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#125 はじまりは「みかんの代わり」それでもキウイがつなぐ、大熊の歴史と世界への夢|ゲスト:阿部翔太郎さん
2026-04-23 16:56

#125 はじまりは「みかんの代わり」それでもキウイがつなぐ、大熊の歴史と世界への夢|ゲスト:阿部翔太郎さん

【今月のゲスト】

株式会社ReFruits取締役 阿部翔太郎さん

【今回のトークテーマ】

・はじまりは「みかんの代わり」それでもキウイがつなぐ、大熊の歴史と世界への夢

・キウイ農園を「町のメディア」に


東京商工会議所北支部会⻑である越野充博が

王子飛鳥山の邸宅の談話室で、北区内外の多彩な起業家、経営者の方々をお招きます。

情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。

グラスを傾けながら、北区の未来を語り合います。


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サマリー

株式会社ReFruits取締役の阿部翔太郎さんは、キウイフルーツの生産国が中国であること、そして日本のキウイの強みがユニークな品種開発にあることを語ります。みかん産地がキウイ栽培に転換した経緯や、キウイを軸にした町のメディア化構想、そして大熊町の歴史と未来への思いについても触れています。

00:05
飛鳥山の窓から、TOKYO NORTH MOVEMENT
東京都北区飛鳥山。暖炉のある小篠光洋さんの部屋には、未来を思う様々な人たちが遊びに来ます。
情熱とアイデアが交錯した素敵なおしゃべり。さあ、今夜はどんな話が飛び出すんでしょうか。
こんばんは、小篠光洋です。今週も引き続き、株式会社リフルーツ取締役、阿部翔太郎さんをお迎えしております。よろしくお願いいたします。
はい、お願いします。
キウイフルーツの生産国と日本の強み
さて、キウイの生産国のナンバーワンというのは、実は中国だと僕は初めて聞いたんだけど、そうなんだ。
そうなんですよ。実はキウイはそもそも原産が中国で、もともとは中国にあったものがニュージーランドの方に持ち込まれて栽培技術が結構確立されて、今ニュージーランドもイメージとしては大きいと思うんですけど、でも量で言うと中国が圧倒的に多いですね。
でも、原口社長の話を伺ってても、もうライバルというか、それはもう圧倒的にニュージーランドだよ。中国のキウイってあまり世界に出てきてないわけ。
そうですね。中国はキウイの生産量でも一番なんですけど、消費量でも圧倒的に一番で。
自分たちの国で食べちゃってるの?
はい、食べてるんじゃないかなと。ちょっと僕も中国に行ったことないんでわかんないんですけど、めっちゃ食べてるんじゃないのかなと。
なるほどね。そうやって言われると確かに飾りみたいな部分も含めて、やっぱり緑って生えるんじゃない?
そうですね。
例えば竜の形みたいなのがあるじゃないですか。そういうのの竜の鱗のところにキウイがつかれたりとかって、今思い出しましたよね。
イメージできますよね、確かに。
なるほどね。そうなんだ。でも、生産が世界一ってことになれば、これもお祝いライバルになる可能性もあるっていうことですね。
そうですね。
なるほどね。わかりました。そういう時にやっぱり御社の生産してるものだけじゃなくて、日本のキウイの強みって今どこにあるんですか?
そうですね。実は日本の中でもユニークなキウイの品種を作ってる事例がいくつかあって、そういうのはやっぱり他の国にはないちょっと面白い品種。
やっぱり日本ってキウイに限らずですけど、結構研究熱心なところがあるのかなと思っていて、フルーツだと例えばトチオトメとかアマオウとか。
イチゴでね。
そうですね。ものがあったりとかシャインマスカットとかも含めて、やっぱり日本の高い品質のものをしっかり作るぞっていうことはやっぱり業界としてすごい盛んな部分だと思うので、
