00:13
チョロQさんとぽかぽかおしゃべり、チョロっとラジオ。
今回のテーマは、親離れ・子離れって何だろうの第3回目です。よろしくお願いします。
前回は、親離れ・子離れの子離れについて話を伺っていたんですけど、
前回の続きで、子離れとか親離れの関連して、かわいい子には旅をさせようという言葉が、僕ちょっと思い浮かんで、
やっぱり自立の第一歩なんじゃないかな、この言葉はと思って。
1つは、当然子供自身が社会にちょっと片足を突っ込んでみる、みたいな、恐る恐るっていうのと、
それを親がきちんと見てる、認識してる、社会に押し出して、ちょっと体験させて、自分からも距離を取らせてるわけじゃないですか。
なんかその行為の、わりと象徴的な言葉ではないかと思って、これをちょっと私の体験を踏まえて、お話しさせていただきたいんですけど、
別に何も大してしてないんですよ。
ただ、やってることは、小学校3年かな、3年生で、岩手県の大津町、この釜石の上にあるんですけど、
そこにおばあちゃんが住んでたので、仕事のおばあちゃんが住んでたので、そこに一人で行く。
小学校3年生で?
そう。
すごいな、東京から。
東京から、家からね。
遠い。
新幹線で1日で行けるんですけど、それをやりなさいとか、やりたいとかわからないんだけど、行ってみるって多分聞かれて行くって言ったんだと思うんですよね、冬休みとか。
それをやったわけですよ。
やっぱりいろいろあって、新幹線のチケット、当時まだスイカとかないから、緑の窓口で並んで、森岡まで行きたいんですけど、買って、
山手線の乗り方もわからずみたいな感じで、山手線の切符別に買わなきゃいけないんですかみたいなことを聞いて、これでいけるよみたいな話をして、
で、自由席乗って、もらったお小遣いで、当時の清洲区で、しこたま漫画を買って、ほぼって言いながら買って、今度はご飯の食べ方もわかんないんだよね。
03:18
駅弁があるけど、どうやって買うのか。
どうやって買うのか、どこで食べていいのか。
とか、カート売って、当時まだあるじゃない、お弁当いかがですみたいなことを買うのも恐る恐る。
かわいい。
で、こう座って、覚えてるのがね、自由席に座ってるじゃない、で、漫画を買ってさ、前の席のネットのとこに置いて、トイレ行って、戻ってきたら、知らないお兄ちゃんが座ってて、
まさか。
そう、で、俺の荷物も置いてあるし、漫画も置いてあるから、僕も席になる。
かわいいかわいい。
って言ってたら、で、強く言えないでしょ、あーっつって言われて、あーっつって。
そしたら、お兄ちゃんが俺の漫画とか荷物をポンって、俺にも。
えー、ひど。
って言われて、わかったんだけど、隣に座ってたおじさんが、君、この子の席だから。
その前まで一緒に座ってたから、そのおじさん。
そう、が指摘して、どけてくれた。
優しい、いいおじさん。
その時にお礼をちゃんと入れたかどうかはわからないんだけど、そういうことをまだ覚えてるんだよね。
で、そういうことをいろいろしながら、初めて一人で乗った釜石線とか乗って、なんとか行くと、ものすごくおばあちゃん褒めてくれたし。
心配だったよね、きっとね。
っていう冒険をしたり、今度はね、高校生の時に、高校2年の夏休みに、今度は自転車で森岡に行く。
うわ、遠い、それこそ遠い。
っていうね、これ親父が森岡から出てくる時に自転車で東京に上京したっていう話を聞いて、じゃあ俺もやってやるわって話になって、
もちろんちゃんと金銭的なフォローはあって、でも当時そんな電動じゃないし、いい自転車で、ママチャリで行ったわけだけど。
ママチャリ、疲れそう。
7日間、ずっと国道4号線を北上して行ったわけですけど、それもいろんな冒険があって、
06:02
山道通り、大変だ。
細かくやると本当に終わらなくなっちゃうんだけど、お寺に泊まったりとかさ、
ずっと本当にいろんな人がいて、お寺が遊走するみたいな感じで、朝のお勤めのお手伝いをすると、
一泊して朝ごはん食べていいよっていうことをしてるお寺があって、そこ調べに行って、
やっぱりバイクでツーリングして日本一周してる大学生とか、歩いて日本横断してる人とかいて、
その話をね、みんな楽しそうにするんですよね。
高校生だったら、俺も頑張ってねとか言われながら、はいって言うんだけど、
なんかね、そういう冒険をね、こうしてると、やっぱりちゃんと社会に片足突っ込んだ感じするんですよね。
そうか。
その、なんていうのかな、させてもらってるっていうあれもあるんだけど、
で、もう一つそれに付随して言いたいのが、スタジオジブリの宮崎駿監督の千と千尋か、あれで、ご覧になったことあります?
