2020-08-15 57:41

Vol.122: 新井 仁(President / COO) 2/4

spotify youtube

日本はお盆ですね。ここロサンゼルスも急に猛暑、やっと夏が来たかという感じです。とにかく早く海に入りたい金曜日の板倉です、こんにちは。「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、31人目のインタビュー。子供の頃に感じた「科学の力ってスゲー!」 が原

投稿 Vol.122: 新井 仁(President / COO) 2/41%の情熱ものがたり に最初に表示されました。

00:01
1%の情熱物語
海外に住んでいる日本人は、日本人総数のわずかに1%。
この番組では、海外進出や起業を果たしたビジネスオーナーや経営者、
また、各業界のプロフェッショナルな方々へ、対談形式でインタビューをしていきます。
日本の未来を背負うグローバルなプロフェッショナルたちの仕事哲学と、
そこに燃える情熱に…
こんにちは!
こんにちは!
1%の情熱物語、122回でございます。
イエイ!
夏ですが、そんなに暑くないですね、今年、ロサンゼルス。
これね、あれですよ。異常気象ですよ。
そんなですか?
特にみつさんはサーフィンに毎週行っているから、
季節の変わりとかね、温度変化とかに敏感だと思いますけど。
そうね、まずね、6月、7月はね、多少梅雨みたいな感じで、
朝方曇ってて昼から晴れるパターンがカリフォルニア多いんだけど、
今、もう7月後半なのくせして、朝方曇ってたりするんだよね。
確かに。
本来なら朝からもう、アホみたいな晴れてるのが普通だと思うんだけど。
なるほどね。
でさ、海がさ、クソ冷たいのね。
え、そうなの?
もうね、冬に着るウエット着てもいいぐらいな。
えーーー!
60度って何度だっけ?60度F。
60度、15度ぐらい?
今ね、今70なんですよ。
75だ。
75かしで、わからない。
こっちはね、アメリカはみんなかしで。
22度ですね。
22度か。
15度ぐらいになんのかな。
涼しくないですか、15度って。
いやー、水温が。
水温ってどれくらいなのかわからないんですけど。
めちゃ冷たいっす。
あ、そうなんだ。
なんかそうそう、ロサンゼルスやっぱ南国で暑いっていう風によく思われますけれども、
03:00
基本的に朝と夕方は涼しいんですよね。
うん。
特に海沿いは。
そうそう、トーランスって私たちがいるところも海に近いので、結構涼しいんですけど。
これにしてもね、ちょっと涼しいかな。
地球温暖化の逆だと思うんだよね、なんかだから。
なんていうの、そういうの。
地球冷感化?
ちょっとごめん、今もうちょっとなんか頭がぶっ飛んでました。
なんかどっか違うところで。
やばいやばいやばい。
でも本当にロサンゼルス寒いので、寒いなというか、まあ寒いなというか、
20度台過ごしやすいんですけど、なんかやっぱり夏、暑いなって感じたいときは、
車で1時間半とか2時間、砂漠の方に走ると45度ぐらいにすぐなるので。
出た、砂漠好きの。
こうやって夏を過ごします。
砂漠好きのさおりちゃん。
そう、なのでロサンゼルスはすぐ海にも行けるし、山でスノーも楽しめるし、砂漠にも行けるという。
そうですね。
そういう魅力でございます。
そうですね、まあいわゆる何もないっていう話ですけど。
マジでキャンプ、自然、ハイキング、サーフィン、以上。
はい、ということで本文に入ってきますね。
毎回1人の方のインタビューを4回に分けてお届けしています。
この1%の情熱物語ですけれども、今回は第2回目のインタビューで
ジンズアイウェアUSインクの代表マリオさんのお話ですね。
昨日まではね、昨日じゃないです。
先週までは今の仕事の話だったんですけど、
今日は、おいたちから何で今の仕事になったのかと。
どうやってマリオさんが作られていったのかっていうのを時系列で追っておりますので。
わかりました。ということで早速聞いていただきましょう。
はい、今から過去のお話をちょっと伺いたくて。
幼少期から今の仕事につくまでの経緯をざっと伺いたいなと思っていて。
一応出身は神奈川県横浜市というふうに以前伺っているんですけど。
そうですね。
横浜にどれくらいいらっしゃったんですか。どれくらいというか。
結婚するまで。生まれてずっと成人式も横浜で、大学も神奈川で。
06:04
結婚して東京都に引っ越すまでずっとなんで、24年間ぐらいずっと横浜側ですね。
ちなみに横浜のどの辺か聞いてもわからないけど、一応聞いてもいいですか。
はい、横浜駅から相模鉄道線というすごいローカルな施設に乗って、
二股川という駅があるんですけど、横浜から急行で当時一駅だったんですけど。
神奈川県の人は必ず運転免許を取るとき必ずそこに行くって陸運局ってところがあって。
運転免許センターみたいな場所なんですけど、そこから徒歩10分ぐらいのところで生まれ育ちましたね。
運転免許センターがあるってことはそんなに都会ではないのかな。
まあ割とニュータウン、新興住宅街って感じでしたね。
当時ニュータウンなんで、1980年代のニュータウンって感じですね。
なんかでもどういう感じなんだろう、自然はあるんですか。
そうですね、割と緑もちょっと残ってるような、ただもうすさまじい住宅街。
住宅が、まあそこそこ。
一個建てが多く並んでる新興住宅街でしたね。
どんな子供だったんですか。
えーと、小学生の頃は勉強ほとんどしなくて、5段階評価で2と3ばっかりの成績でしたね。
えー、なんかめちゃくちゃ勉強できそうなイメージ。
いやいやいや、小学生の頃は勉強しなかったですよ。
そうですか、運動は?
