1. ワーク・ライフ・ランWork. Life. Run.
  2. #23 切磋琢磨するランニング仲..
#23 切磋琢磨するランニング仲間との対談/ゲスト:地引潤さん、坪田健二さん(前編)
2025-01-27 38:04

#23 切磋琢磨するランニング仲間との対談/ゲスト:地引潤さん、坪田健二さん(前編)

spotify

今回は、切磋琢磨するランニング仲間でもある地引潤さん、坪田健二さんをお招きしての対談会前編になります。走り始めたきっかけや印象に残っているランニング大会ついて話をしています。


地引潤さん

大学時代はカクテルサークル/2008年からランニング大会に参加/箱根路を走る会参加をきっかけにファンランナーからガチランナーに変貌/坂を走る楽しさを発見/初フルは4時間30分くらい/2023年かすみがうらマラソンで3時間4秒(自己ベスト)/夢の島24時間リレーマラソンが印象深い、非日常で楽しかった/直近は栃木はが路ふれあいマラソンに参加、あえてサブすら無い?


坪田健二さん

学生時代は将棋部/ランニング歴16年/初フルはほぼぶっつけ本番の東京マラソン、タイムは5時間8分/フルマラソン後にランニングが日課になる/SNSのコミュニティきっかけで皇居ランを始める/いくつかのランニングサークルに参加/自己ベストは2時間46分/別府大分マラソンが印象深い、最後まで諦めずレース後に涙/上手く走れない時期もあった/イタリアのベネチアマラソンに9回参加/ベネチアの景色とイタリアの文化、食事が大好き


『ワーク・ライフ・ラン』

これからの時代を健康的に、そして前向きに生きるためのヒントと問いをお届けする番組です。

過去・現在・未来の働き方(ワーク)、社会生活の変化(ライフ)、ランニングを通しての心身の健康(ラン)をテーマに話しています。


パーソナリティ

宮﨑晃(Miyazaki Akira)

