『アラフォー、ゆるっとウェルビーイング』は、多忙なアラフォー世代が「自分らしく、よく生きる」ためのヒントをゆるやかに探求するポッドキャスト番組です。
睡眠不足の解消、運動の習慣化、人間関係の整理……。 2人が実際に試して分かった「リアルな失敗と発見」をベースに、精神論ではない、具体的で持続可能なセルフケアを深堀りします。
難しい話は一切なし。明日を少しだけ軽やかに生きるための考え方を、飾らない言葉で分かち合います。
💡今回のエピソード
- 「習慣(ルーティン)」と「儀式(リチュアル)」の違いとは? 単なる行動に「自分なりの意味合いを宿す」ことの重要性
- 歯磨きと何が違う? 日常から少し切り離された行動(お香、ろうそく、ジャーナリングなど)が自分軸を取り戻すスイッチになる
- 日本の祭りや神社の参拝、会社のラジオ体操まで…「集団のリチュアル」 がもたらす帰属意識や一体感
- スマホやAIなどの情報過多に流されないために、あえて 「フィジカル(身体性)」 に立ち返る大切さ
- 和ろうそくのサブスクからノートへの書き出し、BPMウォーキングまで、2人がリアルに試す「自分に戻る小さな儀式」]
🎙️パーソナリティ
感想
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サマリー
飯野と楠富が、習慣やルーティンと、行為に自分なりの意味を持たせる「儀式」の違いを話す。歯磨きのような日常行為より、お香、ろうそく、瞑想、ジャーナリングなど、日常から少し切り離された行動のほうが自分への切り替えを意識しやすいと説明する。祭りや神社参拝のような集団の儀式では、共通の意味や心拍の同調を通じて一体感や帰属意識が生まれるほか、入社式、会議、社歌、ラジオ体操など組織の文化づくりにも応用できると語る。楠富は決まったノートに書き出して業務の目的や感情を整理し、飯野は20分・30分で燃え尽きるろうそくを眺めながらジャーナリングや作業をしている。二人は、忙しさに追われるほどこうした時間を失いやすい一方、散歩や瞑想、お香など数分の個人的な儀式が自分に戻るきっかけになると話す。スマホやSNS、AIに流されないためには、デジタルから離れて身体性に戻ることが重要だという意見も出る。終盤では、石川県の和ろうそくのサブスクや、茶器・ほうじ茶・コースターを組み合わせた体験、手作業ならではの炎や音について紹介する。最後に、リスナーにも自分の小さなリチュアルを考えてみてほしいと呼びかける。
習慣と儀式の違い
こんにちは、ビジネスデザイナーの飯野です。 楠富です。
この、アラフォー、ゆるっとウェルビーイングは、多忙なアラフォー世代が自分らしくよりよく生きるためのヒントをゆるっと探求する番組です。
多忙。
ですね。
多忙ですね。
アラフォー。
アラフォー、ゆるっとウェルビーイングって言ってる二人がね、多忙でウェルビーイングとは何かっていうのを最近考えている。
そういう感じにもなりつつありますが、いかがですか?
いかがお過ごしですか?
