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#122 24歳の起業家。大学1年生から福島県大熊町へ取材に|ゲスト:阿部翔太郎さん
2026-04-02 15:10

#122 24歳の起業家。大学1年生から福島県大熊町へ取材に|ゲスト:阿部翔太郎さん

【今月のゲスト】 

株式会社ReFruits取締役 阿部翔太郎さん 

【今回のトークテーマ】 

・24歳の起業家。大学1年生から福島県大熊町へ取材に。 

・変えたいと変えちゃいけないという葛藤の中で進めるまちづくり 


東京商工会議所北支部会⻑である越野充博が

王子飛鳥山の邸宅の談話室で、北区内外の多彩な起業家、経営者の方々をお招きます。

情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。

グラスを傾けながら、北区の未来を語り合います。

▼番組への感想、MCヘのメッセージは以下までお寄せください!https://shibusawakun.fm/program/tnm/

お便りお待ちしております♪


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サマリー

24歳の起業家である阿部翔太郎さんは、株式会社ReFruitsの取締役として、福島県大熊町のキウイフルーツ生産・販売に携わっています。東日本大震災と原発事故で被害を受けた大熊町の特産品であるキウイフルーツを再生させることがミッションです。元々はジャーナリスト志望で、大学1年生から大熊町を取材していましたが、コロナ禍をきっかけに、自ら地域再生のために行動を起こすことを決意しました。新しい秩序やルールを自ら作り出すという強い意志を持って、地域に貢献しています。

