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「試練の中で助けられる聖霊様」2026年7月5日のメッセージ
2026-07-05 37:21

「試練の中で助けられる聖霊様」2026年7月5日のメッセージ

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東京ぶどうの木教会 2026年7月5日(日)主日礼拝のメッセージです。

牧師:アブラハム黄

▼メッセージをスライドで: https://x.gd/0dA0T

▼ポッドキャストへのご感想はこちらへ!: https://forms.gle/fHcRBqaFSat8EQfE9

▼教会へのお問い合わせ: tokyo.vine.church@gmail.com

▼メッセージの自動文字起こしはこちら: https://listen.style/p/tokyovinechurch


(聖書) 箴言30:7-9 二つのことをあなたに願います。わたしが死ぬまで、それを拒まないでください。8 むなしいもの、偽りの言葉を/わたしから遠ざけてください。貧しくもせず、金持ちにもせず/わたしのために定められたパンで/わたしを養ってください。9 飽き足りれば、裏切り/主など何者か、と言うおそれがあります。貧しければ、盗みを働き/わたしの神の御名を汚しかねません。
 
メッセージ題:試練の中で助けられる聖霊様(箴言30:7-9)
*神の御言葉、聖書で繰り返し書かれてあることは、非常に重要であるということです。今日は最後のときと関連してお話ししたいですが・・・最後のとき、怖い霊的な戦いがあると。 悪魔は? 神様は?
*このような霊的な戦いの中で、私たちはどうすれば良いでしょう!福音書では?目を覚まして祈りなさい。騙されないように気を付けなさい。特に、黙示録では?聖霊様が諸教会に告げることを聞きなさいと!悪魔は、惑わしながら誘惑して騙すものなので・・・私たちは真理である聖書と真理の霊、聖霊で

1.惑わす悪魔との霊的な戦いを上手く担う為に・・・先ず、誘惑、試みは悪魔がやります。
*ヤコブ1:13,14 多くの人が、自分の仕事が上手くできなければ?なぜ神様が私に罰を与えるのかという。違います。神様は罰を与えたりする方ではありません。悪魔が肉の欲、目の欲、生活のおごりなどを通して駄目に。1ヨハネ2:15,16 
*悪魔はイエス様さえも誘惑しようと。マタイ4:1 イエス様の弟子、イスカリオテのユダを、ヨハネ13:2 今日私たちも、Ⅰペトロ5:8 従って、私たちは悪魔の試みに対抗する準備をしなければ!
#悪魔は、信徒を試みて狙うことは何でしょうか? ヨハネ10:10盗人が来るのは、盗んだり、屠ったり、滅ぼしたりするため?信徒を堕落させます。キリストを裏切って、信仰から離れ捨てるように。結局、地獄に・・・

2.どんな方法で、試みるのでしょう?
1)Ⅰコリント15:33信仰がない、悪い付き合いを通して・・・聖書的な価値観と異なるこの世的な価値観で、神様に対する誤った考えを持たせて信仰を妨げます。もし学校の先生が非聖書的な話をするなら
2)マタイ4:2,3 私たちが乏しいとき、物質を通して誘惑して、悪い道に・・・借金するのは怖いですね。
徴税人レビ、お金さえあれば?結局、民族を裏切ってローマの手先に。誰が彼を救うことができますか
3)成功と繁栄も、悪魔の試みの道具になります。悪魔はこの世の神、彼の自信話、マタイ4:8、9それでイエス様も誘惑しようとしました。アグルの知恵のお祈り。箴言30:7-9悪魔の試みに勝つ為の二つの
*悪しき霊の会議?何をもってキリスト者の信仰を駄目にするのか?殺すことで?残忍な拷問で?一番効果があるのはこの世の富と成功、楽な生活を与えるなら・・・そのとき罪を犯しやすい、罪が入って来るならキリスト者の信仰生活はやさしく倒される!一番怖いのは、キリスト者の心の腐敗。特に注意!
4)子供と若者たちに、神様に対する誤った考えを入れることで、霊的に混乱させる。保護膜防御の壁を
5)偶像を拝ませ呪いの中に陥らせる。Ⅰコリント10:20異邦人の偶像を拝ませることで悪魔に属される