大体ね、そうやってウェルビーイングとか掲げてる人が、ウェルビーイングじゃない説っていうのがあって。
僕は多分でもウェルビーイングな方ですよ。ちょっと忙しいけど最近。
ウェルビーイングな方だとは思いますね。我々は。
はい。今日はですね、そんな忙しい二人に向けて、自分に戻る小さな儀式って話をしようかなっていうふうに思っております。
いいですね。
はい。で、いわゆるリチュアルデザインっていう文脈ですね。
僕リチュアルデザイン自体をちょっと研究してたりとかしたこともあったりとか、海外で出てるリチュアルデザインの本は割とかなり読んだんで。
結構ね、リチュアルデザイン領域は好きなんですけど、リチュアルデザインって何かみたいな話をちょっとさせていただきます。
まあ儀式っていうとかなりなんていうんですかね、ちょっと宗教感強かったりとかするんですけど、なんかもうちょっと違う観点ですね。
習慣とかルーティンとかと近いんですけど、例えば毎朝コーヒー飲むとか歯磨くとか、出社したらパソコン開くとか、寝る前にストレッチするとか、なんかこれは習慣とかルーティンなんですけど、
儀式っていうのはその行為自体に自分なりの意味を宿すっていうところが違いと言われております。
日常から切り離された個人の儀式
なのでコーヒーを飲むっていう行為自体をなんとなく行うんじゃなくて、コーヒーを飲むというのは自分の中でどういう意味合いを持つのかっていうところまで落としていくと、いわゆる儀式ってものになりますと。
この儀式っていうのをうまく使っていくことで、自分の感情とか自分のメンタルとかを安定させるっていうような効果があるっていうのはいろいろな実験で言われていますみたいな話です。
なるほど、習慣と儀式は違うってことですね。
習慣と儀式違う。
ただそこに明確な違いがすごいはっきり分かれているかっていうとそういうわけではないけど、僕の感覚だとやっぱりこう自分にこれはどういう意味があるのかっていうのを考えるための習慣を作るためには、割と日常から切り離されていることをやった方がいいんですよ。
へー、なるほどね。
歯を磨くって毎日やるから意識するのめちゃくちゃ難しいんです。
それよりはお香炊くとか、ロウソクに火つけるとか、瞑想するとか、そういうちょっと日常で普段あんまり意識しないとやらないようなところにちゃんと持ってって、
じゃあこっから今日は1日始めるぞとか、ジャーナリングとかもそうですよね。
なんかそういう感じの方がやりやすいんだろうなっていうふうに思っているという感じでございます。
どうですか?どうですかって大きい問いを投げる。
結構ね、習慣っぽいのか儀式っぽいのかっていうところで僕も振り返ってみて、
もしかするとこれ儀式っぽいなとか、これは習慣でやってるのはまさに歯磨きとかそういうレベルかも。
本当の意識に手に取ってやってるっていうところもあるけど、意識的にやらないといけないところとかあるよね。
それは多分儀式的にやってるな。ちょっと切り替えじゃないですけど、多少負荷でもないっていう。
負荷でもないけどなんかちょっと頑張らなくちゃっていうところはある感覚は持ってますね。
祭りと集団の儀式が生む一体感
あとは今海外とかでいわゆる禅とか迷走とかマインドフルネスとかそういった流れでリチュアルデザインみたいなところが結構盛り上がってるんですが、
結構この流れどうせ日本に、どうせって言ったらあれだけど日本に来るんだろうなと思っていて。
なおかつ今デイリーのルーティーンとか日常生活の中のリチュアルデザインみたいな話してるんですけど、
日本って祭りとかめっちゃ好きじゃないですか。あれも大きな意味で言うとリチュアルなわけですよ。
神輿を担いでなんとか勘とかするとか意味わかんないじゃん。
でも一個一個祭りには意味があって、その祭りに合わせてみんなが集まってそこでこう、
意味合いをみんなで共通認識を持って動かすみたいなところとか、
あとはお寺に行くとか神社に行くとかそういうのも儀式なんで、
そういった意味で日本人と相性いいんだろうなって思ってるんですよね。
でも今聞いてて思ったのがやっぱり冒頭で宗教的に聞こえるかもだけどって言ってたけど井野さんが、
やっぱ現に宗教の中に結構根付いていますよね。
あると思います、あると思います。
あとは面白いのが、そういう儀式の研究の本とかも結構読んでたんですよ。
で、ある部族の日渡りの儀式とか、
あとはなんか血だらけになりながら手だけで坂を登るみたいな、そういう祭りとかもあるんだって。
