そのライブ会場、いろんなライブ会場があると思うんですけど、
お客さんによっても、その場所によっても音の響き方とか、
相手のもちろんお客さんの反応って違うじゃないですか。
その反応がどのように変わるのか、
お客さんの反応って違うじゃないですか。
その反応によって、瞬時にこうしようっていうアプローチを変えるとかっていうのはあることなんですか?
曲順を変えることはよくありますね。
今日はこの曲順じゃないなって。
最初はもちろんすごく考えてライブに臨むんだけど、
やっぱりお客さんとやり取りがあるので、
そこで曲順を急遽変えることはよくあるんですよね。
曲順を変えるんですね。
去年2022年の8月に、
私が前やってた愛知期タイムのソングレゾネーターっていう番組に
特別公開収録ということで、
尾山さんにライブやっていただいたじゃないですか。
あの時に最初に決められてたセットリストの1曲目が変わったんですよ、瞬間。
違う曲で始まったんですよ。
あれはお客さんを見てパッと変えたんですか、その場で。
確かそうだったと思います。
それは確かパラダスアレからビネツヤに変えたと思うんですよ。
それってお客さんの何を見てその曲に変えたのかと思って。
感覚ですかね。
感覚に近いですけどね。
なんか違うなと思ったんですよね、きっと。
感覚として違うなと思ってビネツヤにした。
そっちの方が伝わる気がしたんですよね。
なんかそんな気がします。
そういうことってよくあるんですか。
あの時はもちろんお山さんの長年のファンの方もたくさんいらっしゃいましたけど、
初めてお山さんの曲を聴くっていう人たちも多かったじゃないですか。
だからこそ変えたんでしょうね、きっと。
きっとそうなんでしょうね。
なんとなくそうなのかなと思ったんですけど。
ライブもコロナが落ち着いて少しずつみんな声を出せるようになってきたと思うんですけど、
やっぱり一緒に歌うとか声を出してもらうっていうお客さんのアプローチがあるのとないのでは全然違いますよね。
全く違うものになりますね。
ですよね。
コロナで無観客ライブとかやったりお客さんがマスクをして声も出せず一緒に歌うこともできないときって本当に辛かったですよ。
盛り上がり絶対違いますもんね、どう考えても。
今どうなのかちょっとわからないんですけどホールライブあんまり行ってないので最近わからないんですが、
35年前にお山さんのライブに行ったときってホールライブで、
そのとき満席だったのに一番前の席だったことがあったんですよ、なぜか。
名古屋で。
あれ確か一番前だったと思う。
あの頃って結構勢いよくみんな最後の方になってステージの方にみんな集まってくるみたいな時代だった。
もみくちゃになるみたいな感じだった。
私ステージの上でお山さんがアスピリーンとか言ってるのを一緒にやってた人間なんですけど。
あの熱量ってすごいじゃないですか、お客さんの。
すごかったですね、熱かったですね。
きっと熱いお客さんいっぱいいましたよね、今までも。
そうですね。
それによってこっちの熱量はかなり上がりますよね、きっと。
そうですね、相互作用っていうか、そっちが相互だからこっちも行くぜって。
行ってまえみたいな感じになりますよね、やっぱり。
なりますよね、きっと。
それがまた向こうがすごい盛り上がるとお客さんも盛り上がるみたいな。
そうそう、そんな感じです。
反応しあいますよね、絶対。
ライブの面白さってそういうところにあるんですか?
どういうところにありますか?
それはもうまず第一になりますね。
あとって、ずっとライブをやり続けたいって思ってる理由ってどこにあります?
やっぱりね、ライブで伝わらない曲は伝わらないってのがあるんですよね。
最初からそう思ってて。
一番よく思うのは、新曲ができたら俺必ずライブでやるんですよ、まず。
レコーディングする前に。
ライブで歌わずにレコーディングしたことは一回もないんですよ。
つまり、ライブで歌うことでようやく初めて曲が息吹を始めるような気がしてて。
だから必ずライブで歌って、何度も歌ううちに曲が少しずつ変化するんですね。
言葉も変わったり、メロディが変わったり。
少しずつ変わるんですよね。
それはお客さんの反応によってそれが変わっていくって感じなんですか?
お客さんの反応もそうだし、ステージからお客さんに向けて歌ってお客さんから何かが戻ってくるんですね。
そのやりとりの、目に見えない空気のやりとりの中で曲が完成していくっていうのかな。
そういうのが必ずありますね。
必ず経てからレコーディングに入りますね。
そういう歌手の方ってそんな多くないイメージがあるんですけど。
そうでしょうね。みんなどうしてるのかよく知らないけど。
知らない?知らないんだ。
どうだろうね。他の人はどんどん知ってるんでしょうね。
でも大山さんはそれも必ず昔からそれをやってきてるんじゃないですかね。
絶対そうでしょうね。
その方が自分の中でいいものができるっていうのがもう分かってるってことですよね。
そうなんですね。
さっきのデビューまで、半年間の間、曲作りと並行しながら
同じ事務所だったアルシサクセションとか
あとシーン&ロケッツのローディーをやられたってことで。
ローディーっていうのは音楽協会のツアーパッドはないと思うんですけど
聴いてる方は分かんないのに。
例えばどういったことをやってるかっていうと。
ステージやる時の楽器のセッティングだったり
地方のツアーだったら車に乗って楽器運んだり
行く先々で楽器をセッティングして
ライブの時はステージの袖で見守って
トラブルがあったら解決しにステージに飛んでったりとか
ライブが終わったらまたそれを片して
トラックに背に込んで次の街に行くみたいな
ツアーだったらそうだし、東京だといろんな場所に行って
ホールに行って楽器を組んだり壊したりっていうことをやるのがローディーですね。
それも半年間やるんですかね。
半年くらいやりますね。
アルフィスアクセーションの清代さんって
ずっと同じ事務所だって先輩ってことだと思うんですけど
イメージがつかないのにどんな方なのかなと思って
その人は謎の人ですね。
そのままの感じですか?
