共同体と祈りの重要性
じゃあ始めていきますねー。 レター結構いろいろ皆さんの感想をいただいたんですけど、結構ね、皆さんアーメンというか、
考えさせられましたっていう意見があって、僕も自分で喋ってて面白いなというか、考えさせられたんですけども、面白いですね。
で、ジュミさんからレターいただいてましたら、最初にちょっと紹介しますね。
個人的に祈りたいことがあって祈り始めたのに、 大抵そのことよりも次々と家族や神の
家族や日本、イスラエルなどへの祈りが自然と出てきてしまうとき、 精霊様が祈りを導いてくださっていると感じます。
つい生きていると個人のことで一杯一杯になりますが、 精霊様はそうさせない力があるとか、ありますか?
っていう質問なんですけども。 チェスさんありがとうございます。
その通りだと思いますね。 僕もやはり普通に生きていると
人間の心というのは自分を中心に 生きるのは当然であり、目の前の問題ややるべきことを考えるので、やはり立ち止まり
精霊様に満たしてもらうために 集中して、そして祈りの流れに入るときに自分ではないもののために対する思いや
祈りが出てくるというのは私たちの霊だけでは難しいなっていうのは僕は思いますね。 クリスチャンの世界ではプラスワンって言ってね、自分プラス誰かのために祈ろうとか
スキルというかテクニックとして誰かのため、国々のためにっていうのを、 意識をそちらに向けるという上でやることもあるんですけども、もちろんそれもすごい意味あると思うし
思い起こすために、ただやっぱり精霊様というお方ご自身が 本当に心からの祈るべき
コミュニティ共同体、そして主の御心というのを導いてくれるんじゃないかなと思いますね。 なので前回話した内容で言うと
常に私たちを憎む、私たち自身というのが自己中心的な、自分の信仰のみに引っ張られそうになるのを
精霊様の満たし、導きによって そうではない神様の御心の共同体や祈るべきもの
というところに意識を持っていく必要があるのかなと思いますね。 ありがとうございますレター
日本における信仰の課題
はいそれでは前回ちょっと 内容に入るのが遅れたので今日は急ぎ早に内容に入っていきますね
前回の復習をね、今回とかなり繋がりがある内容になるので 復習も兼ねて少し話していきたいんですけども
前回は像様ですね宮台真嗣さんの話を出して 共同体と像様の話をしたんですけども
最後に後半にちょろっと天皇という話も出たんですけども 正直これは避けて通れない話題で
こんなに早くこの話をすることになると思ってなかったんですけど 日本論天皇論っていうのを今日は話したいなと思ってまして
ただ政治の話とか右とか左とか ではなくてですね
もっと革新的な話ですね、本質的な話をしたいなと思ってるんですけども このテーマに関しては僕も別に専門家じゃなくて
結論もなければ押し付ける話では全然なくて皆さんと一緒に考えていきたいし そして
一番のポイントは神様が僕らをここに導いているっていうのが多分ポイントで なので僕一人ではなくて皆さんを通しても
少しずつ神様がこのテーマに関して何かもう既に語って 語られてきた方々もいると思いますし これから語り始めれる方もいると思うんですけど
皆さんの中にある種の声というのを集めながら より解像度を上げていきたいなって僕自身は思ってますね
ちょっと前回の復習なんですけど まず
なぜ頑張らないと続かない信仰になりやすいのかって話なんですけども 神様のために生きようと本気で思うってことは多分皆さんね
思われたことある方が多いと思うんですね その決断や決意は多分本当にピュアで本気だと思うんですね
ただしそれで前回言ったみたいに24時間365日走り続けるか立ち続けるかといった時に やはり難しいっていうのは僕はすごく悩みましたし
皆さんの中でも悩まれている方もいると思うんですけども やっぱり家に帰ってからその燃えていた自分が燃えていない自分になるっていうのは
やはり僕だけじゃなくて多くの方が通ったんじゃないのかなと思いますね
ここでのポイントは多くの日本人は自分の信仰が弱いっていうふうに自分を責めちゃう