⁠⁠株式会社actenable⁠⁠


⁠お便りはこちらから⁠

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:03
ワーク・ライフ・ランこんにちは、株式会社 アクテナブルの宮崎アキアです。
今回は、私のランニング仲間であり、一緒に切磋琢磨している 地引潤さん、坪田健二さんとの対談会の前編です。
走り始めたきっかけや、印象に残っているランニング大会について話をしています。 それではお聞きください。
ワーク・ライフ・ランを始めたいと思います。 今回のゲストは、地引潤さんと坪田健二さんにご出演いただきました。
よろしくお願いします。
では早速なんですけども、まず潤さんの方から簡単な自己紹介をお願いします。
はい、地引潤と申します。 ワーク・ライフ・ランということで、それに沿って簡単に自己紹介します。
ワークなんですけど、会社勤務でデスクワーク中心の仕事をしています。 会社は宮崎さんが前に勤めていた会社なので元同僚でございます。
ライフなんですけども、今年46歳になった人生です。
運動に関してなんですけど、中学の時は卓球部。 高校1年の時に半年だけ野球をやっていました。
その後帰宅部になって、大学に入ってからは運動とか全然関係なくて、カクテル作るサークルに入って、シェーカー振ってました。
という感じです。
ランなんですけども、2003年頃に走り始めたので、20年以上ラン歴があると。
以上です。よろしくお願いします。
よろしくお願いします。ありがとうございます。
では坪田さん、簡単な自己紹介をお願いします。
はい、坪田健二と申します。
地域さんの今の流れに関して、ワークはクルーズ専門の旅行会社で働いていて、
普通のクルーズも販売しつつ、ワインの資格も持っているので、世界のワイナリーをクルーズで巡るという面白いツアーも作っています。
ライブですね。
個人的にイタリアが一番好きなんですけども、イタリアの文化とか食事とか、
イタリアだけじゃなくて海外の人とか日本の人とかの集まりですね、みんなで楽しく過ごすことが好きなことの一つ。
ランはですね、これ最初にいいんですか?走り始めたきっかけになっちゃうんですけども、
2009年の東京モアさんから始めているので、ちょうど16年弱になりまして、
03:01
学生時代は中高将棋部、大学生時代はサークル入らずバイトに明け暮れですね。
その後、2009年社会人になってから走り始めたというところです。
はい、ありがとうございます。
ワークライフランで自己紹介してもらうとは思ってなかったですね。
考えましたよ。
これアドリブですね。
何も考えてなかったですね。
面白いですね。
お二人と私の繋がり、私から簡単に補足なんですけど、
じゅんさんは今おっしゃっていただいたように、私が独立する前の会社の同僚ということで、
ちょうど独立してですね、多分私が寂しそうにしているだろうと思っているかどうかがあれですが、
前の以前の会議の話で、箱根二郎走る会議というのを幹事されていて、
それで声をかけていただいて、私もせっかくだから行ってみようということで、
そこに参加した時に、津畑さんとお知り合いになれたということでね。
確かですね、部屋割りがですね、津畑さんとじゅんさんと私と岡井さんのように出したと思います。
その後に、箱根二郎走り終わった後に、多分11月頃から月一回り、
ウォーザフィールドで練習会をして、みんなでレベルアップ。
いやー、皆さん一気に伸びましたからね、あれで。
ありがとうございます、本当に。
あの4人の練習の繋がり。
それで今日のテーマは、お二人のこれまでのランニングを始めたきっかけとか、
これまでのランニング人生の振り返りとか、
あとはウルトラマラソンを津畑さんがよく走られていたり、
じゅんさんは酒好きで、木坂系をよく走られている。
その辺りのお話を聞けたらなと思います。
その後、今後の目標とか、あとはこれからのランニング人生のところ、
何かあればというところを、いろいろ楽しく調べていければなと思っています。
それでは早速なんですけども、
ランニングを始めたきっかけとか、これまでのランニング人生の簡単な振り返りのところで、
じゅんさんにちょっとお話を聞ければなと思うんですけど、
どんな感じですか?
