オープニングと日本建築のテーマ紹介
日本建築、テツセカ。
この番組は、哲学を知りたい3人が知らないながらも、素人を描く番組です。
Misoです。
あ、もーです。
トモキです。
いや、なんかシンプルだね。シンプルですよ。
びっくりしちゃった、それ。
そうですよ。
言ってたじゃん、今日のタイトルさ。
これ?
なんで考えてこないの?
いやいやいやいや。
ああ、そっかそっか。考えてくれば面白いと言えるみたいなね、こと言ってたけど。
言ってたけど。
いやまあ、シンプルがいいよ。
わかりやすいほうが。
いやいや、ほんとに。ほんとに。
ほら、ゲストもいるさ。
そうなんださ。
変なこと言えないでしょ、いきなり。
そうですね。
別に慣れてんじゃないの?変なこと言ってるのに。
日本建築というところからご相談いただければと思うんですけれども、前回ね、ローマ建築とかね、その辺りについて語っていただいた、
師匠セブンさんをね、また再度ゲストにお招きして、今回もしゃべっていただこうというような、そんな会になります。
はい、師匠セブンさんよろしくお願いします。
どうも、師匠セブンです。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今回はモンさんいますから。
そっか、前回いなかったからね。
どうも初めまして。
初めまして、よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
何にもわからないですけど。楽しみです。
今回は、トモキ氏からの熱烈な要望によりですね、師匠セブンさんを改めてお呼びして、日本建築について語るというような話になっていて。
トモキ氏から熱烈になってたんですけどもね、僕もね、前回結構面白かったんで楽しみですよ。
ありがとうございます。
まあね、師匠セブンさんに勧めていただいたゲームをその後に特攻で買ってやったりしてるっていう感じでね、結構趣味が合うなっていう風に思ってるんで。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
トモキ氏、何を聞きたいんだね。
いや、まあだから前回のね、ちょっとそんな覚えてはいないんだけど、すごく面白かったんで、建築士みたいなやつ?
何だっけ、なんとか様式とかさ、ああそうだったんだみたいな。
ああいうのをなんかこう日本建築でもきっと単語は聞いたことあるけど、あ、そういうことだったんだとか、そういうのめっちゃありそうだなとかも思うし。
意外と皆さんそういうところなんか知らない人も多そうだなと思うし、その辺ちょっと聞けたら嬉しいなって感じですね。日本建築士的なやつ。
はい。何から行こうかって言われたんですけど。
縦穴式住居とその衰退
そうっすよね。
さっきちらっと話が出た縦穴式住居の話。
縦穴式住居からね。
昔すぎる。
昔すぎるんですけど、実は縦穴式住居って、わりかし日本の気候にあってて、江戸時代の中期ぐらいまでは普通にあったんですよ。
そうなんだ。
なんか聞いたことあるよね、確かに。
こればいいから。
特に日本の東北地方なんかは冬めちゃくちゃ寒いんで、縦穴式みたいに掘ったところに屋根をかけて家を作ったほうが、冬の間なんかはもう本当に断熱できて便利なんですよ。
そういうこともあって、江戸時代の中期ぐらいまでは縦穴式住居で、土の上に蒸し炉を敷いてそこで寝るみたいな。真ん中にかまどがあってみたいな。
もちろん縄文時代に出てきたような単室の住居というよりは、一般的な農家みたいな間取りになってるんですけれども、家の壁のところは一段掘って土が壁になってるみたいな。
そういった形で、わりかし最近まで使われてた記録というか、実際の遺跡とかも出てるんですよね。
縦穴式住居って何?
なんか穴掘ってその上に屋根かけるみたいな。
穴ってそんな深い穴じゃないけど、一段下げてみたいな感じですよね。
縦穴っていうのは縦の穴っていう意味ですね。
下に下げる。
めちゃくちゃ頭良くない?そういうことするの。
そうだよね。これ日本だけなんですか?
いや、わりかし世界のあちこちで初期的な住居というか。掘るか盛り上げるか。
まあそうっすよね。
それで丸くなのか四角なのか作って、そこの上に屋根をかけるっていうのは、わりかし世界中いろんなところでその形式の住居跡っていうのは見つかってますね。
穴を掘るのか、積み上げる?
土を周りに盛り上げてみたいな。
周りに盛り上げるから、結局はくぼみがあるってこと?
くぼみがあるってことですね。
めっちゃ頭良くない?何がいいのかよくわかんないけどさ。
でも資材とかがそんなに、今の建築みたいに必要なさそうじゃないですか。
そういうことか。そういうことなんですか?
そうですね。一番身近な材料、土をうまく使うっていう。
あー、そうなんですね。すごいね。
すごいね。
今お金値聞いてて、絶対あたしそこに住んでたって思った。
どういうこと?
ちょっと待って。今すごいなんか絶対そこに住んでた気がする。
昔の多分、前世の記憶が蘇ってくる。
前世ぐらいかもしれないけど。
なるほどね。
でも逆に結構合理的な住居だな気がするけど、なんで廃れたんですか?
一つはやっぱり湿気には弱い。
それ気になった。
夏場はやっぱり湿気がこもりやすいですし。
だから東北に残ったっていうのはわかるかなって感じしますね。
そういうことか。確かにね。なるほど。
窓とかも作りづらいしね。
換気の面とか湿気の面では弱いんで。
弱いんでしょうね。ジメジメしますもんね。
あと日本は木材をよく使うんで、湿気が多いとカビちゃったりとかされたりするんで。
そっか。それが石ならね、まだ。
確かに。残鎬とかだもんね。残鎬よりも立ちはあるよね。
確かに上まで入っちゃってるんだから。すごいね。
へー。
おもろい。
あとは燃料の革命もありましたよね。
薪とか炭とかが流通しやすくなったりとか。
あともう明治維新後は石炭燃料、化石燃料系が流通するようになったんで。
であれば夏はわりかし快適な高床敷になってる住居に、冬は暖房で生活をするっていう。
なるほどねー。
なので平安時代とか貴族の家って床張ってるんですよね。
あれは彼らが炭とかそういう燃料を豊富に使えたんで、
冬場の防寒対策を家で取るんじゃなくて燃料で取るっていう生活様式になってたんです。
そういうこと。へー。
それが庶民になってくるとそこまで贅沢に燃料が使えないんで、
やっぱり縦穴式住居の方が冬場は過ごしやすくなると。
防寒なんだ。防寒だよな確かにな。
暑さじゃなかなか人は死なないですけど、寒さは結構死ぬんですよね。
そうだよね。
ニューヨークとかがすごい寒いから、
冬になると、ホームレスの方たちが亡くなっちゃうよね。
そうだよね。
でも暑すぎて亡くなるって聞かないもんね。
確かにね。熱中症で最近死ぬけどもね。
さすがに最近は暑すぎるけど。
熱中症で家の中にいて亡くなるじゃない。水分不足で。
なるほどね。
すごいね。面白い。
確かにこういう話面白いね。
まさか縦穴式住居でいきなりこんなに引き込まれるとは思わなかったわ。
高床式住居とその発展
確かにさっき高床式っていう単語も出てきたけど、
高床式倉庫とかも有名じゃないですか。
湖外式だね。
セットで聞くじゃないですか。縄文時代の。
だから高床式のほうは倉庫だったんだ。
倉庫の用途のほうが多かったんじゃないかって言われますね。
あとはその有力社の家は高床式になってる。
燃料あるから。
でも当時の記録ってあんまりないから、想像な部分は多いんですけど。
ただ一応その銅鐸であったりとか、
埴輪であったりとか、
家型埴輪とか、
家の形を銅鐸に彫ってあったりとか、
そういったところで想像して復元してるっていう感じですね。
みんな高床式見たことある?
