<トークテーマ>

・『BOY A』でのアンドリュー・ガーフィールド

・映画の感想

・エンディングをどう考えるか

・三つの家庭について

・少年たちの対比について

・裁判のシーンについて

・「犯罪学」に関わるポイント

・「ラベリング論」「批判的犯罪学」について

・リスナーさんのポストをご紹介

・映画をふりかえって


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サマリー

イギリス映画「ボーイA」を考察しています。この映画は、アンドリュー・ガーフィールドが主演で、彼が幼少期にスパイダーマンごっこをしているシーンが印象的です。映画『BOY A』は犯罪学の視点から、主人公のジャックの成長と社会復帰を描いた作品です。詳細は以下の3つの章に分けて説明します。この映画は『BOY A』についての考察です。映画は社会復帰や犯罪学の観点から議論する意図があり、ヒーロー写真や報道の影響による社会の受け入れ方、刑罰の問題などがテーマとなっています。

00:00
皆さんこんばんは、映画フリークな夜、パーソナリティーの丸山です。
初っ端から意味のわからない嘘つくのやめてもらっていいですか?
すみません。今日は、ツミナハナシの映画界の日っていうことで、ちょっと気合が入りましてですね。
あのなんか、エンタメ界もわりとこう聞いていただけて評判が良いと聞いてるんですけど、
それで丸山さんは今、気合が入ったっていうわけですね。
これはですね、Xですね、旧ツイッターですけども、
ついにですよ、いろいろ映画からこのポッドキャストに気づいたっていう方の書き込みも見ましてですね。
嬉しいですね。
刑事司法に興味ある人はもちろんなんですけど、
こういう分野あんまり考えてこなかったよっていう人にも届けっていう思いで、このエンタメコーナーを作ったので、
この映画フリークな夜を今日もお届けしたいなと。
もう一回ちゃんと番組の名前言ってもらっていいですか?
映画フリークの夜。
違いますよね。
ほんまわけわからんことになるんで、ちゃんといきましょうね。
今日は丸ちゃん教授の罪な話、市民のための犯罪学の映画会となります。
今日お話ししていく映画は、ボーイAという映画についてお話ししたいと思います。
丸ちゃん教授の罪な話、市民のための犯罪学。
刑事政策、犯罪学を専門とする立証大学教授で、一般社団法人刑事司法未来の丸山康博です。
同じく刑事司法未来の山口由紀です。
同じく南口文です。
このトーク番組は、一般社団法人刑事司法未来が送る、これまでとは異なった視点から罪と罰を考えるものです。
ニュースでは聞けない犯罪学刑事政策の話について、わかりやすく解説をしていきます。
お堅いテーマですが、なるべく親しみやすい形でお伝えできればと思います。
よろしくお願いします。
よろしくお願いします。
ボーイAの概要
今日お話しするボーイAは、2008年に公開されたイギリス映画です。
一人の青年が抱える心の傷や希望、孤独を描いた人間ドラマで、主演はアンドリュー・ガーフィールドです。
過去のある理由から、ジャックという新しい名前で人生を再出発した24歳の青年。
運送業に就き、仲間や恋人にも恵まれていたのだが…という映画です。
今回も私たちはネタバレありでお話ししますので、皆様ぜひボーイAをご覧になってから、この続きをお聞きいただきたいと思います。
またこれすげーマニアックな映画からスタートですもんね、今回もね。
そんなことないですよ。
もともとエンタメ入れたらどうですかって言ってくださった方々は、いろんな角度からね、冒頭で話した通り、映画好きの人がこう入ってきてくれたらいいなっていう中身なんですけど、始めた理由はね。
全くその全て無視して、この映画を選んでいくっていうところが我々らしいと。
いや、きっと映画好きの方はご覧になってるはずです。
じゃあ早速、いつもこれが初見だという山口さんに話を振りたいと思うんですけども、このボーイA見た感想どうでした?
そうですね。まず感想の前に印象に残っているシーンがあって、このアンドリュー・ガーフィールドさん。
主演ですね。