2003年頃に、もともとアトピー性皮膚炎がありまして、今でも治っていないんですけど、
06:02
それがひどくなってしまって、当時のお医者さんに走って体力をつけるといいよと言われて、
それがきっかけで、会社休み、土日の時とかに、本当に30分軽くジョークするみたいな、
イメージで始めたのがきっかけ。
長距離なんてやったことなくて、本当に苦手だったので、
いやいややってたって感じだった、その時は。
一人で?
一人で、もう基本的には一人。
運動して汗かくのが気持ちよかったので、だんだん気持ちよくなってきたかなっていう感じで。
ずっと一人で基本的に。
2008年くらいからやっと、友人の誘いがあって、
10キロとかハーフとかの大会に出るようになるんだけども、
別に記録とか全然気にせず、
ただ単に運動としてやってるって感じで、
全然やる気はなくて、
言ってみれば2008年とかまでファンランナーっていう感じでやったんですけど、
2010年になって初めて箱根寺に誘われて、
そこに参加したことがきっかけで、ファンランナーからガチランナーに変貌したと。
そういう経緯がありますね。
箱根寺は人を変えさせる魅力があるんですよね。
あの会員に出た時が楽しかったっていうのと、
周りがすごいランナーばっかで、
自分みたいな人たちと全然違う人種だったんで、
そこに驚きを感じて、
プラス坂の楽しさもそこで発見して、
そこから箱根を年1回出ることの目標に、
箱根のために練習するみたいな感じにスイッチが入った。
だから2003年初めて、2010年それなんで、
7年ぐらいはずっとゆるゆるとやってたっていう。
下積み長いかもしれないです。
箱根がきっかけで坂が気持ちよかったんで、
基本的には箱根寺に1回出るのが目標だったんだけども、
ちょいちょい坂系の大会を入れ出して、
フルとかもあんまフラットじゃなくて、
坂系を選ぶっていうのがあって、
そういうので今に至ってる。
箱根寺で今まで出会ったことのない人たちと会う感覚が、
私もまさにそうなってたんで、
よく当たります気持ちが。
宮崎さんが出たときってまだ人数少ない頃、
自分が出た頃って50人超えだったんで、
09:05
でも当然部屋割りで完全に知らない人たちと、
4人部屋で3人全く知らない人と組んで、
話聞くだけですごく刺激を受けて、
あれ本当にマラソンをガチでやりだすきっかけ。
マラソンに初めて参加されたのは、
フルマラソンは一応思い出してきたんですよ。
これ時効なんでいいかもしれないですけど、
ダイソーで参加したのは初めてで、
2011年の時効なんで。
某マラソン大会で。
タイムは4時間から4時間半の間だったと思う。
全くマラソンプールのための練習はせずに、
あくまでも箱根に向けて練習してたそれだけを。
順序おかしくなるのか。
でもダイソーだったから。
出たって感じですね。
じゃあまた色々質問をさせていただければと思うんですけど、
一旦菅田さんの話もお聞きできればなと思うので、
じゃあ菅田さん、ゲームは?
実はランニングを始めたのが、
最初の東京マラソンの2009年ですね。
2009年の東京マラソンのレース当日が、
ランニングの練習も含めて初めて走った。
というのがありつつ。
1週間前にですね、これはヤバいと思って、
当時住んでた青棟から水戸街道を南下して、
浅草橋まで行って帰ってくると20キロだったんですね。
1週間前に初めてのランニング練習20キロってね。
今普通に考えたら疲れ抜けなくてアホなことやったなと思うんですけど、
当時まだ若かったんで。
それでやりつつ、
2回目のランニング練習が東京マラソン2009で。
ネットで5時間8分だったんだと思うんですけど、
最初からゆるくジョグみたいな感じで走っていって、
当時東京ビッグサイトゴールでしたけど、
足湯かな?の近くのマッサージのところがあって、
そこの方に初マラソンでこんなにフニャフニャな人初めて見ましたって言われてくらい、
いい感じで走れていたのかもしれない。
その後は筋肉痛で下りなかったりとかしましたけど、
それがきっかけで、実は2007年の東京マラソン1回目から
12:05
当たったら走りたいなとずっと思っていて、
中高のガチな練習が全くダメで、
もうあんなことするんだったら昼休みにサッカーとかバスケした方がいいなと思って、
昼休みはもうガンガンサッカーバスケで短距離走りまくっていたのでいいんですけど、