何かがあればとかいつか成熟すればとか 試練をもっと超えればとかいろんな考えが出てくるんでしょうけどもそういう面も多少はあると思います
ただ
ここでは構造ですよね 構造があっていない だからそういう感情論とかそういうのも多少はあるんだけども
もっと大きな問題としては構造的にあっていないっていうのが大きいんじゃないのかなっていうのが僕は前回一つの考え方として提示した問題ですね
それは何かというと 個人主義という前提のずれがあるということですよね
日本に輸入されたキリスト教は個人主義型キリスト教であり あくまで私と神様の関係が中心だと思うんですね
これは僕はもうキリスト教コミュニティで生まれ育ち 多くのクリシャン そして教会 牧師先生のメッセージを聞いてきましたけど
もちろん天皇のために祈ってるであったり 日本国の救いをとか言われる方もいますし アーメンなんですけども
やはりほとんどのメッセージや信仰が私と神様の関係 私の内面 私の信仰の成長
言ってもやっぱり家族の救いまでだと思うんですよね なので非常に個人主義 個人の信仰だなっていうのを思いますね
我々の流れで言うと 7つの山を勝ち取ろうであったり 社会変革であったり カウンターカルチャーですよね
サブカルチャーじゃなくて既存文化に対抗していくとか そういう教えもあるし そういうことをしている人たちもいるっちゃいるんですけど
言うてもまだ日本で本当にそういうことを 実際どうやっていくのかっていうところで
やっぱりまだまだ今までの個人主義型の進行で 歩まれてる人が多いなっていう印象ですね
ただし日本人って個人だけでそもそも走れる民族なのかっていうのと 自分のためだけなら諦めちゃうんじゃないですかっていうのがポイントだと思うんですね
で 前回は家族のため仲間のため守りたい顔があるときに 立ち上がれる感覚はあるんじゃないのかっていう話をして
これは弱さではなくて日本人の冷静なんじゃないのかなって 日本人の やはりたまものですよね 特性だと思うんですね
話し取れますけど 僕マーシャルに住んでた時に 自治会長とか管理組合の理事長とか
本当に神様の流れでやらざるを得なくなってやったんですよ まさしも副自治会長とかなんかやってるんですよね 今自治会長かな
クリスチャンで多分こういうことやる人少ないんですけど 教会があるので教会の奉仕忙しいっていう理由とか そういうのにあんまり関わらないんですけど
地域コミュニティは非常に弱っていて問題三石なんですけど そこを僕もまさしも経験させてもらえた それも多分お互いすごい種の強い導きがあったんですけど
神の御心と共同体の回復
この経験を通しても神様は教会を祝福したい それもありますけども やはり神様は地域コミュニティを見捨てておられない
日本のコミュニティに神の人を使わそうとしてるっていうのは すごいあると思いますね なので我々はその人たちを教会に連れて行って福音を伝えるのではなくて
我々がその地域の問題を解決するために神様から使わされたっていう方向が やっぱり神の国のやり方なのかなと思うんですね
ちょっと話戻しますけど とりあえず戦後どんどんそういうコミュニティは崩壊していき そしてお金の支配がどんどん及んでいくことによって絆も失われていった
でも神様は僕とまさしとよっちゃんの中に 贈与ですね 無償で与えるということで絆を回復していくということを強く導かれたということですね
その個人主義が私の中にもこれほどまでに強く根差していた そしてお金の支配がこれほどまでに強かったっていうのにも気づけたのがこの3年間だったんですね
なのでこれはテクニックではなくて 内側から溢れ出る神によってアイデンティティが回復され 神によって生き方が回復されていった人たちの内側から溢れ出る生き方が贈与であり
その結果生まれる絆でありコミュニティなんじゃないのかなって今は思ってますね
【佐藤】そしてですね 神様のためだけにはやっぱり人は走れないって話で これね 皆さんすごくアウメンって言ってくださって
そうだなって思ってくださったので すごい感謝なんですけど よくよく考えたらそうですよね