本物で人が住んでるやつ。
住んでるのは見たことない。
カンボジアとかタイとかインドネシア行くとさ、
その辺にいればあって、
カンボジアはすごかったね。めちゃくちゃ全員そこに住んでる感じがした。
ちょっと街を出ると。
寒くないからなんか。
で、下は物置になってて、
だけど水が多く、あれじゃない、
氾濫するからだと思うんだけど。
なるほどね。
だから下にはほとんどいらないものとかが置いてある感じだったけどね。
私が行ったときは。
そっかそっか。
流れちゃうからね。
地水はね。
そう考えると日本ってやっぱり地水すげーよな。
そういう心配はあんまりせずに暮らしてるもんね。
地水。
今はですね。
今はほんとに。
今はね。
カンボジアとかはなんかやっぱりちょっと大きめのお家とかだと、
必ずその井戸があって、
その井戸は誰々さんに作ってもらいましたみたいな看板があって、
全然だから国がやってるとかではなくて、
公共の施設ではなくて、
その人んちに誰かが寄付で作りましたよーとかっていうのが書いてあって、
それはほんとに村、現地の人とかだけどほんとに。
地元の英雄みたいな人がいるんでしょうね。
なんかそれこそまさしく小さな政府だね。
コミューンだよねほんとね。
英語で書いてあって外国の人たちね。
あーなるほど。
それもあるでしょうね。
面白いよね。
なんか一時期青年海外協力隊で、
日本のカズサボリっていう二度起こる技術で、
東南アジアであったりとか、
あっちのアラブの方だったりとか、
そういうカズサボリの技術を伝えて、
日本では全然使われてないのに、
なぜかカズサボリの技術だけ貧しい地域に発展しちゃったみたいな。
へー。
カズサボリって何?
カズサボリって竹とかを使って、
てこの原理ですごく人力だけでめちゃくちゃ深く穴が掘れるんですよ。
へー。
そんな技があるんだ。
すごい。
へー。
千葉とか。
千葉とかそういうところです。
私の親が所属していたNPOは、
カズサボリの人たちに来てもらって、
井戸を掘って、
その井戸でみんなご飯とか作って食べてました。
食べてる。今もやってるけど。
すごい。
ごめんごめん。
血水のことでそっち行っちゃったけど、ごめんね。
でも本当にこれから仮に宇宙開発とか行くんだったら、
重機いっぱい持っていけない、作れないみたいなところがあったら、
こういう技術が必要になるもんね。
確かにね。
ロボットがカズサボリやってるみたいな。
そうだね。
そうなるよね。
合理的なんだろうな。
綿量もいらないしね、別にね。
すげーな。
なるほどね。
ごめんね、はい。そっち行っちゃったけど。
そうか。
縦穴式住居の次が高床式住居になるの?
地域によって違うんですよね。
地域もそうですし、別に進化したっていうよりは、
用途によって使い分けてたっていう感じですね。
倉庫であったりとか、権威のある人の家であったりとか。
高床式って別に本当に高いまま残り続けるっていうよりは、
それなりに使いやすい高さになって落ち着いていくっていう風に
考えたほうがいいかなとは思うんですけども、
今の日本の住居も高床式住居の家政というか、
子孫というか。
地面から一段上げて組んでいくっていう。
床を張って。
なるほどね。
去年おととし熊本に一人旅に行ったんですよ。
そのときに、今ちょっと画面共有したんですけど、
菊地城っていう城に行ったんですよね。
はいはいはい。
先森だから平安時代とかその辺の時代なのかな。
他の時代に作られた城の区画の中に
こういう三重の塔と高床式の倉庫みたいなのが復元で残されてるみたいな場所で、
他の場所は結構空き地なんですけど、
そこも一応昔には多分兵士の駐屯の長屋みたいなのがあったみたいなのとか、
そういうのが書かれてたりしたんですけども、
なんかやっぱりその時代っていうところ、
今の用途の違いみたいな話でいうと、
倉庫わかりやすく高床式ですけれども、
多分その人が暮らすところっていうのは、
そういうどまの長屋みたいな感じだし、
でもこの象徴的な建物みたいなのに関しては、
ガッツリこんな感じで作られてるしみたいな感じで、
用途によってみたいなのっていうのは分かるなっていう感じがしました。
へぇー。
その時代の感覚っていうのがなんとなく分かってちょっと面白かったですね。
へぇー。
なるほどな。
日本建築様式の独自性と「魔改造」
平安時代とかも高床式というか、そういうのも使われてたんでしょうし。
建築様式の話っていうとさ、今のは住居の話とか、
教科書でよく聞く話っていう感じでしたけれども、
プラスアルファでこういう話もあるんですけどみたいな話しなかったりします。
住居。
住居というか、いわゆる平安時代とか鎌倉時代とか、
そういうような時代ぐらいまでか。
室町時代ぐらいになるとまた様相が変わってきそうな雰囲気を
なんとなく感じるんですけど。
そうですね、割りかし早い時期に建築様式が一旦奈良時代ぐらいにまとまって、
仏教とセットで渡ってくるんですけれども、
結局仏教を一生懸命、
飛鳥時代ぐらいから輸入するとのって、
仏教の教えだけじゃなくて仏教にくっついてくる建築技術であったりか、
土木技術であったりとか、
あとは医術、算術、そこら辺全部仏教がパッケージになってるんですよね。
だからそれを全部入れたいので、熱心に仏教を輸入するっていう形になるんですけれども、
それで建築様式としてセットで入ってくるんですけど、
割りかし早いうちから我が国の伝統の魔戒像をやっちゃって、
えーすごい。
そうなんだ。
さすが。
だから建築もザ・お寺みたいなやつは、
割りかし輸入したまんま使ってるんですけれども、
それを使って家を作りましょうっていうか、
天皇の館を作りましょうとかってやったりとか、
神殿作りみたいな話ってあると思うんですけれども、
平安京で貴族の住宅で発展したって言われてるんですけれども、
あれももともとは中国から輸入した住宅って、
結構厳密に表と裏があって、
それを前と後ろで並べて、
表が政務とか、
いわゆる一般の住宅だったら一般的な交際をやるような場で、
裏が奥って言われる。
皇宮とか奥とかって言われる場所として、
結構整形の建物が前後ろみたいな。
右と左に綺麗に並べるみたいなことをやるっていうのが、
輸入したまんまの住宅の姿だったはずなのに、
割と早いうちから右だけにしてしまおうとか、
前へと奥は頑固させて、
綺麗に対象にならないようにしてしまおうとか。
そこに池を、もともとの中国の池は、
家の中に整形の池みたいな、
綺麗なものだったのが、
わりかし早い時期に、
今で言う選地式庭園みたいな、
選地式庭園伝わらないですかね。
わかんない。
いわゆる日本庭園みたいな、
自然の姿を模したような庭みたいな。
漢字で何て言うの?