ソフトボールやってましたね。
ほんと野球やりたくて、ただ近くにいわゆる軟式野球みたいなチームがなくてソフトボールしかなかったんで、ソフトボールやってましたね。
なんか夢みたいなのあったんですか?
えーとですね、私の父が飛行機関連の仕事をしてたんですね。
別にパイロットってわけではないんですけど、母型の祖父が、あんまりちゃんと覚えてないんですけど、どうも宇宙開発系のロケットとか、人工衛星とかそういう仕事をしてたらしくて。
えー、すごい。
多分その影響だと思うんですけど、わりと空に対する憧れがあったんですよ。
私が小さい頃から、それこそ私が物心つく前から、親父は飛行機に乗せていろんなところに旅行に連れてってくれてたんで、なんか漠然と飛行機の仕事したいなみたいなのは思ってましたね。
なるほど。
じゃあ空飛ぶ飛行機に。
まあパイロットになるみたいなことを小学校の文宿で書いてたようです。
あーそうですか、そうですか。
あんまり覚えてないんですけど。
結構でもそれはガジェット好きってこともあるんですけど、物を作るとかっていうよりもパイロットの方が憧れてた。
そうですね。なんか飛び回るのがなんとなくかっこいいかなみたいなのは思ってましたね。
なるほどね。
そっからでも、中高と過ごして、その時は趣味みたいなのってあったの?好きになったもの?ハマったもの?
09:13
そうだな。ちょっと仕事とかにあまりつながらない話で先にすると、ちょうど私が小学6年生か中学生ぐらいの時に、いわゆるCD、音楽CDが世に出るようになったんですよね。
私はゲーム大好きで、ドラゴンクエストとかいっぱいやってたんですけど、そこでCDでドラクエが好きだったんで、ドラゴンクエストのオーケストラのCDをなんとなく買ったんですよ。
別にオーケストラとかどうでもよかったんですけど、杉山光一さんっていうドラクエの音楽をいっぱい作った人のドラクエの音楽が好きで、
これのオーケストラだったらなんかちょっとかっこいいなって言って、初めて買ったCDがそれだったんですけど、なんか衝撃を受けたことを覚えていて。
衝撃ってのは?
そのオーケストラってなんだこれはと思ったんですよね。
今までファミコンとかのゲームのピコピコした音楽だったのが、バイオリンとかチェロとかそういうすごいたくさんの音がいっぱい鳴って。
重厚感がありますよね、熱いね。
今でも覚えてるドラゴンクエスト4のオープニングをオーケストラで聞いたときはものすごい衝撃で。
そこからちょっとクラシック音楽に興味を持つようになったんですよ。
小学校の時?中学?
中学生ぐらいですかね。
そんなこんなのあって、実は高校に入った時にオーケストラ部があったんで、オーケストラに入ったんですよ。
まるで経験ないのに。
それまでに楽器、ピアノやってたとか。
親に無理やりピアノを習わされてたんですけど、それも嫌だったんで長続きしなかったんですよね。
3年ぐらいで辞めて、中学帰ったぐらいにもう中学でバスケ部入ったんで。
指怪我したらどうするのとか言われたら、ピアノやめろわってバスケ部に行ったんですけど。
そんなぐらいの人間になったのが、急にオーケストラを始めて。
当時ビオラとかバイオリンとかいわゆる顎に挟むこういうやつを始めたんですけど。
それも今でも続いてますね。
俺なんか見たな、そういえば。
実は私ロックダウンしてシェルターインプレイスでストレス溜まった時に、家でちょっとだけウォーキングクローゼットの中でバイオリン録って。
何でしたっけ。
博士太郎の情熱大陸ですか。
パッパパーマーっていうのやってましたね。
あれを耳コピして自分でバイオリン弾いて動画撮ってフェイスブックに上げたら、えらいたくさんいいねをもらいましたね。
そうそう見ました見ました。僕もいいねした一人だと思います。
あーそうだそうだ。じゃあ高校から始めたんですねバイオリン。
そうですね15歳の時ですね。
そっか僕はでも僕確か同年代ですよねマリオさんと、77年生まれなんですけど。
12:04
そうですよ私同じです。
僕はでも小6の時にブルーハーツのCDを買ってそっちの方に行きましたね。
なるほど。ロック系の方ですね。
いやでもそうなんだそこでクラシックにハマるんですね。洋楽とかみんな聞いてなかったですか周りは。
周りはボンジョビとかメタリカとかそういう感じでしたよね。
僕は何を間違えたかそっから長渕剛にハマっていったんですけど。
すごいわかりますね。桜さんっぽい。
またロックに戻っていくんですけどね。
でもそれで実はアメリカに引っ越してくる時に飛行機の中に手荷物持っていったのは実はバイオリンなんですよ。
じゃあずっと弾いてたってことですか。
そうなんですそうなんです。家族がアメリカに引っ越してきたのは私に遅れること2、3ヶ月後なんで。
2ヶ月くらい私一人暮らしが決まってたんですよね。周りに友達もいない中で多分暇するだろうなってことで。
さすがにバイオリンを船で送るとかなんかカビ生えそうだし。
飛行機の貨物室に預けて壊れても嫌だなって。
高温になりますからね。楽器を持ってかないとね。
機内に持ち込むっていう。一つ持ってったらサイズ制限足しちゃうんで。
それならバイオリンだけ持ってくわって感じで。
すげーミュージシャンだ。
全然本格的にやってるわけじゃないですけどね。
オーケストラに所属して、高校の時はオーケストラとして発表会みたいなのもあったんですよね。
ありましたね。年に。それこそ高校の文化祭で披露したりとか。
あとは年に1回はちゃんとしたコンサートホールを予約して、1000人とかそういうお客さん。
割とちゃんとやってる部活でしたよ。
気持ちいいですか?演奏してる時って気持ちいいですか?