で、その時のみんなの心拍とか測ったりとかすると、
日渡りしてる時って日渡りしてる人と周りで見てる人の心拍が同調するんだって。
なるほど。
だからそこって何かしらただ単に参加してるとかやってるやられてるみたいな感覚じゃなくて、
もう一心同体になってるんだって、その人とかその対象に対して。
今のはちょっと日々のリチュアルデザインとは違う話だけど、
だからそういうなんかよくわかんない儀式とか意味配を持ってるものって、
やっぱり未だに根強いよなっていうふうには思ったりするんですよね。
まあ祭り行くと楽しいしね。
じゃあトコ。
でもね、結構今聞いてて思ったのが、
集団での儀式と個人での儀式みたいなところであるなっていうふうに聞いてて思って、
で、今回冒頭で言ってた自分に戻るとか、そういう小さな儀式っていうところは、
やっぱ何かしらアイデンティティじゃないですけど、
まあそういったところに関わるかもなとかって思いつつ、
こと集団でやったほうが、
まあそういった一人一人違う人間の中でやる、
何かしらこう集団のアイデンティティっていうかあるじゃないですか、
貴族意識みたいな。
で、集団としてやっぱ儀式って、
まあ理にかなってますよね。
その整理の仕方としてもやっぱ、
だからやってんだなっていうのは当たり前かもしれないけど、
そうだよなっていうふうに思って、
集団に対しても。
集団のほうが分かりやすいけど、
やっぱ日常にどう自分のために取り入れるかっていうところは、
何か僕個人としてはまだ足りない感じはしたなっていうのを、
話聞いてて思いましたね。
組織文化におけるリチュアルデザイン
まさしくでも個人の話と組織の話、
言ったり来たり申し訳ないんですけど、
MITとかでもPeople Managementとかの中にリチャードデザインとかの組織あったりするんですよ。
はいはいはい。
だから例えば入社式とかも、
どういうふうにそれを設計するかとか、
あとはミーティングの始めとかをどういうふうに始めるかみたいなところとかで、
どうやって貴族意識を生むんだっけとか、
なんかそういう研究をされてて、
わりかしね、言ってもらったみたいな、
文化をどう作るかとかに近いんですよね。
書き出しとろうそくで自分を整える
今日は個人の方の話をちょっとしたいなっていうふうに思っておりまして、
忙しいといろんなところに自分の意識って引っ張られるわけじゃないですか。
ただ、俺ってこういう人間でありたいんだよなとか、
ふと自分何したいんだっけに立ち戻るときって、
何かしら自分のルーティンとか習慣とか、
もっと言うと今日言ってるみたいな儀式みたいなのが必要になるはずだなと思ってて、
そこって何かくすとみさんやったりしてることありますか?
結構聞いててやってるなって思ったのは、
ジャーナリングとは言えないかもしれないけど、結構書き出したりしてて、
やってる業務も幅広いっちゃ幅広いし、
その中でさっき言ってたように、何のためにやってんだっけみたいなところとか、
あと感情の整理みたいなところも共通してあるところがあって、
そこはやっぱり向き合うきっかけがないと、
目の前のことに流されて終わっちゃうなみたいなところがあるから、
一回書き出して、かっこよく言えばジャーナリングかもしれないけど、
そんなかっこよくもなくて、ただ書き出してる感じがあるんだけど、
そういうことは意識的にやってるところだから、
儀式っぽくなってるなっていうのはあるなっていうふうには思いましたね。
書き出すっていう行為自体が、くすとみさんが、
何か一種意識を整理するみたいなところで使われてるって感じなんですね。
ペンを持って決まったノートを開いて書くとりあえず。
大体同じようなこと書くんですけど、
大体同じこと書くよね。
最後積み上げていくっていうか、
なんかダンツだろうな、
なんか結構癖が出るよね、思考とね、そこは。
僕なんかあれですよ、
いつも誕生日の後と年末年始、年始寄りですけど、
1年の目標を書くけど、
ほぼほぼ同じようなことになってきてるよ、7割8割。
健康とかさ、ちゃんと寝るとか。
でもね、自分で考えてることをそうやってアウトプットするのって、
わりかし楽しいですよね。
楽しいし、逆にやらないと流されてる感もあるよね。
そうですよね。流されるよね。
伊野さんは何かやってるんですか?儀式。
僕ね、ロウソクめっちゃ持ってますよ。
ロウソクはね、いろんなのを買って燃やしたりはしてますね。
燃やすというか、火つけたりはしてますね。
