Vol.214: 井上知香(クラシックサックス奏者)2/4
2022-07-09 1:00:01

Vol.214: 井上知香(クラシックサックス奏者)2/4

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The show must go on。日本が揺れている、世界一安全と呼ばれた国での衝撃的な事件。生きてる僕らがどんな風に変わっていくのかが大切で、”The show must go on” と呟いてみる板倉です、こんにちは。

「1%の情熱ものがたり」前回に引き続き、54人目のインタビュー。
最初は見た目で選んだというサックス、中世から続くクラシック音楽史の中では比較的新しい楽器だそう。はるか昔の作曲家の想いを想像し今新しい音色を奏でる、これってまさに「温故知新」。場所や固定概念に縛られない自由さと優雅な魅力を感じる知香さんの素敵なものがたり。

幼少期に養われたであろう幅広い視野と国際性。いろんな文化や考え方を受け入れられる柔軟性は人生においての楽しみや幸福感が増えるように感じました。マーチングバンドでサックスを手に取ったエピソード。どこでどんな出会いがあるのかは分からないもんですね。

それでは、お楽しみください!

Vol.214 1%の情熱ものがたり:井上知香(クラシックサックス奏者)

▼Show Notes : Vol.214

・大阪府高槻市出身
・4〜9歳までドイツに移住
・フランクフルト近郊での生活
・インターで英語、補習校で日本語
・一旦日本に3年間戻って生活
・中学、高校はサンディエゴで過ごす
・帰国子女としての日本での思い出
・比較的活発な子供だった
・両親の教育への感謝
・4歳から習い事でピアノを始めた
・子供の頃の夢はサッカー選手
・転勤は割とすんなり受け入れられた
・国際色豊かだったドイツの頃
・子供の頃から日本代表の意識
・人生の転換期となったこと
・サクソフォンとの出会い
・アメリカでマーチングバンド入隊
・見た目で選んだサックス
・大学入学時、一人アメリカに残ることを決めた
・サックスで大学を専攻
・拾ってくれた恩師
・これから伸びるものを大事にする文化
・どのレベルでも居場所がある
・トータル9年間で博士号取得
・大学教授も視野にあった
・仕事はコネクションの中から
・LA Philでの演奏ポジション
・クラリネット奏者との関係性
・アジア人女性としては初
・サクソフォンの音色

収録場所:ロサンゼルス@ZOOM

リアルアメリカ情報 (〜)
・アメリカの結婚あれこれ – 中編:ウェディングドレスと指輪 –

*1〜2時間ほどインタビューさせて頂いた内容を、4回にわたり配信しています。
(アメリカ時間で毎週金曜)


▼Interviewee Profile

井上知香 / Chika Inoue
クラシックサックス奏者
https://www.chikainoue.com

大阪・高槻市出身、幼少期よりドイツと米国に在住。カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)、カリフォルニア州立大学フレズノ校大学院を経て、南カリフォルニア大学(USC)ソーントン音楽学校博士課程を修了。現在はロサンゼルスと京都を拠点とし、LA Philでサクソフォンを担当。ギタリストのスコット・モリスと供にハリウッドのキャピタルレコードにてデュオChika & Scottの収録をし、2020年にアルバム「Unfettered」をリリース。スペイン・グラナダ「グラナダ音楽フェスティバル」、米国・オレゴン州「アストリア音楽フェスティバル」、中国・太原「国際サクソフォン/クラリネット フェスティバル」などに出演。また、カリフォルニア州立大学ドミンゲスヒルズ校にて音楽科の講師を務め、後進の指導も行っている。ベルリン芸術大学、マンハッタン音楽学校、クリーブランド音楽院、テキサス大学オースティン校、ウェストミンスター大学、など世界各地の大学や教育機関でもマスタークラスを行う。Selmer Paris Saxophone, Vandoren, lefreQue, KeyLeavesアーティスト。


