-過去の友情で学んだ、今の自分を守るルールは? という質問をね、共有してたんやけど。
-私、割とルール結構ガチガチです。 だからか知らんけど、友達多分少ない。
-でも、それって自分を守るルールやから、大切やんな。 防衛のセキュリティーがガッチリしてると思う。
-大事、大事。やっぱり、誰から構わずウェルカムにしてると、 割と自分のキャパ超えるかなと思ってて。
-それこそ、勝手に引き合いに名前出していいかわからへんけど、 玉毛のタカピーとかはキャパめちゃめちゃ広いイメージあんねん。
-あの人は、しがらみゼロ。
-しがらみゼロやし、壁がないから、あの人自体。 だから誰とでもフランクにすぐ喋れてしまう。
だから、ほんまにすごい。 ほんまに、今度ご飯行こうみたいな感じで、フラッと行けてしまったり。
なんか、なんやろな、あれは特技というか、あの人の才能よね。
俺は逆にめちゃめちゃ警戒してしまって、割と探り探り行ってしまうかな。
-そんなレオポンが自分を守るルール、過去の友情で学んだ今の自分を守るルールに着目してきてたんですけど、何かございますでしょうか?
-私の3ルールがございます。セブンもないんですけど。
まず1つ目。大きなグループには所属しない。
-わかるよー、大状態みたいなやつだから、俺せいぜい4人、自分いれって4人が限界は。
-あ、そうね、4人やな。
-しかもその中に1人めっちゃ仲良い子とかいないと嫌。
-そうやんな、分裂する可能性ある。
-いきなりなんか急に知らんところの3人の輪の中にポイッと降り込まれたら置物になる。
-俺も今まさに4人ぐらいの、俺含めて4人ぐらいの仲良くしてくれてるグループがあって、すごい居心地がいいんですけど、
1回、20代前半ぐらいでこっちの世界に飛び込んできたんですけど、
その時に仲良くしてたグループが8人から10人ぐらい。時折10人に増えたり。
-アイドルグループみたいな。
-になるんやけど、になるとまずめんどくさいのが、予定を合わせるのが非常にめんどくさい。
-そうね。
-ってなると、基本土日休みの人が多いグループやったからそっちに合わせる。
-ってなるとサービス業の僕ともう1人サービス業の子がおって、その2人が頑張ってそこに予定合わせるみたいな。
案の定、何年かしたら僕とその人は脱退しました。方向性の違いで。
-そうね、卒業ですね。
-で、毎月毎月10人ぐらいおるから、毎月誰かしらの誕生日があったりする。
-そうか、12ヶ月分の10人もね。
-で、それに年末年始の忘年会、新年会とか、無駄にクリスマスパーティーとか。
-なんかしたがるよな、そういうのが。
-とか含めて毎月1回以上会ってないかみたいな。で、誕生日プレゼントもその度に買わないとダメ。
しんどくなってきて。
で、その8人10人の中にもそんなに仲良くないやつもいるわけだから。
-8人10人もおればね、その中でもさっき言ったようにグループじゃないけど、あるわな、派閥じゃないけど。
-ってなると、何のために俺はここにいるんだろうって。
なんかただただ時間とお金を浪費して気を使って、この世界ってこういうものなのかなってちょっと疑った時期でもあったんやけど、
いやいや、そうじゃないと。本当に趣味の合う友達もきっといるだろう。
って思って脱退宣言をして。
おれね、ほんまに脱退宣言をしたんや。
-抜きますって。
-ふわっと抜けるんじゃなくて、あ、ごめん、これからちょっと仕事忙しくなりそうで、
こうやって頻繁に集まれなくなると思うから、次から俺抜きで考えてって。
っていうタイミングで、しっかりちゃんと言って脱退しました。
今考えると、喋ってる内容も低レベルやって、
誰かが誰かのことを罵り合うだけの感じやって、
で、僕とサービス業のその子は、
ねえ、もうそんなん言うてみんな怖いねえみたいな感じで、橋の方でオーバーハンみたいに、
そんな言わんときいいやみたいな感じで言うだけの要因で、
あんまり俺らがいじられることはなかったんやけど、
ゲイの世界でこんなもんなんかなあみたいな思ったけど、