スパイダーマンの主演をされている方かと思うんですが、この方の幼少期の場面っていうのがあって、そこでスパイダーマンごっこと思われるような。
やってますね。
してる。そこがまず印象に残っています。
スパイダーマンの人はスパイダーマンごっこしてるっていう。大人になってね。
なんかマニアックな見方よね。逆にまたこれスパイダーマンの配役決まる前、だいぶ前の映画のはずなんで、だからそのアンドリュー・ガーフィールド自体がスパイダーマンごっこしてるんじゃなくて、
その子役、子供時代の子供たちが学校サポって遊んでる時にスパイダーマンごっこして遊んでるんですけど、その成長した先がアンドリュー・ガーフィールドのやってる役で、彼がそのアンドリュー・ガーフィールドがその後スパイダーマンになると。
そういう意味では胸厚映画。マニアック向けにしてはそこなんですけど。
この人スパイダーマンの人やん。の幼少期がスパイダーマンごっこしてるやんっていう。
今見るとそうかもですね。当時はそんな話ない時だから、また出だした頃だったから、むしろスパイダーマン見た時に、これあん時の子?みたいな感じだったんですけど。
映画の感想なんですが、冒頭そんなシーンもありながら、彼が後世していく話なのかなっていう風に思って見てて、
でも時よりちょっと暗いその幼少期の場面とかが差し込まれて、これは何のフラグなんだろうと思いつつも、後世していく話なんだと信じて見ていたら、最後そうではなくて。
映画全体を通して、という感想です。
エンディングの解釈
この映画界のあらゆるポッドキャスト番組、何なら全ての番組を根底からひっくり返すことを言いますけど、エンディングどう考えるかからいきましょうか。
いきなりいきます。始まって3分ぐらいしか経ってないけど、エンディングについて。
あれ自殺したかどうかについて語りましょうか。
いいですよ。語りましょう。
橋の欄間まで行って、越えて、海を見て、涙流して、画面パッて真っ暗になるんですけど。
ラストシーンですね。
そうですね。ここどう見るか。
さっき言っていいですか。私は絶対に譲りませんけど、絶対に死んでないです。誰かが来て彼の肩を叩いてると、私は信じて生きていきますよ、この先も。
飛び込む前に誰かが助けたってこと?
はい。
これに関しては、僕ちょっと別に映画だからそれぞれの感想があっていいと思うんですけど、僕ちょっとそこは最悪の結果を考えていて。
通常そうなんじゃないですかね。
橋のシーンって、主人公のジャックが歩く方向に歩いてる人一人もいないんですよ。
いないですね。
全員が反対方向に歩いてて、何なら実はバレた後に家を出ようとしてカメラマンたちに、新聞の人たちに囲まれるじゃないですか。
で、その後一旦戻って屋根から逃げてって足怪我して逃げていくでしょ。
あの時からみんな逆に向いて歩いてるんですよ。
気づかなかったです。
細い路地とかも子供たちがワーってくるんですよね。
あの足引きずりながら歩いてる時も。
けど、ジャックとみんな逆の方向に歩いていて、何なら電車も逆方向走ってきますからね。
っていうところで、あの橋でも全員違う方向行って、ミシェルですよね、彼女が。
私はこっちの道に行くけど、あなたはどうするのって聞いて、行かないって言ってるっていうところなんで。
だからちょっともう全員から逆の方向歩み出しているから、これはもう最後なくなったんじゃないかなっていう見方なんですよね。
私は、あの南口さんおっしゃられたように、これは助かっているんだろうという希望を持って、手ももやもやしてインターネット調べちゃったんですね。
そしたら、海に身を投げたって書いてあったので、うーんと思って今日来たんですが、さっきの丸山先生の解説で、
やっぱりそうなのかなっていう。
海に身を投げてもまだ助かることはあり得るじゃん。
救い上げられるっていうことですか。
そのネットの情報がなぜ身を投げたって書いてあったかちょっとよくわからないですね。
飛び込む前に画面は真っ暗になっているから、飛び降りて終わったんじゃなくて、飛び降りる前に終わってるんで、そこから先は僕らの想像の話になってくるんですけど、
エンディングどうなるかっていうところが、最初に言ってなんですけど、これどう考えるかってぜひ皆さんに一緒に考えてもらいたいところですね。
