2026-01-21 19:44

#79 車中雪2(2024年度大学入試共通テスト本試験国語第3問)

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雪見をしていた主人公の元に、一通の手紙が届きます。手紙の主は……

サマリー

ポッドキャストでは、2024年度大学入試共通テスト国語の古文問題「車中の雪」が取り上げられ、雪の中の景色やそれに対する感情が描かれています。また、物語の展開や新たな登場人物についても触れられています。2024年度大学入試共通テストに向けた国語の試験問題が解説されています。このエピソードでは、和歌やその解釈、手紙のやり取りがテーマとなっています。

雪の景色の描写
吉村ジョナサンの高校古典講義、このポッドキャストは、高校で学ぶような古典文学を楽しむ番組です。
今回も引き続き、2024年度大学入試共通テスト国語本試験の第3問古文からご紹介します。
出典は車中の雪、車の中の雪と書いて車中の雪からです。
前回は、主人公たちが雪を見に、かつらの院という別荘の方に向かって行ったところですね。
で、その中で雪がすぐに消えてしまって残念だと思っていたんだけれども、そこからまた雪が降り始めてきれいだなーって思っている場面でした。
では続きから読んで参りましょう。
9行目から読んで参ります。
かのしぶしぶなりしひとびとも、いといとえみまげて。
これやおぐらのみねならまし、それこそうめつのわたいならめとくちぐちにさだめあえるものから、
まつとたけとのけじめをだに、とりはずしてはたがえぬべかんめり。
あわれよにおもしろしとはかかるおやゆうならんかし。
なおここにてをみはやさまし、とてやがてしたすだれかかげたまえつつ。
ここもまたつきのなかなるさとならし、ゆきのひかりもよににざりけり、などきょうぜさせたもうほど。
かのしぶしぶなりしひとびとも、とあります。
なんかもうさっきも、あもうゆきふらないしもいやだとか思っていた人たちも、
いといとえみまげて、みんなにこにこしはじめてですね、にぎやかになっていって、
これやおぐらのみねならまし、あ、これがおぐらのみねじゃないか、ま、やまじゃないかとかね、
おぐらの、おぐらやまじゃないかとか、それこそうめつのわたいならめ、
あ、それがうめつのわたりじゃないか、なんていうふうにね、その、
要するに、あ、あれがあのやまかな、あ、あれがあのかわかな、みたいなかんじで、
まわりのけしきがね、いまもゆきげしきで、ほとんどみえなくなっちゃったから、もういっぺんしてしまったのでね、
だからあれが、もういまはみえないけど、あのやまじゃないとかね、あのかわじゃないっていうふうにいって、
くちぐちにさだめあえるものから、くちぐちにね、あれがそうじゃないか、これがそうじゃないかってね、
いいやって、それがそうじゃないかってさだめている、いいやっているようですね。
でも、まつとたけとのけじめをだにとりはずしてはたがえぬべかんめいと、
もうまつとたけのくべつさえつかないと。
どうなんですかね、まつとたけのくべつはさすがにゆきげしきのなかでもなかなかくべつつくと思うんですけれど、
まあそれだけくべつができないくらいにゆきげしき、ゆきげしきっていうよりなんかもうほとんどもうふぶきじゃないと、
なかなかまつとたけってだいぶこの、なんていうんでしょうかね、はえかたもちがうしみきのようすもちがうし、
だいぶちがうような気もしますが、まあそれはね、ちょっとぶすいなもの、かんぐりというところでしょうね。
とにかくね、ぜんぜんちがうものさえもうとりはずしてはたがえぬべかんめいと、
まあちょっときをぬくとわかんなくなっちゃうくらいに、まあ要するにまったくちがうものだけど、
もうちょっとゆだんするともしかしたらちがうとわからないくらいに、
もうとにかくゆきがいっぱいふりましたよということなんでしょうかね。
あわれよにおもしろしとはかかるおやゆうなだんかし、
あ、おもしろしっていうのはこういうことを言うんだろうなーって言うんですね。
