ゲストにセナさんを迎えてのべらぼう会、後半を始めます。
前半はべらぼうについて概要をざっくり話したり、2人がべらぼうを知ったきっかけについて話したり、
あとはべらぼうを全く知らないしょうごさんに対して、それぞれ1問ずつクイズを出して答えてもらったり、ということをやりました。
今から後半を始めたいと思います。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
今、ぽむさんにまとめてもらった通り、今回前後半でべらぼうをやってまして、ゲストにしらせセナさんをお迎えしております。
前半、ぜひお聞きいただければと思いますけど、そこでセナさんの紹介とかもしてるんで、ぜひ聞いてください。
前半はぽむさんからあった通り、ちょっとべらぼうとはみたいなところを話してもらいましたけど、後半はべらぼう好きの2人で好きに話してもらおうと思うので、
僕はおそらくほとんど登場しないと思うのですが、ぽむさんセナさんにお任せしたいなと思います。
ぽむさんお願いします。
はい、お聞きです。今回このべらぼうの企画を立てるにあたって、セナさんからこの話したいよということをいろいろもらったんですけど、
その中で私がすごく興味深かったのが、スタジオの書かせる力、つながる力、きらめく力っていうのをセナさんが書いてくれたことです。
これについてちょっと話していきたいなって思うんですけど、
セナさんから書かせる力、つながる力、きらめく力っていうのはどういうことなのかっていうのをざっくり聞いてみたいです。
そうですね、ちょっと後半私めっちゃ早口になってしまうかもしれないって言っておくんですけど、
いいんじゃないですか?
めっちゃいいです。
言っておくんですけど、セナさんの書かせる力、つながる力、ひらめく力は毎回すごいなと思っていて、
もう目がなんていうか、ひとたらしじゃないですか。
めっちゃそうですね。
スタジオって。
演じてる横浜流星さんって、たぶんとっても静かな、真面目な、誠実な方。
インタビューとか受けてる時も、なんかすごい静かな感じの方なんですけど、
もうめちゃくちゃスタジオになると江戸っ子っていう感じで、
めちゃくちゃ面白いです。
そうですよね。
スタジオは本当に、吉原っていう特別な環境の中で割ってきたっていうのもあると思うんですけど、
ひとたらしの面とか、うまく人を稲していったりみたいな力が自然と身についてたりとかするんですけど、
そこがすごい本作りとか、商売をしていく上でも、すごい活かされてるなって思って、
そうですね。
どこから行くのがいいのかな?
つながる力みたいなのはすごい強いなと思っていて、
そうですよね。
そうなんですよ。吉原者って言われるんですけど、吉原の人って。
ちょっと下に見た感じですよね、吉原者っていうニュアンスは。
なので、日本橋とか本屋さんの中心ですみたいなところの人からすると、
もう下に見られているみたいな存在だったりとかするんですけど、
もう偉い人みたいな、さっき前半でもお話が出たんですけど、
江戸の超有名なコピーライターみたいな人だったりとか、
江戸のすごい老舗の本屋さんみたいな人を味方につけていってしまうみたいなところとか、
そうですね、本を書いてほしいなって思った人と、
を、行き込んで自分のファンにしてしまうというか、仲間にしてしまうみたいな力がすごくあるんですよね。
なんかそこが、例えば吉原っていう場所は、
今の時代ではあまり肯定できる場所ではないというか、だからこそこうつい得た文化ではあるんですけど、
例えばそこに遊びに来れるからとか、そういうことも使うは使うんですけど、
本当にスタジオの熱さとか情熱みたいなものに人がこう、どんどん、
なんかこう磁石みたいに引っ張られていくみたいなところがあって、それが面白いなと思ったり、
あと、そうですね、自分からそのチャンスをつかみに行く、行動しに行くみたいなところもすごいなっていうふうに思ったりしています。
で、あと書かせる力っていうところでいくと、スタジオはプロデューサーなので自分が書くわけじゃなくて、
作家さんにこう書いてもらったりするわけじゃないですか。
