はい、始まりました。余白のエクリチュール、訳して余白のエクリチュール。 今回のテーマは、デトックスについて語ろうです。お願いします。
はい、お願いします。 はい、これはですね、私が持ってきたんですけど、余白のエクリチュールをやるにあたって、
なんかね、リアルタイム的なものをちょっと語りたいなって思って、 私はなんかずっと、なんだろうな、結構自分の中、人生で出会ってきた
美しさとか、経験とかについて語るのって結構好きで、それをテーマにしてやってきたんですけど、なんか今の自分が話せることを話したいなっていうのを思って、
ちょうど、デトックスをしたっていう経験があったから、これいいじゃんと思って、これをちょっと残しとこうと思って持ってきました。
で、蘇生子さんに言ったのは、人生で何かをデトックスした経験について話しましょうって言ったんですけど、私がね、今ね、めちゃくちゃ仕事が忙しくって、デジタルデトックスに結果的になってるんですよ。
それがめちゃくちゃいいから、それがいいって話をしたいなって思って、そうなんですよ、もうね、なんかね、私本当にもう今仕事忙しくって、
今はリアルタイムにちょっと落ち着きつつあるんですけど、この1ヶ月くらい、ずっとほんと苦渋すぎるよね、残業して、お客さんのところ行って、
で、なんか私ね、夜も、朝もね、なんかめっちゃね、早く起きちゃって、なんかちょっと眠れないみたいな感じではあるんですけど、
なんかね、でもね、ハッピーなのすごく、それがね、それが多分ね、そう、デジタルデトックスやってるからだなって思って、
なんかね、とってもハッピーなんですよ、そう、それがね、めっちゃ良くって、で、その、私ずっと、その、スマホをもうなんかデトックスしたいなっていうのはずっと思ってて、
で、それってなんか、いつからかっていうより、なんかずっと思ってるんですよ、人生で、
なんかね、普通に、なんか大学の時とか、大学、坂井市になってからかな、なんか、一時的にでもいいから、ここから逃れて、デトックスしたいみたいな気持ちがあって、
でもそれが、そう、でもね、ずっと実現できなかったんですよ、なんかずっとツイッター見ちゃうみたいな感じだったんですけど、
今はね、計らずもね、それができるようになったんですよ、もう単純に忙しすぎて、スマホを触る時間がないから、なんですよね、
で、それはね、めっちゃいいなって思ったから、ちょっとね、共有したいんですけど、
はい。
あのね、なんかね、私その、なんでそのツイッターとかが、なんかめっちゃ好きで見てたかって言ったら、
なんかね、それがね、その世界との結成地点っていうふうに思ってたんですよ、自分の中で、
はいはい。
これが、その世界、世間の言説とかを知ることで、自分をその世界につなぎ止めてるって感覚がずっとあったんですよね。
で、見てたんですけど、結局ね、今ね、その離れて1ヶ月ぐらい、私ほんとたかツイッター見てなくって、
ほんとに見てないのね、私。
はい。
なんかね、ツイッター作るのは、あの、ヨハチュールの投稿する時ぐらいなんですよ。
いいんじゃないですか。
ほんとに見てない、そう。あれ、なんかしょうもさんのサブスタックすらも見てないって。
いや、別にいいとか。
そうなんですけど、なんかね、で、それで私、離れたんですけど、全然なんか離れてもいけるなって思って、
で、なんか全然ね、なんか世界とつながってる感覚って失われないんですよ。
で、それはなんかポッドキャストがあるからなんですけど、今ね、そう、ポッドキャストがそれを代替してくれてるんですよ。
ちょっといいですか、ごめんなさい。
はいはい。
えっと、あれ、そもそもポンさんはスマホから離れたかったってさっき言いました。
そもそも、なんかそう、ずっと離れたかった。
それはなんでなんでしたっけ。
なんかね、それもなんか、なんだろうな、ちょっとずつやっぱ自分がそのスマホの現実によって傷ついてるってことをわかってたんですよ。
その、認識として。
なるほどね。
そう。だから、なんかね、やめたいって思って、それが世界とのつながりではあるけど、
まあ、でもなんかやっぱ傷ついてるなって自分はこれを見て。
なんか世の中の炎上とかそういうのを見て、そう。
だから、離れたかったけど、やっぱ面白すぎるし、やっぱ。
なるほど。
一番面白すぎるし、そうそうそう。
で、なんかつながってる感覚を得られるから離れられなかったんですけど、