神様と私だけで良ければ そもそも地球作る必要はあんまないし 物語やストーリー 資源や出会いや家族とかいらないですもんね
なんでそんな面倒くさいことするのって話ですよね
でもやはり神様が家族を作り 夫婦が結婚し子供を育て そして国ができ
多くの多種多様の民族を神様が導かれたと考えると 当然ながら私のためだけで生きる信仰っていうのは
それは宗の御孝と一致しないですよね なので人や国を追求していく
右翼分かんないですけどね 左翼どっちでもいいんだけど 神ではない何かを追求していって
神様が必要ではなくて 神様を追求した結果 神様が国や個人じゃなくて
国や家族にめちゃくちゃ興味がある人なんだな 人じゃないんですけど
っていうのをわかったが僕の流れですね なので当然天皇陛下 日本国 興味ないし
別に亡くなってもいいまでは思ってないけど 本当に興味なかったです
だってそういう世代なんだよね そういう教育を受けてきたので
ただし神様の御心を追求していった時に 神様が興味なくないんやっていうことですよね
私が日本人として目覚めない限り 私は霊的に次の領域に行けないんだながわかったので
私は追求を始めたっていう順序なんですよ 僕の場合はね
【コメント】チェスさん それだけなら山に籠るか修道院に入ればよい
そうですね 本当その通りで 自分のためだけに追求するのであればそちらになりますよね
でもイエス様は山から降りてきた人ですよね 多分ね 民衆の中に入り 罪人たちの中に入ったので
やはり神の性質はそっちだなって思いますよね
ということで 個人主義や個人主義の信仰では燃え続けれない
そして神からの力やいろいろな道しるしの奇跡もあまり来ない理由は
繋がるべきものと繋がっていないっていう可能性があるんじゃないかって思います
ここまでは多分 多くのクリスチャンはそりゃそうだよねってなるんですけど
あと最後ね 初代教会ももちろんそうだったですよね
私の信仰ではなく初代教会のすべてを共有していたってことですよね
なので そこからも確認ができるって話は最後にしましたね
ここからなんですけども 多くのクリスチャンが共同体っていったときに
やっぱり教会の共同体 家族や教会っていうのを考えると思うんですね
それを深めていってもいいと思うんですけど
ただ 今やはり日本の教会というコミュニティは 法会のほうに向かってますよね
新学校が閉じていって 教会員が高齢化し どんどん教会が減ってるっていう現状ですよね
なので現状では リバイバルという表現が正しいか分からないけども
神の霊が教会というコミュニティに注がれ そこに新しい息 命
神の現れが顕著に現れている状況ではないってことですよね
今の日本の教会というコミュニティに
では コミュニティや
つながりが大事なのは分かるけども
教会というコミュニティに限定し 我々クリスチャンが
僕からしたらね 教会ってあんま興味ないんですよ
どうでもいいって感じなんですよ 最近ますます
なんかね 私たちクリスチャン 私たちの教会が祝福みたいな発想が
もうすごく嫌いになってきていて
でもクリスチャンってそれ多いんですよね
僕の教会 僕の教団とかが祝福されるようにとか
それももう自己中心的な信仰で 僕は今感じちゃってて
ごめんなさいね 結構これは本音で言っちゃいましたけど
あんま興味ないなっていうのは正直なところで
昔はまあまあ興味あったのかもしれないですけど
今はますます興味ない ちょっと冷めちゃうんですよね
なんかそういう発想自体が
そこに神の国ってあるのかなみたいな感じですね
神様そこにそんな興味あるのかなみたいな
そんな感じを僕は持ってますね
で 僕に関しては じゃあ神様が関心ある
分かるチェスさん ありがとうございます
分かる 興味ないっすよね
なんかないんすよね なんか冷めちゃうんすよね
教会が祝福されますようにっていうのも分かるんですけど
僕はちょっとなんか興味ないですね
実は少し違和感を感じた方が多いかもしれませんね
ジュミンさん ありがとうございます
そうっすよね 教会がね 全世界を祝福する
まあ日本を祝福する方向に完全に向いてたらいいんですけど