で、その中でやっぱりこう、自分が書きたいものを書くっていう人と、
あと、なんだろう、自分がやりたい画風とか、自分が書きたいお話とかがあるけどなかなか浮かばないみたいな人だったり、
なんかそういう人たちに、なんか本を書かせる力がすごいあるなと思っていて、
私は、小井川春町先生がめちゃくちゃ好きなんですけど、
それですよね。その話は私も思い浮かべてました。まさに。
あの、岡山天音さんがやっている役なんですけど、めちゃくちゃこじらせてるんです。
めちゃくちゃこじらせていて、ちょっと皮肉とか、そういうふうな作風を書く方なんですけど、
皮肉屋って呼ばれてますもんね。
皮肉屋って呼ばれてるんです。
で、なんかちょっと、あんまり使いたくない言葉なんですけど、
用のタイプと因のタイプでいくと、因のタイプなんですね。
内にこもって、内にこもって、いろんな皮肉とかを自分の中で溜め込んで作品にする、みたいな感じの方なんですけど、
なんかそういう人が、とっきり折れちゃう、みたいなところがあるんですね。
なんかこう、作家さんたちがこう、わーっと集まった時に、自分とは真逆のタイプの人が、うまくいっている、みたいなところを見て、
でも自分は今、作品が描けていなくて、もうなんか、もうやめちゃおうかな、みたいなくらいまで落ち込んでる、みたいな。
なんかそういう描写があったりするんですけど、
でも、なんかこう、そこで千田中が、もう、でも原町先生、描いてほしいんだ、ってなって、
そうそう、そうなんですよ。あなたが描く絵、どう見たい?って言うんですよね、千田中は。
そうなんです。
で、原町先生が、そこから自力で立ち直るのではなく、
千田中が、もう、原町先生のために、原町先生にこんなものを描いてほしいんだ、っていうのを、考えてプレゼンしに行くんですよね。
そうなんですよね。
いろんな人の話を聞いて、こういうアイディアが見たいっていうのを、いろいろリサーチして、
原町先生が描きたくなるような絵図っていうのを、リサーチしていて、これを描いてほしいんだ、っていうのを伝えるんですよね。
そうなんです。伝えるんです。
で、やっぱりその企画自体が面白いっていうのもありつつ、やっぱりその千田中のオアジェットというか、伝え方みたいなところとかにも、
やっぱりちょっと、原町先生すごいこじらせてて、もう片ぼちなんですけど、ちょっと心を動かされてしまうみたいな、
そういう描かせる力みたいなのがあるところも、すごい面白いなーって思ったりとか、
あと、普通にこじらせてたりとか、そういう難しい作家さんもいたりするんですけど、
じゃなくて、調子のいい感じの先生もいるんですけど、
石原先生とか、
そうですね、石原先生とか。
でも、そういう人たちにも、こうパッと、先生のこういうのが読みたいですね、みたいな感じで、
調子に乗らせるというか、そういうのがすごく上手くて、
だからこそ、その人の可能性をどんどん広げていくというか、気持ちよく描かせることができる人だなというふうに思ったりしますね。
ちょっと原町先生のことを補足したいとおっしゃってるんですけど、原町先生って最初、ツルヤさんっていう本屋さんがあって、そこで描いてたんですよね。
ツルヤさんは、特に新しいものを注視する人なんですけど、今の流行を落とし込もうっていう人なんですけど、
原町先生は古典的な作風であって、それを自分はやりたい。
そこでちょっとギクシャクしてたんですよね。
たぶん原町先生も、自分のやりたいことができないとか、自分の希望通りにはいかないみたいなところのフラストレーションを抱えてたと思うんですけど、
その中でツタジュは、あなたにはこういう魅力があるから、あなたに描いてもらいたい。
100年先の絵を描いてみないかっていうことを訴えるところがあって、
あなたじゃなきゃいけないんだっていうことをツタジュは、よくいろんな場面でも言うんですよね。
そこがね、ほんと素晴らしいなって。やっぱりそう言われると、仕事したくなるなって思いますもんね。
本当にこの人のところで描きたいってなるんですよね。
そうなんですよね。
原町先生っていう人は、本当にもともとはツタジュのことが大っ嫌いで、ツタジュのところでは絶対描かないって言ってたんです。