泉に池。
いわゆる中に島っていうか、
ひょっこりまが丁みたいなのがあって、
橋が架かってるみたいなのとか、
なんとか園とか、快楽園とか兼六園とか、
よく見るようなやつですかね。
そうですね。
あれの原型みたいな形で、
神殿作りの区画の中に、
割と自然な形の池を配置したりとか、
いうことをやり始めちゃって、
なんていうか、
そこら辺が昔から大陸の方の美意識と、
日本の中の美意識が違うんだなっていう。
割と輸入して使うのに、
さっさと崩しちゃうみたいなことをやっちゃうんですよね。
やっぱ面白いね、そこね。
日本人の誇りみたいなのがあんのかね、
なんかよくわかんないけど。
誇りがあるのか、
きっちりとできない性格なのか。
なんかふと最近思ったんだけどさ、
日本人ってさ、
まだ大陸とつながってるときに、
こっちに移動してきた人たちが元じゃないですか。
だから中国の実は文化圏とは全く違う文化圏、
作ってんすよね、その段階で。
多分それで大陸の地殻変動があって、
日本列島が大陸から分かれたときに、
そこでもう人が分断されちゃってるんで、
もともと中国の文化圏に
所属していない文化みたいなところが
日本ってあるような気がしていて。
中国大陸でも、
そんなに文化がまだ起こってこないうちに
分断しちゃったからってことですね。
だから入って、
日本に中国の文化が入ってきたのって、
それこそ義師和人伝のころとかだと思うんですけど、
でもその後に関しても中国が、
戦乱がまた起こっちゃってるから、
隋の時代とかまでほぼ何もない、
南北諸時代とかちょっとあったけど、
2、300年とか何もないみたいな状況だから、
結構やっぱ独自の文化圏みたいなのとか、
独自の発想みたいなのが結構育っちゃってたんじゃねえかな
っていう感じがしないでもないですよね。
でもさ、中国は広いじゃん。
例えば家とか作るとき、
何にもないところに作るから、
池作ろうって言ったときに、
西洋対象のほうがいいんじゃんみたいな感じで、
ちゃんとしたやつ作れるんだけど。
なるほどね。
日本だととりあえず池あるから、
この辺に作ればいいんじゃんみたいな感じで、
だったとしたら、
自然とか好きでしょ、日本人はさ、
ヤオローズの髪とか、
やっぱりあるものをぐちゃぐちゃにするのって、
ちょっと気が引けるじゃん、私たちって、
多分日本人っていうのは。
だからそのままにして、
大体これでいいんじゃん、似てるし、
みたいになっちゃうっていうのはあるかもしれないとか、
ちょっと思ったな。
ちっちゃいのも日本やっぱり。
自然信仰的な、
ヤオローズの髪的な話と、
自然信仰的なものっていうのが、
やっぱり根付いてるみたいなのはありますよね。
中国って文化ができたのがめちゃくちゃ早いから、
なんか洗礼されまくっちゃって、
人為的な文化、
いわゆる今の世界の文化みたいな、
人為的な文化っていうのが、
めちゃくちゃ早い時期から形成されちゃってるから、
だからそういう手を加えるのが美しいみたいな。
そんな十世紀に至らないぐらいの時点から、
めっちゃ起こってるんじゃないかなって気がする。
あるのかな、そういうのって。
考察でしかないですけど。
大陸のほうはその様式っていうのを、
結構厳密に守ってたってことですよね、きっとね。
そうですね。
そうですね。だから今で言うと古旧博物館とか、
資金城跡とか、
あそこら辺の建物見てもすっごい成形じゃないですか。
きれいな。
左右対称で。
で、日本の今残ってるのは京都五所ありますけど、
五所の建物だけ見ると左右対称成形ですけど、
中の使い方は全然成形じゃないですし。
そういうのもあるんだ。
だから輸入した割に真面目に盗修しないように。
いいとこ取りっていうふうにいいように言えば、
言えるのかもしれないし。
その魔改造文化が結構いい方向に動いてることの方が多いし、
面白いね。そこで文化のいろいろ。
面白いね。
末路みたいなのが見える。
面白いね。ほんと面白い。めっちゃ面白い。
なるほどね。
それが神殿づくりとかその辺の話ですか。
そうですね。神殿づくりも、教科書に載ってる神殿づくりの代表例とかも、
全然対称じゃないんですけど。
対称じゃないんだ。
だからそれは、本来対称のものを輸入して作ってたはずなのに、
全然対称じゃなくなっちゃうっていう。
なんでだろう。なんで。
なんでなんでしょうね。
いや、いいっすね。
なんかこの辺に作りたくなったから、じゃあこっちにしとくとか、
なんかこう感じなのかな。
全体を見てないのかな。こういう時って。
ほんとそうだよね。
街の敷地内でもそんなにいろいろ。
でもこれ今神殿づくりって右と左一緒になってるけど、
これは嘘なのかな。
使われ方が違うとかなんじゃないですか。
ああ、そういうこと。
面白いな。すげえ話だな。
日本人のいい加減さみたいな。
わかんないよね、その辺はね。精神性もあるだろうし、
土地の制限とかもあるだろうし、
ここはちょっと抜かるんでるからこっち側に作っちゃおうみたいな。
ずらしちゃうね。
本当はこうやって作りたかったけどみたいなのもあるかもしれないし、
そもそも中国文化の理解をそんなにしないまま、
とりあえず作ってみるみたいなのもあったのかもしれないし。
面白い。
裸感として中国に行ったことある人みたいなのが相当少ないわけ。
それはそうですよね。
それはそうですよね。
中国ってさ、恐ろしいことに、
中国圏内に来た異民族とかっていうのが、
だいたいみんな中国に逆に汚染されて中国化していくっていうさ、
恐ろしい文明なわけだけどさ。
確かに。
そうなんだ。
本当だね。
モンゴル人とかがとにかく中国に征服しに来るんだけど、
そのモンゴル人が中国人になってしまって、
俺たちは中国人だとか言い始めるみたいなのがめっちゃある国なんで、
めちゃくちゃ恐ろしい文化を持ってるんですけど、
でも日本人は逆に検討士とか検随士とか一部の人しか行かないから、
裸感として征服にみんな来てそこに暮らして、
これやべえみたいな感じになんないから、
いいとこだけ取れや一生みたいな、
そういうノリでできたのかもしれないですね、もしかしたら。
面白いね。
書院造り、茶室、そして庶民の住居
歳で対象とかがすごい綺麗とかって思わない?
