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本当にやりたいことほど、何故「恥ずかしい」のか。無意識の癖の正体。
2026-06-05 31:25

本当にやりたいことほど、何故「恥ずかしい」のか。無意識の癖の正体。

目標が分からない
やりたいことが分からない
夢はあるけどできる気がしない

そんな方の光になれたら。

きっとあなたのノドにも小骨が刺さってるかも。



#夢 #願望実現 #目標達成 #潜在意識 #思い込み #ジャーナリング #ビジネス
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00:05
皆さん、おはようございます。きなこです。 今日は、雑談をとっていこうかな。
私は、自分を表現することを、ちょっとまだ恥ずかしがっていた自分を見つけました。
何の話し合いって感じなんですけど、これだけ、なんか人様のね、お話を伺って、ギフトを見つけて発掘するっていうのは、仕事としてさせてはいただいてるんですけど、
自分のこととなると、やっぱり誰しもね、盲点はあるわけでして、最近、いろんな方と話す機会があったり、自分自身ももう一度、自分のジャーナリングとか深めるところについて学びを深めさせていただく機会みたいなのがあって、
最近のね、やっぱり自分の活動の優先順位みたいなものっていうのが、なんか何かが下がったっていうよりも、なんか大事にしたいものの優先順位が上がってきたっていう感じがでかくて、それが何かって言ったら、やっぱり表現とか創作っていうところなんですね。
去年の5月か6月ぐらいからピアノを始めたんですけど、再開してね、始めたんやけど、なんかそこらあたりからもうすでに自分はこういう人間だよっていうのを表現したいっていう気持ちがすごく強かったんですけど、
なんかそれまでは、なんか自分のライフワークみたいなものって、もうライフコーチ一本でやっていくんだろうなぁみたいなふうに思ってたんですけど、なんかやっぱりそれだけじゃないなっていう感じがしてて、
結局でも表現することが、やっぱライフコーチってね、ライフそのものにつながってくるから、結局自分自身がどういう人生を送ってるかっていう生き様そのものが結局回り回ってね、コーチの仕事にもなってくるんですけど、
自分の活動の柱っていうものが、なんかコーチング一本で対話一本で、これからも生きていくんだろうなっていうのが、ちょっといい意味でその価値観が崩れ始めてきています。
で、去年シドニーに行って、自分の表現をする、それして海外で表現をするっていうことをやっぱり体験としてやったときに、やっぱりこの海外の人の持つバイブスみたいなものを直接肌感覚で感じてきて、で、その時に思ったのが、私今住んでるところも大好きなんですよ。
すごい時間の流れがゆったりしてて、まだまだ私が知らない場所がいっぱいあって、美味しい店もね、大事だよね、食べ物もあるから、なんかそういう自分のこの日本という場所にから出たいとかまではそんな思わないんだけど、やっぱり自分の活動する世界を広げたいっていうのはあって、
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で、じゃあそれをどうやって広げていくかって時に、自分の表現っていうものを具体的には私はピアノというものと、あとはお絵かきとかも好きやし、ブログとか文字とか考え方、何ていうか記事、アーティクルみたいなものをこう通して、なんか世界の人とどんどん繋がっていきたいなっていう、それを活動のもう一つの大きい軸にしたいっていう気持ちがここ数ヶ月で本当にムクムク湧き上がってきて、
やってきてるんですよね。ただ、なんかじゃあね、それを例えばこうジャーナリングとかをする時に、よく私一人二役みたいな妄想するんですよ。妄想力だけはめっちゃあるからさ、そういうのをする時に、もう一人の大きな位置がさ、ピアノとかやってさーって、誰かのために曲を弾くのってめっちゃ楽しいし、表現するってすごい楽しいし、全然パーフェクトじゃなくてもいいし、