気持ちいいですよ。
あの中にいるっていうのは想像がつかないって感じ。どういう感じなんだろう。
楽しかったですよ。
今も弾いてらっしゃるんですかね?
趣味の範疇ですけどね。時々。どっちかというと今の優先順位的には走る方が優先になっちゃってます。
趣味が多いってのは良いですよね。ラーメンも食べないといけないしね。
義務はないですけどね。
ちょっと外出ると何かとりあえずラーメン屋を探します。
ちょっとあんまり話が脱線するとあれなんですけど。別に脱線してるわけじゃないんですけど。
ちょっと筋に戻すと、大学、高2出てると思うんですけど、慶応を卒業されてらっしゃって。
そうですね。慶応大学出てます。
その時はメジャーは何だったか聞いてもいいですか?
15:01
慶応の湘南富士山キャンパスというところを私は卒業したんですけど。
すごい楽しそうなんですけど。
既存の大学の枠に当時で言うとはまらない学部っていう感じで。
なんでもありな。
所属していた学部の名前は総合政策学部っていう名前なんですけどね。
ただ実際そこの中でやってるのは結構いろんな分野のことも勉強できましたし、
それこそ経済のこともやったし、法律のこともやったし、小学部的なこともやったし。
総合政策の政策っていうのはどういう感じですか?
いわゆるポリティクスですね。政府の政策、政府の戦略みたいなその政策ですね。
なるほど。
大丈夫かな。
大丈夫です。
なんですけど、中でやってるのはいろんな分野のことを学んで、
既存の枠だと捉えきれない社会問題とかそういう問題に掘り組めるような人材を育てるみたいなのが理念っちゃ理念なんですよね。
結構全般政治経済、社会問題みたいな全般通してなんですか?
そうですね。同じキャンパスにもう一つ環境情報学部っていうのがあったんですけど、エンバイロンメントとインフォメーションで環境情報ですけど、
そっちももうちょっとコンピューターサイエンスみたいな計算科学みたいな理系っぽい側面があったりとか、
そこである一部の研究室では電気自動車作ってたりとか、当時20年前ですよ。
そういうのがない中で電気自動車の研究をやってるような人たちがいたりとか、
そういう感じで割とオープンな勉強の環境で4年間過ごしましたね。
なので私も結構いろんなことを手に出して、大学に入る直前ぐらいにいわゆるパソコンに出会って、
当時、FMタウンズとか富士通のコンピューターが高校の部室にあったんですけど、
それ触ってこれ面白いなと思って、コンピューターでいろんなことできたら面白いなって、
湘南富士山キャンパスというところに行って、単位の稼ぐのは文系科目で稼ぎつつ、
自分の本当の興味はコンピューターの方にあったんで、卒論はコンピューターサイエンスっぽいことで書いたりとか、
そんな感じの大学生活でしたね。
岩本 うわーなんかすごい本当幅広いですね。
なんか幅広くやったけりゃ後でなんとか生きていけんだろうな、そんな感じでしたね。
岩本 へえ、なんかでもすごい教養がつきそうというか。
まあなんかいろんな多角的な視点はつけるようになったかなと思いますね。
岩本 でもそのコンピューターにハマっていったというか好きになったのは、
どういう観点からというか。
えっと、高校の授業でプログラミング的なことがすでにあったんですよね。
今から考えるとだいぶ先進的だったと思うんですけど、当時1994年とかそのぐらいですから。
18:04
そこでプログラミングしては、すげえコンピューターって人間の胃のままに操れるんだってことを肌で感じたんですよね。
それで興味を持っていろいろやっていく中で、当時95年、早い方ですけどインターネットというものに触れ、
なんかコンピューター同士がネットワークでつながるともっといろんなことができるようになるなみたいなのを感じて、
それが大学の中にすでにあったので、そのキャンパスに通うことにしたっていうのが一番大きいです。
それは幼少期のパイロットの話とか、その辺とは特につながっているわけではある?
