はい、始まりました。 ツナギメエフエムの第166回です。
ツナギメエフエムは、IT勉強会コミュニティ繋がりの方々を ゲストに迎えて雑談するポッドキャストです。
まずは、Xのハッシュタグについてお知らせです。 ハッシュタグはカタカナで、ツナギメエフエムです。
投稿をお待ちしています。 今回のゲストは、島田さんです。
それではまずは、自己紹介をお願いします。
はい、島田と申します。 この番組を聞きの方には、あまり多分馴染みがないかもしれないんですが、
Rubyコミュニティ、一般社団法人日本Rubyの会の理事をしていまして、 あと札幌で株式会社にしていくという会社の代表をしております。
たくさんの方々には、どちらかというと技術書籍の翻訳の仕事として 知っていただいている方が多いのかなと思うんですけども、
今日はちょっとゲストで呼んでいただいて光栄です。 よろしくお願いいたします。
はい、よろしくお願いします。
はい、今回ですね、島田さんをお迎えして、 Rubyのコミュニティとかですね、島田さんが関わられている、
先ほども言っていただきましたけど、 書籍のことだったりついてお話を伺っていこうと思ってます。
はい。
島田さんとはですね、出会いというかのところなんですけど、
福岡Rubyスト会議04の懇親会で、 背中合わせの席だったかと思うんですよね。
そうですね。
で、なんか懇親会の終盤あたりでお話をちょっとさせてもらって、 それが最初の出会いかなと思うんですけど、
で、その後に今年のRubyスト会議、 福岡Rubyスト会議05と、
あとフロントエンドPHP関わりそう北海道でもお会いをして、
で、その場でですね、そのフロントエンドPHP関わりそう北海道の場で、
Podcastの出演のお願いをさせてもらって、 今日に至る感じですかね。
いやもう本当、今日出ていただいて本当ありがとうございます。
はい、こちらこそ。
いつも聞かせていただいているので大変。
いやもうそう言っていただけるとめちゃくちゃ嬉しいです。
あれですかね、福岡Rubyスト会議04を取ったあたりぐらいから 聞いてもらっている感じですか。
そうですね、あの時にRubyコミュニティの方々が多いのかなと思って、
参加して懇親会でしたら座って話聞いてみるとPHPの方なんだっていうのと、
あとPodcastをやられてるんだっていうのを聞いて、
で翌日に多分もうリストになって聞きながら帰った記憶があります。
めちゃくちゃ嬉しい、ありがたい。
僕もいろんなコミュニティに顔を出すようになるべくしていて、
あの時は福岡のRubyコミュニティの 尋禄さんと宇沢さんを応援のために行ったんですけど。
確かその前、番組、それの次の時かな。
尋禄さんとかが出てる回とかも何回かありました。
そうですそうです、その04の直前に取らせてもらって公開をしたら
マットさんがたまたま聞いてくれる。
翌日にそれを聞いて、福岡で帰る前に、
その福岡Rubyスト会議終わった後だけど、
つなぎめいふみ聞いて、こういう会があったんだっていうのを聞いた記憶がすごい記憶に残ってます。
あの時生活発表会ですよっていうのを、
Rubyスト会議04はどんな会ですかって話を尋禄さんに聞いたら、
生活発表会なんですよみたいなこと言われてて、
じゃあだったらマットさんが発表内容を変えたみたいな話をされていましたね。
いい話です。
マットもリスナーなんですもんね。
いやわかんないですよ、単発だけだと思うんですけど。
みんな言うんですけど、きっとあの単発だけを聞かれてるんじゃないかと思うんですけど。
素晴らしい。
そうなんですよ、そんなことがありましたね。
っていうのが出会いのところかなと思うんですが、
実際中身に入っていきたいと思うんですけど、
そうですね、最初に経歴的なところの話を聞きたいなと思ってまして、
エンジニアになられてどれぐらいになるのかなっていうところと、
あとエンジニアとしてなったきっかけみたいなところを聞かせていただけると嬉しいなと思ってます。
ありがとうございます。
エンジニアになったきっかけっていう原点っていうのは結構難しい質問だなと思いながら、
伝えようと思うわけですけども、
大体2001年度に新社会人というか、最初の会社に入ったので、
大体25年ぐらいの一応キャリアはある。
1年目から一応システムエンジニアという形で業界に入ったので、
ちょうど25年ぐらいなのかなと思います。
とはいえ、大学の情報系なんですけど、あんまり褒められた学生ではなかったので、
よくわからないままこの業界に入ってきているので、
エンジニアになったっていうのは多分最初の会社に入ったよりも、
ずいぶん後のほうが後だなという感覚があるんですよね。
で、思い出しながらしゃべっていくと、
最初の会社で新人研修があったんですけど、
そのときの講師の方が結構年を召された方だったんですけど、
新人研修中におすすめの本みたいなので、
リーナストーパルズのそれが僕には楽しかったからみたいなやつを、
めっちゃ面白いから読んだ方がいいよみたいなのを勧めてられてて、
帰りの本屋さんで読んでみたら、
当時よくわからないまま業界に入って新人研修してるから、
全然イメージついてないんですけど、
リーナストーパルズがリナックス楽しそうに作って、
世の中が変わっていく様子みたいなやつを見て、
これはすごい面白そうみたいなのが一番最初の原体験というか、
全然その段階では自分はエンジニアと言えるような状態ではないんですけど、
なんか楽しそうみたいな雰囲気をそこで教えてもらえたかなと。
とはいえ全然できない学生で全然できないまま入ったので、
新人研修中も本当にできなくて、
組み込みの一応ソフトウェア会社だったんですけど、
全然新人研修中のテストとかでも0点とか取ってて、
この業界できていけないんじゃないかって思って、
一応僕あれなんですよね、
札幌の人っぽい風をよそっとしてるんですけど、
生まれも育ちも神奈川県川崎市で、
当時カーモイン、今もカーモインにあるのかなにある大手メーカーのソフト会社に入って、
ずっと横浜神奈川近辺で過ごすプランだったんですけど、
なぜか札幌になると。
なぜ札幌になるかってあまりにもできなすぎたので、
もう生きていけないんじゃないかと思ってて、
配属前面談みたいなのがあって、
