1. ウォールフラワーの生存信号
  2. #28 世界平和の作り方
2025-12-31 56:42

#28 世界平和の作り方

新しい職場で遭遇した理不尽な出来事から世界平和にまで思いを馳せたあーちゃん。そもそも平和の定義ってなんなんでしょう。この複雑な社会を生きていくために必要な考え方とは。お久しぶりな収録の割にがっつりディスカッションしました。


✌️理不尽な目に遭った時の対処法

✌️場や心の平和≠倫理的な平和

✌️利他であり続けるための心構え

✌️『オーランドー』から学ぶ両性具有性

✌️本を読むことが平和への一歩?


【ウォルフラとハイライト】

ネイルis最高ですよね


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サマリー

このエピソードでは、職場での人間関係に関する摩擦や衝突を通じて、平和を保つことの難しさについて考察されています。平和に過ごすための方法や、その価値を見出すことの重要性が語られています。また、個人の心の平穏と集団の和を保つことの難しさについても触れられています。日本人の平和に対する敏感さや、倫理的選択が引き起こす衝突の可能性についても考察されています。平和の概念に関する深い考察が行われ、人間の複雑さや期待の持ち方についても議論されています。バージニア・ウルフの作品が引用され、双方向の理解と想像力の重要性が強調されています。さらに、子供の純粋さや手作りの楽しさを通じて平和についての思索が展開されています。本の重要性や、自己表現の一環としてジェルネイルを始めたことについても言及されています。最後に、世界平和の作り方について議論し、さまざまな視点からのアプローチが探求されています。

収録の背景
ウォールフラワーの生存信号
この番組は、社会の壁際にひっそりと生きる私たちによる生存信号、つまり、制作活動や日々感じたことなどを発信する番組です。
陶芸などの制作活動をしています、あーちゃんです。
ブログやニュースレターなどで執筆活動をしています、みーちゃんことみほこです。
よろしくお願いします。
さて、お久しぶりの収録になりました。
ちょっとタドタドしくて、今の冒頭の。
状況的にはいつもとだいぶ変わっちゃってますから、久しぶりの対面だし、
そうですね。
今日は謎の見守り隊が一名いるということで、だいぶ二人ともタドタドしくなっていますが、
番組観覧客ってこと?
人気番組じゃん。公開収録だよ、だって。
今年ナンバーワンリスナーぐらいのトップリスナーが自宅に来てます。
ありがとうございます。
そんなこんなで、年末になりまして。
年末もいいところですね。
もう27日ですか?
28日。
もう終わるやん、今年って。
年の瀬ですね、餅食ってきてね。
好き立ての餅をたらふく食ってきました。
その前の餅米明太子もめちゃめちゃ美味しそうだよね。
そうそう。餅を作る前に餅米をふかして、米粒状のものをとりあえず食べるみたいな。
めっちゃ美味しそう。
それが美味しいんですよ。
やっぱり餅のつき立てってありえないぐらい美味しいじゃないですか。
ふかしたての餅米も当たり前に超美味しいじゃないですか。
明太子美味しいじゃないですか。
わざわざそのために用意した明太子。
それを食べるために寄生したみーちゃん。
そうです。
でもね、触れていいのか、こういう子ばくたんもあったから。
妹に子供が生まれて。
おばデビュー。
祝ピース。
ということで、いろいろお休みもらってる間に。
勝手にね。
それはまあ私のあーちゃんの方の事情というか、
やっぱ就職してめっちゃ疲れちゃったっていう。
ちょっと毎日まだ仕事のことしか考えられないぞっていう余裕のない状態だからなかなか練習に手が回らず。
でも年明けにはもう上げれるかなって。
年末の間か。
ぼちぼちでしばらくちょっとペースが乱れてますが。
続けます。
平和の難しさ
今日は続けまーす。
今日のテーマをそんな働くあーちゃんが見つけてきたテーマを。
お願いします。
世界はどうして平和にならないのか。
イエーイじゃないんだけど。
絶対イエーイじゃないんだけど。
どうして平和にならないのかっていうか、平和にやり過ごすの難しすぎないかっていうか。
どうしたんですかっていう。
シンプルどうしたんですかっていう、何があったんでしょうかっていう。
そうですね。
ここに思いに立った理由としては、
まず会社で大戦争が起きてるみたいなところまでは行ってないものの、
個々の意思がぶつかり合ってうまくいかない場面に遭遇して、
私はすごい今までの人生レベルでいうと、
結構人間関係原因で仕事を辞めることが多くて、
個人的にこの人がどうしても無理みたいのがある。
それだけじゃないんだけどもちろん。
仕事の内容とかやりたいことができるとか、
いろんな要因はあるけど、
一つに絶対この人とどうしても反りが合わなくて嫌だとかが、
結構発端になりやすくて、
そのことは何回目かでも気づいてましたよ。
自分に問題あるなあもあったから、
何回もその失敗を重ねて、
今回はもう長く続けたいから平和に行こうっていう気持ちが大前提すごいあって、
就職してるから、
それすごい大事にして毎日会社に行ってるわけですね。
なんだけど、
こぜり合いみたいなものがあったりとか、
結構理不尽に当たられるみたいなことが、
普通に会社に働いてたら絶対あるじゃないですか、
タイミングで。
その人の起源とかもあるし、
シチュエーション的にどうしても上手く回らないことってあるし、