謎ですね。普段はものすごい静かな人ですよね。
静かなんです?
ステージなんて表現しますからね。
そういう人多いですよ。
俺はそうでもないです。
俺はそうでもない?
そうかな?
どうなんだろう?わかんないですけど。
表現までしない?
表現はしないけどステージに映ったりに上がると性格が変わりますね。
そうですよね。シャイなイメージがあるんですよ私。
確かにステージ上でシャイでいられないんですよね。考えてみたら。
歌うわけだから。
謎の人っていうので一言で終わっちゃうんですね。
謎の人です。あんまり話しかけにくい。
雰囲気なんですか?
SEED & ROCKETSの有川さんはなくなってしまいましたけど。
有川さんはとてもフレンドリーな方でしたね。
デビューした後何度か一緒のイベントとかやらせてもらったんだけど
すごくフレンドリーに通じてくれてとても嬉しかったですね。
あの方も九州の方ですよね?
福岡です。
そのままですもんね。ずっと。
高田弁のままでしたよね最後まで。
そうでしたね最後まで。
え、そういう時って
別に聞きたくない質問かもしれないけどみんな
そういう時って小山さんって熊本弁になるんですか?
ならないですよ。
九州の方だと同じようなイントネーションになっちゃうのかなと思ったんですけど。
意外と違うんですよ。
違いますよね。博多と熊本と。
全然違いますね。
鹿児島は全く違うじゃないですか。
熊本弁出ます?今。
あんまり出ないですね。
東京の方が。
もうさすがに出ないですね。
だから熊本で帰るとたまにちょっとおかしなイントネーションになっちゃうことがたまにありますけどね。
つられてって感じでね。
そのみんなの会話にね。
熊本市内なんですか?
熊本市内なんですね。私あの水前寺公園とか好きなんですよ。
え、熊本って5兄弟って?
上に2人います。
お姉さんとお兄さん?
そう、3人兄弟の末っ子です。
末っ子な感じします?自分で。
どうでしょう。よくわかんないな自分で。
一見お兄さんぽく見られるかもしれないじゃないですか。
どうでしょう。自分にはわかんないな。
自分にはわかんないですよね。確かに。
お父さんって高校の先生だってブログかなんかに書いてましたよね。
そうですね。高校の教師やってて。
昔昔役者の卵みたいなことやってたみたいなことをちらって言ってたことがあって。
高校演劇の脚本を書いてその芝居の演出をしたりとかしたんですよ。
そういうところは多分僕は影響を受けたんだと思いますよ。
そういう創作活動っていうところでね。そういった地位を築いてるんじゃないかってことですよね。
厳しい方でした?
厳しかったですよ。大正末期の前だったんでね。
大正末期?
厳しかったですよ。
それはお兄さん、お姉さん、小山さん、みんなに厳しい方でした?
みんなに厳しかったです。
そういうことですね。九州男児ね。小さくて言うことでもないですけど。九州男児ですもんね。
一応ね。
九州男児ってすごい強いイメージがあって、強いイメージがあるじゃないですか。
あれないんですか?九州男児っていう。
九州男児と言ってもいろいろありますからね。いろんな人いますからね。
でも結構キーマンはやっぱり女の人な気がするんですけど私。
確かにね。
なんやかんや言って女の人が厳しいっていう気がするんですけど。
それは当たってますね。
ですよね。うちもだから親がどっちも九州なので、その感じを見てると結局お母さんが強いんじゃないかなとか思うんですけど。
お母さんはどんな方だったんですか?
やっぱり気の強い人でしたね。本当に気の強い人でしたね。
本当に気の強い人でしたね。
それしか出てこなかった今。言葉が。お父さん厳格な人、お母さん気の強い人。
厳しい人でしたね。
どっちも厳しい方だったんですか。
大山少年はどんな感じで育ったんですか?三人兄弟の末っ子で。
僕はどっちかというと引きこもりタイプでしたよ。
自分で絵描いたりとかする感じですか?
工作しちゃったりとかしてたりとかね。一人でちまちましてることが多かったですよ。
ご兄弟とはちょっと年離れてるんですか?
そんなに離れてないですよ。二つ三つずつ。
一緒に遊ぶってことはあんまりなかったんですか?
多分ね、僕だけちょっと軽弱体質なところがあったんで。
あんまりそんな記憶は二人に比べればないかもしれないですね。
一人遊び多かったってことですか?
友達とかと外で遊ぶっていうよりはそっちが多かったんですか?
多かったように記憶してますね。
外で関係理したりとかそういうのイメージがなかったんですね。
あんまりないですね。
家の中で工作したりって言って日常的にそういうことされてたんですか?
そういうことされてたんです。
あと本読んだりとかね。あんまりアウトドアな少年ではなかったですね。
やっぱりその時から創作活動好きなんですね。
なんかちまちま作ってましたね。
何か作り出すの好きなんですね。
そうかもしれないですね。
今って曲以外に何か作り出すものって何かやってますか?
今は何もできないです。今はもう何にも作れないです。
曲は作れますもんね。
曲作れればもういいじゃないですか。
一つできれば人生の中で。十分でしょ?
そうですね。今の大山さんの曲でばあちゃんごめんねってあるじゃないですか。