あんまりつながっていないですね。パイロットの話でいくと、パイロットって視力が良くないとなりにくいじゃないですか。
私10歳からメガネかけてるんで。
それの段階でパイロットってのは無理だなってのは感じたんですよね。
なるほどね。そこからインターネットの世界に入るわけですよね。95年ってだってWindows95の最初の方が出た時ですよね。
まさにまさに。あのぐらいの年ですね。
なるほどね。そこから就職っていう時にはどういう経緯というか、
どんな経緯があったんですかね。
そうですね。私、漠然と大学生の頃、会社の経営者になりたかったんですよ。
なんでかっていうと、当時、大学生の頃じゃないか。
板倉さん、松井とか一郎とかがメジャーリーグで活躍したのって、僕らも社会人になった後ですかね。
そうですよね。
そうですよね。
僕らが高校やってる時は、僕役やってましたけど、一郎選手はまだオリックスとかで活躍しましたね。
そういう意味ではNOMOとかだったのかな。プロフェッショナルを極めるみたいな、
そういう日本人が世界に出て行き始めた頃だったと思う。
そうですね。まさにパイオニア的にNOMO選手は。
そうですよね。
まあ単的に言うと、商売で金儲けしたかったんですよ。
そういう一方で、佐々木とかNOMOとか、世界で活躍する一流のプロってかっこいいなと思ってたんですよ。
ビジネスのプロってどんな人だっていうのを大学生の頃、就職活動の前に考えたら、
以前の人間だったんですよね。
いろんな人間だったんですよ。
一流のプロってかっこいいなぁと思ってたんですよ ビジネスのプロってどんな人だっていうのを大学生の頃就職活動の前に考えたのを覚えてるんですよ
それで思い立ったのが経営者 いわゆるこう 出世するってことが極めたってことだろうと
出世を仕切ると社長じゃんみたいなことを単純に思ってたんですよ じゃあ社長を目指してみるかと
じゃあ社長を目指すためにどんなことをすればいいんだろうというのを考えたんですけど なんか一つのことを極めても多分会社の経営できないなぁと思っていて
技術者でなんか極めたらすごいスーパーエンジニアみたいなのにはなれるかもしれないけど 会社の経営って多分もっと幅広くいろんなことを知らないといけないんだろうなと思って
21:00
じゃあ幅広くいろんなことを大学でやれたけど ビジネスで幅広く学ぶってなんだって言った時に
一つ思いついたのがコンサルティング業界だったんですよ 要はコンサルティング業界ってコンサルタントになるといろんな業種のいろんなところに入るじゃないですか
製造業の製造工程の改善の仕事もあったり あるいは製薬会社のファイナンスの計画の仕事もあったりともすると政府に政治の仕事をしてたりもするんですよね
そうやってコンサルタントとしてプロフェッショナルのスキルを磨いていったら いろんな会社にいられるんじゃないかと思ったんでコンサルティング業界を受けたんですよね
その中でいろいろ探してる中で自分がやってたコンピューターの知識とかが活かす いわゆるITコンサルの職種だったのでITに決めたっていう感じですね
ちなみにその時ITバブルじゃないですか
そうですね 私が主催活動したの99年とかなんで
堀江門とか2chとか もうちょっと後か でもそれぐらいですよね
大体それが出始めるぐらいの頃です
そうですよね じゃあ結構ITコンサルなんて言ったらめちゃくちゃ先進的ですね その時
ですかね まだ当時インターネットの一般家庭の普及率という意味ではそんなに高くはなかったですけど
いやまだまだウェブサイトすら持ってる会社が少なかったじゃないですか
うん その中でやっぱテクノロジーで世の中が変わるっていうのはもう間違いないって確信してたんで
その技術を身につけながらいろんな業種のいろんな仕事の勉強ができるっていうのはもってこいだなーっつってITコンサルになりましたね
なるほどね いや僕も営業職なんで やっぱり営業職もいろんな業種の方たちと接触できますからそれがいいなと思ったけど
コンサルってもっと中まで入れますもんね
そうなんですよね
誰にも見せないところまで入れますもんね
そうそうそう そういう現場のことが分かってないとビジネスできないんじゃないかなみたいなのはありましたよね
じゃあそこでいろいろな業界のいろいろなしかも部門を学びつつ
そうですね 小売業もやりましたし金融業も銀行さんとかの仕事もやりましたね
あとはちょっと会社は違いますけど別のところでゲーム会社さんの新規事業のプランのプロジェクトとか
それもなんか面白そうだなぁ 面白そうっていうのもあるんだけど
本当硬い金融業から柔らかいゲーム 当時オンラインゲームが流行り始めた頃だった
未来3年後5年後には何が来るかみたいなのをやりましたよ
予測しながらね
ゲーム業界も盛り上がってますよね
そうですね
そこから結構いろいろね仕事も点々とされつつ
24:03
点々とまでもいかないか
でも転職は私全部で今まで5回かな
今の会社も勤めて9年ぐらいになるんで
今の会社が人生最長勤めた会社ですけどね
それまでは10年で5回転職したのかな
それはもうなんか自分の中であったんですかなんかキャリアアップする
これやって次これやってみたいなのとか
あんまり狙ってやった転職は本当最初の1回だけですね
コンサル5年やってなんかだいたいわかったな
ITのことはだいたいもうマスターして
何がどこなればどうなるっていうのは全部自分ごとにできたなと思ったんで
ITじゃないコンサルに転職しようと思ったのが
勤めから5年後なんで2005年ぐらいですかね
そっから先は割といろいろいろんなことに揉まれながら
今やるとしたら次何かみたいな
ある日突然自分の所属してる会社の所属してる部門がなくなることになったみたいなことも経験あるんで