で、そういう場面に遭遇した時に、
私はでもやっぱり平和にやるっていうことを自分の第一に考えて、
平和にやるっていうことを自分の第一目標にしてるから、
この場が平和に回るようにするにはどうしたらいいのか、
ということをすごい考えて動いてるつもりだったけど、
見落としがあったことにより、
結構理不尽に責められたことがあって、
でもその責められた理由が、
その責めてきた人自身が損をしたことによるストレスで私に当てられたみたいな。
私絶対間違ったことしてないのに、
当てられたみたいな感じになって、
でもその人が当たってきた理由は、
その人も当てられてストレスが溜まってるからな、絶対。
私から見ると。
きつい言い方をされるとか、
そういうことがあるから、
だから、正しい正しくないじゃなくて、
自分が当たられるからそういうことしないでくださいみたいな感じの怒られ方して、
だから世界が平和にならないんだって思ってしまったっていうか、
会社も小さな世界の一つではあるから、
この小さな世界ですら平和に進まないのに、
世界が平和になるわけないみたいなことを漠然と考えて、
衝突と感情の管理
すごい、わーっていう気持ちになったのがきっかけで、
じゃあどうしたら平和に回るの?みたいなことをすごく、
自分でも思うと考えたりしたんですね。
で、
私の考えとしては、
平和にすること自体はめっちゃ難しいんだけど、
愛することについてとか、
平和についてとか、
そういうバカデカテーマって全体的に答えという答えはないんだけど、
考えることが大事だと思ってて、
平和にしようって思って、
自分だけがそれを考えてても絶対にならないと思うから、
こういうテーマはポッドキャストで投げかけることに
すごい価値があるんじゃないかと思うというか、
それについて喋れたらすごくいいかなっていうので持ってきてみました。
はい、なかなかどうだね。
よくわかりました。
しかし僕は、
よくわかりました。
しかしバカデカですね。
バカデカですね。
でもこのことを考えてみーちゃんと喋りたいって思ったときに、
もう一個思ったのが、みーちゃんって人との衝突がなさそうっていう、
個人的にも言ったんだけど、
そういう理由ですごく嫌だとかいう話を全然聞かないなって思って、
みーちゃんみたいな人だらけだったら、
つまりあまり揉め事も起きないかなとか思ったり、
嫌だ、そんな世界。
なんでよ。
嫌だなーって思ったり、
単純にどうして揉めることがないのかとかすごい気になった。
私はすごい感情的な人間だから、
どうしても怒りがすごい前面に出たりとか、
泣いちゃったりとか、
平和に聞いてみたらわかんないけど、近くで見たときには、
クローズアップされたら、
平和にやり過ごすことが一番できてないタイプの人間だと思うというか、
すごい丸く収めるみたいなことが苦手なタイプだと思うから、
平和を阻害しているように一見見えるかもなーとか思うんだよね。
平和の定義というか、それぞれじゃん。
今の話だったら、
誰かにとって平和を乱して、
ぐちゃぐちゃにかき混ぜるようなあーちゃんの姿、
それこそが平和を乱しているんだと思う人は、
丸く収めることを、収まっていることを平和だと。
多分あーちゃんはそうじゃなくて、
もうちょっと正義感というか、わかんないけど、
良い方向に持っていこうとする?
最終的にというかね、着地がより良いというか、
正しいことがちゃんと正しく処理されている状態みたいな感じかね。
だからそういうのは、
平和が人の数だけあるから難しいけど、
私は自分で全然平和な人間だなとは思ったことはなくて、
あ、そうなんだ。
うん。
平和が人の数だけあるから、
難しいけど、
私は自分で全然平和な人間だなとは思ったことはなくて、
あ、そうなんだ。
うん。
そうだね。
なんで衝突が少ないんだろう、人との。
あんまり出さないからかな。
自分が例えば何かおかしいって思ったとしても、
それを感情的に批判したりはしないっていうか、
ある程度さ、やっぱ何でもいいですよっていう体制をすごい整えてるじゃん。
他人に対して。
そこかなーっては予想しているというか。
そうだね。
人に対してめちゃめちゃ寛容で、
あとは自分でカバーできる部分は自分でしますみたいなスタンスが強いから、
だから自分はすごい大変だとして、他人にそれをぶつけたりはしないからかなっていう。
それはあれだね。
あーちゃんの話が職場の話だったから、
私も職場での話を考えてみるけど、
私は自分の領域内、仕事の範囲内のことは、
やっぱちょっと完璧主義みたいなところがあるから、
そこをちょっと阻害してくる人って言ったらちょっと強いけど、
そこのパフォーマンスに関わってくる人に対しては、
多分そんな寛容ではなくて、
ある程度一緒にやっていこうよみたいな求めることもあったと思うんだけど、
それ以外の人、ただ一緒の場所にいるだけの人とかに対しては、
本当にその人の仕事とか、その人の人となりとか、
本当に冷たい言い方だと、やっぱり自分に害がないから放っておけるみたいなところもあるし、
関心が向かないから、そこまで。
本当に結構自分中心的な人間だなというのは今の話を聞いてちょっと思いましたね。
争いが苦手っていうよりかは、
争いよりかは、そもそも何か自分が理不尽なことをされても、
その人はそういうことをする人なんだなと思ってシャッターを下ろしちゃうみたいな、
そういう突っ跳ね方をしちゃうから、
だからすごく人間関係としては浅い。
結果的に私はすごい気を使われるタイプの人間というかポジション?