でもその一方で技術はどんどん上げたいし、耳コピもしたいし、それで自分で動画とかさ作っちゃったり、ライブとかやっちゃったりとかしてさ、なんか英語とかも話して、なんか世界の人と音楽で繋がるってめっちゃおもろいんだよなーみたいなことを言い始めた時に、もう一人の気な子にが、
じゃあそれっていわゆるピアニストってことやんねってなった時に、え?ピアニスト?いやいや、そんな恥ずかしいっていう感情が出てきたんですよ。でも理想の24時間とかを最近自分のクライアントさんとかも、みんなね、1年前とか半年前とかに描いてたゴールをみんなどんどん達成しちゃうもんやから、クライアントさんたちすごいからね。
だからクライアントさんたちもゴールを今描き直してるんですよ。情報修正して言ってるんですよね。100%のゴールみんなぶち抜いてるから、次200%なんだろうねみたいなフェーズに入ってきたから、私もその流れで言ったらちょっと更新しようかなみたいな感じでなった時に、やっぱり私も一人の人間なわけですから、やっぱり誰しもね、自分で自分の後頭部って見えないじゃないですか。
だから、やっぱりどっかこれって恥ずかしいよねっていうような、自分で自分のことをキュッとストップさせちゃうような感覚が出てきて、まだ自分の中にこんな感覚あったんやって気づいたのがすごい大きな気づきだったんですよね。
なんかそれなりに好きなように生きてきてるし、大変ありがたいことにね、自分の大好きな仕事で、お仕事っていうのをさせていただいてるし、趣味としてではなくちゃんと対価っていうのをもらう形でお仕事もさせてもらってるし、双子っていうすごい怪獣がいながらも機嫌よくやらせてもらえる働き方っていうのを構築できてきてるから、
なんか世の中の自分の周りの人たちと比べたら、なかなかありがたい生活を送らせていただいてると思うんですよ。だからこそね、こういう時こそ逆張りってめっちゃ大事やなって思うんですよ。でまた6月でしょ、馬の月ですよね。
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だからそれって本当?っていう問いをすごいやっぱり深めるチャンスがやってきたなーって思って、ってなった時に、なんか意外と自分って自分の表現の許可をまだ出し切れていなかったかもしれへんっていうのが、このジャーナリングでわかったんですね。
そっかってきなこにがさ、そっかじゃあピアニストになりたいんだねって言われた時に、いやいやいやって、なんかなりたいって思ってんのに、そういう世界観に憧れてるのに、なんかめちゃくちゃ恥ずかしい。いやそんなこと私がしていいんだろうか、みたいな。いやそれ誰に許可とってますねんっていうような、すっごくなんか自分の中で推し問答をしている自分がいたんだなって気づいて、なんかそのボトルネックに気づくってすごい大事なことですよね。
そこに気づいて、じゃあもうちょっと深めていったんですよ。何が恥ずかしいんやろうって、こんだけもうねラジオとかやってるしさ、なんかねYouTubeとかも撮って、カメラの前で喋ったりとか、なんならその発信を通してさ、客さんと出会ったりしてるわけでさ、てめえは何が恥ずかしいんだっていうのを深掘っていった時に、一個面白かったのが、
人様のためになることが、自分の中でね、ちょっと掃除しながら喋ります。人様のためになることっていうのが見えているなら、自分の中でね、自分の中で見えているなら、それは全然恥ずかしいことではなく、むしろイケイケドンドンみたいな感じだったんですよ。
もちろん断っておくと、発信の一番最初はめちゃ怖かったです。ツイッター、私部分公開、全体公開じゃなかったんで、SNSが怖かったんですよ、最初。それがね、今SNSを通してさ、客さんを出会うぐらいまで出てきたのは、結局慣れなんですよね。
だから、この恥ずかしいっていう感情そのものも、おそらく思い込みであり、慣れが出てきたら、全然ね、なんてことでもなくなるんだろうなっていうのは、体験からね、わかってはいたので、これはちょっと掘る価値あるなぁと思って。
で、なんか、じゃあその発信発信というか、その自分の表現っていうものが恥ずかしい。それが、じゃあ全然ツイッターとかやってんのに、何を今さらっていう問いをね、投げてみたんですよ。