いろいろ希望を聞いてくれるタイミングがあったんですよね。
その時に、とにかく自分はできない人間だから、
一番厳しい現場に配属させてくれと。
そしたらきっとやる。
そうなったら多分やると思うんですけど、
一番厳しい現場が札幌だったみたいな感じで、
札幌生活が始まりっていう感じなんですよね。
新人研修中もだからわからなくて、
ほぼ同期にいろいろ教えてもらいながら、
それもすごい良かったんですよね。
最初からチーム開発というか、
周りの人たちに助けてもらいながら、
結構コミュニティの現体験な気もするんですけど、
自分が詳しくなくて、とにかく聞いて、
いろいろ分かっていくみたいなので、
手張りついていくみたいなのが新人研修であって、
配属された後も同期に勉強会とか開いてもらって、
プログラミングとか教えてもらいながら、
ちょっとずつプログラマーとしての自我が芽生えていって、
みたいなのが過程なのかな。
その時に結構大変な仕事だったんですよね。
大変な仕事だった中で同期とかとこういうのを勉強したら、
私たちの生活は良くなるかもしれないので、
リファクタリングの本を読書会してみたりとか、
エクストリームプログラミングについて学んでみたりとか、
そういうのがエンジニア、プログラマー、ソフトウェア開発者としての、
割と現体験としてあるかなと思います。
最初厳しい現場だったのかもしれないですけど、
研修の時にLinusの本を勧めてもらったりとか、
同僚の方とそういった本、リファクタリングとかの本を読んだりとかするっていうのは、
非常に良い経験ですね。
ありがとうございます。これだいぶ上積みなので。
なかなかないんじゃないですか。
綺麗なところだけを救うとこう、
いやでも恵まれてたと思います。
同期の人がだからセレクトしてくれるこういうのを一緒にやった方がいいよって思ってきて、
一番最初は当時ちょうどオブジェクト思考プログラミングとかが流行りというか、
どんどん来ているときで、
組み込みのところには全然来てなかったんだけど、
こういうのが今業界で流行っているみたいなので、
リファクタリングで勉強して、かっこいいみたいな。
リファクタリングに出てくる検討ベッドとか、
検討ベッグがかっこよくて、
検討ベッグが書いたエクストリームプログラミングがかっこよくて、
みたいな感じですね。
めちゃくちゃいいじゃん。
僕も経験的にですね、
一年違いなんですよ。
最初に受託開発の会社に入ったんですけど、
全然そんな島さんみたいな感じではなく、
ずっと厳しいみたいな。
厳しさ。厳しさ島になるとダメですね、僕らの世代は。
そんなこと教えてくれる人なんていなかったんですよ。
それはそういうね、大変でしたよね、私たちの世代は。
そうですね。
だからちょっといいなって思っちゃいました。
ありがとうございます。
結構恵まれてはいてありがたいなと思ってますね。
先ほど話の中で組込み系みたいなことを言われてたと思うんですけど、
そこからRubyを触るきっかけっていうのはどういった流れになるんですか?
ありがとうございます。
最初の会社は組込み系で、
最後に携わっていたのは結構大きい仕事というか、
組込み系というか柄系のソフト開発なんですよね。
柄系って多分ご記憶にあると思うんですけど、
カレンダーアプリとかメモ帳アプリとかToDoアプリみたいなのが
たくさんあるやつがあって、
それを当時ちょうどLinux、組込みLinuxが
柄系とかにも入ってきてて、
Linux上で動くいろんなアプリケーション、
それまではリアルタイムOSっていって、
みんな無限ループで回ってて、
イベントを取って処理をするみたいなところから、
ちゃんとプロセス間通信でいろんなアプリが動き出すみたいな、
ちょうど切り替わりのところで、
そこのちょうど切り替わりのタイミングで、
もともと動いてたようなアプリケーションたちを
組込みLinuxの上で上手に動かすようなアプリケーションフレームワークを
作るみたいなのを結構最後の仕事としてしていたんですけど、
これがまた中、それまでずっとCでやってたのが
C++になってオブジェクト思考言語でやるとか、
もう今はあまり聞かなくなっちゃいましたけど、
ラショナル統一プロセスっていうのでやってみようとか、
いろんな新しいチャレンジをしてやったんですけど、
結構難しくて、難しかったなって言ったまま、
その最初の会社を辞めて、すごい挫折経験があったんですよね。
で、挫折経験を味わった後に、
当時一旦フリーランスになろうっていうか、
もう会社に属せない体じゃないとなったんですかね。
一旦フリーランスになろうと思ってフリーランスになったんですけど、
先ほど言った通り島田は地元が札幌でも何でもないけど、
札幌で会社辞めてフリーランスになって、
あれ、仕事って出て取るんだっけみたいな、
仕事って誰からもらったらいいんだっけみたいな感じで、
全然仕事がなくって、ずっと本屋さんに行って、
技術書を読んで資格の勉強をしたりとか、
ずっと本屋さんに入りに行ったりみたいなことをしてたんですけど、
その時にちょうど平積みになってたのが、
NailsによるAgile Webアプリケーション開発の最初の半。
Nailsがちょうど人気になってくる時ですね。
それをパラパラパラってめくったら、
Webとか全然やってなかったんですけど、
すごい、こんなに綺麗にアプリケーションが作れるフレームワーク、
じゃあ一体何なんだっていうか、
こんな風に作りたかったんだけど、
なんでこれできて、どうなってんのみたいな感じで、
読むのが止まらなくなっちゃって、
ずっと本屋さんで2時間ぐらい立ち読みして、
でも興奮冷めやらんで、
ちょうど平積みで横にピッケルボン、
プログラミングRubyのピッケルボンと、
ちょうどオウム社で両方出てた時だったので、
両方買って帰って、
どんどんこれで開発したいとか、
こういう風にプログラミングしてみたい、
こういうのを作ってみたいみたいなので、
美しさとかに触れて感動した、
みたいなのが一番最初なんですね。
その後さらにRubyっていうのもさらにすごいというか、
Rubyの手触りみたいなのもすごい、
こんな綺麗な心地よいインターフェースで、
プログラミングさせてもらえるんだみたいなので、
どんどんハマって、