ポジショニングをしてたと思うんだけど、
今思えば申し訳なかったかと。
でもさ、仕事だとしたらそれが結構正しい態度じゃない?
それは楽だよね。
自分がコントロールできないものに振り回されることが自分の感情的にも少ないから、
自分の仕事に集中できるし、
楽だけど合理的っちゃ合理的かもしれないけど、
それが本当に平和になるのかといったら別だと思う。
心の平穏という意味では最適解を出してるって感じ?
シャットアウトの重要性
そう、そんな感じだと思う。
確かに言われてみるとシャットアウトされた側の人だけはどうしてもそこでもがいてる可能性がある。
平和が乱れてる可能性がある。
あるある。全然ある。
ただ私一人が平和なだけみたいな。
でも多分そこのシャットアウトの仕方も人によって結構上手い下手があって、
私は多分そのシャットアウトがめっちゃ下手だから感情が乗っちゃう。そこに。
来んなーみたいな。
すごい怒鳴り散らしながらシャットアウトを締めるみたいな。
すごい攻撃的なシャットアウトの締め方するんだけど、
多分みんちゃんはそっとしみたいな感じだと思うの。予想。
無言でさーって締めて、ここから先はご遠慮くださいみたいな感じと思うのよね。
そこがやっぱ結構違いなのかなっていう。
めっちゃブチギレながらシャットアウトする場合、相手が外でブチギレてシャッターをボコボコにしてきたりする可能性がすごいあるっていう。
残暴の話になってるから。
そうそう。でも本当に物理で例えるとそういう感じ。
感情のぶつかり合いみたいなのが発生するから、やっぱそういう時にそっとしっていうのがすごい大事だと思う。仕事の上ではね。
小学生のケンカみたいになっちゃうから。
乱暴に締めると。
そこはでも割り切る。
でもなんかね、さらに上を行く人がいるもんね。
シャットアウトはしているんだが、必要最低限は開けといてあげるっていうか、みたいのが調整できる人っていうのもいて、めっちゃ大人だなって思うんだけど。
でもみんちゃんも多分そのタイプなのではと思うけどね。
最低限はやるんだけど。
それはもちろん。
普通だったらするじゃん。
でもそれもお互いがその了解を得てないとっていうか、了承した上でやってないと成立しないっていうか、片方がすごいそっとじでやったとしても、相手が勝手にめっちゃすね出すとかは全然あり得るわけで。
そうなるともう我が身慣れちゃってる。ちょっと。
ことも発生し得る。あんまないのかもしれないけどね。相手によってはすることもある。
考えるともうめっちゃ難しい話なんだけど。
でもじゃあなんでそうなってるのっていうと、その相手が自分のその人自身の感情をすごい優先させてて、嫌な思いをしたっていうことを優先させてるから、ちょっと半開きぐらいの状態のシャットアウトされたときにブチ切れてくるみたいな。
必要以上に挨拶無視するとか、そういう事態に陥るわけで。
それは相手が平和について考えてないからだと思う。
そこで自分が挨拶を無視するようなことをしたら、我が乱れるなという自覚を持ってないからそういうことになる。
と思うと和を乱さない最低限の心得みたいなものを、その集団の中の全員がある程度一致させて持っておかないと和が保たれないと思っていて。
平和の認識の違い
まずそこの認識について一番最初に話し合いが行われないと、暗黙の了解みたいな感じでは人間は平和を保つことが絶対にできないなと思う。
平和の認識もそもそもずれてるし。
平和イコール自分の心の平穏の人もいれば、この場全部がうまく回るの人もいて。
私はその身に降りかかってきた最近のその事件の時に、この人の心の平穏、私にブチ切れてきた人の心の平穏は確かに保たれなかったかもしれないが、
でも全体を引きで見て結果をまで見越した時に、私は別に間違ったことをしたとは思わなかった。
でも理不尽なことを言ってきた人がそのことを理解してないことは問題だというか、長期的に見てその人とは長く一緒に働いていくことになる。
私はこの人はそういう考え方をする人だということを認知したから、今後配慮することはできるけど、
でもだからってその人の心の平穏を100%カバーしながら自分の心の安定も保とうというのはすごく難しいし、
一回私がどうしてそういうことをしたのか、どこまで考えてそれをやってるのかってことを理解してもらえたら、相手の心の平穏も保てるのかなとかも考えたりしたんだよね。
長期的に見てあなたが損をすると思ったから私はそういうことをしたっていうスタンスだったの、本来は。
だけど直近ではその人が上から結局めっちゃ圧をかけられるみたいな事案が発生してしまったから、誰も悪くはないというか、
強いて言うなら圧をかけた上の人が悪い、さらに上の人が悪いとは思うけど、
でもそれ圧をかけられたっていう認識になったのは受け取る側の認識の層でもあるというか、
だから定義とか認識の一不一致問題がすごいここは重要になっているなあということも思っていて。
なんか2つ思いました、今。
ちゃんとうまく話せるかな。
大丈夫、全然私もここまでうまく話せてないと思う。
なんでよ。
びっくりしてると思う、話しながら。