そこはキウイにおいてもいくつか面白い品種があったりするので、魅力的な部分かなと思いますね。
ちょっと話し飛んじゃうけど、そういうのさ、いいものを作って、やっぱり他の国に持っていかれないようにとか真似されないようにとか、ブロックが大変だよね。
そうですね。今結構ね、シャインとか流出もいろいろ言われたりするんで、頑張らないといけない部分だとは思いますね。自分たちが動向できるところじゃないかもしれないですけど。
みかん産地とキウイ栽培の転換
それから意外にキウイって、意外にっていうのは僕の不勉強なんだけども、愛媛とか香川とかそういうところで作られてるっていうんで。
そうですね。今のキウイの生産量の多いところで言うと愛媛県、福岡県、和歌山県が今国内だとスリートップで、そうですね、みかんを作っているイメージ。
そう、みかんの産地とかぶるね。
そうなんです。なんでかって言うと、キウイが日本に入ってきた時期が僕まで始まった81年とかその時期で、70年代後半から80年なんですけど、この時期にオレンジの輸入が解禁されて。
そうなんだよ。大問題になってね。
これがやっぱりみかん産地農家さんはなかなか大変っていうタイミングで、じゃあ逆に新しく入ってきたキウイ始められるんじゃないかというので、みかん農家さんがキウイ作っている事例がすごい多いので、みかん産地が今もキウイの生産量が多くなってますね。
ちょっと解説すると、オレンジ、当時ネーブルだとかね、グレープフルーツだとかそういう柑橘系のものがブロックされてたわけだけども、これが貿易の自由化で安く入ってくる状態になった時に、日本のみかん農家は壊滅するんじゃないかっていう風に言われたんですよね。
まさにそれは前回までの話で言ったキウイ、パパイヤ、マンゴーダレがあやっと時期に重なって、だから消費者的には歓迎すべき話だったんだけれども、やっぱり本当に一生懸命作ってこられた農家の方たちは大変な状況になったと。
そういう中で、キウイも僕初めて知りましたけど、副産物というか、これもやってっていうふうに、じゃあどうせ入ってくるんだったらこれもやろうみたいな、そういうことだったのかな。そこがやっぱり日本の農家の方たちの素晴らしいところだと思いますけどね。
そういうことが今にも続いていて、その地域での生産が多いということなんですね。
でも一方でもって、皆さんはまずはこれ専業でやろうとしてるわけじゃないですか。
その面白さみたいなものがある。
そうですね。やっぱり今申し上げた経緯で、国内の主要なキウイ産地はあくまでみかんがメインなので、キウイをメインに据えてる、専業でやってるっていう人自体が日本の中でも本当に数えるぐらいしかいないですよ。
そういうことか。
でもやっぱりキウイに絞ってやるからこそ、さっき申し上げた研究開発的な、こうやったらいいんじゃないかっていうイノベーションとか試行錯誤は、自分たちが本当に日本の中でも一番ぐらい頑張ってやってるつもりがありますし、
ライバルがあるし少ないからこそ、そこにどっぷり使って、キウイに絞ってやるぞってやれば、それだけでもすごい競争力に事業としてもなるなというのがあるので。
ですしさっき申し上げたように結構奥が深い部分もあるんで、チャンスなんじゃないかなと思ってますね。
キウイ産業のビジネスモデルと情報共有
確かに私たちのようなフラットな消費者が目に留めるマーケティングなんかも、よく考えるとニュージーランドの会社数ばっかりと言っていいよね。
そうですね。
それはニュージーランドの人たちはやっぱり専業で、川上から川下まで一生懸命やっておられるからそういうことになるわけで、それをやっぱり日本でもやればまたそのニュージーランドの展開とは違ったものが出てくる。
そうですね。
それを皆さんはやっていこうとされてるっていうことかしら。
そうですね。まさにそういった事業のモデルというか、ビジネスモデルでやるプレイヤーが産業的に見ても必要かなと思っていて、どうしても日本だと品種を作るところは都道府県がやって、農家さんはとにかくいいものを作るけど、売る部分はなかなかその関心がなかったりとか。