自己紹介と株式会社ReFruitsの事業内容
飛鳥山の窓から、東京ノースムーブメント。 東京都北区飛鳥山。
暖炉のある小篠光洋さんの部屋には、未来を思う様々な人たちが遊びに来ます。 情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。
さあ、今夜はどんな話が飛び立つのでしょうか。
飛鳥山の窓から、東京ノースムーブメント。 パソナリティを務めます、小篠光洋です。
今、私がいる場所は、大地飛鳥山にある邸宅の談話室。 こちらに帰宅内外の多彩な企業家、経営者をおまけに来て、
グラスを傾けながら、じっくり楽しくお話しする。 そんな雰囲気でお送りしたいと思います。
さて、今月をお迎えしておりますのは、なんと24歳の新身経営の経営者でございます。
株式会社リフルーツ取締役、安倍昭太郎さんです。 安倍さん、よろしくお願いいたします。
はい、よろしくお願いします。
安倍さんね、邸宅の談話室ではあるんですけれども、スタジオが4月から新しくなりまして、
飛鳥山の窓からでは初めてのゲストでございますので、 記念すべきどうぞよろしくお願いいたします。
お願いします。
ここから、株式会社リフルーツというお話、 そして、安倍さんの事業についてお話をどんどん伺っていくんですけれども、
まず最初に、簡単に事業内容を教えていただけますでしょうか。
はい、ありがとうございます。株式会社リフルーツという会社をやっている安倍です。
リフルーツというフルーツというのが文字に入っているんですけど、
うちの会社では今、キウイフルーツに特化して、 キウイの生産と販売とかやったりしている会社をやっています。
はい。リフルーツのリっていうのは、英語の瀬戸語のREだから、 フルーツを新たにするとか、そういう意味合いが込められていると思うんですけれども、
大熊町での事業と町の再生
そこには実は、この安倍さんの会社が福島県の大熊町にあるというところが非常にポイントだと思うんですけど、
この辺もう少し詳しく教えてください。
ありがとうございます。
我々は今、拠点を福島県の大熊町というところに置いていて、
そこが2011年の原発事故、東日本大震災と原発事故で大きな被害を受けた町になっています。
まさに福島第一原発が立地する町なんですけど、そこの震災前の特産品がキウイだったので、
それを再生させようというのが一番の我々のミッションというか、やらないといけないことで、
そういう決意もあって、リフルーツという会社で今キウイをやっています。
なるほど。まさに大熊町は大変不幸な事故だった2011年、東日本大震災の時の原発の事故。
これのお膝元、逆にその前まではある意味、原発を経済の中心に据えながら発展してきた。
一方で周りは自然にあふれているので、キウイ栽培を始めとした農業も盛んだった。
そういう町だったということですね。
そうですね。
そしてリフルーツという言葉にはまさに町の再生とか、そこで盛んに生産されていた果樹園事業の再生みたいなことがここに込められているということですかね。
そうですね。結構シンプルな名前なんですけど、
思いとしてはかなり強く、それでいて多くの人に自分たちの思いも含めて知ってもらいたいなという事を思って事業をやっています。
言葉として、もともとある言葉じゃない、造語だと思うんだけど、
僕も実はこの会社の名前を聞いた時にドキッとしたというか、すごくシンプルだけども刺さる名前だなという風に思いましたね。
ありがとうございます。
阿部さんのジャーナリスト志望と大熊町との出会い
ということで実は安倍さんとの出会いというのは、直接安倍さんとではないんだけれども、
まず僕が大熊町に昨年の12月に視察に行かせていただいて、その時に共同で経営されている原口さんとお会いしたことから、
ぜひ安倍さんと原口さんがされている事業展開、活動を、より多くの私たち世代のものも含めた経営者の皆さんにも知っていただきたい、
街の皆さんにも知っていただきたいと思ったところからだということを、
ちょっと著者の人にもお伝えをしておきたいと思いますね。
さて、安倍さんのお話にどんどん入っていきたいと思いますけれども、
まず安倍さんの原点というかな、そこを伺っていきたいんですけれども、
元々はジャーナリスト志望でいらっしゃったということで。
そうですね、元々私出身は神奈川県の横浜市で、実家も農家でもないし、
大熊に元々住んでいたわけでもなく、この大熊町との出会いでいうと、
本当に自分は記者の仕事がしたくて、大学に入ってから取材をしようと思って、
原発がある街の取材をしようと思ってきたのが、この街との関わりのきっかけでしたね。
なるほど。このジャーナリストという仕事についてはいつ頃から、
そういう方面に行きたいという意識があったんですか。
そうですね、自分の記憶だと、高校入試のときに、
そういう仕事をしたいと面接でしゃべった覚えがあるんですよ。
中学校3年生。
なるほど。それは先生から、君は一体どういう仕事につきたいんだと言われて、
そのときにパッと思いついたのがジャーナリスト。
そうですね。パッとというか、面接で何をしゃべろうとか、
一応、高校、大学と一貫校というか、付属校みたいなところだったので、
そのまま将来大人になるために、何を高校、大学とかでやりたいのかなと思ったときに、
自分としては、その時点でジャーナリストみたいなことをしたいなと結構思っていたんですよね。
ということで、大学でもそういうジャーナリストを意識しながら、
そういう勉強というか、そういう活動もされていたということだと思うんですけども、
大学1年生から大熊町を取材、ジャーナリストとして取材していたと聞いたんだけど、
きっかけはどういうことだったんですか?
きっかけは意外とシンプルで、僕は当時、コロナの年に大学入学したんですよ。
なるほど。2020年?
そうです。2020年に入学して、もともとサークルの活動で取材とかをいっぱいやってるサークルに入ったんですけど、
コロナがあって、そのサークルは結構海外に行って取材をしたりとか、難民の島とか、そういうの全部行けなくなって、
国内で大きい問題っていうので、福島がサークルの活動としてもあったし、自分の興味としてもあったんで、
割とでもそこは消極的な理由ではないですけど、他の選択肢がコロナでだいぶなくなった中でっていうのが正直なところだったんですよね。
