1. 東京ぶどうの木教会 メッセージ
  2. 【聖書からはじめる信仰入門⑰..
【聖書からはじめる信仰入門⑰】信じない者と信じる者の根本的な違い(マタイによる福音書 16章24節)
2026-09-29 12:19

【聖書からはじめる信仰入門⑰】信じない者と信じる者の根本的な違い(マタイによる福音書 16章24節)

spotify apple_podcasts youtube

プロテスタント教会に興味がある方へ向けて、その入り口となるメッセージをお届けします。
★メッセージをスライドで :https://x.gd/0dA0T
★公式Instagram: https://www.instagram.com/tokyovinechurch 

【概要】 人生で最も重要なこととは?イエス・キリストに出会い、救われたこと。しかし、それで全てが終わったわけではありません。救われた後、どのように生きるか? 弟子としての生き方が重要!=「自分を否定し、自分の十字架を背負って、イエス様に従う生き方。」  #信仰生活とは?人生の主人が変わった生き方。 信じる前は…自分自身が主人 vs 信じた後は…イエス様が私の主人。 イエス様に従おうとすると? しかし、5分後に何が起こるか分からない私たちが、主人となって生きていたら? *全知、全能、絶対善の愛の主、私たちの過去・現在・未来をすべてご存知で、人類の未来もご存知である主に、私の人生のハンドルを委ねるとき?  *また、私たちの百年の生涯、死後には裁きがあり、天国と地獄があることを考えると、最も祝福された道……#また、霊的な実相を見ると?自分が主人となると…悪魔の僕、偶像を崇拝で霊的な問題、また精神的な問題、肉体の問題に苦しめられ、死ねば、地獄。また呪いが親から子へ受け継がれる。  *万王の王、万主の主であるイエス様が私の主人となると?  神の子供!神の御霊(聖霊)が私たちを守り、助け、導かれる。また、祈りへの応答、 イエス・キリストの御名によってサタンを打ち破る権威、死ねば天国へ行きます。 イエス様と共に永遠に全世界を治める権威が!   *これを知ることが大事。   #なぜイエス様が自分を捨て、自分の十字架を負って、わたしに従いなさいと言われたのか? 自分の思い通りに生きれば、イエス様に従うことはできないから…「真の幸福と永遠の天国」が与えられる最も確実な道!

【聖書の箇所】マタイによる福音書 16章24節
それから、弟子たちに言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。

感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

東京ぶどうの木教会のファンが、イエス・キリストを信じて救われた後の「弟子の生活」について語る。信仰生活とは人生の主人が自分からイエス様へ変わることであり、自分を捨て、自分の十字架を背負って従う生き方だと説明する。自分が主人なら悪魔の支配や偶像崇拝、霊的・精神的・肉体的な問題、死後の地獄と子孫への呪いに至る一方、イエス様を主人とすれば神の子供となり、聖霊の守りや祈りへの応答、サタンに対する勝利、天国が与えられると説く。最後に、自己否定と十字架を負うことは束縛ではなく、真の幸福と永遠の天国へ至る最も確かな道だとして、弟子として生きる恵みを祈る。