これはやばいみたいになっていったのが、
Rubyリストになったきっかけなので、
普通の人と違う経路を辿ってるような気もするんですね。
それが一番最初のきっかけなんですけども、
今ご縁があってというか、
ちょうど島田が恋に落ちたきっかけである、
Rubyピッケルボーンの新しい版の翻訳を、
今角谷さんと一緒に頑張っているっていうところも、
巡り合わせというか、
ちょうど円館が回るような感じがあって、
頑張ろうと思っているところでした。
なるほど、そこが繋がっているのやばいですね。
ありがとうございます。
僕はプログラミング言語、
いろいろ書いたりするんですけど、
Rubyを書く方がよく言うのが、
書き味が気持ちいいっていうことをよく聞くんですよ。
僕は全然その感覚わかんなくて。
Rubyストラからよくそれ言うんですよね。
Rubyは書いてて気持ちいいって言われるんですけど、
どういったところが良いんですか。
これはなかなか一口に説明するのが難しいし、
多分に主観的なところがあると思うんですけど、
なんていうか、
うまいこと、
言いたいことが言える感じっていうのがあって、
それまで自分がやってきたプログラミング、
C言語もそうですし、プラパラもそうなんですけど、
向こうの都合に合わせて、
自分の言語じゃないもので、
一生懸命物事を組み立てている感覚があったんですけど、
Rubyでプログラミングするようになったら、
思った感じのまま書いていくと何となく動くみたいなのがあって、
そうそう、こういうことを言いたかったみたいな道具が、
どんどん出てくるというか、あるみたいな感じなんですよね。
その書き味というか、
馴染む感じがあって良かった。
馴染むだけじゃなくて、
例えばブロック、Rubyの特徴的な文法で、
ブロックみたいなのもあるんですけど、
そういうのって割と関数型言語っぽいインターフェースというか、
手触りがあって、
オブジェクト思考言語からちょっと外れるというか、
自分の心地よい中にいつつ、
ちょっと違うところも学んでいけるというか、
Rubyでブロックをたくさん使ってプログラミングしていくと、
そういう関数型言語っぽい手触りについても、
そういうことかって教えてもらえるような感覚があるみたいな、
不思議なんですよね。
手触りもいいし、教えてもくれるみたいな、
すみません、Rubyが好きなというよりは、
別に他の言語が嫌いとかも全然なくて、
他の言語は他の言語なりの書き味とかそういうのもあって、
そういうのも好きなんですけど、
自分にとってはRubyが一番しっくりきたなというのが、
あったという感じなんですよね。
さっきも言いましたけど、
Rubyを触っている人はそういうことをよく言われるんで、
どういったところなんだろうなとお聞きした次第です。
全然伝わらない。
多分伝わらないと思うんですけど。
ありがとうございます。
お仕事の話を聞きたいんだけど、
ちょっと先にコミュニティ活動の話を聞こうかなと思ってまして、
最初にそういったコミュニティに入ったのは何が、
どれが最初だったりとかしますか。
いろいろなところに顔を出しているというか、
いろんな顔があるんですけど、
一番最初はRuby Sapporoで、
さっきのお話の延長線上にあるんですけど、
フリーランスになった後にRubyめっちゃすごいってなったんですよね。
なったんですけど、
それまでは会社に属していたので、
会社の中でこういう技術すごいっていう場があったんですけど、
フリーランスになって特に仕事もないような状態で、
この技術面白いんだけどっていう人が誰でもいなくて、
このテンションをどうしたらいいんだろうって思ってたときに、
ちょうどまだ勉強会ブームとかのちょっと手前ぐらいで、
そんなに勉強会みたいなのがなかったんですけど、
オープンソースカンファレンスっていう、
オープンソースの集まりみたいなのは各地で行われていて、
北海道でも前の2005年、2006年、2005年とかから、
その前進もあるんですけど始まっていて、
それの2006っていうのにちょうどそのタイミングであるから、
RubyのちょうどRailsのセッション、
マスイードライブさんとかがRailsの5分で作るブログみたいなやつの、
話題のセッションみたいなのをやってくださってたり、
Rubyの会のブースが出てるみたいなのもあったので、
参加してみたら、
美術コミュニティっていうのがあるんだなっていうのがわかったので、
で、Rubyの会は当時任意団体として存在していて、
メーリングリストがあったので、
札幌でRubyの勉強会してみたいんですけどっていうのをメールしたら、
したらいいんじゃないって言われたので、
Ruby札幌っていうコミュニティを始めるっていうのが、
一番最初のコミュニティ。
だから不思議なんですけど、
コミュニティに参加したことがなくて、
最初から作ってるっていうような感じなんですけど。
最初に。
それもすごい。
やり始めてしまってから、
自分は何を始めたのかっていうのを学んでいくみたいな感じなんですよね。
で、これも最初の新人研修の時と全く一緒で、
Rubyすごいっていうのを言いたいがために始めたら、
札幌にいるたくさんの詳しい方々が初回から集まってくれて、
僕はただ単に初めて出会って興奮してるだけなので、
全く詳しくないわけですよね。
詳しい人がそれはねって言って、
いろいろ教えてくれるっていう勉強会として、
Ruby札幌、Ruby勉強会札幌っていうのが始まって、
そこで、しかもそういう方々、たくさんキャリア集まって、
Rubyだけじゃなくって、スモールトークに詳しいとか、
いろんな言語に詳しい、計算機科学に詳しいみたいな人たちが、
Rubyがこうなってるバックグラウンドみたいなことを、
機器としてしまだに教えてくれるっていう感じの場所なので、
しまだが教わってるのを他の詳しくない人も見て、
学ぶみたいな、ちょっと不思議な勉強会っていうのが、
ずっと2006年の末ぐらいから始まって、
2012年ぐらいまで活発にやっていたっていうのが、
最初のRuby札幌のファーストシーズンというかになっている感じですね。
去年ですかね、活動再開というか、アーティストみたいですけど、
なんか再開されたみたいなんですけど、これ何かきっかけがあったんですか?