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1%の情熱物語
海外に住んでいる日本人は、日本人総数のわずかに1%。
この番組では、海外進出や起業を果たしたビジネスオーナーや経営者、また各協会のプロフェッショナルな方々へ、対談形式でインタビューをしていきます。
日本の未来を背負うグローバルなプロフェッショナルたちの仕事哲学と、そこに燃える情熱に迫ります。
214回です。
みなさん、お元気ですか?
7月もね、中盤に差し掛かり、アメリカは独立記念日が終わったところですかね。
そうだそうだそうだ。
ちょっと前のお話になりますけど、
チェリーのおいしい季節が、6月の頭ぐらいかな。
はい。
だったかな。
アメリカンチェリーがね、おいしいんですよ。
そういえば日本の皆様もし、アメリカンチェリー食べたことなかったら。
ギフトギフト。
本当においしいので。
大好き。私もです。
そうで、来た来たと、スーパーに行って、チェリーが来たなと思ってチェリーを買って、
だからその日が多分初売り的な感じだったのね。
スペシャルなところに売ってて。
チェリー来たぞと。
カゴに入れてレジに行ったわけですけど、
女性の店員さんがいて、普通にレジをやってくれて、
ピコンピコンってスキャンしながら進んで行って、
チェリーのところまで来たら、チェリーにバーコードが付いてなかったみたいで、
値段がわからんとなって、
そういう状況あるよね。
隣のレジの人に、これいくら?みたいな感じで聞くんだけど、
知らんみたいな感じで、隣の人もわからなくて。
もう一人フラフラしてる奴にも、
03:01
フラフラしてるというか、そこら辺にいた、インフォメーション的なところにいた店員さんに、
カタログ見て?みたいな感じで言って、
それも載ってなくて、
店内トランシーバーみたいなやつあるじゃん。
あれで何とか何とかいくらか誰か見て?みたいなのチェックしてみたいなの言って、
それも反応はなく。
結局結論的に、もういいやって感じでバッグに入れてくれて、
もう今OKみたいな感じで。
At least we tryみたいな感じで、無料になるわけですよ。
この感覚って、そんなに驚きもしなかった。
俺もいたんだけど、ラッキーみたいな感じでね。
でもさ、日本だったら絶対見に行くよなと思いながら、売ってる場所に。
行かないんだよな。そこには値段書いてあるのよ。
見に行けばいいのにさ。
多分数十秒で済むことなんだけどさ、それをやらないのね。
どう思うこれ?
いや、本当に今の話を聞くと、アメリカでビジネスをやって、従業員を持つっていかに大変かが分かりますね。
そうなんですよ。絶対怒られるじゃん、日本だったら。
持って帰っていいよって、勝手にさ。
そう。そんな権限ないのにね。
ただ、サオリちゃんも分かると思うけど、割とアメリカではそういうことがよくあるみたいだね。
ありますね。
なんかはアメリカだなーと思ったっていう話なんですけどね。
確かに。なんかウェブでね、オンラインで物を買っても二個って言ったりするときとかね、よくあるから。
とかね、返品するって言ってももう持っておいていいよとかね。
あ、そうそうそうそう。
もう一個送るから、送らなくていいよとかね。
そうそうそうそう。
たぶんその確信派もいるんだろうけどね。
まあね。
でもちょっとラッキーだなって思ったりもするよね、そういうのは。
消費者からすると。
そうそう、全然使える。
例えば洗剤とかがさ、ちょっとだけ漏れてたりしてさ、ちょっとこれ漏れてんだけどって言うとさ、もうそのまま持っておいて、もう一個送るからみたいな。
二個分使えるみたいなね。
よくある。
まあそんな。
行った者たちみたいなとこありますからね。
まあそうだよね。
それをね、悪意を持って利用する人もいそうだけど。
いっぱいいる、そうそうそうそう。
そこら辺もでも想定内なんだろうな、アメリカって。
リアルアメリカ、まさに。
リアルなアメリカの感じですね。
そう。
まあそんな小話でございました。
チェリー食べてくださいって感じ。おいしい感じ。
チェリーおいしいよね。
止まんないな。
06:00
そうなの。ではでは本編に入っていきます。
はい。
毎回ですね、一人の方のインタビューを4回に分けてお届けしているこの1%の情熱物語ですが、今回はですね、アメリカでクラシックサックス奏者をされていらっしゃる井上千香さんのインタビューの2回目です。
はい、千香さんが先週はね、プレイヤーとしてLAフィルでもサックスを担当したりとか、あと講師として音楽サックスを教える、ドクターというふうに称号を持っているというなかなか面白いお話だったんですけど。
今回は大阪生まれの千香さんが、いろいろ国際色豊かなですね、人生を歩んでいるわけですけど、転換期となったお話とかね、今の仕事につくまでのお話を伺っております。
では聞いていただきましょう。
はい、えーっとですね、じゃあちょっと、養護正規からっていう、そんなあれなんですけど、事細かじゃなくていいんですけど、お生まれからちょっと今の仕事に至るまでをザーザーと伺っていきたいんですが。
ザーザーといきます。えーっと、生まれは大阪の高槻市っていうところなんですけども、ちょうど大阪と京都の真ん中にあるところなんですね。
あーそういうことか。
京都もだいたい20分くらいで行けるところです。
京都寄りの。
京都寄りって言いたい人たちです。大阪人です。
なんか山があったイメージ、阪が多いイメージだな、高槻って。そんなことないですか。
ご存知ですか?
行ったことありますよ。
あ、そうなんですか。えー。そうですか。
すいません、余計なこと言いました。
山もあります。山もあります。
そう、それで。
なんですけど、えーと、4歳の時にドイツのですね、フランクフルトの近郊のバード・ホンブーグというところに引っ越すんですね。
おー、それはご両親の転勤という。
はい、父の仕事の関係で5年間フランクフルトの方で過ごすことになって。
それってでもまあまあ都会なんですかね。
そうですね、まあ近郊なので、まあ車、アウトドアバーって飛ばせばフランクフルトの街に。
はい、4歳の頃。
そうですね。