それはもちろんそれの合理性というか、いい部分はあったと思うんですけど、やっぱりこれから先どんどん世界中からいろんなものが動いていろんなものが入ってきてっていう中で、やっぱり競争力をある程度持つためにはしっかりその9位なら9位に絞って川上から川下まで見るみたいなことは必要な一つのやり方なのかなと思うので、自分たちはそういうところを目指していきたいなと。
これも全ていいところ悪いところあるんだけど、やっぱり県の農業試験場だとかそういう県単位でやってることによる縦割りというか、共有されない部分みたいなマイナスって、僕は想像ですよこれ。
だけどおそらくあるんだろうというふうに思ってて、だからそういうものに対して皆さんの活動がある種、かざのを開けるというか、横串をある意味通すというか、そういうのになるといいですね。
自分たちも実は愛媛県さんとか香川県さんとか福岡県の木見農家さんに結構毎年行かせてもらってて、やっぱり行くとその中ではすごい皆さん議論して現地の農家さんがやってて、自分たちは逆に今大隈にあんまり仲間がいない分、他の生産地の農家さんにいろいろ教えてもらってきたんですけど、やっぱりそれはでもすごい勉強になるんですよね。
その栽培普段やってる作業とか愛媛と香川でこういうところ違うんだとかはすごい勉強になるから、本当はそれをもうちょっと現場の農家同士が交流して情報交換できたら日本の木見農家みんながもうちょっとハッピーになれるんじゃないかなと思いますし、なんか本当にそこは自分たち世代だからこそあんまりこのしがらみをあるし乗り越えていろんなことを勉強させてもらいながら今後やれたらいいなと思いますね。
いろいろやっぱり企業ですから、企業だったりビジネスですから守らなければいけない秘密っていうのは当然あるけれども、逆にそういうものを共有した方が全体としていけるとかね、豊田さんとかそういうのが特許を公開してとかって言ってるようなそういうものもあるだろうし、だからそれを本当に現場の人たちが主体的にやっていく。
なんか国にそういうことを取りまとめをお願いするとかじゃなくて、今フラットにみんなが発信できるようになってるから、そこで現場が先にそういうふうにやりながら、冒頭のお話じゃないけれども、なんか法律的に整備するものが必要であればそれをきちっとやっていくなんていうのがやっぱり理想の形じゃないかなと思います。
キウイ畑をメディア化する構想
なるほど。さて、給与きっかけに人が集まる場所を作ろうということで、畑を観光やイベントの場にする構想もあるっていうんですか、この辺も教えてください。
うちの畑が今、例えば手こぎのトロッコがあったりとか、うちの畑の土がよく見える穴があったりとか、やっぱり自分たちの営みを自分たちに閉じたものにしないで、なるべくいろんな方に取り組みとか進捗の過程も含めてしてもらいたいなという思いがまずあります。
それは、それを通じてこの町の現状とか震災について知ってもらう、考えてもらう人を増やしたいということもありますし、もう一方でやっぱりもともと自分がジャーナリズム的な記事を書いたりドキュメンタリーを書いたりっていう真面目なアプローチでその地域のことを知ってもらおうとしてきたけど、なかなかそれだと届く人が限られるなっていう限界も少し感じてた中で、
やっぱりキウイっていうのを軸にすると、何それ面白そうじゃんっていう風な形で遊びに来てくれる方も多いんで、そういう形でこの地域との一つの接点というか入り口として機能できる場所にしたいなと思うので、今後もいろんなコンテンツとかを個人的にも作っていきたいなと。
いや、すごい大事なことで、実はその文脈でいうと、つい先日東京R不動産のババさんっていう創業者の方のお話を伺ってて、この方は函餓堂出身で不動産とか公共の建物の利用とかっていうのにものすごくやってる方、これちょっと調べてもらうと面白いけど、この方が言ってたのが要するに公園をどう活用していくかっていうのに、