うん、見た見た。
あれでさ、最後、電車に乗るじゃないですか。
うん。
こう、海面の。
うん。
あのシーンが、その小学校の時の大槌行きの電車とすごくかぶって、俺の中で。
へー。
あとでインタビューとかを読んで、あの宮崎監督が言ってたのが、千尋の成長を笑わせたいんだけど、いいシーンが思いつかない。
うん。
つって、ものすごく考えて悩んで、で、できたのが、あの一人で電車に乗って、おばあちゃんに会いに行くっていうシーンなんだ。
うん。
あれはだから、千尋が自分で冒険はして、おばあちゃんに成長した自分を見せに行くっていう成長を表したシーンっていうのと、僕が実際に小学校でやった、この冒険の記憶がすごく重なって、あ、それはすごくよくわかると思ったんですよ。
そうなんだ、すごいね。
うん。
てか、その経験を小学校3年生でさせてあげられるお母さんがすごい。
うん。それはだから、たぶん、前回も言ったように、そういう方針であって、早く一人で生きていけるようになりなさいっていうことに基づいたことだと思うんですよ。
かっこいい。
で、それがやっぱり重要なのが、親がそれを見てるってことなんですよね。成長、成長と言っていいのかどうかわからないんだけど、ちゃんと社会に一歩踏み出してるという子供を認識するってことが、もしかしたら大事なんじゃないか。親はこわないっていう感覚にとって。
09:15
そうね。
ちゃんと段階踏んでますよ、一歩ずつ、社会に向けて、社会での自立に向けて、歩んでますよっていうのが、お互いにあるっていう共通認識を持てるってことがすごく、旅をさせようっていうことには重要なんじゃないか、というふうに思ったんですよ。
そうね。小松くんのお母さんの話を聞いて、うらやましいなあと思った。
あら。
真逆だから、うちの家は。
私は社会人で、すごい残業が多く忙しいところだったんだけど、そこのところの会社を、私は他の仕事もやりたかったから、そこにずっといたいわけじゃなかったけど、親はどうしてもそこに行けって言うから、もういいやと思ってそこの会社を受けたら分かっちゃって、入った。
そしたら、あんまり残業が多くて、精神的にもやられちゃったから、私が中二症患者になったね。
そしたら、もうやめなさいって言われて、やめなさいと思って、そしたら、姉の後輩社みたいなところを紹介されて、そこに入るって言って、え、そうなの?
いや別にって入ったら、2ヶ月を、うちの姉が私の名前で違う大手の一流企業に電話して、試験を受ける段取りをつけてたと。
あさって就職試験いようと言われて、は?みたいな、うちの実家もそうだから、私は小離れが分かんないっていうタイプになっちゃってるね。
だからあまりにも真逆で、真逆でしょ?