なんかね、そうそう、結局その、今ね、私ポッドキャストを、本当にポッドキャストでね、事足りるんですよ。
へー。
本当、私今ね、危機解解と超相対性理論と朝日新聞の砲弾と小麦粉資本主義を発揮しろと、野村さんのニュースコネクトだけで生きてるんですけど、
マジでね、本当これでね、世界とつながりますよ、本当に。
あーそう。
本当にね、これで十分って感じで、なんかね、あの前ね、私一個思ったのが、この前そのコメント欄、コメント論のところで、
人はコメント見に行ってるって話がしょうごさんからあったと思うんですけど、
はい。
なんかニュースもめっちゃそうだなって感じたんですよね、そうそうそう。
なんかそう、ニュースも、ニュースだけを見てるんじゃなくて、そこで人が思うことを見たくって、
ツイッターとか見てたんですけど、ポッドキャストはだいたいその、なんか本当にニュース番組っていうのを除けば、
だいたいがその人の考えを話してるから、
それと一緒にね、入ってくるのがめっちゃいいなって思って、
全然なんかそれだけでね、そう、いいなって思ったんですよ。
なんかその、5つぐらいさっきあったと思うんですけど、その5つに縛られることへの、なんとなくの、
いや、なんかね、いや、ありますよ。あるけど、なんか、もうハッピーだからいいやって感じになってきた。
別になんか、
ハッピーだからいいや。
そう、なんかそう、自分のなんか、今の、これ私1ヶ月だから今、初めてそれを、
だから多分今の状態ではまだいいのかもしれない。
なんかまだ自分の心がハッピーで、なんか解放されたから、それでいいって思ってる。
もしかしたらもうちょっと、なんか時が経ったら、
あ、なんかこの5つに1つだけの世界では、もしかしたらダメなのではみたいな、思うかもしれない。
そうそうそう。
けど、けどね、なんか、けど、でもね、この5つに加えて、その人と話をする、職場の人とか、
友達と話をするっていうことの、なんかね、自分の中でそのね、尊さみたいなね、その実感の尊さみたいなのを、
より感じるようになったって思って、なんか人の言説が入ってこなくなったから、
なんか相対的に、その周りの人の純粋な感情っていうのの価値が自分の中で、なんか高まるっていうか、
なんかその人の考えを知れることが尊いなみたいな、っていうね、なんか気持ちになってきたって話。
いやまあそれはそうでしょうね。
うんうん、そうなんですよ。
なんかね、ちょっとね、でもね、いっぱいにもうちょっとね、考えたことはね、あるんですけど、どうしようかな。
どうしようかな。もうちょっと私の話をしてもいいのかな。
じゃあ1個だけお話をすると、僕の今回、人生で何かをデトックスした経験で、
テーマにしてもらって考えたんですけど、記憶はないですと。人生で何かをデトックスしようとしてしたことはあんまりないんですけど、
今の話につなげて1個言うとすると、僕も不可抗力的にデジタルデトックスになったことはちょっとだけあって、
スマホが不調になった時ですね。
そうなんだ。
1ヶ月なんてレベルじゃないけど、1日2日ぐらいスマホの、もっとかなりミクロな単位だけど、
だからSIMがいかれて、なんか外で通信ができなくなったから、外でネットが使えないっていう環境に1日2日なったことがありました。
へー。
その時は、ただただストレスでしたね。
あ、そうなんですね。
それ、何ができなくなったんですか、そのことによって。
外でネット通信がすべからくできなくなるんで、電車の中で、ダウンロードとかしておけばあれだと思うんだけど、
電車の中でポッドキャスト聞くなり、エピソードを見るなりはできないし、
何か気になったことを調べるのもできないし、電車の時間を調べるとかもできないし。
あー厳しいね、それ。
普通にストレスだった。
あー、ストレス。それは確かに全然ハッピーとかにならないですね。
まあまあまあ、そっか、でもそれはあれですね、スマホがもうライフラインとしてスマホを使ってるからってことか。
それは嫌ですね。
それはきつい。
それぐらいなんですね。
そうなんだ、私このポッドキャスト終了するにあたって、職場の人にも聞いてみたんですよ、デトックスって。
そしたら2人の人に聞いたら、2人ともデトックスした経験がないって言ってて、
私それはびっくりしたんですけど、1人はデトックスが逆にできなくて、できない人生だったと思って、
精神が満たされないから、それを物質的に豊かになりたくて物をたくさん買っちゃって、ぬいぐるみとかめっちゃ買っちゃって、
