざしか。
子供って別に大人がいなくても、
自分がやりたいことにチャレンジできるし、
それを形にしていったり、
作り手になって何かをするってことができるんですけど、
私が保育園で保育士してたりとか、
自分の子育てしててすごい感じるのは、
何か熱中したりごっとうしたりしてる間で、
ふと顔をやっぱり上げるタイミングってあるじゃないですか、子供って。
その時に、そのそばにいる大人が、
うんってうなずいてくれるかどうか。
見てるよ。いいねって。
言葉で言わなくても、
何かそのまなざしを向けてくれてるかどうかって、
やっぱ何かそこでもう一歩先に進めるのか、
何か自分っていいなって思いながら、
その時間を過ごせるのかって、
結構大きな違いがあるなと思って。
何かどうだろうな。
役割を意識しちゃうと、
何か過剰に安全を意識しちゃったりとか、
何かいろんなものを未然に失敗しないようにって、
やっちゃうのかなと思ってて、
もちろん僕たちも子供たちを放課後の時間、
親御さんからお預かりしてるっていう意識は、
もちろんあるんですけど、
何かそこを役割を意識しすぎずに、
そこの場所にいるっていう、
子供たちといるっていう、
何かそういう感覚を、何だろうな。
言語化はそんなにしてないんだけども、
スタッフみんながそこをイメージしてるっていう感じかな。
子供たちがやりたいことをやると、
何か途中で終わる時もあるじゃないですか。
何かをやりきらずに次のことに動いたりとか。
めっちゃある。
あるよね。
めっちゃある。
あったりとか、
何か思った通りにきっと進んでないんだろうな、
みたいなこととかあると思うんですけど、
その見守る、眼差しを向ける、見守るみたいなことと、
サポートするみたいな間で、
何かどんなことを大切にしてるのか。
何かそこっていい塩梅みたいなのが、
やっぱり教育者としても、親としても、
毎日難しいなって私は思ってしまうんですよ。
そうですね。
何かちょっとヒントいただきたいんですけど。
もう何かそこは、
本当教育者とかでもおこがましいなって思っちゃうんですけど、
お金いただいてやってるんだから、
プロの意識は持てって感じなんですけど、
何となくそこはちょっと手放したかなって。
つまり、正解は多分ないし、
21:03
到達点もないんだなっていうことを、
そこには至ったんですよ。
もう迷い続けようっていうところ。
何か10年やって、
いろんな子供を見てきてるから、
これはこういう子だなとか、
こういう行動をするんだなとかって、
当てはめることはできる。
でも、当てはめてもそうはいかない。
ならないってことも多々あるじゃないですか。
だってみんな違う子供たちだから。
だから何か毎年毎年春に新しい子を迎えて、
それによって場がまたかき混ぜられて変わるんですけど、
何かそれを楽しみながら、
毎回その子供たち、
なんでこんな声が消しちゃうんだろうとか、
この喧嘩止めてよかったのかなとかって、
すごいいっぱいあるけど、
それを迷い続けようっていう。
確かに。
なりました。
一つ大きいのが、最初の頃はあまりしてなかったんだけど、
スタッフの人数も多くなってきたし、
自分一人一人が全員の子供を常に見るっていうことは
難しくなってきたので、
終わった後にミーティングを毎回やってるんですね。
毎回30分くらいこうやって囲んでやってるんですけど、
今日どんなことあったかっていうこととか、
言葉がけの振り返りとかっていうのを、
別に肩は決めずに、
ただ思いついたことを話し合うことなんですけど、
それを毎回毎回毎回繰り返してると、
だんだんみんなのことも分かってくるし、
どういう意識で関わってるんだろうって分かってくるし、
場として少しずつ醸し出されていくっていうか、
その感じは大事にしてます。
確かに悩まなくなったらダメだなっていうのは、
私も結構大事にしてるなって思いました。
こういうものだって決めつけちゃったりとかするんじゃなくて、
自分で悩むのもそうだし、
子どもと一緒に困ってみたりとか、
相談してみたり悩んだりするみたいなことの積み重ねにしか、
子どもとの関係性もそうだし、
そのことの日々ってないですよね。
今でも耳隠れするんですよね。
他のスタッフはそうじゃない人がほとんどですけど、
僕はちょっと時々おじさんがこう出しちゃうので不正っていうか、
ちょっと強く言いすぎちゃったりとかっていう、
そこでまた反省をするんですけど、
うちは娘が6年間ボートに通って、
息子が今3年生で3年ボートにいるんですけど、
24:01
特に娘なんかは父親がここでは辻調でいるんですけど、
やっぱり子どもにオレはって怒ってるのを見たことがないんですよね。
だから家で振り返ったりしてます。
別にそんな直接は言わないですけども、
ちょっと言いすぎたんだよねって、
そうだよねって言いすぎたよみたいな感じで。
そんな感じで娘だけじゃなくて、
やっぱりボートには5年生も6年生も年長の子が来るので、
その子たちは1年生とか2年生とやってる自分のことを結構見てるんですよね。
なんとなくその子、ちょっと今日やりすぎちゃったよって言ったら、
そうだよねって、オレの時もそうだったけどさみたいな感じで。
子どもなんだけども6年間ずっと一緒に過ごしてきた同士みたいな感じもあって、
自分のちょっと弱い部分とかも見せれるっていうのは大きいかもしれないですね。
でも今日言いすぎちゃったよって言えるのはすごいです。
いつでも言えないですよ。
もう本当なんかこう、自分で僕毎日に聞かれてるんですけど、
なんでこんなこと言っちゃったんだろうって感じで、ずっと。
そうですか?