おもしろしっていうのは現代だったらね、おもしろおかしいって意味で使われますけれども、
まあこれは平安時代の用語だと、おもしろしっていうともうちょっとひんがあるとか、
風流だとか趣深いとかそういった様子にも使われたんですね。
ですからこういったゆきげしきのことをどうやらまさにおもしろしといったようです。
新たな登場人物の登場
なおここにておみはやさましとありますね。
これも注釈がございますね。
ここで見てなんかこう感謝しましょうと、このゆきげしきをよくみましょうといって、
やがてしもしたすだれかかげたまいつつと、そしてそのまましたすだれとありますね。
すだれっていうのはわかりますかね、まあブラインドのようなものですね。
で、それをちょっとあけてって言うんですね。
すだれはかかげるって言い方をします。
すだれをあげて、ここで歌を読むんですね。
ここもまた月の中なる里ならし、雪の光も世ににざりけり。
ここもまた月の中なのだろうか、里ならし。
雪の里なのだろうと。
要するにここってもしかしてお月様なの?っていうわけですね。
月にある里なんじゃない?っていうわけですね。
これなんで月が出てくるかっていうと、かつだっていうかつだのいんって名前ですね。
かつだっていうのがこれがなんか月と関連する用語としてよく出てくると。
まあっていうのともちろんこれは目の前の景色っていうのが真っ白で、
まるであの光る月のような真っ白であるっていうことですね。
ですからもう月の世界のようだ、目の前の景色が。
雪の光も世ににざりけりと、雪の光ってものが世ににざる、世ににない、
まあこの世にのものとは思えないようなものだって言ってるんですね。
結構怖くないですか?月の光っていうのは。
なんていうのかな?どうなんでしょうね。
月の光っていうものに不気味さね。
例えば狼男に代表されるようななんかちょっとホラーだったり、
ちょっと怖いようなね雰囲気っていうものを月から感じる時もあれば、
神秘的なミステリアスな要素って時もあるし、
月見に代表されるようになんか綺麗だねみたいな感じもあったりしますけどね。
どこかこの世のならざるものっていうのが、
お月様っていうのは古来から連想されるものなんでしょうかね。
など矯正させたものほど、なんていうふうにね、
この歌を読んでいた時に形をおかしげな、まあ続きを読んでいきますね。
一回今読んだところもう一度読みます。すいませんね。もう一回読みますね。
かの渋々なりし人々も、いといとをえみまげて。
これや小倉の身でならまし。
それこそ、うめつの綿にならめ。と口々に定め合えるものから。
増すと竹との毛締めを、だに取り外してはたがえぬべかんめり。
あわれ、世におもしどしとはかかるをやゆうならんかし。
なおここに手をみ早さまし。とて、やがて下すだれかかげたまいずつ。
ここもまた月の中なる里ならし。
雪の光も世にみざりけり。など矯正させたものほど。
では続きを読んでまいります。
かたちおかしげなるわらわのすいかん来たるが、
手をふくふく御跡とめきて。
世人のもとにうずくまりつつ。
これ御車に。とて差し入れたるは、
源の象徴よりの御象底なりけり。
台風とり伝えて建祭るを見たもうに、
いつもお暗かしたままるを書く。
しだ雪のふり捨てられしあたりには、
恨みのみこそ知恵に積もれれ。
とあるを、ほほえみて、たとうがみに。
たずめきや、と雪にし跡をつけつつも、
松とは人の知らずやりけん。
やがてそこなる松を雪ながらおらせたまいて、
その縁に結びつけてぞ、たまわせたる。
さあ、ここで新たな登場人物が出てきます。
形おかしげなるわらわのスイカン来たるが。
わらわという少年ですね。
子供がやってきたんです。
で、スイカン来たるとあります。
スイカンっていうのはオフィシャルな服装ですね。
子供が着ているような服装です。
形おかしげなるですから、
なんか見栄えの良いってことだから、
ちょっと品がある見栄えの良いってことは、
おそらく高貴な人の何か命令でね、