やっぱり自己中心的な信仰を教えられ
それが当たり前普通と思い
そこに違和感を感じない人たちを見ると僕は覚めるんですよね
まあ見下したりさばくわけではないし
過去の自分もそうだったし今もそうなる可能性もあるので
あんまりなんですけど
まあでもどこか冷めちゃう自分がいますね
日本における神の役割
じゃあ神様は何に興味があるのかなんですけど
これは僕も分かってないんですけども
私たち日本っていうのは
避けて通れないって言ったら天皇陛下 日本国っていうもんなんですけど
何を中心にまとまれるのかですよね
教会を中心にまとまるイエスキリスト キリスト教を中心には
これ間違いなくまとまらないと思うんですね
個人主義 西洋のキリスト教では失敗が証明され続けてきたわけですよね
1%の壁を絶対破らないし
日本国がキリスト教国になることは絶対にないわけなんですね
それは日本の特性とあまりにも合わないからだと思っていて
でもそれはイエスキリストが合わないんじゃないっていうのが僕の考えなんですよね
日本人っていうのはやっぱり
西洋 フランス人 イギリス人 アメリカ人
ヨーロッパの方々って個人主義だなってすごい思うんですよ 進行面でも
でも日本人ってやっぱり個人では立ち上がらない
っていうのは歴史的にもそうじゃないかなと思いますね
文化的 礼的な事実として日本人はそういう特性が強いんじゃないのかなと思いますね
ただし日本人っていうのは自分のためなら諦める
という自分を犠牲にしてでも何かのためになら頑張れるんだと思いますね
それが家族 仲間 共同体なら踏ん張る
それが日本人の強さじゃないですかね
これは弱さではなくて だから何て言うのかな
金儲けが下手って言われますよね 日本人って
だって自分がお金を儲けるために誰かを犠牲にしてって
西洋はなんかこう そこの辺が普通にやっちゃいますよね
西洋だけじゃなくて南米とかアフリカもそうかもしれますけど
でも日本人はそれが僕はかっこいいと思っていて
そんなもののために人を蹴落としたり勝負したまで勝つことに何の意味があるのっていう感覚ですよね
これは僕は弱さじゃなくて日本人の礼的なパワーだと思っていて
なので西洋型の私と神様の関係を中心にした信仰だと理解はできるんですけど
まあ体が動きにくい 前回ちょっと話しましたけど
なので信仰的に間違ってるんじゃないと思うんですよね 日本人は
噛み合ってないんだと思うんですよ 噛み合ってない
かっこいい日本 そうですよね 日本人かっこいいですよ 本当に
信仰と文化の調和
ほんまに思いますね
多分ね 日本人ってね お父さん 長男なんですよね 本当は
あの 韓国のあるリーダーが
日本人はヘッドだって言ってね 主から語られた
で韓国が首で中国が体なんだと
だから頭である日本が回復しなければ
アジアは主の見心ができないんだって話をしてたし
ある方が
これ話すと長くなる やめます
他のためなら生きれれば日本人は楽しいと思うの そうですね
あの 日本人ってやっぱすごいですよね
神仏集合ですか 混ぜますよね全部 これね
僕誰かからも質問を受けたし
これ良くないよっていうね 意見ありますよね
良くない面もあるけど これできるのって日本人だけなんですよね
でなんでこれがすごいかというと
これ今日の内容ちょっと飛ばしますね
こっちの方を話しますね
今日の朝僕主に祈ってたんですね
で 今日ね 日本の神百選みたいな本を読んでたんですよ
いざ波とかね ちょっと今開きますわ
ペーン キサガイ姫 ウムギ姫とかね
ペーン 王神天皇 ペーン テングとかね
ありとあらゆる神が出てくるんですよ
でこれ読んでて そうですね
まあ分からないっていうのが正解で
もうなんかいっぱい神様おるし
物語もよう分からんなーみたいなね
なんでそこで斬るのとか殺すのとか
なんで口からそれが出てくるのとか
よう分からんストーリーがいっぱいあるんですけど
よく分からないと
でこれは神の国から来たのか
暗闇から来たのか
イエスに関することなのか
人間が作ったことなのか
分からないが正解なんですよ
でその分からないなと思いながら
礼拝に行き