はいはいはい。
そういう精神性とかありそうだね。
石のほら庭のこれなんだっけ、
リュウアン寺とかの石とかもさ、
バラバラにいろいろ石を置いててあれが美しい人たちなんでしょ。
なるほど。
どういう立場から言ってるかわかんないんだけど。
人たちなんでしょ。
一応日本人。
専門家になればなるほどそういうのあるのかな。
シュールシティとか僕やってると左右対称にどうしてもしたくなっちゃうけどね。
合理的に街を作りたくなるみたいなね。
そうかそうか。
面白いね。
専門家とかがへそ曲がりな人が日本人は多いのかもしれないね、もしかしたら。
へそ曲がって、だってそれが美しいと思うんでしょ多分だから。
こっちがいいんだって思っちゃうんでしょ。
へそ曲がりってことですよ。
一般的に美しいと言われるようなものとか、
俺は美しくないと思う、こっちの方がいいと思う。
文化を作りたがりな人が昔から多かったんじゃないですか。
そういうこと?
わかんない。
ありそうですよね。
ありそう?
そういう専門家とお知り合い多そうですし。
なんていうんですかね、和美サビの文化とか。
あのあたりも元々は神殿作りからどんどん発展して、
書院作りっていう形になっていくんですよね。
いわゆる床の間があって、書院があって、
上段の間があって下段の間があってみたいな。
かっちりとした、すごく形式ばった家というか、
オフィスですよね、いわゆる。
オフィスなんだ。
書院ってそういうことなのか。
掛け軸とかもあるの?
掛け軸とかも季節を表したりとか、そこに掛ける掛け軸によって、
自分の信仰を表したりとか、もしくは権威を表したりとか、
そういったことに使われていた書院作りを、ある意味茶室の文化って崩していくんですよね。
なるほど。
きっちりとした角柱を使うんじゃなくて、
わざと曲がった木を床柱に使ったりとか。
あるあるある。
あとは、きれいな塗り込めの壁にするべきところを、
わざと荒綱で仕上げたりとか。
そういう崩しを入れて、家を簡素にしたりとか、
ちょっと貧しく、貧しいっていうか、質素風に見せる。
それがめちゃくちゃ手を込んでやるんで、
本式で作るより金かかってたりするんですよね。
表現物っていう漫画でめっちゃ見たことある、その辺。
ちょっとコンファームへそ曲がりだったね。
もう分かりました。確実にへそ曲がりですね。
西洋建築士の流れでも多少あったような気がするんですよね。
マンネリみたいな話が出たりとかして、
それをぶっ壊したくなって、また違う潮流が出てきて、
結局またそれもマンネリになっちゃうみたいな。
一定は人間の差がある気はしますけど。
確かにね。
ファッションってこと?それはじゃあ。
ファッション。
だって着るものじゃなくて。
ファッション。
だって住むんだから別に何だっていいじゃん、本当は。
雨風が防げれば。
庶民の家はあんまり変わらないですよね。
そっかそっかそっか。
金にあかせた人たちがやる遊びというか交際が、
やっぱ茶の湯であったりとかなので、
やっぱりそこにお金も使うし、高い精神性を求めるしみたいな。
だからファッションっぽいよね。
暇人の遊びだよねっていうことだよね。
で飽きちゃってへそ曲がりになるということ。
そうでしょうね。だから千利休なんかは、
広い茶室は嫌だって言って2畳半作りましたからね。
それであんな狭いんだ。
だいたい狭いところに入ってきますよね、千利休。
入り方も大変なのよ、膝が痛かったりすると。
千利休って千利休自体はめちゃくちゃでかい人だったんですよね。
180センチくらいだったよね。
体格も良かったっていう話聞きますよね。
体格が良かったって。
なのにそんな狭いところに入るんかいっていうね。
へそ曲がってんな。
だいぶいかれた人っぽいけどね、千利休。
だいぶファンキーだったんでしょうね。
ファンキーだったんだ。
ファンキーだったと思うんですよ。
嫌なやつエピソードとかもいくつかありますよね、千利休って。
もともと商人ですからね。
自分の作った茶釈にめちゃくちゃ高い値段つけて売りまくったとか、
そういうエピソードもありますよね。
なるほどね、ブランディング。
ブランディングをめっちゃしてた人なんですよね。
ユニークなんだね、やっぱりね。
ユニークっていうのは、面白いだけじゃなくて、
ひとり際立ってるみたいなね、やっぱりね。
面白いね。
なるほどね。
そういう神殿作りとか商人作りとか、
そういうところに関しては貴族のものっていう話でしたけど、
庶民の建物っていうのは変遷はあるんですか、縦穴式以降。
縦穴式というか、やっぱり地方地方に出て、
いろんな発展していくんですけれども、
農家の基本形としてはやっぱり、
田の地型プランって言われる、
家の平面を描いたら四角になって、
田んぼの田の地の形で、
部屋を仕切って使うの。
四つなんだ。
ちょっと待って、田の地型プランっていうの?
田の地型プラン。
そうなんだ。
プランってカタカナ?
