1. 手ざわり感さがし
  2. 1年続けた瞑想のやり方を間違..
2026-10-31 22:52

1年続けた瞑想のやり方を間違えてた…

おたよりを送る

今回は、シュウがえいこさんのご実家にお伺いして、

初めてリアルでお会いして、そのまま収録してます!

収録し始めた瞬間にえいこさんが凄くリアクションしてくれて…

 

えいこさんXアカウント:https://x.com/cocoref

 

収録日:10月17日

 

#手ざわり感さがし #手ざがし

 

シュウの放すラジオ:https://creators.spotify.com/pod/show/sakashushu

 

ご意見、ご感想、ご質問等、お気軽にどうぞ

メール:sakashushu+tezagashi@gmail.com

感想

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サマリー

シュウは、えいこさん宅に初めて訪れ、10日間の滞在を前に、1年間続けてきた瞑想について話す。京都で始めたヴィパッサナー瞑想では、身体や心に生じる感覚と、それに対する渇望・嫌悪などの反応を分けて観察することが重要だと説明する。シュウは当初、瞑想を実生活で怒りにくくなるための「練習」と捉えていたが、再び10日間の合宿に参加し、瞑想そのものが心の癖を変えていく本番だと気づいた。雑念が浮かんだときに「またできなかった」とがっかりすることも反応であり、評価せず淡々と観察する必要があるという。新しい反応から徐々に古い心の癖が浮かび上がり、それを取り除いていく過程が瞑想だと語られる。えいこさんは、違和感を憎しみにまで膨らませず、相手の反応を観察することが多様性につながるのではないかと受け止める。二人は、反応の連鎖が人間関係や国同士の対立にも広がり得ること、SNS上の論争や会社の飲み会での「論破」の場面にも似た構図があることを話す。

