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2023-03-12 24:05

令和五年弥生の回「朔人一首4」2

ガチャを回して出てきたお題について語る「文ガチャ」
今月のお題は「朔人一首」です。

今月ご紹介する百人一首のテーマは『鎌倉殿と、あと七人』としてみました。
鎌倉殿の周辺を彩った百人一首の作者さんと歌をご紹介します。

お時間の合うときに、ゆっくりお聴きくださいね。

朔夜の収録時の機材トラブルなのか、ちょこちょこと音が途切れている部分があります。
お聞き苦しい点があるかと思いますが、ご了承ください。

00:14
はい。では、絵の方。
百人一首に載っているお名前で読むと、
五峡谷摂賞,野大将大臣と書いてあります。
五峡谷摂賞,野大将大臣。
これあれですね、峡谷山なんですかね。
峡谷山ではないですね。
そうすると、おそらく全部役名とか役職名とかだけってことですかね。
峡谷摂賞、五峡谷摂賞が通称ですね。
お家の号です。野号です。
摂賞ってその摂賞官服の摂賞じゃないんだ。
もう摂賞です。その摂賞さんですね。
はい。摂賞も務めました。
さっきの大将大臣は全大将大臣って意味ですよね。
はい。そうです。
五峡谷が野号。五峡谷摂賞までが野号。
五峡谷が野号。通称五峡谷の摂賞。
なるほど。なるほど。
峡谷に引っ張られてますけど、峡谷堂みたいなことですね。
そうですね。はい。
お名前は九条義経さんと言います。
さっき出てきた九条金谷の次男。
九条。
九条金谷。小倉子の田中さんが演じられていた、それの息子です。
お名前が九条。
義経。
義経なんだ。へえ。
そうなんですよ。もう字が違いまして、
優良かの良に経験の経営で良質に。
常は一緒ってことですね。
常は一緒ですね。
経験の経営って言うんかな。確かにそうなんですけど。
異度経度の経営とかいろいろ考えましたが。
僕は経済って思いました。
なるほど。経済。
人柄とか生活が出るんじゃないかなってちょっと思いました。
なるほど。
そうですね。漢字の説明の仕方っていろいろありますからね。
その方が普段使われる説明の仕方を。
はい。
九条金谷の次男。で、九条家二代当主。
そうなんですね。次男なんだけど、相続したという。
はい。そうですね。
だからまあ五強国なのではないかなという予想です。
はい。
おじさんが有名人で、次縁草上なんです。
おー。聞いたことある。
03:01
はい。これも鎌倉殿に出ていらっしゃった山寺光一さんが演じていたお坊さんですね。
おじさんにあたります。
チラッと見たら11位。
11位。はい。摂賞。
で、摂賞で田町大臣って本当に極めてる感じしますね。
極めてる方ですね。
抜けてはたどり着けないところですからね、このレベルは。
そうですね。ただ奥様がね、より友の名医なんですよ。
ほー。
で、かなり鎌倉とも縁があった方のようですね。
ただ、まあ極めてはいたんですけど、最初結構いいとこまで12位ぐらいまで行ってた時に、丹後の壺根にやられまして。
おー。
はい。丹後の壺根と一緒に、土神門道近というやっぱりご貴族さんがいらっしゃって、その二人の凶暴のせいでお父さんと共に凶を追い落とされます。
この土神門さんも声優さんの関朋和さんがやっていらっしゃいましたね。
で、結構、治去を余儀なくされたっていう表現だったので、難勤されてたのかな。
もうここにいなさいとされてたんですが、11年後に正戒復帰を果たします。
はい。
はい。で、2004年に、あ、ごめんなさい。1204年に打城大臣まで昇るということで、若いうちにかなり昇り下りの激しかったことなんですね。
ただ、打城大臣になったんですけど、2年後に頓死したという記録が残っています。
へー。
はい。去年38歳だったので、はい、波乱に満ちた人生なんじゃないかなと。
はい。で、まあご本人はどんな方だったかっていうとですね、和歌や書道、漢詩に優れた教養人で、特に書道が天才的と言われる。
へー。
です。で、平安時代の文字って漢字を続けてサラサラサラーって書くイメージがどうしてもあるんですけれど、表現をそのまま読むと、屈曲に激しく線に強みを加えた書風とだいぶイメージが違いますね。
で、後にご協力流…言えない。後にご協極流と呼ばれたそうです。
なるほど。
で、歌もとても上手で、おじさんの辞遠さんを協力者として歌の活動をたくさんして、600番歌合わせとかかなり大きな歌会を催したそうです。