3.試みに勝ち抜く方法 ヘブライ6:19
1)聖霊様によって惑わしに勝ち抜く、真理が照らされることで! マルコ10:29-30、安定した錨!
2)試みのとき、聖霊様が保護膜、防御の壁になってくださる。Ⅰコリント10:13耐えることだけ、逃れる道
3)信徒たちを試みから救われる。Ⅱペトロ2:9 4)火の矢を消す信仰の盾を与えて下さる。エペソ6:16

4.聖霊様の助けによって、試みを勝ち抜いた人が受ける祝福
1)忍耐する信仰!ヤコブ1:3 
2)完全な信仰人格!ヤコブ1:4 
3)主に認められ命の冠を。ヤコブ1:12
@最後のときは、特にキリスト者に対する悪魔の試みと攻撃が絶え間ない。この為に神様は助け主、聖霊様を送って下さって神の人たちを守ってくださいますが・・・神様はむしろ、悪魔の試みを利用され、キリスト者たちが美しい実りを持ち、信仰の完成のきっかけとして用いられる。従って私たちは試練を恐れないで、それを発展のチャンスともちいるべき。方法は、イエス様にもっと近く!イエス様だけに委ねる!

感想

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00:02
さあ、今日は試練の中で助けられる聖霊様についてメッセージを分かち合いたいと思います。
神様の御言葉ある聖書で繰り返し繰り返し語られるということは、これは大事だから気をつけなさいということで理解していいでしょう。
今日は最後の時に関連する御言葉を分かち合いたいんですけど、最後は大きな霊的な戦いがあると言います。
悪魔は自分ができるすべてを尽くして、この世の人々を誘惑します。
そして罪を犯させて、みんなを連れて地獄に行こうと思います。
ですから悪魔は今、熱心に働いています。
反面、神様も神様のすべてを用いて信徒たちを保護し、また神の見姿である人間を救われ、
そしてみんな連れて天国に行くように、死の果てにまで信徒たちを使わせて、命の救いの御業を行っていらっしゃるところであります。
悪魔は悪魔のすべてを尽くして、神様は神様のすべてを尽くして、今働いている中で霊的な戦いがある。
霊的な戦いの中で私たちはどうすればいいのか。
福音書で繰り返し教えているのは、目を覚まして祈りなさい。
目を覚まして祈りなさい。
みなさん、どう説明すればいいでしょう。
先週、今日の朝、朝3時ぐらいに、2日前ですかね、息子がお父さんと言われて、私を起こしました。
起きてびっくりして息子のところを見てみたら、息子は今寝てるんですよ。
息子が私を起こしたことではないんですね。
これは何なのか、確かにお父さんというところで起きるから。
この時、みなさん、威厳で神様は何ですかって言いながら祈るべきでしょう。
ずっと祈りながら寝ました。
今日朝、誰かが私をバーッと蹴ったんです。
嫌だと思いながら起きたんですけど、誰もいなかった。
みなさん、怖いでしょう。
それで、これは何なのか。
今エリアが眠っている時に、天使が来て、蹴って、これを食べなさいと言われることがあったんじゃないですか。
とにかく私に、今週2回です。
今日朝も含めて、強く蹴りました。
びっくりして、1回に行って、何なのか、何か問題あったんじゃないか。
03:06
カスもチェックしたり、何か見て、2回に来てから、神様これは何ですかって言いながら、威厳でシャーッと寝て、教会で。
私がいつも心配して、昔私が心配したのは、父親、母親がもしかしてお年寄りだったから、
亡くなられたんだったらどうするかと思って寝る時のとき。
今は教会のお年寄りの方たちがいらっしゃるんで、
その方、もしかして、いろいろなことがあって、
ずっと威厳でお祈り、お祈りの安全のために祈りながら、
もう悪魔の働きをしりぞけて、イエス・キリストみんなによって守るような、
その心を持って、ずっと祈りながら寝ました。
一週間、理解なんですよ。
何でしょう、終わりだから、目を覚まして祈りなさいと言われることなのかと思いながら、
ああ、何か神様が私に何かやらせたいんだけど、私がまだ気づかない、
だから愚かな何か、鈍い私自身何があるかなと思いながら、
