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2026-01-26 12:49

快食ボイス713・「餃子センター」の事業継承から見る、本当のご当地料理とは何か

餃子の話をしよう

きっかけは、昨日Xに投稿した「餃子センター」の話が、思いがけず大きく拡散されたことだった。
1日ちょっとで1万1千インプレッション。
正直、そこまでバズる内容だとは思っていなかった。

ただ、振り返ってみると、それだけ多くの人がこの店、この味に何かしらの記憶や感情を持っていた、ということなのだろう。
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「餃子センター」の事業継承という出来事

広島市の繁華街で、昔から餃子といえば「餃子センター」と「清ちゃん」である。
その「餃子センター」が、ご高齢のご夫婦の引退に伴って店を閉めることになり、広島市の企業である井辻食産株式会社が事業継承された。

井辻食産といえば、長年餃子の皮を作り続けてきた会社であり「餃子屋 龍」を展開していることでも知られている。
古い人なら「広島ランメン」の会社と聞いたほうがピンと来るかもしれない。

正直なところ、引き継がれたと聞いたときは「さて、どうだろうか」と思っていた。
そして、一緒に食事をしていた人に「行ってみませんか」と言われ、実際に足を運ぶことになった。
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再現度は、ほとんど分からないレベルだった

その日は餃子とビールだけを頼んだ。
結論から言うと、再現度は非常に高かった。
正直、ブラインドで食べれば分からないレベルだと感じた。

この餃子は、広島市内の古い飲食店でかつて広く提供されていたタイプの餃子だ。
いまでは数が減ってしまったが、広島餃子と呼べる系譜が存在していた。
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皮・焼き・油――この餃子の最大の特徴

まず皮が少し厚めである。
ただし中国の手作りの皮の餃子のような厚さではない。
どこか粉っぽく、ホコホコしていて、少しクッキーを思わせるような質感がある。

全体的に小さく、餡は控えめに包まれ、両端が少し空いていたりする。
これも昔の餃子によく見られる形で、東京神田にあった「スヰートポーヅ」を思い出す人がいるかもしれない。

そして最大の特徴が「揚げるように焼く」ことだ。
油は多めだと思うが、揚げ餃子ではない。
油っぽさは驚くほどなく、皮から油はしっかり抜けている。

パリパリではない。
しかし、サクサクしている。

この食感は、他ではなかなか出会えない。
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餡は控えめ、だが主張は強い

餡について言えば、記憶よりやや肉が少ないかなとも感じたが、決して野菜中心ではない。
浜松餃子のように野菜一辺倒ではなく、きちんと肉の存在感がある。

この餃子は、すべてが「主張の強い構成」なのである。
だからこそ、餡に肉の力がなければ、全体のバランスが崩れてしまう。
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酸っぱいタレと青ネギという完成形

タレは、最初から酢と醤油が合わされており、かなり酸味が強い。
これがポイントで、全体を一気にさっぱりさせる。

そして、そこに大量の刻み青ネギが添えられる。
餃子はわずかに「くの字」に曲がっており、そのへこみにタレを吸わせたネギを乗せて、一緒に口に運ぶ。

ここで重要なのはネギの質である。
水耕栽培の香りのないネギでは成立しない。
九条系、いわゆる観音ネギ的な、香りと辛味のある土耕ネギが必要だ。

これらが合わさった瞬間、他では食べられない餃子が完成する。
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減り続けていた、広島のこの餃子

かつて「餃子センター」は三篠や中広にも店があったが、閉店してしまった。
「清ちゃん」は残っているが、予約は困難だ。

宇品にあった「餃子の美和」も事業継承され、十日市に移転した。
新しい店にはまだ行けていないが、以前はよく似た系譜の餃子を出していた。

新天地公園入口近くにあった「福万」も、同じような餃子を出していた。
こうした店が、少しずつ姿を消していったのである。
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これは「本当のご当地料理」だ

餃子センターの味が、ここまで正確に引き継がれたことを、自分の舌で確認できた。
それは素直に嬉しい出来事だった。

なぜなら、これは「誰かが考え出したご当地料理」ではないからだ。
広島菜を入れました、お好みソースをかけました、そういう後付けの発明とは違う。

50年以上、この街で、ビールと一緒に食べられ続けてきた餃子。
市民が愛し、選び続けた結果として残った味である。

これこそが、本当の意味でのご当地料理だと、僕は思う。
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事業継承がうまくいくとは限らないからこそ

事業継承は、決して簡単ではない。
「デリーシャス」や「さざんか」など、うまくいかなかった例も見てきた。

だからこそ、今回の「餃子センター」は稀有な成功例になる可能性がある。
井辻食産が、この領域に踏み込んでくれたことには、感謝しかない。
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味が残るということは、街の財産が残るということ

味と名前、できれば記憶や空気感まで含めて引き継がれていく。
それができたとき、その料理は街の「共有財産」になる。

食べ物は、口に入るものだからこそ、記憶に強く残る。
だから食文化は、街の強度そのものなのだと思う。

模倣が生まれるのも、むしろ健全だ。
汁なし担担麺がそうであったように、広がってこそ文化になる。
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おわりに――焼き餃子とビールを

餃子センターに行くなら、焼き餃子とビールは必須である。
土曜日でも10分ほど待てば入れた。
平日ならもっと空いているのではないか。

市民が愛し続けたことで引き継がれてきた味。
こういうものを、これからも大切にしていきたい。
ぜひ、実際に食べて、体感してほしい。
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