一つは、ちょっと話はずれるかもしれませんが、平和の和を乱さないことに対して日本人ってすごく過剰というか過敏というかだと思うんだよね。
さっき言ってた平和の定義って人それぞれだけど、
荒波が起きないことが平和なのか、それとも倫理的に正しいことが平和とするのかってなると、
倫理的に正しいことをしようと思うと絶対にいろんな考えの人がいるから衝突も生まれるだろうし、
波数立てずに何か進んでいくのは難しいと思うから、
だからそこの考え方の違いはすごくあるだろうなって思ったり、
つまり、あちゃんは利子ではなく利他であるっていう精神が強い人だと思うんだけど、
利他であるときに見返りを求めるみたいなのをどこまでするのが苦しくないのかとかって思うね。
利他は私はその概念とか全然勉強してないから、
あれだけど、相手のためにこうしてあげた。
世界の平和のためにこういう行動をした。
だから平和になるべきだ。平和にならないのはおかしい。
みたいな、計算がうまくいかないみたいな。
やっぱりどうしても人間だからそこのズレみたいなのは生じると思うんだよね。
うまく回らないというか、思い通りにいかないなみたいな。
それがね、なかなか利他を続ける難しさだと思うんだけど、
結局はやっぱり利他であることは利子であるみたいな考え方もあると思っていて、
他者のためにやっていることが周り回って自分のためになっているっていう観点もあると思うんだけど、
その中で自分が犠牲心を持ってやっているとどうしても苦しいじゃない。
だからあーちゃんはすごい苦しいだろうなと思って、その事件。
未来への反省と平和への道
苦しかった。
その人に当たられたことによって、結局当たられて理不尽だと思ったけど謝ったの、私。
申し訳ありませんでした。次から同じことがないように気をつけますまで言ったの。
それはなぜ謝ったかというと、ここまで謝ったら多分本当はあーちゃん悪くないのになっていうことがわかってくれるかなって思ったの。
すごいいやらしい理由だけど、本当は本人も考えれば私がしたことが根本的に間違っているとは思わないはずなのよ。
だって絶対間違ってないから。
それは仕事をする上で自信はなかったよ。
久しぶりに会社に働いてるから社会の常識が私はわかってないところがすごくあると思うし、
本当に社会的にもしかしたらダメなのかもしれないとは思いつつ、
でも結果じゃどうしたらうまく回るのっていうところまで考えた時に、
私のしたことって別にそんなに大間違いはしてないと思ったから、
本当に悪いなって思ったっていうよりは、
本当は別に私が謝るようなことじゃないのに謝らせてしまったな。
でもこの人は自分が言われた時に謝れる人なんだなという認識を持たれた方が、
長い目で見た時に自分のためになる。
つまりリタのつもりでリコを私もやったから謝ったんだよね。
それがこう起こして多分翌日には元通りというか普段通りに話ができて、
やりあったのはメールでやったんだけど、
結果謝ってよかったなって翌日の時点では思ったし、
なんだけど、
だからこれで一個私は自分の心の平穏を自分なりにうまく処理して保つことができたなと思ったの翌日に。
なんだけど、このコゼリアイを私は自分を犠牲にして結構解決したなっていう気持ちもあって、
これ犠牲をずっと続けていくと続かなくなる日が来るんじゃないかなってことがすごい不安に思って。
みたいな部分もある。
しかもチャットGPTにも言ったのよもちろん。
これ何?みたいな。私悪いの?みたいな。
GPTはもちろんあなたは悪くないよって言うじゃん。
それで安心を得たっていうのもあるけど、
でもやっぱり悪くないけど謝るをやり続けると舐められるし、
結果自分の立場が弱くなるから本当はそれをやり続けない方がいいみたいな感じで言ってて、それもそうだなって思ったの。
しかもそう、そもそも平和がいいのかっていうのもそこまで行ったのよ。
行き過ぎて壮大な悩みになりすぎて。
GPTは誰も怒られないし、誰かがミスをしても他の誰かがいいよいいよってカバーしてあげられるみたいなものを理想として、
それが平和だと思ってそれを追求しようとしてるけど、それが本当にいいのか。
みんなにとってそれがイコール平和なのかみたいなこととか、それ自体がすごくいいことなのか。
本当にみんながそれで納得してくれるのかみたいな部分も結局わかんないじゃん。
だし、みんな一生懸命仕事をしている中で目の前のことにギュってなっちゃうのはすごい自然なことだし、
そこで視野を広げて長期的に見て周りにも自分にも一番いいことって何ですかっていうのを
いちいち問い直していくっていうのはすごく難しい作業だと思うから、
そういう中でどこが一番いい落とし所なのみたいなことを考える方が、
自分にとっての平和を保つっていうことを追求するよりも楽だし合理的だし、
うまく回っていくんじゃないかなみたいなことも思うわけですね。
そこのとこ、うまく折り合いをつけれる人が会社という組織の中ではすごく重宝されるし、
実際本人も一番ストレスが少ないのかなって思うけど、
でもそこまで思い立った上でもやっぱり私は何よりも誰も傷つかないで仕事が進むのが一番大事じゃないって思うんだよね。
