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084 自分のために幸せを願えていますか?
2026-10-10 17:42

084 自分のために幸せを願えていますか?

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●Wakanaプロフィール
幼い頃から大人の相談に数多くのり、人の心の動きに興味を持ち、カウンセリングや心理学などを人が生きるということについて独学で学ぶ。
外見、内面は深く関わり合い、人を取り巻くエネルギー全てが、つながっているのだということを体感し、自分の中にある叡智を引き出す「ホリスティックファッションメソッド」を開発。
南フランスのエズ村で出会ったアーティストと共に「ライフツリーカード」とオリジナルカードセッションを生み出す。
ライフツリーカードは世界中で使われ、オンラインではYahoo占い、LINE占いで1位となる。
現在は、世界各国に滞在しながら、世界各地で夫婦で人生の悩みについての対話会を開催。
Podcastラジオ「Waka no Oto」はランキング1位となる。
自分を大切にして生きることを自分自身と約束し、一人ひとりと心から向き合い、真の調和と光明化へと導くことを使命とし、活動を続けている。
著書に『信じる力』(きずな出版)、『Waka no Oto』がある。
#wakanooto
#わかのおと

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サマリー

帰国後の時差ボケ対策として朝の太陽を浴びる習慣を紹介し、自分に「今日一日幸せでありますように」と願う実践について語ります。周囲の幸せばかりを願い、自分の幸せを願うことが抜けると、無価値感や罪悪感、自責が続き、体調にも影響しうると振り返ります。毎朝自分の幸せを祈ることで、当初の違和感が薄れ、力が湧き、日常の小さな恵みに気づけるようになったと話します。お金や環境を変えなくても、今あるものを幸せに感じられる状態を育てられる例として、窓の外で成長した木々の景色を挙げ、朝や寝る前に自分のためだけに幸せを願うことを提案します。