プランはカタカナですね。
じゃあ、昔から言ってたわけじゃないよね。
田の地型平面って言ったほうがいいですかね。
それはその、やっぱり各隅の四辺と、
あと真ん中に柱があるみたいな、そんな感じですか。
もっと細かく言うとあるんですけど、
大まかにはそうですね。
その田の地型をうまく仕切って使う。
もしくは田の地型プラス、
もう二つ四角を並べると長方形になるじゃないですか。
そういう感じで使っていくとか。
そのプランが基本形で、
あとは鍵屋って言って、
くの字というか。
曲がってる。
曲がってるとか。
あとは小文字にしてみたりとか。
そうやって大きくなると、
そういうふうにプランが発展していくっていうことはあるんですけれども。
でもまず、地域の中でもより豊かな人、
本百姓みたいな人たちはそういう家使ってるんですけども、
水飲み的な。
水飲みというか、戸作戸みたいな人たちは、
やっぱりそんなでっかい家住めないんで、
掘ったて小屋というか、
パテ屋名式住居みたいな住居を依然として使ってたりとか。
なるほどね。
あれですよ。
日曜日の大河ドラマをちょっと今見てるんですけど、
井出永が住んでた家は本当に農家のお家でしたよね。
そうだったっけ。
見てるんですか、みんな。
見てる見てる。
こういうところに住んでたんだって思ったんですけど、
あれ本当な感じ?
農民、その中のイメージの中では、農民は普通にみんな泊まって暮らしていて、
ちょっと荷物を置くような場所っていうのは板っぽい感じだけど、
別にそこで暮らしてるわけではないみたいな。
確かにね、ドマ多いっすね。
武家の場合は板の間でみんなご飯食べてるみたいな感じになってましたね、
戦国時代の描写としては。
あってます、その辺って、実際。
おそらく近いものだと思います。
だから本当に、その時代再現しちゃうと、
たぶん埃っぽくて仕方がないので、
だいぶ美化されてはいると思います。
なるほどね。
一見別にそこで暮らしてなければ、
こんなもんねっていう感じに多分わかると思うんですけど、
って思うと思うんですけど、
実際に埃っぽいとか、暮らしてたら埃っぽいとか、
あとは今みたいに基礎とかしっかりしてないわけだから、
地震があったら崩れるとか、
そういう住んでる人ならではのデメリットみたいなのもめっちゃあるような気がするんですけど、
そういうのっていうのもやっぱり歴史の中で改善改善みたいな感じにされてってるもんなんですか?
そうですね。改善というか、
例えば日本のすごい長い時期かけて植物性の屋根が多いんですよね。
確かに確かに。
昔、お寺を輸入した時から屋根がわるの技術みたいなのは入ってくるんですけれども、
本当に江戸時代とか明治時代になっても板吹きの屋根を使うっていうのは多いんですけど、
一つは安いからっていうのもあるんですけど、
大きいのは屋根の重量を減らせるんですよ。
なるほど。揺れに強くなるというか。
屋根の上に瓦みたいな重たいものを乗っけちゃうと地震が来た時にすごくモーメントが大きくなって、
建物を支える柱とか梁とかにすごいダメージを与えちゃうんですよね。
上が軽いほうがいいと。
だから重量を軽くするために植物性の瓦吹きであったり板吹きであったりっていうのが、
わりかし長い間続いちゃったっていうのはそういうことがある。
へー。そういう理由なんだ。でも火には弱そうだからさ。
火には弱いです。だから江戸はバンバン燃えてったじゃないですか。
そうだよね。それはね。
どっち取るかなのか。
江戸時代の時に燃えるたんびに幕府は不燃性の屋根を吹けって言うんですけど、
やかなか呼吸しないと。
そうなんだ。おふれは出すんだけど、やっぱりそんなこと言ったってさみたいな。
おふれは出すのがすごいね、そこはね。
出すんだけれども、毎回燃えちゃうからわざわざ瓦にしたでしょうがね。
確かにね。屋根だけ残ったってしょうがないしなみたいな。
いやほんとそれだよね。
だから不燃性の材料が普及したのって割と明治に入ってからみたいな。
多いんですよね。
川越が小江戸って言われて、
昔の街並みだって言われてるんですけど、
川越の街並みほとんど明治期に建てられた建物ばっかり。
なるほど。河原っぽいですね、確かにね、言われてみると。
確かにそうだね、あそこの大通りのところとかって、
結構明治っぽい時代に作られた石造りの銀行とかあるもんね、確かにね。
なるほどね。
何が小江戸この野郎って感じだね。
でも庶民とかの家って日本に限らずだと思うんですけれども、
災害で簡単に洪水とかで流されちゃうとか、
地震で倒壊しちゃうとか、
そういうのって普通にいっぱいあったと思うんですけど、
作りやすい形で作られてたみたいなところってあるんですか?
防ぎようがないんだったら作る方法を簡単にしちゃおうみたいな。
だからずっと木造だったんでしょうね。
やっぱ工期としては短くできるっていうところはあるんですかね?
短くできる?
みんながそれで作るから、
それを作るための技術がずっと保持されるじゃないですか。
いきなり江戸時代の中で鉄筋コンクリートの技術を持ってっても、
みんな誰も作ったことがないから。
なるほどね。面白いですね。
いろんな環境要因とか文化とか、
そういうところでいろいろと発展とかするもんなんですね。
装飾性の高い建築と現代への繋がり
藤本聡介さんのリングあるでしょ?
リング、はい。
何リングっていうんだっけ?
万博の大屋根リング。
あれとかの、あれってすごい有名でしょ?
日本の技術みたいな、建築の技術みたいなことなんじゃないの?
木で組み合わせてて、そういうのって昔からあるって感じ?