丸山さんの言う、みんなが反対に歩いていくってものすごく印象的に描かれていると思うんですよね。
別に歩かんでいいような人まで歩いていくじゃないですか。なんていうのかな。
観光客とか。
そう、別にわざわざそんなみんなで引いていかんでもいいのに引いていくから、当然あえてそういうふうにしていって、それはもちろんそういう結果を示唆していると思うんだけれども、
でもみんなが歩いている方向と逆方向に、あえて歩いて人に声かけたくなるような人間も世の中にはいるじゃないですか。
というか、自分がそうあれたらいいなって思う。
今どっち視線?
人に声かけられる自分でいたいなって思うのよね。
あの映画見るために。
大丈夫ですかって言える自分でありたいなっていつもあの映画のこと思うと、あの最後のシーンを。
だから私は絶対あの後見投げてないって信じて生きていく。
ミシェル声かけますよね。
そうね。
そもそもミシェルあそこにいたと思います?
いや、私あれ夢やと思うんだけれど。
違うかな。
そもそも橋に行ってないってこと?
あんなとこにミシェルいる理由あります?
ないよね。
なんで突然あそこにミシェルいてんの?って。
そんな偶然ある?だって。
ショーシャンクの時の最後の木の下で見つけるぐらい偶然すぎるもんね。
木の下は偶然じゃなくて、お手紙にあの木の下やって書いてあるわけですから。
でも別にあそこの布団はミシェルとの思い出の場所っていうふうには描かれてないし、原作読んでないからな。
もしかしたらそういうのあるのかもしれないけど、なんか私は夢なんかなって思って、そこは悩んでるでも。
なるほど。
私は初めぼやーっと出てくるじゃないですか、ミシェルが。
なんで幻覚なんだろうなと思ったんですけど、姿が現れたので単純にミシェルいてたんやーって思っちゃいました。
そう、俺も幻覚やと思ってたんだけど。で、時間がかかるけど許せると思うって言うでしょ、彼女は。
そう。
だけどそっちの道に行かないって言われたけど、行かないって答えましたよね。
もう信じれへんかったんかな。自分の望んだ自分の夢なんだけど。
あらゆる希望がそこに悩みがあったけど、例えばほらバラしたのがミシェルなんじゃないかとか。
一瞬は思うでしょうね。
とか、あと自分はそれでも受け入れるよって言ってほしいなとか、いろんな希望があの状態で出てきて。
で、自分が一番想定してた最悪な状態じゃなかったよってことを幻覚のミシェルが話した後に、じゃあもう僕としては海に行く系なんですけど。
まあそうでしょうね。全部安心してミシェルだけは僕を許してくれるって思ったまま人生を終えるっていう。
それは多分そういうそのあそこに実際ミシェルがいるっていうのがちょっとなそうですね。
僕もいないと思うんですけど、じゃあなんであのコメントさせたのかとかって確かに夢だったとか幻覚だったっていうことがあり得るってことですよね。
いきなり最後のシーンの話で結構喋ってしまったんですけど。
別のとこも行きますかね。
別のとこも行っていいですか。
家庭の悲劇
私今回見て感じたことなんですけど、映画の中に3つの過程が出てくるじゃないですか。
ボーイエーのご家庭と、相棒のご家庭と、ソーシャルワーカーの方のご家庭と。
その3つのご家庭で起きる悲しみとか苦しいことがこの映画の中で起きる2つの悲劇。
要は少女が少女を死なせてしまうっていうことと、ボーイエーが誰かってことが分かってしまうっていうこの2つの悲劇がその3つの家庭で起きた状態とか悲しいことから発生しているから。
やっぱりすごくその家庭で生まれる悲しみとかっていうのが行き場がないとかケアできないとか煮詰まり感とかがもうめっちゃずっと渦巻いてる映画やったんやなと思って。
なんか初めて見た時より今回多分この罪の話で結構その話してるじゃないですか。背景事情とか。
だから余計今回すごくその家庭を巡って渦巻くその悲しみと行き場のない感じがずっと苦しかったですね。
描かれてたのが例えばジャック自身の家はそこまで言ってるか分からないけどまず父親はアルコールの問題を抱えてそうだったし、
家帰ってずっとねお酒飲んでみながら母親には近づくな。で母親が帰ってきたんやと思って喜んびながら部屋開けるけどもう完全うつ状態というか関わるなっていうもう話しかけるなって喧嘩したりいじめられてたりすることを親に話したいんだけど、