今、神様に集中して、ポイントを合わせて、
見声を聞きたいと思って、今、集中しているところであります。
とにかく、終わりの時に大事なのは、目を覚まして祈りなさい。
もう一つは、惑わされないように気をつけなさい。
また、黙示録では、このようなことがあります。
黙示録2章7章には、7つの教会に対する神様の預言が書かれてあって、
その預言の最後には、必ず耳ある者は、霊が諸教会に告げることを聞くが良い。
聖霊様が各教会に告げることを聞きなさい。聞きなさいと言う。
聞かなければ、大変になるからです。
ですから今日は、この最後の時に、聖霊様が各教会に語られることを聞きなさいという意味で、
最後の時に働かれる聖霊様ということを、私たちが考えていきたいと思います。
悪魔との霊的な戦いは、惑わしと真理の戦いだということです。
悪魔の主な武器は、惑わすこと、誘惑すること、騙すことです。
これを騙されないように、私たちは真理である御言葉、真理の霊である聖霊様に、しっかりついていかなければなりません。
もし霊的な戦いで負けるなら、どうなるんですか?
盗人が来るのは、盗んだり、ほほったり、滅ぼしたりするしかならない。
イエス様が来られたのは、羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためだということです。
06:04
私たちはイエス様によって、この霊的な戦いを必ず勝たなければなりません。
そうするために、惑わす悪魔との霊的な戦いを、これからどうすればいいのかということを、今日メッセージをしたいと思います。
まずはじめに考えるべきことは、誘惑、試練は悪魔から来るんだということを、まずしっかり覚えることが大事です。
人々が誤解することがあります。
お仕事がうまくできないか、また苦しみがあるとしたら、人々はいつも神様を恨みます。
神様がなぜ私にこのようなことをしてくれされるのか、なぜ神様は私をこの悪いことをしてくださるのかと言いながら、神様を恨むんですけど、そうではありません。
約文1章13節14節を見ますと、
誘惑にあるとき、誰も神に誘惑されたと言ってはなりません。
神様は誘惑される方ではなく、誘惑を受ける方でもありません。
誘惑を受けるのは、自分自身の心の欲望によって受けるようになるんだと言う。
じゃあ、惑わす、誘惑、騙すことは神様から来ることではなく、悪魔から来るんだということを、しっかり覚えることは大事なんです。
悪魔は誘惑します。騙します。そして私たちをダメにするように導いていきます。
悪魔は私たちの心の中にある、現在の3つのブサブレの要素があります。
肉の欲、目の欲、この世の奢り。
第1ヨハネの2章の15節、16節あるんですね。
それを利用して人々を攻撃するんですけど、イエス様もこの3つの誘惑を通してアラノで攻撃したことがあります。
悪魔は神様も誘惑しますよ。神様であるイエス様を誘惑されたものですから。
また悪魔はイエス様の弟子であるイスカリニューダーを誘惑しました。
そしてイエス様を裏切るようにしました。
同じように悪魔は今も私たちを誘惑したり、騙したりするんですけど、
誘惑、試み、どれほど熱心なのか。
第1ペトロン2章5章8節には、「身を慎んで目を覚ましていなさい。
あなた方の敵である悪魔が吠えたける獅子のように誰かを食い尽くそうして探し回っている。」
悪魔は今探し回っているということです。誰かを食い尽くそうとして。
ですから私たちは、いつまでも悪魔の攻撃に対する準備をしていかなければなりません。
09:04
悪魔は吠えたける獅子のように私たちを食い尽くして何をしようとするのか。
ヨアネの10章10節に、
盗人が来るのは盗んだり、ほふったり、滅ぼしたりするため他ならない。
私が来たのは羊が命を受けるため、しかも豊かに受けるためだ。
悪魔の働きは、信徒たちを堕落させることです。
キリストを裏切り、信仰から離れる、信仰を捨てることです。
以前、私は韓国で2年間浪人したことがありました。
そこで私の出身教会に行って法師をするんですけど、