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なるほど。
はい。で、そういうのをいっぱいやって、サロン的に歌を読む場所をたくさん提供してくれたので、この時代の和歌がとても発展していったと言われています。
なんか今ちょっと調べてたら国宝とかになってそうですね、この人が書いて。
へー。
正確に内容を読んでないからわかんないんですけど、重要文化財かな?重要文化財書上ってなってて。
はい。
九条義経小足御教義経とかって書いてあるので、東京国立博物館にあるみたいですね。
あらあらあら。
やっぱりそれほどの人なんでしょうね、やっぱり。
そうですね。
さっき雷道さんも引っかかっていらっしゃったんですけど、源義経と同じ読みになるので、源義経の方が罪人だというイメージがどうしてもありますから、
お父さんの金座根が解明させるべきじゃないかと考えていたようなんですが、案も出てたけど最終的には解明されなかったらしいですね。
なるほどね。ちょっと同時代で有名な人で、結果的に罪人という扱いを受けた人ではあるとなると、ちょっとやっぱり避けたい気もしますけどね。
そうですね。敵方ですし。
このご教国みたいなその野号というか号があるので、それがそういう代わりになっていったみたいな側面もあるのかもしれんね。
よしつねっていう呼び方をする人は少なかったかもしれない。
そうでしょうね。
そんな映画を極めた方が意外な歌を読んでいます。
91番です。
キリギリス。
泣くや霜夜の寒しろに。
衣片敷ひとりかもねん。
コオロギが泣いているこんな霜の降る寒い夜に、むしろの上に、衣の片袖を自分で敷いて、ひとり寂しく寝るのだろうか。
キリギリスという表現になってますけれども、これは今でいうと違う。
現在でいうとコオロギのことです。
コオロギが泣いていると。霜も降るほど寒いと。
そのところに衣片敷き。
衣片敷き。片方だけ敷いている。
片方敷きか。むしろに衣を敷いてひとり寝ていると。
男性と女性が一緒に平安時代で寝る場合は、お互いの袖を枕代わりに敷いていたんだそうです。
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それを自分で敷いて自分で寝ているような。
なるほどね。
はい。というひとり寝の寂しさを歌った歌ですね。
面白いですね。
役の表現としてそういうもんなんだろうっていうのはわかってはいますけど、寝るのだろうかって自分で言っちゃってる感じですよね。
自分のことを言ってるわけですよね。
あの人は一人で寝るのだろうかっていう話ではなさそうですもんね。
はい。自分ですね。
自分のことですよね。
他人事みたいな言い方してるけど自分がひとり寂しく寝るっていう話ですよね。
はい。
ちょっと面白いですね。
で、その雰囲気をより強めてますもんね。そのキリギリスとか霜夜とかっていう寒さを表す表現でより寂しい感じを。
この人がいつ読んだのか、どのくらいの年齢の時に読んだのかわかんないからなんとも言えないけど、
それこそ本当だったらこの人にいてほしいみたいな具体的な人がいたりしたんですかね。
あー、えーとですね。この歌を作る直前に奥さんに先立たれたそうです。
なるほどなるほど。
ちょっとイメージが変わってきますかね。
そうですね。そういうことが何かしら。この時代の若いの感覚から言って単に独り寝がどうこうっていうよりもやっぱりそこに誰かしら。
前回とかで言うと秘めた恋みたいなものがあったりとか。
はばかることなくできている状態、幸せである状態を歌うことはあんまりないと思うんですよね。
恋愛に関する和歌に関して言うと、秘めた恋だったり先立たれてしまったとか、何らかの事情で敵わぬ恋であるというようなことをこそ歌うイメージがあるので。
そう思うとね、なるほどねっていう話になりますね。
そうですね。この歌だけのイメージでいくと、寒しろにっていうのが寒いっていうのとむしろがかかってるんですね。
だから御座みたいな貧乏な感じの山里の古い家の中で御座を敷いて、一人ごろんと女性に連れなくされちゃった男が寂しく寝ているというイメージなんです。歌そのものだけだと。
そこに藤原九条義経さんの寂しした奥様が亡くなってしまったという事情が加わるとまた別の色が。
これ面白いですよね。現代とかでも例えば映画とかを見るときにストレートに見て面白い面白くないもある一方で、