それ覚えてます?
覚えてますね。
あ、そうなんですか。
まあ行った時が覚えてるかどうかって言われたら曖昧ですけど。
09:02
あー。
で、まあそこから9歳までフランクフルトに住んでまして。
はい。
で、あのー、行ってた学校はフランクフルトインターナショナルスクールだったので全部英語だったんですね。
あー、そうなんですね。
ドイツ語は全くやらず。
なるほどね。
過ごしてしまって、で土曜日は保守横に行くっていう感じですね。
それ日本語の保守横?
それ日本語の保守横ですね。
おー、へー。
じゃあドイツにいながら日本語と英語で生活してた?
そうですね。
まあとはいえドイツ語も入ってきますよね、耳にはね。
うーん、まあどっかに脳のどっかには入ってるんでしょうけど。
全然、勉強したっていうことはないですし。
まあね、りょう氏もね、日本語も4回で言ってますから、日本語もそんなちゃんとしてないときにいろんな言語聞いたらちょっと難しいかもしれないねっていうことで。
なるほどね。
うんうん。英語にしたみたいなんですけど。
なるほどなるほど。
で9歳でどこだった?
で9歳ちょうど3年生の中ぐらいにもう1回大阪の高槻のほうに戻って、そこで3年ぐらい過ごして小学校6年生を卒業して、でサンディエゴというところにまた父の婦人で。
うーん、まあロサンゼルスから2時間ぐらい南のところですね。
そうですね。
カリフォルニア州。
カリフォルニアのメキシコのちょうどボーダーのところね、国境のね。
メキシコ寄りのカリフォルニアね。
そう、メキシコ寄りのカリフォルニアね。
そこで5年間中高ですね、育つんです。
中高か、まあまあ多感なときですね。
そうですね。
いきなりでも小学校3年生でこの帰国使徒として日本に行くっていうのもめっちゃこうなんかチヤホヤじゃないけど。
うーん、チヤホヤ。
なんつうの、すげえ人来たぞみたいな、なんなんですか。
ドイツ人とか。
クラスみたいな感じ。
そうで、ちょうど帰ったときが夏だったんですよ。
で、プールのみんなが持ってる、なんて言うんですか。
水着?
水着?みんな同じじゃないですか、紺色の。
それがなくて、すっごいレインボー着てたんですよ。
おー、一人で。
そう。
ガンガン浮きますね、それ。
なんか、いまだに言われるんですよ。レインボー着てたよね、みたいな。
もう、再センターじゃないですか。今ちょうどプライドね、今やってるけど。
ああ、そっかそっか。
自由でいいんだぞっていうメッセージを発してたんですよ。
レインボープラスなんか星みたいなのついてる水着だったんですけど。
12:01
めちゃくちゃ派手じゃないですか。
そう、まあ、そんなんでも全然、なんだろう、めげずいじめ。
どんな子供だったんですか?いじめがあったんですか?
いじめ、もういじめは誰もせず、たぶん気づいてなかっただけなのかもしれない。
結構、じゃあ、なんつーんだろう、積極的な子供だったんですかね。
うーん、なのかな。そうなのかな。
わいわい仲良くなれる感じの。
うーん、ありがたいことにね。
でも、やっぱり日本語も両親もすごく頑張ってくれたんだなと思って、
帰った時にそんなにものすごい遅れを取るわけでもなく、ついていけたので、
補修校に行ってた甲斐があったんですかね。
行ってた甲斐があったなっていうのね。
なるほどね。ちなみにそこは、その時は音楽は触れてたんですか?
もうね、4歳、ちょうどドイツ行った時くらいからピアノを始めてて、
そこからずっとクラシックのピアノ、本当に楽しむ。
本当にガンガン頑張ってやってるとかそうじゃなくて、
でも本当に両親としては、そうぞ習い事を楽しんでほしいっていうくらいの。
そんな感じで続けてたんですね。
ちなみにその夢とかありました?子供の頃の。
子供の頃の夢、サッカー選手。
ははは。
えー。
たかんでしょうか。
どこ行くんすか。
どこ行くん。
じゃあ運動もやりつつ、ピアノもやりつつ。
そうなんでしょうね。
結構やんちゃというか活発な子だったんですね。
そういうことなんでしょうね。
なるほどね。
文章課の中に書いてもサッカー選手になりたくない。
なかなかでもそうなんだ。
その頃でね、書くってすごいなと思います。
しかも女性でね。
そうだね。
でも中学校でまた離れちゃうんだ、友達と。
そうなんですよ。
でも中学に上がるときだからどうでしたか、そのとき友達と離れるとかそういうなんか。
また行っちゃうの?みたいな。
また行っちゃうのというか、あんまりでもすごく衝撃的ではなく、
すんなり受け入れたんだと思います。
あんまり嫌だったとかそういう思いがないので。
ちなみにご兄弟はいらっしゃいますか?
私一人なんです。
じゃあお母さんとお父さん3人で、またサンデーを行くぞと。
ドイツでの生活がものすごく印象的だったんですね。
インターナショナルな学校だったので、いろんな国の子どもがいるんですよ。
フランクという金融の割と大きな町でもあるし、
15:01
政府関係者もいたんだろうし、いろんな会社もあるだろうし、
そういう子どもたちがいろんなところから来てたので、
クラスの中で文集みたいな写真とか見ると、
みんな名前の下に国が書いてるんですね。
なるほどね。
クラスの中であなたの国ではどうなの?っていう聞かれ方をするんですよ。
ルーカ、あなたのイタリアの家庭ではどうなの?みたいな。
そういう最初から日本人として植え付けられた感じがするんです。
日本代表だったんだよね、その時から。
ランチタイムとかも、アメリカの子はピーナッツバターのサンドイッチを持ってるし、
インドの子はインドっぽいものを手で食べるし、
私はおにぎりでいいみたいな。
面白い。
面白いところにいたので。
それでも既に国際性がそこで磨かれそうですね。
国際色見たかな。
そういうもんだったから、今から考えると面白いところにいたんだなって思いますけど。
でも楽しい思い出ばっかですか?辛かったなとか帰りたいとかはなかったんですね。
4歳で行ってるので、あんまり帰りたいとかそういう気持ちがなかったのかな。
そんな感じで日本の外で生きる人間として育ったので、
またサンディゴに行くっていう時にもすんなり受け入れたのかなというふうにも思いますね。