それは、書店同士の争いみたいなところがあって、
もともと原町先生が描いていた本屋さんとツタジュが仲が悪いというか、ちょっと相入れないところがあって、
なので、そこの関係、原町先生はずっとこの本屋さんでお世話になってきたから、ツタジュのところで描くっていうのは、
それは今までお世話になっていた人のことを裏切ることだみたいな感じで、
すごい真面目な誠実な方なんですよね。
そこを自分が設けられればいいやって言って、いろんな本屋さんで描いちゃったりする作家さんもいるんですけど、
原町先生はずっとその義理を通していくみたいなことをやっていたんですけど、
ツタジュと組むことになるっていう、そこの感じとかすごく良かったなと。
あの皮肉屋の原町先生の心をどかしていたっていうのは、本当にツタジュのすごいところですよね。
本当にすごいところですね。
その後、どんどん良い作品がもう実際に生まれていくっていう、今も残っている原町先生で、
判断は津田屋公書堂、津田屋さん、津田屋ジェザブロの公書堂っていうのが残っているっていうところからしても、
やっぱりずっと原町先生が描き続けているっていうところがわかるので、そこはすごい熱いなって思ったりする。
そうですね、なんかめちゃくちゃスーパーマンってわけじゃなくて、
本当に人のいいところを見つけるのが上手かったんですね。
そうですね、その目が良かったんだなっていうのが、はい、面白くて、
私はなので、なんか結構そういう、私も政治パートは正直あんまり分かんない。
分かんないっていうか。
私も分かんない。
詳しいわけじゃないので、なんか詳しかったらもっと楽しいんだろうなと思いつつ、
やっぱりそういう、つたじゅうのビジネスみたいなところだったりとか、
江戸の人たちの暮らしぶりみたいなところをやっぱり中心に楽しく見てる部分がありますね。
ですよね、私もめっちゃ同じですね。
本当なんかつたじゅうのその人たらし力ってすごくて、
1話で田沼様のとこに行って、
つたじゅう、江戸をね、
その時は、おかばしょっていう無教官の誘拐があって、
それに人が流れてるから、吉原に人が来ないから、
そのおかばしょを取り締まってほしいっていうので、
田沼様に行くんです。田沼様のとこに行きしに行くんですけど、
その時につたじゅうが人を吉原に呼び込みたいって話をするんですけど、
話をしたら、田沼様が人を呼ぶ工夫が足りないのではないかっていうことを、
そのヒントをもらうんですよね。
その時につたじゅうって、そこで何か折れずに、
じゃあ、吉原の案内所、魅力的な、
魅力的な吉原の祭金を作ろうっていう風に、
考えを改めるじゃないですか。
そういうつたじゅうの素直に受け取る気持ちとか、
そういう一言、人のもらった一言から、
新しいビジネスにつなげていくとか、改善していこうとか、
そういう気持ちがすごいいいなって思って見てます。
いやー、ほんとですね。
今、ぽんむさんが話してくれた通り、
つたじゅうのプロデューサーだもしみたいなものに、
最初に火をつけたのは、田沼おきつぐだなって私は思ってて、
このベラボーの中では。
それまでは、吉原の中でしか生活してなかったわけじゃないですか、つたじゅうって。
ビジネスみたいなものとかも、よく知らなかったっていうところで、
最初は人を呼びたいから、
吉原以外のところを取り締まってくれっていう言い方をしたじゃないですか。
そうですね。
取り締まってなくしてくれ、吉原に行くようにしてくれっていう考え方だったけど、
ぽんむさんに人を呼ぶ、マーケティングとかPRとかってしてんのかみたいなことを、
初めて言われる。
吉原の中では、マーケティング、PRみたいなことは多分、会話も出てこないんですよね。
でも、新しい一歩外に出たところで、
知ったその概念みたいなものを、
素直に取り入れてやってみるみたいなのは、すごいですよねっていうところと、
やっぱりその一言でここまで火をつけていくっていうのは、すごいなと思うし、
それにはやっぱり、下地として吉原を応用したいみたいな気持ちがあったんだなと思うし、
いいやつだなって。