進路についての葛藤
みなさん、おはようございます。こんにちは、そしてこんばんは。
波瀾万丈女Bigmama yokoの【ぶっちゃけラジオ】のお時間です。
パフパフ!
今日はね、2026年1月20日火曜日。
今日のテーマは、選んだ道を正解にするしかないじゃん!っていうお話をしたいなぁと思ってます。
選んだ道を正解にする、これしかないと私は思っているわけよ。
今日のお話は、誰の得にもならないかもしれない。
ただ、この時期、大学センター試験の時期になると、どうしても思い出す息子のお話をしたいなぁと思ってます。
センター試験、お疲れ様でした。
これって子供だけどね、周りにいる親御さん、あたふたするよね。
どうもしてあげられないけど、なんかね、いろいろ考える時期ですよ。
私もでした。
この時期に思い出す息子のお話っていうのが、
まあ、うちの息子っていうのは、息子に限らないな。
娘も私も、好きな言葉、すごくテンション上がって、周りが何を言わなくても動くんだけど、
なんか、心が止まった時は、誰が何を言っても動けないわけ。
これがね、一番顕著に出るのが息子なんですよ。
ただ、周りから見ると一番穏やかそうに見えるのが息子。
高校、まあ、高校受験に関してもいろいろあったんだけど、
まあ、在学中にね、学校に行かなくなったこともあるし、
だけど、勉強が嫌いだから行かないわけじゃなく、
だってね、塾にはルンルンで行くんだもん。
だけど、学校には行かない。
で、学校の友達となんかあったのかなと思うと、
ね、なんか行事ごとで行くじゃない。
めちゃくちゃ友達はいるんですよ。
じゃあ、なんで行かないの?ね。
まあ、いろいろあったけど、その話は今日置いといて、
センター試験、近づけば近づくほど、
普通はね、ちょっと空気変わるじゃないですか。
息子がさ、全くテンションが上がらなかったわけ。
行きたいのやら、行きたくないのやら、
でも勉強しないわけじゃないし、
でも彼のスイッチが入ってないのはすごくわかる。
で、私すごくざわついたんですよ。
うーん、もちろん受かった大学に行けばいいだろうけど、
そして行ったらさ、もしかしたらいいことがあるかもしれないし、
ね、もしかしたらやりたいこと見つけるかもしれないし、
ただ行っただけになるかもしれないし、
うーん、ただ母親の直感としまして、
夢の実現に向けて
このままのテンションで、
彼は大学に受かったとて、
たぶん、行かないなと思ったの。
行かないなと思ったの。
それじゃあ、大学に入ったものの、
よくわからず、テンションが下がったまま、
それこそ大学にも行かず、だらだら過ごすっていうのは、
もちろん、私シングルマザーで育ててたから、
金銭的にもきつい。
うーん、やりたいということに関してはさ、
母ちゃん死に物狂いで働きますよ。
だけど、よくわからないぼやっとしてることに対して、
出すお金は一円もないっていうスタンスだったんで、
一回ね、彼を呼び出して聞いたわけ。
あのさーって、別に大学行かないといけないわけではない。
うん、行ってもいいし、行かなくてもいい。
働いてもいいし、ね、アルバイトでもいい。
やりたいことがあるんなら、教えてって聞いたわけ。
で、それがうまくいこうがいくまいが、
ね、大学に行きたいのか、働きたいのか、
それこそアルバイトしたいのか、
実は他にやりたいことがあるのか、
何でもいいから金、得るよって言ったら、
何がしたい?って聞いたの。
そしたら彼がボソッと言ったのがさ、
カメラって言ったんだよね。
カメラ?って。
まあ、幼い時からね、物作ったり写真撮ったりするの大好きだったから、
カメラ、選択肢にないわけではなかった。
え、カメラしたいんだって。
じゃあ、カメラの専門学校行ったほうがいいんじゃないの?って言ったら、
彼から一言。
カメラやったって、食っていけるかどうかわかんないじゃんって。
それなら、大学行って、一応卒業して、
それでもやりたかったら、
またカメラ勉強すればいいかなと思ってるって。
もうそれ聞いた瞬間さ、
ばっかじゃないのって。
ばっかじゃないのと思ったの。
あなたほどテンションで生きてる人間が、
