1. 高橋ツカサ/中間管理職の為のラジオ
  2. 自己紹介と私のランニング歴。..
自己紹介と私のランニング歴。ほぼ毎日走ってます。よろしくお願いします。
2026-09-15 23:24

自己紹介と私のランニング歴。ほぼ毎日走ってます。よろしくお願いします。

#走っていいとも
---
stand.fmでは、この放送にいいね・コメント・レター送信ができます。
https://stand.fm/channels/6180a65c3db982af522db745

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:05
たまの休みはウキウキランニング あちこちそちこちジョギング
距離を稼ぎにウキウキランニング 高速レーンするため山に行く
はい。 皆さんこんにちは。
走っていいとも始まりました。 畑さんからバトンを受け取って配信を始めました。
今回のパーソナリティーは高橋ツカサです。 私はパーソナリティーネームというか、そういったものがないので本名で今お伝えしております。
まずはですね、この走っていいとも、初めての担当ということで、 私の自己紹介から始めたいと思います。
私はですね、岩手県のシワ町というところに住んでおりまして、 これかなりの田舎なんですけれども、
お仕事はクラフトビールのベアレンビールっていう会社があるんですけども、 そこの営業部長をしております。
ランニングの前にですね、ランニングに出会うまでの自己紹介をしたいんですが、
私は生まれてから高校までずっと岩手県にいまして、 スポーツは小・中と水泳をやっていて、
高校に入ってから個人競技じゃないものをやりたいなというふうに思って、 バレーボールを始めるんですね。
身長が私181センチあるんですけれども、 もう高校の頃にはそのぐらいの身長になっていて、
背が高い方が有利なスポーツやってみようと思って入ったんですけども、 その高校ができたばっかりの高校で、
まだ4年しか経ってなかったんですね。 設立4年目。
名前は小塚田高校と言いまして、 ちょっと珍しい名前の高校なんですけども、
ここのバレーブに入ってバレーボールを始めると。 そしたらその高校、実は、
後に競合校と呼ばれるようなバレーボール競合校になるんですけども、 当時からめちゃくちゃ厳しい練習で、そんなの全く知らなかったもんだから、
とにかく高校から始めたバレーブ、バレーボールだったんですが、
結局3年間、補欠のまま苦しい時期を過ごすというね、暗黒の時代を過ごしておりました。 そしてその後ですが、意外かもしれないんですけども、
実は浪人時代を大阪で過ごしております。
親にお願いしてですね、初めて誰もいないところで勉強させてほしいと、 知り合いも誰もいないところに行きたいっていうことを言ってですね、
03:00
どうせ大学生になれば一人暮らしもするんだし、 一年早く一人暮らしさせてもらえないでしょうかということで、
どうか遠くに行かせてくださいっていうような、 本当に厄介な高校生でしたけれども、
その後ですね、大阪の八尾市っていうところに私行きまして、 そこで予備校に通っていました。
ここ寮があったんで、生活には困らなかったんですね。
この界隈の皆さんは関西の方も結構いらっしゃるんで、何となくご想像がつくと思うんですけれども、
大阪の八尾っていう地域は結構言葉遣いが激しいというか厳しくてですね、
東北から抜け出たこの若蔵からしてみればですね、すごく怖い印象でしたね。
今でも忘れられない思い出が八尾にはありまして、
初めて東北から岩手から大阪の八尾に引っ越して降り立った時ですね、
両親が遠いから引っ越しも全部一人でやれって言って、 引っ越しも全部一人でやったんですけれども、
その時ですね、大阪の八尾駅から降りた時に看板がありまして、
そこにですね、日本一犯罪の多い町八尾っていうでっかい看板があって、そんなPR必要なんだろうかと衝撃を感じたのを覚えています。
私はその後1年間予備校を通って大学に入るんですけれども、
