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2026-03-03 19:09

人生に飽きたとき


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おはようございます、ゆみです。
今日は、ちょっとメイクをしながら話します。
ちょっと焦りながらですけど、
ちょっとね、この後、生体に行くんですけど、
あの、いつも体を整えてくれてる先生がいて、
その先生のところに行く前日のその中。
話していこうかなと思います。
まあなんかいろいろ、なんだろう、考えてる切り口はあるので、
ちょっとまあ喋りながら考えるんですけど、
えっと、まあ重く、そうだな、でも、どうかな。
なんかまあ生きる意味みたいな話をちょっとじゃあしようかな。
急にヘビーみたいな感じだけど、
日々さ、なんか楽しくないみたいな話とか、
飽きたみたいな話があるよね、みたいなところがあると思ってて。
私の経験があることとしては、今をなんだろうな、
結構生きることに飽きたみたいなことって全然あるなと思って、
生きることに飽きたっていうよりは、
なんかまあまあ、そうだな、今やってることに飽きたみたいなこととかあると思うんですよね。
なんか人生に飽きてしまったみたいな。
なんか今までやってること、今やってることがこれまでと同じパターンの繰り返しで、
まあ一定なんか想像ができてしまうから、
もう新しい体験ないんですよね、みたいな話があるというか、
で、なんかそういうのも予測できるから、
新しいこともなんかあんまり挑戦する気がなくなってしまうとか、
まあどうせこうなるだろうな、みたいなのがイメージできちゃうみたいなこととか、
でもこう、なんだろうな、新しい、そうそう、なんだろうな、だから、
飽きたって言ってる割には、
なんか新しいこと何もやってないよね、みたいなパターンの状況に陥ることって全然ある気がするんですよね。
なんか、それってなんでかなって思った時に、
まあ私の場合はですよ、結構だから、
うーん、なんかやっぱり今やってることに本当は執着があるんだよね。
あったんだよね、私の場合は。
なんか飽きたって言ってる割には、
なんかまだやりきれてないことがあるとか、
なんか、うーん、
こう、ただただシンプルに疲れてるとかもあるよね。
03:04
寝たら、もうちょっとちょっと、なんだろうな、
シンプルに1週間か2週間めっちゃ休んだ方がいいんじゃない?みたいな時って全然ある。
1週間、まあ1ヶ月とかでもいいけど、
休んだ、休んでからなんか考えると割と冷静になれるみたいなこととかもあると思うんですけど、
うん、まあ、
ね、なんか新しいことを結局やってないってことは疲れてるんだ、
それをする気力がないっていうのは疲れてるんだと思うっていうのもある、
かなーって思ったりもします。
で、まあ、なんだろうな、なんか、
生きることってどんな意味があるのかっていう話になると、
なんか、こうすごく哲学的になるけど、
なんか、うーん、意味はないよね、みたいなことを私も思ったりするわけですよ。
なんか、意味を求めようとしすぎるとなんか辛いよね、みたいな感じかな、
わかんないけど、なんか意味って持った方がいいのかな、わかんないけどさ、
私は持つ、なんか、すごいことを成し遂げるとか、
なんか、あんまりこう、そうだね、昔はそうだったかな、
昔は、こう、すごい、なんだろうな、小説家になりたいとか思ってたし、
こう、なんだろう、海外で活躍するすごい人になりたいなとか思ってたし、
なんか、こう、でも、今を感じ、こうなんだろうな、
現実にこうやっぱり大人になって落とし込んだ時に、
やっぱり私そんなに小説の才能はないな、みたいなこととか、
あと、こう、海外に行くっていう、
そもそも私そんなに海外好きじゃないわ、みたいなことも、
なんか、こう、人生の中で気づいていくわけじゃないですか。
あの、気づいてきたんですよ、私は。
そうなってくると、あの、昔思い描いていたこととか、
こう、なんか、人生の目標みたいなものって、
そんなにこう、自分にとっては欲しいものじゃなかった、みたいなことに気づいたり、
えっと、なんか、このままこう、じゃあ、その欲しいものじゃなかったって気づいた後に、
どう生きていけばいいんだろうか、みたいなことをやっぱり考えるわけなんですよね。
なんか、そう思うと、なんだろうか、
ちょっとさ、こう、絶望感がこう、襲われる感じ?
