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【聖書からはじめる信仰入門⑯】 弟子としての生き方(マルコによる福音書8:27-31)
2026-09-23 19:05

【聖書からはじめる信仰入門⑯】 弟子としての生き方(マルコによる福音書8:27-31)

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プロテスタント教会に興味がある方へ向けて、その入り口となるメッセージをお届けします。
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【概要】人々はイエス様を信じる時、何を期待するのでしょうか。 しかし、イエス様を主でありキリストとして受け入れた者(神の子供)の生活は、どうあるべきでしょうか。 信仰告白をした時、イエス様は何を教えてくださったのでしょうか。キリストの使命を教えてくださった理由は何でしょうか。 私たちがキリストの弟子として生きていこうとする時、必ず果たさなければならない2つのことは何でしょうか。自己否定とは? 自分の十字架とは? 弟子としての道を歩むとき、どんな心配がありますか? 心配に打ち勝つ道は何ですか? 真に命を救う道は何ですか? これから信仰によって生きる生活の大事さについて考えてみましょう。 イエス様の弟子とは、教会を中心とした生活を過ごし、再臨されるイエス様を待望し、礼拝者であり使命者としての生活をする者です。

【聖書の箇所】マルコによる福音書-31
イエスは、弟子たちとフィリポ・カイサリア地方の方々の村にお出かけになった。その途中、弟子たちに、「人々は、わたしのことを何者だと言っているか」と言われた。弟子たちは言った。「『洗礼者ヨハネだ』と言っています。ほかに、『エリヤだ』と言う人も、『預言者の一人だ』と言う人もいます。」 そこでイエスがお尋ねになった。「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか。」ペトロが答えた。「あなたは、メシアです。」 するとイエスは、御自分のことをだれにも話さないようにと弟子たちを戒められた。それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。