帰国後の朝と太陽の習慣
Waka no Oto。このラジオは、子供の頃から生き方についてずっと探求してきた、Wakanaがメッセージを伝えする番組です。
皆さんにとっての、調和と安心につながる道の一つになりますように。
こんにちは。 日本に無事に帰国しまして、2日目の朝を迎えております。
ということで、時差ボケ、真っ最中ではあるんですけれども、東京の日々がとても天気が良くてありがたいことに、なので朝から太陽が出るんですね。
時差ボケ中は特に、朝一の太陽を浴びることで、確かにね、神経がすごく楽に自然に整いやすくなると実感しているので、なのであんまり寝れなかったりしても、朝太陽が出てきたあたりに、一回窓の方に起きていってですね、
太陽を浴びて、朝の気を感じて過ごすということを地道にやっております。
秋の朝はとっても美しくて静かで穏やかで、大好きなので、その時間を体感したくて、
眠くてもですね、窓に行くのが楽しみになっているんですけども、
朝、起き抜けに、最近毎日やっていることがあってですね、
寝ている状態で、自分の中である言葉を唱えているんですね。 どんなことを唱えているかというと、ちょっとねびっくりするかもしれないんですけど、
自分の幸せを願うことの気づき
私が今日一日幸せでありますように、というふうに唱えてから起きるようにしているんですね。
普通ね、そういった幸せでありますようにという思いというのは、周りの人や物や
外側に向けていくものとして、使われるというかね、言われることが自然なのかなというふうに思うんですけれども、
最近、すごく自分自身のことで無意識の部分で気づいたことがあって、
結構ね、周りに対して、家族とか、
友人とか、
仕事会社の仲間たち、会社というかね、仕事の仲間たちに対してとか、そのもっと周りの人たちに対して、
みんながね、本当ハッピーでいてくれたらいいなって思っていて、
それの思いが、すごく私自身の原動力になって、いろんなアイディアが生まれてきたりとか、
内側にね、火が灯るみたいな感覚になるんですね。 なんかこう言うと、すごく聞こえはいいと思うんですね。
みんなの幸せを思って願っているみたいな。 けれども、肝心の自分自身ですね、私が幸せでいるということ、あるということに対しては、
意外と
そこに入っていない。みんなが幸せでありますようにという中に、私が幸せでありますようにという願いが入っていないことに気がついたんですね。
自責や体調への影響
これは、
なんて言うんだろう。 この思いがあるとですね、つまり自分が幸せであるということ、幸せでいるということがすっぽり抜けていると、
自分自身に対しての無価値観とか、
なんかこう罪悪感とか、そういった気持ちに無意識に段階的になっていくわけですよね。そういう思いがあると。
これもやっぱり無意識の部分で起きることなんだけど、その自分に対する自責のようなものが常に何をしても、
ある状態っていうのが続いてしまうので、そうするとやっぱり体的にも免疫が落ちたりとか、体調が悪くなったりすることもあるし、
やっても、いろいろ自分が喜びだと思って、やっても、
やってもやっても、もっとやりたい、やらなきゃっていう気持ちになってしまったりとか、そういう感覚になるなということに気づいて、
あそっか、私が幸せであるということが、なんかすっぽり抜けてたわって
いうことに気づいたので、これは根本的にこの状態では誰も幸せにもちろんできないし、
もしできたとしても、仮にできたとしても、自分がハッピーじゃないという状態があったり、
病気になってしまったりとか、そういうふうになったら本末転倒だなと思って、この私で、この体で、この魂で、
ここに生きているわけなので、この元の自分というものがなければ、
例えばその先のみんながハッピーになって楽しいとか、そういう楽しみさえも味わうことができなくなるわけですよね。
毎朝の祈りで変わった感覚
なので、これは大変だ大変だということで、まず始めたのが、あんまりね、私が幸せであることとか、私が喜ぶことをやろうとか、
というふうにやると、気持ちがやっぱりそこに伴ってないというか、無意識の部分であんまりそこがないから、
なんかこうね、力んじゃって、全然こう、
あまりハッピーな感じじゃないですね。なので、とりあえず、
みんなに周りに自然にお祈りできると思うんだけど、幸せでありますようにとか、これをなんか自分に対してやってみようと思って、
そう最初は思えなくてもいいし、ちょっとこう、言葉だけの感覚になってもいいから、毎朝寝起きに自分自身に幸せでありますようにって、
ちょっとね、感謝を込めてやってみようと思ったんです。
で、私自身はやっぱり、
そうですね、自分、
一人で生きているとも全く思ってないし、この体も心も、
ある意味にお借りしている、いただいている、与えていただいているものだと思ってはいるんですけれども、それでもやっぱり、
抜けちゃう時があるんですよね、それが。もしかしたら皆さんもそうかもしれないけれども、
自分のことを後回しにしている気は全くないんだけど、すごく幸せに生きているような気持ちではいるんだけど、
本当のところで、自分のために心から幸せを祈れているか、願えているかと問われれば、
そこにね、自信が持てないみたいな、なんかこの感覚ってもしかしたら、
皆さんもね、どこかしら共感していただけるところがあるかもしれないですね。
で、これをね、毎日朝やって、
気づいたことは、最初はなんか本当に言葉だけっていう感じで、あんまりしっくりこないんですよ。
でもこの違和感とか、この新しい感覚が、本当に自分自身にそこ欠けてたんだわっていうことに気づかせてくれたというか、
それがすんなりできてたら、多分それができてたんだと思うんです。
けれども、本当にすごく違和感があったから、
なんかすごい自分自身で抜けてたんだなっていうことに実感させられたというか、