みんな専教師がいたら、私に勉強をさせてくださいと言って、聖書勉強会に来るんですね。
この聖書勉強会である一人の姉妹が、神天寺というところに行くと言われます。
だからみんなが、そこにいたんだよ、そこにいたらいけないよ。
みんなが熱心に彼女を辞めさせようと思った。
しかし彼女は生きました。
彼女の確信、神天寺こそ正しい福音だ、正しい何かどころだと。
どれほど騙されたら、こんな確信を持って離れてしまうんでしょうか。
惑わされたら、分別力がなくなるんで、
分別力がなくなったところには、
もう自分はここにいていいのか悪いのかわからなくついて行ってしまうんです。
悪魔は、神の子供たちが神様に対して素晴らしいことを悟ることを一番怖がります。
だからメッセージを聞いたり、聖書を読んだり、神の恵みをいただいたりすることを悪魔は大嫌いなんです。
とにかく神様の祝福を、もう素晴らしいことをわからないで、
この世の中で夢中になって、この世を愛するようにします。
結局、この世の中が忙しくて、この世の中を愛して、
この世の中のことゆえに信仰をだんだん離れることによって、信仰から離れてしまうような。
結局それは全て悪魔の仕業です。
ここについて行けばどうなるんでしょう?
結局、サタによって地獄に行くことしかないでしょう。
悪魔は私たちを試みるんですけど、何を通して試みるのか、
もう皆さんご存知のものですけど、
全部知っていると思いながら騙されるものですから、これが気をつけるべきですね。
皆さん、初めは創世記でエヴァ・アダムを誰が騙したんですか?
ヘビが騙しました。
ヘビが変な言葉を通して、エヴァを騙し、アダムを騙して、
12:03
それから神様から離れるようにしたんですね。
私たちを誰が騙すんでしょう?
私たちと親しい関係にある人を通して、お友達を通してです。
第一コリント中古書33世、
思い違いをしてはいけません。
悪い付き合いは良い習慣を絶えなしにするんです。
私たちを誰が騙すのか、
私と一番親しい、しかし聖書的な価値観を持っていない、
この世的な価値観を持っている友達が私を騙します。
私の娘が小学1年生、2年生の時、
私が新学校に行く時でした。
ある学校の中で一番親しく遊んでいる娘の友達なんですけど、
彼女から何を聞いたかわからないんだけど、ある日私に
パパ、一度離婚するのは仕方ないですね。
小学1年生、2年生が一度離婚するのは仕方がないですねと言って、
あなたは何をわかってからこんなことをするのかと思ったら、
一番学校に行って、いつも親しくやっているこの近くに住んでいる
この姉妹というんですか、女の子が私の娘に
いつも見てみたら、そのお母さんは離婚されて、
一人ぽちで娘さんたちを育てている。
だからいつも言う口癖とか言いましょうか、恨みとかなんとか、
一回離婚しなきゃ、離婚するしかないということを自分たちが言うんですね。
これは自然にその話を聞いてしまえば、だんだんそれが正しいと思って、
何があったら優しく離婚しようと思ってしまうような、
子供の時からこんなことが世の中にあるものですから、
気をつけなければいけないと思います。
今、皆さん、一番私が気にしているのは、学校の先生なんです。
以前、息子がインターナショナルスクールにいる時に、
インターナショナルスクールの先生が、
授業の時間で何を言ったか知られませんけど、
息子が私の信仰に反発しましたね。
先生から聞いたことが、この先生ハーバード出身の先生から聞いたことが、
パパよりもっと偉いから正しいと思ったでしょう。
だからその話をいつも覚えていて、私が何と言ったら反発して、そうではないという。
15:02
どうしてあなたがこんな偉くなったのかと思ったら、先生から聞いたということですね。
今、私が気にしているのは、ミッションスクールにいらっしゃる僕先生たち。
ほぼほとんどの先生たちがインテリです。
すごく勉強された方です。
その方たち、今、理性的なこの方の中で、
ほぼほとんどの先生たちが宗教多言論を支持していることです。
だから、どんな宗教でも救いがあるし、どんな宗教でも熱心にやればいい。