絶対そんなことなかった。
そこしか世界を知らんかったから、
もっとインドの中の河童じゃないけど、もっと大海に出るべきやったらもっと早く。
たぶんね、あの人たちも個人個人やったら悪い人じゃなかったと思うね。
なぜかこう、王女体になる、できあがる謎の空気感みたいな。
できるできる。
単体で見たら全然みんなそれくらい考えがあったりとかすんのよ。
そうじゃなくて本当に今は気の合うメンバーでいるのが本当に心地よいなと思いますね。
じゃあ一つ目のルールは、大きいグループには所属しない。
はい。
注意喚起ですこれは。
だって今年年明けってあっという間にたぶんね、
春がやってきたらね、これから状況や何やっていう人とかもおるやろうからな。
新生活でね。
友達作らなとかって思う人もおるかもしれんけど、
なんかね、たぶんね、大きなグループとかに所属する安心感はたぶんあるんやと思うね。
おそらくこれって同調圧力とかそういうものやと思うねんけど、
そういうものに負けずにちゃんとそのグループは見たほうがいい。
あの、なんやろ、仮入部ぐらいにしておいたほうがいい。
体験入部、仮入部ね。
ガッツリ入るのはちょっとちゃんとよく考えたほうがいい。
確かに確かに。
みんな優しいからここにしようじゃなくて、
本当にこの中に趣味合うのかなとか、プラスになるとか思ったほうがちゃんといいと思う。
時間を浪費するわけやからね。
あと次はね、これに若干違いグループの話なんやけど、
同い年のためかいには行かない。
ためかい。
ごめんなさいね、これゲイじゃない方も結構聞いてらっしゃるかもしれないので。
ためかいとは何ぞやと?
ホモの世界にはですね、非常にためかいという同年代でつるむ謎の習性あるよね。
やたら同い年生まれの人たちが集まって飲み会を開催されてますもんね。
不思議ですね。何なんですかね。
びっくりです。
一応今、僕が仲良くしてる人で同い年は何人かいるんですよ。
みんなで飲んだりもするけども、そうじゃなくって、
あのためかいって、同じ昭和何年生まれとか平成何年生まれみたいな括りで、
だいたい20人30人ぐらいガッとみんなで集まって飲み会をするっていう感じなんですよ。
だから、その中にはそこで初めましての人がいろいろ。
この半ば合コンチックなの。
学校のクラスと一緒で、年齢が一緒だからって仲良くなれるとは限らない。
雑な括りよ。
そうそう。
動物園の中で、チンパンジーだから同じ檻の中に入れるみたいな。
けど、チンパンジーもおそらく好き嫌いあるから中で喧嘩するじゃないですか。
それと同じって言ったりもあるんだけど、
同じで、
同い年やからってあんたと私が仲良くなれると思うなよっていうスタンスが私の中にずっとあるんですよ。
なんかあったのためかい。
分かる分かる。
なんか、
なんでその括りなんやろうかみたいな。
まあ手っ取り早いかもしれんけど。
だから、まず大人数で気を使うのが嫌なんですよ。
分かる。
それは喋れないからじゃなくて、
喋れるから、
そうなんよな。逆に疲れるからな。
気を使ったから。
疲れるから行きたくない。
分かる。めっちゃ分かる。
なんでお金を払って気を使って喋って、
なんならちょっと飲んでない人の分を気使ったりとか、
お酒足りてる?みたいなことを言ってしまったり。
全員が全員クソでっかしごになるから言ったらあかんと思うけど、
西の人間、特に関西の人間は、
そういう気質を持ってる人が非常に多くて、
サービス精神旺盛だよみんな。
喋れちゃうんよ。
喋れちゃうし、よく気もつく子が多いんよ。
だから、もてなしがち。
もてなしちゃうよね。
だから疲れるんだよな。
これは見せ子かなって思うぐらい、
もてなしちゃう気量のある子が多いがゆえに、
僕らみたいな感じの人間は疲れるんですよね。
疲れます。
分かります。とっても分かります。
なので、同い年都会にはいかない。
これは決して強がりではなく、誘わないでほしい。
分かる。めっちゃ分かる。
誘われてもなんなら多分行かへんし。
ちなみに行ったことある?