誰も傷つかないが一番平和に近い概念かなって思っていて、
そういうことを考えながら家に帰ったが、ニュースも絶望的な内容の殺人事件とかさ、
戦争がどうでとか災害でどうでとか、そういうニュースばっかりやってて、
世界って平和にならないなーみたいな感じになっちゃったよっていう。
でもさ、今思ったけど、だから上司とかも平和についてもっと考えろよって思ったけど、
平和の探求
その思想自体がすごい強制するような思想っていうか、平和ハラスメントみたいな。
すごい思想の押し付けであって、それって私の思う平和とまた離れ始めてないかみたいな感じもするし、
すごい考えるね、相変わらず。
大変だよね、ここまでさ。
相変わらずどこまでも飛んでいくねって。
本当に考えないんだけど何も。
別に答えは出ないんだけど、その認識の一致みたいなことをやっぱある程度の解釈が一致してるみたいな。
定義がどうっていうことはなるべく身近な人とは合わせておきたい。
合わせてっていうか、自分はこういう認識ですよっていうことは分かっておいてもらった方がいいみたいな。
それが一歩かもしれませんね。
と、みーちゃんの話を聞いて思いました。
なんだろうね。
人にさ、全員に好かれることはできないじゃないですか。
できません。
どんなアイドルでも世界中の人から忘れることもないじゃないですか。
ありませんね。
それと同じで誰も傷つかない世界ってないのかもしれないとも思う。
そうだね。
今んとこ実現してる人は見たことがないね。
人類でそれが上手くなっている瞬間なんてないんじゃないかなとも思う。
そこを目指すとなかなかしんどいし多分達成しないから
やっぱりもうちょっと人間が複雑であること。
いろんな人間がいることを面倒においてそれを前提、大前提として自分が良いと思うことについて
自分のスタンスを持ちつつやっぱりそれを人に押しつけるすぎない?
それも自分のためだなと思う。
そうだね。期待しちゃいけないっていうかね。
期待しなさすぎるとまたこれも一概かしらと思うこともあるんだけど。
自分のためにならなかったりするからね。
得はしないかもしれないね。
どっちかに偏る。世界が一つの方向になるってことはやっぱないから。
怖いしね。なったらなったで。
やっぱりみんな違うから違うことが良いことでもあるし
そこを捨てずに自分も両方を持っておくみたいな。バランスをとっておくじゃないけど
なんかね、すごい思い出した話があって
バージニアウルフの影響
私バージニアウルフがすごい好きってたまに言うじゃないですか。
有名な話です。
有名な話ではないと思うんだけど。
兄ちゃんマニアの有名な話ですよ。
バージニアウルフのオーランドっていう作品があるんですけど
それはイギリスで詩人を目指している少年の物語なんだけど
少年っていうか青年の物語なんだけど
詩人になりたくていろいろ頑張るんだけどなかなかなれないと。
ある時、上から命令されて国忘れちゃったけどちょっと違う国に行きなさいって言われるんだよね。
それ後悔してて、後悔って船旅してて
気づいたら女性になってたっていう話で
しかも300年経ってたんだよ。
昔の旅。
みたいな感じ。
ってなると、あの人は男性だった頃の記憶も全部あるし
それを経てようやく彼は詩人になっていくんだけど
どうして詩人になれたかっていうと
両方の感性を持っているから
なんだろうな
そういう両性侮辱みたいな
そこが唯一の意味というか
男性の時だったら
時代の背景もあるけど
相続であることとか
自分の財産について何にも心配することはなかったけど
いざ女性になって自分のイギリスに戻ったら
自分に相続金もなくて
どうしよう
ポルセットも巻いて何重にも服を着なきゃいけないし
これで海に落ちたら自分は助からないんだな
もっと気軽なタキシードみたいなの着てたら
助かるかもしれないけど
こんなに布面積の多いイギリスが水分を知ったら
絶対浮き上がってこれないなって
とかっていうことを考えるようになった
それを想像するようになったっていうのかな
視野が広くなったってことだね
想像力が豊かになったんだろうね
それを今の話に置き換えるっていうか
当てはめることができるのかなと思っていて
片方の極端な思想を持つだけじゃなくて
両性固有的に両方持ち合わせておく
他にもこれ多分バージニアウルフの考え方なんだと思うけど
ロンドンの街並みを見てるときに
タクシーに小金持ちそうなおじさんと
女性が乗って男性と女性が乗って
ちょうどいいって言ったの
どういうことかっていうと
男性と男性が乗ってもバランスが悪いし
女性と女性2人とも女性だったら
それもちょっと違うな
男女であるからちょうどいいっていう
そういうエッセイみたいなのがあるんだけど
それもオーランドの根幹に通じる話だなと思って
何事もなのかは分かんないけど
平和の私が考える平和って
さっき言った何か立たない平和
平和と倫理的に正しい平和
これを両方持っておくことが
バランスを保つというね
それがビタ的であったり
結果的にリコリーのこと
ちょっとそんなことをふと思いました