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東京ぶどうの木教会のファンとします。 私たちの教会は聖書を通してグッドニュース、福音を伝えているところであります。
先週私たちは、私たちを救うために来られた女の子孫イエスキリストをどのように受け入れ、
救われることができるのかわかっちゃいました。 大事なのは信仰告白でした。
マルコの8章29節でペテロはあなたはミシアですと告白しました。 非常に短いですね。その内容を
シトパウルは詳しくローマの神道へに送る手紙でこのように教えてくださいました。 ローマの10章9節です。
口でイエスは主であると公に言い表し、 心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われます。
この信仰告白は理論で学んでできることではありません。 神様の霊、聖霊様が照らしてくださらなければいけない。
ですから私たちは救いは恵みとして受け入れられるんだと私たちは言っています。
人生で一番大事なのはイエスキリストを出会って救われることです。 ところがそれで全てが終わったことではありません。
イエスキリストを信じて救われた後の生活、キリストを支配としてどのように生きるかが大事です。
皆さん赤ちゃんがこの世で生まれることも大事ですけど、赤ちゃんが成長してどんな人になるのか、これはもっともっと大事に思うことではありませんか。
イエス様はあなたたちは言って全ての民を私の弟子にしなさいと言われました。 私たちはイエス様の弟子として成長していかなければいけません。
ですから今日は私たちはイエスキリストを信じて救われた私たちに弟子の道、弟子になること、それを一緒に分かち合いたいと思います。
今日の内容はマルコの福音書8章32節から38節までの内容です。
これからキリスト者の生活で一番大事なのは、今まで皆さん自分が主人になって、自分が全てを決めて選択して生きてこられたでしょう。
しかしこれからはイエス様を主人として受け入れ、イエス様を主人として拝んでいかなければいけない。
これがキリスト者の生活です。
世の中の人々は全部自分が決めて、自分が選択して、自分が全部、自分が主人です。自分が王です。
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しかしキリスト者は王はイエス様、主人はイエス様ですから、全てをイエス様に聞いてみて、イエス様に従って生きることが大事です。
これは根本的な違いです。
じゃあ立派に信仰告白したペテロにイエス様は言われます。
8章31節です。
それからイエスは人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老最初は立法学者たちから排斥されて殺され、
美化の後に復活することになっていると弟子たちに教え始められた。
じゃあこれはイエス様はキリスト者とメシアだと言ったら、メシアとしてイエス様が担わなければいけない大事な大事な使命を教えてくださった。
しかしそれをペテロは受け入れることはできませんでした。
ペテロ自身はイエス様を許されるのに、今度イエスを許されるのに行かれるとローマを滅ぼしイエス様が王になれると信じた。
それと今までのイエス様の奇跡イエス様の働きを見たらこれは当たり前だと思ったんです。
だからイエス様についてきたということでしょうか。
ところが苦難を受け見捨てられ殺され、これは自分が考えたメシアではないですからイエス様そうしてはいけないと言うんです。
じゃあそしたらイエス様彼をサタン引き下がれ、あなたは神のことを思わず人間のことを思っていると言う。
ペテロはサタンですか。本当に怖い話ですね。サタン引き下がれ。
皆さん神の身群を知らなく私たちの自分の考え通り信仰生活するならこの裏にサタンが働く。
ですから裏に働くサタンを引き下がれとイエス様命じられている。
皆さんイスカレテユダもイエス様の弟子でした。
しかし彼はこの世を愛しお金を愛するこれを金銭的な欲を捨てることはできなく、
それでサタンに利用されてイエス様を裏切るようになったんですね。
本当に本当にイエス様についていくことが信仰生活ですけど、
そこには必ず自己中心性を捨てて神様の身分を知って従う生活が必要です。
世の中の人々は自己中心的に生きている。
自分の目的のために自分のやり方自分の道で自分の資源で全てを自分の観点で
これを神様の目的神の道と方法神の資源神の観点でいかなきゃいけない。
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皆さん自分の目的のために生きる信仰これはご利益信仰。
自分の熱心で生きる信仰立法主義。
自分の方法で生きる信仰陳本主義と言います。
このご利益信仰立法主義陳本主義の裏にはサタンが働く。
ですからこれは正しい信仰ではなく誤った信仰偽りの信仰と言っていることなんです。
ですからイエス様がついていくために私たちはどうすればいいのかイエス様はこう言われます。
私の後についていきたいものは従いたいものは自分を捨て自分の十字架を背負って私に従いなさい。
じゃあ自分を捨てる自分を下ろす私たちはどうすれば自分を下ろすことができるしなぜ自分を下ろさなきゃいけないのか
イエス様についていくためには自分の考え自分のしっかりした考えを持ててはイエス様についていくことができません。
イエス様と同じ考えを持つときにイエス様についていくことができるでしょう。
ですから自分の考えを下ろさない限りイエス様についていくことができません。
また自分の十字架この十字架って今自分誰でも自分が担うべきこの役目使命があると
私たちの一番の使命は何ですか家族です。
私たちはみんな家庭を持っている人は家庭また家族
また私たちは覚醒師として勉強されるでしょうまたある方はサラリーマンとして職場の生活がある
また各々自分が自分に神様が示してくださった使命があります。
ですから私たちは私たちに与えられた自分がやるべきこの使命をしっかり担いながら
イエス様についていくことが大したということです。
この詳しい内容はいつかまた皆さんとわかっちゃいましょう。
私たちが弟子の道を歩もうとする時心配を起こすことがあります。
信仰生活と世の中の生活は本当に異なりますね。
信仰生活信仰の価値観とこの世の価値観は本当に違います。
私は覚醒の時代大学生の時にイエス様を受け入れて信仰に入ったものですから
覚醒の時私は主の日教会に行く主の日は日曜日ですね
教会でずっといろいろな奉仕をしたり礼拝を捧げたりいろいろな生活をしました
ところが私の友達はみんな格好の図書館で勉強するんですね
競争が激しいものですから
09:02
だから私は日曜日に教会に行くんだけ友達はみんな勉強にやっている
競争ができるかないつも心配がありました
またこの後就職したんですけど
職場で日曜日、会社が忙しい時は日曜日に出勤する人が多いんですけど
私は日曜日は礼拝を捧げるために会社に行かない