あれは柱と針というか横材を抜きで通して、
日本の伝統技術みたいなことを宣伝はしていますけれども、
だいぶスケールが全然違いますし。
日本にあんなものなかったし。
あんなでかい抜きもなかったし。
確かに柱が立って抜きで抜き構造を模してはいるんですけれども、
その抜き構造も金具を使ってつなぎ合わせたりとか、
そもそもの木材自体が修正材ですし。
だから純粋に日本の技術っていうわけじゃなくて、
日本の技術をモチーフにして、日本の技術の組み方を使って、
でも全然違うスケールで組んでますよみたいな形になってるんですよね。
だから日本の技術だけではあれはできなかったし、
ただ、あの形を模したっていうのは一方で日本人の発想ではあるのかなっていう。
なるほど。
日本建築みたいなものが、日本独特のものっていうのが、
最初の神殿作りみたいなのが輸入で入ってきて、
その時点で若干魔改造が始まっていて、
そこからなんとか造りとかなんとか様式とかで言うと何になってくるんでしょうか。
松蔭造りになってくるんですか。
神殿造りの次は松蔭造りって言われますかね。
一気にそこまで行く感じなんですね。
松蔭造りがさっき言ってた、
松蔭造りの話はしてないのか。
松蔭造りはオフィスだっていう話はしました。
どちらかというとオフィスだったんですよね。
なるほどね。
オフィスで肩くるシーンで崩し始めたのがスキヤ建築だったりとか。
スキヤ造りみたいな。何か聞いたことある。
スキヤ造りだったりとか、スキヤの技術をギュッと凝縮させたのが茶室だったりとか。
なるほどね。
松蔭造りと神殿造りの違いは壁ができたのか。
壁ができた。
壁なかったのかな。
仕切りにちゃんと壁が作られるようになったとかね。
なるほど。
薄間だけだったとかそういう感じか。
薄間はだいぶ時代が下るんですよ。
そうなんですか。
神殿造りはどちらかというと千歳戸っていう抜短抜短とする方なんですよ。
薄間戸って横にスライドさせるじゃないですか。
だからスライドさせるための溝を掘ったカモイイじゃない、シキイカ。
きちんと精度よく作らなきゃいけなくて。
むずいんだ。
神殿造りが入ってきた頃の工具だと作れないんですよね。
確かにむずそう。
確かに摩擦係数とかちゃんと考えないとあからさそうだもんね。
確かに。
歪んじゃいそうだし普通に。
おもろ。
何でもおもろ。
意外とそうなんだ。薄間ってそんな昔からなかったんだ。
ムロマチキ以降じゃないですかね。
あの時期ぐらいに大ガンナ。
でっかいガンナってこと?
いわゆる四角い木に刃がはまってて、それを引いたら平らになるみたいな。
あれが大ガンナって言うんですけど、それまで槍ガンナしかなかったんですよ。
槍ガンナ。
槍の先っぽの形にしたみたいなガンナっていうのがあって。
それで表面を削りながら。
難しそう。
職人技入りそう。
でも進まない時って何で?
屏風?
板をはめてたんですよ。
いちいち?
いちいち。
開け放つときは板を外して、上の方はしとみ戸って言ってパタンってする。
こっちも板ですけどね。
木でこうやって取っとくみたいな。
そう、そんなイメージ。
開けとくみたいな感じ?
開けとくみたいなね。
そうなんだ。面白い。
もう今とか雨戸みたいなのとか、つるつるつるって閉められるからいいよね。
あとシャッターとかになってたりとかしてね。
めんどくさいなとかって昔思ってたけどね、50年前ぐらいとかはさ、
親に雨戸閉めてとか言われるとガチャガチャグググってなっててさ、なかなかできなかったの。
でもその板よりは良かったってことね。
楽かもしれないですね。
めんどくさくないね。
面白い。
そういう工具の発展しとかもあるでしょうね。
そういうのによって作れるものとかも変わってくるでしょうから。
ちょっと待って、カンナが誰にか作ったとかあるんですか?
カンナ誰が?
誰がとかはさすがになさそうだけどね。
それもあれですか、中国のやっぱり技術。
多分ダイガンナは中国から輸入したんじゃないですかね、技術的に。
ダイガンナって言うんだろうね。大きい。
無肉地の台ですね。
なるほどね、そっちの台。
テーブルの方のね。
テーブルの方の台。
すごい今日物知りになっちゃった。
でも書院作りとかで使われ始めたっていう、
障子は違うのかもしれないですけど、
墨とか畳とかって、
日本人は草の上で寝て、
紙の壁に囲まれてるんですよ。
なんか昔よくネタにされてたみたいな。
それは日本で作られたんですか?
畳は確かに日本で作ったんですかね。
むしろ畳自体は、
畳自体は普通に座るための畳自体は、
平安時代ぐらいからずっとあるんで。
なるほど、なるほど。
ちょっと師匠セブンさん、
ウィキペディアなんですか?
AIみたいな聞き方してるからね。
そう、なんか今ちょっとしたら、
すごい平安時代からとか、畳の歴史とか言ったら、
私が調べるよりも師匠セブンさんの方が早かった。
すごい、なんか適当に聞いたこと。
床に敷き詰めるみたいな感じじゃなくて、
座る用の座布団的な感じで使ってた畳っていうのは昔からあったけど、
確かに敷き詰めるっていうのは、
なんか独特な発想ですよね。
あれ敷き詰めようとなかなか思わなそうだけど。
昔は座るところに持って行って、
室内を作って、
部屋の中を整えてたのが、
だんだんと一つの部屋をいろんな使い方をするっていうよりは、
この使い方をする部屋はここみたいな。
なるほど。
今風だね。
やり方にしていったから、
じゃあここは普段みんなが集まるところだから畳を敷いておこうと。
敷いちゃおうと。
それから始まってると思いますね。
動かさなくていいし、それなら。
すごいな。
畳はやっぱり日本発祥っぽいけどさ、
でもむしろは中国にもあった話だから、
これもある意味魔改造の結果。
魔改造だね。
誰もそんな発祥してねえだろ普通みたいな感じなんでしょうね。
変態や。
ジャパニーズ変態。
そうか。
そうすると、
だからどこまで行ったっけ、スキヤ作り?
スキヤ作り。
杉とかあるんですか?
いや、スキヤ建築、
あとは固い書院作り系は、
ずっと武家の表の仕事をする空間として使われ続けたし、
武家屋敷みたいな。
書院作りじゃなかった、スキヤ風に柔らかくしたのは、
武士のプライベート空間みたいなところで使ったりとか、
接客用に使われてた茶室であったりとか、
そういった形になっていった。
書院作りとスキヤ作りが。
それで、もっと貧しいところはいろんなところが簡略化されて、
上流の様式が少しずつ流れていくみたいな。
だから江戸時代も、後期になってくると、
町屋とかでもそこのまま思ったような、
お家が増えてきたりとか。
なるほど。
その発展上にあるって感じなんですね。
今、もうなくなってきましたけど、
もう2、30年ぐらい前だとなくなり始めてるのかな。
もうちょっと前だと、どこのお家にも床の間があって、
座敷があってみたいな。
あれは上流から流れてきた文化が、
庶民の家の中にも入り込んできたっていう名残ですよね。
すごいね。
そうすると、やっぱり西洋に比べると、
あんまり変遷がないというか、
わりと平板な感じがするんですけど、
もっと西洋だとなんとか様式みたいなのが、
ポンポンポンポンって出てきてたような気はするんですけど。
あんまり過微に装飾的じゃないんで、
時代時代の流行りはあるにしても、
そういう装飾系があんまりないですね。
思い起こしてみても、あんまり変わんないもんな。
その装飾系を一手に引き受けてたのが神社仏閣なんですよ。
確かにね。
日本人の昔の人たちのイメージとしてさ、
武士とかっていうのは別に、
きらびやかなの、信長とか秀吉ぐらいしかいねえなっていう感じだしさ。
僧侶は当然庶民だし。
坊さんだけはやけにきらびやかな袈裟を着て、
みたいなイメージは確かにある。
坊さんだけじゃなくて、
作らせる武士もきらびやかなのを作らせまくってますからね。
特に桃山時代以降の神社仏閣って、
豪華絢爛の雨あられみたいな感じですね。
それは武士が作らせてたんですか?