そう、コンセプトが違うよね。
そう、やっぱり私からすると、お母さんは本当は怖かった部分もあると思うの。
一人で生かせるのも、いくら一人で生きれるようにって言ったところで、親はやっぱり心配だから。
でも信じて、ちゃんとおばあちゃんが待ってるところに、きっとこの子なら生けるってずっとこう、本当に寝るに寝れずに、一生懸命待って待って、あ、着いたってホッとして。
帰ってきて、やっとまたホッとしてって。
でもそれを繰り返して一生懸命立派な大人に育てたの。
ちょっと一個だけ立派な大人かどうかはよくわからない。
まあそれはよくよく見ておこう。
コンセプトが多分ね、うちの親は明確だったよね。
それはさっきも言ったように、直接言葉にして伝わってるわけじゃないんだ。
それは確実に伝わってる。
12:02
明確にそういうふうに育てようというコンセプトは伝わってる。
ライオンみたいだけど、変な言い方すると。
でもそのライオンみたいな育て方をちゃんとできる人って、想像いないよ。
さすがにね、小学校3年の時は親もやきもきしただろうが。
でしょうね。
高校生だってそうだよ。
まあさすがに事故とかはさ、怖いだろうが。
その時はもうコンビニとかもあったし、なんか連絡はあるだろうっていうぐらいではあるんだけど。
例えば初めてのお使いとかの延長戦なんだろうけど。
それは親も決断しなきゃいけないわけじゃん。
そういうことをいずれしなきゃいけないっていうのをやるんだったら、良きタイミングでということだろうから。
その辺のコンセプトがしっかりしてたのは、たぶん生活能力とは別に、たぶんコミュニケーション能力がある程度つくよね。
そうだね。
さっき言ってた新幹線とか隣のおじさんじゃないけど、
ちゃんと自分が発言する力っていうのを大人になって、逆に人を助ける力にもなっちゃう。
そうだったよね。
すごい良い出会いもあったし。
そういうのを覚えてる人のおじさんの顔とかはもう覚えてないんだけど、
でもそのエピソードを覚えてるってことは、すごく明確に影響としてやって良かったっていうことだし、
ちょろけさんが言ったみたいに、今度は自分がそういうことができるようになろうって思うから、
それはさせてもらってありがたいのはね、本当に。
そうね。
そうするとたぶん、本当はそこが小離れとどうかっていうのは微妙だけれど、
ただお母さん自体が頭からその息子を独り立ちさせて、
少しずつちゃんと自分の心の中で距離感を少しずつ広げて、ちゃんと小離れができてた。
確かに弟もそんなことやってたはずなんだよね。
ちょっと距離、その時はちょっと状況が違うから、
しかしことはやってたはずなんで、たぶんこれはそういうことを決めてたんだと思うんですよね。
ある程度だったら自分で行動できるようしなさいっていうことだと思うんですよね。
そういうコンセプトをたぶん親が持たなきゃいけないんだけど、
なんとなくそういうのってあまり広まってないよね。
いい子育て、豊かな感性を持つ子供に育てるとか、
15:01
コミュニケーション豊かなとか、
勉強、そういうことを勉強ができるとか、
簡単に言えば稼ぎのいい能力を得るみたいなことに注視されてるような感じを受けるんだけど、
そこはそれとして、やっぱりまず一人の人間としてちゃんと生きていけるっていうところにコンセプトを持っている、
持った方がいいですよねっていう認識はあんまり広がってないんじゃないかな。
本当のこと言って、そこを小中学校の間にきちんと教えてあげられれば、
高校生ぐらいからきちんともっと立ち振る舞いがきちんと大人になるのかな。
物騒だからさせないっていうのさ、いつまで経っても何もできないまま。
それで何か事件が起こっても何も責任は持てないんだが、
だけど、やっぱりそれは教育方針として、ただ勉学等々ではなくて、
いずれくる親離れ、子離れに向けて、
親が持っているコンセプトをきちんと子供に伝えるっていうことが必要じゃないかな。
親がそれってよく留学をする、高校になって大学になって留学する子供を見送る、
その時のことをもう小学生からさせたんだ。
すごいね。
そういうのって今ここではしゃべるけど、当然エピソード的にしゃべることはあっても、
親の教育方針と絡めて真面目にしゃべったと思って、今のが初めてだから、
そういうもんなんだ、他のうちではあんまりやらないんだっていう、
あんまり相対的に見てなかったから、それが普通だと思ったしね。
うちが里親やってるから、いろんな子見てるけど、
一人で電車に乗ったことすらない子ってのは多い。
それは普通なのかもしれないね。
だってやっぱり世の中には悪いことをする人がいるっていう危機管理的なことも、
一人で行かないとわかんないじゃない?
そういうよからぬことをする人もいるし、助けてくれる人もいるんだなっていうのはさっきのエピソードみたいなことで、
端的にわかるんだけど、でもそういったもっと深刻な隠された悪みたいなことから、
注意深く避ける、避けるっていうことも、野に出てみないとわからないじゃない?