はい、ありがとうございます。
これがコミュニティ運営をやられている方だと、
みんな継続性みたいなのは結構悩まれるところかもなとも思うんですけど、
しまだたぶん漏れずというか、
2006年にまずよくわからず始めた後に、
このコミュニティ運営ってどうしたらいいんだろうって始めた後に
考えて、当時は、今は全部A字でRuby会議ですけど、
当時は日本Ruby会議っていう、Ruby会議のファーストシーズンの時期で、
日本Ruby会議っていうのがあったんですよね。
そこで当日スタッフを募集していて、
ここに行ったら実地でコミュニティのことが学べるかもしれないと思って、
当日スタッフで応募をして、東京に行くんですけど、
そこで日本Ruby会議に参加したらそれがすごいよくて、
こんなすごいもんなんだっていうのを浴びてですね。
たまたま同じく札幌でRuby札幌に行ったしだらさんって、
その後一緒に会社やることになるパートナーなんですけど、
しだらさんも当日スタッフで日本Ruby会議2007に参加していて、
2人でスタッフ打ち上げ終わった後始発か何か待ちながら、
札幌でもこういうのやりたいねみたいなのがあって、
それで一旦Ruby楽しいって言って始めた勉強会から、
札幌でそういうRuby会議みたいなことをいつかやれるようなコミュニティみたいな、
こういうのやりたいみたいなのが2007年でできてですね。
ずっと小さい地域Ruby会議みたいなのをやりながら、
徐々に大きくなっていってですね。
ファーストシーズンのRuby会議が2011で終わって、
セカンドシーズンのRuby会議っていうのが2013から始まるんですけど、
2012っていうのはちょうど空白の年でRuby会議がないっていう時に、
じゃああたかもRuby会議のように札幌Ruby会議をやったらいいんじゃないっていう感じで、
札幌Ruby会議2012っていうのをオフィシャルRuby会議のようにやるみたいなものをやって、
それがとても皆さんに好評を持って参加して楽しんでいただいて、
これ1個やり切ったみたいな感覚があって、
次何やりたいみたいなのが1回なくなったタイミングと、
いろいろライフステージとか会社がその当時創業した後とかで、
割と時間もなくなっていく中で何をやるかっていうのがうまく作れずに、
あと引き継ぐ引き継がないとかやめるやめないとかもいろいろ考えたけど、
あんまりうまくやりたい人もRuby札幌っていうのがあって欲しいって人もいそうだし、
でも誰かがやってくれるわけでもないしみたいな中で何となく置かれていたのが、
2012年からしばらくそういう時期、しばらくというかだいぶですね、
12年ぐらい置かれていたんですけど、
去年レイルズガールズ札幌セカンドっていうのがですね、札幌であって、
これもレイルズガールズで今でこそ日本の各地で行われてるんですけど、
これのきっかけになったのも札幌Ruby会議2012年に世界で、
そもそもレイルズガールズを始めたりんださんが札幌Ruby会議2012年に参加するために、
日本に来てくれて、そこでそれが1個のきっかけとなってレイルズガールズが始まったみたいな、
Japanが始まったみたいなのがあって、札幌でも10年前ぐらいに行われていたのが、
しばらく時を経てレイルズガールズ札幌セカンドがやるっていうのが去年あったんですよね。
そこでまだお話ししてないですけど、
オープンソースカバレンスのコミュニティみたいなところにもしまだは首を突っ込んでいたんですけど、
この後たぶん話に出てくるトミオさんとかがいるような場ですよね。
それでレイルズガールズ札幌セカンドには、
かつてのRuby Sapporoでワイワイやってた人たちもいれば、
今自分のエニシティックの会社の中で一緒にやってる人たちもいれば、
オープンソースのコミュニティでかつてやっていた人たち、今もやっている人たちとか、
あとは日本のRuby、レイルズガールズの本体は日本のRubyコミュニティなので、
その同外のRubyコミュニティの人たちがいるみたいな、
自分の中培ってきた、自分を形作ってきたもの全部と、
過去、今、未来みたいなのが全部そこに集まっている感覚があって、
すごい元気をもらって、
あと元気をもらったのと同時に、
それまではRuby Sapporoっていうものは、
自分と切り離して、
Ruby Sapporoってコミュニティと自分みたいな距離を取ろうとしてたんですけど、
そういう小賢しいことはないんだなとか、
自分はRuby Sapporoだし、Ruby Sapporoは自分だしみたいなのでいいかみたいな、
感覚になって、
じゃあやったらいいのかなと思って、
自然と体が動く感じというか、
それで再開できたっていうのがあって、
Ruby勉強会Sapporoってずっと第何回ってやってたんですけど、
それが何も言わずにしれっとカウントが上がったら面白いなと思って、
Ruby勉強会Sapporo第28回ってのが2013年の11月2日だったんですけど、
その次、29回を2025年の11月27日にやります、
前回からの続きですみたいな感じで始めて、
しれっとずっとその後やれる、
自分がやれる感じを形作りながら今やってるっていう感じですね。
すごい、すごいな。
いやいや、すごくはないです。
コミュニティと自分を同一視できないですよ、僕は。
別なんだよなって思っていて、
そこまでコミュニティに捧げるというとあれですけど、
その感覚はなかなか持てなくて、
でも自分がやらないと誰もやらないのかなみたいなのがちょっとあったりして。
そうなんですよ。
自分がやらないとやらないっていうことはすなわちそれは自分の一部だなっていう、
諦めがついたって言うとネガティブなんですけど、
全然ネガティブじゃなくて、
それでいいんだって思ったっていうのが結構大きいですね。
辞めてたらまた違う選択もあったかもしれないけど、
辞めてなくてよかったなっていう気持ちも、
今となってはあって、
うまく言えないんですけどね、まだちゃんと整備しきれてない感じはあるんですけど、
結構いい状態だなとは思ってます。
なるほど、なるほど。
いや、めちゃくちゃいい話だったな。
うまく伝えられているというか。
いやいや、とんでもないです。
ちょっと途中で出てきたんですけど、
またコミュニティの話に戻りたくて。
日本Rubyの会の話に触れたくてですね。
島田さんは今、
理事という立場でやられていると思うんですけど、
そもそもこの日本Rubyの会っていうのがどういったもので、
島田さんはどういったきっかけで、
理事になるのかみたいなところをお聞きしたいです。
ありがとうございます。
全員がお話ししてくれているんですけど、
全部つながっているんですけど、
先ほど言った日本Ruby会議2007に当日スタッフで参加したっていう話をしたと思うんですけど、
その時に一応現場リーダーみたいのでいたのが、
今一緒に理事やってるし、
翻訳も一緒にやってたりする角谷慎太郎さん、
角谷さんが現場リーダーみたいなことをやってて、
日本Ruby会議はもちろんRubyの会が主催でやっていたもので、
そこにRubyの会のコアな人たちがみんないたんですよね。
めっちゃかっこいい大人たちがたくさんいて、
もっと混じってたいと思っていうのがあって、
日本Ruby会議2008、2009、2010と、
当日スタッフじゃなくて実行委員、
運営委員長みたいな感じで、
ずっと密に関わるようになっていて、
それの中でちょうど、
当時まだ任意団体だったんですけど、
理事の改選というか、理事を交代するタイミングがあって、
そのタイミングで島田さんが入ってみないという、
声掛けをいただいて、
任意団体自体にまず理事になり、
一般社団法人化が2011年にした後も、
ずっと理事として、
携わらせていただいているという感じですね。
その理事っていうのは、
改選と先ほど言われましたけど、
歴史に変わったりとかされてるんですか?
