セッション前の「神習慣」:ショート瞑想の効果
みなさん、おはようございます。きなこです。ちょっと久しぶりの収録になりましたね。
今日は、最近セッションをする前に取り入れててすごく良かったなと思うことと、最近の私の近況報告をしようかなと思います。
最近、私、セッションとかミーティングとかね、お仕事から在宅ですることがすごい多いので、
画面を通してクライアントさんだったり、お取引先の方とかとね、ミーティングをすることがよくあります。
あとは、それだけじゃなくて、オフラインの仕事、オフラインって言ったらいいのかな、直接お客さんとセッションする以外でも、
業務委託でコラムを書いたりとか、ライティングの仕事もあるので、机にいざ向かうぞっていう時に、
これを最近取り入れたっていうのがあって、これするとすごくいいなって感じるのが、30秒ぐらいの瞑想なんですね。
結構ね、瞑想習慣化されている方は非常に多いと思います。
私も最近ちょっとね、サボり気味だったんで、朝と夕方と、大体3分ぐらいかな、だけでもやるようには心がけてるんですけど、
そのやったやつだけじゃなくて、今からタスクに何か当たりかかるよっていう時、特にクライアントさんとのセッションをする時に、
この瞑想というよりも、一回心を落ち着けるっていう意味では、黙想の方が近いのかな、本当にショート瞑想みたいなものをしてて、
これすると、やっぱり日常って時間の連続のように人間は感じると思うんですよね。
正確に言うとね、物理学とかさ、そういう頭のいい人たちの解釈で言ったら、この世は全て断片的である、みたいなものがあるみたいですけれども、
その難しい話は一回置いといて、人間がどう感じてるかっていうと、おそらく大抵の方は、時間はずっと流れてる、アナログ的に繋がってるっていう風に考える方が多いと思うので、
やっぱりどこかで一呼吸を置く時間って、すごく集中力が一回リセットされるし、脳も休まるからすごくいいんですよね。
今思えば、この黙想、ショート瞑想っていうもののルーツをたどった時に、最初は自分の周りで成功されてる方、幸せ、
それはね、経済的な成長、成功だけではなくて、心の豊かさも成功されてる方って言ったらいいのかな、の方って、みんな瞑想されてるんですよね、私の周りで。
学生時代の習慣と大人になってからの再認識
やし、じゃあちょっとタスク取り掛かる前にやるかぐらいの感じだったんだけど、なんかよく振り返ったら、この習慣って、そういえば学生時代やってたなぁと。
今それを改めて、この学生時代を振り返って、すごいこれって最強の習慣やったんやなぁって、あの時は全然ありがたみ感じなかったけど、
おそらくね、なぜそれをするのに意味があるかっていうのは、多分学校の先生教えてくれてたと思うんですけど、
なんかね、やっぱりそんなことよりも、患者にエイトのことしか考えてない学生やったから、
次のライブチケットが当たるかどうかだけを考えてる、女子校育ちの純粋な女子校育ちの学生だったので、
木曽のありがたみっていうのは全然感じひんかったなぁと、でも今思えばこの中学高校時代に、この培われたというか習慣っていうのが、
大人になってね、自分で仕事を作って、自分で人生を作っていくって時に、やっぱこれってすごい、一回このリセットする、なんかねゼロベースに戻すというよりも、
これは私の感覚なんですけど、なんかね真ん中に戻すってイメージなの。よくねスピリチュアルの世界とかではグラウンディングとか言いますよね。
私は中医学を志しているので、なんかね自分の心と体の状態を一旦中央に戻すっていう感覚がすごくあるんですね。
まあ、点と地と繋がるじゃないですけれども、なんか自分の心と体のバランスって、こう昔ね初めて漢方を教えてくれた先生が、人間の心と体のバランスって常に揺れ動いていると、ずっと固定しているわけがないんだよね。
で、季節の移り変わりによって、本来真ん中十字のバッテンがね、数学で言うと二次関数だよね。
X軸、Y軸が混じっているところのゼロ点の部分。ここでいれば、もちろん心も体も良好な状態、陰陽、両方を充実している状態なんだけれども、だけどやっぱり何かしらあるよね、生きていると。
いろいろあるじゃないですか。あとは周りの環境の変化とかもあると思うんです。物理的な外気温とかね。
そういうのになると、やっぱりそのX軸、Y軸の交点のゼロ点から、例えば右上に行ったり、左下に行ったり、右下、左上、ずれますよね。
ずれ方の程度っていうのはその時の状態によって変わるけど、それを真ん中に戻すことによって、自分の心と体の状態がちょうど安倍の状態、これを中央って言うんですよね。