救われた後の弟子の生活
みなさんこんにちは。東京ぶどうの木教会のファンと申します。 私たちの教会は聖書を用いて
グッドニュース、福音をみなさんに伝えているところであります。 先週私たちは私たちを救うために女の子孫として来られたイエス様をどのように受け入れ
救われることができるのかわかっちゃいました。 人生の中で一番大事なことを
イエスキリストに出会うことです。 そして救われることです。
これ以上世の中で大事なことはありません。 ところが、それで全てが終わったことではありません。
イエスキリストを信じて救われた後、どのように生きるのか、これが大事です。
イエス様はあなたたちは行って全ての民を私の弟子にしなさいと言いました。
弟子の生活、弟子の人生を過ごすためにイエス様は自分を捨て自分の十字架を背負って私に従いなさいと言われました。
自分を捨て自分の十字架を背負う生活は難しく思われます。 ですから信仰生活は嫌だなぁ
天国はいいけど信仰生活は嫌だと言われることもあるでしょう。 ですから今日は私は私が信仰生活を理解しながら非常に役に立ったことを皆さんに申し上げながら
弟子の生活が本当に素晴らしいことだということを申し上げたいと思います。 それは信じる前の私と信じた後の私
私の人生がどのように例歴に変わったのかそれを知ることです。 これをわかったら喜んで信仰生活ができます。
これを皆さんと一緒にわかっちゃっていきましょう。 信仰生活とは人生の主人が変わることです。
人生の主人を誰にするか
信じる前は私の人生の主人は私でした。 しかし信じた後は私の人生の主人が私ではなくイエス・ギリストに主人が変わることです。
私が勝手に過ごした人生からイエス様に従う人生として変えようとするから難しいですね。 またある意味自由がないから嫌だということもあります。
しかし例歴にどれほど大事なのかこれをぜひ理解していただきたいと思います。 私たちは弱いです。私たちは私たちの人生の将来をわかりません。
私の人生の将来、5分後何が起こるかわからない。 この弱い私たちが私たちの人生の主人として生きるなら
これは大丈夫でしょうか。 まるで子供たちに人生、車の運転を任せたことと同じです。
難しいでしょう。危ないでしょう。 しかし、全知全能、絶対全能、愛の神様、私たちの過去と
現在と将来を全部わかっておられる神様、 人類の将来を全部決められる神様が私の人生の運転席を任せておいた時、
私たちの人生は一番安全で一番正しく、 まるで最善の人生ができます。
また、ヘブラー1章9章27節、 人間にはただ一度死ぬことと、その後
裁きを受けることが定まっているように。 人生は死んで終わりではありません。
あと裁きがあります。 裁きによって、天国に行くことになります。
自分勝手に生きることの霊的結末
私たちの人生、長くても100年です。 死んだ後、裁きがあり、この後、天国と地獄を歩くことを考える時、
一番確かに天国に行く、一番祝福の道が、 イエス・キリストを主人として受け入れ、
イエス様に従って生きる道です。 私たちが主人になれれば、自分がやりたい通り過ごせばいい。
もう楽です。自由です。もう一番楽です。 もうみんながこれを願っています。
ところが、霊的な実情を見ていますと、 これを聖書が言っていること、今日は聖書の歌詞を紹介しないで、
そのまま申し上げたいと思います。 悪魔の奴隷です。
私たち、イエス様を信じない人々は、すべて悪魔、 この世の神といわれる悪魔の支配下にあります。
悪魔の支配下にある人の特徴、空上を崇拝します。 空上を拝むしかないんです。
空上を拝む人には、必ず霊的な問題が来ます。 霊的な問題は、いつかまた皆さんに紹介しましょう。
また、精神的な問題、体の問題の中で忘れられます。
皆さん、今は宇宙の時代だと言われるのではありませんか。 今、全世界の人々の中で宇宙のパーセンテージがどれほど高いか、
皆さんご存知でしょう。 そのように苦しみながら、死にます。
死んだら、地獄の裁きを受け、地獄に行きます。 それで、終わりではありません。
この後、呪いを親主理をします。 自分の子孫たちに、自分が生きたことをそのまま伝えて、
子どもたちも親に、そのまま生きるようになって、 死し損損、呪いを受けるようにする人生。
これが、自分が主人になって、自分勝手に生きるなら、 このようになってしまいます。
イエス様を主人とする恵み
しかし、イエス様が私の人生の主人になれたら、 主人を敬って生きることですから、自分勝手にはできない。