その時もう分かってるんですって、もうこれどうするんだって。
でもなんかそれが止められないって。
そうなんです。
で、なんかそういう話とか、あとはなんかもう1人の人はデトックスしたいと思ったことは逆にもうなくって、
ずっと足りないと思い続けてきた人生だったから、自分の何かが。
だから転職とか結婚とかいろんなライフイベントでそれを埋めたらしく、
なんかね、昔の人生はイライラがなくて、それがない人生であることが逆にダメだと思って、
なんかね、いろんなものを埋めようとしたっていう話をしてて、
私ね、これもうちょっと深掘りたかったんですけど、ちょっとその時深掘れなくて、
軽めに聞いちゃったんですけど。
どっちも何か依存症感を感じる。
そうなんですよね。どっちも何か、そうそう、何か足りないから埋めたいっていう。
何かを埋めたいって、その衝動なんでしょうね。
そう、なんかそれ、なんかあんまり私分かんないんだよなーってそれ思って、
逆に何か自分の空間足りないと思ったことあんまないなーって。
なんかそうそう、なんかね、自分は逆に何かハッピーで満たされてるって思ってるから、
何か逆に、逆にデトックスしたいって思うの、思うかなーって。
どうなんだろう。
今の話どうしようかなー。
今の話はね、あんまり分かんないですね。
まあ、そういう人はいるんだろうなーという感じは。
いや、そうなんだよ。
そうですね、私が何か聞いた例が、局所的にそうだったのかもしれないけど。
でも、何かどこにあるのか。
今の話つなげちゃうと、ちょっとどっから話そうと思ったんですけど、
まあ、でも今の話はつながるかもしれないな、つながるかもしれない。
多分、僕は結構意識的に逆に毒を摂取しようとしてるっていう感覚はあると思うんです。
気になる。
これは、僕は物に執着がほとんどないので、完全に情報という話になるんですけど、
情報に関しては、例えば情報デトックスするってことは、さっき言ってくれたように薬薬になるようにするとか、
そういうことだと思うんですけど、そういうことはほとんど考えたことがなくて、
むしろ可能な範囲でできるだけ多くのものを触れようとはしている感がある。
余談ですけど、さっきのニュースでコメント見るみたいな話も、
この間、YouTubeショートドアとか一緒に回ってきたので、
あずまひろきとかもヤフコメが好きだみたいなのをすごい言ってて、
めっちゃわかると思ったんです。
ヤフコメのゴミの吐きだみたいなところから、
実際に世の中の人は、つまりヤフコメにいる人は何を考えているのかみたいなのは、
できるだけ知りたいなみたいなところがあるから、
あれって別に毒にしかならない気がするんですよね。
毒にしかならない気がするけど、でも摂取しようとしているかもしれないし、
あと僕はネットの記事とかをできるだけ多く読んでみたいなことをしてますけど、
あれも面白いものだけを読もうとしているかというと、
ちょっとそうでもない部分もあり、逆につまんなそうだけど、
一応読むかみたいなのも結構あります。
それは何なんだろう?つまんないけど。
それは僕が今の話のまとめは、やっぱり結局いいものとか面白いものを自分で判別する。
毒じゃないものを判別するには、
療薬を判別するには毒が何かを知ってないと、
そうすると療薬が何かはわかんないんじゃないかなと、
多分僕の中でも根拠原理としてあるので、
だからよくわかんないゴミみたいな記事を読めづらいなと思ったりとか、
何か大したこと書いてないなと思ったりすることも一定重要かなと思っているので、
あんまりそれをきれいさっぱり読み取りしようとしている、排除しようとはしてない感じがあるんですよね。
そういうことですね。なるほど。
Xもそう。Xもノイズがあるのが言い違い。
おすすめは別の何かがあるからちょっとあれなんですけど、
逆に言うと僕はリストみたいなのを作って見ちゃうんで、
そのリストに入れた人の投稿は大体見るわけですけど、
そうすると別に興味ない投稿とかも流れてくるわけですが、
そういうのもある人のノイズ的なものとしてあってもいいかなと思っているのはあるんですよね。
あんまりきれいにしようとしてすぎてないかも。
あえてそのノイズを残して自分の評価軸を磨いてるって感じですね。
きれいに言ったらそうな感じかな。
評価軸を磨くまで考えてないけど、
言わなくていいものばっかりじゃないはずだから、
いいものばっかりだけを見てると何か違うんじゃない?