それから次何やるかみたいなのを考えていった感じですかね
あんまりこう事前に計画立てでこうしてこうしてああしてみたいな感じではないですよ
結構じゃあ強いられた部分もあったわけか
ありますね
でもねそのオンラインショップの担当っていうか
こともやられてたってことで
それは今の仕事にもつながってるってことですよね
そうですねやっぱり技術のノクノロジーがどういうふうに動くかっていうのを知っていたが
故に何ていうか技術を使って物を売るってのはどういうことかみたいなのを
自分で考えてその時勤めてた会社の新しい事業として役立てるみたいなことにはなってるんで
なるほど
結果的には積み重なったことが生きてきてるって感じではありますよね
そうですよね
ちなみにその神津さんの日本株式会社神津の方日本の方で入社されて
はい
でそこで数年勤められてからUSってことですよね
そうですね
その時ってでもなんかUS版的な何かあったんですかねきっかけみたいな
当時当然アメリカでビジネスをする物を売るっていうビジネスをする上で
当然リアルの商売は大事なんですけどオンラインも同じぐらい大事だっていう仮説として持っていて
当時オンラインの仕事をしてた私が元々その基礎知識があるということ
それからちょっとこれ話が脱線するようで元に戻ってきますけど
実は私の母が英会話教室の先生なんですね
自宅で英会話の教室を開いてて私4歳ぐらいからずっとそこの横に座って英語のテープとか聞いてた
海外に住んだ経験がないにも関わらず多少英語が喋れたんですよ
なるほど
27:00
でトイックのスコアとかも800点ぐらいは当時あったんで
あらい連れてったら何か役に立つんじゃねって会社が思ったと思うんですよね
そうなんですね
はい
なるほど
ちなみにその時にジンズさんって北海外に拠点って
えっとですね当時2014年とかですけど当時中国はやってました
アジアにはあったってこと
日本はほとんどで中国がちょびっとでそれ以外はやってなかったですね
じゃあもう北米進出の本当に一番最初の立ち上げってことですね
そうですね
オフィス借りて人雇って全部やりました
そこをしてサンフランシスコを選んだっていう何かあるんですか理由みたいなのは
いい質問ですね
本当に一番最初の最初はやっぱりニューヨークだろうという仮説もあるんですよね
アメリカに出てくる小売業ってほとんどニューヨークが最初の一歩なんですよ
H&Mもそうだしユニクロさんもそうだし無印良品さんもそうだし
ラーメンとかもそうかな
当然マンハッタンって人口密度すごいギュッとしてるから
東京に近いですよね
そうなんですよ一個の店舗とかでカバーできるお客さんの数が多いんですよね
ある意味で効率がいい
歩いてる人も多いですもんねウォークインが見込めるってことですよね
あとはやっぱり流行の発信地でもあるじゃないですか
フィフスアベニューといえばもうアパレルとかファッションの
中心みたいなね
そうですね
そこで知名度を得られれば世界に出ていきやすい
アメリカの全米どこに行ってもだいたいフィフスアベニューで売れたブランドっていうと
だいたいどこでも売れる
なのでニューヨークを選ぶブランドが多いんですけど
我々はそこ逆を張ったんですよね
理由はやっぱり今まで僕らジンズって
業界をディスラプトしてきたと
当たり前を壊してきたっていう自負
今後我々もアメリカでもそういう存在でありたいという思いもあったんですよね
でやっぱりそのディスラプションとかイノベーションっていったら
当然サンフランシスコシリコンバレーのエリアでしょうね
スタートアップの聖地と言われている
まさしくです
なので我々もそういう空気
そういうブランドイメージをまといたいし
逆に世界をイノベートディスラプトしている人たちの近くで
仕事をすることでそういうエッセンスを身につけられるんじゃないかみたいな思いもあって
サンフランシスコを1号店第一歩として選んだっていう背景ですね
かっこいいっすね
いやいやいや
すいませんその質問はね本当によく聞かれるんで答えがこなれてるっていうのもあるんですけど
そういうことか
なるほどね
そういう思いが詰まった選択ですね
分かりやすいしちゃんとブランドイメージになってるもんな
ありがとうございます
素晴らしいですね
でも本当割とこういう話なんていうか
日本進出を考えている企業さんとか
学生さんで海外で働くことに興味を持っている人たち
話を聞かせてくださいみたいなことよくあるんですけど
30:01
どこを選ぶか
アメリカって板倉さんも分かりだと思うんですけど
ロサンゼルスとサンフランシスコですら違うじゃないですか
全然違いますね
空気が違うカルチャーが違う人が違う
なので何を目的にどこに行くかってすごい大事だなって
来てからも感じますよね
本当に広いし
多様性がだからまず僕らは日本人っていうのもあるけど
単一民族っていうのもありますけど
完全に常識が想像を超えて広いですもんね
私サンフランシスコ住んで6年になりますけど
逆にテキサスとかフロリダとか行ったことすらないんですよ
アメリカのことを知った気になんてなれないし
せいぜい私が知ってるのは仕事でよく行くカリフォルニア全土ぐらい
シアトルも分かんないし
やっぱり僕らが知ってるのはあくまでここだけだっていうのは
いつも意識するようにしてますね
政治の話はあまりしたくないけど赤と青で分けても
この両側は真っ青で真ん中真っ赤かって
全然考え方が違いますもんね
おっしゃる通りだよ
そうすると多分消費行動も違うんでしょうし
本当そうですね
同じもの売れないですよね多分
まさしくです
いやーでもねそんな中活躍をしていらっしゃって
ちょっとね仕事の話を今からちょっと掘り下げていけたらなと思います
はい
大な方ですね
うーん多才
オーケストラ?