監督の人生とか監督の過去作でこういうことが描かれたからとかがわかるより面白いみたいなことがあるのと同じで、
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ストレートに読んでそれが面白い面白くないもあってももちろん全然構わないんだけど、
人となりがわかる、あるいはもっと言うとその書いたタイミングっていうこと。
これが奥様を亡くされて10年後に書いてるのか亡くした直後に書いてるのかでまた意味変わりますからね。
そういうところも含めてやっぱりその味わいっていうのは変わりますよね。
歌だけを紹介しても面白いんでしょうけれども、背景とかにこんな人だったよっていうのがあるとまた色が変わってするかなと思います。
次はですね、三義の正常という名前で百人酒には載っています。
アスカイマサツネさんという変わった名字の方です。
聞いたことない?
ないですよね。お父さんはナンバさんなんですね。
ナンバ。
ナンバヨリツネという方の字なんで、アスカイはどうも豪王だったようです。
でもアスカイマサツネで通っていた方のようです。
お父さんのナンバは南のナンバですか?
大阪の難しい南ですね。
お父さんのナンバさんが苦行なんですけども、源義経に助力したんです。
その罪を問われ、お父さんとともに鎌倉に配慮されてしまいました。
でも鎌倉ではとても迎えられて、
頼朝からは若屋けまりの才能をとても評価されて、
頼家や三義ともとも仲良く深く関わっていたそうです。
しかもですね、アスカイマサツネは頼朝から勇士として迎えられた。
自分の子供にしてもらったんですね。
さらに大江の広本の娘を性質にしたんです。
鎌倉殿でも、途中で目が見えなくなってしまったけれども、
政子の演説を聞いてカッと開いた、目が治ってしまった大江さんですが。
結構存在感ありましたもんね。
その方の娘を奥様に迎えられたそうです。
1197年に罪を許されて、京に戻ったんですけど、
その時には鎌倉からたくさんの贈り物を頂いたそうです。
今ぐらいの頃だとまだ頼朝の時代ですよね。
そうですね、97年だと頼朝は…
亡くなっているのか、そのぐらいか、ちょうど。
ぐらいですかね。
そうですね、頼朝が99年に亡くなっているので。
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まだギリギリ。
まだギリギリ生きている。
頼朝がいるかいないかで、鎌倉の力を京都がどう感じるかはだいぶ違うでしょうからね。
そうですね。
で、頼朝が生きていた頃だということであれば、
意味が大きかったでしょうね。
はい。
京都に戻ったら、今度は後鳥羽院の近所に。
で、新古今和歌集を選んだ戦者の一人として、とても重く重じられていました。
けまりも上手だったそうで。
後鳥羽院もけまりがとてもお好きで。
多いですよね、この時代特にね。
そうですね。
習玉長者という称号を頂いたそうです。
けまりって書いた音読みですよね、習玉。
そうですね、習玉。
で、飛鳥流習玉の祖と呼ばれます。
あるんだ、そういうのが。
あるんだ、本当にあるんだって感じなんですけどね。
まあね、だって言ってみればスポーツで、日本の場合だと剣術なんかだとなんとか流っていうのがね、北神道流とかそういうのがあるわけだから、
まあ、あってしかるべきだと思いますけどね。
はい、そうですね。
まだたびたび鎌倉に招かれて、時々鎌倉へ下っては、
サネトモとテイカオの間を取りもったり、
カモノチョウメイとの間を取りもったりもしたそうです。
すごいですね、やっぱり文化人っていう感じですよね。
そうですね、そんな飛鳥さんの歌うたです。
94番。
三吉野の山の秋風さよ吹けて、
ふるさと寒く衣うつなり。
奈良の吉野の山に秋風が吹き渡る。
夜が更けて、吉野のかつての都は寒々とわびしく、
衣を絹たで叩く音が響いている。
という風景を読んだ歌ですね。
順番に頭からいくと三吉野の三は、
いわゆる恩っていう二でいいんですかね。
そうです、言葉の頭につける微笑を美しくする言葉ですね。
おみようつけの恩ですね。
二、吉野の山と、秋風。
その後が、
山の秋風さよ吹けて。
夜が更けてっていう意味で、
さは五感を整える瀬戸語なんだそうです。
夜だけだと字数が合わなくなるし、夜が更けてだと、
どちらかというと部粋な感じがするけど、
さよ吹けてだと綺麗ですね。
で、ふるさと寒くというのは吉野の山のことなので、
18:04
山との国ですか?
