AI依存の現状
みなさん、こんばんは。波瀾万丈女Bigmama yokoの【ぶっちゃけラジオ】のお時間です。
パフパフパフ!
今日はね、2026年1月4日、日曜日です。
明日からお仕事の方もいらっしゃるのかな?
私は今日ね、会社で初詣に行きまして、明日もう1日お休みなんですよ。
通常、月曜日がサロンお休みにしてるんでね、もう1日お休みがある。
だけど、明日は午前中、歯医者です。
今日のテーマはね、なんだかこの人つまらんなーって思う人は、
大概、AIに丸投げしてるよね?っていう、私の主観100%のテーマでお届けしたいなーと思ってます。
もちろんね、AIっていうのは使いようですよ。
よくあれだけの仕事量をこなしてるなーっていう方もAI使われてるし、
なんかね、その人が出してるものを見たら、これこの人がやってないなってすぐわかるAI丸投げの人も増えた。
すごいなーって思う人は、使いこなしてるよね。すごいよね。
そして、使い方を知ってるよね。
使い方っていうのがさ、操作ではなく、どういう風に使ったら、
自分の分身のようなものを作り上げてるっていうかさ、
要するに今まで自分がされてきたこと、書いた文章、考え方っていうのをAIに読み込ませて、
もう自分のクローンのような状態のものを作っている人っていうのは、すごいよね。
私が今日のね、テーマ、なんかこの人つまらんよなーっていう人は、
なぜかというと、っていうお話をしたいわけ。
もちろんね、私も検索したり、ちょっと調べ物したりっていう時には使います。
だけどそれを丸ままコピペして貼り付けて、それこそ文章として投稿してたりさ、
中にはリール動画、絶対この人の話じゃないよなっていうのをさ、動画にしてあげてる方とか。
例外もあって、会社の資料、書類、とにかく情報を伝えたい時には丸投げもありかもしれない。
成長の妨げ
ただ、気持ちとか思い、考え方を伝える場面で、
AIが作った文章をそのまま使ってる人、もうね、はっきり言ってやるだけ無駄ですよ。
これだけさ、情報にあふれた時代じゃん。
そのあふれた時代に検索すれば出てくるような文章をあえて自分で発表したところで、
どうせ埋もれる中に埋もれていくだけなんだから、やるだけ労力の無駄。
でね、この丸投げにしてる人のデメリット、つまらんなーって思う理由っていうのがさ、
チャットGPTなんか特に、壁打ちをしてもさ、どちらかというと褒めてくれることがいいじゃん。
私に厳しいことを言ってダメ出しをしてくださいっていう指示を与えてる人ってほぼいないと思うんですよ。
だから何を言っても肯定してくれる?何を言っても褒めてくれる?
そうすると何が起こるかというと、成長しないよね。
そして、リアルな対話の時に、違う意見を言う人に出会うと、
いきなり脳がバグってイライラし始めたり、思考停止したり、急に反発したりっていう拒否反応が出る人がすごく多い。
あとね、これが一番まずいと思うんだけど、あまりにも褒めてくれるもんで、
自分をすごいと勘違いしてね、ちょっと人を見下す傾向にある人が増えたように気がする。
これはね、めっちゃありますよ。
あなたの意見じゃないことを、チャットGPTが考えてくれたことを、さも自分の考えのように錯覚をして、
普段の会議、まともな会議ができないにもかかわらず、自分はすごいと思っている。
これほど厄介なことは本当にないから。
そして社会において、本当に厄介な人っていうのは、人はもうめんどくさいからさ、
その人に意見しようともしないし、あえてここが悪いよねなんて言わないから、
余計自分は正しいと錯覚する。
何が起こるかというと、自分は正しいと思っているのに人に好かれない。
よく喋るけど薄っぺらい。
本当はちゃんと喋れる人かもしれないのに、そういう投稿をしているおかげで、
この人、意見ないんだなぁと取られたらさ、それ以上関わろうとも思ってくれないじゃん。
なんかね、AIっていうのはさ、やりたいことがあって、
自分でもできるけど、時間短縮のためとかさ、
何か調べるときに、調べたい言葉に対して内容だけを調べるとか、
それについての何か自分が自分の言葉として世に出すのであれば、
ちゃんと自分の言葉に書き直すとかね、
それをしない限り、真っ暗闇で走っている電車みたいなもんで、
動いているけど誰の目にもつかない。
そしてあわよくば目についたときに、
誰もが書いている言葉をコピピしているなと思われたら、
ただそういう人だと思われるので、その人の意見を聞こうとは思わないわけよ。
何かつまらんなと思われたら、つまらんなっていうラベリングをされるわけだから、
自己表現の重要性
これをはぐのってね、結構大変なわけ。
それより、何か何かこの人の言っていること間違っているような気もするけど、
何か楽しそうだなとかさ、何か何言っているか分からないけど、
何かそんな気がするとかさ、