そうです。全然成長しないなと思って。
いやいや、でもなんかそう振り返りでそういう、こういうことうまくいかなかったなっていう、
そういう自分がより良くなりたいなとか、より良い場にしたいなって思う振り返りと、
もう一個なんかこんなことって面白かったよねとか、子どものこういうとこってやっぱりすごいなとか、
なんか海の子、私が保育所してる海の子でも振り返りって毎日したりとか、
あとちょっとした時間でスタッフ同士で話したりするんですけど、
それが結構大事だと私も思ってて、
子ども対人の仕事だったりとか、関係性のことってやっぱり苦しいこともすごくたくさんあるし、悩むこともたくさんあって、
でもなんか実はその中に面白さがあるのって、やっぱりこうやって誰かとエピソードを共有して、
そうだよねとか、他の人も僕からこう見えてたよとか、その後こんな姿あったんだよねみたいなことが日々共有されて、
やっぱりこの仕事って尊いなとか、この子どもたちの時間って大事にしたいなみたいなことが、
なんかお互いにエンパワーされながら、なんかその次の日が来るみたいなこと、
なんかそれはもちろん職場だけじゃなくて、家庭の中でももしかしたらできたりとか、恋人同士でもそうかもしれないし、
なんかそういう中でも、そうやって一日のことを振り返ったりとか、自分こんな気持ちだったんだよと思ったりすることって大事だなと思いました。
27:08
そうですね。
なんかこれ一人で、例えば個人塾とかで一人でやってると得られない感覚だなって思って、
その変なことから学童の世界とか高校の世界に入っていくんですけど、みんなでやるってすごい面白いなって思ってます。
なんか学生からも学ぶことたくさんあるし、やっぱり小学校の先生って本当すごいなって思ったりもするし、
もちろん子どもたちの目線、中学生になった子は、冒頭は基本小学生なんですけど、中学生がたまに遊びに来てくれるんですよ。
別にボランティアっていう意識ではなく、本当に遊びに来たよみたいな感じで来るんですけど、
なんか彼らの子供たち、低学年の子たちの関わり方がすごい上手だなって思って、
なんかそういう感じでずっと学び続けたりとか影響を受け続けたりとか、
多分自分も誰かに影響を及ぼしててっていうその混ざり合いっていうのが面白いなって思ってて、
子育てしてると、もちろんパパとママとママとシェアしたりはするけど、
やっぱり家っていう空間に入ると、親二人いて子どもたちがいてっていう世界があって、
なんかこの他対他でみんなで混ざり合ってるっていう感覚が面白いなって思ってるから、
多分続いてる、自分は続けてるって思ってます。
そうか、スタッフには大学生の方とかもいらっしゃるんですね。
いいな、じゃあもう本当にいろんな人が。
そうですね、うちなんかボランティアも受けているので、高校生の子も結構いっぱい来るんですよ。
で、なんかそこはちょっと生前説みたいなところで、
いろんな子がそのポータルサイトを経由して申し込んでくれるんですけど、
こういうところに来る子はみんないい子だろうって感じで、
こういう時代だからいろいろ気を使いながらっていうのはあるけども、
でもなんかみんなすごくいい子たちばかりで、全力で遊んでくれて。
っていうから、僕よりも年上のスタッフの人もいるし、
でもみんなやっぱ共通してるのは、すごくその時間、子どもといる坊との時間は、
全力というか、これなんていうんですかね、
自分の存在をゼン出しして関わってくれているなっていうのが、
別にそういうふうにしてくださいって言ってるわけじゃないんだけど、
なんかいいなと思いながら。
でもなんか子どもの前だと、偽ってる自分ではいられなくなってくるというか、
30:03
なんかね、建前だけじゃいられなくなるじゃないですか。
本当にドキッとさせられますよね。
本当にそう思います。
聞いてるね、ちゃんと聞いてるみたいな。
でもなんかそうですね、そういう中できっと、
なんか本当の自分でいられるみたいなのが、
大人のね、きっと関わる人とか、
ボランティアみたいなものできたいなと思う人の中にもきっとあったりするのかもしれないですね。
いや、そう思います。
子どもとの関わりって裏表もないし、
大人同士の世界とまた違う本音の付き合いというか、
なんかそこが僕は面白いなと思って、