今日賛美の時に祈っていたのは
神様 日本には多くの神々がいますけれども
あなたの霊を
あなたの霊王に祈る上で
まあ一つの説として
アマテラスもそうだったって説もあるし
大日如恋ですか
アマテラスと同一
主人夫集合した時にね
っていう話もあるし
稲荷のインナリのね
アルファベットがイエスの十字架の上にあったとか
ありとあらゆる
キリスト教と繋がる説はありますよね
信じる信じないご自由になんですけど
僕も分からないし
これは誰も証明できないと思うんですよ
ただ一つの結果として
日本という国が美しいですかっていう問いなんですけども
神様にそう言われたんですね
あなたは日本は美しいと思うかいっていう問いに対して
これね
たびたび紹介している
チーマルでも
天動説では
惑星が汚く蛇行するんですね
計算不可能ではないんだけど
すごく汚い縁になるんですよ
それを美しくないと思った人が
地動説
地球が動いてるんじゃないのかっていう説で
どっちの方が君は美しいと思うって問いをするんですけど
それと似ていて
確かに完全なものを作る神が
これほどに美しくない世界を作るだろうか
っていうところから
ある登場人物は
地動説を研究しだすんですけども
日本が
美しいですか美しくないですか
って言った時に
美しいですよね
いろんな面で
僕がすぐ思いに来たのは
田舎の里山の美しさですよね
これは天皇が
かなり以前の天皇が
牛は食べるなと
大豆と魚でタンパク質を取り
鳥は食べてよかったと思いますけど
里山を森を守るために
牛を飼育をして牛を食べることはするな
っていう何か命令を出したみたいで
それで日本人は牛を食べない
文化があったので
牛をやはり放牧し
牛を人間が食べるために
大量に作ると砂漠化するみたいなんですね
やはりいろんな国々で
近代山がなくなって
砂漠化していってる理由の一つとしては
やっぱ牛を食べてきた
歴史があるみたいなんですけど
日本の里山がきれいな状態で
現代までまだ保たれてる理由としては
それがあったと思うんですね
じゃあそういう考えを持てた天皇陛下も
日本を美しいまま保ってますよね
あと日本の巧みの技とか
明らかにこの国の
手の技は祝福されてますよね
僕も海外10カ国ぐらいは行ってますけど
街がやはりきれいですよね
戦前ですか
江戸時代とか日本に来た外国の人は
女性が街を外を歩いていても犯罪に遭わない
こんな国ヨーロッパでは考えられない
ということであったり
いろんな面で
日本人が日本を
神の国的にもすごく美しく保ってきてる面が
僕はすごくあると思うんですね
それを考えていくと
僕は全然分かんないですよ
日本の神様とか文化とかね
キリスト教の文化でそうだったので
そういうのはダメだよとしか教えられなかったので
なんかね
行くことも
関わることが悪だっていう風に
雰囲気的にあったんですね
なので全然触ってこなかったんですけど
でもやはりこの年になり
日本というのを
世界から見た日本というのが分かるようになってきた時には
やはりこの国は特別に
美しい国だなっていう風に
感じるところもたくさんあるんですね
そうじゃないところも
それは逆さがいっぱいあるんでしょうけども
そう思います
であれば
悪魔ってやっぱり美しくないものを生みますよね
ドラッグに蔓延する街もそうですし
本当に暴力が支配する国々
街々もありますし
そう考えた時に
日本という国を導いてきた
目に見えない
日本人が対話してきたお方というのは
秩序や美しさをもたらす神であったんだろうな
っていうのは分かりますよね
なので
ちょっと戻しますね
天皇かキリストか
国か神か
そういうなんかね
西洋キリスト教は二者卓立の問いをしてきたんですけども
そうじゃないなっていうのが
僕はもう一つの選択肢があるんじゃないのかな
って今思っていて
ジュミさん美しいか美しくないか
めちゃくちゃ素敵な基準だと思いました
そうですね
表面的美しさじゃなくて
本当に本質から来る
どちらかというと内的事故が
察知する美しさですよね
それをもたらせる霊というのは
僕はやっぱり神
言葉を越えて神の霊