あ、なるほどね。
毒を意識的に摂取するって話は、
私も同じようなことを振り返って思ってて、
私アサイリオンの小説読むのめっちゃ好きなんですけど、
それとツイッターのおすすめ欄見るのって本当同じ原理なんですよ。
あ、なるほど。
人の嫌なところを見れるのがいいんですよね。
それがめっちゃ面白くて、面白いっていうのが一つと、
あともう一個は、将吾さんが言った毒っていうのが、
私はそれを毒で終わらせない、
毒で終わらせずにっていうのを考えてるんですけど、
例えば私がめっちゃ性格悪い人に現実で出会ったとすると、
その時のことを思うと、
私は目の前の人間と同等かそれ以上に、
その悪であるって感情を、
自分が自分の感情でそう思わなくても、
それを知ってるってことだけで、
相手に対しての抵抗の手段になるって思ってるんですよね。
その感情のインプットとして、
ツイッターのおすすめを見てたっていうのを振り返って思ってて、
それが今は、
それが自分にとって大事だったけど、
同時に傷ついてもいたから、
それは今それを考え、考えにちょっと良くないなって思って、
でもね、私その蓄積があるから、
別に今やめても、
全然抵抗の、私が思う抵抗の手段は持ってるから、
別に何かいいんやって思った。
振り返って思ったの。
そういうふうに意識的に毒を摂取してる。
でも、浅い量が一番上手い形で書いてくれるから、
もう浅い量で創設があればいいや。
もうちょっと。
それはそうかもね。
そんな感じで、
あとね、私ね、
それは毒を意識的に摂取していて、
そこからそれが自分の中で良いと思ってたっていう例なんですけど、
なんかね、私1個デトックスに対して考える中で、
なんかね、めっちゃね、
この発言ってその通りだなって思った発言が、
思い返してみて思ったんですけど、
ダンチラジオで、福岡匠さんと鈴木ジョルニモさんが来た回で、
福岡さんが外密の概念っていうのをずっと言ってると思うんですけど、
私ちょっとまだお気配的をつんどくしてるから、
正確に理解できてないんですけど、
インターネットが密になってて、
外密の空間があるんですけど、
ジョルニモさんが言ってたのがめっちゃ面白いなって思って、
人はみんな密の空間からその空間に行きたくて、
で、なんだろうな、
行きたいから、そういう風にその空間に行ってるんだけど、
その結果、どこにも足場がない状態になってる、
みたいなことを言ってて、
まさに私ってそうだなって思ったんですよ。
いろんなものから逃げたいっていうか、
逃げたくて、
それに関連して、もう1個めっちゃこれその通りだと思ったのが、
しょうごさんがちょっと前につぶやいてたやつで、
昔の人間は現実から逃げたくてインターネットに行ってたけど、
今の人間はインターネットから逃げたくて現実に行ってるみたいな話があって、
覚えてますか?