ある。1回2回ある。
楽しかった?
全然。
時間の無駄だと思う。
そうです、みなさん。
無駄です。
行きたい方は行ってもいいと思うけど、
何を目的として行くのかは、
ちゃんと自分の中で落とし所を決めておいた方がいいよとは思う。
そこだわ。
俺は目的がなかったから、その会に。
もしかしたら、
同い年だから友達になるんじゃないね。
友達になれそうな人がたまたま同い年だったんじゃないと、
なんか主語と述語じゃないけど逆なんよね。
だから、友達を見つけに行く場所がたまたまその会だったらいいかもしれない。
友達欲しいなって思ってる時に、
ためかいあるんやけど行けへんって言われて、
じゃあ行く行くは納得できるけど、
そんなことも思ってなくて、
ただ単にためかい行けへんって言われたら、
何のために?
そう、何のためにやる。
別にお金払って気使いたくないんだけど。
だから友達が本当に欲しい人は行けばいいよ。
ただ、同い年だからって仲良くなれると思うなよっていうのは、
まさしくそう。
ちゃんと根底にないとダメだよ。
期待しすぎてもうまくないし。
みんなそれぞれ違う世界、違う分野で生きてる人たちだから、
その通り。
私、なんなら生活水準も、
今37歳なんですけど、
37歳でもばらつきがレグークあるから、
中間管理職になる人もいれば、
まだアルバイトの人もいる。
いろんなね、ご家庭の事情、体の事情でアルバイトの人もいるけども、
そうじゃなくて、ただただニートの人もいるし、
それは本当に振り幅がすごいあるから、
他種多様の、癖も強くなってるけども、
年齢がいけないけども。
そうね、生きてる時間が長ければ長くなる。
皆さん注意してください。
本当に気を付けましょう。
では2つ目のルールは?
同い年の会にはいかない。
今この2つのルール聞いた感じだと、
もうすごいね、冒頭にリョウポンが友達少ないとおっしゃっておりましたが、
もう狭い狭いコミュニティで生きてるんやな、ということが分かっていただけたかと思います。
そうなんです。
わかるでしょう。
じゃあ3つ目いきましょう。
誘う、誘われるとかって、
話題に出す人からは離れる方がきち。
どういうこと?誘われる?
例えば若干の友達って言ったらあれやねんけど、
がっつり友達じゃない人の話題とかでたまに聞くのが、
なんか俺いつも誘うばっかしやねんだ。
そういうこと?
とか、
私ばっかり誘ってねーとか、
全然誘われへんねんけど、
誘う時俺ばっかしやねんけど、
っていう人からは離れた方がいい。
いい?
ていうのも、
僕とウルフさんは年一しか会わない関係って言ったらそれまでなんですけど、
でもなんとなく自然にまた喋れるかなとかって、
おそらくお互い思ってて、
自然と今日という日が来たじゃないですか。
友達って多分僕そういうものやと思ってて、
なんとなく若干の、
ウルフさん大阪帰ってくるって言ってたけど忙しいかなどうかなみたいな、
ちょっとした悩みとかもあるけども、
でもそんな垣根を越えて自然と予定が組めたし、
そういうものやと思う友達って。
でも僕が言ってるこの人は、
あいつ誘ってくれへんねんけど、俺ばっかし誘ってんねんけど、
若干イライラしてるでしょ?
意味がわからんけどね。
でもいるでしょ?