武士が作らせてましたね。
金出すのはやはり領主であったりとかすると思う。
出すから、こういう感じで俺の趣味入れちゃうけどみたいなのを大名が入れてくるみたいな。
だから、どこだったっけ。
日光の前。
久納山の東正宮だ。
久納山の東正宮の極彩色であったりとか、
それを引き継いで日光東正宮の入れですもんね。
すげえいっぱい彫刻で埋め尽くされてるじゃないですか。
彫刻もそうか。
確かに。
あそこら辺の彫刻で埋めまくるみたいな文化っていうのが、
ちょうど秀吉の桃山あたりからすごい発展してって、
それの名残が日光東正宮だって言われてるんですけど、
これ以降、今度はこれも一緒で、
日本建築士の中で彫刻が爆発的に増えていくんですよね。
日光東正宮って極彩色で彫刻は多いんですけど、
どちらかというと割と整った比例になってるんですよ。
全体としては落ち着いてる。
全体としては落ち着いてて、
割かし、前の室町木とかの建物のバランスの取れた割り方になってるんですけど、
だんだんと江戸時代に入って、彫刻が力を持ってくると、
彫刻を見せるために彫刻を飾るところがどんどん大きくなるんですよ。
それの最たるものとかいうと、成田山新庄寺に三重の塔があるんですけど、
あそこの彫刻とかは、彫刻を見せるために軒裏を作るみたいな形になってて、
ああいうバランスの崩れた彫刻で埋め尽くされたやつ、僕大好きなんですよね。
あ、これか。すごいな。
入ったことないけど。
これもじゃあ流行りが行き切ったらこうなっちゃったんだ。
そうなんです。だからバロックが崩れてロゴ号になったみたいな。
なるほど。
やっぱあるんだね、こういう細かいところではそれも。
どれ見てんの?
成田山新庄寺。
新庄寺の三重の塔ってやつが出てきましたね。
あ、三重の塔。新庄寺三重の塔。
確かにこれ見せようとしてますね、明らかにね。バンって前に出してね。
そういう感じでバランスが崩れていく。
これは綺麗だね。
なんか趣味の悪い感じがするけど。
これも否定はできないね。
まあまあまあね。
これを見よがしに見せてる感が逆におもろいみたいなのがありますよね。
でもちょっとこの三重の塔周り見てて思ったんですけど、
この銅板屋根っていうのも時間が経つと緑色になっていくじゃないですか。
こういうのっていうのも時期によって色が変わるみたいなのも狙ってたりして張ってたりするんですか?
狙ってるかどうかわかんないですね。
ただ銅板だと長持ちするんで。
あ、そうなんすか。
銅は錆びるんですけど、六焼で錆びるとそれ以上錆びなくなるんですよね。
なるほど。被食が止まると。
そういうことがあるのか。
なるほどね。六焼だと酸化してボロボロになっちゃう。
新生寺の住所が成田市成田市とかで、なんかいいね。
成田市なんだ。
成田市の名前を取ったのが成田さんからだからじゃないですかね。
そういうことか。
だから成田市の成田地は新生寺だっていうんで、市の市はそこに定めた。
なるほどね。千代田区の市って江戸城ですよね。確か江戸城って皇居ですよね。
あ、そうなんだ。
さすがにね。
そんな気がするわ。確かに。そういうのあるんだね。
中心の場所が市になるんだろうね。
あるんだ。
哲学全然関係ない気がするけどおもろいわ。ある意味でも人間の哲学的な暮らしの発展の末なのかもしれないけどね。
そうだね。
ほら大変じゃないですか。皆さんもお家とかね、選んだりとかそういうお金一番かかるところだしさ、やっぱり。
そういうの、なんかやっぱり建築とかって生きているのに一番すごい近いものだから。
実はね。
哲学は。知ってないとわからない。
知った上で買えばよかったかもしれないな。
いやあんまり買わないと思うけど。
下を大きくして彫刻。
彫刻を見せびらかすためのね。
見せびらかす。
国際式にしてね。
そうそうそう。見せびらかす。
今の建築っていうのはやっぱりその場所とかに応じていろいろと工夫とかしてたりするんだろうなっていうのは、僕も散歩とかよくするからさ、
確かにね。
いろんなところ目につくんだけど、やっぱり川沿いとかだとさ、建物がすげえ結構あれが高いんだよね、床っていうか1階のところがさ、高かったりしてさ、
こういうのもたぶん浸水とかが万が一にもないように考えられてるんだろうなと思ったりする人結構あったりするからさ、
作る人たちのそういう培ってきたものっていうのが生きてるんだろうなって思ったりしますね。
なるほどね。
はい。で、東岸は何かその他は?
江戸時代の都市建築と住居
いやなんか、こっから先まだまだ明治以降のさ、
通売法?
いや通売法っていうか別に、そこまで具体的じゃなくていいんだけど、
近代建築が、近代建築というかその西洋の建築を今度は日本が輸入してくるわけじゃないですか、
絶対その辺の流れも面白いんだろうなと思ってるんですけど、
確かに。
なんか一回切ったほうがいいのかなという気もしていて。
じゃあ一回切る?
じゃあさ、一個だけさ、江戸時代の長屋とかのなんかにちょっと興味があった。
ちょっとやっぱ庶民とかの生活がすごい興味あるから、長屋みたいのとかっていうのはやっぱりあれは街中だったからなんですかね。
あのやっぱり、ああいうのって東京とか大阪とか辺りだけ?
ああいう長屋。
まあこっちで言うとセミディタッチっていうんだけど、ディタッチしてるから。
だけどそういうのめちゃなんかやっぱり面白いなと思って、いろんなところでそういう、
みんなそうじゃん、ヨーロッパとかもそうだけどみんなくっついてたりするのってあるじゃん。
だからそういうのってちょっとそこだけ明治とかに行く前に何かあったら。
あれはいわゆる都市の建物スタイルで、割と都市っていうものが日本にできた時からずっとあります。
ああ、そうなんだ。
だから平安時代の絵巻物とかでも、
ああ、その辺から?