で父親も母親もそういう話聞いてくれないっていうジャックの状態があって。でこう授業になかなか集中できない上に先生に怒られたりしてなんか嫌だなっていうジャックと、
でもう一人そのやんちゃをする時の友達が授業をサボってると出会うフィリップ。で彼自身も映画の途中で出てくるのが兄に強姦されてるっていうのが出てきてそれも何度もされていて、
でその時に自分がいかに泣かないとかその状態を切り抜けるかっていうシーンではなんかいつも何十人も向こうから開いてる扉が閉まってくる想像して、で最後の扉が閉まるまで泣かなければ泣かないって決めるとか。
なんかこう自分の生い立ちとかの苦しさが出てきたりとか。でもう一つ重要なのはソーシャルワーカーの方のところです。あれソーシャルワーカーかどうかちょっと結構悩ましい。
僕が持ってるDVDだと英語のサブタイトル出てくれなくてなんて言ってるかって結構英語の原文見たかったんですけど、
ただネット情報を見るとソーシャルワーカーって書いてあるんですけど保護監察官じゃないかなとかもしくはイギリスにはその中間的な位置をする何かがいるのかなとかちょっと難しいんですけど一応映画の中ではソーシャルワーカーですよね。
で彼のお家の問題これも出てきててでそれが確かにおっしゃる通り3家族ともいろんな問題を抱えているからその観点から見ていくっていうのもありですよね。
その家庭のことで言うとソーシャルワーカーさんの家庭のところで実の息子さんとソーシャルワーカーさんがお酒を飲むっていうかお前グダグダしてないよみたいな。
でソーシャルワーカーさんが寝落ちして寝言でジャックの名前を読んででちょっとそれまで気軽な気持ちで見ていた私がうわぁと思った瞬間なんですけど。
息子視点。
息子視点というかあーこれなんか問題絶対起こるやんっていう。
こいつバラすんちゃうかっていう危機感を感じたわけですね。
危機感を感じてそこの親子関係っていうのはなんか印象に残っていて実際にその子がバラしちゃったんですけどなんだろう実の親子の抱える。
難しさがあったよね。
ここちょっともうちょっと補足していくとソーシャルワーカーのテリーさんという人なんですけどこの人の息子がいきなり家に帰ってきてそのテリー自体は飛行少年たちの背をよくして社会復帰につなげていくっていう仕事をしてたんですよね。
ただ実の息子との関係はやっぱちょっとうまくいってなくてでその関係を修復したいなってこう伝える子供に対して自分の実の息子ですよ。
これ最初喜んでましたよねけどこの息子がまたすぐに昼間から飲んだくれて働かなくなってポケットからなんかお金取るようになってきたりして
で外出しないし友達もいないし仕事も探そうとしないしなんかその点ジャックは一生懸命頑張って社会復帰してようとしてるなってことに君を誇りに思うよとかってこういう風に言ってたんだけど
でやっぱり息子としては実の父親からこう愛されてなかったんじゃないかとかっていう葛藤が出だしてでついにはこうね酒を飲むの毎日楽しいけど
その辺でやっぱ息子に対応するのもきつく言うんじゃなくてあのテリーってなんかプロっぽいなっていう対応しますよね
それがまあいいのか悪いのか実の父親としてきつく言うよりはいいのかもしれないしまあ勉強になるなと思いながらなんですけど
頭ごなしに酒ばっか飲むなっていうんじゃなくてまあ一緒に酒飲むのは楽しいけどこれノットヘルシーだよねって言って
これ健康的じゃないからせめてなんか君が外に働きに出て稼いだ金で俺に酒を飲ませてくれよとかって言って
ジャックの家族との関係
外に出るように促そうってするところがあってここまでが結構トリガーのギリギリ
良かったのにね
ジャックと息子さんがすごい私は対照的な存在として今までそこの間で移っていて
ジャックは友達もできて彼女もできて稼いでテリーさんにおごらせてくれよみたいな場面も出てきて
かたや実の息子は友達もいない彼女もいない家の中で親のお金で飲んでるみたいな
だから素直にジャックがただただ構成していくその対照的な存在として実の息子が存在しているだけだと思っていたのに
っていう印象が
これ実は僕も見直してって思ったのがどうなるかってどの家庭も紙一重で