おるおるおる。そういう人おるよ、たぶん。
その人ってたぶん、
その人自体も、もしかしたらその人の周りからも、
若干の孫徳感情とか余計な駆け引きで、
友達とつるむ、
あんまり健全じゃないコミュニティやと思ってて、
そういう人からは離れた方がいい。
って思ってる。
でも確かに、
俺もレオポンがどのぐらいのお友達の数がおってとかっていう、
比較するわけじゃないけど、
俺も結構友達少ない方やと思ってるね。
少ない同士。
顔は広いんよ、そこそこ。
でもそんな友達って呼べる人って、
片手でたぶん数えられるぐらいしか、
友達認定してないわけ、俺は。
分かります。
でも全然知り合いだから普通に喋るし、
会ったら挨拶もするしとかって人はおるけど、
友達って言われたら、いや別にって言う。
人は一般おんねん。
わかる。
で、
そうね、その、
誘う、だからその限定的なコミュニティの中におるからこそ、
自分ばっかり誘ってるみたいなことを言う人って、
そう言われたらもうしばらくトントン出会ってないなと思ったけど、
自然とね、トントンされていなくなってる。
もう恥いちゃってるんやろうなと思うけど、
やっぱりおるよね、そういう人ってね。
なんやろな、その自分、
誘われたいっていうのは、
自分がこう、会いたいから誘うわけやん。
なんか例えば聞いてほしいことがある、話したいことがある、
単純に友達として好きやから会いたい、
いろんな理由があって誘うはずやんか。
で、
誘われない、
自分ばっかり誘ってるっていうことはさ、
なんか変な話。
誘われることで自分の必要とされているみたいな価値を確かめる、
ようなことをしていらっしゃるわけじゃないですか。
そうやね、価値やね。
自分のヒエラルキーというか、
自分の立ち位置をそこで確認しようとしてる。
なんか、
なんやろな、その、
無意味というか、
そう、めっちゃ無意味やと思う。
それ、そのね、恋愛にしても仕事にしてもそうやねんけど、
執着したらあかんっていうのは今年すごい思ったことで、
執着するから今年しんどくなるんやろな。
そうです、そうです。
これが欲しい、手に入らない、絶対欲しい、とか思えば思うほど、
しんどいわけやん。手に入らへんっていう現実があるからこそ、
その現実を見なあかんのがしんどいわけで、
でもその現実を見たらもっと欲しくなっていくわけで、
どんどんどんどん深みにはまるわけやんか。
でも、逆に誘われへんっていうぐらいの相手としか関係が築けない、
そういうふうに思ってしまうっていうのであれば、
両方が言ったとおり、自分の周りにそういう人がおったら、
その人からもう一刻も早く離れるべきやと思うし、
仮に今声ラジオ聞いてる人の中に、
自分がそう思うよっていう人が仮におったとしたら、
逆にその人も、この人いつも私から声かけてんのに声かけてくれへんわと思うんやったら、
その声かけてくれへん人からも自分からも離れるべきやと思うね。
あんまり対等じゃなくて健全じゃないと思うから、
自分がもっと居心地のいい人と一緒にいるべきやと思う。
そう思わない人。
そんなふうに考えなくても、自分が一緒にいたいから誘うでいいはず。
シンプルなはずやのに、余計なことをちょっと考えちゃって、
なんでこの人私に誘ってくれへんの?みたいな。
そんなシンプルやねん。
向こうは別に声かけてまで遊びたいと思ってない。
思われてないねんっていう。
思われてたら声かけられるから、シンプルな話やのに、
なんか私たちって友達だよねっていう謎の枠にその人は入れてしまってるから、
しかも自分の定義を当てはめるわけよ。
友達だったら誘うでしょ、私のことって思っちゃってるから、
それは期待しすぎるねん。
だって向こうからしたら、友達の箱の定義は違うから。
違う、そう。
みんな。
だからそれは居心地が悪い、同じ価値観ではないので、
押しつけたらあかんし、居心地悪いんやったら離れましょうって。
お互いのために。
って思うから、私はそういう人からは離れます。
その通りやと思います。
じゃないと一緒言うから、こういう人。
ね。
一緒やで。
一緒言ってるわな。
じゃあ例えば僕から誘うとするやん。
一回誘うやんか。
で、向こうからじゃあ次誘ってくるやん。
そしたら絶対ギブアンドテイクや。
次俺の番になるねん。
じゃないと向こうは多分不機嫌になるから。
誰か誘ってくれへんの?みたいな感じで言うから。
そんな、交互分じゃないやん。
ノリやんって。
しんどいやん。
友達やで。
そう。
そんなさ、誘われへんとかさ、あろうがなかろうがさ、
友達は友達やし、知り合いは知り合いなんよ。
そんなところで友達のヒエラルキーとかバロメーターみたいなのは
測るのは全くもって丘と違いっていう感じ。
別に相手がどう思ってようが、自分が友達って思ってれば
友達でええやん。
相手に自分のことを友達って思ってるか思ってないかは
自分の人生を生きていく上で関係ないはずやのに
何話泥棒みたいになって申し訳ないんやけど
すごい俺は確認をしてくる人たちが大嫌いなんよ。
確認?