長距離って普通の生活ではまずやらないので、
そこは1週間前の20キロ走でなんとかクリアして、
東京マラソンを走ったというのがランニングを始めたきっかけです。
やっぱり1回フルマラソン完走したらハマってしまって、
そこからは毎日ではないですけど、仕事が早く終わったときには公表ですね。
自分で1周全力走とか、それが慣れてきたら2周全力走、3周全力走とかですね。
だんだん上げていって、
最初は当時ミクシーで無料で高級一周に走るチームの募集があったので、
そこに入りつつ、ちょっと刺激を受けつつ、
ランニング雑誌でいろんなコツを読んで試したりしたんですが、
今は長沿い練っていう小マザー公園の練習会に入っているんですが、
その前はセカンドウィンド、アスリートクラブスワックに入っていまして、
有名なコーチとかが教えてくれるので有料であるんですけども、
サブスリーしてからじゃないとそういった有料のチームに入りたくないなっていう自分のポリシーがあって、
自分の個人練とミクシーのみんなで集まるようなところで走っていて、
2012年に初めてサブスリーをしたんですね。
そのミクシーのチームにいた山本さんという方がちょうど東久留米創有会に入られていて、
この東久留米創有会が箱根寺を走る会の中の1チームになっていたので、
山本さん経由で誘っていただいたのが何年か正確なところは忘れたんですけども、
たぶん2014年が出てからだと思うんですけどね。
そうですね、そこからですね、朝6時20分にスタートして、
朝早いのは台北マラソンとかよくあるんですけど、
いきなり坂をゼーハー、朝早くから登るレースって、たぶんあんな変態レースないですよね。
体に悪いってありはしないんですけど、
だけども山の中をさっさと登っていきつつ、箱根の僕の選手の気持ちを感じながら、
15:04
やっぱりそのペースが遅い方はちょっと前の時間からスタートしていらっしゃるので、
そこで抜き際にかけあったりとか、
こういったのもしつつ、終わって下って温泉入って打ち上げ。
いやもう最高だね。
聞いてくれて楽しいよね。
参加してるからね。
というのでもこれは毎年出たいなと思って、毎年参加してもらっています。
岡田さんの方が勢いすごいですね。
最初は。
自分より自分だらーってやってやっと、こうシリアスになってたのに。
いきなり。
ゾーン出ちゃった。
そうですね。ただサブ映画ぐらいになってから記録が伸び悩んでいて、
今2時間46分ですけども、25分はなんとか切りたいですね。
25?
25。あ、45。
25って何?
楽しくやっておりますね。
ありがとうございます。
フルマラソン、東京マラソンがほぼ走り始めたきっかけってことですよね。
そうですね。
そこから高級ランを始めるって初めて聞く。
順番が。
その順番は、東京マラソンは楽しかった?
そうですね。結構雨で寒いレースだったんですけども、
ダウンすることもなく、ゆるーっと。
応援とかあったから気持ちよかった?
初めてですね。初めてのレースが東京マラソンだったので、
マラソンレースってこんなに盛り上がってたかと思ったんですけど、
その後、1年後ぐらいかな。
小金井公園フルマラソンっていう9月の真夏のレースがあったんですけど、
それはそれで楽しかったんですけど、
やっぱりローカルなレースなので、いろんなレースがあるんだなって。
マラソンを走りたいというふうに思われたきっかけは何なんですか?
もともと走るのが好きだったから、いつかフルマラソンを走りたいと思って。
小学校の時は大体市内で10位以内には1.5キロですよね。
ローカルなレースでは入っていたので、
やっぱりみんな東京マラソンを始めてから盛り上がっているというか、
注目されていたので、
生まれ育った東京サーキットもあるので、
出られても良い夢だったので、3年目で予約が叶って嬉しかったですね、2009年。
でもそういうきっかけで、今までランニングが続いていて、
タイムもサブスリーしてサブ映画をしていて凄いですね。
好きなことはね、上手になるじゃないですか。
18:02
打ち込むタイプなので。
今はダメですね。
そういう理由で、今ジューンさんがおっしゃっているように、
大きな壁とかありました?
ありますね。やっぱり走りが硬いので、毎年新スプリンターになっていましたね。