なるほどね。柔軟性が養われていったかな。
どうですか。ここら辺で聞いておきたいのが皆さんに聞いてるんですけど、
なんか人生の転換期となったようなエピソードとかってあったりします?
そうですね。なんでサクソフォンを始めたかっていうところがすごく重要になってくるんですけど。
なるほど。
サンディゴに行っているときはまだサクソフォンはやってないんですか?
ピアノオンリーだったんですよ。アメリカに来るまでは。
アメリカに来てからこのアメリカのカルチャーに溶け込みたいと思って、
マーチングバンドがしたかったんです。
フットボールとかでフィールドショーとかでマーチやったりとか、すごく憧れだったので。
そこをやろうと思って自分の高校に入ったときにバンドに入って、
18:07
入ったら楽器を選んで、ちょうど金曜日に入ったから、月曜日までにやりたい楽器選んでこいって言われて、
よし、どうにしようかなって考えてるときに、金色のすごいかっこいいやつがいいからあれにしようと思って、
勝手に力入れたんですよ。
全然音が素晴らしいからとか、チャーリー・パーカーのソロがヤバいからとかそういうのじゃなくて、
見た目がゴージャスだったんですよ。
女の子っぽいですね。
ちなみにピアノとかはマーチングバンドではないか?
ピアノはないですね。
ピアノは弾けるけど、それに関わるものとか別にそういうことは考えなかった?
そう考えなかったですね。新しいことしたかったんで。
ゴージャスなキラキラしたやつで。
そう、ゴージャスな金色のやつをやるとか思って。
高そうだしな。
高くはどうだろうかな。
意外と高くないですよ。
そういう風にマーチングバンドを頑張ってやってみたんですね、ずっとね。
それで大学に行くときにどうしようかなって思って。
両親はちょうど私が大学に入る夏に日本に帰国になることになって。
私は起ころうと思って。
じゃあ3年間?
5年ですね。
3年後にいて、5年目のその夏両親が帰国するので、
私はアメリカに残って大学に行こうって決めたので。
じゃあ何ができるかなって思ったときに、
あーちゃん音楽で行こうと思って。
本当に軽い気持ち。
無事マーチングバンドでサックスを始めて、ずっとそれは続けてらっしゃって。
そうなんです。
楽しいし、このまま。
そんなにあんまり深く考えてなかったんですよ、その頃はね。
そうこうしてて、じゃあちょっとサックスで試してみようと思って。
今から考えるとすごく無謀なんだけど。
いやーなかなかチャレンジャーですね。
ぶっ飛んでると思う。
ご両親はちなみに何か言ったんですか?
両親はね、本当にやりたいことをやらせてくれたら本当にありがたい。
じゃあもうやりたいことやりなさいっていう感じで応援してくれた感じなんですね。
で、気づいたときにはオーディションっていうものを受けなきゃいけないんだっていうのを初めて知って。
21:02
じゃあオーディション受けるな、受けなきゃいけないから、
じゃあレッスン受けようと思って。
それが3ヶ月前だったんですよ、オーディション。
で、本当にオーディションに必要な曲を練習して、それも全部覚えて、アンプして、
で、オーディション行ったら、いくつかって大学は受けたんですけど、ピアノでも受けてサックスでも受けて。
両方受けたんですけど、UCLAの先生、今の恩師なんですけども、が取ってくれて。
そこからですね、そこから一生懸命やったけど。
それまでは全然一生懸命やってなかった。
それまでは本当に、いわゆる部活でやってましたみたいな感じで。
そうなんです、そうなんです。
すごいっすね。
でもそれを拾ってくれた先生はありがとうって言ってくれて、
だからそこがものすごく転換期ですかね、自分のね。
ただ言えることは、アメリカの大学ってそういうことが多少できてしまう。
日本の例えば音大とか芸大とかと思うと、もうこのラインにいないともうアウトみたいな。
もう落とされて、あなた絶対もう音楽なんかでは無理よみたいな。
パンってはねかれちゃうようなイメージなんですけども。
アメリカってすごくそういう、私は本当に音楽が良かったんですけども、
全然そこのラインに達しなくても、これからやれることをどんどん見つけていこうっていうことを大事にしてくれる大学多いなというふうに思いますね。
何か光るものが一つでもあったら引っ張り上げてくれるっていうか、そういう感じなのかな。
そうですね、それはすごく思いますね。
どのレベルでも居場所があるみたいな、そういう感じがしますね。
すごいね、でも何をその先生はこの地下山の中に、どこに光を感じ、光というか輝きを感じたんだろう。
何を思ってくれたんでしょうね。
聞きたいですね、それ。
ちょっと今度は聞いてみますね。
でも見抜いたんでしょうね、この子は才能あるっていうのは。
ありがたいですね。
あまりにもオーディションに行った時に、大体オーディションを受ける前までにいくつか曲はやってるはずなんですよ。
なのに私はピアノの曲とか書いてたんですね。
もう全然やったことないから。
だから君はサックスをやる気があるのかと思って。
舐めてるのかみたいな。
これはダメだったんだと思ってたら。
これはすごいな、でもね。
他の人は多分もっと幼少期からずっとやってるわけですよね。
24:03
どうですかね、でも意外とやりすぎちゃって燃え尽きちゃう人も多いのかもしれない。
その辺も一種の才能ですよね、続けられる才能っていうかね。
続けて集中してできることとかね。
やっぱり自分の色々な環境とか考えてることとかその場面場面で変わっていくじゃないですか。
やりたいと思ってたものとかが。
それの軸がぶれなかったのかなと思いますね。
じゃあそこからもう大学院とずっとサックス一筋。
ぶっ通しで部大学やったので、4年間学部生やって、2年間学士化マスターやって、3年間ドクターやったので、計トータル9年。
すげー。
それはすごいな。
でもそこはもうプロと言ってもプレイヤーと先生とかいろいろなものがありそうですけど、
ちかさんの中では何かあったんですか、イメージというか。
プレイヤーとしてももちろんやっていきたいっていう気持ちもあったし、
ただ何かしら経歴として認められるものとして1個あってもいいかなと思ってたものが学問だったので、