うん。
私たち仲いいよね。
ずっと友達だよね。
みたいなやつ大嫌い。
あれほんまに嫌いやからやめてほしい。
うっとうしい。
釘を刺してくんねん。
そうそうそう。
人たちも多分、なんかわからん。
俺は割と、どんなに仲良かったとしても
どんなに時間をかけてたとしても
許されへん一戦みたいな
これはちょっと違うんじゃない?っていうのが
自分の中に明確にあって
その一戦を越えてきた瞬間に
恋愛だろうが友達だろうが
スーッて冷めるんよね。
冷めるちゃうね。
それまで積み上げてきた時間とかも一切関係なくて
ちょっと軽蔑に近いぐらいの勢いでね。
軽蔑しちゃうかもしれない。
スーッてなるわけよ。
だから、なんかその…
そこで人として尊敬できなくなっちゃうかな、俺は。
そういうことなんよな。
この人余裕ないんかな。
そう、わざわざそんな確認することじゃないしとか
誘ってくれへんとか
どうでもいい。
せやろせやろ。
だから、どうでもいいところに
この人は執着してんねんなと思ったら
健全な友達付き合いできへんなと思って
俺はこの3つのルールかな。
とても素晴らしい3つのルールやな。
僕と言ったところに結構共感してくれたけど
この他になんかある?
え?え?とか言ってたじゃん。
なんかルール的な、自分を守るルール。
自分を守るルールといえば
2025年いろいろあった中で今の自分を守ってる
2025年の末、自分を守ったルールは
誰も信じない。
香ばしい。
誰かお薬ください。
でもね、ちゃんとその後補足して書いてるんだけど
それでも自然とその人のことを信じてしまう人だけ信じる。
素敵。
基本スタンスは誰も信じたくないんです。
傷つきたくないから。
わかります。
信じるってじゃあそもそも何なのかっていう話なんやけど
信じるって皆さん何やと思いますかっていうところなんですよ。
もうなんか講演未開みたいになってる。
信じるとは何ぞやっていう話なんやけど
その皆さんいろんな信じるがあって
いいと思うんですけど
信じるという漢字はね
人変に言うと書くわけやからね。
言ってることを信じるか信じないかみたいな
どこになってくるのかなとは思うんやけど
僕の場合の信じるというのは
その人がこういう人だというふうに信じてる
期待だと思うよね。
実際の例を出すのであれば
この人は仮にAさんとしましょう。
Aさんは僕のことを利用しないだろうというふうに
信じてたとしよう。
この人は嘘をついたりしないと信じていたとしよう。
でも嘘ももしかしたらつくかもしれへん。
いいように言って僕のことを利用しようとするかもしれへん。
だってそれはその人の一部であって
勝手に僕がその見えてなかった部分
この人は嘘をつかない。
この人は僕を利用しないというふうに期待していただけであって
見えてない部分、見えない部分を勝手に
いいように解釈してただけだよね。
だからその偶像、その人の偶像を信じてた
ということなのかなというふうに思うよね。
でもそれってその人のもともと持ってた一部が露呈した瞬間に
僕は勝手に裏切られたというふうに感じるわけよ。
この人こんなことするような人じゃないと思ってた。
その時勝手に傷つくわけですよ。
なんで?この人こう言ってたのになんで?