想像力の重要性
本を見たくなったし
すごい思って感じる
さすが
持ちました
長々と失礼しました
ちなみに今のを聞いて
またさらに私2つ思ったことがあって
お願いします
長いぞまた
そろそろ着地したいところなんですけど
今のでかなり収まり良かったんだけど
1個前からずっと思っていることは
傷つきについてっていう話と
あと2個目のなんだっけ
2個目忘れちゃった
1個目のことばっかり考えたら
1個目
全然思い出せないぞ
分かった本の話
1個目の傷つきの話をすると
傷つくのって結局
受け取る側にも委ねられてる
傷つくかどうかを選択できるっていうか
もちろん感情的に
ノータイムで傷ついちゃうこともいっぱいあるんだけど
でもその人の思考回路によって
傷つかないことも全然可能
同じこと言われても
受け取る側の気持ちで
全然悪意がない言葉にも
傷つくことができてしまうなってことも思っていて
私はすごい傷つきやすいタイプだと自分で思ってるから
そういう意味ではすごく輪を乱してるかもとも思う
自分から狂気を拾いに行ってるみたいな
拾ってる人って一定数いるなみたいな
通り間的に刺されたって思ってるかもしれないけど
自分で刺さるに行ってますよみたいな
自分から刃物に向かって走っていってるみたいな人って
いるんだよねやっぱ一定数
別にこっちそんなつもりじゃないのにみたいな
すごい被害者面みたいなこともあって
一概に傷つけてるように見える方が悪いわけじゃない
誰が加害者被害者って
本当に見方によって変わるから
傷つかない心を育てるっていうのもまた
自分の責任というか平和を求めるものの責任というか
私の中でね
傷つかない世界っていうとまたそれもすごい
考えてみるとそういう側面があるから
誰も傷つかないってやっぱりすごく難しくて
コントロール不可能だから自分には
なるべく傷つけないは可能であっても
必ず傷つけないはできないなって思うから
その中で自分ができることって
なるべく傷つけないように配慮するし
自分が傷つかないように受け取り方についても
鍛える修行するみたいなことも同時に必要なのと
いうことを何年か前からそういえば考えてたな
っていうこととあと想像力の話ね
で誰かが多分作家の人かな
で本はやっぱり想像力を
みーちゃんかな
育むから
私かなそれ
みーちゃんかもねみーちゃんね多分
想像力が身につくものだから
やっぱ人は本を読むべきっていう意見があるじゃない
みーちゃんももちろんそうです
だからやっぱそう考えると
でもそれすごい本当にそうだなって
その話聞いて思ってて
多分ゆうさき朝子さんのインタビューかなんかでも
そういうような似たような話してたのね
なんかやっぱり直接は知らなくても
そういう考えがあるっていうことが
本を経由してわかったりとかもあるし
やっぱ実生活だけでは想像もつかないようなこと
本だけ読んでても逆にダメだとは思うんだけど
だからなんか想像力を育むという視点で
読書がめちゃめちゃやっぱ大事だと思うから
読書は平和の一歩なのではっていうのも
素晴らしい落ち所
思いましたっていう話でした
上手い
上手かった
びっくりした今
私がまるで読書家かのような結論
全然そんなことはないけど
でもなんかそう言われてみると
なんで私がこんなに平和を大事にしたいって
思うようになったかっていうと
やっぱり星野王子様めっちゃでかいと思っていて
気のせいかもしれないんだけどこれは
子供は戦争を起こしたりってあんまりしない
喧嘩はするけどさ
どことなく平和感っていうかさ
子供であるというだけでっていうか
いいのもあって
星野王子様の大事なところって
王子様が子供の心を持っていること
筆者も子供の心を忘れてないから
王子様の言うことがわかるみたいな感じの
話の進み方だと思って
受け止めていて私は
それがすごい自分の大事にしてること
だから社会人的には間違った振る舞いを
もしかしたらしてるかもしれないって日々思うんだけど
でもやっぱ私が大事にしてるのって
大人らしく振る舞うことじゃなくて
本質的にどうなのみたいなことを
考えるほうが大事だと思ってるから
やっぱ読書体験大事って
私はそれすごい正しいことだと思い込んでるからね
けど大事だなと思った
ちょっとまた行くとき違うけど
子供清らかしつに最近すっごい思う
タイムリーですからね本当に
一番清らかな子供を見たからね
神聖児なので
本当にびっくりしましたね
人間って生まれてきたばっかりの時は
こんなに神聖でピュアで無垢で
何も穢れてないんだって思って
誰もが祝福されるべき命なんだ
ぐらい思っちゃって
すごいなと思って
お乳を探す本能とか
加えたら吸い込む本能
子供の純粋さ
それしかまだ備わってなくて
やっぱ人間の悪意みたいなものとか
優れらしこさみたいなのが
すごい肯定的なものであって
その人が育つ環境とか
育ち方とか
その時人間が作り出す概念によって
いろいろ判断されるものであるんだなって
最近思ったのを今思い出しました
学生時代
そういうのに触れるたんびに
子供エピソードをすごい思い出して
子供ってことあるごとにめっちゃ
子供って人間って
