「ままならジオ」は、人生の「ままならなさ」を、『弱さ考』著者であり、オンライン読書プログラムの「問い読」主催者でもある井上慎平が、みなさんと一緒に、もたもた、まったり考える番組です。
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娘よ、ごめん。お父さん、反省してます。今日はそんなお話です。
ままならジオ。
『弱さ考』著者の井上慎平が、人生の“ままならなさ”を、焚き火を囲むように、一緒に考える番組です。
もたもたと、割り切れないまま。割り切らないまま。
僕は、『強いビジネスパーソンを目指して鬱になった僕の 弱さ考』っていう本を書いたんですけど、あらすじをいうと、今まで当たり前にできていたことが鬱でできなくなって、そのときに今まですごく無理をしてたんやなーって気づいて、もう強がるのはやめよう、って気づいていく、そこから世間で求められる強さと弱さについて考えてく、そんな話なんですよね。
で、今日のテーマは「簡単じゃん」って言葉です。
これ、僕自身が今までいろんな人であったり、他人であったりに今まで発してきてた言葉なんですよね。
そのことに今すごく反省があって。
今日、娘と喧嘩したんですよ。どんな喧嘩かっていうと、まず娘が毎日リュックをぱんぱんにして帰ってくるんですね。で、入りきらんから水筒を手で持って帰らなあかんくなったりして、その結果しょっちゅう水筒を学校に忘れてきたりが続いてね。
で、ずっと「もっと学校に置いてこれるもんないん?別にこれだけたくさん持って帰ってきても、一回も家で使わへんやん」っていう話になって。
んで娘に聞いたら「学校に持って帰れと言われてるわけではないんだけど、机がぱんぱんだからしょうがない」
って言われたんですよ。
それでまあ、「しょうがないんかなあ」と思ってたら、ある日参観があったんですね。そしたら娘の机はたしかにぱんぱんやったけど、他の子はそうでもなくて、カバン持たせてもらったらうちの娘より全然軽かった。
要はうちの娘は毎日あんな重いもんもって帰ってくる必要なかったんですよ。
やから、僕は
「とにかく学校の机のなかにあるもんで、いらんのは持って帰ってくる。ほんで机に入れられるものは入れて、バッグ軽くして帰ってくること!ええな!」みたいな感じで強めに言ったんですよ。
それでも娘はやらないんで、お互いイライラが募るようになって。
で、今日あまりにも強く言いすぎたんで、ちょっといま反省モードです。
何があかんのかなあ、と思って考えてたときに、この「簡単じゃん!」って言葉がふと湧いてきたんですね。
僕は、娘にずっと「簡単じゃん!」って言い続けてきたんやなあと。
そういうことってあるやないですか。
自分も、他の人からしても当たり前のことが、誰かにはできない。「簡単じゃん」って周りに言われるようなことができない、そういうことは職場でも、どの組織でもあるでしょ?
現に僕は今日娘にイライラをぶつけてしまってからも、このイライラをうまく解消できないままこうやって収録してるんですね。
これも「簡単じゃん!」なんですよね。
娘にとっては、たぶん机のなかのいらんもんといるものを区別して、持って帰って、毎日いるものといらんものを区別するっていうのは、難しいんですよ。
他の子には簡単でも、うちの子には難しい。
せやったらイライラしたってどうせいいことないんやからイライラせんほうがいいですよね。周りに迷惑かけてるんやったらまだしも、結局娘が「リュック重くてもいい」って言ってるんやから。もうええわと。
僕は、鬱を発症してまだ症状が続いているから、つねに気持ちに余裕がない。いろんなことが難しなったんです。やから過去の自分に「簡単じゃん!」って言われたら「うっせえわ!」って思うんですよ。
お前におれの気持ちがわかるかい、って。
つまり、誰かにとっての「簡単じゃん」が他の人にとっては「簡単」じゃないっていうシーンをいろんなところでみてきたな、というか自分がこれまでしてきたなって思うんです。
仕事をしてても、「あなたは他のことはうまくできるのに、なんでそこだけはそんなできへんの?」みたいなことってあるじゃないですか。で、僕は「あなたなら簡単じゃん!」って言ってしまってたんですよね。言い方は違っても。メッセージとしては。
でも、今になってまざまざと痛感するんは、ふつうに見える人のなかにも、「他人には簡単でも私には簡単じゃない」ってことはあるんですよ。
鬱になった今の自分にはそれがよくわかるんですよ。
娘にしても、なまじ言葉が達者になってきたから
「Aでしょ、AじゃなかったらBでしょ。どっちかやん!やりいや」
っていう感じにけっこう理詰めで怒ってたりしたんですよ。基本、マッチョ思考やから。
でも、今の僕以上に娘なんかまだまだデコボコがあるわけやねんから、「持って帰るものを減らす」という行為が、「他人にとっては簡単でも私にはそうじゃない」っていうカテゴリーに入るものやってことはあるわけですよね。
大事なのは、「その人の全体像をみたら簡単にできそう」ってことで。なんでも不器用みたいな人にはそんなこと思わない。
でも、人にはそれぞれ、周りからみたら意外に簡単そうで、難しいってことを抱えてるもんなんで。
それを正論で詰めたところで、それが理屈としては正しいことは本人やってわかってるんですよね。やから黙ってしまう。黙らせた方は勝ったと思ってるんですけど、それってほんま傲慢なんですよね。
外から見てその人に「これはできるやろう、みんなできることやし」って勝手に押し付けるんって、よっぽどのことがないかぎりやったらあかんのですよ。
その人はもう十分に自分の「できなさ」を理解してる。
「みんなからみたら簡単なことが私にはなんでできへんねや」ってふがいなく思ってる。
そこに、マッチョなスタンスで、これが正解やって押し付けてもそれはその人を追い詰めるだけなんですよね。「自分を大事にする気持ち」を削っていっちゃうだけなんですよね。
いや、これ僕サラリーマンやったときめちゃくちゃしてたやろうな、って今めっちゃ反省してます。今、自分ができることが激減したからわかるけど、そうじゃなかったから、ずっと傲慢でしたね。
「Aでしょ、AじゃなかったらBでしょ。どっちかでしょ!」
「いつやるの?今でしょ!」
みたいなことめっちゃ言ってもうてたなあ。振り返ったら僕だって苦手なことだらけやったんですけどね。しょんぼりですわ。
「簡単じゃん!」っていう言葉って結局「自分には簡単だよ」ってことですよね。
自分の基準を相手にも投影してるだけなんですよね。
今日帰ってきたら娘にも「ごめんね」って言おうと思います。
「よく考えたら、お父さんもできそうなのにできへんことばっかりやったわ」って。
はー。ままならんですねえ。「簡単じゃん!」っていう強い理屈をぶつけてしまうときって、その人にも余裕がないってことですからねえ。
やから、これ聞いて「私もやっちゃってるな」って思う人もいると思うんですけど、僕のポリシーは
「どんな人間も余裕がなければダメ人間」
なんで、あんまりダメな自分のことも責めずに、まあのらりくらいやっていきましょう。
それでは、今日のままならジオはここまで。この番組は一緒に考える、をやりたいんで、質問・感想もフォームから募集してます。
僕が主催している、「ちょいムズ本を、仲間と読み切る」オンライン読書プログラム「問い読」と一緒に、詳細を概要欄に置いておきます。
井上慎平でした。
ほんじゃあ、また。
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