新スプリンターがサブ映画、特にサブ映画を目指すキロになってから一気に増えてきていて、
映画が2013末から2014、
そこからもうほぼほぼ10年間経ってますけど、
毎年冬に入ると新スプリンターになりつつ、
しかもちょっとフォーム改善というか、やらなくしてきたので、
今年とか去年はそんなに大きい影響はなかったんですけどね。
それが壁ですかね。
そこのタイムまでいってしまうと、本当にそこから伸びるのって大変ですよね。
やっぱり立ち回すポイントがあるんですね。
でもね、速い方もたくさんいらっしゃいますし、
年上の方でも縮めている方もいらっしゃるので、
それを見て頑張りたくなっちゃうのがチームに入っているメリットですよね。
じゅんさんは最初のマラソンが4時間から4時間半で行きました。
そこからどのくらいかけてタイムがどんな風に変わったんですか?
目的には2014年に日光のマラソンを走って、
それが3時間27分。
それでもこれ坂大会なんですよ。
半分下って半分上るみたいなマラソン。
結構きつい大会だったんですよ。
そこで3時間27分。
その翌年2015年に東京マラソンに出たけれども、
ちょっとけがだったので4時間。
徐々に上げていって、2017年で勝った。
2018年か。
いびがわマラソン。
これも結構アップダウン激しい大会って言われて、
もう今はやってないんですよ。
フルはなくなっちゃって。
そこで3時間16分というのを出して、
この頃宮崎さんとそういう話したかもしれない。
そのタイム出したくらいから、
これもうちょっとやればできるのかなっていうので、
結構真剣に練習するようになったかなって。
さらに真剣に。
フルに向けてやっていこうかなって思ったのが、
2018年のいびがわマラソンですかね。
その後、これは最近ですけど、
2023年の春に霞ヶ浦マラソンで、
3時間0分4秒。
お二人は知ってますけど。
4秒オーバーっていう伝説の記録。
それが自己ベストです。今のところ。
21:05
そのくらい標高差?
覚えてないですし、
もう調べても出てこない。この大会の情報が。
だから分かんない。
有料道路を貸し切って走りつかった覚えが。
坂大会で高記録っていうのは。
これは結構。
春中走ったらいいんじゃないですか。
そのうち。
フルマラソン自体にあんまり興味なかった。
2011年は走ったけど、それは不本意。
予定外だったし。
2014年もそこまでやりたいか。
坂だからやったみたいな。
フルマラソンで記録狙うっていうのは、
ここ最近やっと宮崎さんがやりだしてから、
意識を高めていって。
最近はフルマラソン参加多いですね。
今年も4つ出てますしね。
フルマラソンだけがランニングじゃないですもんね。
そういう意味で言うと、印象に残っている、
フルマラソンでは何て言うんですけども、
大会を1個挙げるとすると。
箱根寺って言ったら面白くないから。
優秀感ありますね。
箱根寺も当然そうで。
2011年にフルマラソン出た後に、
2012年に。
箱根寺に出たのがそもそも、
自分の場合2010年。
初めて出たのが。
2010年に初めて出て。
そこに細貝さんと知り合って。
その2年後の2012年に、
細貝さん企画で24時間リレーマラソン。
梨目の島でやる大会があって。
そこで12人チーム組んで。
うちの会社から7人くらい出て。
細貝さん関係、箱根関係で5人くらい出て。
男女混合で12人チーム作って。
3人1人にチーム分けして。
3人ずつ1時間交代で。
24時間かけて。
ローテーション組んで。
あれが楽しすぎて。
すごく楽しくて。
テントで張って寝袋で寝る時は寝て。
翌日になると筋肉痛が始まる。
固まってくる。
筋肉痛になりながらも。
それがたまんなく日常で。
でも辛いから、
細貝さんに筋肉痛始まってるんですけどとか言ったら、
みんなそうだから。
24:01
ハッ!と思って。
仲間がいる。
これが本当に楽しかった。
いい記録だった。
24時間で314.12キロ。
トラック1周1.3キロくらいを
253周みんなで繋いで。
一番長距離を稼いだチームが優勝。
周回数イコール距離が多い方が勝ち。
300キロも走ったんですね。
24時間で。
これが本当に楽しくて。
もう一回やりたいけどなかなかやってない。
こういう大会も今。
やってないですね。