火つけてどうするの?やっぱそれをぼーって眺めて。
この火が消えるまでの間は何かやろうとか、
それこそその間にジャーナリングやるとか。
で、火つけてるとその場から離れられないんですよ、基本的には。
そんな危ないやつってないけど、今ロウソクで。
僕が使うの20分、30分で切れるロウソクだから。
その場にやっぱ囚われつつ、火が消えるまでの間に
ジャーナリングするとか、この作業するみたいな。
タイマーみたいな感じで使ってはいるんで。
そういう意味ではちょっと違う儀式って感じはありますよね。
あと火って儀式っぽいじゃないですか。キャンプファイヤーとかね。
過去ってね、そういうのね、あるよね。
でもそういう無駄なことをやっぱりね、
する時間っていうのがなくなってくるとね、
本当に追われてる感じはしちゃうな、僕は。
いやーしちゃうねー。追われてるとそれやんないよね、みんなね。
やんない。だから難しいですよね。
追われないためにそういう儀式が必要なのに
追われてるとやらないっていう。
そうなんすよ。なんだろうなー。
いやー、最近よくないのが多忙みたいな話をしたけど、
なんかやっぱ本読めてないんですよ。
本読めなくなるね。
なんか儀式ではないけど、そう。なんだろうなー。
やっぱ活字を読むってまた、なんだろうなー。
結構メンタル的に整ってる状態しかできないけど。
そうそう。
なんか、読むとすごい儀式みたいな。
僕の母のつんどく。
横にあるだけで1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16冊が机の上に載ってる。
なんかその机に載ってる、僕も結構同じ状態で机に載せたりとかさ、
それがちょっと視界に入るのが嫌だからさ、
結構置いていくとさ、だんだんもう読まなくなっていくみたいになるからさ、
下の方読まないしね。
もう2年前のやつこんなやつですね。
あとなんか、あっちのその読書スペースも後ろにあるんですけど、
あそこにも多分十何冊積まれてると思う。
あー、なるほどね。
でもなんか買うだけマシかって思ってる。
買わなくなっちゃうことあって、僕。
あー、もうね、そもそも。
その時は本当にメンタル死んじゃってるんで、
なんか買いたいな、欲しいな、読みたいなって思ってるところで、
僕はもう、なんていうの、満足してる。
あー。
なんだろうね。
そうなんだよね。
でもなんかこの間、その読書の話とかを一回くそみさんがしてくださった時に、
なんか数分の読書でメンタル30何%回復するとか、
あったじゃないですか。
うん。
わかるよね。
うん、わかる。
なんかニワトリ卵で。
そう、それはある。
メンタル、いい状態だからっていうところもあるかもしれないけど、
なんかそれはあるな、実際。
拍を合わせる歩行と仕事前の儀式
リチュアル、儀式。
いやー、なんかちょっと話がまた組織のところになって申し訳ないけど、
さっきも結構面白くて、さっきの心拍が揃うみたいなところとか、
で、日本の文化だったら、なんか一本締めみたいなやつがあるから、
多分あれでも拍が揃ってる気がするんだよね。
あるね。
で、あれはわかりやすく、こう集団の一致団結感ってないけど、そういうのがあるから、
なんかそれをさ、個人に置き換えた時、
集団に置き換えるとはそうだけど、個人に置き換えた時に、
あの、拍を揃えるみたいなことってあるのかな。
いや、なんか、伊野さん楽器やるから楽器やってる人、
なんかそういうモードになってそうな気がするけどね。
あー。
なんだろう、そういう、なんだろう。
で、今はやってないですけど、僕そのBPM、110とか120に合わせて歩くとかやってたよ。
へー。
へー。
自分の歩くスピードをやっぱり合わせていくと集中できるんですよね。
歩くことに集中してんの、それは。
そう、歩くことで、右足左足がその表拍に来るか裏拍に来るかとか、
なんかそういうのをね、こう意識的にやってたことはありますよ。
まあ、歩行前ですね、それは。歩行前っていう。
あー、そうかもそうかも。
マインドフルネスウォークみたいなのあるよね、確かね。
あるある。
そういうのに近いのかもしれないね。
身体勢を戻すっていうね、やっぱそこに対して。
へー。
でもなんか仕事始める時のルーティンとか儀式みたいなの持ってる人もいますよね。
うん。
ストレッチしてからやるとか、あとは昔の会社だとラジオ体操が流れてて。
ラジオ体操じゃないあれ、キャノン体操かもしれない。
キャノン体操?