やっぱり朝振り返ってもやもやして、
でも子どもたちに会うと元気をもらうみたいな、
全然場を作ってる側の人間なんだけど、
本当に思います。
なんかね、今いろんな世の中だからさっき辻丁も言ってましたけど、
その外部の人入れて大丈夫なのかとか、
地域の中でこういう放課後の居場所だったりとか、
保育園だったりとかを開いていくみたいなことって、
あんまり社会全体を見たらどちらかというと閉じていくような傾向にあると思うんです。
門は閉めよう。
部外者の人は入れないようにしよう。
保護者の人も来れる日を決めようみたいな、
なんかその中で開いていくことをやってるのは、
さっき生前説っておっしゃってましたけど、
何か意図する部分があったりとかするのか、
この図志っていう街の人柄とか雰囲気とかもあるかなとも思うんですけれども、
そうですね。
僕たち時々この場所を開放して駄菓子屋とかやってるんですけど、
そこにボートの子も来るし、その友達も来るしっていう、
なんかこの仕組みはずっとまた考え続けるんですけど、
ここはそのボートは反パブリックな場所っていうか、
反パブリック、反プライベートな場所っていう、
普段は決まった子が通ってくるっていう、
それはそれで子供にとっては安心なんですよね。
特定多数の子が来るっていう。
でもなんか学校の友達もたまに連れてきちゃったみたいな子もいるんですよ。
いやーみたいな感じで、
親とかに言ったみたいな、
いやーみたいな感じで、
それは帰った方がいいねみたいな感じで、
なんか話しながらもちょっと過ごして帰ったりとか、
でもそういう子たちが、
この場所がボートっていう場所があるよっていうのを知ってるっていうのは、
一つ何かあったときの選択肢にもなるだろうし、
33:02
なんか不特定多数の子が来る日も作っておくと、
ここにボートがあるんだなっていうのが認識できると、
僕の中ではいろんな選択肢が自分の中に行き場所っていうか、
あるといいんじゃないかなって思ってて、
例えば学校に行かないっていう選択をしてる子もボートに来たりもするんですけど、
なんかその子にとっても、
今日はボートに行こうかなとか、
今日はやっぱり家にいるわみたいな感じで、
選択するっていうことが、
自分の子供自身にある親が決めて、
ここは行っちゃダメだよ、ここに行きなさいじゃなくて、
半分開かれていて半分閉じてるみたいな、
そういう場所でありたいなと思ってるのかもしれないですね。
そうですよね。
このボートのことは私ずっと知ってたんですけど、
学童なのか?放課後のなんなんだろう?塾なのか?みたいな。
すごい、さっき機能的なものじゃないことを大事にされたいって最初に言っていて、
今辻丁の話を聞きながら思うんですけど、やっぱり居場所なんだなって。
もうそこもすごい迷いました。
最初にコンタクト取ってくれた人には、学童みたいなことをしてますって。
7時までお預かりしてるし、おやつも出すし、
夏休みは朝から明けてるし、
柏のほうで学童保育ずっとやってるので、
やってきたことっていうのはこのボートでもやってる。
ただ、名前を決めちゃうと固定化されちゃう何かがあると思っていて、
ずっと外に出すときに、
ナビアボートでどういう場所って一言で説明してくださいって言ったときに、
もう説明できなくて、居場所みたいな、学童みたいなって思ってたんですけど、
よくわからない場所があってもいいというか、
多分そういう場所は昔もあったし、
だからそこの場所の機能でカテゴライズすることはやめたんですよね。
子供たちも他の子に説明するときにすごいゴボゴボしてるんですよ。
なんて言うんでしょうね。
小学校を迎えに行くと、
今日は図書だったら太陽、日差しだったら青空、
今日太陽じゃないの?みたいな。
違うよって。どこ行くの?って。
おにょおにょおにょって感じで。
学び屋だよ?みたいな。
学び屋って何?みたいな。
塾?みたいな。
いやー違う?みたいな。
36:01
子供自身もうまく言語ができてないんですけど、
ただこの場所っていうのがその子にとって行きたい場所であったら最高に嬉しいし、
居場所っていうかその居ていいところってなってるんだったら
名前は別になんでもいいかって。
あとは親御さんにどう説明するかってところで。
保護者との関わりも結構あるんですか?