そうですね。
変わって抜けることもあれば、
どちらかというと、
Rubyの会議って難しくて、
何て言うんでしょうね、
Rubyの会議は何をしている団体かって、
結構謎大きい団体なような気がするんですけど、
いろんなところで講演、
Rubyの、
さっきのフォーカルビースト会議とかもそうですけど、
Rubyのいろんなイベントとか何かに、
講演みたいな形で入ってたりするんですけど、
Rubyの会として、
いろんなことを積極的にやっているっていうよりは、
Rubyコミュニティが何かやるときの支えになるような、
立ち位置なんですよね。
これは何て言うんでしょうね、
難しいんですけど、
高橋代表理事の言葉を借りるとすると、
Rubyの会はなぜあるかっていうと、
Rubyがより良くなっていくっていうのが目的なんだと。
Rubyがより良くなっていくっていうのは、
基本的にはRubyのコミュニティの人たちが、
Rubyを開発しているっていうのもそうなんだけど、
その周辺のいろんな人たちの、
Rubyのコミュニティの人たちの活動もそうだし、
その周辺のいろんな人たちがRubyに関して何か活動していくっていうことが、
結果的に回り回ってRubyっていうのを良くしていくはず。
なので、
その人々の活動を支えるのが我々の役割ですっていうことを、
高橋さんはおっしゃってるんですけど、
なので、
Rubyの会がこれをしましょうっていうことはあんまなくって、
誰か、Rubyコミュニティの誰かがこういうのをやりたい、
例えばRubyist Magazineやりたいってなったら、
Rubyist Magazineのいろんなインフラを、
公演提供したり、スポンサーしたりするし、
Rubyのリファレンスマニュアルを整備したいっていう人が現れたら、
それを一生懸命バックアップするし、
地域でRuby会議、
リージョナルRuby会議がやりたいっていう人がいたら、
それを支援するし、
人の活動が最初にシュッとはしてあって、
それを支えるのがRubyの会っていって、
高橋さんは難しい回しが好きなんですけど、
Rubyコミュニティのインターフェースとか、
抽象化レジアだったり、
よく難しい説明ができないんですけど、
さっきのよくわからない説明を持ってくると、
Rubyは、
Rubyは、
Rubyプログラマーの人がプログラミングするときに、
すごい心地よい掛け味を提供してくれる。
掛け味を通してプログラミングっていうものを
やれたり教えてくれたりする。
それとRubyの会は一緒ですと、
Rubyコミュニティが何かやりたいと思ったときに、
なるべく心地よいインターフェースでできるようにするには、
例えばスポンサーとのいろんな手続きであったりとか、
公的な立場が求められるなとか、
そういったところのインターフェースとか、
レガシーとか結構難しいインターフェースみたいなのを、
なるべく抽象化して、
心地よくてやりやすくするためのインターフェースとして、
Rubyの会っていうのはあるんだっていう話があって、
そういう役割なんですよね。
なので、
話を戻すと、
Rubyの会の例えば理事みたいなのを増やすっていうときには、
そういった新しいことをやりだしている人たちの中には、
と話をできるようになりたい、
ってなるわけです。
新しい人が新しいことをやりだしたときに、
そういう人たちとスムーズにコミュニケーションを取れるといいなと、
新しい人たちの中から理事にやってみませんか、
っていう声をかけて理事になってもらったり、
みたいにして新しい人が入ってくれたり、
いろんな事情で理事続けるのが難しくなる人が出てくれば、
交代するし、
その辺は普通ですけどやっているって感じですね。
福岡Rubyist会議の中でも、
オープニング直後だったと思うんですけど、
どんなことをやってるんですよ、
みたいなことは軽く説明はされてたと思うんですけど、
改めてどんなものなのかなと思ってお聞きした次第です。
あと、
多分あんまり他のコミュニティになくて、
一応今Rubyの会としては大事かなと思っているのは、
コード規範、
コードブコンタクトみたいなやつを、
ちゃんと読んでくださいとか、
困ったことがあったら相談してくださいって言っていて、
というのも、
大きいカンファレンスだったら今時だとみんな
コードブコンタクト構えていたりすると思うんですけど、
大きいカンファレンスだったら今時だとみんな
結構大変じゃないですかね。
実際に出来事が起きたときって、
みんな本当に対応できるのかみたいなのは、
本当に難しい問題だなと思っているし、
大きいところでしか起きない話かっていうと、
そうでもない。
もしかしたら日常的なコミュニティ勉強会とかの場で、
そういうことが起きたというときに、
相談するところがない。
なぜならそういう小さいコミュニティで、
そういう問題が起きたときに、
誰にも言えないって言って、
Rubyコミュニティを去ってしまうみたいなのも悲しいとか、
あるいはカンファレンスとかのコードブコンタクトはあっても、
参加者の人のコードブコンタクトはあるけど、
カンファレンス運営する人たちの中で何か起きる可能性もあるじゃないですか、
みたいなのがあって、
いろんなレイヤーでいろんな人の問題っていうのが、
コミュニティ活動をしていると起きがちで、
そういうのの相談を受ける。
困ったら何か相談してねっていう窓口があるよっていうのを、
伝えたくって、
私たちも別に専門家ではないので、
スムーズに解決できるっていうよりは、
一緒に問題解決の方法を探るっていう形には、
どうしてもなってしまうんですけど、
そういうことを伝えたくって、
地域Ruby会議って結構そういう、
いろんなところで直接声を届けられる場なので、
ああいうところに顔を出して、
Rubyの会ではこういうことをやっていますっていうのを、
熱心に最近やるようにしていたっていうのが、
いろんな人が出てきている理由にもなって。
なるほど、コードブコンタクト難しいですね。
難しいと思うんですよね。
掲げてはいるものの、
おっしゃられた通りで、
ことが起きたときにさあどうするかなみたいなのは、
よくあるんですよね。
よくあるわけではないけど、
悩むシーンはあるなと思いますね。
大事なことは分かっているんですけど、
難しいところでもあるなと思います。
Rubyの会議、
Ruby会議が多分日本のイチョウカンファレンスの中でも、
一番初期の頃からコードブコンタクトとかを駆け出していて、
なので、
一番いろんな問題も起きているというか、
表面化していて、
悩んできたっていう歴史があるので、
これは大きいカンファレンスの、
あの時だけじゃない場所でもいろいろ起きやすい、
何かあるっていうのはなんとなく感じていて、
コミュニティのみんなが健全に、
コラボレーションできるまであったらいいなっていう、
気持ちがあります。
お願いします。
日本Rubyの会議のお話が聞けたので、
すいません、いろんなあちこち。
いえいえ、とんでもないですよ。
まとまりのない人生を送ってきて。
本題に行きましょうか。
これまでも本題だったんですか?
ずっと本題なんですよ。
本題中の本題ですよ。
書籍の話に入っていこうかと思います。
今回、
下田さんにお話を、
こんなことについて伺おうと思ったとき、
僕、力不足だなと思ったので、
いやいやいや。
僕の知人である、
リードラインFMを運営している、
金城さんと源永さんにお願いをして、
なんと。
下田さんに聞きたいことを集めてもらっていいですか?
みたいなことを。
ほぼリードラインFMじゃないですか?
2人にいろいろ質問を出してもらったんですよ。
ありがとうございます。
それを僕が代わりに聞くという。
喜んで。
まず、源永さんからの質問で、
翻訳のお仕事を始めたきっかけっていうのは、
どういったことなんでしょうか?
そうですね。
全てにおいてそうなんですけど、
始めてから始まってしまったみたいな感じなんですけど、
先ほど、
日本ルビー会議2007で、
角谷慎太郎さんっていう、
お師匠さんみたいな人と出会うんですけど、
角谷さんにフックアップ。
当時、角谷さんはアジャイルプラクティスとか、
アジャイル侍がその後ぐらいなのかな?