大学受験はですね、関西の大学に入ろうと思っていくつか受験してて、この界隈でご出身の母校になっている方もいらっしゃいましたけれども、
近畿大学ですね、そちらに受かってそこに入るところまで行ったんですけれども、両親から反対されてですね、
東北に帰ってきなさいということで、東北の工業大学というところに入学することになりました。
仙台に住むんですね。
長いですね、これ。長いけどもうちょっとだけお付き合いください。
その後、団体競技はもううんざいだなと思って大学はまた水泳やって、
その後就職は銀河高原ビールという、今はもうないですけれども、岩手のクラフトビールだったんですが、
そこに就職して3年間、今の会社ベアレンビールという会社ですね、そこに入りました。
06:01
ベアレンビールという会社が5人でスタートして、私は立ち上げのメンバーではあるものの、創業して会社を作った人たちに雇われていたので、
ちょっと社員でいるという状況なんですね。今もそうなんですけれども。
なので、当時からずっといるんですけど、別にすごくもなんともないというふうに自分では思っています。
ここまでがランニングの前の話で、すみません、長くて。
ここから先がランニングとの出会いです。
始めたきっかけは、2011年の震災ですね。
その時に、これはもしかしたら本当にいつ死んでもおかしくないなというふうに思ったんですね。
なるべく激しいスポーツをしようと思って、最初はトライアスロンにチャレンジしようと思ってしたんだけど、
トライアスロンって3つ競技があるから、海で泳ぐのと、自転車込むのと、ランニングっていう。
この海と自転車って、すごい時間がかかるんですね、練習するのに。
家族からの理解も全く得られなかったので、ランニングに絞ったほうがいいなと思って、
2015年くらいからこそこそ走り始めたっていうのが、私のランニングのスタートです。
実はすごくランニングが嫌いでして、長距離とか時給計が苦手すぎて、ずっと避けてと思ってきたんですね。
でも40歳の時、2016年か2015年か、その頃に10キロマラソンに初めて出場しました。
その時の大会は、タイムが52分10秒で完走ができて、目標は55分だったので、10キロ55分。
これ達成できて本当に嬉しいなっていう、達成感を得たっていう経験から、少しずつ距離を伸ばしていくっていう感じでしたね。
その年の秋に初めてのハーフマラソンを走って、何とか2時間切って、1時間59分24秒というタイムでゴール。
苦しすぎて、ゴールした後に呼吸ができなくなるくらい倒れ込んで、すごく辛かったっていう思い出しかなかったです。
でも走り終わった後は、もうちょっといけるんじゃないかなっていう風に思って、
ジョギングは継続していたんですけれども、その後にフルマラソンということで、
岩手県でフルマラソンの大会ってなかったんですけれども、2017年かなに、
09:03
フルマラソン大会が、岩手きらめきマラソンっていうのが開催されまして、
そこで初めてのフルマラソン、4時間35分とかだったかなと思うんですけど、
本当に辛かったんですけども、意外と走れるかもなって思った記憶があります。
ここから先は、多くの人はタイムにどんどん進むんですけども、
私もそういう風に走りたかったんですが、上司にあたる社長からですね、
俺はお前には負けないとか、ものすごくライバルシーをされて、勝手に押しつけがましく言われてきたんですよね、その時ね。
まるで人を踏み台にしながら、それをモチベーションにしていくっていうような関わり方に対して、
とっても嫌な思いをしてですね、パワーボイスを持ってる人にそういうことを言われてね、言い返せないじゃないですか、めんどくさくて。
そうやって競って走ることに対して、ちょっとその頃から、その頃の記憶が強すぎて、もううんざりし始めたんですね。
もうタイムの方に傾倒していくことがなくなって、そのうちですね、距離の方にシフトしていくことになったんですよね。
長い距離を走りたいなと。
誰も走らない、なるべくタイムを競わない、そういう競技性のもの。
例えば、ウルトラマラソンですよね。