ことあるごとに子供って
めっちゃ清らかなって思うこといっぱい
最近でいうと
近所の子供が
めいっ子と同い年くらいの子供たちが
3人いるんだけど
その子たちが
学校の何かで出し物をするから
本当は私のめいっ子に来てもらいたいんだけど
めいっ子引っ越しちゃったから
おばあちゃん来てって言って
私の母に
私の母のことまずおばあちゃんって呼ぶんだよね
その時点ですごい清らかみたいに思うし
本当はめいっ子に来てほしいんだ
見てほしいんだっていうのも
すごい清らかだなって思ったし
そこでおばあちゃんだけでも見に来てって
よそのおばあちゃんに言える純粋さとか
あと柿がなっててうちの庭に
それ見て柿取らせてくださいって言いに来たりとかさ
なんか全てがまっすぐで素晴らしいなと思って
学ぶところいっぱいあるなって思いましたね
読書と絵本の重要性
そうですよね
いっぱいあるからそういう意味で
だから読書って言っても
もしかしたら絵本もすごいいいと思う
そうだね
本当そうだね
絵本が一番大事なこと書いてあるまであるから
なんかそのパターンもあると思うな
確かに
本を書く人たちって心豊かだなって思うし
内容的に
もし聞いてくれてる人の中で
ちょっとあまり普段から読書することの機会がなくて
何読めばいいの?みたいな感じになったら
図書館に行って
なんか絵本
自分で小さい頃読んでた絵本とか
なんかなんとなく気になって
本を手に取ってみるっていうのもいいかもしれませんね
ジェルネイルの楽しさ
いいですね
私も絵本からもう一回読書しようかなみたいな
いいね
次回予告として
泣けるコンテンツを紹介してほしいっていう
お便りを実はいただいていて結構前に
本当に今回読みたかったんですけど
このようにバタバタしていて
本気で泣けるコンテンツをご提案したいと思っているのに
準備が間に合わなくて
年明けに収録させていただきたいなと思ってますので
またねそういう本とか映画の話を
していきたいと思いますので
参考にしてもらえたら
これを聞いてちょっとでも
本読んでみようかなとか思ってもらえたら超嬉しいよね
別にその本じゃなくていいですね
まあでもみーちゃんが今日紹介してくれたやつは読みたくなったけど
すっごい面白そうだった
ロングスパン浦島太郎みたいな
ちょっとあらすじ違ってたらごめんなさい
ご自身で読んでください
みんな読もうっていうことで
じゃあ長くなりましたが
本編はこんな感じで
また皆様ありがとうございました
ではデーのコーナーに行きます
行きます
ゴルフラとハイライト
このコーナーは印象深かった日常のワンシーンや
大切な本、音楽、あるいは突然思い出したあの日の出来事など
今話したいゴルフラ的ハイライトをちょっぴりシェアするコーナーです
はい
こちらも今日はみーちゃんの方から
はいお願いします
ジェルネイル、セルフネイルを始めたよっていう
すごい全然コイルとの違う
落差がすごいね
規模の小ささ
爪、世界の話から急に爪の話になりましたけど
またね、もう何回登場するのっていう
レギュラーぐらい登場してくるんですけど
あの幼馴染のちーちゃんっていうのがいまして
まだ言ってないんだよ
このラジオやってますよっていうこと
あ、そう
タイミングなくて
もうこんなに登場させてるのに
言ってないんですけど本人に
その子がジェルネイルを始めて
めっちゃいいという話を知っていて
まあ知ってたの始めたこと
で、私もジェルネイル、セルフネイル
めっちゃ気になってはいてずっと
なんだけど
陶芸やってたから爪伸ばせないし
だし、まあ
ネイルしてる場合かっていうのもあったから
そうなの
そもそもね、爪がめっちゃ薄いから
私もともと
お店でやると削るのがすごい抵抗あって
一回やってもらったことあるんだけど
オフしたお店も多分よくなくて
なんかペラッペラになっちゃったの爪が
それで怖いジェルネイルって思って
これ一回やったらやめれなくなるなって思って
お店通ってやったとして
からちょっとやめてたんだけど
その一回だけでもうやめてたんだけど
なんかすごい爪を飾りたい気持ちになったタイミングがあって
調べたら
セルフだと剥がせるネイルというものが
ジェルネイルというものがあるぞっていう
削る必要がありませんよっていうのが出てきて
これなら私もできるのでは?って思って
ちょっと調べるうちに
どうやらできそうだし
好きそうな作業だなっていう
しまちましたとこを塗るみたいな
陶芸のあいつけとかも結構近いものがあったりするから
好きな作業だこれはというのは確信してて
でなおかつちーちゃんからネイル始めたんだけど
でめっちゃ楽しくてハマってて
ほんといいよっていうのと
爪のケアをちょっと貸してくれてやってくれて
ネイルオイルとかも塗らなきゃダメで
ネイルオイルとかも塗らなきゃダメだよとか言って
塗ってくれてねハンドクリームと一緒に
見たことないくらい爪がピタピタになったのそれで
でほんとだって思ったのと
それでちーちゃんに絶対あちゃん好きな作業だから
やってほしいし始めたら右手ってやりづらい
左2人とも右利きだから
利き手じゃない方ってやりづらいから