JavaからRubyゲーとか、
結構翻訳、簡訳のお仕事をされていた時期で、
多分角谷さんのところに来た仕事なの、
どうですか?って言われた仕事だったと思うんですけど、
プロダクティブプログラマー。
ソフトウェアアーキテクチャの基礎とか、
ずっと翻訳しているんですけど、
ソフトワークスのニール・ホードさんの
最初の書籍であるプロダクティブプログラマーの話が、
角谷さんのところにあったんだと思うんですけど、
これ島田さんっぽい本だから、
島田さんがやったらいいんじゃない?みたいなので、
雑に誘ってもらって、
当時全然翻訳の実績とかがあるわけではなかったんですけど、
来たらやるしかないじゃないですか。
当時はでも翻訳の実績もないので、
簡訳っていう立場でそこにまず伝わらせていただいて、
これがちょうど30歳ぐらいの時なんですよね。
ここはだいぶ空いて、
そこからしばらく翻訳の仕事とかがあって、
2016、2017年ぐらいの時で、
先ほど言ったように一回Ruby Sapporoも落ち着いて、
当時日本、Ruby会議のスタッフとかも
一回引っ込んでたタイミングだったんですよね。
もうすぐ40代っていうタイミングで、
30代は外に出ていろいろコミュニティ活動してるのが
中心だったけど、
40代、何か押し据えて1個やろうと思ったら
何がいいかなみたいなのを考えたときに、
自分は最初のRailsの本、
ピッケル本とかもそうだし、
リファクタリングとかXPの本とかもそうだし、
書籍に助けてもらったなっていう気持ちがあって、
翻訳っていう仕事をちょっとやってみて、
オンオクリというか、
これだったら別に外にアクティブに出ていかなくても、
業界にオンオクリ、恩返しができるかなっていうので、
翻訳ちょっとご小声でやってみようかなというのは
1個あってですね。
そのときに、
一応いろいろリサーチしてというか、
目の前の現場の困りごととか見てたときに、
ちょうどリーダーシップについて悩んでいた時期だったので、
エラスティックリーダーシップという書籍を見つけて、
これ日本で紹介したら喜ぶ人いるんじゃないかなと思って、
企画をライリーさんに持っていったら、
やっていいよっていうことになって、
それで久しぶりに翻訳の仕事をさせてもらって、
そこからそれで結構好評をいただいたっていうのもあって、
次のお仕事もいただけるようにとか、
こういうのを訳したら、
企画で持ち込みでさせてもらったっていうのもあったと思うんですけど、
こういうのもどうですかみたいなのも話しやすくなって、
それから毎年1冊ぐらいのペースで仕事させていただけるようになって、
一応40代、もうすぐ50代を迎えようって、
だいたい20年ぐらい翻訳の仕事に結果になったみたいなのが、
きっかけというか経緯というか、
ここみたいな話ですかね。
原著を読む習慣というか、
あと英語へどういった影響を受けたのか、
そういったスキルというか、
翻訳の仕事はされたことがなかったと思うんですけど、
そのあたりのスキルってどうやって身につけたんですか。
やりながら。
全部やりながら、
やってから自分が始めたことは一体何なんだろうって、
それをもっと上手にやるにはどうしたらいいんだろうっていう、
実際の目の前でやったことに対するフィードバックが、
一番学習がはかどるというか、
自分ができていないことがはっきりするし、
これをやったら効果が出るとかもはっきりするんで、
っていうのは言い訳ですけど、
あまり感じていないシーンというか、
初めてから考えてっていうのがありますかね。
その時もどんな本を日本に紹介したらいいかっていうので、
最初にすごいたくさん読んで、
リサーチしてっていうのが一個きっかけになって、
そこから割とたくさんザッピングするというか、
いろんな本を読んでいく。
あと恵まれているというか、
当時のRubyコミュニティの角谷さんはじめ、
いろんな人たちがそういう、
現状で何か良さそうなものが出ると、
それで盛り上がるみたいな感じのコミュニティの空気を感じていたので、
そういうのも多分多分に影響を受けているかなと。
次の質問もげんえんさんなんですけど、
海外と日本で共通することもあれば、
独自の文化があると思いますと。
でもその中で、
ただ本に書かれている文章を訳するだけでは日本の読者に伝わらない、
みたいなこともあるかと思うということで、
その翻訳の仕事の中で、
その文章だけでなく、
その本に書かれた背景とか、
原著者の文脈をどう翻訳しているのか、
みたいなところを知りたいですという質問が来ています。
これは難しくてですね、
翻訳について勉強すればするほど難しいんですけど、
留派というか、これまでの翻訳っていう仕事についてのスタンスっていくつかあって、
原文が透けて見えるように翻訳するのが良い翻訳だっていう人たちもいるし、
それって基本的には英語の通りに翻訳するので読みにくいというか、
難しいんですよね。原文が分かっている人が読む翻訳みたいな感じじゃないですか。
っていうのと一方で、読み手のことを考えて、
読み手に伝わるように翻訳するのが翻訳だっていう人たちもいる。
島田どちらかというと後者の方が良いと思っているとか、
伝わらなかったら意味がないと思っているので伝えたいと思うんですけど、
とはいえ、出過ぎるのは、
翻訳者はあくまで翻訳者なので、
出過ぎるのも良くないなっていう難しい中で、
訳文を工夫したり、訳中でケアしたり、
みたいなのを工夫しながらできる限り伝えようとしているけれども、
難しいですよね。
NIMMとかシェイクスピアの話とかスタートリックの話とかたくさん出てきたり、
みたいなのは分かりやすいからいいんですけど、
組織的な話とかもあったり、文化的な話もたくさん出てくるので、
結構難しいなと思いながら、
あと私自身が分かっていないこともたくさんあるっていうのもあって、
難しいなと思いながらやってます。
NIMMの話とかすごい難しいですよね。
難しいですよね。
あと説明するのが野望だったりする場合もあって、
はいはいはい。確かに確かに。
説明したら台無しじゃんみたいなのもあったりするから、難しいなと思うんですね。
先ほど役者が出過ぎないようにみたいな話をされてましたけど、
次もげんえさんの質問で、
ちょっとですね、回線トラブルがあったんで再開をしています。
次の質問のところからなんですけど、
役者跡書きっていうのがあると思うんですけど、
サリンジャーっていう小説家の方は、
役者跡書きを追加するのを禁止みたいに、
そういったことを禁止している作家さんもいらっしゃいますと。
役者跡書きっていうのを書くっていうのは、
元の作品に対して過失をして、
役者跡書きも含めて、
商品として日本の方に届けるみたいな形になると思うんですけど、
なのでその役者跡書きって文章を書くって、
文章を書く以上にすごくとても難しい仕事なんじゃないかなっていうことを、
げんえさんは思われていて、
島屋さんの中で役者跡書きっていうのはどういったもので、
書く際に気をつけていること、
意識していることとかがあれば教えてほしいですっていうことです。
はい、ありがとうございます。
これは先ほどの翻訳者はあんまり前に出すぎないようにしなきゃいけないのを逆で、
ここは翻訳者が出ていい場なので、
翻訳している間中に感じていた、
これを伝えたほうがいいだろうみたいなこととか、
あと島田の場合は、
これ読んだ後にどうしたらいいんだっけみたいなので迷うことが、
昔本を読んでいるときによくあったので、
これ読んだ後はこういうところに向かったらいいかもねみたいなヒントとかを提供できるような場として、