なんじゃないのかなっていう可能性を今感じているって感じですね
これも皆さんとちょっとこの感覚を深めていきたいんですけど
はいちょっと話戻しますと
福音っていうのは何かを破壊するために来たのではないんじゃないのか
って点で
これね
ぬかが純子宣教師が
タイの地でもやっていることなんですけども
その
西洋の宣教師は村の祭りに行くなって言うんですね
でも純君は
それをしなくて
なんで村人の文化を愛せれるの理解できるのって言って
祭りに行くっていう選択をするって話をしたとしてたと思うんですけど
それですよね
福音っていうのは日本国
天皇陛下を中心としたその国の在り方を破壊するために来たのか
それともそれを完成させるために来たのかっていう視点なんですけども
なので日本という共同体が
神なきまま偶像化されてきたのだとしたら
必要なのは破壊ではなく
あがないだって考え方なんですよね
今までは
破壊までいかなくても
僕は覆われてきてたんですね
全然日本の文化日本の神様神社仏閣
何も知らなければ
何か暗いものとして
良くないものとして
言っちゃダメ
拝んじゃダメみたいなね
そういう感じで覆われてきたんですけども
我々が本当にしなきゃいけないのは
そこにあがないをもたらすことということは
神を中心とした共同体
そのベールを剥がすこと
じゃないのかなって思ってます
天皇論っていうのは
僕ね天皇はね
自分が神とは言ってないですよね
あらひと神宣言とかもあるみたいですけども
これは保守とか隠しの話じゃなくて
この国は何を最上位に置いてきたのか
そしてこれから何を最上位に置くのか
っていうことだと思うんですね
今の天皇陛下は
神様に祈ってますよね
神様と食事をし
神様の前で寝るとか
いろんなキリスト教ユダヤに似てるようなことを
実は祈りの中でされてますよね
それが僕らとつながっている
父なる神のもとに行っているのか
その違うところに行っているのか
これはわからないですよね
わからないんですけども
少なくとも天皇陛下は
神に祈ってるわけですよね
ポイントは
もしかしたら
なんで神様に祈ってるのかというと
天皇陛下は
私が日本国を祝福するじゃなくて
日本国を祝福する神様に祈ってるわけですよね
だから神を一番に置くことでしか
家族も国も正しく愛せないということを
理解はされているような気がするんですよね
そうですよね
この順番を間違えるとやはり
全てが歪むと思うんですけど
前回最後に有子さんがコメントで
有子さん今日はちょっと忙しいですかね
コメントで
神様を一番にするときに
家族がおろそかになっているような
気持ちがしますという話をして
僕が最後に
私よりも父や母を愛するのは
私にふさわしくないという聖書の言葉を
少し有子様が直接語った言葉を
紹介したと思うんですけども
これのポイントは
家族を捨てろという意味ではなくて
神を最優先にするときに
結果として家族が救われるという
パラドックス逆説だと思います
という話をしたと思うんですけど
日本人にとって
この順番ってすごく大事じゃないのかな
と思っていて
神を中心とした共同体の重要性
日本人って
家族や共同体を重視する民族だからこそ
その上に神様
そっちを優先するんじゃなくて
やはり神様を一番にするときに
神様が家族や共同体を祝福したい
お方であるから
結果的に家族や共同体が
祝福されるということが起きると
僕は思っていて
これが
我々が
本来祈るべき
本来神から委ねられている
コミュニティ
つまり国をあがなっていく
という信仰が
我々クリスチャンと言われる人々や
神の民と言われる人たちには
本当は必要じゃないのかなって
最近ちょっと思い出してるんですね
なので
日本というのはもともと
あるレベルまでは
神を中心とした共同体だったと思うんですよね
今よりかは間違いなく
その信仰が
何と繋がっていたのか
どの霊と繋がっていたのかは
これから僕自身も主に求めていくし
検証していかなきゃいけないと思うんですけども
もう一度
神を中心とした共同体を
この国に回復していかなきゃいけない
というのは正しいと思うんですね
日本文化の深さと懐の広さ
それはきっと