南口さんが3家族ともいろんな問題を抱えててって言ってるってくれたんですけど
実はそういう自見化する自見化しないとかあとは家族で抱えている悩みがどうとかって
ギリギリの紙一重のラインにいておそらく自分たちは例えば朝ちゃんと学校に来て
授業受けてはいって手を挙げて正解を当ててって偉いねって言われるのが偉い人たち
で授業をさぼるやつがダメなやつっていうような階級というか決められたルールの中でダメなやつって位置づけになったけど
実際あの被害にあった女の子が先輩か男の人と一緒に会っててキスしてるシーンとかを見て
でなんか私はあなたたちは違うみたいないうことを言われて何が違うんだって子役の時のフィリップが
一緒じゃないかってなんか自分を下に見るよう今まで待遇してるけどお前だってそういうことやってるじゃないかとか
自分もねさっきも言ったけど兄からの合間されてたっていう過去があったりとかしてそれと何がこう違うんだみたいな
表向きは綺麗に作ろってるけどそことの紙一重なんじゃないのっていうのが今回の見直した時に
何が表に現れて何が表に出ないかって全ての家族にはいろんな問題を抱えていて
それが事件化するってところが出る人と出ない人っていうところの差に出てるかなっていう風に今回見ましたね僕
本当に紙一重ですよねきっとこの時誰かが何かもしできてたらとかそれこそだってあの事件の日だって
誰か通りかかってたらあの瞬間に違ったかもしれないし
犯罪学の視点と社会復帰
例えば彼らが行ってる学校にもう授業しんどい時はここで寝ときって言ってくれる保健室の先生がいたら違ったかもしれないし
本当でも今言われたように紙一重が3つ重なってこの映画のこの悲しい出来事になってしまって
そうなんですあれを自分でそういうふうにうまく消化できる年齢じゃないことを表すシーンがいくつかあって
裁判では結構検察官が子供に対してる裁判ですけど責任を認めないし悪い奴らの悪魔の子なんだっていうようなことを言ってて
だけどあの時のジャックって裁判所の椅子の肘掛けの部分が糸がほつれてるのをずっと気にしてるとか
裁判が今大事になっていることよりずっと椅子が映るんだね
ほつれてるところが気になってるとか後ろから裁判を受けている子たちの後ろ姿が映るんだけど足が届いてないでしょ
ブラブラしてるな
そんなに全然成長してない子供たちが責任を追求されて裁判のよく分かってない状態で裁判が進んでいくっていうところがあれにも描写されてて
それがだから今南さんが言ったようなことをうまく消化できるような表現できないとか回避する能力をうまく持ち合わせてない子たちを
そういう逸脱行動とかに出ないように促すような場所とか人とか安心できるところがあればよかったんですけど
ただどこもね家族もうまく回ってないしでたまたま繋がった友達がそういうやんちゃする子だったし
そのやんちゃする子もいろんな問題を家庭では抱えてるしっていうところがでそれをあの子たちだけに責任をあすってところが何とも辛い描写
あの子たちに責任をっていうところでいくとまた悲しいのがその仲良くなった友達があれ刑務所なのかな少年院なのかちょっとイギリスのあれが分からないけど
あの中で自死したっていうことになってるんだけど違うんじゃないかってずっとね
で最後の方で違うねっていう描写がもちろん見たことじゃないあれは多分夢に出てきたことなんだけれど
友達がそうやって死なざるを得なかったみたいなことがどれだけこの人の心にね傷っていうのかなんかもうそこも辛くてそんな言い出したら全部辛い映画なんですけど
実は今までこれね丸ちゃん教授の罪の話市民のための犯罪学って言ってますけど本音を言いますけど
刑事政策の話してて犯罪学の話してないんじゃないかっていうモヤモヤ感が自分の中でずっとあったんですけど
次にこれ犯罪学の話できるなっていうところがありまして
聞きますよ
聞いてくれます?
そうですねお願いします
このフィリップの生い立ちとかあとフィリップと出会ってから展開していくのって
実はシカゴ学派の超大化のエドウィン・サザランドっていう先生がいるんですけど
彼がなぜ人は犯罪をするのかっていうことを9つのテーゼを立ててやっていくんですね