もしかしたらちゃんと話し合えばそんなつもりはなかったとか
あるかもしれへんけども、そんなん関係ないわけよね、その時は。
なるほどね。
だから信じるっていうのは、その人の見えない一面とかを勝手に期待して
偶像的に崇めるというか、そういうことをしないと信じてるっていうことだと思うよね。
だから誰にも期待をしない、誰も信じないっていう
そういうこと、他人を自分のものさしで測ってこういう人だよねとは思わないようにするっていう感じなのかな。
でもそれでもやっぱり人間やから他人のことを期待するんよね。
例えばレオポンとかやったら
レオポンは僕のことに嘘をつかないだろう
いいように上手いこと言うて利用しようとはせえへんやろ
というふうに信じてるんですよ、期待してるんですよ、レオポンに対して。
でもそんなの分かんないです。いざという時に人間っていうのは本性が出るから
それはレオポンにもやむを得ない事情があって、そういうことをもしかしたらする日が来るかもしれない。
その時に、でも自分は信じてたから傷つくんじゃなくて
そこまでレオポンのことを信頼してたんやなっていうのは
傷つきつつ受け入れなきゃいけないんですね。
それはもう勝手に人間やから期待してしまったことやから
受け入れるしかないなと。
そこまで行く人間に出会えたというのは素晴らしいことだなとは思うんですけど
だから基本スタンスは誰も信じないというところで今の自分は守っております。
私最初はウルフさんが何も信じない、誰も信じないって言った時笑ったんですけど
実は私も同じスタンスです。
お薬ください。僕らにお薬ください。
これが本当に自分を守るっていう意味では
本当に最大の防御というか
だからいきなり会って信じるわけないし
だからちょっとずつの積み重ねやから
その中でちょっとずつ信頼をためていく
それがもしかしたら、本当はさっき言った通り
全く意外な一面がパッと出てきたとしても
でも人間やしこんな面もあるかって思えるくらいの
自分の心のキャパを置いとけば自分は守れるわけですよね。
わかります。
もうそのキャパがね、今年はどんどんどんどん小さくなってね
いろんなことが許さなくなっちゃう。
本当にお薬ください。
お疲れ様です。
ありがとうございます。
昔、ほんま友達になりそうなぐらい
一緒に働いてた同僚の女性がいたんです。
一回り上やったんです。俺より。12歳上ね。
その人が、その日めちゃめちゃイライラしてて
普段、僕がその時上司やったんですよ。12個しちゃったけど
僕に全く反向かわない人で
僕が言った通りにいろいろ仕事してくれてて
楽しく働いてたんですよ。
その日は多分そういう人なんか知らんけど
旦那さんと何か嫌なことがあったっぽくて
そのイライラが溜まってて
僕に対してなんかちょっと
そのイライラをぶつけるかのように
僕に仕事のことに対してちょっと言ってきたんですよ。
内容ちょっと忘れたんですけど
でもその内容を的外れやって
全然僕間違ってなかったんですよ。
そしたら向こうは怒りのままぶつけたから
ひくにひけどちょっとその日怒ったまま帰った。
まあまあこんな日もあるかって僕は思ったけど
でも僕は、僕の中であれだけ毎日
ちゃんと働いてくれてたのに
この人は自分の怒りを
なんか全く見当違いのことで
仲いいと思ってた人に
楽しく働いてた人にぶつけてしまって
謝れない人なんだっていう
一面が見えた瞬間に
僕はさっと覚めたんですよ。
それはちょっとがっかりやな。
嫌やな。
なんかそれやったら
家で嫌なことがあって
ちょっと今日イライラしてますとか
ちょっときつい言い方してすいませんとか
ちょっと折れる部分があったけど
次の日けろっと何もなかったかのように
出勤して謝りもしなかった。
それで僕はこの人あかんわと思って