そちらの方に私はチャレンジする方向で行きまして、2019年に初めて100キロマラソンを走って、11時間55分と。
その翌年、3年後か、2022年にまたチャレンジして、これはコロナ禍だったんですけど、電池があまり詰めてなかったんですが、何とかこれも12時間を切っていったんですが、
ここから先はですね、仕事がすごく忙しくなってきて、あんまりレースも出れないと。
練習も詰めないと。
だけど、なるべく今度は1回のレースで、極力過酷で長いものに出場して味わおうというふうに思いまして、
その方が自分と向き合うというか、他人との比較じゃなくなっていくんじゃないのかなって思ってですね、
2023年ですね、48戦の時に三陸ステージレースというのが初めて岩手県で開催されまして、
岩手県のね、リアス式海岸のところを2日間にわたって100キロ、結構山なんですよね、リアス式海岸でボコボコしてて。
12:13
その翌年が3日間のステージレースで、ステージレースって1日目と2日目、3日目ってそれぞれ距離が設定されてて、そういうレースなんですけど、
初めてのステージレースから翌年は3日間のステージ、120キロのレースで、
確か60キロ、40キロ、30キロっていう、130キロかその時はね、そんな3日間連続のレースっていうのに出たりしました。
で、それがあって、ただやっぱり3日間とかになっちゃうと連休が必要で、お仕事を休まなきゃいけないっていうことで、
どうせ休むんだったらもっと長い距離に行こうかなと思いまして、
2025年、昨年ですね、青森県の津軽半島を走るものがありまして、ジャーニーランっていうのがあって、154キロですね。
それは2日休めばいけるんで、レース中は寝ないんですけれども、それを走ってですね、
仕事を休めないから、前の日仕事して2日間走って翌日仕事するっていう、
仕事と仕事でサンドイッチするっていう、このレーススタイルでサラリーマンのランニングスタイルを確立しようっていう、そんなことを考えてですね、走りました昨年は。
やっぱり管理職ですから、自分の趣味であまり周りに目をかけたくないなっていう気持ちがちょっとあってですね、
前の日仕事してレース後も仕事するっていうコンパクトにまとめて、かつなるべくハードなものを選ぶっていうことをやってます。
今年は231キロですね。
これも前の日仕事して3日間走って翌日仕事するっていう感じでしたね。
本当は260キロだったんですけども、エントリーは雨がずっと続いてコースが削ずれしてですね、
その中の走りだったんで、コースが変更になって、若干短くなって231キロということで、これも制限時間内に完走できたということで、良かったなっていうところですね。
私のランニングについては、あまりこれまで真面目に話すことはなかったんですけども、今回改めて畑さんからバトンを渡されて振り返ってみると、
15:11
走ってきた距離感が、タイムにストイックに行くんですけど、私は距離の方に傾いていった印象ですね。
こうやって振り返ってみると、フルマラソンを経験した後に、やっぱり普通はタイムに行くっていうか、もうちょっと速くするとか、サブスリーを達成するために練習するみたいなところに思いを置くってことは多くの人はやるんですけども、
私は距離の方にずっと少しずつ傾いていって走っていく中で、一周回って長い距離を走るっていうことを考え直した時に、やっぱりフルマラソンのタイム短縮にも繋がるんだろうなっていうことを改めてこの界隈の皆さんのお話を聞いたりとか、
あとはお見受けして感じるようになりました。
やっぱり皆さんすごいなって思うのは、宣言をして自分の課題と向き合っていくっていうこの姿勢ですよね。
この姿勢に今回もここ数ヶ月で刺激を受けてまして、すごいなって思っているんですよね。
これ真面目かっていう話なんですけど、ランニングってすごいなって思いましてね。
話は戻るんですけども、タイムを競うっていうところからそれを避けてきたきっかけになったのが、
社長からの私に対する押しつけがましい、いちいち私の記録に踏み込んできて、