また信仰生活をしたらお酒も飲むことも少し気をつけなきゃいけないし
また他の人が見るのにキリスト教徒としてふさわしく生活をしないことがいろいろあって
職場で不利益を受けるんじゃないかなという心配がたくさんありました
しかし聖書は言っています
マタイの福音書6章33節
何よりもまず神の国と神の気を求めなさい
そうすればこれらのものは皆加えて与えられる
私は信仰によって生きると決めたものですから
本当に信仰によって生きたら神様が治癒を与えてくださり助けてくださって
私には問題がありませんでした
一番難しいことは家族ですね
私の父は先祖を拝むこの韓国の儀式がすごいです
しかし私は先祖を拝むこれは空城だと思って聖書に書かれてありますので
空城する愛をやめるように決めたから
それから父といろいろ意見が衝突して
それから家から出なきゃいけない
難しい状況がありました
その時聖書はマルコの福音書10章29節30
イエスは言われたはっきり言っておこう
私のためまた福音のために
家兄弟姉妹母父子供畑を捨てた者は誰でも
今この世で迫害も受けるが
家兄弟姉妹母子供畑を100倍受け
後の世では永遠の命を受ける
これは約束があります
これを聖霊様が私に示してくだ
私は覚えたこともないのに
これは聖霊様によって
私の心にしっかり受け止められていました
私はその通り行きました
そしたら神様が私が卒業の後
一番韓国で立派な会社に就職させてくださった
その会社から日本の駐社員の生活もさせてくださり
それで日本で研修して
心学を学び牧師になり
結局最後は父親が私に洗礼を受けられたことになりました
本当に不思議なマルクの実証29節30節
素晴らしい素晴らしい約束ですね
じゃあ私たちが本当に命を救う道は何でしょう
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これは積極的な信仰生活
死ぬと思ったら生きろ
生きようと思ったら妥協するんですね
適当に二股掛ける生活をする
これはやっぱり信仰生活で一番良くないことでした
私はしっかり死ぬと思って信仰生活したもんですから
私には本当に全てがしっかりした道が神様から備えられ与えられ
今まで神の恵みによって生きるようになりました
ところが人々はイエス様と聖書の見言葉を恥と思う可能性があります
なぜでしょう
日本ではキリスト者が1%しかない
韓国は30%と言いますけど
少し何か膨らんでいることではないかと思います
日本は1%にもなりません
だからキリスト者はいつも少ない人数です
だから少ない人数
このキリスト者は自分は信じるんだということを隠したいということはありませんか
学校でもそうだし会社でもそうだし
信仰の話をするなら本当に何とか不利益があるんじゃないかといういろんな心配があります
しかし聖書ははっきり言っています
あなたたちは世の光世の塩だと
キリスト者によってこの世の中が明るくなり臭くならないんだと
私たちはその役目を担うなきゃいけないんだと
これを聖書はしっかり教えてくださるんですね
じゃあまたこの38節には私の話を恥と思うなら無視するなら
イエス様が再臨なさる時イエス様もその人を恥と思うかもしれない
いやあなたみたいな神の子供は神の子と言われることも恥ずかしいと
言われるかもしれないということです
まあとにかく私たちは信仰が与えられたからでしょう
私は信仰を見言葉通り生きると決めたものですから
その通り生きると決めたものでその通り生きてみれば
全てが備えられ全てが守られ
だから道が開かれ今まで生きてきたと思います
皆さん今はイエス様信じるんだって迫害される
昔々諸大教会ローマの時代ではありません
ですから私たちは迫害を受けることはありません
それにもかかわらずキリストを支配としてこの世で生きるということは
本当に優しくないことはある
広い道に行く人は多いけど狭いものから
細い道に歩む人は本当に少ないと言います
しかしこの細い道狭いものから細い道に行く
15:04
これが命の道だ
広い道を滅びぬ道だと聖書は教えてくださるんですね
難しく見えるキリスト者の生活のために
主は私たちに教会を作ってくださる
教会はイエスキリストを信じる
信仰告白した人たちの共同体です
天国に一緒に行く兄弟姉妹です
本当に霊的な家族として神様は私たちを作ってくださいました
聖書は言っているのは信仰共同体として集まって過ごしなさい
ですから信仰してイエスキリストを信じる人は
教会中心的な生活これが大事です
一人ぼっちで信仰生活することもあるでしょう
では難しいです
一人で信仰生活になっていくのは本当に難しい
教会として集まってそしてお互いに助け合い愛し合い
そして毎週の礼拝を通して神様のメッセージを聞きながら
賛美とお祈りを持って一緒に力を合わせて生きる
このような生活を通してこの世で私たちが与えられた使命を担うだけではなく
この世で本当に楽な本当に平凡な生活をして天国に行くことができるので
ぜひとも教会共同体として集まって信仰生活をするのは非常に大事です
マタイの福音書24章14節
そして御国のこの福音はあらゆる国の民の証として全世界に述べ伝えられる
それから終わりが来る
イエス様は必ず再臨なさると約束しておられます
じゃあその時まで私たちはイエス様が再び来られることを覚え
私たちに与えた使命をしっかり担いながら
教会共同体として集まった兄弟姉妹を愛し合いながら
これから礼拝者として使命人として生きる
これが私たちキリスト者の生き方です
弟子としての生き方です
ぜひとも皆さんこのようなキリスト者の生活難しいことではありません
御言葉通りだったら神様が全てを備えてください
まず神の国と神の気を求めなさい
そうすればこれらのものは全て加えて与えられる
約束
私はこの約束によって今まで生きてきました
本当に素晴らしい約束
皆さんもぜひとも信仰を持って生きるこの生活をお勧めします
私からは以上です
ありがとうございました
主よ世の中の人々はこの百年
この世は百年天国地獄は永遠
18:02
百年が全てだと思って生きていらっしゃるんですけど
私たちの百年は短い
この後天国地獄はあります
人間はみんな自分の罪によって地獄に行くようになりますけど
イエス・キリストが私たち罪の身代わりとして
十字架で死んでくださったことによって
イエス・キリストを信じる人は救われる約束がある
またイエス・キリストを信じる人は
この信仰生活
教会中心的な生活しながら
神様の恵みと祝福と保護の中で
天国まで安全に生きるようになりますので
どうかどうか弟子の道しっかり歩む私たちにならせてください
イエス・キリスト様の皆を通してお祈りいたします
アーメン
19:05

コメント

メッセージありがとうございます。教会がイエス様の弟子として歩むということはどういうことなのか知りたいと思っていたところでしたので、大変参考になりました。

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