僕は割とそれぐらいで見切っちゃうかもしれない。
わかるかもね、もう。
でも僕もそれに対してイライラせずに
こういう仲良さは
友達とか信頼関係は流動的って
僕はずっと思ってて
この人と仲良かったタイミングは
もうここで切れたなみたいな
別に引き止める必要もないし
たまたま川の流れが今まで一緒やっただけで
もうこれから違う道行きましょうっていう感じで
もう離れましたね。
それはね、正解やと思う。
俺やったら仲良い人とか信頼した人に
そんな物言いは絶対しない。
そもそもね。
それが一回あるだけで
この人はまたするだろうなと思うから
もうね、私一回そういうことされたら許さないですよ。
わかるよ、わかるよ。
だって人に対してそんなこと言うなんて
おかどっちがいいやん。
どんだけ腹立ってても
しかも職場やんか。
それこそちょっと距離の近い友達とかやったら
100歩譲ってそういうことはあるかもしれへん。
まあ人間やから
でも距離の近い友達やったら
そういう言い方する前に
愚痴に変わると思うし。
だから愚痴言ってくれたらよかったんですよ。
聞いてもらったらちょっとすっきりもするやんか。
でもそれで
その人を翌日ケロっとして来たっていう話やけども
なんか俺が個人的に思うのは
人間関係において
これ言いにくいなとか
多分その人は社外悪いことしたなって思ったのか
思ってないのかわからへんけど
仮に思ったとして翌日ケロっとして来てるんやとしたら
なんかこう
プライドが高いのかなんなのかわからへんけど
謝るっていう行為がその人にとってちょっとハードル高いこととか
やりにくいことやったんやと思うよね。
でもそういうことこそ
自分からやらんかったら
友情とかってこじれると俺は思ってて
それまで2週間に1回ぐらいは
飲みに行ったりしてる仲やったけど
僕はそこからパタッと行かんかった。
だから向こうも多分やべって思ったかもしれんけど
その後も別に職場では普通にボカセして
そこは全く飲みに行かない。
いやもう絶対そうなるからさ。
言いにくいことほどちゃんと向き合ってやらんかったら
改修?修正?
できへんからね。
めっちゃ怖いのが
その人実は僕の店にたまに来てくれる。
マジ?
年一ぐらいだけどな。
向こうが結構夜の店系で働いてて
飲み屋系で
僕は今昼の店やから時間帯がそもそも合わへんから
来るタイミングが少ないのは当然なんだけど
でもたまに来てくれたら思い出話を一生するんよ。
でもそれを聞くたびに
だいぶ美化されてるなと思って。
俺の中では最後の方を
あなたとごちゃっとしたでと思って
会うのが気まずくて来られへん方が
普通やと思って
あなたの中ではあれはなかったことになってるんやと思って
俺はずっと覚えてんで。
わかるよ。
人間の記憶って
思い出すときに
再編集されるらしいんよ。
これなんちゅう実験か忘れてんけど
なんちゅう実験か
実験の名前までは忘れてしまったんやけど
どっかの国の実験で
被験者たち何人か集めて
実際に起きてたら
思い出せない記憶を植え付けるのに成功してるんや。
具体的には
幼少期にどこどこのスーパーマーケットで
迷子になったよねっていう
ありもしない思い出を
周りが言って聞かせるわけ。
その人の親御さんやったりとか
スーパーマーケットで迷子になりそうな関係性
親御さんぐらいやと思うんやけど
あの時あなたこういうところで
こういう風に迷子になったんよとか言われたら
最初はそんなことないと思うけど
そんな記憶全くないけどってなるんやけど
何回も何回も言われてたら
実際にそんな気がしてきちゃって
最終的にその記憶っていうのが
ちゃんと自分の頭の中で映像として残るらしい。
恐ろしいよね。
じゃあ例えば第三者に小さい頃の
なんか迷子になったことある?