読者の人と直接翻訳者として対話できる場所なので、
大事だし難しいんですけど、
でもこれがあるから直接つながれるというか、
場所としてすごい大事に使わせて書かせていただいているっていう感じですかね。
なるほど。ありがとうございます。
はい、では続いて金城さんからの質問なんですけど、
金城さんは過去にですね、
翻訳レビューっていうのを2回参加させてもらっていることがあるらしくて、
金城さん的にはものすごく良い経験になって嬉しかったらしいんですけど、
島田さんのホスピタリティに感動しましたっていうことなんですけど、
その反面準備というか、
環境を提供するのにすごい大変なんじゃないかなって思われてるんですけど、
その辺の難しさというか、工夫していることとかみたいなところもお聞きできればと思います。
ありがとうございます。ホスピタリティがあるかどうかは全然自信がなくて、
逆にそのラーマニエ中の役を読ませて、
なんか怒らないといいなと思いながらやってもらっている感じなんですけど、
でもこだわりというか大事だとは思っている。
毎回ボランティアの人を募集してレビューアーに入ってもらっているんですけど、
なぜかというと翻訳プロジェクトって割とソフトウェア開発と同じだと思ってやっている節があってですね、
割と最初に最小限のリリース可能な状態、
実際にはたくさん指摘が入るので全然リリース可能な状態ではないんですけど、
それでも一応最後まで翻訳して、最小限のリリース可能な状態を作った後で、
何週もイテレーションを回しながらそれを磨いていくというか、
フィードバックループを回して、より良く磨いていくというのが基本的なプロセスだと思っています。
その時にイテレーションを回す時のフィードバックが島田一人だとだんだん分からなくなってくるんですよね。
何回も読んでいるとこれでいいんじゃないかって気持ちになるんですけど、
やっぱりレビューの人に入ってもらうと全然分からないっていうのがたくさん出てくるっていうのがあって、
ソフトウェアと翻訳の違いってプロダクションリリースした後にリリースできないっていうか、
再リリースしづらいっていうか、手を入れれないっていうのがあるので、
プロダクションリリースの手前でどれだけたくさん上手にフィードバックループを回すかっていうところが、
一番の勝負どころだと個人的には思っていて、それで一人では無理なので、
たくさんの方々、いつも入ってくださるような方もそうだし、
毎回新しい、全然島田と接点がない方とかに入ってもらったり、
詳しい方に入ってもらって、いろんな立場のいろんな人に読んでもらってどう感じるかっていうのを、
指摘でもいいし、感想でもいいし、上手く言葉にできなくてもいいけど、
何でもいいので伝えてもらったことを受けたら、それを元に考えはできるので、
どうしてどうなっていたらいいのかなって、その時には割とリファクタリングに近いっていうか、
機能は変えずにより良くするっていう、さっきのRubyで上手く言うじゃないですけど、
どれだけ上手く言えるかっていうのを揉んでいけるっていうことがやるっていうので言うと、
割とソフトウェア開発だなーって思いながらやっていて、
それがだから、そんな状態のものを読んでもらってフィードバックもらっているので、
ホスピタリティーがすごい良いみたいに思ってもらえると嬉しいと思って、
大変恐縮だなとかありがたいなと思っております。
次の質問で、これは私も同じことを感じてるんですけど、
書籍のテーマがですね、カバー範囲がすごい僕は広いなと思っていて、
原状さんも同じこと思われていて、Rubyだったりとか、リーダーシップとかマネジメント、
あと設計よりのアーキテクチャーとか、いろんなテーマに対して翻訳をやられてると思うんですけど、
その領域がすごい多岐に渡ってるんで、翻訳する書籍をどうやって決めてるのかとか、
関連して普段の情報収集とかアンテナを貼り付けたりみたいな、
どんなことをやってるのかっていうのを聞きたいというふうに質問されてます。
ありがとうございます。先ほどからずっと話してきた通りでごったりの人生なんで、
いろんなトピックが自分の中にはあって、Rubyは完全に送り的な要素が強くて、
Rubyの本って他の言語の本もそうかもしれないですけど、
最近は全然出せない状態なので、出せる機会があればどんどん出していきたいというのがありますし、
基本的には目の前で、アーキテクチャーに関して言うと、さっきのRailsとの出会いもそうですけど、
もともと設計とかアーキテクチャーみたいなのには興味があって、
先ほど言った最初に補償性と翻訳したイラスティックリーダーシップの次に携わったのが
進化的アーキテクチャーっていう本だったんですけど、
これはすごい大事なこと書いてあると思ったんですけど、
大事なことをものすごいハイコンテキストで短い書籍で伝えてて、
しまだわりとこれ伝わると思ってたら、出してみたら全然伝わらなかったっていう経験があって、
なんで伝わらないんだろうなって考えたときに、そもそも設計の本、
日本語で読めるアーキテクチャーの本とか設計の本っていうのが少ないんだ。
当時はアジャイルとかスクラムとかプロセスみたいな本はたくさん出てたんですけど、
設計とかシステムのアーキテクチャーみたいな話の本って全然なかったので、
これはこういう本は全然足りてないんだなって思って意識的に紹介したい気持ちが強まって、
この本を翻訳したら良いのではっていうのを取るようになったっていうのが
ソフトウェアアーキテクチャーの領域ではあって、
最近はおかげさまでたくさん出るようになってきて良かったなと思っているっていうのがあります。
それ以外で言うとリーダーシップもそうだし、
マネジメントみたいなやつは基本的に目の前で、
翻訳ってありがたいことに機会をいただけて一冊出せるってなったときに、
いろんな出せない企画がたくさんあるわけで、
オライリーだけでもたくさん本が現地は出てるけど、
その中からピックアップして出すってなると、
日本語で読めない本がたくさんあるわけですよね。
その中でこれを日本語として読めるようになるって時には、
やっぱり今の日本の人たちにとって価値がある本でなければならないっていうのがあって、
そのエグザンプルとしては、
実際に自分が関わっている現場の人たちが目の前で困っていることとか、
こういうことが知りたいって思っているようなことについての本が出るといいと思っているので、
目の前の人が困っているこれについてちょうどいい本があるからこれを訳そう、
みたいなので翻訳していってるっていうのが多いんですね。
その中でそういう、今目の前の人に読んでもらったら喜んでもらいそう、
あるいはその同じ立場だった時の島田が読んだら喜びそう、みたいな感じで本を選定しているみたいな感覚があります。
年を取っていくのでバリエーションがその分増えていくようなところもあるんじゃないかなとは思います。
次の質問にも答えてもらったような感じですけど、
次の質問がミドル以上向けとかジュニアに読んでもらいたいみたいな、
書籍のレベル感みたいなのをバランスを意識しているのかなっていうのを聞かれていて、
先ほど言われたような、今現場で頑張っている人に読んでもらいたいみたいなことを考えながら選ばれているってことですね。
はい、そうです。
なるほど。ありがとうございます。
次もけんじょうさんの質問なんですけど、島田さんの翻訳した文章がすごく読みやすいと。
単純に文章を書くときに気をつけていることみたいなことはありますか?