そんな感覚も味わいながらやっていて、
で、しばらくすると、だんだんちょっと言うことに慣れてきて、
それをね、自分自身に対して1回でも心を込めて言って、自分に対して祈ってから1日を始めると、
すごくね、パワーが湧いてくるというか、
1日すごいいろんなことができるようになる。体力的にも気持ち的にも。
ということになんとなく気づいてきて。
で、そのうちに、
なんかこう、自分自身にとっての、
これってなんかすごく幸せなことだなとか恵まれていることだなとか、
これはもう祝福されてるんじゃない?っていうような、
なんかそういった小さなことに気づいていくっていうことが最近起こるようになってきました。
もともと自分自身で目の前のどんな出来事に対しても、
そこに対してメッセージを受け取ったりとか、感謝の気持ちを持ったりとか、
そういうのは割と得意になって、もともとは得意じゃなかったんだけど、
いろいろそこに注力して得意になったんです。
それでも、
やっぱり芯の部分、根っこの部分で、自分自身に対して自分が幸せを祈れているという状態になると、
もっともっと自分が幸せであるということに、
何気ないところで気づけるようになっていく。
自分で気づいていけるようになると、幸せというものが自分の外にあったものだとしても、
自分が気づくことで自分の中の幸せとして存在するっていうことができるようになっていく。
そうすると、本当に当たり前だけど自分自身にとっての幸せが増えてきますよね。
なので、この感覚がとても大切なんだなということを、
何度も何度も思うんですけど、忘れちゃって、また改めて今回気づいていったというような経緯があります。
今ある景色を幸せとして受け取る
よく質問とかご相談とかでも、私が幸せになるとか、私を最初に喜ばせるっていうことが大事なのはわかるけど、
そんなのなかなかやっぱりできないというか、
家族、旦那さんとか子供とか家とかにお金がかかるのに、自分にかけるお金なんてないし、
やりたいことなんか自分がやりたいことなんかなかなかできないしっていうふうにおっしゃる方がいらっしゃるんですけれども、
たぶんね、自分が幸せであるということは、
もしかしたら、今自分自身が思っていることがそのまま当てはまるとは言い切れないかもしれないわけですね。
とっても何気ない、本当にここにある、目の前にあること、
が幸せに感じられるようになる、なんか自分のためにそうあってくれているんだっていうふうに思える状態、思える自分であるということ、
この状態が自分が幸せであるということの状態なんだなって思うんですね。
だから、結果的には自分がやりたいことがやったり、自分に好きなだけやりたいことをさせてあげれる、
経済的な力ができたり、環境が生まれたりっていうふうにはなっていくと思うんだけれども、
でもそれをすることが自分を幸せにするということが100%ではないということなんですよね。
なので、まずはね、自分が幸せでありますようにというふうに自分に対して幸せを願うということ、
これは今すぐ誰でもできることだし、お金もかからないし、環境も変える必要がないわけですよね。
例えば今すごく体が動かなくてとかね、体調が悪くて、そういった時でも心の中でそれを唱えることはできるので、
まずここからね、一緒に始めてみませんかというご提案でもありました。
で、私10年前ぐらいかなに、このマンションの部屋から外を見た時に、もっと緑がいっぱいあるところに住みたいなって思ったんです。
10数年前かな。
東京の都内なので、もちろん自然がすごいたくさんあるというわけじゃないわけですよね。
なんだけど、やっぱり木が好きだから、木々に囲まれた静かな家に暮らしたいなってその時思ったわけです。
でも別に、その時はもちろんそんなお金ももちろんなかったし、暮らしとしてもね、結構今以上にすごく移動もしてたので、
そんな余裕というか時間的な余裕もなかったので、
なんかこう、私が例えばね、その木々の家に、木々に囲まれた静かな家に暮らすということをすることが私が幸せになる唯一の方法だみたいに思ってたら、
それはもう時間もお金もエネルギーもいっぱいかかることで、現実的には難しいなっていうことなんですけど、
この10数年たって今同じ窓の景色を見た時に、その時はまだ小さかった木々たちがね、ものすごく大きく成長していて、
今はね、窓から見える景色が、目の前がね、もう全部木々に覆われてるんですよ。
本当にね、マンションに囲まれている場所ではあるんですけれども、
ちょうど窓からは成長した木々がブワッといっぱい広がってですね、本当に緑に囲まれているような感覚になれるようなお家になってたんですよね。
だからもしかしたら、なんかそういうことってたくさんあるのかなと思って、
何か無理矢理、力んで頑張って現状をすべて変えようとしなくても、
自分が幸せでありますようにというこの心持ちで生きていく先に、
同じ場所にいても、自分が求めていた幸せの景色が目の前に現れるようになるというね、
なんかそういうことがたくさんあるんだろうなと思った時間でした。
なのでぜひ皆さんも試してみてください。
自分のために幸せを願う実践
朝起きた時とか、夜寝る前とか、ちょっと自分が落ちている時に心の中で自分のために、自分のためだけに幸せを願うということ。
これだけをね、やってみるということは簡単だし、そしてとても価値があるなと感じます。
ということで、今週も最後まで聞いていただきありがとうございました。
日曜日もね、いい日曜日を豊かに過ごしていただいて、
月曜日から新しい1週間、素晴らしい日々を過ごされますように。ありがとうございます。
今日のメッセージはいかがでしたか?
今日も皆さんにとって最善の素晴らしい1日になりますように。
和歌の音。
17:42

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