例えばプレイヤーになっても教えるっていうことはするんだろうなってなんとなく頭の中であったので、
教えるってなると最初はどこで教えるの、高校で教えたいの、小学校で教えたいの、いろんな場面があると思うんですけども、プライベートでもいいんですけども、
もし例えば可能性があるなら大学っていう選択肢もあってもいいのかなと思って、
アメリカは今ドクターを持ってないと大体のところはあまり受け入れてくれないんです。
教授としては。
そうですね。もちろん特例はあるんですけども。
持っといて損はないかなと思って。
大学次の行って次の行ってってやってるうちにトントンって次のところに行く道筋ができてきてたので、
できるときにやれるときにやってしまおうと思って。
友人の中では例えばマスター終わってからしばらくプレイヤーとしてちょっとやってとか教えてとかまた大学に戻ってとかいうやり方もあるんですけど、
できるときにやってしまおうと思って。
それであれか、卒業されてもうプレイヤーとして、それってでもなんかどうやって仕事もらうんですか?
27:01
ちょっとなんか素朴な。
ですよね。
自分からあれかオーディションとかに行ったりするのかな。
やっぱりコネクションが多いですね。
やっぱりいろんな人と関わっていかなきゃいけない。
関わることがすごい。人といろいろいろなことやるのが好きなので。
そういうのだったりとかいろんなとこ顔出して人に会ったりとか。
そういう地道なことを大学やってるときから続けたりしながら大学にいるときから演奏したりとかそういうことをしながら。
特にロスにずっといたので。
そういうことをしたりしながら。
LA Philでサックスを吹くことになるっていうのはどういう経緯だったか聞いてもいいですか?
もちろんです。
サックスをハイヤーする人っていうのはもちろんマネージャーとかいろいろいるんですけども。
やっぱりプレイヤーとしてはクラニネットが一番近い楽器なんですね。
サックスフォンとクラニネットが隣に座ってるみたいな感じなんですか?
そうですね。楽器の形態がちょっと似てるっていうところがあるんですけども。
音的に近い?
口の部分が似てるんです。
マウスピースのところが似てるんですけど。
なのでクラニネットの人とちょっとつながることがあって。
もしね、そういうサックスのいるときがあったら入れてもらえればいいなと思ってっていう話をちょっと。
すでにLA Philのメンバーでクラニネットを吹いてる方と。
どこのオーケストラも割とクラニネットの人からサックスはちょっともらったりすることが多いですね。
そんな感じでやってて。
クラニネットは定番な感じなんですか?
クラニネットは必ずオケにはいます。
サックスは必要な時とそうじゃない時もあるしって感じなんですか?
必要ない時がほとんどですね。
なかなか辛いポジションですね。
そうですね。だからその仕事があるかもしれないしないかもしれないしみたいな。
多分アジア人の女性としてサックスでやってるのは多分初めてかな。
入れてもらえたのは初めてかなって思いますね。
なるほど。素晴らしいですね。
ちなみに今次の予定とかってなんかあるんですか?そのLA Philの。
30:04
今はね、ちょっとないんですね。これから夏の時期にLA Philはハリウッドボールっていう野外のコンサートに切り替わるんですけども。
なんかね、極目見てたらそんなにないな。出番ないなって思ったり。
そこでわかるわけだね。
なんとなくね。
またね、ジャズっぽい曲やるサックスの人とまた違うんです。
何人かいるので。
そういう仲をね、取り争ってるわけじゃないけど。
オーケストラ以外にも、先週も話したけどDUOだったり、いろんなところで活動していらっしゃるってことで。
そうですね。日本にもいたので、日本でも山口美希子さんっていうピアノの人と演奏させてもらって。
ビデオももちろんYouTubeに載せてるんですけども。
日本に帰った時はまた活動の場を広げていきたいなと思ったりもしてます。
いやなんか本当サックスって色っぽいっすよね。
かっこいいでしょ。
色っぽいっすね。何て言うんだろうね。
ミステリアス、ミステリアスでもないな。幻想的なというか。
ピアノとDUO、そしてギターとDUOっていうのは絡まれ合ってる感じの。
ビジュアル的に見えます?
綺麗な音しますよ。
ジャズのイメージが強い方はクラシックのサックスを聴くとそういう音するんだって思ったんじゃないかなって。
それをそう思ったんですよ。ジャズのフワーっていう感じじゃなくて。
木管楽器だなみたいな。
優しく絡まり合ってる感が。
動画をみんな見てもらえたらこういうことねってわかると思う。
初めて聞きました。絡まり合ってる。
でも絡まり合ってる感ないですか?ピアノともしくはギターと。
そうでもないんですね。
まあそうですね。室内楽になるとそうですね。
やっぱりお互いの音とかお互いのやってることを聞きながら演奏してる。絡まり合ってるから。
それが醍醐味ですよね。ライブの。
そうですね。そこを聞いていただきたいですね。
じゃあちょっとね、今からね、そこら辺を深掘りしていきたいんですけど。
33:04
仕事というか。
はいはいはい。掘ってください。
じゃあ今から3部に行きますか。
あれですね、もうドイツ、アメリカ、日本、もうだいぶグローバルなんですね。
ね、ドイツに行ってみたいな。
そこ。
そっか、ドイツのインターナショナルだから、本当に世界各国の方々がいらっしゃるっていう、普通の海外じゃない、なんだろうな。
本当のグローバルグローバルのインターナショナルスクールですよね。
確かにね、ヨーロッパ中からも来るだろうし、アメリカ、アジアもね。
面白いな。
そこででも英語と日本語で生活してらっしゃったってことでね。
ドイツ語はそんなに喋ってはいなかったみたいですけど。
ね。
でもね、ちゃんと保守校に行って日本語も完璧に喋れます。
すごい綺麗な日本語喋れますもんね。
しかしさ、先月のヨーコさんもそうだったけどさ、ヨガの。
元気で前向きってな印象がとてもします。
間違いない。
やっぱりエネルギーあるんだよな。
そうなのよ。
皆さん。