やりたいことを右に置いといて、
やりたくない4年間、
将来のアンパイのために行って、
テンションが下がって、
次、もう一回カメラやりたくなるっていう保証は、
ゼロに近いと母さんは思う。
なら、今一番やりたいカメラに全力投球して、
もし、カメラをやって向かなかったとしても、
やりたいことに向けた情熱が少し下がって、
次、やりたいことが大学なら行けばいい。
だから、今一番やりたいこと、
心が燃えることに全力投球せず、
アンパイって、
心がときめきもしない選択をして、
何が人生楽しいの?って言ったら、
息子の目がキランって光ったわけよ。
いいの?っていうか、いいのじゃなくて、
それしかないでしょって。
いいんだ。いいよって。
だって、大学出たってさ。
選ぶことの重要性
いい大学出て、例えばいい会社入ったって、
何があるか分かんないわけよって。
将来の保証なんか、何を選んだってないんだから、
選べるのは一つ。
自分がときめけるかどうか、
やって向かなかったら、
次、向くことを探せばいい。
今、面白くないのに、
アンパイのために道を選ぶ、
これこそ一番人生の無駄だと母さんは思うよって。
そしたら、息子がダーッと部屋に入って行って、
何をしたと思います?
ものすごいね、カメラの専門学校の資料、
実は集めてたんですよ。
知らなかった。
高校生の息子の引き出しを開けることは、
私はしないので、
何だそれと思って。
そんなにあるんだって。
だけどセンター試験、この時期ですよ。
今からその学校に入れるかどうか分かんないじゃん。
なら一年間、もうそれこそバイトしながらでもいいし、
行けるところに行って、
来年本当に行きたいカメラの学校に行くっていうのもありだよねって。
自分で考えてごらんって言ったら、
速攻あれだけテンションが低くなってたのに、
速攻いろんな行きたいと思っているところに、
自分で連絡しまくって、
2日後ぐらいかな、
紙に金額を書いたのを持ってきましたよ。
一番行きたい専門学校はここです。
年間これだけかかります。
よろしくお願いします。
もうね、びっくりした。
そのスイッチの入った声と金額。
もう私立大学ぐらいの金額なわけよ。
なるほど。
でもなぜそこに行きたいのって聞いたら、
カメラの技術を学びたいだけならさ、
近くにでもいろいろあるわけ。
だけどどうしても東京のここに行きたい。
なぜ?
憧れのカメラマンが講師として何人か出てくる。
その人たちに会いたい。
じゃあ行けしかないよね。
その人のそばで学びたい。
その人を見てみたい。
その人のシャッターを押すところを見たい。
ならそこにしかないわけじゃん。
あの時聞いてよかったなあと思うの。
だけどまあ、この時期ですよ。
で、なんとかその学校に入れるって手筈はついたものの、
アパートとかさ、
思った以上の金額とかさ、どうするんだろうって思ったら、
彼はね、住み込みの新聞配達のバイトを探してきたわけ。
母さん、住むところはここでなんとかなる。
1年間ここで食いしのぐから、
お小遣いはその新聞配達のバイトでなんとかなるし、
2年目からはどこか別のところに住むとこ探したい。
わかりました。
選択の重要性
だから私ね、その学校の入学式にも行ってないし、
住むとこも見てないの。
で、実際彼が住み出して、
5月ぐらいかな、ご挨拶に行ったらさ、
もうちょっと泣けるぐらいの場所だって、
住み込みってこんなとこなんだって。
ありがたいよ。ありがたいけど、
こんな部屋なんだって。
で、朝こんな時間から働いてんだって。
でもそれでも彼はカメラをしたかったんだって。
もちろん、学校に行きながらもいろいろあった。
あったし、卒業してからもうまくいかないこともいっぱいあった。
で、コロナ禍は仕事が全部止まっちゃったから、
実際死にかけたんですよ、数回。
で、最後どうにもならなくなったときに発見して、
ちょっと2年ほど広島に連れて帰って、
もう1回カメラやりたいって、今東京に帰ってます。
私は今日何を言いたいかというと、
この時期、もう泣けちゃうんだね、これ思い出すと。
この時期センター試験を思い出すと、