そうなんだ。
長屋みたいなのは描かれてますね。
ああ、そうなんだ。
本当に壁と屋根があって、あとはドマ敷で、本当に狭い区画しかなくて、
そこの中に住んでるというか、もう本当に物を保管するか寝るかぐらいしか使ってなくて、
あとはみんな外で思い思いに過ごしてるみたいな。
なるほどね。思い思いに。
雨風避けるためだけみたいな。
家の本質はそこだよね。
ああ、そっか。
犬小屋みたいだね。
長屋じゃ生活は完結しなくて、どちらかというと周りの空間を含めてやっと始めてそこで生活が成り立つの。
そうだよね。自来劇とかでも長屋の人たちがみんな出てきて外で料理とかしてるもんね。
なんかイメージ枠は。
あと井戸端会議とかね、井戸のところにみんな集まってきてお水汲んでとかね。
家の中で会議する場所なんてないからね。
会議ね。
そうか。平安時代の頃からあったんだ。
面白い。あの、江戸時代の話なんですけど、江戸時代とかって銭湯だとか、
宿屋とかって2階建ての建物とかってあったような気がするんですけど、
池田屋とかだって2階建てとか普通にあったと思うんですよ。
面白い。
住居で2階建てみたいなのってなかったんですか?
一般の。
一般の住居で、生活空間として2階を使うっていうことはほとんどなくて、
群馬とかの洋産地域だと、2階はおカイコ様の部屋であったりとか。
なんかありそうありそう。
さらに大きなところになると3階建てで、2階3階がカイコを飼ってる空間であったりとか、
いろんなところがあるんですけれども、
人間の生活空間として2階っていうのはほとんどないですね。
土地利物とかだったら土地が限られてるからそっちのほうが効率的っぽい気もしますけど。
確かにね。
安全性の問題とかなんかあるのかな。
一つはあんまり高くできないんですよね、技術的にもそうだし、材料的にも。
だから割と2階が広く見える町屋とかって、
明治期であったりとか、下手すると昭和に建てられた町屋だったりするほうが多くて、
古い町屋だと本当に窓がすごい細いというか狭いんですよね。
それは一つ高く建っているための技術、技術もそうだし材料もそうだしが足りてなかった、追いついてなかった。
町屋って何?
町の中にあるうなぎの寝床みたいな敷地の形状に建てられている日本の都市建築ですね。
共町屋とか、共町屋とかよく言われてると思うんですけど。
道路に沿って細い間口でいっぱい並んでいるみたいな。
それは最近なんだったら、まだ最近って感じ?
2階を居住空間にするようになったのが最近って感じです。
じゃあ次の階にしましょうか。
確かにね。
その辺から。
ありがとうございます。
エンディングとポッドキャストイベント告知
読んでください。
すっかり人事みたいになってましたね。
ちょっとごめんなさいね。
久しぶりよね、私たち。
そうですね、久しぶりですね。
視聴者さんありがとうございましたね、本当ごめんなさい。
今日も最後までテツセカを聴きいただきありがとうございました。
スポーティファイアップルポッドキャストリスンで配信しています。
番組を気に入っていただけましたらお聞きのアプリで番組フォローや高評価ボタンをしていただけると嬉しいです。
感想、ファンレターお待ちしています。
番組概要欄のGoogleフォームにご入力いただくか、
ハッシュタグテツセカをつけて呟いてください。
いつも感想いただく皆様本当にありがとうございます。
ありがとうございます。
いやいや、やっぱり盛り上がりましたね。
後編にまで突入で大丈夫ですか、師匠セブンさん。
大丈夫です。
時間大丈夫ですか。
はい。
ありがとうございます。
いや本当に何かね、あのウィキペディアも真っ青のなんか知識がどんどん出てくるから。
本当ですよ。
やっぱすごいですね。
普通に、やっぱ好きじゃなきゃこんな覚えてないですよね。
素晴らしい。
何者ですか、何ですか師匠セブンさんって言って。
ごめんなさいね。
この前、分かってますけど、すみません。
って思いました。
普通のサラリーマンです。
建築に関わる、建築にも関わってる方ですよね。
すごいよね、本当に。
ちょっとお知らせしてもいいですか。
もちろん。
はい、2026年5月9日、10日、時間は10時から多分7時ぐらいまで、
ポッドキャストエキスポ、ポッドキャストウィークエンドに、
この番組も登場させていただくことになりました。
何だって。
おめでとうございます。
世田谷区池尻2丁目4-5、ホームスラッシュワークビレッジという、
もともと何とか中学校だったところを再利用しているところが会場になります、今年は。
いかねパレット的な。
そうだね、いかねパレット的な。
なんか世田谷区ものづくり会館みたいなことだったらしいんです、その前はね。
でもちょっと企業が入って、すごいいい感じになって、
クラフトビールが飲めたりとか、ポッドキャストスタジオがあったりだとか、
トツトツという本屋さんがあったりとかですね、
それは私の大好きな渡辺幸太郎さんがプロデュースしてるんですけれども。
そうなんだ。
渡辺幸太郎さんがって言っちゃいけないのかな、タクラムが。
タクラムがね。
プロデュースされてるみたいな。
それは置いといて、それはそこの施設のことなんですが、
ポッドキャストウィークエンド、そこの庭で、皇帝ですねもともと多分ね、
そこで繰り広げられるそうなので、そこに、
みぞちゃん行ける、あれ?行くことになってますか?
行くよ行くよ。
今びっくりしてましたけど。
行くんのかな?
本木さんもちゃんと。
いやいや、もちろんもちろん。
行くんですか?
本木さんが来るのに行かないわけないじゃないですか。
いや、ほんとですよ。
私はね、飛行機に乗ればすぐ行けるんで、皆さんのほうが大変で。
いやいやいや。
ということで、視聴セブンさんもぜひ、いらしてください。
スタッフ側で。
いやいやいや。
国旗使わないでください、視聴セブンさんは。
すいません。
じゃあ、そういうお知らせでした。
皆さん、聞いてくださってる皆さんとお会いできるのを楽しみにしております。
よろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
そんな感じでね、前編は終わりにして、後編も視聴セブンさんよろしくお願いいたします。
よろしくお願いします。
はい、じゃあすいません。そんな感じで今日は終わりにします。
ありがとうございます。
ありがとうございました。