なんか、共感みたいなのが、たまにあるなって私は思ったりするわけなんですね。
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なんか、こう、どうしようかな、これから先、みたいなこととか思う、
シンプルに思う時もある、というか、
特にこう、1年、2年くらい前かな、は一番それを考えてて、
うん、なんか、独立する前ですね。
やっぱり特に独立する前もそう、
あとなんか、一定目標を叶えてしまった後とかも、
特に私、そうなりやすいんですよ。
こう、コーチになった後とかも、すごくそうな感じになったんですよ。
なんか、
なんだろうな、
10年くらい、やっぱり私は、こう、コーチングという仕事が、
なんか、やりたいけどやれないみたいな感じの状況、
やりたいというか、
対人支援という仕事をやりたいってずっと思ってたけど、
なんとなく諦めてしまってて、
でも、それを成し遂げたみたいな瞬間、
っていうところでいくと、
1回やっぱり自分で叶えたいと思ってたことを叶えてしまった時とか、
この人と働きたいな、とかいう目標もあったんですよ。
前職とかの代表と、私は割と人生の中で働いてみたいな、憧れみたいなのがあって、
それを結構成し遂げてしまった後、
コーチになって、一緒に働きたいと思ってた人と働けて、
もうめっちゃ私の目標を成し遂げちゃったじゃん、みたいな感じになった時に、
次どこへ行けばいいだろう、みたいな、
この先を考えてなかったな、みたいなこととかを感じた時があったんですよね。
結構、人生って割とそういうことがあるんじゃないかなというか、
もともとそもそもありませんよ、みたいな話もあると思うんですけど、
そもそも何かやりたいことないです、っていう話もあるかもしれないんですけど、
今はどっちかっていうと、一回成し遂げちゃった、飽きちゃった、みたいな話とかをちょっとしてるわけですけど、
私が思う、生きるということですけど、
なんか最終的には意味はないんだけど、なんか暇つぶしではあるなってやっぱり思ってて、
なんかさ、セミとか、
セミとかさ、一週間ぐらいの命なわけじゃないですか、
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彼らはもう明確で生存、何だろうな、死を残すっていうことが本当にいいの、
生きる目的で一週間生きるわけじゃないですか、
7年間ぐらいだけ土の中を潜って、
でもそれに比べて人間というのはすごい面白いなって私は思うわけですけど、
お腹にいるのは10ヶ月となんだっけ、私あまり分かってないんだけど、10ヶ月ぐらいだと思うんだけど、
でも生きるのは80年100年生きるわけですよ、今は。
こわっ。
そう思うとさ、
生きる目的なんかありすぎて困るよね、みたいな感じですよね。
何やってもいいじゃんってなる感じはしますよね。
子供を産んでもいいし、産まなくてもいいし、
そんぐらい時間を与えられている生き物ってなかなかいないよねって思ったりするけど、
私たちってさ、時間を与えられすぎて苦しいのもあるよね、何か分からんけど。
限りがあったらさ、
限りはあるんだよ、限りはあるけど、多分100年ってやっぱ長いんだろうなって思う、生き物の尺度でいくと。
って私は思ったりするな、意外と。
なんか、私はね、感覚として、なんかいで、なんか分かんないけど、これ本当の性格性あるか分かんないけどさ、
昔の人は50年ぐらいしか生きてないっていう話もあるわけじゃないですか。
でも今100年生きれるようになってしまって、
私は今年38なんで、昔の人で言ったら自分はあと12年ぐらいって思ったら、
でも今はまだまだなんか、あと40年ぐらい生きられる、恐ろしい。
あと40年も生きるんですって。
でも折り返しか、折り返しって思ったらな。
って思ったら、ちょっと考えるわけですけど、
暇つぶしをどうするかですよね。
なんか、どう暇つぶしたいかじゃないって感じな気がしていて、
なんか苦しいことに時間をかけて、暇をつぶしたい人なのか、
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どれだけやっぱり自分の楽しいこととかを探して暇をつぶしたいのか分からないけど、
まあでもどっちもあっていいよねとは思うんですよ。