ここに戻すことによって、自分の心地良さっていうのを大切に、そして心の状態、体の状態っていうのを過不足ない状態ですね。ありすぎても詰まっちゃうからね。
その状態があって十分に巡っている状態、これを常に生活習慣で心がけるのが養生ですね。生きるを養う。
それを薬で治療しますっていう風になると漢方薬、専門用語でいうと中性薬っていうものになるけど、そういうところを目指していくのが漢方、日本古来の漢方だったり、もっとルーツをたどると中国で開発された中医学っていうところの考え方になるんですよね。
だからこのXの真ん中に瞑想を通じてね、皆さんって生きているといろいろあるし、やっぱり今って情報社会やから、何もしてなくても情報のシャワーってすごく忙しく私たち浴びていると思うんですね。
いろいろあるけど、一回それをゼロ点に戻す、二次関数でいう真ん中のゼロ、Xもゼロ、Yもゼロっていうところに戻すっていう感覚を、それをいきなりガチって10分、20分、30分ってできればいいけど、やっぱり初心者にそれって厳しいじゃないですか。
それを思ったときに、当時中学生、高校生だったときに、授業の前に、これ言ってなかったっけ?ちょっと前後しちゃうんですけど、うちの中学と高校って授業始まる前に、だいたい任職の人が前に出て、黙想してくださいってこういう習慣があって、
10秒から15秒ぐらいかな、授業始まる前に全員が黙って、もっと言うと姿勢をね、姿勢めっちゃ悪かったら怒られてたんですけど、姿勢を正して、呼吸に集中するっていうのがあったんですよ。
で、その後、起立礼でお願いしますって言って授業を始めるっていう感じだったんですけど、今思えば、休み時間からの連続で、休み時間ってやっぱりだいたいしゃべるじゃないですか。
で、ワーチャワーチャしてて、心とか体とかがちょっとこうざわついている状態のまんま授業に入るのはいいけど、一回ここで、例えば次の時間は数学の時間ですってなったときに、一回心と体をゼロ点に落ち着けて、で、そのゼロに戻った、中余に戻った状態でインプットしやすいスポンジの状態っていうのを作って授業に挑むっていうね、多分そういう狙いがあったんでしょうね。
うん、多分。多分ですけど。
当時はそんなありがたみなんか全くね、わからずにね、ただ目つぶってね、あーお腹空いたなーとか、なんか次の授業暇やし、なんかこっそり漫画でも読もうかなーとか、こっそりDSしようかなーとかね、もう煩悩の塊やしかなかったんですけど、そういうとこがあかんねんって話ですよね。
全然今ここに意識を向けられてなかったんですけど。
でも、なんか今思えば、その何かのタスクに取り掛かる前に、どれだけショート瞑想でもいいから、5秒でもいいから、目をつぶって一呼吸を送って、すごい自分の状態をね、真ん中に戻した状態で、目の前のタスクに集中して取り掛かるって、これすごいただやし、簡単にできるし、これやらない手はないよねーって。
そんな紙習慣をうちの中高はやってくれてたんやなーって言わさながらね、なんかあの時ありがとうって、20年前の状況に感謝って感じなんですけど。
20年前の習慣といえば、読書の習慣もあったんだよね、うちの学校。たぶん朝礼、8時30分で一回遅刻ラインみたいなのあるんかな。ほんで、8時35分から15分から20分ぐらいかな、朝の読書タイムっていうのが絶対あったんですよ。
だから、みんなの読書用の本っていうのを必ず、どんな本でもいいです。あ、でも漫画はダメだったかな。ライトノベルとかはオッケー。っていうので、何か本を読むっていうのを毎日の習慣になってました。
私はその読書タイムがね、きっかけで、なんかハリーポッターに激ハマりして、読書タイムのみならず、行きと帰りの通学の電車でもあのくそ重たい本を持ち歩いて、読みふけて気がついたら乗り過ごしてたみたいなのがありましたね。
本に没頭する、本に集中するっていう、それも朝の一番最初の、まだ脳がね、朝練してる子とかやったらね、既に朝の運動が終わってるけど、その授業が始まる一番最初に読書をこの習慣としてねじ込むって、今思えば神習慣やなって思って。
やっぱりその読書をするっていう習慣って、やっぱそうでもしないと、なんか読書が趣味の人なら置いといて、これから読書をしようっていう人ってなかなか根付かないじゃないですか。
私も小学校を卒業するまで、活字ってすごい苦手だったし、今でも得意かって言われたらそうでもないんですけど、でもやっぱり中高6年間でこの活字に触れるっていう習慣があったおかげで、なんかね本を手に取るっていうアレルギーはなくなったんですよね。