しかもヨーの方がね。
そうね。
そうなのよ。
すごいよね、なんかそういうの。
フックスは見た目で選んだって言ってたけどさ。
そんなことあるんだ。
それでさ、それで大学に入れちゃうんだよ。
部活で4年やったってことで言ったら。
すごい才能があったんだ。
俺なんか小学校から高校までやってたのに。
なんていうこの才能の差がね。
すごいなあ。
あってたのかなあ。
もちろん才能があるっていうのはあるけれども。
36:00
まあね、その時の先生が引き上げてくれたというか、
拾ってくれたっていうふうには言ってましたけど。
まあでも才能がないとね、こんなの拾わないですよね。
それでそれでLAフィルファーモニーでしょ。
そうだよ。
すごすぎる。
いやでもその一言さ、アメリカは
どのレベルでも居場所があるっていうふうに言ってたんですけど。
確かにそれはアメリカの良さというか、
アメリカだけじゃないかもしれないけど。
なんかそういう感覚はあるよね。
めちゃくちゃわかりますね。
誰もないが白にされないとか、誰でも主張すればいいし。
そうね、そうね。
日本はある意味洗練、すごい洗練されてるから。
高みを目指すっていう意味ではものすごく完璧主義でいいのかもしれないけれども、
やっぱりね、みんな目指してるレベルが一緒で、
そこに対しての出来る出来ないがあったりしてね。
なんか私なんかこんなとこに行っちゃいけないんじゃないかみたいなさ、
こと思っちゃったりするもんね。
そういうのが、そういう言葉がいいなと思ったら、
どういうレベルでも、どういう人種でもとかって言い換えてもいいと思うけどさ、
居場所があるし、
もうね、デカいっていうかね。
すごいなぁ。
アジア人女性の初の
サックス奏者ね。
ただチカさんも言ってたけど、
サックスの出番がある楽曲がそんなにないという。
確かにね。
昔からね、最初に出来た頃はサックスというものはまだ出来てなかったから。
サックスに関していろんな種類があるとか、そういう深掘りの話はね、来週またするんですけど。
全然知らなかった。確かにオーケストラでイメージないですもんね。
そうなのよね。だからそういうので。
ただその分、今まで他の楽器をサックスに書き換えるっていう楽しさもあるみたいなこともおっしゃってましたけど。
はいはいはい。
俺なんかさ、思い出したけど、俺昔電子サックスっていうの持っててさ。
なにそれ。
電池を入れてふーって吹いたら音が鳴る。
ピアノで言ったらエレクトーンみたいなやつ?
うんうんうん。
昔あれ、誰だっけ?筋肉もりもりのサックス吹いてた。
メタ池に出てた人?
あ、それ。
竹田さん?
竹田真嗣。竹田真嗣?
39:01
かな?なんか。
間違えてるような気もするが。竹田真嗣。竹田さん。
その彼がかっこいいと思ってサックスを吹いてやろうと思って買ってもらったんだけど。
何か買ったのかな?お年玉かな?わかんないけど。
全然つまんなくてさ、速攻やめたっていうね。
あーすげー。
やっぱギターの方がかっこいいな。
ああいうイメージがある。確かに確かに。
やっぱセクシーなイメージある。
あるあるある。
セクシーだよね、サックスね。
いやー特に女性が吹いてるとすごいなんか、ほんとみつさんがミステリアスって言ってたけどその言葉が本当に合う感じ。
それはちょっと生で見るとまた違うんだろうなー。
このデュオを生で見たいわと思ったわ。
ピアノとサックスだけのやつとかね。
確かに。
ちょっとまたいつかチャンスがあったら近田さんを見に行きたいと思いますけど。
そうですね。
はい。
えーと、では次回はどんなお話でしょうか。
えーということでですね、サックスにはね、いっぱい種類があるとかね、
あとそのマウスピースの話とか、
あとその仕事の掘り下げですね。
プレイヤーとして、そして指導者としての喜びとかね。
なるほどなるほど。
仕事哲学って何ですか?モチベーションって何ですか?的な質問をしております。
楽しみにしております。
はい。
リアルアメリカ情報。
よっ。
このコーナーでは最新のビジネス生活情報をアメリカロサンゼルスよりお届けしてまいります。
先週に引き続きですかね。
そうです。あの結婚式、リアルアメリカ結婚式事情って感じですね。
この回からもしかして聞いてる人がいたらあれですけど、先週さおりちゃんが結婚しましたっていう発表がありまして、
それにまつわる。
そうです、結婚しました。
お話ですね。
そうなんでございます。
そう、それで先週はね、どんなチャペルをラスベガスで選んだかみたいな話をしましたけれども、
そう、あの、みつさんから質問があった、えっとね、ドレス。
あ、はい。
そうそう、ドレスは、私これもあんまり知らなかったんですけど、
日本って貸しドレスっていうのが主らしくて、
あ、そうなの。
42:01
なんでして、日本は借りるんですって、ドレスを。
っていうのがメインなんだけど、アメリカの場合、ロサンゼルスの情報しかあんまり知らないけど、
基本的にみんな買うんですよ。
あー、なるほど。
そう、それでその友達とか、ウェディングあげてる友達に話を聞いたら、
私もこれで買ったとか、ここで買ったみたいなそんな話をしてて、
で、アメリカの場合は結構その、ウェディングパーティーだ、
ウェディングパーティーというか結婚式以外にもその後みんなでパーティーをやったりとかする機会があるから、
そういう時にもまあ2、3回使えるように買ったりとかする人も多いんですって。
なるほど。
そうそう。で、ロサンゼルスにもその貸しドレス衣装屋さん、
まあ貸しドレス屋さんってあるのかなって調べたんだけど、
ほとんどなくてですね、
やっぱり貸し衣装の文化があまりないのかしらって思ってたんですね。
まあ多分すごい調べればあるんだけど基本的にはないと。
なるほど。
ただここやっぱりラスベガス。
うん。
世界各国からいろんな方がやってきてそこでウェディングをあげるので、
ドレス屋さんがいっぱいあるわけですよ。
まあね、カジノで大旗にしてもう勢いで結婚するみたいになっちゃった時のために。
そうなのよ。
ドレスも用意されていると。
そう。だからウォークイン、
急に予約しないでコンコンってドレス貸してくださいっていうのもオッケー。