これ記憶ある。
ソースビーツとリベンジしたらラムコってアーティストのインタビューの中で、
ラムコが言ってた話で、
ラムコは多分今20代中盤とかだから、
本当にデジタル、真っ只中の世代なんですけど、
そういうコメントをしていて、
今の感覚ってそうなんだなってめっちゃ思ってて、
僕もすごい印象に残ってる言葉ですね。
そうそう、なんかね、私もめっちゃそうだなって思ったんですよ。
あ、そうなんだ。
で、なんかそう、自分の足場が、
中学生の時にインターネット初めて触って、
その時はツイッターで、
本当知らない人と、学校以外の人と関われるのがめっちゃ面白かったですよね。
会ったことない大人とか、でも好きなものは一緒な人がいるのが、
めっちゃなんかすっごい楽しかったんですけど、
今は本当なんか、そっから逃れたいって気持ち。
で、現実との関わりを得たいって気持ちがあって、
でもなんかね、私なんか基本的にいろんなとこから逃れたいから、
なんかそれもやっぱ、なんか現実だけになると嫌だから、
やっぱどっかで接続点を持ちたくて、
インターネットを見たり、なんかポッドキャストを聞いたりってやってるんですけど、
なんかそういうね、自分がいるっていうことを、ちょっとね、振り返ってみた。
なんか、
昨日もその職場の人と話してて、MBTIの話になって、
なんか私はすごい、その人から見ると自由らしいんですよ。
すごいのびのびしてるって言われたんですけど、
でもなんか実はその自分は、
なんかそういうのに縛られ、なんか規範とかに縛られてる意識があるから、
逆にそこから縛られないようにしようと思って、
なんか逃げたいと思って自由に振る舞ってるのかも。
とか思ったり、ちょっとなんかこれ私の話になっちゃったんですけど。
やっぱな、それが逃げるということがデトックスになっていきます。
なんか自分の人生を通して、自分がデトックスしよう、
なんだろうな、なんかしようと思ってしてきたってわけじゃないかもしれないけど、
結果的に、そのどっかから、どこから、どこの空間からもなんか逃げてるってことが、
デトックスになってるのかもみたいな。
なってるっていうか、それがなんか良いことか悪いことかわかんないけど、
でもそれはなんか私だけじゃないんだってことを、
この前のダンチラジオを聞いて思ったんですね。
時代の空気としてあるんだろうなっていうのを。
なるほどな。
そう、なんかね、それが。
なんか話してもいいですか。
つながるかわかんない話だけど、せっかくなんでしょうかなと思った話で、
この話をちょっと考えたときに僕は思ったのが、
そもそも有害ってあるってこと?
デトックスって有害物質を排出するみたいなプロセスだって、
Googleとかにいくと出てくるんですけど、
有害とは何なんだろうみたいなことは結構考えちゃったんですよね。
面白い。
これはさっきの話とも通じて、毒を摂取する、毒って何なんだろうって話だと思っていて、
で、なんかちょっとそういえばそうだよなって思ったのが、
そんなに詳しくないんで書いてただけですけど、
アレルギーってなんか結構不思議だなって思っていて、
アレルギーって僕はそんなによくわかってないですけど、
食物アレルギーみたいなのって結構何が何が食べられないとかみたいなのはあるけれど、
アレルギーって治すみたいな考え方もあって、
少しずつ苦手な食物とかそういうのを摂取することで、
徐々に反応しない体質に変えていくみたいな、
そういう療法があるらしいと見聞きしますと。
そんなに詳しくないんでわかんないですけど、
それってつまり毒なんだけど、
毒をちょっとずつ摂取することで毒になれていくみたいな、
そういうような話のようにも聞こえていて、
つまり結局有害って何なんだっけっていうことがよくわかんなくなっています。
というのがまず一個で、
ちょっと今の話は実感ずれちゃったんですけど、
さっきのポムさんが挙げてくれたラムコの話とかもそうなんですけど、
直近アビスっていう音楽メディアと言っていいのか、
プラットフォームと言っていいのか、
そういうものがありまして、
そのアビスが雑誌を出したので、
そのトークイベントがあって、
てやちゃんとか長畑さんとかも出てたんですけど、
それに行ってきましたと。
そこで結構面白かった話の一個が、
アビスって結構特徴的なのが、
アビスっぽいアーティストみたいなのを結構ピックアップというか選んで、
メディアでも取り上げていたりだとか、
あとアビスサークルっていうフェス的なものもやってたりするんですけど、
そこでもそういうのをやってますと。
本当にアビスっぽいみたいなアーティストっていうのが結構いるんですよ。
さっきのラムコもちょっと近いかもしれないし、
いわゆる2020年以降のハイパーポップシーンとかはちょっとアビスっぽい感じがあるんですけど、
それは一旦置いておくとして、
アビスで扱われているアーティストみたいなのの特徴、
こういう特徴があるかもみたいな話が面白くて、
インスタ、最近のアーティストとかで多分インスタとかに、
自分のインスタがあってそこで告知をしたりだとか、
Xって言われたとかは結構多分インスタでやるアーティストも書いてるっていうのは、
それは何となくわかると。
なんだけど、アビスのアーティストはインスタに行っても情報が何もないんですって。
え?