あの時の息子のキラキラの目、
私も何歳になってもああいう目を持ってたいなって、
思い出させてもらえるセンター試験なわけ。
できるかどうかわかんないけど、
自分で選んだ道を自分でOKにしていくしかない。
自分で選んだ道を良かったにしていけばいいわけよ。
やってうまくいかなかったらさ、
これは合わなかったっていうことがわかったから、
他を選べばいいじゃん。
チャレンジすることよりも安泰な道、
できそうな道ばっかり行ってると、
本当に笑顔も減るし、
心もなんかテンションがぼやっとしちゃって、
人に矢印向けてさ、
人の文句ばっかり言ったりアギアしとったり、
それじゃ面白くないよねって。
できるかどうかわかんないけど、
やりたいと思うなら、
やった道、選んだ道を丸にしていけばいい。
私はそう思ってる。
私もこけまくった人生だから。
本当になんでここまで落ちるわけっていうことがいっぱいあったけど、
でも始めたときはそれがいいと思ったし、
いいと思ったからすごく楽しかったし、
でもきっとこの道は違うよっていうことで事件が起きたんだろうし、
でもやったことは全て経験。
で、やりたいなと思ったときの吸収率っていうのはね、
人間半端ないわけ。
だから悩んだときには、
できるかどうかよりもやりたいかやりたくないか、
心がワクワクするかしないか、
それがたとえしんどそうに見えてもワクワクするなら、
GOですよ。
楽そうに見えてもなんかワクワクしないなら、
私は行きたくない。
で、怖いなと思うときほど、
多分そこはものすごいチャレンジが待ってて、
できたときの達成感って半端ないっていうことを、
私はちっちゃいけど知ってるわけ。
それをこれからも、
今も怖いこといっぱいあるんですよ。
実際今月末にまた講座募集しますが、
めっちゃ怖い。
めっちゃ怖いけど、
全力でやる。
その全力でやった結果、
思わしくない結果だったらまた頑張ればいいし、
全力出したことで、
分かるよって集まってくれた人がいたら、
それはそれでめちゃくちゃ嬉しいし、
だから選んだ道を丸にしていく。
挑戦と成長
そのために、じゃあどうする?
っていうことを考えればいいんじゃない?
だから私はあのとき大学に行かず、
もちろん私そのとき離婚してたからさ、
元旦那にもボロクソ言われたらしいの。
後で教えてもらったの。
そのとき言わなかったけど。
カメラマンになって何があるとか、
大学行かない男はどうのこうのとか、
結局元旦那は一言も出してないの。
一言も出してないくせに、
口だけ出すなって思った。
それを母さんに言ったら、
多分母さんはもう大見膜で
父さんのところへ行って怒鳴り込むと思うから、
僕は言わなかった。
それぐらい気を使わせてたわけよ。
ずいぶん経って思った。
英語が好きだったの。
私があのときできた精一杯はあれだったけど、
もっと頑張れてたら、
ニューヨークとかさ、
外国に留学させられてたら、
彼の人生また違ったのかなって。
だがまあね、子育ては大反省だらけ。
もっとそばにいたかったなとも思うし、
もっとできることあったなって思うし、
だけど、子供たちがいてくれたから、
私は頑張れたわけだし。
今もそう。
何歳になってもチャレンジしてるババアでいたいなと思う。
それがね、子供たちもさ、
いろいろあるじゃん、人生。
いいときばっかりじゃないし、
大変なときもあるし。
でも母さん、あんだけ大変でも、
また復活したよねっていうのが、
なんか勇気になったらいいなって。
それぐらいしか私は残せるものはないわけ。
何歳になっても、
え?って思うようなこと始めたよねって。
それでもなんか楽しそうだったよねって。
それが母さんとして、
私が残せることはたったそれだけ。
センター式になるといつも泣けちゃう、思い出して。
今日も最後まで聞いてくださって本当にありがとう。
他の道があったかなって思うことは、
いっぱいあると思うけど、
でもね、そっちに行ったとて、
何があるかわかんない。
だから何を選んでも、
選んだ道を丸にしていく。
それがいいんじゃない?
今日もありがとう。
じゃあまたね。