古い里。古代に離宮があったそうで。
古い里なんだ。
で、ふるさと寒く。
衣打つなりの現代訳もちょっとあまり聞き慣れない言葉が出てきましたね。
そうですね。衣打つなりだけだと衣を打つ音が聞こえてくるよという、
すんなり訳すとそんな感じなんですけれども、
女性が夜にした仕事で、
きぬたという柄のついた太い棒で、
衣の衣を叩いて柔らかくして光沢を出すっていう作業がありまして、
これの音が聞こえてくる。
夜に作業してる人がいるんだなっていう状況なんですか?
はい、そうですね。
その音が聞こえるぐらい静かだっていうような。
そうですね。都がわびしいな、昔はにぎやかだったのになという。
過去回もそうですけど、今回も特に恋の歌が続く中に、
時々こういうハードボイルドなぐらい純粋に風景を読んでる歌も出てきますよね。
はい。
面白いですよね、そういうところ。
まれにね、我が世をオーバーみたいなのもあるけど、
大体は圧倒的に恋愛関係の方が多いイメージがあって、
時々風景みたいなイメージですけど。
100人種でいうとね、お坊さんとかもいるんでね。
お坊さんはあまり恋愛とも限らないのかなって気もするけど。
それが意外や意外という歌が多いんですよね。
そんなね、お坊さんなのに恋の歌を歌ってる特集がそのうちあるかもしれないですね。
それも楽しそう。お坊さん特集はやろうかなと思ってるんですけどね。
これもね、お題の歌なんです。
遠い、というさっき説明した、木ぬたで叩いて布の光沢を出す作業を読めと。
おー、なるほど。
どうも、寒詩、李伯の詩にそれを読んだ歌があるようで、
もともとそういう、秋の静かな夜の風景を表す遠いというテーマだったようですね。
やっぱり静かだからこそ、静かじゃないとその音が外に行っても聞こえてくるってことはないみたいなニュアンスなんですかね。
だから割とテーマに沿ったという意味では、ストレートに沿ってる。
で、良かったんでしょうね。今残ってるというか、100人一首に選ばれたりするっていうことは、
おそらく似たような歌もあっただろうけど、特に良かったんだろうってことでしょうな。
はい。実は本家撮りの歌です。
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あー、出てきた。
古今集に、三好野の山の白雪積もるらし、
ふるさと寒くなり、まさるなりという歌があって、その本家撮りにテーマを入れ込んで作った歌のようです。
前の回でも話してる通り、リスペクトみたいなのがあったりとか、今もカバー的なこととかで使われた手法とかね、
サンプリングみたいな手法とかもあるっていう話もしたんですけど、
この時代のことに思いを馳せると、本家撮りができる教養があるっていうのもそれ自体が魅力でしょうね、おそらくね。
そうなんですよ、その通りなんです。
お題で歌を読めと言われて、パッとその歌をアレンジができる。
だから元歌を知っていないといけないし、アレンジする技能も必要だということになります。
本当に時代が違うから、そういうことのすごさみたいなのが今はちょっとわかりづらい部分もあるかもしれないけど、
言われてみるとなるほどって思える、技能。
はい。
はい、一種の二種でした。
はい。
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