自分の記録達成のモチベーションのために比較対象にされながら踏み台にされていくっていう、
この上ない屈辱というか、行き通りというか、土足感というか、そういうものを感じていたがためにね、
今だから言えますけども、なるべくこの人とはレースに出たくないというふうに思っていたんですよね。
で、それをその時固く誓ってですね、絶対にタイムじゃない方に行くと、話が合わない方に行こうと。
そもそも合わないからっていう、そういうことを考えたんですよね。
18:03
でも今改めて、今回この走っていいと思うのバトンを受け取って立ち返った時に、ただ逃げているだけだなというふうに感じました。
本当は自分もですね、タイムのことを考えて走りたいなっていう気持ちが心の中にはあって、
でも他人との比較によって走るのは違うなっていうふうに思ってるんですよね。
一番それに敏感に反応して、拒否反応というかね、気にしているのは本当は自分だったんじゃないのかっていうね。
言われて嫌な気持ちになるからそれを避けるって、じゃあそれって自分じゃんって一番気にしてるのってね。
気にしなければそんなこと言われても、はいはいって聞き流せばいいんだけれども、
自分が気にしてるんじゃないかなっていうのを今回すごく感じたんですよね。
なので、今年に関してはマグロ実業団の大先輩方がいらっしゃるんですけども、
本当にその方々の距離を踏むっていう宣言と実行、これすごい憧れがありまして、
私の目標としては来年の1月2月には実業団に入れるように、黒マグロ社長に認められるようにですね、
しっかりと距離を踏んで、そこを目指すっていうふうにまずは走ってます。
そしてもう一つ思っているのはサブスリーですよね。
サブスリーをいつか達成したいなって思ってたけど、
いつかっていつよっていう話で、それもやっぱり宣言しないとやれなくなっちゃうなと思います。
なので、今回この走っていいと思うバトンを受け取りましたので、改めて宣言したいなと。
60前にはサブスリーしたい。
だけど肉体が衰えていくから、残された時間は短いなと思うので、
気がなく距離を踏んで、そこの景色を一度見てみたいなっていうふうに考えてます。
なので限られたレース、限られた時間の中で、会社の休みも少ないからそんなにレース出れないと思うんだけど、
一つ一つの出れればきちんと達成できるような目標設定をしていくっていうこと。
21:02
それともう一個は今チャレンジしている長い距離を走るっていうね。
中で津軽半島を260キロぐるっと走って完走するっていうことですね。
この2つをやっていきたいということで、宣言して今回の走っていいと思う放送を締めたいと思っております。
はい、皆さん最後まで聞いてくださってありがとうございました。
今回のバトンを渡してくださった畑さん、ありがとうございます。
いつも放送を聞いてくださって、コメントをたまに入れていただく度にですね、
この人またやるじゃん。畑プロジェクトとかでめっちゃ距離踏んでるなって思って、
俺もやろうっていうふうに刺激をいただいてます。ありがとうございます。
そしてこの次のバトンですが、今回走っていいと思うバトンを渡していただく際に、
畑さんから何人か会話の皆さんご紹介いただいたんですけれども、
その中でも私がすごく引っかかってた方、すごくリスペクトしたいなって思った人、
皆さんそうなんですけども、中でも無謀ランナーさんですね。
本当にリスペクトしてます。
ガチでサブスリーに向かって挑戦し続ける姿勢、本当に感動しちゃうんですよね。
何度も何度も立ち向かうっていうね、ずっと青春してる感じっていうか、
そこがもう魅力的だなっていうふうに感じてまして、
本当にあと少しでサブスリー達成しそうな無謀ランナーさんの、
本当にこの達成するまでの奇跡を応援したいというふうに思っています。
その無謀ランナーさんにバトンを渡すというところでよろしくお願いいたします。
はい、ということで走っていいとも高橋つかさんの会話はここまでです。
最後まで聞いてくださってありがとうございました。
それでは失礼いたします。
23:24

コメント

スクロール