大学に入ってね、めっきり本を、読書を習慣化するっていうのは残念ながらなくなってしまったけど、こう社会人になって、で、改めてなんか読書の素晴らしさっていうのが、やっぱりこういろんな本とかね、YouTubeとかさ、それこそ見てると皆さんされてるじゃないですか。
そうなった時に、この読書の習慣をリバイバルするときに、活字に抵抗がなかったっていうのは、多分振り返れば中高の読書習慣のおかげだったんじゃないかなと思います。
あの時はね、もう小説とかラノベとかしか読んでなかったけど、でもやっぱりその物語を読んで、物語に想像を膨らませて、で、なんか私だったらどう解釈するかなとかいう、あの時間がね、今思えばとっても豊かなものだったんだなっていうふうに思います。
知識の探求と人生の豊かさ
だから今年は本を読むにしても、なんかビジネスショーだけとかじゃなくて、なんか有益に浸りすぎてもこれまた陰陽のバランスが崩れるんじゃないかなと思ってて、だからなんか言葉ね、やっぱりコーチってほら言葉を使ってね、クライアントの潜在意識とかさ、思い込みっていうのを外すお仕事ですから。
もちろん無意識のところにも態度とかでアプローチしますけれども、やっぱりその言葉を武器というか、言葉が商売道具なわけだから、やっぱりいろんな言葉に触れるってすごく大事なんじゃないかなってなんか最近思ってて、だからこそ有益な本だけじゃなくて小説とか、もう本当になんか別に普通の雑誌とかでもいいけどさ、
なんかその言葉の言い回しっていうものにこう触れる機会っていうのを増やしていきたいなぁなんて最近思いますね。
ということでね、いろいろ喋りましたけれども、最近セッションの前にやっていた紙習慣、あの習慣がね、実は中高の時にもうすでに紙習慣としてやっていて、20年後改めてあの時ありがとう学校の先生って思ったっていう。
大体ね、やっぱりその時ってさ、なんか親の心こしらずじゃないけどさ、なんかね、あの当時の自分からは全然そのありがたみっていうのはわかんなかったけど、やっぱり年を重ねると、あの時があったからっていう感謝ってやっぱ遅れてやってくるってありますよね。
なんか皆さんもないですか、年を重ねたからこそ感じるものとか感謝できるものとかね、いっぱいありますよね。なんかそれで言うと、なんか建造物の歴史とかにもなんか興味を持つように最近になってきて、自分が中学の時とか、遠足でね、やっぱりこう歴史のある神社とかさ、
そういう歴史とかね、そういうのをいろいろ学んでたんですけど、その時は全く興味がなくてですね、なんかもう全然もうなんか、もう新幹線が通過するかのように知識がふーんって抜けていってたんですけど、今ね、ご縁あって奈良の近くに住むことになって、
いろいろ歩いているとね、散歩しているとあちこちにね、なんかもう国宝がその辺にあるんですよね。当たり前だけどね、昔の都だったから、今思えばなんかすごいことやなこれって思うようになってね、石碑があったりとかさ、かつてここでこういうことがありましたとかさ、そういう建て看板とかをね、なんか普通に読むようになって。
でも当時は神社とかさ、修学旅行とかさ、遠足でそういうとこ行った時に、やっぱり大人の方がね、そういう建て看板を興味深そうに見てるのを見て、すげーなー、私全然興味ないわーって、なんかね、全然気持ちがわからへんなーって思ってたんですけれども、なんかね、40近くなって、なんかわかるようになってきましたね。
で、そうやってこう、知識というものを、あのただテストを通過するためのものっていうよりも、なんか日常を豊かにするための知識って言ったらいいのかな、いろんなことを知れるっていう、まぁ好奇心ですよね。好奇心をくすぐって、なんか雑学レベルでね、なんかえーそうなんやーっていうものが増えてくると、なんかやっぱり自分の中で今までスルーしてきたものが目に入ってくるから、
毎日のこの過ごしているだけでも、絵の具で言うとこう、使える色彩感覚が増えていくと言いますか、毎日がすごく色とり豊かになっているなーっていうのをすごく感じるんですね。
だからやっぱりね、自分が今ね、あの大好きな中学幼女っていうもの、これはやっぱり季節の流れっていうものをすごく大事にしてますけれども、無理昔の人ってね、今みたいにさぁデジタルな時計なんてなかったものですから、今よりもやっぱりその月の満ち欠けとかさ、太陽のなんかね日が昇って沈んでっていうものにより敏感になってたと思うんですね。