で人は生まれもって犯罪者なんではなくて行動は学習されると周りの行動パターンとか考え方から学んでいくんだと
それは親密なコミュニケーションを経た他人から学んでいくんだと
それがいろんな動機だけじゃなくてスキルとかもいろんなことを学んでいくんだっていうので
この辺までで今までの家族から親密度合いがどんどん分かれていきますよね
家族から友達、友達からやんちゃな友達とか自分が付き合っていく相手も分化して分かれていくし
サザランドが言ったので文化的接触理論って言って文化はカルチャーじゃなくて
ディファレンシャルって分ける文化の方なんですよ分けるっていう感じの
それがどんだけ接触頻度が変わっていってどんな団体や集団と出会っていくかってことと
そこから何を学んでいくかで人は犯罪行動を取っていくし
何なら反犯罪行動もそこから学んでいくんだっていうことを言っていくんですけど
まさにサザランドのテーゼを立てて説明していく過程
今までの友達より新しい友達に出会うその友達からスキルとか考え方とか
だってコンビニみたいなところからセットをする時の2人でやってましたよね
なんかわざとポールの雑誌を見てフィリップがね
店員さんから怒られた時に僕はずっと父親がいないんだって泣き出して
店員さんがソーリーごめんって言ってハグしようとしてる時に
今のうちの娘とかっていうのを一緒に学んでったりとか
っていうのはあれもまさにサザランドが言ってた
人は犯罪者になるっていう9つのテーゼの説明っぽいなと思って
ついに犯罪学の話をこの番組でできた感があって僕は嬉しいです
確かに今のお話だと問題になっている
犯罪行為に至るまでの経緯を時々ね
時々挟む形で見せていくその過程を学問的に説明すると今の話になりますよね
そうでしょもともとはこういうエンタメを犯罪学の視点で語るっていうのが
この番組だったはずだったんですけどついにチャンスきたなと
他の映画でもありそうですよね
今の話が描かれているようなことっていうのは
実はこの9つのテーゼをもっと丁寧に話してもいきたいんですが
もう一歩ですごく大事なところがあって
これはラベリング論とか言われるものからどんどん発展していく中で
クリティカルクリミノロジーっていう批判的犯罪学っていうのがあるんですけど
犯罪行動とかそれがなぜ起きるのかっていうのは今までね
長年かけて犯罪学の先生たち考えてきてたんですけど
実はそういう緊張関係があるんだとか
社会構造がどうなんだっていうんじゃなくて
そういう行動が出た時の社会側のリアクション
反応の方が問題なんじゃないかっていうところに視点が当たり出すんですけど
これ細かく話しだしたらまたすごく長くなるので
結局何が言いたいかというと
実はこの人は犯罪者だっていうレッテルを張ることで
次の犯罪を生むっていうのがすごく簡単に言うと
ラベリング論がやってたことなんですけど
この映画が通っているのは社会復帰が何かっていうのも
周りの人が勝手に決めてないですかってことが
一番のポイントだと思うんですねこの映画
だってこのジャックは何なら称賛されてたわけですよ
仕事一生懸命頑張るし相棒とはうまくいってるし
彼女できるし何なら交通事故にあった女の子助けて
ヒーローだったわけなんですよ
地元の新聞紙とかが来て
カメラでヒーローだって撮ってたのに
一方でエビルが出てきてるっていうのが新聞で書かれてて
勝手はヒーローで勝手はエビルなわけでしょ
悪魔だって言われて
彼自身は一生懸命頑張って社会に溶け込もうとするし
本人一人でどうこうできる話じゃなくなってくるわけですね
周りの反応がどうかっていうのは
そうすると社会復帰ってこうあるべきっていうのも
周りの人が勝手に決めつけてる社会復帰像っていうのがあって
それに合わへんかったらイコールもう社会復帰してないこいつは
っていうようなことも実は周りが勝手に決めてる反作用なんじゃないの
っていうのはこの映画の見方の一つなんですよね
なるほどな
「BOY A」とは
どうして欲しかったのって思いますよね
出てきてて一生懸命本人働いてて
どうして欲しかったのって社会側だってことね
だってあんな風に報道して検証金までかけて
どうすんの?見つけて
じゃあ一生懸命働いてる人を吊るし上げたかったの?
