エリの発見と記憶
タイトル 縫う
雨音が障子の向こうで滲んでいた。
シトシトと紙に吸い込まれていくような細い音。
木の床に静かに沈むその響きに、
エリはカーテンのふさを結びながらふと手を止めた。
背後 母の裁縫部屋
今はがらんと空気がよどんでいる。
けれど部屋の中央、
年季の入った足踏みミシンだけが、
そこに取り残されたように佇んでいた。
鉄脚は錆び、木製の天板には無数の張り傷。
だが、不自然なほど天板だけがきれいに吹かれている。
まるで誰かがそこに触れていた跡のようだった。
動かないよね。
独り言のようにつぶやいたその時、
トン、トン、トン。
部屋にかすかな振動が生まれ、
誰も踏んでいないペダルが小刻みに揺れた。
その動きに合わせて、
机の上に置かれた薄桃色の布がふわりと浮き、
また静かに落ちた。
一瞬、空気が濃くなる。
風の通らぬ室内で、
埃と雨の匂いが混じり合い、
どこか懐かしい。
けれどなお持たない記憶が、
衿の胸を満たした。
翌朝、雨は止んでいた。
衿は引き出しを一つ一つ開けていく。
糸巻、張山、メジャー。
縫い掛けのハンカチ。
そして一番奥から見つかったのは、
面紙で閉じられた古い裁縫ノートだった。
表紙ににじんだインクで書かれていた文字、日和。
見覚えのない名前だった。
中を開くとワンピースの設計図。
花模様の刺繍が入る、
どこか懐かしいデザイン。
けれどその寸法は、
誰の体にも合わない。
大人でもなく、
子供でもない。
存在しない誰かのサイズだった。
縫うことの意味
その夜、衿はミシンの前に座った。
着るためでも渡すためでもない。
ただ縫いたいと思った。
トントン。
はじめはぎこちない足取りだった。
だがペダルを踏むうちに、
部屋に少しずつ、
母の気配のようなリズムが戻ってきた。
布の裁断音。
針が貫くときの抵抗。
指先に伝わる張り詰めた糸の緊張。
それはかつて幼い衿が眠りかけた夜、
隣室からかすかに聞こえていた音と、
どこか同じだった。
母は多くを語らない人だった。
叱るでもなく、
抱きしめるでもない静けさの中で、
いつも手を動かしていた。
それはもしかすると、
泣かないための動作だったのかもしれない。
三日目の夜、
本棚の裏から切り箱が出てきた。
色あせた白黒写真と、
綿紙でまかれた小さな手紙。
日和A。
生まれてこられなかったあなたのために、
一度だけ服を作ろうとしました。
でも、最後の針を通せませんでした。
この子が生まれてくれたから、
きっといつか、
あの服を完成させてくれると信じていました。
その翌朝、ワンピースは完成した。
小さなトルソーに着せると、
そこに人が立っているように見えた。
衿はそれを抱きしめ、目を閉じた。
それは誰のものでもなかった。
けれど今、
確かにここにいた誰かの体温のような重みがある。
彼女は胸の奥に向かって小さくつぶやいた。
あなたが生まれなかったこと知らなかった。
でも、私がここに来るのをずっと待っててくれたんだね。
縫い終わるのをずっと。
ありがとう日和。
ミシンの上に畳まれた花模様のワンピースの裾が風もないのに、
とんと僅かに揺れた。
以上、本日の小説は「ヌー」でした。
この小説はAIによって生成しています。
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