あれでもそんな
なんだっけ大声じゃなくて
えっとフルート
フルート?あそうそう多才なの私
オーケストラでは吹いたことないか
もうね全然吹いてないです最近
最初2週間ぐらい
もう今吹いてない
だいたいそういうもんだよね
だいたいこの世の中にある楽器の大半はね
あの埃かぶって眠ってると思うんだ
まあいいやちょっと話がずるい
そういやでも本当に
でも小さい頃からすごいお勉強が好きっていうわけじゃなかったんですね
そうなんだよね
なんか成績も普通って言ってたしね
ねー
何が違う
やっぱりあれじゃないですか
好きこそものの上手なれっていうのはあって
コンピューターがすごく好きだからそれに興味を持って
自分のデグリじゃないこととしてもやってたみたいな
33:05
その道に進まれたっていうのもあるから
興味のあることにさらに集中して
勉強させる子供にさせてあげるっていうのも大事だと思いますね
特に今はそうだったよね
今というかこれからの時代ね
あの好きなものを突き詰めていったほうが
おそらくなんつうんだ
行きやすいというか
もうその昔のようなさレールに乗った人生って
多分あんまないよね
だから自分でレールを引かなければならない
確かに確かに
あとあのマリオさんのお話で驚いたのが
10年間で5回ぐらい転職してらっしゃる
そうなんです
なんか日本っていうかアメリカだとすごく普通のことじゃないですか
だいたい皆さん2年とか3年で転職しちゃうから
でもね日本だと多分稀なことだけど
でもそういう世界になってきてるんじゃないですかね
まあねマリオさんもそんなにこんなに戦略的
戦略的というか狙って転職したわけではないって言ってたけど
まあでもそういうふうにはなってくるよね絶対
そうですよね
やっぱりそれだけじゃなくて
転職であったのかないのか特に
日本で働いてアメリカに来たから転職といえば
日本で一社アメリカで一社って感じ
そこそこそこ
みつさんは
僕はないですね
てか僕はね社会経験があまりない
あまりないというか
トヨタの工場と
全職のメディアの営業が
雇われたあとはバイトですよ
あとはもう起業してるんで
僕就職活動もしたことないんですよね
まあまあその話に置いといて
まあこの特にコロナを機に
いろんなことがオンラインに移っていくようになって
そうすることで日本に住んでても
日本だけの就職じゃなくなることも想定されるじゃないですか
日本に居ながら海外の企業に勤める
36:00
リモートで仕事をする
ということは絶対増えると思うから
そういう可能性を頭の片隅に置くのは大事ですよね
そうですね本当にもうグローバルっていう
言葉が違和感があるようになってくるっていうか
もうそんなの当たり前でさ
全部ボーダレスになりますよ
そうそうね
そうそうそうそう本当にね
いやー面白かった
毎回なんか新しい発見があるし
マリオさんがビジネスの道でプロになるっていうね
それは経営者だっていうことで
なかなかかっこいいなあと思いますよね
ねー
でもアメリカでねお仕事というか
立ち上げに携わってらっしゃるわけだから
そういう意味ではこれだけ日本で知れている会社が
アメリカでどういうふうに立ち上げをして
まあ多分ね大変なこともあったと思うから
そういうところはすごくこれから考えてる方にとっては
勉強になりますね
はいもう今COVID-19でね
そのまあ今そのマリオさんとも話してたかな
その小売でちょっと無印さんがね
ちょっとあのジャプターイレブンってなんだ
破産の申請をするみたいなニュースも出てたと思いますけど
多分海外で小売で行けてるのが
そのユニクロさんユニクロとジーンズさんも上場してますけど日本で
期待って感じですね
ですね
本当になんか頑張ってほしいなって思います
次回はそういう話を聞けるんですか
そうですねもっと仕事にフォーカスした仕事の掘り下げ
あと何を話したかな
まあそのテクノロジーがね
あのによってっていうマリオさんがフォーカスしてる部分を掘り下げております
楽しみにしております
はい
リアルアメリカ情報
よっ
さあこのコーナーではロサンゼルスから最新のビジネス生活情報を届けてまいります
はい
今回はね
まあこの新型コロナウイルスCOVID-19
アメリカの感染者数なんでこんなに多いのかというのを
ちょっとアメリカ在住の日本人として考えてみました理由
39:02
ちなみに今日が7月23日2020年です
はい
まあ現状ねもう今年に入ってから何も変わらないっていうぐらい
ずっとお家の中で過ごしていてどんどんどんどん感染者数も増えて
あれじゃないカリフォルニアがトップになったんだよね
昨日だか今日だか
ニューヨークを抜いてね
そうそうまあもちろんアメリカの感染者数は世界で一番多いと
ちょっとあんまり数字は追ってないけどどんなもんなんすか今
今ねまあもう私も追ってないです
まあもちろんダントツでございます
でね結構ルームメイトとなんだこんなにアメリカ多くて
日本ってそんな多くないのかなとかって話をよくしたりするんですよ
で私なりにちょっと3つの理由を考えてみました
なのでちょっとみつさんもアメリカが長い日本人として
これに対してのコメントをいただきたいと思っております
一つ目アメリカの感染者数が多い理由
肥満と持病持ちが多い
肥満と持病持ちね
これは前のリアルアメリカ情報でもお伝えしましたけれども
肥満率っていうのはアメリカは非常に高いと
まあもちろん食べ物高カロリーなものが好まれるし
ピザとかハンバーガーとかポテトイメージできますけれどもね
そういう食の傾向もあり
そしてさらにすべてのサイズも大きいし
日本のスモールサイズっていうのは
アメリカの四食サイズぐらいだよねっていうような大きさの違い
食べる量も食べるものも肥満になりやすい
そして持病が多い