不便かもしれません。 しかし、万王の王、万主の主が私の主ですから、
その霊的な秩序はすごいです。 イエス・キリストを信じることによって、私たちは神様の子供になります。
私たちは、神様をアッパ父よと呼ぶようになりました。 これは私たちがやりたくてできるのではなく、
私の家に神の霊、聖霊がおられて、 聖霊様が神様が私の父だということを示してくださったからです。
じゃあ、私の家に神の霊、聖霊がおられ、来てくださいました。
じゃあ、聖霊様が私たちを保護し、助け、教え、導かれます。 また、神の子供は、神様がこの子供の祈りに必ず応えてください。
子供がパパーと言うのに応えてくれない父がいますか? 神様は子供の祈りに必ず応えられます。
また、神の子供ですから、イエス・キリストの皆によって、 サタンを追い出すことができます。
サタン、引き裂かれ!と言ったら、 サタンはイエス・キリストの皆によって出て行きます。
出て行くしかないんです。 そして、この世で生きて、最後に死んだら天国に行きます。
聖書は私たちが、天国の市民権を持っていると言っています。
そして、イエス様と共に、万王の王、万主の主、イエス様と共に、 永遠に全世界を治める権威が私たちにもあります。
信仰によって持つ五つの確信
驚くものではありませんか? また、子供たち5つの確信を持って生きています。
はじめは、救いの確信です。 私は今日死んでも天国に行くよと。
死ぬことが怖くない。 世の中で一番怖いのは、サタンがいつもお前を殺す、殺すと言ったら、
いやー、殺さないでくださいと言うんですけど、 私たちは殺したらすぐ天国ですから、もう心配ない。
殺してみなさいというような気がします。 救いの確信です。
また、祈りの答えの確信。 導きの確信。
私たちに罪を犯しても、パパ、私は罪を犯しました。 許してくださいと言ったら、
イエス・キリスト、主人公の父親によって私たちを清めてください。 罪の許しの確信。
また、イエス・キリストの御名によって出て行けと言ったら、 サタンが出て行きます。勝利の確信です。
皆さん、これを知ることが一番大事です。
聖書で一番強調しているのは、知ることです。 知るなら信じることができるし、
知って信じるなら、神様を愛するしかありません。 もう神様を愛してしょうがない。
そうするなら、その人たちは神様に礼拝するようになります。
自分を捨てて従う道
皆さん、なぜイエス様が、私たちが一番嫌がるように見える、
私に従うためには、自分を捨てて、 自分の忠実感を背負って私に従いなさいと言われたのか。
私たちを奴隷として、何とか治めようとすることではありません。 私たちが自分勝手に生きるなら、
救い主、また主人であるイエス様に、 支えて行くことはできないからです。
イエス様は私たちの道であり、真理であり、命であり、 神様に出会わせることがくださる方は、
ただイエス・キリストしかいないから、 自分を捨て、自分の忠実感を背負うことだけが、
誠の幸せと、永遠の天国を与えてくださる、 一番確かな道なんです。
皆さん、どうですか? 自分が好きな人生を勝手に過ごしながら、
そして、この世の中で様々な苦しみに憐れながら、 地獄に行くことを願っていますか?
私、勝手には過ごすことはできませんけど、 イエス・キリストを主人として拝んで生きて、
この世で天国を味わいながら、 天国に行くことを願われますか?
弟子の生活への祈り
私は皆さんが、イエス様はご自身の救い主、 また主人として受け入れ、
人生を成功的に生きながら、 天国に行こうとお願いします。
ぜひともぜひとも、自分を捨て、 自分の忠実感を背負う、
これが、私たちを何とか難しい人生をさせることではなく、
祝福の人生に導く、素晴らしい傾向だったことを、 ぜひ覚えていただきたいと思います。
お祈り致します。
死を感謝します。
私たちが、どのようにイエス様を信じて、 このように救われ、天国に行くものになったのか、
これは、私の何かによって出る気というものではありません。
すべてが、神様の恵みです。
今日、救われた後、私たちにくださった弟子の生活、
自分を捨て、自分の忠実感を背負う生活の意味をわかりました。
私たちに、大きな祝福を与えてくださることだとわかりました。
弟子の生活、うまく担うことができるように、 恵みを与えてください。
イエス・キリストの皆によって、お祈り致します。
12:19

コメント

スクロール