何も感じなくなるっていうのがやっぱり一番人生で辛いことだなと思う。
無の中で、残りの40年過ごせって言われたらさ、すごい辛いじゃない。
だから私うつ病が一番辛いと思うんだよ本当に。
何にも興味なくなっちゃうからさ。
一番とか言っちゃダメだな。
私も今想像するに、うつ病やっぱりそういう意味ですごく辛いなって思ったりするし、
燃え尽き症候群とかもそういうのもすごく辛いなって思ったりするから。
なんかさ、一回私がやりきって次どうしたかの話をするとしたら、
やっぱり何でもいいからやってみる。
休んだ後、何でもいいから。
過去自分が興味あったことを掘り起こしてやってみるっていうのが一番自分の効果があったなと思っているんですね。
すっげー生きる気力を取り戻したみたいなレベルでいくと、私はアニメだったりするんですよ意外と。
めっちゃ病んだ時に。
昔の小学生ぐらいの時にすごくハマったアニメがあって、
そのアニメをもう一回、すごい20年ぶりぐらいに続編をやりますみたいなのがあったんですよ。
その時にめっちゃ一気に元気になったんですよね私は。
あのアニメを見るために生きようみたいな。
あのアニメの続編を見るために私は生きたいと思ったんですよ。
誰かがやっぱりそういう意味でいくと、
物語の続編をやっぱり私は見たい人なんですよね。
物語をやっぱり見たい人だと思っているんです。
コーチング好きとか、人の関わりが好きとかいうのもよく考えると、
私は人の物語をすごく見させてもらうことがすごく好きなんだなみたいなことを思ったりするわけなんですよ。
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人が成長するとか変わるとか、何かができるようになる瞬間を見させてもらうとか、笑ってくれるようになるとか、
そういうストーリーが私はすごく好きなんだなみたいなのは、
私はそうなんですけど、何かができなかったことができるようになるっていうことが一番すごく好きなんだっていうことを、
ちょっとずつそういう時に思い出した時に気力を取り戻していったというか、
今までやってきたことを延長線上にやるっていうよりは、もう一回掘り起こし直すみたいな感じかもしれないなと思うんですけど、
ちょっと視点をずらすみたいな感じですよね。
コーチングとかも私、それまでは人を見てやってた。
人を見てというか、自分の力によって、自分のコーチングというスキルとかによって誰かが幸せになると嬉しいみたいな、
それで私の承認要求が満たされるみたいな感じでやってたんですよ。
でももうそういう承認要求なくなっちゃってるっていう部分も正直あって、
勝手にみんな幸せになるしなみたいな、私の力は必要ないなみたいなことを思うこともあるわけなんですよ。
だからそれが気力を失ってた要因でもあるんですけど、
そうじゃなくて、私はただただ物語が好きで観察するのが好きで、
それを一生できる仕事なんだなって思ったら、また面白いと思えるというか、
そういう考え方というか、視点をずらしてみるみたいなこととか、
私は何が好きなんだったっけみたいなこととかを問い直すみたいなこととか、
好きなことをすごい大きいことに捉え直す、
大きく盛大なことにするわけじゃなくって、些細なことでいいんですよ。
さっき言ったアニメ好きとか、アニメの何が好きなのみたいなところとか、
そういうのをただただ実験してみるっていうことをやるのがいいんじゃないかなと思って、
大きいことを捉えすぎると行動できなくなるじゃないですか、
どうせ自分には無理だなみたいな話になりやすいから、行動しない理由を作っちゃうしね。
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そういうのにあんまり意味はないなって私は思って、意味はないって言っただけだけど、
本人にとっては意味あるかもしれないけどね。
私にとってはあんまり意味がないかなと思うので、
そういうところから始めていくのが良いのではないかと思います。
個人的には生きてるのが面倒くさいって思う時全然あるしな。
そういう時もあるよねって言いたかっただけでした。
ありがとうございます。
今日は結論のない話をちょっとしてみました。
由美でした。
19:09

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