こちらはまず日本のように頻繁には病院に行くことないじゃないですか
日本は風邪で病院に行ったりするけれども
風邪で病院に行くのって驚かれるよ
医療費が高いですからね
まさにそれですね
高いから本当に滅多に行けないから
どうしても大きい病気になってから
そういう意味で持病を抱えている方が多い
なるほど
そうするとやっぱり感染してしまった時に
すごく悪くなりやすかったりとか
身にしなきゃいけなかったりとか
亡くなってしまったりとかってことにつながる
ということでこれが一つ目の理由
二つ目の理由
これね、接触が多い文化と生活様式
まず挨拶に関して
もちろんビジネスの場とかでも握手は必ずするし
仲良くなったらハグはするし
さらに中南米の文化が入っている人たくさんいるから
42:01
そうするとハグをした上で
ほっぺ同士をちゅっちゅってくっつけて
挨拶をするという
そういう文化ですよね
名刺交換はしないで握手だもんね
確かにね
日本だと名刺交換するところですけど
名刺交換してお辞儀するからまず触れない
今はもうその文化あるのかな
まだあるよね
まだあると思いますよ
5年ぐらい前とかでも
一つ握手したことなかったもん
ビジネスの場で
そうね
もしかしたら増えてきてるのかな
いやないな
わからない
けど日本とは全然違う
接触回数の多さになりますよね
そうね
仲良くなったら本当にね
きゅきゅきゅってして
じゅじゅじゅってするわけだから
そこが日本と違う
そして後は初めて会った人とも話しますよね
アメリカって
道端歩いてても普通に話すもんね
そうそうそう
道端歩いててすれ違いました
にゃにゃにゃにゃにゃにゃ
元気元気
犬かわいいね
にゃにゃにゃにゃって
そうだね
パンパンしてると絶対かわいいねって言われて
話すからね
それは確かに頻度が多いよね
そう日本だったら初めての方だったら
かわいいですね
それすら言わないと思う
それすら言わないか
言うなら言うかもしれないけど
普通に歩いてたらまず話しかけないじゃん
まず話しかけない確かに
普通に歩いてたら
割とえいとかって言うもんね
言いますね
そうするとどうしても台区とかね
接触の回数とかって増えてきますよね
飛沫ね
飛沫感染の確率が高くなります
お店買い物一つにしても
私毎日ほらスターバックスに行くんですけど
ほらって誰も知らないけど毎日スターバックスに行くんですけど
知らんけどはいはい
日本だったら
いらっしゃいませ
ご注文いかがですかって感じじゃないですか
いらっしゃいませで終わり
でもこっちってもうちょっとしたレジでも
いらっしゃいませ
ハワユー元気元気だよ
元気元気だよっていう会話を絶対しますよね
そうね
またこれ飛沫感染増える
スーパーのレジとかでもそうだもんね
そうそうそうそう
ほんとピッピッピってやりながら
元気元気だよってなりますよね
これうまいんだよねとかって話してくれるもんね
そうそうそうそう
全然進まないみたいなね
あるある
そして3つ目3つ目じゃない
2つ目の最後なんですけど
土足という生活様式
はいはいはいはいはい
日本は靴は必ず玄関で脱いで
その靴で家の中に入ってくることはないけど
アメリカの場合はベッドの横まで
むしろベッドの上にちょっとカバーを乗せて
45:02
ベッドの上に靴で乗っかるというか
靴のままこう足を乗せるっていうこともあるじゃないですか
そうだよねベッドカバーって本来だから
そうやってやっていいようになってるんだもんね
ホテルにあるベッドカバー
上に乗ってる固いやつね
そうってなるとそりゃと比べたら
例えばそこに菌がついてたら
部屋の中ベッドまで菌がやってくるっていう確率は高くなるよな
靴の裏にウイルスがついてたらってことね
そうそうそうそう
ソファーで転がったりするときも
そのまま靴履いてってやりするもんね
そうですね
それでバーって歩き回るから
そりゃねもしウイルスがついてたら
部屋の中に困っちゃうよなっていう生活様式の違い
なるほど
そして3つ目最後ですね
自由の国の権利
基本的にウイルスに従わないと
我が道を行く人が多いということですね
そうですねその通り
日本は単一民族ということもあり島国ということもあり
一つのルールにはみんなで従うという傾向がありますけれども
アメリカは
それ何て言うんだっけ
外の人からの圧力なんだっけ
言葉が出てこないな
他の人がみんなこれやってるから
自分はやりにくいみたいな圧力あるじゃない
ああ何だっけ
羞恥心みたいなこと
まあそうね
言葉が出てこないけど
それ多分皆さんは今頭の中で浮かんでると思うんだけど
なんとか圧力
恥の文化ですからね
そういうやつですわ
それがマスクをしない権利が俺にはあるんだっていう
言い張る人が多いってことだね
その通りでマスクをつける権利というものも
国に決める権利はないじゃないか
僕たちの自由なんだからということですよ
だって大統領がつけないもんね
6ヶ月経ってやっとマスクをつけましょうって初めて言った
5ヶ月経って初めてつけた
そんな国でございますから
そしてコロナ事態を信じる信じない権利というものもありまして
結構信じてない人います
陰謀論とかね色々ありますし
主張したりとかっていう
いろんな人がいるわけですよ
そしてやっぱり権利の代表でもあるデモ活動
抗議活動というものがこのタイミングで起きましたよね
なるほど
そうすると抑制が効かないですし
やっぱり権利というものがすべて上回る国ですので
そこに対するコントロールもできませんと
48:03
ということで自由の国の権利も理由じゃないかと
なるほどですね
それは難しいね
でも本当自由に憧れて
僕はアメリカに来たっていうのも理由の一つなんでね
それがそういうのの原因になってるんだろうなとは思うし
もう一回1から3番言ってもらうとなんだっけ