その中で人々がどういう生活をして、どういう営みをね、繰り広げていったのかっていうのを考えると、やっぱりそこに思いを馳せることによって、あ、だからこういう概念が生まれたんだなぁとかって思うと、なんかさらに自分の、結果的にね、なんか最初はその仕事に生かそうって思わなくても、結局こう一周回ってね、自分のお仕事の深みが増してくるような感覚がありまして。
それでまた言語化できる幅が増えるから、なんかね歴史に興味があるクライアントさんとか、私のね、もともとご縁があったクライアントさんとかはものすごく歴史が好きでね、並みしょっちゅう来たりとか、ご自身がね住んで春町とかでね、確かね歴史のボランティアがされてたと思うんですよね。お寺やったかな?そうそうそうそう。
だからね、そういう話をする時もやっぱりお話の引き出しが広がりますよね。だからやっぱりこう日常を、ただ有益なものだけじゃなくて、だからこそやっぱりそっちの方に、なんか有益じゃない方って言ったら、ちょっとね、何を思って有益かそうじゃないかって人によってちゃうけど、なんかそういうものが私たちのね、日常っていうものをよりこう色鮮やかに。
で、改造度を高く面白くしてくれるものなんじゃないかなーって最近は思いますね。だからさ、趣味ってあるといいよね。なんか英会話の集まりとかで、それも趣味メンバーじゃないですか。集まるとつながりは接点は英会話だけど、全員背景がね、バックグラウンドが違うわけですよ。
で、その後、いろんな、いろんな、いろんなオペラをね、趣味でされている方もいらっしゃれば、別で、それこそ歴史専門としてね、働かれている方もいらっしゃいますし、大学で狂弁とってたみたいな方もいらっしゃいますし、で、結構あのシニアの方が多いんですけど、私の、私より年上の方が結構多くて、あとはまあ、いて同い年か、あとはめちゃめちゃ若い子とか、やっぱ全員違うわけじゃないですか。
で、そうなると、みんながね、興味を持って見てる世界ってそれぞれ違うから、あ、なるほど、そういう世界もあるのかっていう、なんかいろんなパラレルワールドをね、見せてもらっている感じがして、趣味仲間って集まるとこう、世界が広がる感じってこういうことかとかね、思ったりね、してて、最近はそういう面白さっていうのも実感しておりますね。
新しい挑戦:カメラ購入とVlog制作
で、そう、緊急報告でいう話でいうと、そうね、ずっとやってみたかったこともいろいろやってみようと思って、カメラを買ってみましたね。うん。あの、なんだったっけ、ミラーレス一眼、そうそう、ちょっとこう、使い勝手のいい小さなカメラ、写真者向けのカメラっていうのが欲しくて、主人が持っているカメラ結構でかいんですよね。
割とガチ目の、なんかでかいカメラなので、ちょっとこう、持ち歩くには、なかなかハードルが高いなあっていうので、まあ動画も撮れて、写真もそれなりに綺麗に撮れるっていう、まあね、初心者にうってつけの、みたいな感じのカメラが欲しくて、まあいろいろ調べたところね、あの、よく有名なソニーのミラーレス一眼、これなんだったっけ、ZV-1Ⅱですね、を買いました。
ヨドバシ発送早いね、頼んだら次の日来たわ。
10%還元やしね。
それで、ついでにVlog撮影用の三脚みたいなのもね、買ってみました。
だからそれをきっかけに、スマートフォンではなく、このカメラで撮るというね、行動っていうのも、なんかいろいろ楽しめそうやなあって思ったりとか、あとVlogもね、最近ちょっとやってみたいなあっていう気持ちがありまして。
なんかこの、私たちの暮らしそのものを記録として、そしてやっぱりライフコーチっていうね、肩書きで活動させてもらっているのもあるので、私にとってライフってすごく大事。
まあ私だけじゃない、クライアントさんとかもそうだけどね、それぞれお一人お一人が重ねる暮らしってすごく資産だと思うんですよね。
だから暮らしそのものを切り取って、何気ない日常ですけど、なんかそういうものの中からそれぞれのね、気づきとか発見とか癒しとか、そういうものを見出してもらえるメディアみたいなのを一つね、暮らしを資産にして生きていくあり方ってすごいいいなあって、改めてね、そう思って。
で、なんかそれの発信の手段の一つとして、Vlogをちょっとやってみたいなあっていうふうに思ってて、YouTubeでなんかね、そういう発信とかそうそうできたらいいなあなんて思ってて、そう。
で、やっぱりやるにはテンションの上がる道具もやっぱいるよねっていうことで、今回初めてミラーレス一眼っていうのを買ってみました。
めっちゃ可愛いね、コロンとしてて軽いしさあテンション上がるよね。