そうすると、やっぱりなんか、人のためになることが見え切ってることはできるっていう自分がいるんですよ。
だけど、なんか、誰のためになるかわからんのに、なんかただ、やりたくてやる。そう、表現をする。誰に刺さるかわからんけど、やりたくてやるっていうこと自体が、ちょっとなんか、こんなことやっちゃっていいんだろうか、みたいな、なんか許可みたいな、誰かの顔色を伺ってる感覚があるみたいなのが出てきてね。
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ほうほうほうと、もう一人二役ですよ。
で、思うじゃないですか、なんか誰の許可を取っているんだい、おぬしはってなった時に、なんかそんなことしていいのかなって、いやもう、だって普通に考えたら、やりたいんやろ、やったらいいやんって話じゃないですか。
だけど、そう、何にそんな抵抗を感じてるんやろうって。
で、これ面白いのがね、やっぱり自分がさ、こういう中医学とかコーチングっていうのを仕事にしてくると、心の反応だけじゃなくて、体の反応とかも結構見れるようになってくるんですよね。
で、中医学を志してるから余計なんですけど、なんかこのピアニストになってみたいっていうのを言った時に、ちょっとした恥ずかしさと、なんかね、体の、特に喉?喉の部分になんかね、突っかかる感じがあった。
で、それって中医学で言うと、期待なんですよね。で、期待ってどういうメンタリズムかっていうと、アクセルとブレーキを同時に踏んじゃってる状態が多いんですよね。
だから潜在意識では、例えばこういうふうにしたいっていう、例えば自分の願いとかゴールとかがあったとしても、自分の奥底に眠っている、まだ自分でも意識に挙げられてないような無意識の自分がそれを止めちゃってる、現状維持させようとしてる時とかによく起こってくるんですよ。
だから、これを聞いてくださってる方がさ、もし、なんか今ね、まさに目標設定しようとしてみて、それを言葉とかに出してみた時に、なんかすごい違和感があるとか、喉になんか突っかかってる感じがするとか、喉に梅の種ぶち込まれた気がするとか、そういうなんか行き詰まり?別に固形はないんだけど、行き詰まりを感じた時ってね、たぶんね、それ、ある意味チャンスなんですよね。
潜在意識からのメッセージやからさ。で、その無意識を私は受け取った時に、じゃあこの恥ずかしいって自分のことをただただ表現するのって、なんか恥ずかしいって思ったこと、それこそ誰かに隠れてね、こうやらないといけないことじゃないけどさ、
なんか、あ、そうそう、それこそピアニストって、誰かのために弾くことだし、誰かのために弾くことって、レベルとか技術もそうだけど、一般的に思い浮かべるのってさ、人に届けてるじゃないですか、だから自分で自分のために弾くことっていうのはできるんですよ、お部屋の中でひっそりとね。
だけど、なんか、それをまた人に届けるっていう風になると、またちょっと気恥ずかしさみたいなものが若干出てきたりっていうのは、まだやっぱ自分の中であるんですよ、そうそう。だから2つの気恥ずかしさが出てきたことに気づいて、まず自分が自分のために、そのやることに対する気恥ずかしさと、あとはその人前で演奏することに、見られていることによる恥ずかしさ。
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こっちがでかいかな?そう、見られているという現象に対する気恥ずかしさ。で、そこでさらに深掘っていった時に、私、本来、人前に出ることとか、ちっちゃい頃ってめっちゃ大好きだったんですよ。舞台がすごい大好きで、目立ちたくて、なんか幼稚園の時の劇をする時とかも、もう主役が良かったし、目立ちたいからね。
みんなの前で目立って、みんなをこう、ひと笑いさせたりとか、エンターテイナーみたいな、それをなんか、主役を張って笑わすぐらいのポジションが好きだったんですよね。
だけど、いつしか、それを恥ずかしいと思う時期があったなって振り返ってて。こういう時って、だいたいちっちゃい時にね、答えが眠ってて。それは何かっていうと、やっぱり自分がちっちゃい時に起こった出来事で言うと、親からかな?の声かけがあったなって思ったんですね。
