Wakanaの音。このラジオは、子供の頃から生き方についてずっと探求してきた、Wakanaがメッセージを伝えする番組です。
皆さんにとっての、調和と安心につながる道の一つになりますように。
こんにちは。 今日は箱根からお届けしております。
一昨日の夜に、山形から東京に行って、東京でちょっと用事を済ませて、箱根に入ったんですけれども、
箱根に来ると、いつも大体、夜に着くことが多くて、
この夜の箱根の匂いがまたいいんですね。
木々と土と温泉の香りが、夜の静かな、ちょっと湿った空気に混じっていて、
とってもいい香りがするんです。夜の匂いが。 それを嗅ぐのが、ここに着いた時の一番楽しみにしていることかなと思っております。
昨日は、初めてゴーラカダンというところで、お食事をさせていただいたんですね。
私にとっては、ゴーラカダンさんは、結構ね、本当にすごく
敷居が高い感じがあって、もちろん名前も聞いていたし、
友人がすごく大好きな宿だって、数年前に言っていたので、
素晴らしいお宿なんだろうなとは思っていたんですが、たまたまお友達になったご夫妻、
本当に素敵なご夫妻なんですけど、そのご夫妻からご招待いただいたんですね。
秋の松茸スペシャルコースというのを頼んでくださって、
それでご馳走になってきたんですけれども、 もうなんて言うんでしょうね。
入った瞬間から、
おもてなしっていう文字が
いろんな形で現れていて、
会う人、全てスタッフさん、
皆さんが本当に柔らかく、
心からもてなしてくれる、そして気遣ってくださる、優しい笑顔と、
柔らかいお声で声掛けをしてくださったりするんですよね。
本当に素晴らしいなというふうに感じましたね。特にやっぱり海外にいることが多いので、
日本ではそういうの当たり前のことも多いのかもしれないけれども、
これって素晴らしいことだなと改めて感動しました。
いろんなお話をさせていただいて、私たちにとっては先輩、
20歳くらい上のご夫妻で、一度も喧嘩したことない、
運命の人なんだってお互いにおっしゃっている、
本当に素敵で素晴らしい生き方をされているご夫妻なんですけれども、
そのお二人のおかげで、とっても豊かで、メッセージにあふれ、愛にあふれた、
柔らかく優しい穏やかな日本の時間を、きのうは過ごさせていただきました。
ありがたいです。
やっぱり日常の中で生きていると大切な人たちや大切なこと、
日常のいろいろなことがたくさんある中で一生懸命生きているわけですよね。
そうすると、自分がいろんな人や物やこととぴったりくっついてしまっていて、
人ごとも自分ごとにもすごく思えたりですね。
一生懸命自分の限界とか、自分の感覚を超えて、
誰かや何かに注いだり、行動したりするということが、
皆さんもあるんじゃないかなって思います。
それはそれでとても素敵なことだと思うんだけど、
私の場合は、それが過ぎると自分の中で警報が鳴るんですね。
ある音が聞こえてきて、それの音がしたときは、
自分の星に帰りなさいというメッセージだなと私は捉えているんですね。
そういうときに、普段は気にならないのに、周りのちょっとした反応とか声とかが気になってしまったりとか、
そういうことが起きてくる。
普段の自分、本来の自分はこんな風に思わないのになーみたいなことを思ったりですね。
ちょっとそういうことに過敏になったりしてくる。
こういう症状、症状って言うと病気みたいだけど、症状みたいなのが出てきて、
そういう音がしてくると、結構自分から離れすぎているよっていうサイン。
周りの存在や何かに対してちょっとくっつきすぎているよっていう、そういうふうなサインと私は捉えているんですね。
そういうときにですね、一回、実際でも私がここにいなくても、これをしなくても、世界は回るよねとか、
この人もうまく全然いくよねとか、幸せで普通にいるよねとか、そういうふうに思うことで、
自分を一回そこから切り離すっていうことをやっているんですね。
そのときに、あまりにも自分が疲れすぎてて、ネガティブモードみたいになっちゃうと、
すごい無価値観とかね、自分を責めるっていう自責っていうのが強くなって、
そこからその言葉を発すると、経験上あんまり良くないんですね。
全然切り離すどころか執着になっていったり、全然違う方向に行っちゃったりするので、
その言葉を発するときは、あまり感情を伴わない感覚でというか、
ちょっと言葉をただ発してみるぐらいの感覚で心の中で響かせていくんですね。
私がいなくても全てはうまくいくから大丈夫だっていうふうに、
一回そうやって自分自身を周りから切り離すっていうことをやってます。
それをやると、ある程度自分自身が元気なときとかエネルギーがあるときとかね、
そういうときはね、とってもニュートラルになれたりするし、
自立できる、互いにとか何かに対して、出来事に対してもね、
ちょっと客観的になれたりして、より力が湧いてきたり、
周りの存在や出来事に対しても、
それまでとは違った見方、より良い面がね、
そのときは前は見えなかったけど、今は離れたときに見える良い面みたいなのが出てきたりするんで、
それはすごく気持ちが楽になるんですけど、
そうじゃないときですよね。
だいたい音が鳴るとき、さっきのサイレン、警報が鳴るときって、
限界を超えてとか、自分のペースとかをちょっとずらしてしまっているときだったりするので、
一回それをね、自分の中で響かせていって、みんなから切り離していくと、
ものすごい孤独感みたいなのをね、一回感じるんですよね。
で、この何て言うんでしょう、宙に浮いたような感覚?みたいな感じ?
で、ちょっとこうまた、でもなんか本当、私、なんかいてもいいのかな?みたいな、
この無価値感みたいな感じね。
こういった感覚をやっぱりちょっと感じてしまうんですね。
すごく疲れているときに、自分の切り離しを行うと。
で、そのときに、私なんてっていうふうに思ったほうが楽なんですけど、
そっちに傾いているから。
でもね、そういうことじゃないんですよね。
一旦今までくっついていた、くっつけていたものね。
自分からくっつけていたものを全部切り離して、自分に戻ると、
ちょっと前まで自分の価値を感じること?と思っていたことから切り離されるので、
だから無価値感みたいなのが生まれてくる。
これはとても自然な反応で、切り離しがうまくいったというサインだなって思ったんですね。
なので、自分自身がちょっと無価値感を感じるときで、
そのときの自分自身が価値がないんじゃなくて、
それまで自分が価値だと感じていた、自分の価値だと感じていたことから、
ちょっと離れたときとか、新しくもっと本当の価値に気づいて見出していくとき、
そういうタイミングのときに、この無価値感っていうのを感じるんだということが分かってきたんですね。
なのでそういうときは、結構エネルギーとか体力とか落ちているときも多いので、
ああ、この無価値感はちょうど切り離しがうまくいっているなというふうに感じつつ、
別に否定することもなく、ちょっとはやっぱり気分は落ちるので、
少しでも気分が良くなるということを、全然大したことじゃなくてもしたり見たりして、聞いたりしながら、
少しずつ自分の機嫌をとりながら元気になっていって、心に火が灯り始めるという、
必ず心に火は灯るんですよ、自分自身が元気になったら。
だからこの心に火が灯り始めるのを、ちょっと的を待つ、そういったことをやっていくんですね。