#耳で聴くnote ミクロマコ様「母ちゃんは、好きを諦めない」
2026-06-05 07:20

#耳で聴くnote ミクロマコ様「母ちゃんは、好きを諦めない」

あんまり上手には読めてないですが
気持ちが伝われば嬉しいです。

ミクロマコ様の記事はこちら
https://note.com/makoyomusen/n/n9b7756bb3c10


#耳で聴くnote

企画詳細
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▶ノーターズ新企画始まります。(あでぃさんnote記事)
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00:06
今日は、ミクロマコさんの母ちゃんの好きを諦めない、読んでいきたいと思います。
毎回、記入するボードを眺める。
その日は、授業14回。
おむつ交換10回。
神聖時のお世話は、眠れないのが当たり前。
そう、当たり前のこと。
誰も、頑張ってるねー、なんて声はかけてくれない。
ただ、ただ泣くだけのこの子の命を繋ぐのが、自分の使命なのだと羽織くひしばった。
退院して、自宅での育児が始まった。
とてもよく泣く子で、常に抱いていた。
この子が何を伝えたいのかがわからず、それが苦しかった。
育児って、なんて心身削られるんだろう。
朝まで続けて眠れるようになるまで、2年以上かかった。
自分の食事は、たったままつまみ食いの日々だった。
好きだったことをやる時間も体力もない。
あったかい紅茶を飲むことも、足を伸ばして入る湯船も、
私の日常からは遠い存在になってしまった。
うちもわんおぺだよ。
口を揃えて、近所のママ友と呼ばれる人たちはそう言った。
同じくくりの中にいるはずなのに、その人たちは見た目も華やかで、とってもキラキラして見えた。
なぜだかみんな、そつなく子育てをしているように感じて不安になった。
私だけうまくできない。
私が不器用で効率も悪いから、子育ても家事もうまくできないんだ。
言葉を話せないわがことの、一対一の閉鎖された日々。
身内に不安やつらさを理解してもらえない苦しさ。
私は孤独に苛まれ、どんどんふさぎ込んでいった。
産後から1年は、一言で言うなら苦しかった。
これに尽きる。
そんな日々の中、私がひたすらに続けていたことがあった。
それは毎日娘の写真を撮ること。
仕事でほとんど娘と接することがない夫や遠方に住む両親へ娘の日々の変化を伝えるために写真を撮り続けていたのだ。
03:07
それは私の習慣を超え癖にまでなった。
フォルダーを見ると年間で6000万円以上撮影していた。
家からほとんど出ることもなく、よくもまあそんなに写すことがあったものだと今は思う。
そんなある日、プロのカメラマンさんが赤ちゃんの写真を撮ってくれるイベントを偶然見つけた。
娘を撮ってもらいたい。
その一心で家からほとんど出なかった私と娘は初めて電車に乗った。
バスと電車を乗り継ぎ片道1時間。
家ではなかなか用意できないかわいらしい背景とセット。
そこでプロのカメラマンさんが娘を撮影してくれた。
イベント会場も明るく賑やかで様々なブースもありとてもワクワクした。
この初の遠出が産後自分を見失っていた私に本当は外に出るのが好きだったことを思い出させてくれたのだった。
それからの私は娘と参加できるイベントを見つけては県内のあちこちに出かけるようになった。
遊びのイベント、学びの講座、マルシェ、絵本の読み聞かせ、プレイパーク、
企業が集まる大規模なものから個人の方がされているものまで様々な場所へ参加した。
そして参加しているうちに主催する側にもなった。
よく泣き、よく動き回り、こだわりも強い娘を同行しての打ち合わせは心が恐れそうになる瞬間も多々あった。
それでも好きなものに関わる企画を練ったり、どうしたら来た人に楽しんでもらえるんだろうと準備したり、
それをお披露目して喜んでもらえる時間は本当に充実していて楽しかった。
企画会議中娘を見守ってくれる方、同席しながら遊んでくれる方、
預かってくれる保育の方、たくさんの方に協力してもらいながら活動させてもらった。
そうするうちに私は私を取り戻していった。
大げさに聞こえるかもしれないけど、本当に自分を少しずつ取り戻していったのだ。
孤独な育児で産後鬱になった私は、考えるという力を失ったかのようだった。
人並みに話すこともままならなかったし、考え、決断することすらできないから、
食べるものや着る服もどうしていいかわからなかった。
そんな毎日が恐ろしくて笑うこともできなかった。
それが外に出て好きだった歌うことや絵本やお芝居に触れることで、だんだんと回復していったのだ。
私が好きなことをして笑顔でいられなければ、この子に優しい母親でいられない。
06:01
これが私の子育てで譲れない軸。
半日は私の好きなことをさせてもらって、もう半日は娘の好きなことをとことんする。
こんな暮らしを送るようになって、私たち親子はこの10年バランスを保っている。
あの日、母になった私へ、
親になったからといって、子供の要望だけに応えなくても大丈夫。
親になったからといって、自分のやりたいことを諦めなくても大丈夫。
どうか好きなこと、やってみたいことに蓋をしないで。
子供は親のどんな後姿も見ている。
目いっぱい楽しめる大人の姿は、小さな瞳の希望になれるはずだから、
なんて面白そうなんだろう。やってみたい。
そう思わせられたなら、好きなことに巻き込んで、一緒にやってみたらいい。
あなたの好きは、あなたの大切な子にもきっと伝わるから。
そして、好きなものに触れた後は、思いっきり大切な我が子のことを愛せるから。
07:20

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