本当にもう今日決めて、今日結婚式できるってやつだね。
今からしちゃうぞーって言って借りれるわけですよ。
はいはいはい。
そういうところがあって、
彼の方のタキシードと私のウェディングドレスというのを両方借りようということで、
いろいろ調べて、予約を取って先に100ドルぐらいのデポジトかな、払ったんですけど、
どういう仕組みかっていうと、
2日間貸してくれますと。
で、だいたいみんな式の前日に取りに来て、
その式の日とか2日間貸してくれるから、その式の次の日とかに返しに行くって感じなんですけど、
日本みたいに前々から試着をして、このドレスにするとかっていうのはできない。
なので、行ったその場で、あるものの中から運命のドレスが選ばれるって感じ。
そこで一応試着をして選べるのは選べるんだ。
うん、選べます。
でもそこにあるやつの中からしか選べないってことね。
そんな時にあるものの中から。
でもだいたい100着ぐらいもあって、すごい大量のドレスがあって、
45:04
もうその場でもパッパッパ、はい、どんな感じのドレスがいい?とか言われて、
私後ろが長いのがいいなとか、OK、これとこれとこれとこれ着て、みたいな感じで、
チャッチャッチャって着て、私ももうこれがいいっていうのがあったんで、
これにするって言ったらその場でもパッパッパって縫うというか、仮留めしてくれて、
なんか調節するってこと?
そうそうそう。このウェディングドレスって後ろ胴体の部分はキュッキュッキュッって縛り上げるから、
基本的にどんなサイズの下でも合うんですけど、長さはやっぱり変えなきゃいけないから、
ああ、なるほどね。
そうそう。その当日に履く高さのヒールを履いた状態でパパパパパって仮留めをしてくれて、
で、その後も1時間ぐらいでピョピョピョって縫ってくれるんですよ。
へえ、そこも早技なんだね。
そこも早い。で、1時間ぐらいではいどうぞって言ってもドレスができて、
彼の方のタキシードも靴まで全部揃えてくれると。
ああ、もう手ぶらでいけるんだ、まじで。
まじで手ぶらで。
まじでドライブスルーだね。
まじでドライブスルー。
で、それもやっぱすごい値段もお手頃で、タキシードとドレスのセットで2本円で8万円ぐらい。
なるほどね。
いやあ、まじでそんなん聞いてたらノリで結婚したくなるわな。
楽しくないですか?なんかイエーイって感じでしょ。
楽しそうだよね。
そうそうそう。
まあ割とそうだな。気軽にいっちゃうんだろうな。
気軽にね。
っていう人もいるんだろうな。
そうそうそう。
私今回すぐやるって言って、母親だけ仕事のタイミングがあったから母親だけ来れて、
父親は日本でテレビで見てたんですけど、だから母親も一緒にドレス選びに行けたし、
ああ、そっかそっか。
そう、彼の方のお母さんとか、あとめいこちゃんとかも来てくれたから一緒にドレス選んで、
これがいい、あれがいいとか言ってみんなで選べたから。
そっか、よかったね、でも気に入るやつがあってね。
そうそうそう、ありましたありました。
あれでも、ヘアとかは自分でやったの?
あ、そうだそうだ。
ヘアメイクもやっぱりそういうヘアメイクの人たちがラスベガスいっぱいいるし、
結婚式だけじゃなくてパーティーをやる人がいるから、
それも自分で見つけて、
この日行ってて連絡取って、
で、ホテルの部屋に来てくれて。
ああ、なるほどね。
やってもらいました。
ほんとにじゃあ、ほんとにTシャツ短パンでいけるな。
いやもうね、完璧だし、やっぱみんな慣れてるから、
もう数こなしていこうみたいな感じですごいね、テキパキしてるんですよ。
そう、なんかアメリカらしからぬ。
そう、びっくりしちゃった。
48:03
ちゃんと連絡も返ってくるし、間違わないし、
的確だし、素晴らしい。
まあね、一応一応ってのもあれだけどね、大事なイベントですからね、人生において。
一回、普通はまあ一回しかない?
うん、そうですね。
大抵の場合はね。
まあね、何回もやる人もいるけどね。
まあ何回もやる人もいますけどね。
そこでね、ヘマしたり、イライラさせたりするのはちょっとね、やめてほしいからね、マジで。
ただやっぱアメリカ信用できないから、
もう全部、何か来なかったとか予約ができてなかったという時のためにバックアップはね、全部取っておいた。
ああそうなんだ、さすが。
はい、調べて、もう信用できないですからね。
そこはね、余計な手間がかかるっちゃかかるよね。
本当にそうそう。
通常の大きなウェディングの場合は、式場に行って、式場で準備をしてっていう感じなんですけど、
お着替えとかね、メイクアップとか。
ただこのベガスウェディングの場合は、自分のホテルの部屋で全部用意をして、
完璧な状態でリムジンを迎えに来るのをホテルで待っててくださいね、みたいな。
いいねー、リムジン待って。
やっぱね、何人かウェディングの人を見かけまして、
一人の人はカジノの真ん中をウェディングドレスで歩き回って、それをビデオに撮るみたいな。
ああ、なんか映画みたいだね。
そうそうそうそう。
じゃあ写真もあれなんだね、周りとかで撮ってくれたんだ。
そう、式をあげて、その式の後に周りをうろうろして、いろんなポージングとか。
で、たまたま消防車が通って、消防車と一緒に撮るとか。
謎な。
楽しそう。
やっぱアメリカだからみんななんか、コングラチュレーションとか言ってくれて。
みんな喜んでくれるのは嬉しいよね、ああいうのはね。
そうそうそう、それがすごく楽しかったです。
そうですかー。
そうなんです。
で、ちなみにもう一個情報を言うと、ウェディングの前に指輪も買いに行ったんですよね。
うん、それはLAで。
それはLAなんですけど、もう私たちちゃっちゃで染ませたかったから、さっ今日買いに行こうみたいな感じで買いに行って。
で、ロサンゼルスのダウンタウンにジュエリーディストリートっていうのがあるんですね。
はいはいはい。
私行ったことなかったんですけど、トンヤガイっていうのかな。
51:03
あとデザイナーさんいますよね、ジュエリーデザイナー、アーティスト。
いましたいました。
そこら辺のオフィスがいっぱいあってね。
そうそうそうそう、本当に何百ぐらいあるのかな、ちっちゃいお店が。