どんな宗教でも真理がある。どんな宗教でもキリストがいるんだと。
マホメット教はマホメットがキリスト。
このようなやり方ですね。
皆さん、宗教多言論に救いがあると思いますか?
ありません。
これが教会の今、ほぼほとんどの流れがこのようになっているものですから。
だから、ミッションスクールに行く子どもたちに安心してはいけません。
また、先生方々が子どもたちに何と宗教の中で話したのか、
子どもたちの頭にはあるんですけど、私たちはよく分かっていません。
だから、子どもたちと対話するときに、
私の子どもの信仰は正しいのか、大丈夫なのかを、親が確かめなければいけません。
このことを思って、子どもたちのために私たちが死ぬときまで、
もう、祈らなきゃいけないし、面倒見ていかなきゃいけないところだから、
皆さん、大事なのは、信仰を持っていない人を通して悪魔は戦い、働きます。
惑わしが来ます。
エヴァを騙したように、
全ての惑わしが来るんだということを考えながら、私たちは気を付けなければなりません。
また、悪魔はどんな方法を通して試みるのか、
私たちが貧しいとき、また困る立場にいるときに、悪魔は必ず働きます。
また、四書で、イエス様はアラノで訓練を受けるために40日間短縮しました。
そこで誰が来たんですか?
悪魔が来たんです。
私たちが困るとき、また貧しいとき、難しいとき、
いつもいろんな試練の中にいるときに、悪魔は来ます。
そして、イエス様に何と言うんですか?
神の子なら、この石がパンになるように明治たらどうだと言いながら、イエス様を騙そうとする。
私はいつも気にしているのは、貧しいときにいろいろな誘惑があることは、皆さんご存知でしょう。
借金。
私たちは教会で、私は借金はしません。
私は教会でこんなことを進めないでください。
前のある方たちがこう言いました。
18:02
教会を建てるためには、銀行から借金をして、建てて、献金を持って何か返せばいいんじゃないかという。
私は絶対そんなことはやりません。
私がたくさんのお金を持って行って、そのお金の範囲内でできるものならやりますけど、できないものならやりません。
なぜなら、借金のために教会を運営するのはありえないことだからです。
だから、こんなことがあってはいけないことをぜひ覚えていきましょう。
ショージエイニン・レビはイスラエル人なのに、なぜローマのために働く、ローマの手先になってしまったんでしょう。
彼は貧しかったからです。お金に困っていたからです。
だから、民族も裏切り、領主も裏切り、信仰も裏切り、彼はイスラエル民族の裏切り者になった。
イエス様を助けなければ彼はどうだったんでしょう。
ですから私たちは、苦しむ時、困った時に必ず悪魔は働くんだということを覚えて、そこをもっと気をつけなければなりません。
また悪魔は、成功の時、敗因の時にまた悪魔の働きがあります。
悪魔はこの世の神ですから、この世の栄光を用いて人々を誘惑します。
悪魔がどのようにイエス様を誘惑したのか、ご覧ください。
マタエの4章、8節、9節。
さらに悪魔はイエス様を非常に高い山に連れて行き、世の全ての国々とその栄光ぶりを見せて、もしひれ伏して私を拝むなら、これをみんな与えてあげようと言いました。
イエス様さえも、神様さえも悪魔は騙そうとしたんです。
誘惑しようとした。
だったら私たちはどうでしょう?
もし私たちが、この世の中で野望を持っている、この世の中で私は偉くなりたい、このような心を持っていたら、悪魔は必ず働きます。
そして私たちを騙すようになるでしょう。
じゃあ皆さん、ご存知ですか?
あるこのような話があります。
アクレイの会議です。
アクレイ共が集まって、どうすればキリスト者の信仰をやめさせることができるかという会議をしたそうです。
このアクレイの中で一人がこう言います。
殺しましょう!
だったら他のアクレイが、いや、ダメです、ダメです。
キリスト者を殺すなら、殉教者になるものだから、殉教をキリスト者たちが一番狙っていること。
だから、殉教される、尊敬する、逆効果がある、絶対殉教させてはいけません。