断っておくと、全然これは親を否定するわけとかではなく、自分がそういう受け取り方をただしちゃったっていう前提のもとなんですけど、やっぱり、喋る子やったし、今も喋るけど、もっと喋る子やったんですよね。
もう聞いて聞いて、私の話聞いて、私主役みたいな。で、何かあっても私出たいみたいな。が、すごい字がつよつよ女やったから、それが恥ずかしかったんでしょうね。うちの親としてはさ、もうちょっとしとやかというか、女の子なんだからとかもね、当時は時代柄言われてる時もあったし、そんなデシャバったらあかんとか、
そんな風に、自分自分がとか、やってあげようかとかいうのもすごいこういうタイプやったんですけど、あと、デシャバるですよね、という言葉を、当時の方言で何て言ったかな、イチョカミって言うんかな、そう、そんなイチョカミみたいなことしないみたいな、みっともないとか、よく言われてたんですよね。
だから、なんか自分の中でそういう目立つこと、人前の舞台に立つことっていうことは、なんか、みんなの前でみんな見てみてーっていうその行為みたいなことは、恥ずかしいことなのか、みたいなのが、確かに自分はちょっとそういう思いがあったなーっていう気持ちが、確かに一部あったんですよ。
だけど、その時のメンタリティとしては、あの、保育発表会とかさ、年に1回あったけど、幼稚園のなんか劇みたいな、もう全然恥ずかしいとかなくって、なんかもう自分にスポットライト当たってたらおっしゃ見てくれみんなーみたいな、世界のワイヤでみたいなぐらいの勢いで、あの、一生懸命ね、抽選に漏れて脇役に3番手ぐらいになったんですけど、それがむちゃくちゃ悔しかったのを覚えてますね。
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そんぐらい、多分人前に出て、人を喜ばせたかったんだろうなと。それは今も変わりませんけど、そう。ただ、そこに対する若干の恥ずかしさ、あの人の前に目立とうとすることは恥ずかしいみたいなものが、確かにこの時からちょっとあったかもなーっていうのを振り返ってて思って、で、あともう一つがね、自分が好きなもののために熱中することを誰かに見られることっていうのは恥ずかしいことっていうこの感覚みたいなのが、
そういえば、なんか小学校の時ぐらいまで、あの、描いてた漫画?これどっかの放送でも言ったと思うんですけど、私漫画めっちゃ好きで、今はもうそんな描けないけど、当時すごい好きだったんですよ。だから少女漫画、少年漫画、好きな作家さんのまずはね、真似をするとこから始めてみたり、それこそ誰に言われることもなく、
自分でお小遣い貯めて、漫画セット買って、宿題をとっとと終わらしてね、空いた時間のすべてをそれにフルコミットするぐらい。あとポケモンの時間以外は、もうその時はめっちゃ漫画に熱中してたんですよ。多分ね、最初にそういうのを始めたのは、前は幼稚園の時から好きだったけど、漫画というものを真似し始めたのは小学校1年か2年ぐらいかな。
で、そういうのを描き始めたんですけど、それをやっぱり親から褒められた記憶ってないんですよ。むしろ、いまだに思い出すと、ちょっとこう、みぞ落ちのあたりがキュッとするんですよ。で、その時に、なんかちょっと肩をすくむような体の反応がするんですね。
で、その時の感情ってどんな感情やろうって言ったら、見られたとか、いけないことをしてしまったっていう感覚が出てくるんですね。で、それは何でかっていうと、自分が漫画を一生懸命描いてると、親からしたらね、その漫画を描くことってあんまり価値のないことだったんです。親からしたらね、その直接成績につながることじゃないからね。
だから、またそんなしょうもないことしてーってしょっちゅう言われてて、お部屋にこもって漫画を描いて、例えば親がさ、用事をしに、掃除とかをしにね、お部屋に入ってきはったりする時に、私がこう漫画を描いてるじゃないですか。で、その時に決まって声をかけられてたのが、また漫画描いてるって言われてて。