トンヤガさんとしてもみんな宝石を売ってる人たちがいるその一帯みたいなのがあって、砂場のジュエリー盤みたいな感じで。
ビル全体がってことだね。
そうそうそうそう、いっぱい始めて行ったんですけど、そこで選んで、こんなのがいい、あんなのがいいっててててって買ってって感じでした。
え、でもその場でゲットしたってこと?サイズとか合わせてもらったり、あ、もう合ってるやつってこと?
サイズもその場で変えてくれて。
あ、そうなんだね。へぇー。
やっぱその、トーンヤガイだからそのサイズ直す人もすぐそこにいて。
うーん。
じゃあ1時間後に戻ってきてねとか言われたらサイズとか。
なるほど。
あと、この石をこっちに移してほしいっていう依頼をしたんですよ。
はぁ。
この枠がいいからこっちに移して。
そういうのも1時間でやってくれましたよ。
すごいね。
うんうん。
ほんと、なんか早技ばっかりだね。
そうそうそうそう。
こないだの一越しと違って。
そうなのよ。
いろいろスムーズにいくんだね、こういう時は。
そうね、確かにね。
そうそうそう。
デパートとかだとね、もうちょっとブランドものがあったりとか。
いやーね、また取りに来こないといけないとかあるもんね。
そうそうそう、やっぱり素敵なもので箱がちゃんとついてて、ちゃんとした証明書があとがあるけれども、
そういうのは取っ払っていいよっていう人がこういうヤガイとか行くと。
なるほどねー、それはなかなかいい情報ですね。
うん、ウィングリングだけじゃなくていろんなジュエリー売ってるので。
最速だもん、今日行って今日ゲットして、
明日ベガス行って明日結婚してやる。
ベガス結婚してやる。
母ちゃんも来て、来月ベガスで結婚してきてやる。
でも、わりとね、外国人はそういうのも必要だもんね、スピードもね。
だから時があるよね。
そうそう、あんまり予定組めない人も多いしね。
そうそうそう。
そうなの、そうなの。
なかなか有益ですな、な情報ですな。
ただ結婚する人がどれくらいいるのかっていう。
アメリカで。
今日最後の情報として、これは次回にとっとこうかな。
もう時間が結構してますからね。
そうですか、次回はちなみにどんなお話なんだろうか。
次回は当日の流れと、ハプニング週でございます。
54:01
ハプニング週、楽しみにしております。
以上、リアルアメリカ情報でした。
はい。
締めのコーナーです。質問。
質問、さおちゃんは結婚したばっかりっていうのも、
のタイミングでどうかと思うんですけど、
AIと恋愛できると思いますか?
AIと恋愛はできないと思います。
それは。
なんですかね。
自分の思い通りに行き過ぎちゃうのかなって思うけど、
それも汲み取ってくれるのか。
ちょっとこのマンネリ化してきたなっていう時に、
ポコンと刺激のある発言をしてくれたりとか、よくわかんないけど。
確かにね。そうそうそうそう。
えー、なんでみつさん。
ハーっていう映画があるのね。
シーハーハーのハー。
彼女は、ちょっと5,6年前の映画だけど、
5年前じゃねえか。
まあ、AIと恋愛するって、
AIの人を彼女が好きになっちゃうってやつなんだけど、
はいはいはいはい。
それもあったし、
だんだんやっぱり人間的な、
どんどんどんどんデータが増えてきてさ、
今のマッチングアプリとか見ててもさ、
見ててもっていうか、見たことないんだけど。
話を聞いてる限り、
そこでやっぱり、
写真とテキストだけで、
行為を抱いたりさ、
遠距離の人とかもいるじゃん。
いきなり遠距離の人とかいるじゃん。
そうですね。
ズームだけでしか話したことない。
そういうのを聞いてると、
AIか本物かわかんねえぞって言われてもさ、
となったらなんか、あり得るんかなーみたいな。
確かに、本当にそうかもしれないですね。
でね、CSでさおりちゃんも行ってきて、
アンドロイド、人間みたいなロボットとかもさ、
最近すごい発達してきててさ、
57:04
だから、
いやーこれ生きてる間に、
AIと恋に落ちたりすんのかなーって、
ふと思ったとき。
いやー、でも、
一生傷つかないとかはできるわけですよね。
AIと恋に落ちればね。
とかね、本当にだから自分の好きな、
人格になっていくんだろうしさ、
理想のそれこそ。
話してそれでいいのかですよね。
まあいいのかどうかよくわからんですけど。
恋に落ちるとか全然できそうだって、
あの、あ、携帯の、あ、ゲーム?
とかでもあるじゃないですか。
そのゲームの中の主人公が、
自分の好きなようにいつも言ってくれて、
なんかメールとかしてくれて。
それでもう会いたくなっちゃうんだよね。
そう、一緒か。
そしたら普通にあの、
アニメの主人公に恋をするのと一緒か?
って感じですね。
そうだけどね。
でももっと、
いやそのハーっていう映画はね、
もうイヤホンで喋るんだけど、
そのAIが。
ずっといつも、
今さおちゃんもエアポッド突っ込んでるけど、
そういう状態でずっと会話してるのね、
喋りながら。
歩きながらとか仕事しながらとか。
へえ。
それもなんかね、
面白いなあという、
面白い未来だなあって思った。
間違いなくそういう方向に進む人はいますよね。
ね。
なんか問い止めのない話になりましたけど。
というのがですね、
まあいいか。
これまたちょっと次の話にしようかな。
そうしますか。
そんな感じにしときます。
ではでは、
今回お届けしましたインタビューの内容と、
リアルアメリカ情報のインフォメーションは、
ブログに掲載しております。
podcast.086.com、
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はい。
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そしてパトロンさんからのご支援も引き続きお願いします。
詳細はウェブサイトを見てください。
はい。
ということで、
今週も聞いてくださってありがとうございました。
ありがとうございます。
またお会いしましょう。
01:00:01

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