だって子供、小学生になると自分で来るし、
それこそね、学校にお迎えに行ってとか、
あと自分で帰ったりとかっていうと保護者との接点みたいなのは?
あーそうですね。
もう一人で帰っていく子も結構いるんですけど、
なんかお迎えには来てほしいなって思ってて、
それは安全ためっていうよりかは話したいからなんですよね。
それもなんか最初の頃に思っていた、
今日は何やりましたよとか、こういうことしてましたよっていう報告というよりかは
シェアをしたいっていう感じ。
絶対に僕自身も子育てしてるからよくわかるんですけど、
親が知らない子供の姿って絶対にある。
それは学校の先生も見ていない姿って絶対ある。
学校でも家でもない場所だからこその表情っていうのがあるので、
それをこういろんな形で伝えたいなって。
写真とかもアップしてシェアしてますけど、
やっぱり言葉で伝えたいなっていうのがあるので、
毎月お便り書いて文章で伝えたりとかするけど、
でもやっぱり対面が一番ですよね。
子供が過ごした様子とか写真で見せながらとか、
言葉で今日はこんな感じで過ごして、こんなことがあってっていうのを
一緒に笑って話すっていう、その時間がすごく大事かなと思っている。
あとは時々親御さんに夕方来てもらって豚汁パーティーしてみたりとか、
カレーパーティーしたりとか、
正月も落ち着きもするしっていう、
そういうのは面白いからやってるって感じですね。
めっちゃいいですね。
小学校になると一気に親がすごく、
自分の家庭の中での子供以外のところとの接点ってすごく減るじゃないですか。
そうやってシェアできる存在がいるってありがたいだろうなと保護者側からの。
そうですね。
やっぱり冒頭を選んでくれるというか、
来てくれるそのご家庭の親御さんって、
サービスとしてうちを認識しているだけじゃないような何かをやっぱり持っていて、
何かがあったら関わってくれるっていう気持ちを感じるっていうか、
それがすごく嬉しくて、
夏休みにキャンプとかにも行くんですけど、
39:01
キャンプに一緒に来てくれる親御さんもいたりするので、
そういうのが嬉しいですよね。
それでまた共有して、
スタッフ同士のミーティングと同じように、
結局接点をどれくらいたくさん持つかっていうのが大事なのかなと思っているので、
そんなにいっぱい毎月毎月やってるわけじゃないけど、
気持ちとしてはある。
常に何か一緒にできたらいいなとか、
もっと話す機会作れたらいいなっていうのは、
ずっと持ちながらやっているという感じですね。
なるほど。
子どもを取り巻く環境も社会状況もすごい変わってきてるじゃないですか、
子どもたちはどんどん忙しいそうだなと思いますし、
公園で遊んでるなと思っても、
手には携帯を持ってるなとか、
ゲーム機持ってるなって思うような子どもたちもいたりとかもするし、
こうやって日々子どもと過ごしている辻町ですけど、
1個聞きたいなと思ったのはこのバナビアボートを、
どんな場所としてこれからもあり続けたいのかっていうことと、
子どもたちに願うことがあれば聞いておしまいにしたいなと思ったんです。
そうですね。
時代はどんどん変わっていくし、
正直見てる子たちが大人になった時にどんな世界になってるんだろうっていうのは、
不安というよりかは本当に見えないなっていうのがあるし、
自分自身もAIとかもたくさん使ってるんだけど、
子どもたちは絶対使うだろうなって、
そしたらどうなるのかなとかって思うんですけど、
今日多分話してることは全部同じで、
直接の関わりっていうのが大人にとっても大事だし、子どもにとっても大事だし、
それは時代が変わっても多分変わらない。
その機会がスマホだったりとかAIだったりとか、
個別でできることが増えれば増えるほど、
その時間っていうのがなくてもつまわっちゃうっていうか、
だからこそそういう場所を作って続けておくっていうのは大事かなって、
選択肢としてそういう場所があるっていうのが多分大事なんじゃないかなって、
より思うようにはなりました。
最初に作ったのは自分がこういう場所を作りたいなだったけど、