西洋から輸入された
個人主義的な
西洋周りの
キリスト教では僕は不可能だと思っていて
そしてもっと言うと
日本的神を中心とした
共同体のほうが
ほうがというか
かなり高いレベルですでに
完成されていたし美しかったし
余計なことすんなよ
という視点もあるんですよね
鎖国してたし
もっと振り返ると
日本が全世界に
海洋民族として
出ていってた時代がありますよね
救われてすぐの気持ちを思い出して
もっと伝承をしてほしかった
それも
失うことも多かった
中心として
外国への
禁止や
迫害だった
日本の
国の
エレメント
もっと
教えてほしい
ですし
もっと
教えてもらうっていうポジションでは決してないと思っていて さっき言ったその色々な神様を混ぜるというかその中の
見方を変えるとね 例えばすぐ喧嘩する人っていますよねいやそれは違うわとかさ
でも 成熟すればするほど
その人の中の褒めれる点とか本質を見出して ああそこわかるわとかその視点はいいねってなってきますよね
で多分懐が広くなればなるほどそして多様性や 答えが一つじゃないという感覚がわかればわかるほどそうなってくると思うんですけど
そういう意味においては日本文化が一番懐が深く 成熟している可能性があると思うんですよね
混ぜれるわけだから
これちょっと次回にしますけども それができるのってお父さんだと思うんですよ例えばね
兄弟喧嘩をしますよね 勉強はできるけど走りが遅いお兄ちゃんと
勉強できなくて走りが速い弟は喧嘩しますよね いや勉強が大事なんだ運動が大事なんだ
でもお父さんからしたら勉強もできるのはすごく大事なことなんだよでも運動ができることも大事なことだよね両方大事だよと言えますよね
だから すべての文化や国々の紙まで行くとあれなんですけどでもねその中にある
本質や本当の例の父がもたらしたものを見出せる能力っていうのは 長何年もあるかもしれないですね
不得の深さですよ だから
西洋にある良いも日本人ってそのもなんかいいものを吸収してさらによくするみたいな ありますよねそれも似てるかもしれないんですけど
これはわからないですけど一つの説としては あの我々がユダヤユダヤ人が日本に来たっていう説もありますこれはまあ歴史的かなり
正しくて dna レベルで正しいんでしょうけども そもそももっと古代から言えば日本人がユダヤ人になっていた説もありますよね
海洋民族として そのイエスとかアブラハム以前の世界レベルで言うと日本から世界に何かが出ていってたって説もあります
これももう神様しか知らないしわからないんだけどもその説まで 掘っていけば日本から出ていったものであればそれがまた日本に帰ってきた時に
それを全否定するのではなくてその中にある我々から出ていった本質の要素を受け入れ てあげるよっていう
懐の広さって発生すると思うんですよ これは
完全に説ですし僕も全然わかんないんですけど なんで日本という国が海外の神様やそういう文化を唯一混ぜれた国なのかしかもかなり長い期間に
かけて そして日本が西洋キリスト教は入らない
そして混ざらない ただし私はその中にある本質そして聖書の神っていうのがやはり本当の神だっていう
まあ確信が与えられた家系ですよね 家系でありそういう人生だった
ただ日本を知らなかったし日本を知っていた時に果たして私を救い 私をここまで導いた神は
何を意図していたのかですよね というのを最近考えておりますね
どうですかねちょっと 僕も全然わからないテーマなので
皆さんからのレターや 皆さんも
何かこう感じること思うこと あればぜひ送ってもらいたいですし
ポイントはやはりこう 内的事故の
感じるっていうところをやはり研ぎ澄ましていくことなのかなーって最近思ってるんですけど 言葉や理屈や
それを超えたところなんだろうなぁみたいなを最近すると思います はいということでまぁ今日はちょっと壮大な音山との夜明け
に近づくテーマになりましたけれどもまた皆さんからの感想や質問違和感 いろいろ率直に送っていただきたいなぁと思っておりますそれではありがとうございました
今日はこれで一旦終わります 失礼します