けんじょうさん優しいから褒めてくれてますけど、全然そんなことはなくて、
皆さんに叩いてもらっているから、よくできているだけで、あんまり魔法の何かみたいなのはなくて、
本が出るまでにたくさんいろんな人に読んでもらっていただいてもらっているから、
まだまだ自分としては最初に出した状態で、あんまり突っ込みどころがない世界に行きたいんですけど、
そんなことは二度とできないという感じで、できる気がしない中で生きているという感じでお世話になっておりますという感じです。
なるほど。
けんじょうさんから質問じゃなくて感想というか、シャジみたいな感じなんですけど、
PHPカウンター室福岡2025で採択してもらったプロポーザルが、
しまわさんの本を読んで、母役レビューで読んで浮かんだプロポーザルだったらしいので、めっちゃ感謝していると。
ありがとうございます。光栄です。
あとあれですね、最近出ているシンプリシティの役者と書きがすごく良かったですということです。
ありがとうございますが言いようがないんですけど、ありがとうございます。
あとですね、これは僕からの質問なんですけど、翻訳のお仕事の面白さと難しさみたいなところを気にしたいなと。
面白さは先ほど言ったとおり、ソフトウェア開発とすごく似ているところがあるので、
仕事の仕方を再点検できるというか、価値を変えずに行動をより良くする、
役分を良くするというのをしながら、それを支えるための仕組み、CI的なものであったりとか、
イシュートラッキングみたいなことも含めて、全体的にソフトウェア開発とすごく似ているというのがあって、
これがすごい面白いというか癒される。
ソフトウェア開発プロジェクトは不確実性が多いので、ゴールが動いたりするんですけど、
翻訳の場合はやれば終わるので、必ず終わる仕事をしながら、
自分の普段の仕事の点検もできるという喜びがあるというのが面白さであり、
難しさというか、さっき言った通り、ファーストリリース後に役分に手を入れられないというところで言うと、
その難しさもあるというところですかね。
なるほど。ありがとうございます。
本のことがたくさん聞けて僕も大満足です。
公開されるとReadline Fのお二人が喜んでくれると思います。
Readline Fの方にもお邪魔できるといいですね。
そうですね。ぜひぜひ。
話がガラッと変わるんですけど、ちょっと飛びまして、
個人名がいきなり飛び出すんですが、
トミオさんとの関係性について教えてください。
トミオさんというのは、TechRamen Conferenceというカンファレンスを主催をされていて、
このポッドキャストにも出てもらったことがあってですね。
北海道に住まれてるんですけど。
有名人ですね。名人芸を持ち直した。
お付き合い長いんですか。その辺の話とか聞きたいなと思って。
そうですね。今日話した中で話してないというか、
ところどころ出てきてたオープンソースコミュニティー界隈で、
北海道、札幌、北海道と言った方がいいですね。
オープンソースカンファレンスをやっていたような人たちが中心になって、
技術コミュニティー、Rubyの界隈と近いんですけど、
地域の技術コミュニティーを支えるようなメタコミュニティとして、
一般社団法人、ローカルという団体があるんですけど、
その界隈のつながりで、どれぐらいのつながりかというと、
富岡さんはローカルがやっていたローカルデベロッパーで、
LDDっていうのを道内のいろんなところでやってるんですけど、
北海道で2012年でやったときに、
富岡さんっていうのは発掘されたと道内コミュニティーでは言われていて、
当時が北海道高台だったので、
北海道にすごい奴がいるぞみたいな、
ざわざわってなって、
翌年からオープンソースカンファレンスのLDDとかで出てきて、
富岡さんがどんどん東北を表していくみたいなところで、
接触があってとはいえ、
島田は別に富岡さんが発掘された北海道のイベントに行っていたわけでもなくて、
富岡さんっていうすごい人が発掘されたっていうのは聞いて、
実際にオープンソースカンファレンスのLDDとかを見て、
確かにすごいと思って、
新しい若い人が出てきて大変素晴らしいなって応援して見守っていたくらいなんで、
島田さんって言ってくれてありがたいなって思っていて、
どっちかっていうと、富岡さんの活躍は皆さんご存知のとおりだと思うので、
リスペクトしていて、元気で過ごしていて、
人気なっていう感じの、
別に何もないって言うと変ですけど、
親戚のおじさんみたいな感じですね。
富岡さん的にはめっちゃ慕ってるイメージがあって。
いや、ありがたいんですよ。
よくわからない。
親戚のおじさんなんだと。
久しぶりに会うと大丈夫?って言って。
それは確かに親戚のおじさんですね。
なるほど。そんな感じなんだよね。
つい最近めちゃくちゃいい写真が撮られていて。
これTATさんが撮ってくれた写真で、めっちゃいい写真ですね。
めちゃくちゃいい写真ですよ。
今お名前が出たTATさんですけど、TATさんとはどういった繋がりというか。
TATさんは、これ結構起こっていることがあってですね、
今でこそカンファレンスに学生を招待する、
学生をカンファレンスに無料で招待するみたいなのが
結構割とメジャーだと思うんですけど、
一番最初にやったのはうちの会社というか、
エニシティックだと思うんです。
2011年にやってるんですよ。
2010年からやり始めて、2010年、2011年とやって、
2011年のときの学生招待キャンペーンに応募してきてくれたのが
当時学生だったTATさんで、
それで最後のRuby会議にTATさんは行き、
Ruby会議のブログ記事みたいなのを書いてくれていて、
TATさんもすごい人なので、
こっちとしてはリスペクトしかないですけど、
なんか慕ってくださっていて、ありがたいなっていう感じでおります。
そんな繋がりがあったんだ。
学生の頃から見てると親戚のおじさんっぽくなりますよ。
確かに確かに。
立派になった。
立派になったなーみたいな。
ほんとそうですね。
皆さん立派になって素晴らしいなと思っております。
本当にお二人ともすごいんで。
今もう油が乗り切っていてって感じですよね。