キャノン体操な気がする。あれキャノン体操だったかな?なんかあったんですよ。
へー。
で、みんなで立ち上がって体操して、そっから仕事するみたいになったけど、
あれはね、あれでよかったかもしれないなと思ってる最近。
いや、いいと思いますよ。やっぱ集団のリチュアルだったらそういうのは。
なんかほんと僕もたまびのデザインスクールみたいなところで、
やっぱ初期の初期にチームプレイじゃないですけど、チームパフォーマンスのために
そうやってリチュアルを入れていこうみたいなところを座学的に学んで、
なんか議論とかグループワークあるじゃないですか、小人数になって5,6人のチームなんですけど、
なんかその時はみんなこう座って議論するんじゃなくて、
みんなとりあえず立とうぜっていうのをその時のチームでやったりしてて、
なんか立つのめんどくさいけどとりあえず立てばなんか他のチームは立ってないけど
こっちのチームだけ立ってなんかやってる的な感じなのか、
団結感は増してた気もするなーとかっていうふうに思ってたりしますね。
なんかそこら辺はやっぱ強いチームとかは理識的なところがあるんじゃないですか?
あるよ。だっていまだに社税を唱えたりとかやってる会社とか全然あるじゃないですか。
あれはバカにされがちなんだけど、わりかし理にかなってるとは思うし、
なんかその自分が頼れるものがあるっていうのが強いじゃないですか、
これが正解であるっていうのがちゃんと信じられる状態っていうのが強いと思ってるんで、
穴がちばかんできないなというふうには思います。
デジタルから離れて自分に戻る
あとやっぱり年齢とかの状態によって関わる人増えたりとか、
人間関係複雑になったりとかすると思うんで、
結構一人の時間作るの難しいと思うんですけど、
一人の時間作るのってメンタリティには僕大事だと思ってて、
そういう意味ではなんかリチュアル、自分なりのリチュアルを持ってみるみたいなのはすごい大事なんだよなーっていうふうには思ってはいるんですよね。
なんで、散歩とか瞑想とか、
なんかそういう、じゃあいいやつじゃなくてもいいと思うんで、
なんか数分でもちょっとやってみるとか、お香炊いてみるとか、
なんかアロマ炊いてみるとか何でもいいんですけど、
なんかそういうことで自分を自分に戻すみたいなのをなんかできると、
もうちょっとみんな優しくなれたりするのかなーなんて思いながらですね。
なんかそういうのって今やっぱデジタルとかAIとかで流されがちになるじゃないですか。
流されがち。
なんかあんのかな、いいものって。
いやーでもフィジカルに戻したほうが絶対いいよ。
身体性が大事だよね、そこら辺はやっぱ。
スマホでなんかね、そういう落ち着く何かみたいなのやっても絶対SNSとか見ちゃうから。
そうなんですよねー、そうなんだよなー。
だからどっちかっていうとデジタルから離れる儀式みたいの持っててもいいと思うし、
なんかそっちの方が大事なんだよなっていうふうには思ってはいますよ、私は。
そうね。
そんなゆるふわで何の解決策も出さないっていう感じですけど。
何やってみようかなって思いました。
とりあえずタコ玉川ツタヤの2階のマッチ式の何だろう、お香みたいなの使ってみようかな。
あーあれね、日々だっけ。
そうそうそうそう、一個分かれましたね。
石川県の和ろうそくと小さな儀式
あれ好きでやってましたよ。
いいですよね、あれも。
あれね、結構発明だよな。
うーん、ああいうのいいな。