だったら、残忍すぎる公明をすればいいんじゃないか。
21:03
そしたら他の例がこう言います。
キリスト者たちは拷問させたら、
自分もイエス様のように十字架にかけられる、このような十字架の苦難に参加することだと思って喜ぶんだと。
苦難を受けたら天国で報いがたくさんあると思って、むしろ苦難を与えたらもっとキリスト者に喜ぶ。
だったらどうすればいいのか。
あるアクレイがこう言います。
キリスト者たちにこの世の富と栄光、また楽な生活を与えよう。
そうするなら、この生活の中で油断してしまって罪を犯すだろう。
キリスト者たちが罪を犯すなら、私たちはいくらでも倒すことができる。
そうです。
だからキリスト者たちが気をつけなければいけないことは、
苦難、殉教、苦しみよりむしろ楽になること、成功することをもっと気をつけなければいけない。
今日本当に素晴らしい。
新元の三十章にはアグルという人が神様に祈ったお祈りがあります。
この三十章の七節や九節、二つのことをあなたに願います。
私が死ぬまでこれを拒まないでください。
虚しいもの、偽りの言葉を私から遠ざけてください。
一つ、偽りのことを私から遠ざけてください。
もう一つは、貧しくもせず、金持ちにもせず、
私のために定められたパンで私を養ってください。
飽きたりれば裏切り、種など何者かという恐れがあります。
貧しければ盗みを働き、私は神の身の怪我しかねません。
そうです。貧しければ神様に何か、神を裏切ること、恨むことがあります。
私がまだ金持ちになって偉そうになったら傲慢になってしまって堕落してしまえばまたダメなのです。
だから、私に与えられたこの一定な分を持って、
私たちの日曜の糧、それを持って私は正しい信仰を持ちたいという、
本当に素晴らしいことです。
キリスト者たちが一番気をつけなければいけないことは、
苦難と春況ではありません。
苦難と春況は私たちの信仰をもっと強めてください。
一番怖い敵は、この世の豊かさです。
世の中の富、成功、出世、またこの豊かさが私たちを罪を犯させ、
キリスト者たちに罪が入ってきたら、キリスト者たちは優しく倒れてしまいます。
ですから、キリストが気をつけなければいけない部分は、
この心の中の欲望、また貪り、腐敗、この部分を気をつけなければいけないと、
24:07
私たちは聖書は言っているところであります。
また4番目に、悪魔は空上崇拝を通して私たちを誘惑します。
空上崇拝は非常に難しいことです。
第一コリント中小二重説に、
いや、私が言おうとするのは、空上に捧げる備え物は、
神ではなく、悪霊に捧げているという点です。
私はあなた方に、悪魔の仲間になっては欲しくありません。
私たちは世の中の空上を拝むとか、
世の中のいろいろな習しに従うということは、
結局悪魔に従うことになるんだと、聖書は言っています。
このような習しに従う生活をずっとしていく間に、
私たちの心が神様より空上に陥られる可能性があります。
主程二重説5節に言いますと、
空上を拝んではいけないと言いながら、
私を憎む者には、父の戸賀を子に報い、
三代四代まで至ると言います。
今年は家庭に流れる呪いについて、
私はメッセージを知っていませんが、
家庭に流れる呪いによって一番苦しんだのは、
私たちの家庭でした。
普通に空上を拝んだりすることを、
あまり何か必死にしないところは問題ないのですが、
私の家庭は、私の家門と言いましょうか、
家庭は、戦場に対する空上を拝むことを、
なんとか名誉と思っている。
だから、熱心に拝んでいる。
それをうまくやることが、
いい家だということに、
なんとかできているところなので、
厳しく厳しくそれを強要したと言いましょうか。
だから私たちは、子供の時から戦場に対する儀式、
拝むことを、これを熱心にやりました。
その結果はどうなったのか。
私の家庭、私の姉、
または私の弟、
私の家庭も含め、
子供たちが全部、
難しくなる。
難しい、礼儀的な難しい状況になってしまいました。
その故に、私たちは非常に多く苦しみ、
多く苦労しました。
それを、どこから問題が来たのか分からなくて、