何かその人の思いが何か感じれる文章、言葉、熱意、
まあ熱意かな、心の温度かな。
私が思っている何かつまらんなと思う人はさ、温度が低いんだよね。
低いから自分の思いですらコピピしたものでいいと思っているわけ。
伝えようじゃなくて、きれいにまとめようと思っている。
それじゃあ人の心に届くこともなければ、
私はこういう人間ですよって知ってもらえることもないし。
どうせ使うんなら、もう本当に自分のクローンを作り上げるぐらい、
自分の思い、言葉をちゃんとGPTに覚え込ませるぐらいなら、
まあ仕事の効率が何倍にもなるから、
AIっていうのは本当に素晴らしい秘書になると思うわけ。
何でもそうだけど、使うことによって自分が成長するならOK。
使うことによってサボる?退化する?なら使わない方が私はいいと思う。
だってせっかくさ、人間で生まれて、
手足がついて、目がついて、しゃべれて、聞こえて、
ならこの自分の語感をフル動員して、
自分が見たもの、聞いたもの、感じたことを自分の声で伝えていく。
というのが一番その人らしさなのではないでしょうか。
だからその人らしさっていうのはさ、
今日言ってたことと明日言ってることが違うかもしれない。
でも意見が変わったんだから変わったんでいいんだよね。
ただAIに頼り切る人の特徴として、
正しくないと×、間違ってるのはNGみたいな、
間違いを恐れる傾向にある人が多い。
なんかそれってさ、間違うから人間じゃん。
もうね、そういう人たちが3人集まってる会話を聞いてると、
もうね、コーヒーもおいしくない。
でもね、その人たちは楽しそうなの。
自分の本音を誰も出してない。
本音を出してないところで、なんていうのかな、
その人の体の外側の情報でキラキラキラキラキラしゃべってて、
何も通ってないっていうか、
でも会話してるから楽しそうではある。
楽しい風っていうの?
でも何かあった時にこの人たちが助け合うことは、
まあないんだろうなっていう気がする。
まあ今年歓歴のババアがただ思ってる主観なんで、
うるさい子のババアって思われればそうだし、
そっか自分の意見言うの怖いな。
間違ってると思われるの怖いなっていう人はさ、
間違ってると思われるの怖いんだけど、
私はこう思うんだよねって言えばその人らしい。
そしたら全然間違ってないよ。
そっか私はこう思うんですよねって。
みんなが本音を出し合わずにコミュニケーションが取れると思うなって私は思うわけよ。
だから今年もね、私は間違ってようが、
まあ間違ってる正しいもその人の主観だからね。
優しい人を見て優しいっていう人もいれば、
頼りないなっていう人もいるわけで、
私は私がいいなって思う人に会いに行きたいと思うし、
この人と話してみたいなって思う人と話したいし、
なんだこの人って思う人見てみたいし、
それはそういう人に会うことによって話をすることによって、
私の脳が刺激を受けるから、
脳っていうのはね刺激で成長するわけ。
脳っていうのはさ、刺激を受けていれば、
これは退化することはないわけですよ。
だから考えることをちゃんとGPTに任せて、
考えることを放棄して、
ただ否定されない人生を選んでいる人っていうのはね、
これは脳は退化するだけ。
何が面白いの、それで。
私は今年も刺激をたくさん受けて、
なんだこのババアって思われることも、
人に刺激を与えることだから、
私は私の言葉を出して生きていきたいなと思います。
もともとね、本当に喋れない人だったから、
人に合わせて生きてきた人だから、
人に嫌われたら生きていけないと思ってた人だから、
でもそれをやりすぎた挙句、結局ね、
自分が何を考えているかもわかんない。
そして我慢しすぎて心が崩壊して、
体も大病に2度なった人なんで、
それじゃあ私の体がかわいそうだし、
私自身がかわいそう、
じゃあ私を応援するのは私しかいないよね。
昨日言えなかったけど、
今日一つ本音を言ってみようって。
伝えるのは怖いけど、
じゃあノートに書き出してみよう。
まず思っていること、考えていることをアウトプットする。
で、刺激を受けるために、
いろんな人の話を聞く。
丸のみではなくて、
じゃあ私はどう思うって、
ちゃんと自分の言葉に書き換える。
その積み重ねでやってきたわけ。
で、今すごくイエロー信号を感じているのは、
なにAIに丸投げしてんだよ。
せっかく考える、頭、喋る口があるのに、
なんで自分の言葉で喋らないんだよ。
もったいないよね。
せっかく魅力があるのに、
その魅力を潰してる。
自分で潰してどうすんだよ。
って思うわけ。
正月早々、そういう場面を何個か見ちゃったんで、
ちょっとぶっちゃけてみました。
明日からお仕事の方、
今年も元気よく、声を大きく明るく、
笑う門には福来たる。
で、いきましょう。
じゃあ最後まで聞いてくれて、
本当にありがとう。
じゃあまたね。