あるよ。
その時の心情だとか考えてたこととか
気持ちとか味気で心情とかぶるかとか
もう映像として鮮明に思い出すことが
できるようになるらしいのよ。
いわゆる洗脳みたいなもんなんやけど
ありもしない記憶っていうのは捏造することができて
かつ記憶っていうのは
思い出す時に再編集されるわけよ。
だから全く全くその
この瞬間のこの記憶忘れたくないとか
例えば今こうやってレオポンとお話してる
これもいつか記憶に残っていくはずやけど
ある程度再編集されて思い出される?
思い出される度に少しずつ少しずつ変わっていくから
多分その人の中でレオポンとそういうことが
あったっていうのはもしかしたら覚えてるのかもしれんけど
別にレオポンがこういう風に
ちょっとなんかこうやべっていうような空気感になってたっていうのは
気のせいやったとかっていう風に変わってる可能性があるもんね。
なんなら
それがあったからこそもっと仲良くなったとか
という風になってる可能性もあるの。
あの事件があの事件っていうかあの揉め事みたいなのがあったから
逆に今腹割って話せるようになったとか
勝手に書き変わってる可能性はあるんやって。
怖すぎやな。
でもそれも別にレオポンを疑うとかそういうことじゃなくて
裏を返すとそれはレオポンにも言えてしまう出来事になってて
変な話
事実としてきっとそういうことがあったんやけど
逆に言うとレオポンの中で何かの記憶が書き変わってて
実際に本当は何もなかった
けどなんかの表紙でレオポンの記憶が間違って変わっちゃった
ってなってたらそれを思い出すたんびに書き変わってるわけやからさ
どっちが正しいかって過去のエビデンスがない限り
証明することができへんよね。
確かにだいぶ不確かなものになってるよね。
だからお互いの記憶が食い違ってる場合って
もうその証明のしようがないから
これはシュレディンガーの猫っていう
これもまた別の実験なんやけど
箱の中に猫がいると
そのブラインドボックス
中が見えない箱の猫は生きてる可能性もあるし死んでる可能性がある
その猫が生きてるか死んでるかっていうのは
箱を開けてみるまで分からない
存在の証明をしようがないと
その箱がかぶさってる状態では
両方の可能性が同時に存在している
って言われるのがシュレディンガーという法則であって
まさしくそれ
両方の記憶では
ちょっとその人がやつ当たりみたいなことをしていて
うざかった
でもその人の記憶の中ではそれがあったから
逆に今がなかった
両方の可能性が存在している
証明のしようがないから両方とも事実っていう風になっちゃうらしい
確かに怖
記憶って結構怖いんですよ
怖すぎですね
でも本当に記憶の
全くない記憶の定着って確かに理にかなってるなって思ってしまったのが
確かに言って聞かせていけば
それを想像するから
映像が勝手に自分で思い浮かぶ
思い浮かんでる映像だけ頭に残って
第三者に言われたっていうことが
欠落していけば映像だけ残っていく
そうなんよ
映像だけがどんどん定着していって
映像と誰かに言われたってところは
ひも付けされへん
そこのひもだけどんどん切れていって
映像だけどんどん固まっていって記憶になる
だから怖
あの時とこの人が言ってること全然ちゃうでとか
そういうおかしな点
人と会話してたりとか思い出話すると
え、そんなんやった?とかって思うことって
家族とか多いと思うけど
職場の人に限っては
別人口の人と思うくらい
記憶が違うんだよね
あんま触れへんようにはしてるけど
今でも嫌いは嫌い
だってあの頃も嫌いって思ってたよ
今でも嫌いやから
途中で何か嫌いは動いてないから
多分何かしら嫌いなことはされてるはず
っていう感じでね
何の話やった?
自分を守るルールから出すか