それを何か求めているところで、
家庭に流れる呪いということを分かってから、
それを全部切り捨て、悔い改めて、
イエスキリの御名によって、
27:00
全部清く清く、
この荒を働きをして、
今少し安定されているところでありますけど、
家庭の中で呪い、問題がたくさんある家庭に、
このような空場に対する影響を、
皆さん考えること、
一度調べることが非常に大事だと思います。
皆さん、私たちの教会には、
空場をこんなに、
もうひどく拝んだり、
戸が過ぎるほど拝んだりする家庭はないでしょう。
まあ、それが何より幸いです。
私たちはそうではなかったので、
私たちは非常に大きな苦労があったし、
子供たちが苦労しました。
子供たちがたくさん苦労したこと、
だからこの部分は、
絶対やってはいけないことを、
ぜひ理解していただきたいと思います。
このように悪魔は、
私たちの中で呪いを、
いろいろな誘惑と惑わし、
このことをやるんですけど、
それを勝ち抜く方法が何なのか、
聖霊様が私たちを助けてくださいます。
聖霊様は私たちに、
真理を照らしてくださって、
このすべての惑わし、
誘惑、
サタンの肌らきから、
私たちを守ってくださいます。
私は、
イエス様を信じることによって、
父から、
家庭の転倒である、
洗浄に対する儀式をしない。
それで家から追い出されてしまいました。
だからその時、
私はもう行くところもない、
それで教会に行って、
教会の軌道室、地下にある軌道室で、
なんとか生活する。
そこで止まることもあったんですけど、
その時、
聖霊様が私に、
心の中に入れてくださった、
見事もあったんです。
当時私は聖書を読んでませんでした。
聖書を読んでなかったんですけど、
聖霊様が私の心に、
見事も入れてくださった。
これがマルコ出書の29節、30節。
イエスは言われた、
はっきり言っておくが、
私のため、また福音のために、
家、兄弟、姉妹、母、父、子供、
畑を捨てた者は、誰でも、
今この世で迫害を受けるが、
家、兄弟、姉妹、母、子供、
畑も百倍受け、
後の世では永遠の命を受ける。
皆さん、この見言葉が、
私が福音のため、
イエス様のために、
家から追い出された、
もうぴったりその見言葉ですね。
それを私は覚えていました。
覚えたこの聖書が、
私の霊魂の怒り、
船が流されないように、
船の海の中に入れる怒り、
それのように、私の信仰が揺れないように、
30:01
しっかり守ってくれる、
この怒りの役割をしてくださった。
この見言葉が、
ヘブライ賞6章中級説、
この霊魂の怒りという言葉がここに出るんですけど、
私はその見言葉によって、
しっかり信仰が立てられて、
最後まで30年間、父と戦いました。
戦ってはいけないんですけど、
父の迫害を耐えていきました。
30年ですよ、30年。
父が亡くなる時まで、
それからもっと長いんですけど、
30年間、父が私に洗礼を受ける時まで、
私の見言葉、この見言葉が私を生かしてくださった。
聖霊様が真理を照らしてくださらなければ、
私たちはこの苦難の中に生きることはできません。
また、聖霊様は試練の時に、
私たちの保護膜、
防御の壁になってくださいます。
第1コリート10章13説、
あなた方を襲った試練で、
人間として耐えられないようなものはなかったはずです。
神は真実な方です。
あなた方を耐えられないような試練に合わせるようなことをされず、
試練と共にそれに耐えられるように、
逃れる道をも備えてくださる。
神様は耐えるような力もくださるだけじゃなくて、
もし耐えられなければ、
逃れる道も備えてくださるから、
聖霊様は私たちを安全に、
このような試練から私たちを守るようにしてくださる。
また、エピソード6章16説には、
なお、その上に信仰の盾として取りなさい。
それによって悪い者を放つ火の矢をごとごと消すことができます。
悪魔の火の矢をごとごと消すことができるように、
私たちは心に盾を立ててくださる。
この方が聖霊様です。
ですから、試練の時、迫害の時、難しい時、
最後の時に、私たちは聖霊様に委ねて、