あと僕、終わりかけのところ申し訳ないんですけど、
石川県のところで和ロウソク売ってる会社があって、そこのサブスクがあるんですよ。
2ヶ月に1回届きますっていうサブスクがあって3000円いくらなんですけど、
そこでロウソク20分バージョンと30分バージョンっていうのが何本か送られてくるのと、
石川県で作った地元の何かを一緒に送ってくれるんです。
それがほうじ茶だったりとか、面白いのが最初お茶を入れる陶器送られてきて、
こいつら赤字じゃないかなみたいな。
大丈夫?って思って。
毎回お茶とかと送られてきて、
で、先月は可愛いんですけど、こういうコースターみたいなやつ。
で、このコースターもアーティストが作ってます、一歩一歩とか。
え、めっちゃいいじゃん。ロウソクもいいけど、そういう付属品じゃないけど、
そう、ロウソクをたぶん火を灯しながらこういう感じで飲んでねみたいな。
こういう全体のデザインをされてるわけですよ、その会社は。
へー。
で、これはいいなと思ってちょっと今ね、やってる。
いいっすね。バロウソク。
そう、バロウソクね、やったことないかもしれないですけど、
普通のロウソクと火の燃え方全然違うんですよ。
え、どう違うんですか?
えっとね、もっと揺らぐ。
へー。
で、あと音がね、耳すますと結構バチバチするんですよ。
へー、どう違うんだろうね。
なんかね、いわゆる普通のロウソクって、パラフィンっていう石油のやつに芯が入ってて、
そこをピッて燃やして芯が燃えてってるって感じなんですよ。
ただバロウソクって中央にピンってあって、そこの周りを何か手作業で塗ってグニグニグニってなってるのをちょっとうまく、
ごめんね、音声だと伝わんないんだけど。
だからね、燃え方が全然違う。
へー、後で調べてみよう。
バロウソク、伝説的な。
そう、バロウソクしかも手作業でしか作れないんだって。
へー。
へー。
受けに行きます。
そう、なんでリスナーの人たちもね、バロウソクちょっと気にしてほしいなと思いながら。
ちなみに、そのなんだっけ、ごめん最後終わりかけに。
えーと、タカ、違うわ、タカサワロウソク。
あー、そうそう、タカザロウソク。
あー、すごい、素敵。
面白いんすよね、なんかね、地元の大学生とかとコラボレーションして幕開けかキャンプファイヤーかなんかやってたと思う。
うーん。
あの、ワロウソク実は横にしても燃えるっていうのを発見して、じゃあ横に立てられる、そのロウソクの台作ろうみたいので、幕開けとかでなんかクラファンやってて、割と面白そうだなって思ってました。
すごい、ちょっと買ってみよう、かわいいし。
丸っていうやつもある。
入れ物だよ、すごいな。
えー、まあいろいろ売ってるんですね、ここは。
そう。
で、こういうなんか領域がね、ちょっと盛り上がってくるんだろうな、今度って思っている、個人的には。
いいっすね。
なので、えーっと、そうですね、えー、なので皆さんちょっと自分のリチュアルを考えてみてほしいなっていうふうには思ったりはしております。
はい、このアラホーイルッドウェルビングは毎週水曜日6時に更新されていたりしなかったりします。
しなかった場合は9時ぐらいにされています。
はい。
じゃあ、くすむじさん最後なんかありますか。
いや、小さな儀式持っていきたいなっていうふうに思いました。
うっす。
はい、ありがとうございます。
ありがとうございました。
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