最近はもうやってないし。
やっても出てくれる人いないっていう。
年が。
一回出ても出てない。
すごい面白い。
今これラジオだからわからないんですけど、
聞いてる方は、
ゆうさん手元にですね、
たくさんの記録書を持ってます。
お話していたりする。
この時隣のチームが
1周交代でやってるチームがあって。
そうですね。
でも超全力で1周交代で。
寝れない。
寝てない寝てない。
3分半とかね。
専属の整体師とかついてて。
走り終わったらすぐマッサージみたいに。
それもなかなか刺激的で。
そこが結局優勝出ましたけどね。
面白そう。
やってみたいです、1回は。
これは本当。
これ見ても一番楽しかったかな。
坂田さんは、
思い出のマラソン大会。
東京マラソンの最初は思い出だと思うんですけど、
それ以外は?
一番って言ったらすごい難しいんですけども、
一番の手前もよくばって紹介するのが、
東京マラソンの次の時の2番目のマラソンが
小金井公園来るマラソンっていうベースだったんですけど、
これは灼熱の小金井公園を
夏用の給食を食べながら走る大会なんですけど、
初めて集団走っていうか、
キロ後のペーサー集団について、
小金井公園一周動きの8周ぐるぐるしたっていうのは、
それが本当に初めての経験で、
最後の週に年上の女性の方と2人で
じゃあ行きますかみたいな感じで
抜け出して気持ちよく、
3時間25分ぐらいだったと思うんですけども、
駆け出したっていうのがすごい、
東京マラソンと全く別のレース運び、
27:00
自分の攻めたレースができたっていうのが、
そこで初めて経験できたので楽しかったのと、
あと一番唯一泣いたのはですね、
サブスリーの時も嬉しかったんですけど、
その時は泣かなかったんですね。
山本さんと抱き合ったんですけど、
さっきの東京マラソンの山本さんが最後に引っ張ってくれて。
その後に別題で記録を合わせたんですけども、
先ほどの新スプリントがずっと長引いていて、
サブスリーを目指しているのに、
全くサブスリーでさえできなくなっていて、
いつも3時間0分とか3時間数分、
うまく走れなかったのが長かったんですけども、
そのレースでいろいろ応援してくれた人も5つ、
最後まで諦めなかった、
一番中盤死に物ぐらいで頑張って、
サブウェイがしたんだと思いますけどね。
その時もレース中にスワックのセカンドウィンドの先輩が
後ろと前に行ったり落ちてきたり、
ぐるぐると交絡してたんですけども、
ゴールして嬉しいのと、
その先輩が待っていてくれたのと、
後から来た先輩も一緒に祝ってくれたのと、
もう涙が止まらなくてですね。
鼻水汚いから拭けよみたいな感じでいじられたりとかですね。
大会で一番嬉しいというか、今までの苦悩というか、
今、今回も福岡国際、
彼誰でしたっけ?吉田でしたっけ?
男性の選手ですよね。
GMOも。
いろいろうまく走らなくてつらかったですっていう。
彼もそうですし、いろんな方がプロでも
嬉しい涙というか、辛さを考えて涙を流せて、
ちょっとレベル違うんですけど、
気持ちは分かるなというのもあれは本当に嬉しいですよね。
それまでに苦悩があるわけですよね。
そうですね。
うまく走りたいけど走れない。
走りたいけど痛みがあるとかですね。
大会ではある意味、本当に全て出し切れたような感じですか?
そうですね。そのときも出し切ったんだと思いますね。
そのときのベストは。
ちゃんと集中して攻めに攻めていけたのも、
自分なりに納得できて嬉しかったんだと思います。
30:01
すごい良い話ですね。
素人さんはイタリアのベニスのマラソンにも?
現地で9回。
コロナの2020年にバーチャルで遊戯公園をぐるぐる走って。
バーチャル?
それを足したら今10回走ってるんですけど。
イタリアはですね。
特にベネツィアは卒業論文に歴史書を書いたくらい大好きで。
第一回目はちょうどベネツィアマラソンが25周年記念で
サンマルコ広場を通れるっていう新しいコース取りになったときに行ったんですけども。
そこの最初のサンマルコ広場を通ったとき、
ラスト2キロ、1キロ時点か41キロ時点がサンマルコなんですけど。
あそこもね、感動して。
自分がスターになった気分で。
世界中の観光客がサンマルコ広場にぎっしりいる中で。
その拍手の中は自分が浮いてるような感じの