インスタはあんまりちょっと詳しくないんですけど、
多分普通はポストとかで今後のライブの予定だとか、
過去の写真とかを載せてるだろうと精査するんですけど、
アビスのアーティストとかは写真とかもほとんど載っけてない、
1個もないとか、1個もない割合かわからないけど、
普通に全然関係ない写真だけが1個だけ載ってるとか、
あと説明欄とかにも全然情報がないみたいな、
そういうアーティストも多いらしくて、
じゃあどうやってやってるのだと、ストーリーとかなんですって。
ストーリーで消えちゃうものだけでコミュニケーションを取ると。
それはどういう話なのかというと、
何かを残しとくということに対しての抵抗感というか、
そういうのをすごく感じてるアーティストが多い。
アビスの周辺では多いみたいなやつだし、
確かに世の中的にも、
最近BDRとか盛り上がってますけど、
残しとくというよりかは消えちゃうことをストーリーもそうだと思うんですけど、
どっちかというとこっちの方がすごくよく使われてるような感じがして、
取り扱いなくなっちゃったんですけど、
僕が言いたかったのはデトックスというか、
何かを残しとくということのデトックスというか、
そういうのを消していきたいみたいな、
そういう流れがあるのかなみたいな、
ある種の情報デトックスなのかもしれないけど、
そういうのが何かあるのかなみたいな。
面白いですね。
インターネット上に情報残したくない。
ランコのハッキーの話もそうかもしれなくて、
インターネットが結構しんどいから、
インターネットに何か残したくない。
逆にリアルに逃避するみたいな、
アビスの話はリアルに逃避するとはちょっと違うかもしれないけど、
そういう情報のデトックスみたいな流れは、
すげえあるのかなみたいな。
なるほどね。面白い。
全然その界隈知らないから、
逆にそのポッドキャストとか文振りとか、
自分の考えを残すことに価値があるっていう風なところで生きてきたから、
全然何か違う潮流があるんだなっていうの、
めっちゃ驚きなんですけど。
これは本当にそうで、
あまり開始もしてなかったからあまり言うの悪いかもしれないけど、
長畑さんが言ってたのは、
アビスのイベントも、
結構人来てたら100人弱ぐらいだっぽいんですけど、
Xとかでも別に全然研究してる人いないんですよねみたいな話をしていて、
みんなストーリーとかでやったりするから、
あんまり残そうとしてないみたいな。
それに対して長畑さんが、
Xに感想書くみたいな人っていうのは異常者ですからねっていう話をしていて、
めっちゃわかるんですよ。
異常者なんだろうな。
異常者の集まりなんだよね。
そうなんだろうなみたいなのは。
へー、そうなんだ。
やっぱり世の中は、
あれ何か言おうとしてて忘れちゃったな。
でもやっぱり世の中はそういう感じなんだろうな。
さっきのコムさんの話をつなげて、
だから僕も思ったのは、
ちょっとそのボスの感じはわかんないけど、
でも確かに世の中のメジャーな潮流っていうのは、
いわゆる言語化みたいな話とか、
さっきの文振り的なのもそうだし、
アーカイブをちゃんとしておく、
みたいなことをしたいと思ってる人、
日記もそうかもしれないんだけど、
そういう流れはあるんだろうと思っていて、
おそらくそっちの方がメジャーだろうと思う。
ただそのメジャーなのに乗り切れない人がいて、
そのオルタナティブが結果として、
そういうアビス的な感性として表出してるっていう、
感覚を見方は結構ありえるかもなと。
へー面白い。
結構面白い音楽の流れとか、
そういうのをつかんでる方は、
オルタナティブの方な感じは結構するんで、
もしかしたらこっちの方がメジャーになっていく可能性は、
全然ないなーって。
それは面白いですね。
もうみんな倍に疲れ切って、
本当に自分がハッピーなものってなんだろう、
みたいなのを模索してるのかもしれないですね。
そういう人たちが増えているかもしれない。
これもあんまり言っちゃうのはあれだけど、
アビスのその時のイベントでもう1個面白かったのが、
アーティスト名を言わなきゃいけない。
あるアーティストが、
ヒップホップとかって、
ヒップホップに限らないか。
アーティストは作品とか出していくじゃないですか。
一定の規模だと、
自分が作ってからリリースするまでに、
ある程度感覚が開くのだろうというのは、
容易に想像がつくんですけど、