なるほど。分かりました。もう一つそれから、大学生活論の中でかな、法整備に取り組む、これはなんだ、ルールメーカーズダオって言うんですか?
ルールメーカーズダオでの活動
そうです。
メンバーってこと。僕、すみません、無勉強で、この団体知らないんだけど、これどういうことをやってるんだ?
これも私ももう本当に2,3年前のおっさんになっていたところなんですけど、そうですね、まさに民間から法整備をしようみたいな、
特に新しい領域のこのダオっていうのが、いわゆる暗号資産とか、仮想通貨のちょっと発展系みたいなものを軸に、
ウェブ上のちょっと難しいものを使って組織運営をしようみたいな、そういうのがあって、ちょっとそういう新しい技術を社会の中でどう法律に位置づけて事業としてやっていくかみたいなことに、
当時興味があって、その法整備のリサーチとかをお手伝いさせてもらったり。
法整備されてないものに対して、民間側からの発想で法整備をやっていく、そういうこと?
そうですね、それもありますし、逆に暗号資産の課税がどうなってるかとか、今の法律だとなかなか事業としてやれないよねみたいなところを、
こういうふうにすれば、もっと民間の事業としても成長産業にできるぞみたいなことを提案したりとか、そういったことをやってたり。
それは本当に僕不勉強だったけど、素晴らしい活動されてるんだね。
いや、これ偏見かもしれないけど、今の若い人たちって、すごくコンプライアンスを大事にして、きちんとしてるんだよね。
要するに、はみ出て法律を違反するようなことをしちゃいけない。
僕らの頃は、野山駆け回りながら立ちしょんべーは当たり前だし、柵を乗り越えて空き地で持って遊ぶとかって当たり前だったから、こんなの法律的にはアウトじゃない。
だけどさ、そういうことがあったから、いろんな活動の中でも許される部分みたいなことを考えるんだけど、今の人ってそういうのをすごいきちんとしてると思うんだよ。
それの裏返しとしては、逆に決まったことからはみ出ない。
だから、法律って別にいろんなこと議論されて、たまたま今の時点で決まってるだけで、いろんなことが真っ尺に合わなくなったら、民主党で変えていくべきなのに、そのパワーがないみたいな勝手な印象があったんだけど、
この活動ってまさに民間でもってグランドルール決めようよと。
僕らよく三角ベースって役やったんだけどさ。
別に四角で狭かったら三角でいいじゃないかって決めるね。
やっぱりそういう活動っていうのをやってたっていうのは素晴らしいよね。
どんどん拾われていいね。
それがまさに今の安倍さんたちの活動にもつながってると思うんですけど、どうですか。
本当にそうだと思いますね。
もともと自分、取材みたいなことをやってる立場から、実際に自分が給与を作るとか、プレイヤー側になるというか、企業をするみたいなことが一つ大きな転換として自分の中でもあったかなと思うんですけど、
でもそれもやっぱり今ある取り組みとか秩序の中だけでやってても本質的に大きい変革を作れないなとかインパクトを作れないなみたいなのはすごい思っていて、
さっきの法制務の取り組みとかも周りで実際民間の事業者で法律変えてまでこういうことやりたいみたいなエネルギーのある人見ていたりしたんで、
そういうふうな形で何かこう、自分が新しい秩序を作ってやるぞとか、新しい何かルールを作ってやるぞぐらいのモチベーションでやることで生まれるインパクトというか社会が変わっていくみたいなことを、
確かに自分もそういう人たちを見ながらやりたいなって思ったのが結構あったかもしれないです。
地域再生への思いと未来への展望
僕は視察に行って感じたことって、一つはもう本当にこれ状況的に言うと私たちも先輩から聞く歴史でしか知らないけれども、
太平洋戦争が終わって負けて戦後のやけの原、もうそれに近いな、小切れな建物が日本の経済力が他の部分ではあるからできてはいるけれども、
この空気というかなんか高齢感みたいなのはおそらく戦後ってこうだったんじゃないかって感じが一つした。
それと同時にそこで立ち上がった若者がいて、それは私たちの父やおじの世代だったわけですけれども、
その人たちが頑張って作ってきたものを我々が継承しながら今に至っているっていう、それと同じだな、
まさにその時の若者と原口さんや皆さんが重なったっていう感じがあるんだよね。
どう、何もないところから作るっていうことの大変さもいろいろあるけど、これはやりがいあるなっていうのはある?例として。
そうですね。やっぱり自分たちキウイを今作らせてもらっていて、自分たちが今キウイ作っている畑も自分たちがそれを始めなかったらずっとさらっちのままになってしまっていたわけで、
でもやっぱり自分たちのアクションとか行動が日々その地域の風景とか景色を少しずつでも変えているような、その効力感というか、
自分の行動が何かを変えているっていうことが感じられるのはモチベーションになりますし、
結構やっぱり福島の被災地の話をすると難しいのが、何もなくなっているのは確かなんですけど、
でもやっぱりその中でずっと積み上げられてきた歴史とかはもともとその土地にはあったわけで、
僕らとしてはそういうものをしっかり引き継ぎながら、でもやっぱりそれを次につなげるために自分たちはアクションをしないといけないし、
変えないといけないこともあるけど変えちゃいけないこともあると思うし、
そこをやっぱり今も日々何を大事にしていくべきなんだっけっていうことをすごい色々考えながら。
いやすごい、そういう歴史に思いを至らせているって素晴らしいと思いますね。
実は戦後の復興っていうのも、戦前日本は昭和12年、13年、14年、経済的にもうピークだったわけですよ。
一番良かったんですね。これで戦争でめちゃくちゃになっちゃったんだけど、そのペースがあったからやっぱり戦後復興できたっていうのがあるんで、
やっぱり一世代、二世代、昔の人たちがやったものに思いを至らせながら新しいものをやっていくっていうのはすごく大事なことだと思いますね。
2話以降も楽しみです。ここからお話深掘りしていきたいと思います。またよろしくお願いいたします。
はい、ありがとうございます。
15:10

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