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感情で自分を失わないための向き合い方(走る事が嫌になったら、の対処法)
2026-09-16 15:52

感情で自分を失わないための向き合い方(走る事が嫌になったら、の対処法)


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00:06
はい、みなさんこんにちは。 2026年9月16日水曜日、高橋ツカサです。
この放送は、毎日走るビール営業部長の高橋ツカサが、日々の仕事や生活の中での学びや気づき、そしてうまいビールをみなさんにご提供する番組です。
はい、みなさんこんにちは。 ちょっとタイトル変えてみましたけれども、
どうでしょうね。ちょっと色々探りながらやっていこうかなと思っているんですが、 このタイトルをちょっと変えてみようかなと思ったきっかけなんですけど、昨日の放送を聞いていただけましたでしょうか。
えー、走っていいとも企画、これアサランナーともさんのグループなんですが、こちらにですね、私本当に全くわからないままですね、飛び込んでしまってですね、そして助けをいただいてしまって、あの放送会につながっているということで、
本当にメンバーの方々がどんな方かっていうことも全体像を把握しないまま進めてしまった放送だったんですが、いかがだったでしょうか。
実はあの放送は、内々に私にですね、事前連絡がありまして、何月何日の放送会、スカスさんにバトンを渡そうと思うんだけれども、いいですかっていう話があって、当然ながらですね、いいと思って話なんだけど、
それで事前に放送予約をして、予約配信をしたのが昨日の放送ということなんですね。なので、あの放送自体は日曜日に収録してたのかなっていう内容でございました。あ、違う、土曜日だ。土曜日に収録したんだね。
だから放送予約した段階では、一体どれだけの人数にこの放送が届くのかななんていうことを不安に思いながら、しかもですね、全く別カテゴリーの話をしているものですから、ちょっと不安だったんですけども、
いざ昨日の6時に予約配信をしたら、アサランナーともさん界隈の皆様に聞いていただき、そしてカテゴリーをスポーツジャンルで放送リリースしたんですけど、
放送後から、どのくらいでしょうかね、24時間経たないで200回以上再生されているんですね。20分以上の放送が200回聴取されるって結構な聞かれ方だったなということで、
03:13
個人的にはですね、すごくアサランナーともさんグループには感謝しています。
それと、私自身が結構このランニングっていうもので、自分のマインドが左右されている部分もあったなっていうね、そんなことの気づきにもなりました。
まだ聞かれていない方は、サムネイルの写真が走っていいところのサムネイルですけども、ぜひ聞いてみてください。
普段とは違いますけども、まあまあ私のランニング遍歴が聞けてきます。
今日の放送なんですけどね、最近私、また久しぶりに本をたくさん読み始めています。
ここ最近で読んでいる本は、期待される人の習慣とか、あと自分の小さな箱から脱出する方法とかですね。
あとは、他にも今読んでいる本があります。
これら全て共通することは何かって言いますと、自分と向き合うっていう話なんですね。
具体的な事例ってあんまりないんだけど、この間の走っていいと思うの話でも少し触れたんですが、自分が何かイライラすることってあると思うんですよね。
その時にイライラの原因が相手じゃなくて自分にあるんじゃないのかっていう話なんですよね。
これは本当に自分自身を情けなくなる話なんだけど、
うちの今職場で長期でお休みをされている人がいたんですよね。
病気っていうか体調不良なんだけど、その体調不良で休む、これもしょうがない話で、それに対して会社としては当然ながら有給休暇とかでいろいろ対応するんだけど、
06:02
大人としての対応がありますよと。
ですが、それらの負担が自分にめっちゃのしかかってきていますと、めぐりめぐって。
その時にどう思うかっていう話ですよね。
どう思うかっていうと、なんで俺ばっかりみたいな負担がかかってきた時に思うわけですよね。
こんなに負担がかかってきてもそんなやれないよっていう話。
弱音を吐いて休むんだったら休めるのに、なんとか耐えて踏ん張るこちらは休めないって、どうしてこんなに不公平なんだろうって思う自分がいるわけですよね。
それは管理職だろうが、管理職ではなかろうが、誰でも僕は思うと思う。
その時にどう対処するのか、表には出さないんだけど、でも実際問題自分の心がそういう風に言ってるわけね。
ふざけんじゃねえよっていう感じになっちゃってる。
俺はどこで救われるんですかっていうね、そんな気持ちになっちゃうわけね。
そうなんだけど、本当にその時の怒りの矛先がどこに向いているのかとか、この感情を誰が誰にみたいなことを主語と述語を入れていくとですね、
どうなっているのかっていう構造が見えてくるというふうに思ったのね。
例えばこれに関しては、俺が負担を負っていて、あいつのせいでっていうあいつがいると、
そして誰が俺に報いるのかっていうのは会社が俺に報いてくれっていう話なんだけど、