あるアーティストはリリースした時点で、
もう俺今この気分じゃないんだよな、
みたいなことを言ってたりするらしいんですよ。
そうなんだ。
それは今の話と繋がるんだと思うんですけど、
分かるのは、やっぱり今は自分がどう思っているか、
今自分がハッピーなのか、そうじゃないのか、
みたいなのが、これは良くも悪くも、
そういうのへの思い向きっていうのは、
強くなっている気がしてて、
それだけのがすぐ消しちゃうみたいな話もそうだと思うんだけど、
自分残しておくと、
一貫性みたいなのを考えざるを得ないじゃないか、
そういう圧力が生まれると思うんですけど、
それに対するちょっと重さというか、
なんとなくプレッシャーみたいなのがあるような気がしていて、
だからその時その時に自分がどう思ったのか、
その時の自分の気分に合うことをしたい、
みたいな、そういう話も結構あるんだろうなーみたいなのが、
ちょっとデトックス関係あるの分かるでしょうけど、
いやいやいや、それはなんか面白い、
なんか一つのデトックスの形なのかもしれないですね、
そうやってなんか、
私って結構なんかアーティストだと、
自分の文脈を知ってほしいとか、
その文脈を詰めにいたいとかって思っている人が多いのかなって想像してたんですけど、
そこがちょっと考え方が変わってきているのかもしれなくて、
文脈があるのと同じで、
何にも情報を出さないわけじゃないから、
ただ多くの人に知ってもらいたい、
それもちょっと違うんだろうな、
違うのかもしれないけど、
でもこの出し方が、
いわゆるちゃんと広くあまねくの人に届けるという感じでは少なくともない、
へー。
なんかもう自分変わっても全然前と変わっても、
さっき言ったリルベシュラームコとかもインタビュー見せて、
そうだよなって思ったんですけど、
音楽へとは結構ガラッと変わってきてるんですよ。
あ、そうなんですか。
なんか昔のすごいイケイケな感じとは、
ちょっとだいぶ落ち着いてきて、
風貌もステッニーみたいになってるなって僕は思ってるんですけど、
え、そうなんだ。
もちろんアーティストで音楽性変わるっていうのはよくある話だと思うんですけど、
なんていうか、これも超直感で話すけど、
今まではそこの変化になんとなく理由づけをする、
こういうことがあって、今はこういうのがあるからこうなんですみたいな、
ステートメントちゃんと出してたんですね。
そうそう。
それでオーディエンスに対して説明をするというか、
なんとなく伝えるような気がするんですけど、
ラムコとかちょっと違うんだよなみたいな、
もう今気分じゃないんでこうなってますみたいな、
そういう感じに見えていて、
逆にオーディエンス側もそっちのほうがしっくりくるのかなって。
もうなんか説明されたくないっていうか、
説明が嘘っぽく聞こえちゃうんじゃないかなと、
本当のことを話してほしいみたいなのと違うかなと思っていて、
説明がすごく嘘っぽく聞こえちゃうと一気に冷めちゃうから、
だったらというわけじゃないんだけど、
普通にだいたい多分そうじゃないですか、
別に特にアーティストなんかがそんなすごい色々考えて作っているわけではないでしょうから、
なんとなく今の気分はこれなんですっていうのを、
ただそれじゃ伝わらないから一応それっぽく差し立てているだけのケースが多いだろうと推察するので、
そうすると普通に今この気分なんですよねみたいなことは知っているし、
それは前回の不機嫌の話に近いかもしれないけど、
そういう感情のほうが伝わってくるっていう気持ちもあるんじゃないかなっていう。
あるかもね。面白いですね。
言語化と全然違う流れが来てるわけだ。
面白い話だな。
そっちのほうが結構やっぱり言葉じゃ伝わらないよねみたいな感じになってきているのかなって感じがするんだよな。
ギルティー・タンサのオープンもじゃあそうなんだろうな。
その雰囲気を消費したいみたいな。
でもそうじゃない?あれもそのイメージが強い。
あれもそのイメージ。
あれが当たっているのかよく分かっていないけど、
当たっていない。
当たっているとしたらそっちだと思う。
当たっているとしたらね、ただプロモーションが上手いだけなのか当たっているのか分からないけど。
なるほどね。
無理に繋げるとデトックス、言葉のデトックスみたいな。
あるかも、あるかも。
バイブスでしかやり取りしたくない。
分からんでもないっていう感じかな。
面白いな、あるかもな。