なんかそういうのはね、日々を、毎日の日常そのものが、なんか英語のワンシーンじゃないけどね、ひげだんのさ、何万キロやったっけ、どう忘れしちゃった。
何万キロの、115万キロや、115万キロのフィルムっていう、まさにそうですよね。
で、やっぱりね、その人たちがね、一人一人の人生が映画のようで物語であって、それって結局暮らしの積み重ねであって、暮らしの向こうにその人たちが大切にしているものが見えると思うんですね。
私はやっぱり養生というものが好きだし、もっとここをね深めたいなあって思ってるんですね。
だからガチめに深掘るっていうよりも、知識としてはどんどん高めていきたいんだけど、それを日常に落とし込むっていうところに力点を置きたいっていうイメージかな。
そうなってくると、やっぱりたくさんのアウトプットをするためには、やっぱりいろんなインプットが欲しくなってくるっていうので、このね、循環が起きそうな感じがしてて、とても心地がいいですね。
なので、なんか最近は養生関係の本っていうのをもうちょっと読み漁りたくなったし、専門書とかもね、読みたい欲とかがちょっとずつ出てきたので、
本を買うだけじゃなくて、うちの近所ね、大きい図書館があって専門書とかも置いてるとこがあるんですよ。
そう、なので、そこの図書館に行って読み漁ったりとか、そういうのもちょっと活動の一つとしてやっていきたいなぁなんて。
で、それをね、Vlogだったり、このラジオだったり、そういうところでね、詰め込めていけたらなぁと思ってますね。
心と体の健康と人生の拡大
で、やっぱりクライアントの一人であるミモザちゃんとも、やっぱりこの姿勢矯正、姿勢のあり方っていうものと、
じゃあ具体的に何を食べるのかどう考えるのかっていうものって、全部どれもね、かけても良くないものよねっていうのがすごい認識としてあって、
やっぱりさ、どれだけさ、金があったりとか、そうだな、資産っていうものに恵まれてても動かせる体がなかったり、
生きたいとこに行ける足がなかったりするとさ、それはあれですよ、生まれつきの何かね、もので歩けないっていうのとかではなくてね、
自分が腰痛のケアをしなかった、つけが回ってきてとかそういうところね、それでなかなかシップが手放せない、痛み止めが手放せなくて、
それならもう出るのを諦めようかっていうものになってくると、やっぱり人生のワールドマップってどんどん縮小していっちゃうよね。
だからこそやっぱり、体、動かせる体、何でも興味を持てる好奇心がある心っていうものって、
お金以上にある意味大事な資産だよねって思うんですよね。こういうのをどんどん世の中に広めていけたらね、もちろん自分のできる範囲ですけれども、
たくさんの方に知ってもらうためにご縁あってね、MIMOちゃんっていう海を越えたクライアントさん、それだけじゃない日本でも遠く離れた方たちとご縁がありますのでね、
皆さんのギフトを掛け合わせた上で、それぞれでね、人生という壮大な物語を楽しむために知っておいた方がいいんじゃないっていうことを、
どんどん伝える人にどんどんなっていきたいなって、今年は特にそれを意識したいなっていうのを思いますね。
だから、やっぱりコーチとしてもそうだし、人間としてもこの人生というものをどんどん拡大させて、味のあるおもろいものにしていきたいなぁなんて思っております。
近況報告とリスナーへのメッセージ
なんか、口に喋らせてたらもう30分ぐらいになっちゃった。
久々のお話だったので、いろいろちょっと溜まるものがあったかもしれない。
皆さんどうですか?春ね、花粉症がちょっとね、一回過ぎ花粉はもう落ち着きかけてるかな。とはいえね、次は日の木の季節やし。
寒暖差が激しいですね、日本においてはね。オーストラリアも多分そうだと思うんだけど。
私もね、双子から風邪をもらっちゃって、この声もね、かなり抑え気味に喋ってます。
この後YouTubeの撮影もしようと思うんですけれども、どこまでいけるのか果たしてっていうところですけれども。
自分を無理することなくね、やりたいことには全力投機をするけどね。
なんか変にね、お尻のムチをペチペチ叩きすぎずに、等身大の自分でね、YouTubeも撮っていこうかなと思います。
ということで、皆さん最後まで聞いていただいてありがとうございました。
ここまで聞いてね、最近新しいこと始めたいよとか、なんか最近それこそ瞑想いいよねっていう方とか、そういう方がいらっしゃいましたら是非いいねをポチッと押していただけてね、応援いただけると大変励みになります。
皆さんいつも本当にありがとうございます。それではまた次回の放送でお会いしましょう。またねー。