1個目が肥満と持病が多い
2個目が接触が多い文化と生活様式
3つ目が自由の国の権利
これが私が考えたアメリカが感染者数が多い3つの理由
納得です
本当ですかよかった
でもあとは分からない
俺もどこまで信じていいのか分からんけど
あんま気にしないようにしてる方のタイプなんだけど
あと陰謀論もいろいろ興味深いところもあるし
そうそうそうね
それはそれで置いといて
ただ検査の数はやっぱりめちゃくちゃ増えてるから
間違いないですね
感染者数増えるだろうって普通に思うけどね
それは増えるぐらい
結構ね身近な人も毎月受けてるよとか
症状ないけどネガティブの方がいいから毎月受けてるよとか
毎日私感染抜けられるし
それと死亡率死亡者数と病気の原因みたいなものの
そっちの数が全然フォーカスされないで
感染者数だけがめちゃくちゃフォーカスされてるのはちょっと違和感を感じますよね
その通りですね
いろいろといろんなことを言うし
日本もね今7月23日の時点ですけど
結構増えてるみたいな話がニュースに出てますよね
増えたり減ったりしていくんでしょうね今後も今年いっぱいは
とはいえ気をつけながら生活しないとですけどね
とはいえとはいえ
いろいろとコロナに触れないわけにはいかないこの季節でございますが
アメリカに住む日本人として考えることを共有しました
はい
以上リアルアメリカ情報でした
締めのコーナー質問
51:02
質問
さおりちゃんは社長になりたいと思ったことはありますか
絶対嫌です
絶対に嫌
絶対嫌なんですっていうのは
まずマネージャーとかにも絶対になりたくないし
誰かに何かお指示をしたくないの
したくないのされたくないじゃなくて
される方がまあないんですよ
なんか責任持ちたくない
責任持ちたくないのはわかるけどその権限も持てるわけじゃない同時に
全然大丈夫ですそこは持たなくても
いらないんだそれ
いらないいらない代わりに誰かに指示をするとか
誰かをコントロールするとかっていうのは絶対したくないの
だからベストは自分一人の会社を自分一人で切り盛りするっていう
それもいわゆる社長ですけどね
まあまあそうですね私の上に誰かいてもいいですけどね
でも下にはつかないでいただきたいずっといらっしゃいでいいですね
今まで勤めた会社がいいのかもしれないしね
分かんないけど別に
上司にはねすっごい恵まれてます基本的に
いつもだからかそれもあるかもしれないですね
分かんないでもお金が欲しくなったら考えすぐ変わるかもしれない
ただ社長になったからって自動的にお給料が増えるわけではないから
減るかもしれないし
みつさんは前から会社を立ち上げよう社長になるって思ってたんですか
僕ねあれなんですよ2003年ぐらいからブログ
あれいつだっけな
とりあえずバンドをやってる時にブログ書いてて一生懸命
その時は別に音楽で食べれたらいいなと思って
ビジネスの微の字も知らないで生きてましたけど
だけどブログに俺は社長になるみたいなことを書いてタイトルみたいに
それで美人な社長秘書をつけるんだみたいな
ただのアホなんですけど
それを一応自分の中のふざけた目標みたいにしてたんですよ
その時はふざけてただの憧れだったんだけど
憧れっていうか社長ってモテそうじゃんとかそういうやつ
実際サラリーマン営業職になってやってる時は
リアルにその社長の近かったからね
54:00
見てて社長大変だわこれと思ったのね
だから社長にならなくてもできる
社長会社の中で頑張って働けばいいやみたいな感じに
考えはちょっと変わったんだけど
またそこからやっぱり社長になりたいって変わりましたね
でもその社長は大変だろうなっていうのを一応知った上で
ただそれでもやっぱり自分の会社の方が身動き取りやすい
自分の信じる方に動きやすいっていうのはやっぱあると思うから
そうしたら三田みたいにちゃんと現実を見て
見たことがある経験したことがある
どんなふうに社長になってから大変なことがあるかっていうのを
分かった上でなると心構えが違うでしょうね
分かったとは言えないけどね
一社長を見てただけだから
全部分かったとは全く言えなくて
全然分かんないこといっぱいあるんですけど
前のその昔のただの憧れとは違った感じでは
なるほどね
だけど結局最終的にはみんな社長になりたいのかなとか思っているんだけど
そうでもない人も結構いてさ
マリオさんも社長というよりもプロの経営者になるという
目一から一生懸命やってらっしゃるんで
その辺の考え方がやっぱ違うんだなっていうのが
世代もあるかもしれないし
そんなこと思ったし
確かに私たちのジェネレーションは
私の周りのジェネレーションは
社長になりたいとか起業したいっていうの
どんどん聞かなかったなって感じ
そうなんだ
もしかしたら今の若い子たちは
YouTuberとか自己経営の人も見てるでしょ
フリーランスとか見てるからもしかしたら
俺はフリーランスは変わらないけどね
超ビッグな会社になるんじゃないですか
なりますよ
そうでしょう
そうそうそう
違うかもしれないけど
そうそうそう
ということで今回お届けしたインタビューの内容
リアルアメリカ情報のインフォメーションは
ブログに掲載しております
podcast.086.com
または1%の情熱物語で検索してみてください
皆さんからのお便り
そしてiTunesのレビューを書いていただけると
とっても嬉しいです
よろしくお願いいたします
パトロンさんも募集してますので
ウェブサイトをチェックして
パトロンさんになってください
57:00
ステッカーもらいます
よろしくお願いいたします
ということで今週も聞いてくださってありがとうございました
ありがとうございます
また来週お会いしましょう
じゃあね
57:41

コメント

スクロール