なんかその時の、また漫画描いてるの時の言葉の持ってる感情っていうのが、なんかまたやってんのーっていう、なんかまたそれしてんねんな、ほんまに好きやなーっていう、ちょっと愛情のこもった感じのまたじゃなくて、なんかねすごい詐欺すみ、なんか結構軽蔑されてるような感覚があって、またそんなしょうもないことしてーみたいなことを、そんなことして何なんのーみたいなのは結構言われ続けてきてたんですよ。
だけど、やっぱりやめなかったんですよ。好きだからね。やりたいし、まだこの宿題もちゃんと終わってるしね。
だけど、やっぱりいつしか、なんかそれを言われるのが嫌やから、なんか親の前で堂々と、最初はね、なんもわからん、それを言われて、親にさ、言われるとかわからへんから、リビングとかでやったりしてたけど、まあそれをさ、言われるのが嫌やから、まあお部屋にこもって描くようになりますよね。
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で、お部屋に帰って、もう宿題は、真面目な子やったんで宿題はちゃんとやったんですよ。宿題はやって、そのまま宿題を延長して勉強してるふりみたいな、なんかお部屋で何か作業してるふりをしながら漫画を描いてたんですよね。
で、その時に、例えば親が部屋に入ってきたら、親は私が多分勉強してるものと期待して入ってくるんですよ。まあ今思えば勝手な期待ですけどね。
やることやってるしええやんって感じなんですけど。で、入ってきたら漫画を描いてるんですよ。で、それで言われたら、なんでそんなしょうもないことしてんのっていうふうに私からしたら言われるから、それを言われるのが嫌やから、
今覚えてるのが、お部屋に隠れて、ちょっと親が、私の部屋がね、当時2階あったんですよ。だから親がね、こう上がってくる時に足音で気づくでしょ、階段の。だから足音にすごい耳を傍立てながら漫画を一生懸命描いたりしたけど、
親が入ってきたら、それをサッと隠せるように、こっそりやってたんですよ。だからなんかこの辺りから、当時でね、小学校3年ぐらいだったと思うけど、なんか自分の中で大好きな漫画を描くこと、まあ趣味だよね、大好きなことっていうのは、なんか
こっそりやるものみたいな。それを見られるものがちょっと恥ずかしいみたいな感覚があったんですよ。
で、多分それが未だに自分の中にちょっとささくれ、魚の小骨みたいな感じで残ってたんちゃうかなーって、もうあれから何年も経ってるしね、30年近く経ってるし、よく考えたらね、別に自分の人生は自分のものやしね、
親に評価されるからやって、親に評価されないからやらへんっていうのも違うしね、そんなものは理屈ではわかっていても、やっぱりその幼い頃に感じてしまった感情レベルでのやっぱり潜在意識の擦り込みとか思い込みってなかなか強烈なもので、
理屈じゃないんですよね、もうなんか神経反射で出てくるぐらいやからね、無意識やからさ、からそれを炙り出せたのがすごい良かったなって思ったんです。
なぜなら自分では気づいていなかったからね、そう無意識で、それをそういう魚の小骨がまだ刺さってるっていうことに気づかずに、なんかちょっと気恥ずかしいなーって思いつつも、こっそりピアノ、こっそりピアノ今はやってないけどさ、なんかその小骨に気づかずにやってたとしたら多分またどっかでね頭打ちになってたと思うんですよ。
だからこのタイミングで、ここに小骨あったんやっていうその無意識を意識にあげられて良かったなーって思って、だからやっぱりまだ未だに小骨は完全には取り切れてないけど、それがたかが小骨ってことも分かってるんですよ。
それは別に法律としてダメなことでもないし、自分が大好きな趣味である漫画に熱中することって良いじゃないですか、本人が楽しければ、自分がピアノを弾くこと、熱中すること、それを通して人のために演奏をして喜んでいただく活動をすること、言語を超えて音楽を通して外の地域の方と繋がって、
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そこでまたコミュニティーというかお友達の輪を広げていくこと、めちゃくちゃ楽しい人生になる。それがある人生とない人生だったら、私は確実にある方が死ぬ時あれやって良かったなって、私の価値観においては絶対そうなんですよ。