じゃあなんでこんなことになってんのかっていうと、あいつのせいだっていうようなマインドが、ループが始まっちゃってるわけなんですよね。
で、その構造からいくと、あいつのせいでっていう気持ちでイライラしてるとか、なんかモヤモヤするみたいなところって、そもそもですよ。
じゃあ自分はどこで報われるんだとか、自分は休めないのにみたいな気持ちが生まれるのは、
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俺も休みたいのにっていうことが原因になってると思うんですよね。
つまり、休めない自分がいるから休んでるやつに対してムカつくと思うし、
あと、例えばこれ別のものに置き換えてもそうなんだけど、
例えばお仕事じゃなかったとしても気遣いとかね、気遣いせずに好き勝手自由奔放に社内で社会人としてどうなのと思いながら、
どうなのかわかんないけど問題があるんじゃないかと思うような行動してる人間に対しては、
モヤモヤするとかイライラすると。
なぜならば、俺は社会人としてこういうふうに教わってきたのに、教わってきたと。
だからそんな立ち振る舞いはずっとできなかったっていうところがあると。
じゃあ、自分の心の中にあるのは何なのかっていうと、
休みたかったが休めなかった自分、または自由奔放に気遣いせずに立ち振る舞いができなかった自分みたいなものがいて、
それらが悪さをするわけですよね。
それによって悪さをするっていうか、自分自身のイライラを引き起こしてるわけなんだよね。
こういう気持ちって出ちゃうと思う。
止められないなと思ったんですよね、そもそもこういう気持ち自体は。
出てくるものはしょうがないし、この間のアドラー心理学の話じゃないんですけど、
怒りそのものは排泄物と一緒だから出るものだと。
出てくる時の解釈、なぜそれが出てきたのかっていうことの認知を変えていこうっていう話ですよね。
あいつのせいじゃなくて、その相手を通して自分の中にある本当は俺も休みたかったんじゃないのかっていう、
それがこういう気持ちにさせているっていうような認知に変われば、
社会的に休まずあるを得ない人は休まなきゃいけないが、
それじゃあ自分も休まなきゃいけない時に、もしくは休みたい時に休めるような形を作らないと、
12:05
こういう気持ちは生まれるんだなっていうような認知にしていくっていうことが、
すごく大切なのかなっていうふうに感じたんですよね。
そんなことを考えると、
救われない報われない問題みたいな中間管理職によくある話、
誰かが苦労、誰かへの配慮によって、もしくは誰かの不満を解消することによって多数の不満が生まれるみたいなこの構造も、
じゃあそもそも不満を発生させている自分の中には何があるのかみたいなところに目を向けることによって、
道徳的にはしょうがない問題に対して、そして怒りが出てくるものもしょうがないということに対してね、
どのように解釈するのかっていうヒントにつながるんじゃないのかなっていうふうに私は思ったので、
今日のシェアとさせていただきました。
まあね、なんだろう、どうでもいい話かもしれない。
でもうるせえよこの野郎って思うのが、まあマットな考えなんだけどね、本当はね。
だから本当はね、大事よ、その気遣いもマナーも、そして誰かが苦労している時に、誰かが楽をしている時っていうのは誰かが苦労しているんだっていうこの考え方も絶対大事だと思うんだけど、
だけどそうはいかないのが世の中で、そのそうはいかない時にどのように自分の中で消化していくのかとか、理解を進めていくのかっていうことが大人になると求められるのかなっていうふうに思っています。
そんな話でございますけども、まああれですね、成人君子じゃないから、感情的に出てくるものはもうしょうがないんでね。
あとはその波をどう安定させるかっていうところに、私はこれから内省を進めていくっていうのが大事なんだろうなって思ってるんですよね。
皆さんはいかがでしょうかね。
これがね、うまく進めば、気分の浮き沈みでね、やらなきゃいけないことをサボったりとか、ランニングをサボったりとか、スピード練習をサボったりとかね、そういうこともないんじゃないかなと。
嫌だなって思う心は、もうしょうがない。出てきちゃう。
でも、なぜ嫌なのかって思った時に、スピード練習心拍上がるな、きついな、みたいなね。きついなって思いながら、それでもやってる人間もいるなと。
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なんできついと思うのかって、未来の自分を信じれないからだなと。
未来の自分で必ずタイムが縮むとわかれば、それは耐えるよね。そうやって周りやってるよね。じゃあ俺もやろうかなと。
今日も辛いけど、それもありかというような、その辛い気持ちはしょうがない。そういう自分を飼いならすっていうような、そんな気持ちになれるのかななんていうふうに思っています。
今日はランニングの話と、昨日の今日でちょっと繋げましたけれども、最後まで聞いてくださってありがとうございます。また明日お会いしましょう。さよなら。バイバイ。
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