すごい夢のような気分で走ったっていうのは最初のときは思い出に残っていて。
あとは現地の友人とか大切なイタリア人と一緒に走れるっていうのが嬉しくて。
レース中も話したりとかするのも大好きなので。
多分これからも。来年がちょうどリアルの10回目なんで。
でもまだ行き続けちゃうんでしょうね。毎年。
すごいですね。もう9回も行かれて走られてると、第2のホームみたいな。
そうです。故郷みたいな感じになりますね。
その話が一番印象に残っているのかなって私は想像してたんですけど。
でも意外にコガネーマラソンとか。
だからそれはやっぱり初めてフルバラソンを自分なりに走り切ったっていう印象なんですかね。
そうですね。平和にいいんじゃないんですけども。
終わったレースよりも苦しながら頑張ったとか。
初めて集団走を達成したっていうのが心に残って。
楽しいっていう部分だけではなくて。
そういうところの印象って残りますよね。
レベンジャーマラソンは最高ですよ。皆さん来てください。
どのあたりがお勧めは?景色とか。
景色ですね。スタート地点がちょうどイタリア半島側の方のベネツアに注ぐウンガの川があるんですけども。
33:11
水上エレベーターもあるぐらい。
ちょっと小さめの川なんですけど。
そこの中にずっと昔のベネツアの貴族の館が点々と並んでいて。
一つ一つが今博物館みたいな風になっていて。
ニュージョルドとかがあるんですけど。
そこをずっと走りながら向かってですね。
イタリア半島とベネツアの島を結ぶ4キロのリベレト橋っていう鉄道、車道、歩道がある橋があるんですけども。
そこの一車線を開放してもらって。
走る時に車とか鉄道から応援が飛んでくるんですけどね。
アクアラインみたいですね。
暴風の時は死にますけどね。
4キロって結構長い。
4キロ長いですね。
でも遠目にベネツアの街がずっと見えてくるので。
そこでモチベーション上がりつつ。
ラスト4キロがベネツアの島の中ですね。
端の方を走るので観光客はほとんどいないところなんですけども。
ラスト1キロだけサンマルコ広場を通っていくので。
ちょうどビエンナールとか芸術展が開催中なので。
そこの雰囲気も楽しみつつ。
終わったらワインのバールですね。
巡りで飲みまくり。
さすが9階とかで出てるだけあって。
スラスラ観光案内のように説明があって。
今年は体調不良で初っ端7キロで死んだんですけど。
ここからの地獄は見えてるので。
逆にもう。
メンタル的にきつかったですけどね。
そういう都市もありますよね。
今の話聞いたら知りたくなります。
本当にイベントします。
いつでもウェルカムです。
じゅんさんはマラソンとか大会で流した涙みたいなエピソードは?
いやないです。
そういう感覚は全然ないです。
羨ましいですか?
これからどれか。
直近の大会はどこでした?
直近は栃木のハガジマラソンで。
3時間3分だったので。
目標3時間切ることなので。
まだまだ。
半分あたりで足痛かったので。
それじゃダメでしょ。
36:02
3時間4秒ですからね。
だからあえてサブスラないとか言ってましたね。
サブスラない男だろ。
宮崎さんはサブスリーした時はタイムの余裕を残してやってましたか?
ギリギリでした。
ずっとペースでやってて。
最後のHPでもペーサーに離されちゃって。
最初のスタートのグロスはサブスリーじゃなかったんですよね。
ネットでサブスリーしてたんですよ。
ネットでサブスリーできたので、
最初の5号からスタートラインを越えるまでの時間の貯金はありましたか?
負けは忘れない。
あんなに辛い中通りはなかったです。
長いですよね。
こんなに長いかと思った。
東京マラソンもそうですよね。
その大会に長田さんもガチじゃない形で参加されていましたね。
スタッフで出てましたね。
ガードランナーみたいな。
テレビに映られてましたよね。
そうですね。
コロナ時期ですね。
2023年。
お笑いの芸人が。
花譜の菊田さん。
最後に涙があったりとか。
今回もご視聴ありがとうございました。
このポッドキャストの感想をいただけたらとっても励みになります。
スポーティファイをお聞きの方はコメント機能がありますので、気軽にコメントしていただけたら嬉しいです。
それでは良い1日をお過ごしください。
また次回お会いしましょう。
38:04

コメント

スクロール