だからそれを小骨がちょっと妨げてたっていうのに気づけたのがめちゃでかくて、でも小骨って気づけたからこそ、まだまだ怖がってる頃のね、あの頃の翔さんの私が、いや大丈夫かなぁとビクビクしてね、バレへんかなみたいな言ってる自分もいてると思うんですけど、
いやいや大丈夫やでって、ええんやでって、自分で自分に許可を下ろす練習っていうのもね、またこれからやっていけたらいいなぁと思ってるんですね。だからやっぱりあのどこまで行っても小骨ってやっぱりこういうタイミングでね、おもろいタイミングで出てくんねんなぁっていうのがすごいいい気づきでした。
だからね、今月ってなんか気学にね、はめるとそういうちょっと1回立ち止まって振り返って、で自分が余計なものを背負い込みすぎてないかとか、そういうのを自分の中を観察するのにすごいぴったりな月になってるんで、今ね何かに向かって一生懸命頑張ってるけど、なんかいまいちしっくりこないとか納得いかないとかね、ありますかね?聞いてくださってる方。
なんかいまいち行動に乗らないとか、なんかこうどっちつかずでなんか堂々巡りになっちゃってて、いまいちこれだって思うものが見つからないとかいう方がいらっしゃったら、喉にね、もしかしたら小骨何個か刺したまんまやろうとしている可能性があると思うので、なんかそこをね1回掘り下げてみてほしいんですね。
どういう感情なんやろうとか、体の反応を見てみる、感情を見てみる、それってなんか過去に似たようなことを、例えば出来事、その感情を感じたような過去の出来事って何だったんだっていうね、そうそうそう何かやりたいことをやってる自分を思い浮かべた時に、もう一方でなんかちょっと引っ張ってる感情があった時にね、
その感情と似たような体験をしたことって、今までにどんな時にどんな出来事があって、何歳の時でどんな声かけをされてそういうふうに感じたんだろうって、今改めてそれを見てみると、それって果たして本当にいけないことだったんだろうかっていうことを振り返ってみてほしいし、
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あとはね、いいのかなーって思う感情って出てくると思うんですけどね、一体誰に対する遠慮なんだろうっていうのもね、一回通ってみてほしいですね。この2つを掘り下げるだけでもね、かなり小骨見つけられると思うんで、ぜひトライしてみてください。
小骨がね、見つかりきれへんなーっていう方とかいらっしゃったら、もしよかったらね、レターとか、ちょっとねセンシティブなことだと思うんで、コメントに書くのがはばかられるなーって方は、
スタンドFMだとね、レターだと、私とこの聞いてくださっているあなたしか見えないので、レターかもしくは公式LINEから、もしお手紙くださったら私なりの回答とかもね、させていただきますので、もしよかったらあなたの小骨をね、見つけるお手伝いなんかもできれば嬉しいです。
直接的なセッションではなくてもね、何かしらあなたが前に進むような、そんなきっかけになったら、私はこれほど嬉しいことはないのでね。だって幸せな人はね、ほんまに多い方がいいじゃないですか。
そしてあなたの周りもどんどんね、小骨がもっとみんな取れていくかもしれへんしね。なので、これ聞いて気になってるねんとか、ここまではできたけど、ここから先がわからへんねんとか、もしくはやってみてこういうことに気づきましたとか、そういうことでも構わないので、ぜひぜひお便りください。
もしいただいたら私も嬉しくてね、ちょっとコードリしちゃうかも。なんか自分の声が届いてるんやと思うとね、すっごい嬉しいですよね。一方通行の発信じゃなくて、なんかアナリティクス見たらね、毎回30人40人ぐらいの方が私のラジオを聞いてくださっているみたいなので、
まあね、その方の一人にだけでもさ、なんかこれをやってみて、小骨に気づけましたっていう方がいらっしゃったらめちゃくちゃ嬉しいことなのでね。強要はもちろんしませんけれども、もし自分でやってみて、見つかったらそれでいいし、やってみたけどここが、みたいなことがあったら、ぜひぜひレターからお手紙ください。お待ちしております。
はい、ということで今日はそんな感じで、自分のね、見知らぬブレーキに気づけた話というので撮らせていただきました。最後まで聞いてもらってありがとうございます。