っていうのが結構ショックなシーンですよね
新聞でバーってバーって出るシーンは
自分が逃げていく途中にね清介みたいなところに
顔写真がね
いっぱい並んでてね
でもそれってヒーローって言われた時の写真じゃないですか
そうなんですが悪魔が出てきた
悪魔が出てきてるって言って
いやそれヒーローの写真やったんやろって
ニュースのなんかすごいショックなシーンだなって思いますね
これがだからほら前の回でも話してたんですけど
後世って一人の本人の努力だけじゃなくて
受け入れる社会がその人をどうやって受け入れるかってことも
同時に達成できないとなかなか難しいところで
本人がどんだけ頑張ってもそれだけじゃできない部分があるので
じゃあ社会復帰ってなんだろうって
もう一度みんなで考え直すための映画でもあるかなと思います
さてここでリスナーの方からのポストを紹介したいと思います
では私からハンドルネームハルベリーさんからいただいております
最近聞き始めたポッドキャスト
優しい解説でものすごくわかりやすい
私はただの映画好きですが
ショーシャンクの空にの熱い語りが最高でした
刑罰系映画ではアメリカンヒストリーXや
羊飼いと屠殺者が見応えありました
ぜひ取り上げてほしいですとコメントいただいています
嬉しいですねこういうポストいただくとめっちゃ嬉しいですね
この映画はどう取り上げていくか
本編か裏話で話していくかまた検討したいと思います
では続いて第13回のハームリダクション編について
ハンドルネームDSさん
まるちゃん先生がおすすめのハームリダクション編
最高に良かったです
中学生にもハームリダクションが伝わる内容で
社会復帰と犯罪学の視点
先生が現場データ知見を簡素にまとめていました
NHKの教育番組系とかでいつか流れてほしいです
ポッドキャスト今後も聞かせてもらいます
とのことです
ありがとうございます
嬉しいですね
ぜひこういうふうにいろんな人に広がっていけばいいなと思っています
皆さんからのお便りがとってもとっても励みになっています
これからもぜひお願いいたします
今日はボーイAという映画について語りましたが
山口さんどうでしたか
私はお二人の解説とか見方とかを聞いて
見逃してたシーンがたくさんあるなと思ったので
もう一度見返して深いボーイAを味わいたいと思います
深いボーイAいいね
私は自分ならってすごい思うんですよね
この映画見ると
過去を言いたいけど隠した方がいいのかなって
誰かに相談された時とか
自分が深い関係を持っている人が
知らなかった過去が明らかになった時に
どうありたいかは自分で決めれるんですけど
本当にどうあれるかって
絶対って言い切れない部分もみんな心揺れるし
だから自分だったらこうありたいってずっと思い続けて
そしてエンディングは絶対に誰かが声かけてるって信じ続けて
私は行きたいと思います
今日は本編でもお話しした通り
サザランドはこういう過程を経て犯罪者になるんですよって言ってるんですけど
ただ一方で同じ過程を経て非犯罪者にもなるって言ってるんですよ
ってことはあの過程を経ていく中でそのまま社会復帰をして
街の英雄として生きていくってことも同じ過程でたどれるので
どこかの紙一枝っていうところと
もう一つは批判的犯罪学でお話しした通り
これしか社会復帰じゃないって人が決めつけてないですかってことを考えられる
いい映画だと思ってます
さてこの番組では感想や質問リクエストなどを待ちしています
番組詳細欄にあるリンクよりお気軽にご投稿ください
Xではカタカナでハッシュタグ罪な話をつけてポストしてください
配信のない火曜日毎月第1第3火曜日の夜9時半から
Xのスペースで罪な話で裏話しを開催しています
ポッドキャストで話しきれなかった内容や
スペースに参加してくださった皆さんの質問にお答えしています
こちらのご参加もお待ちしております
また私が所属する一般社団法人刑事司法未来でも
犯罪学や刑事政策について発信しています
刑事司法未来で検索してみてください
またお会いしましょう
お相手は丸山康博と
山口由紀と
南口文でした
29:53

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