助け主、聖霊様に委ねて生きること、
これが何より大事です。
このように、聖霊の助けによって、
試練を勝ち抜く人が受ける祝福、
何でしょう。
まずはじめに、約一章三節、
信仰を試されるところには、
忍耐が生じると、あなた方は知っています。
聖霊様が私たちを助けること、
まずはじめに、忍耐する信仰ができます。
我慢できない。
ああ、私はこれ以上無理。
これじゃありません。
私たちは、いくらでも信仰によって耐えられる。
迫害は耐えられる。
ローマの迫害の中で、
キジトシャワイ、最後まで耐えていたように、
私たちが、この世の中でどんな苦しみがあるんだとしても、
33:01
耐えられるような、忍耐ができる信仰をさせてもらう。
忍耐ができなければいけませんし、
忍耐ができる。
また二番目大事な約一章四節、
あくまでも忍耐しなさい。
そうすれば、完全で申し分なく、
何一つ欠けるところがない人になります。
皆さん、試練によって忍耐していくところで、
信仰の完全な人格、
完全な信仰人格ができます。
イエス様のような完全な信仰の人格ができるように、
試練の中で聖霊様は私たちを鍛えてくださる。
素晴らしいでしょう。
また約一章十二節には、
試練に耐えしのぶ人は幸いです。
その人は、的確者として認められ、
神を愛する人々に約束された、
命の冠をいただくようになるんだ。
神様から、あなたは本当によくやった、
あなたは正しかった、
褒められるだけではなく、
私たちは命の冠をいただくようになる。
神徒としての最高の栄誉をいただくようになるんだということです。
ですから皆さん、
私たちに試練があるなら、
それを怖がってはいけません。
試練にあったときに、
聖霊様の助けによって、
私たちは豊かに勝利ができます。
勝利をできることだけじゃなくて、
その中で忍耐できる信仰、
また何一つ欠けるところがない、
完全な人格をさせてくださり、
また神様から褒められ、
最後に命の冠まで与えてくださる、
こんな素晴らしいことを、
皆さん、試練を通して、
聖霊様が私たちに与えてくださることなんです。
じゃあ、
最後の時に、
神徒たちに、
なぜ試練があるのか、
このことを、
このために、
神様、助け主、聖霊様を送ってくださいましたけど、
神様は悪魔の試み、
誘惑を、
それを利用して、
キリスト者長たちに、
美しい信仰の実り、
また信仰を完成できるきっかけとして、
使ってください。
ですから私たちは、
試練とか、
苦難とか、
難しさがあるんだとしては、
もうそれを恐れてはなりません。
チャンスが来た。
私の信仰がより、
もっとレベル高い信仰になる、
チャンスが来たと思って、
私たちが、
もう信仰をしっかり持つべきですけど、
ここ中で2つです。
1つはイエス様にもっと近くに行く。
イエス様を見習っていく。
もう1つは、
聖霊様が教会に語ることを聞くが良い。
聖霊様の見越えを聞いて、
そして、
よくよく従うこと。
36:00
これを私たちがうまくやっていくなら、
すべてを通して、
全を成し遂げてくださる神様を、
私たちが手を合うことができるでしょう。
じゃあ今日は試練を通して、
私たちが鍛えられる神様を学びました。
ぜひとも最後の時に、
この見言葉を覚えていただければと思います。
じゃあお祈り出します。
主よ、最後の時、
今は最後の時です。
世の中には、
最後の時の印に満たされているところであります。
この時、
信仰が難しくなると、
色々聞いているんですけど、
恐れる必要はないと、
今日聞かれました。
もっともっとイエス様に近く、
ついていきたいと思います。
イエス様に見慣れていきたいと思います。
また、
聖霊様に、
巫女を巫女へに、
よくよく敏感に従って、
ついていく私たちにならせてください。
そして、試練を通して、
私たちの信仰の人格が、
ますます完璧になるように助けてください。
イエス様の皆を通してお祈り致します。
アーメン
ありがとうございます。
37:21

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