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マツダミヒロの余白白書。 今日も少し立ち止まってみませんか。
マツダミヒロです。 さて、今日も
沖縄での暮らしをお伝えします。
拠点に帰ってきたら行くお店シリーズということで、毎日お伝えしましたが、今日も行ってきました。
ただ今日は、チームメンバーで朝から、今後の展開や活動をじっくり対話する日だったんですけど、
いつものように、村形堂のバン屋さんに集合して、そこから始まりました。
今日は、5月から僕についていただいているカバン持ちメンバーも来て、一緒に過ごしました。
今日もいろんなお店に行ったんですけども、その中で特別だったのは、
那覇市にある居酒屋の長寿さんというところなんですけど、
そこのお店が何か僕たちにご縁があるかというと、そうではないんですけども、
そこで働いている方がですね、ちょっと僕たちと、僕たちが勝手にと言ってもいいかもしれないですけど、
ご縁があると思っている方なんですね。
というのも、コロナ中にほとんど沖縄にいたんですけども、その時にちょうどすごく大きいショッピングモールがオープンしたんですよ。
で、たまたまそこに足を運び、フードコート。
フードコートなので結構いろんなお店がある。
のちだかってはファーストフード系ですよね。
があるお店なんですけども、そこのフードコートの中にお寿司屋さんがあったんですよ。
で、まあ期待をせずにですね、そのお寿司屋さんに入ったら、
まあ僕寿司屋の息子なんですけど、驚くほどクオリティが高いお寿司だったんですよね。
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これには本当にびっくりして、聞いてみると、
あのお寿司を握っている大将というかお父さんが、
もうベテラン中のベテランでいくつだったかな、その当時80何歳。
僕的には人間広告法なんじゃないかっていうぐらいのお寿司のね、
知識と体験と技術をお持ちの方で。
で、まあそれが素晴らしすぎて通ってたんですよね。
なのでフードコートの中だったんで、カウンターは本当にもう数人しか、
何人ぐらい?4人5人ぐらいしか入れなくて。
でもね、そこにいつも行って、お父さんの話を聞きながらお寿司を食べるっていうのをやってたんですよ。
まあそれがね本当に豊かな時間で。
ただある時に、そこのお寿司屋さんを、そこで親子でされてたんですよね。
お父さんと息子さんで。
で、ある時にそのお寿司屋さんを辞めなきゃいけなくなって、
僕たちとしてはもうすごいファンもたくさんいたんですよ、お寿司屋さんの。
どうにかして沖縄で残ってくれないかなっていう、
みんなで集まって会議したりですね、作戦会議したりやってたんですけども、
なかなか難しいなという結論になってしまって、
一度ね、東京に戻られると。
で、東京に戻った後も、一時期ね、
少しお店をされてたので、そこにお邪魔したりして、
倉庫をしているうちに、それから数年後、1、2年後ぐらいですかね、
また沖縄で働くことになったと。
すぐにお寿司屋さんを開業するには至ってないんだけれども、
すごくいいお店と出会えたので、そこで働いてるんですよねっていうメッセージをいただいて、
それから沖縄に来る度にそこのお店に顔を出す、ご挨拶に顔を出すようになったっていう場所です。
なのでお寿司屋がきっかけではあるんですけども、
今はね、それに関わらずそこのお店にチームメンバーとともに行ってきて、
本当にね、今日もいい時間を過ごさせていただきました。
なんかこう、僕たちがいろんなお店に行く中で、
本当そこのお店とも必ずストーリーがあるわけなんですけども、
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ただご飯を食べるっていうのがご飯屋さんのレストランの目的かもしれませんが、
それ以外にもつながるっていう、そして関わり合う、そして分かち合う、
それが循環し合うっていうような機会を作ってみてもいいかもしれませんよね。
ということで、今日の問いはどんな関わり合いを持ちたいですか。
それではまた次の予約で。
松田みひろでした。