そっちをやり合いっこしようよ
って言われたの
かわいい
やりたいと思って
でもそのあった翌週くらいに
ジェルネイルキット買って
初人級で利きとして
来ましたって思ってさ
投資して始めたらなんと楽しいことがあって
でこの前みーちゃんとも電話しながら
今ネイルしてるよとか言って自慢するっていう
まだ2回しか塗ってないけど
すごい楽しくて
ちょっと上手くなったらみーちゃんにも
ワンカラーぐらいあげたいわっていう
でもやっぱジェルネイルってさ
皮膚につくとすごいアレルギー起こしやすいらしくて
だからちょっと上手くなんないと人にはできないの
っていう感じなんだけど
ジェルネイルおすすめです
という話でした
なんのオチもないけど
まあねあの
パソコンでね作業とかするときにさ
爪はさ大事じゃない
テンション上がる
なんか今まですごいおろそかにしてきたから
あんまりなんか忘れてたけど
爪かわいいとめっちゃテンション上がるし
それこそ心の安寧を保つためにも
なんかちょっといい気分になるからやっぱ
ふとしたときになんかちょっと眺めて
爪かわいいからいいかみたいな
勢いあるし
おすすめ
いいね
楽しい
みーちゃんもね
ワンカラーで結構濃い色塗ったりとか
似合いますよね
好きですね
今は思ってないけど
昔は
会社のルールを破って
好きほどやってました
でも別に書店員なんてさ
爪赤くったってよく見えるから
そうですよ
逆にすっごい褒められるの
お客さんから
なんかいつもお姉さん爪素敵ね
みたいな
嬉しい
ありがとうございます
妊婦さんどうなんなんですか
みたいな
繰り広げたりしてたから
全然悪いことじゃないです
接客業とかでも全然
バチバチに塗ってほしい
なんかさ長かったり
いろんな装飾をつけて
なんか商品とか傷つけちゃう
みたいな話だったら別だと思うんだけど
色が神だからみたいな
そういうの
よくわかんないよね
爪かわいいとテンション上がるし
なんかちょっと色塗るだけでもさ
すごい素敵に見えるじゃん
いいよね
だってそれこそアクセサリーとか付けれない
買ったりするじゃん
仕事中で派手なのとか付けれないからさ
だったらもう自分についてる
自前の爪ぐらい
可愛くしたっていいじゃない
でなんかネイルする人の気持ちが
やっと理解できた
楽しい
なんかしたくはないけどね
私は個人的にはやっぱ
爪塗っといた方が
幸せな気持ちになることもあるよね
いい話でした
良かった
フラムイゼロになったかしら
前半の重さと
それは分からないけど
厳しいけどね
今週はそんな感じで終わりました
なんかあれですね
年内最後なのかな
やりたかった
振り返りとかないね
振り返りしたかったんだった
やりたかったの
やりたかったっていう話したよね
そうだっけ
振り返りしたいねとか言って
振り返るの怖いな
でもみーちゃんすごい強制品今年
今年の方が怖いよ
前半の動きのなさよ
いやいやいや
でも2人とも頑張ったよ今年も
雑なまとめ
そうね
目標立てないじゃないですか
来年はみーちゃんは
来年の目標立てない
一旦年始に2025振り返るっていう
どうですか
それは全然
本当に1年終わった時点で振り返るって
珍しいパターン
珍しいですね
真面目な振り返り
そんな真面目に振り返る
大丈夫?
エピソードの紹介
そんな面白いこと起きてないから別に
怖いよ
私は怖いんだ振り返るのが
でもほら
ポッドキャスト始まったのも
20251月とかですし
色んなヒントがあって
良い1年でした今年は
私はなるべく
感情をフラットで
保ちたいタイプの人間なんですけど
今年はさすがに
激動
すごく心が
動いたなと思う
物理移動もすごかったし
そうだね
出会いと別れも多かったし
忙しなかったなと思います
本当に真の1年でしたね
そう考えると絶対
掘ったらさめっちゃ出てきてさ
また長尺でさ
振り返さない方がいいよ
最初1ヶ月の振り返りみたいな
めっちゃ配信してたよね
してたね1月の振り返り
2月の振り返りもやったしね
誰か聞いてくれたんだろうか
そんな感じで
でも次回はとりあえず
泣けるコンテンツのお便りを
読みたいですね
本気で
全力紹介
私は答えられるか
自信は全くないです
泣くことにかけても
私がプロですから
逆に参考にならない可能性が
全然あるんだけど
とりあえずちょっと
おすすめコンテンツを
揃えて話しますので
楽しみに
ではみなさん
今年も1年ありがとうございました
ありがとうございました
聞いていただき
ありがとうございました
新しい子供でしたけど
非常に面白かったです
買った過去記は面白いです
そうですね
非常に面白い体験でしたね
遠くにいる友達とかも
聞いてくれるように
手紙書かなくても
なんとなく状況を
伝わってたりとか
新しい体験で面白かった
来年もよろしくお願いします
お元気に
これ配信されても
もしかして全然年明けの
可能性あるけど
ねえそれ怖い
2026年もよろしくお願いします
お願いします
じゃあまた
じゃあまた
56:42

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