だんだん街とか社会に会ってもいいよなって思うっていうか、
だんだんそういうふうになってきたので、続けたいなと思っている。
42:00
一番のモチベーションっていうのが、長く続けている良さっていうのが、
子どもたちが戻ってきてくれるっていうことなんですよね。
10年続けていると、
今年も夏休みに最初の年に小1で入ってきてくれた子が今高1なんですけど、
初めてバイトとして来てくれたんですよ。
ほんと1日だけだったんだけど、部活忙しいから。
でもバイトとして受け入れてみるかと思ったらすごくいい動きをしてくれて、
やっぱりいいなと思って。
その循環が、これから彼らが大学生になってスタッフで戻ってきてくれて、
っていうその循環ができると、そういう景色を見たいなっていうのがすごくあって、
子どもたちはもちろん中学とか高校とか世界が広がっていくと、
冒頭から卒業していくし、離れてはいくんだけど、
続けていれば何かの拍子に街で出会うこともあるし、
フラッと顔を出してくれたら嬉しいなと思うので、
そのために同じ人が同じ場所で続けるっていうのはいいんだろうなって思って、
結構そこが続けたい理由の一番大きいところだったりします。
そっかそっか、卒業してもそうですよね。
ずっとここにはいるから、ここにいるよっていうことが分かっていれば。
面白いですよね。中学生とかが駄菓子屋の人に遊びに来てくれて、
駄菓子を食べながら中学校の悩みを一丁前に喋ってるっていう。
そういうのがすごい面白い。
そういう時は下の子たちも寄ってきて、
何このお兄ちゃんたちみたいな感じで遠巻きに見ながら、
すごいその交流も面白いし、
だんだん同志感が強くなっていくっていうか。
うち今年の春に転職なんですよね。
もともと100歳っていう、築100年以上の子みんかで、
そこがちょっとなくなるっていうことで、
海山ちかんさんに引っ越してきたんですけど、
それでもまた来てくれる子はいるし、中学生でも。
来た子があんま変わんないねって言ってくれるのが、
この場所を貸してくださったこともすごく嬉しいですし、
この雰囲気っていうのは場所が変わっても、
かもし出すボートの間だったりとか雰囲気っていうのは、
変わらないのかなって思うので、
できる限りは続けていきたいなって思ってます。
応援してます。
ありがとうございます。
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45:00
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それでは辻長、改めてありがとうございました。
ありがとうございました。
次回のゲストの方をぜひおつなぎいただければと思うんですけれども、
どなたかいらっしゃいますでしょうか。
ずしの街の中で同じように活動されている
Blue Green Labの内野さんです。
お子さんがボートに通ってきてくれていて、そのご縁で紹介させていただきました。
ありがとうございます。
では次は内野さんをゲストにお迎えしたいと思います。
そして最後にリスナーの方にも何かメッセージがあればお願いします。
はい。
ずしで10年間ずっと続けてきて、子どもの居場所みたいな形でやってますけれども、
どなたでも見に来ていただいていいので、
子どもたちから元気もらうこともたくさんあると思うので、
大人の方もぜひ遊びに来ていただけると嬉しいです。
あれですかね、ホームページとかインスタグラムとかもやられて…
インスタやってます。
はい、そしたらずしレコのインスタでもタグ付けしたいと思いますので、
ぜひ皆さん飛んでみてください。
それでは辻さん、改めてありがとうございました。
そして皆さん最後までお聞きいただきありがとうございました。
お相手はずしレコパーソナリティの三浦ひかりと、
マナビアボードの辻でした。
それではずしレコラジオまたね。
バイバイ。
46:47

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