18:03
そうね。
それをちょっとずつやっていくのって、本当に親は慣れたし、させるのも小離れだよね。
この今のエピソードは、現在進行形子育て中のお父さんお母さんってすごい良い話だったと思う。
確かにこの世の中で、今この危ない中、じゃあそれができるかって言ったら、
100%できるって言えなくても、じゃあ電車に乗せるところまで連れてって、
じゃあ降りるところはおじいちゃんおばあちゃんがいて、でも何でもいい、
そうやって一人でいて、自分がわーっと新たな発見ができる、
その時間を設けることっていうのはすごい大切なのかもしれない。
単純に良い思い出になるんですね。
それはなんか、俺も何でやるって言ったらよくわかんないんだけど、やるべきだと思ったんだね。
そうやって小さい頃から来たからだよね。
他のもしかしたら覚えてないかもしれないけど、一人でいっぱいやらせてもらったことがあったんだと思う。
それでやっぱり親のコンセプトがないと、
親がなんとなく旅行とか行ってきなさいみたいなことでは生まれなかったと思う。
そうね。
そういう意味ではやっぱり親の考え方の反映されやすい部分ですよね。
親離れ小離れのどうやるか、いつやるか、どのようにやるかっていうことを、
すごくそこって重要な感じするけど、そういう本とかってないじゃん。
そうね。
子どもの能力を上げるっていうのはいっぱい、さっきも言ったけどあるけど、
親離れ小離れするためにはコミュニケーションをどうしましょうみたいなことばかりだし。
いろんなことが書いてあっても、それぞれの性格もあるし、
一人でできない子もいれば、もう最初から一人でやった方がいいっていうような子もいれば、
それはもうバラバラだと思う。
ただ、親の中の決意としてきちんと小松君のお母さんみたいに、
この子をしっかり独り立ちさせるって、みんなそうなんだと思うけど、
そうやって教育していくことが大事なんだと思うんだよね。
たぶん小学校からとかもあるけれど、一人で通学、電車に乗る、
そうやって始まること自体が、一個一個一人でやること自体が、
もう親離れが子ども始まってるから、
そこから子どもを見守る親の忍耐力。
忍耐力。やっぱり一人でやらせるって大事なんだよね。
それ本当に。
一人で何かをやっぱり、前回、しろゆけさんが言ってたお子さんみたいに、
21:02
信頼されてない、任せられてない、信頼されてないって思わせられるのって、
やっぱり何かを一つ自分で始めから終わりまで完遂させてない、
そういう経験がないってことだから、
そういうのをやっぱり分かりやすく行うっていうのは、
やっぱり旅に出る、旅をさせようってことなんだと思うんだよね。
やっぱりそれってね、親もね、自分で決めてるけど、
やきもきするだろうな、忍耐力いるよね。
忍耐力はいるよね。親は大変。
それは想像がつくね。
でもやらないとなっていうのは、親の痛みじゃないけど、
その部分をちゃんと提供してるよね。
小松くんが言う通り、小離れの中でも絶対にコミュニケーションがあって、
だから一人でちゃんと子どもができるようになっても、
そこで話ができるから問題があれば解決方法があって、
そうやって一個一個やることによって、
親も安心できて、また次のステップに進めるんだよ。
なんかこの回、俺がすごくいいことしたみたいな、
素晴らしい。
あれになってるけど、その果てが今の俺ってなると、
ちょっとどうなのかなって思ってきて。
そこは私が触れた方がいい。触れなくていい。
その教育されて結果これかって思われるんじゃないかと思って、
だんだん嫌な気になってきたんだけど。
小松くんと知り合ってたくさんの時間経ってるけど、
でも小松くんって不器用さもすごくある人だけど、
温かさもすごい持ってる人で、
ちゃんとチャレンジ精神もいっぱいあって、
お母さんが教えてきたことがちゃんと身になってると私は思う。
なんか少なくとも、こいつ自律じゃないなと思われてないはずなんだよね。
自分で考えてないなとか自分の意見がないなと思われてないはずなんですよ。
むしろ意見があってめんどくさいなって思われるぐらい。
これは言っていいのかわかんないけど、
一人でも生きていける人だと思う。
なんとかねっていう。
でもそれって最低限親の義務じゃないですか。
そこまでやるのかと俺は思うんですけど、
それを例えば里親さんとか断片的にやらなきゃいけないっていうのは、
すごく難しいんだろうなと思うんだけど、
究極的には今それはブレてなくあると思うんですよね。
親を子供を育てるってことは、
一人でちゃんと社会で生きていける状態にすることだから。
最低限のことだもんね。
そっからじゃあ稼げる能力とか、
円滑なコミュニケーションとかいうのはそっから上だから。
それはありますよね。
今里親の話が出たから、
次回はちょっとそんな体験を踏まえて、
24:00
交えてお話してもらっていいですか。
何人かやっぱりエピソードじゃないけれど、
その子たちが思っていたこととかもあるので、
そんなお話をしていきたいと思います。
はい、楽しみです。
では第3回目はこのくらいで。
はい。
ありがとうございました。
ありがとうございました。