公園をメディア化するんだと。そういう話です。だから要するに公園を良くするだけじゃなくて、そこで何をやってるのかっていうことが、やっぱりある意味できることだったら専門に発信できる人がいて、上手な写真の撮り方でそれをみんなに発信していくっていうことをやるっていうことは、
公園づくりのもう本当にある意味端っこにある話じゃなくて、メインストリームにちゃんと置いていかなきゃいけない話なんだっていうことをされていて、まさに今の話もそうで、実際生産の場でどんなことをやってるのかっていうのは、まさにジャーナリスティックって言っていいのかわからないけど、
要するにメディアの目で見ていって、例えばさっきいろんな話が出た枝をどうやって工夫してるなんて地味な話なんだけど、それを皆さんのような若者が苦労しながらやってるって、それだけでメディアになるじゃないですか。そういうのって本当に大事なんだ。そういう話を実は伺って、うちのところの飛鳥山公園もそうだよな。
それからまさに今この番組やってるのは、この地域のメディア化の一つなんですよ。だからそういうのを安倍さんのジャーナリストの勉強されたということと、ミキシングしていくと面白いものできそうな感じですよね。
あのトロッコ可愛かったよ。最高ですよ。なるほどね。原口さんにもめでたく、お子さんが誕生されたそうなんで、実にメインアイドルとして育てていただけると。売り込んでいきたいと思います。
大熊町の復興と歴史の継承
そうですね。さて、今の大隈町、これはどうですか。震災から15年ということなんですが、どんな風な街並みになりつつあるんでしょう。
そうですね。新しい建物がどんどん日に日にできていて、そこに新しい事業者さんが入ってきて、我々も含めて震災後に入ってくる方も増えてきて、少しずつ人は増えているかなというふうには思いますね。
学校が特別な教育をする私立学校が入ってきたりとか、本当に外から先ほど来申し上げているように、何もなくなってしまった部分の中で新たなものという、
街側もそういうものを積極的に誘致しているし、そういう方たちが入ってこられているという印象を持ちましたけど。
そうです。実は学校は私立に見えるんですが、公立なんですよ。
そうだった。
大隈町以外。
そうでしたか。
そうですね。あれもすごい先進的なカリキュラムと、ハードというか建物もすごい素敵なもので、新しいものが入ってくるのはもちろんこれから先の街を考える上で大事、必要だと思いつつ、
一方でやっぱり元々あったものが何なのかを忘れてしまったらダメだよなと思うんですよね。
そこに新しい人を誘致しないといけないとか、誘致できるというのは何かというと、やっぱりそれは原発の事故があったからで、それが奪ってしまったものが何かという目線を我々がなくしてしまうと、
やっぱりそこに元々あった街の文化とか歴史を、それって実はすごい大きい資産だと思うんですよね。
やっぱり我々のQEのストーリーも含めて、やっぱりこのストーリーがあるからこそ自分たちの活動に興味を持ってもらっていると思うんだけど、
そういう本来資産になり得るような可能性になり得るものをちょっと今、新しい建物を作る一方に走りすぎちゃって、
ちゃんとやっぱりこの街の文脈とかこの街でしかできないことって何だろうということへの目線がちょっと個人的には足りないんじゃないかなと、街全体のいろんな取り組みを見ていると。
なるほど。やっぱりそういうものをどう融合させていくかということでしょうね。
そうですね。
中間処理所地域のところにある神社をどうしていくのかっていうようなことがいろいろ展示がありますけど、
ああいうところでの中間処理所を受け入れたということも含めてのいろんなやっぱり、今も元気でいらっしゃいますけど、
先輩たちの思いとかそういうものをしっかりと受け止めながら前に進んでいくっていうのがすごく大切なように思いますね。
はい。
次回もまたお話を伺います。よろしくお願いいたします。ありがとうございました。
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