やってきた子供なのだろうっていうことがわかるわけですね。
で、その子供が手をふくふく音を後止めきて、
手をふくふく、手を拭きながらっていうんですね。
これ要するに、たぶん手袋も何もしていないんでしょうかね。
もう寒い雪の中で、
手を温めるために、手にはーってね、息を吹きかけながら、
音を後止めきてと、
車の跡をですね、やってきて、
音跡ってその車のね、雪道をたどった跡のわだちのことでしょうかね。
その跡を尋ねてきて、
シジのもとにうずくまりつつ、
シジっていうのが先ほど申し上げた牛がいて、
その牛を一回離したときに、
牛がつないであったところを置く台ですね。
要するに、車の入り口と思っていただいていいでしょうか。
そのところにうずくまって、
これ、おん車に、
これ、このお車にお手紙ですと言って差し出したのが、
水戸の少々よりのおん小底、つまりお手紙、手紙だったって言うんですよ。
いつもは、一緒にいろんな風流の遊びをするような、
水戸の少々からの手紙がやってきたんです。
そう、この水戸の少々、
この主人公が桂の院に人知れず行くことを察知したってことなんでしょうかね。
それで手紙をよこしてきたようです。
物語のメッセージ
大夫、鳥伝えて伊達末郎を見たもにと、
で、それを大夫、お供の人ですね。
お供の人が、取りついでですね、取りついで主人公に見せたわけです。
そしたら、いつもお蔵かしたまわぬを書くと、
いつもは、いつもはお蔵かしたまわぬ、
お送りにならない、
なんでしょう、置き去りにしないと。
いつもは置いていったりはしないのに、書くこのようにとあります。
白雪の降り捨てられし与えには、恨みのみこそ知恵にもつもれれ。
これを水戸の少々が送ってきたわけですね。
つまり、今のいつもお蔵かしたまわぬを書くっていうのが、
前書きというか、説明書きとか手紙の部分で、
いつも私を置いていったりしないのに、と言って、
そういう手紙に書き付けた後に、和歌をそこに書き付けるわけですね。
和歌にはこのようにあります。
白雪の降り捨てられし与えには、
白雪が、白い雪が降り捨てられた与えには、
降り捨てられるって難しいですね。
和歌の解釈
降り積もって、そこから捨てられてしまった。
想像すると、要するに私を置いていったってことですよね。
見捨てられてた、捨てていった。
そのあたりには、恨みのみこそ、恨みだけが知恵につもれれ。
もう千重にも重なっている。めちゃくちゃ重なっていると。
ですから、でも毎度これ直接的な和歌ですね。
雪が降り積もって、捨てられた後には、私の恨みだけがめちゃくちゃ積もってるよ。
要するに、一人で雪見に行くなんてずるいじゃん。
寂しいじゃんって言っている和歌ですね。
要するにちょっと拗ねてるわけですよ。
可愛らしい和歌ですよね。
あんた一人で行くなんて水臭いなぁ、みたいな感じの和歌ですね。
割とそれを直接的に読んでいる和歌だと思っていいでしょう。
で、それを読んでですね、主人公は、
とあるを、ほほえみたまいて、にっこり笑って、たとうがみに。
たとうがみって畳紙って書いてるやつですね。
これは、ふとこうに出てですね、返しと近いんですかね。
今でも例えば、茶道なんかをやっている方だと、
お茶受けっていうかね、和菓子を、お菓子をいただくときに、
お菓子を紙の上に置いて食べたりしますよね。
その紙返しとか言ったりしますよね。
で、そういう手元に置いておく紙のことですね。
それをたとうがみと言いました。
その紙をですね、大抵この旅先とかちょっとした瞬間に、
何かを書きつけたりね、手紙を送ったりとか、和菓子を読んだりするときに、
よく使うんですよ、たとうがみっていうのね。
で、そこでお返事を書くことにしたんでしょうね。
まあ、大抵和菓子が来たら和菓子で返すんですね。
お返事を書くことにした。
じゃあ、どんなお返事を書いたか。こんな和菓子でございます。
たずめきやと、ゆきにしあとをつけずつも、
まつとはひとのしだずやりけん。
たずめきやと、たずめきたのかと、
あなたがね、たずねてくるのかと、ゆきにしあとをつけずつも、