で、ここからはおまけトークなんですけれども、明日、明後日ですね。またうちの夫が多分この週末、なんか出かける予定を入れていた気がする。全然忘れておる。
全然覚えてない。で、レッスンがね、6月はピアノのレッスンもちょっとガッツリ入れさせてもらってるので、4日後かな。1、2、3、4日後やね。4日後に入ってるから、ちょっと気合い入れて、ティアキンの練習も進めていこうかなと思います。
27:12
やっぱりそれがヒーローする場所をね、人間ってお尻に引いてたんとね、行動せえへんから、とりあえず7月11日土曜日にストリートピアノの予定を入れました。そこに向けて練習するということで、BPMが130なんですけどね、譜面がちょっと忙しいから、とにかくもう反復練習ですね。
原曲は好きで何回も聴いてるから覚えられるんやけど、なんかやっぱりすべての音を拾うってなると、なんかそこで脳が忙しいって感じになるんでしょうね。ちょっと手が止まっちゃうんですよね。
だからここをちょっとジェミニさんと分解しながら練習を続けていきたいなと思います。
本当はさ、この過程みたいなのさ、ここまで弾けましたみたいなのさ、ピアノでできたらいいんやけど、ゲーム関係の曲ってちょっと判件が厳しいのでね、YouTubeとかは多分、なんていうの、そういう契約をさしてるからYouTubeはできるんやけど、ラジオはできないよね。
だからさ、YouTubeで披露したらいいよね。じゃあっていう話なんですけど。その経過とかもね、含めて、あ、経過とかも含めてYouTubeでやったらいいんか。
ね、なんかそれがね、もうボロボロの自分とかも見せることは全然恥ずかしくないんですよ。そう、こぼれに気づけたしね。だから、まずはここまでやってみましたっていうのをちょっとログっぽくね。
まずは、そうだな、音声とあとはブログでここまでできたっていうのをね、なんかやっていこうかな。今日はここまでやりました。
30日で弾けるのかっていうテーマで。これいけるかもしらへんな。企画にすると結構面白いよな。自分でやっちゃうんよな。そうか企画にすればよかったのか。今喋ってて気づきました。
で、そう、なんかね、たぶん1年前はこれ、これと同じぐらいの、もうちょっと優しめの難易度のものを、ほんとブランク20年から3ヶ月かな、かけて、とりあえず弾けるようになるまでいけたから、ね、あれからピアノの練習、ピアノに触らない日は1週間空いてるとかはないんで、
本当に集中してやればできると信じております。というか、できたっていうことにしておこう。言うだけただなんでね。そう。で、1ヶ月後、ストリートピアノで弾いて、幼馴染が、もう弾いてやーって言ってはったんで、見に行くからって言ってはったんで、ちょっとこの後LINEしようかな。
LINEして、で、えっと、あとはYouTubeでも、そうね、アップできるように頑張ります。
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二子のおかんでも、ここまで頑張ったらいけんでって言うのがね、そう、なんかそっちを伝えたいよね。なんか、これをカバーしました、イエイ!みたいな感じじゃ、私はとてもじゃないけど、うん、なんか説得力というか語る資格が持てるとはあんま思ってなくて、
なんか、それよりも、なんか自分が、まあ性悪のある中でも、自分の好きなものを表現しているその姿っていうのを見て、あ、自分もなんかやってみようかなって思ってくれること、なんかそっちの方が私はとても嬉しいし、まあなんなら、あのゼルダ図書機と繋がれたら嬉しい。
やってる人おるかな?やってる人いますか?このラジオを聴いてくださっている方の中で、あの、ティアキンやったよーっていう方いらっしゃるかな?なんか、なんかね、コメントでちょっとゼルダやってます?みたいなコメントだけでもくれたらめっちゃ嬉しいな。そしたらもうその人のために頑張るってなるわ。
ということで、午後もふよみ頑張っていきます。ではでは!
31:25

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