ゆきにあとをつけてきたんだよ、と言うんですね。
まあ、たしかにその結果としてこのわらわが追いついたわけではありますけれども、
君が追いついてくると思って、あえて和菓子を残してきたんだよ、と。
まつとはひとのしだずやりけん。
君をね、待ってくるかと思っていたんだけれども、
私があなたをそんなふうに待っていたとは、あなたは気づかなかったの、と。
待っていたとは、ひとっていうのはあなた、つまりみなもとのしょうしょうですね。
みなもとのしょうしょう、あなたはしだずやりけん。わからなかったの。
しるっていう単語はね、これわかるって訳すとちょっとしっくりくることが多いですね。
しるでもなんとなく通じはするんですけどね、わかるっていうふうにするとちょっと理解しやすくなることがあります。
待っていた、私は待ってたんだよ、だから気づかなかったの、くればいいじゃんって感じでしょうかね。
要するに、もちろん待ってたよ、みたいな感じで対応したわけですね。
一人で行くなんて、もちろんたぶん来ないと思いますよ。来ないと思うんですけど、
一人で行くなんて水臭いじゃんって手紙に対して、
いやいや、君を送ると思って待ってたんだけどね、みたいなことで返したってところでしょうかね。
そんな大人のじゃれあいをしているわけです。
手紙のやり取り
その手紙をですね、ただそのまま送るんじゃないんですね。
やがてそこなる松を行きながら織らせたまいて、
そのままそこにあった松、松の木の松ですね。
松を行きながら、雪と一緒にってことです。
雪と一緒に織らせたまいて、織りになって、雪が積もっている状態でそのまま織りになって、
その縁に結びつけてぞ賜せたる。
その枝に手紙を結びつけて、
スイカを着たわらわに持たせたっていうことですね。
これ手紙を送るときのよくある手口というかね、
方法なんですけれども、植物の枝とかそういうものにですね、
結びつけて、枝ですね、主にね植物の中でも。
そうじゃないケースもありますけど、基本的には枝が多いですかね。
やっぱりその形状的にね、紙を結びつけるっていうところから言うと、
手紙を枝に結びつけて、それと一緒に送ると、
その枝の植物の意味合いと掛け合わせると独特の意味合いがあったりとか、
何か秘めた意味があったりとか、そういうことにつながるわけですね。
それはあえてそこの雪を見たときの雪と松をセットで送り返した的なニュアンスでしょうね。
いやもちろんすぐに雪が溶けるでしょうしね、
もうなんか手紙もびしょびしょになると思うんですけれど、
まあねそこは風流重視でね。
まあとりあえず雪を積もっている状態で、
なんかこの織り取ったよっていう事実が大事なわけでね。
あまりそこにリアリティを追求すると、
実際にはなんかちょっとシワくちゃになって、
びしょ濡れになった手紙で何ならちょっと筆のインクが、
墨がにじんでいるみたいなね、
物が届くことになるかもしれませんけれども、
まあねとにかく風流な状況ですよということでございますね。
では今お読みしたところをもう一度読んでおきましょう。
かたちおかしげなるわらわのすいかんきたるが、
てをふくふくおんあととめきて、
しじのもとにうずくまりつつ、
これおんくるまにとてさしいれたるは、
みなもとのしょうしょよりのおんしょうそこなりけり。
たいふとりつたえてたてまつどをみたもうに、
いつもおくらかしたまわぬをかく。
しらゆきのふりすてられしあたりには、
うだみのみこそちえにつもれれ。
とあるをおほえみてたとうがみに、
たずねきやとゆきにしあとをつけつつも、
まつとはひとのしだずやりけん。
やがてそこなるまつをゆきながらおらせたまいて、
そのえにむすびつけてぞたまわせたる。
ということで、
2024年度国語本試験第3問のガラでした。
最後の場面、また次回、
五月を読みますので、お楽しみにしてください。
では、お聞きいただいてありがとうございました。
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