えいこさん宅で始まる瞑想合宿の話
スピーカー 1
本日は、シュウについてお話しします。 本日は、シュウについてお話しします。
本日は、シュウについてお話しします。
スピーカー 2
本日は、シュウについてお話しします。
本日は、シュウについてお話しします。
本日は、シュウについてお話しします。
スピーカー 1
本日は、シュウについてお話しします。
あ、本当だ!やられた!
全然気づかなかった!
もうマジでムカつくんだけど
ぺったんこのやつ
スピーカー 1
聞いてる人はわからないと思うんですけど
今リアルでね、えいこさんのお宅に初めてお邪魔して
これから10日間滞在させてもらうんですけど
お庭でね、くっつき
草ぼうぼうだから
スピーカー 1
くっつき、なんていうんですか
スピーカー 2
猫でさ、アネと違うよね
スピーカー 1
ツンツンしたさ、トギトギしたやつ
なんかありますよね
ちっちゃい頃は、あれ名前わからないけど
スピーカー 2
せんべいみたいな
せんべいみたいなくっつくやつ
せんべいみたいじゃない
日立体操の日立体せんべいみたいな
スピーカー 1
米粒みたいなのが
いっぱいくっついてました
スピーカー 2
しるはねうちについててムカつくよね
それ
スピーカー 1
ムカついてはいかないですけど
まあまあまあ、のんびりね
僕も今瞑想合宿帰りなんで
心が穏やかだから
スピーカー 2
その話聞きたい!
はい、瞑想合宿の話聞きたい
スピーカー 1
あー、なんでも
何が聞きたいですか
え、なんか今回何か
スピーカー 2
新しいことがあったりしたんですか
スピーカー 1
新しいっていうかね
1年間僕もようやく続きましたけど
今までのやり方がちょっと
だんだん間違えてたっていうのを
気づいたっていうのが一番大きいですね
スピーカー 2
どういうこと?そこを教えて
スピーカー 1
どういうことって感じですよね
もうそれで言うと
長年やってる人とかでも
7,8年やってて
今までのやり方がずっと間違ってたって
気づいたとか
一番ひどい人だと10年経って
やっと気づいたとかそういう話も
ちょいちょい聞いてたんですよ、僕も
で、いやーそんなの
避けようがないのかなーって
思ってたんですけど
今回自分でやってみて
ちょっと避けようがないなーって思いましたね
スピーカー 2
どういうところが
間違ってたっていう感じ
スピーカー 1
ちょっと長めになりますよ、話
いいですよ、聞きたい
スピーカー 2
その話聞くために
聞くのも私の
楽しみの一つだった
今回
ヴィパッサナー瞑想と感覚・反応
スピーカー 1
そもそも
僕がちょうど1年前ぐらい
10月14日
15日に
京都で始まった
10月14日、15日が
開始日の10日間合宿
が初めての僕の
瞑想だった
合宿だったんですよね
その時に
初日に見せてもらった
音声だったかもしれないんですけど
スピーカー 1
音声かなー
それで言ってた内容が
自分に響きすぎて
あまりにもしっくりきすぎて
それがね
きっかけというか
それがあったから
初日にいきなりそういう衝撃的なのを
僕は聞いちゃったから
その後の10日間は
ある意味肉体はつらいんですけど
心の中は楽しい
ってしかなかったんですよ
10日間
ひたすら僕的には楽しかった
っていうぐらい
その時衝撃を受けたんですよね
それが
瞑想法として
ヴィパッサナー
っていう僕が受けたのがその合宿なので
ヴィパッサナーという瞑想法は
2500年前にゴータマシダルサさん
いわゆるブッダ
ブッダって言われてる
ブッダって本当は人の名前じゃなくて
悟った人って意味なんですよね
スピーカー 2
そうなんだ
スピーカー 1
だからブッダって言うと
ちょっと語弊があるから
ゴータマブッダさんとか
ゴータマシダルサさん
って言うんですけど
ゴータマブッダさんが2500年前に
作った瞑想法
なんですよね
ヴィパッサナー瞑想っていうのは
スピーカー 2
仏教ってことなのか
スピーカー 1
そこから仏教
ゴータマさんがいた頃は仏教という言葉も
何もない
けど
亡くなってから弟子の人たちが
仏教という言葉を作って
リュウゲン三月とかやったじゃないですか
ホテルラジオで
あれである程度細かく喋られてましたけど
そこから周波に分かれて
大乗仏教になって
ジョウザブ仏教
っていう
スピーカー 1
ごめんなさい
まだくっついてるのがあった
くっつき虫的なやつね
スピーカー 2
取れないムカつけやつ
スピーカー 1
ありがとうございます
スピーカー 2
一個取れない
スピーカー 1
一個取れない
すみません
スピーカー 2
ムカつけやつ
スピーカー 1
そんなムカつくかな
ちまちま取ってれば取れますよ
だいたい取れたかな
スピーカー 2
取れた
スピーカー 1
その瞑想法
っていうことで
仏陀さんが言われてたのが
みんな
私っていうのにすごいこだわる
我が強いとか
自我が強いみたいな言い方するときの
その我
私っていうのは
仏陀さん的には
大きく分けて体と心の二つに
分かれます
スピーカー 1
体はただ体なんですけど
心はさらに四つに
分解することができますって言ってて
意識認識
感覚反応
それがじゅんぐりじゅんぐり回る
みたいな言い方してるんですけど
意識認識は
僕最初に聞いたとき
はぁはぁふんふんぐらいに聞いてたんですけど
感覚と反応が
分かれるっていう話が
僕にとって
ピンときすぎちゃって
スピーカー 1
感覚って
体の感覚
目で見ることも鼻で匂い嗅ぐことも
音を聞くことも
触って感じること
あとは味覚で味を感じること
あとは心で
意識を持って意識が感じること
その六つを
仏教では
六識って言って
五感プラス意識
みたいな感じなんですよね
五感と厳密に言うと違うらしいんですけど
大体五感って
考えていいみたいな
その五感が感じる感覚があるじゃないですか
スピーカー 1
涼しいとか
熱い寒いとか痒い痛い
そういうのを
要は
受ける感覚を
良い感覚と悪い感覚に
人間って自動的に
振り分けるっていうか
渇望と嫌悪が苦しみを生む仕組み
スピーカー 1
良い感覚を得たときには
その感覚をもっと
得続けて痛いっていう
渇望が生まれちゃう
そういう感覚に対して
どう思うかっていうのを
反応って言うんですよね
うん
感覚と反応に分かれると
スピーカー 1
僕は今まで
不安と怒りが
どうこうとかアンガーランマネジメントが
どうって言ってみたりとか
自分の中の怒りが湧いたときに
それにどう対処していいか分からないとか
それってそんな細かく
感覚反応みたいに
解像度高く考えられてなくて
不安と感情みたいな風に
思ってただけだったんですよ
だから怒りをどうしていいか
分かんないな難しいな
この世の中から戦争みたいなの
なくなってほしいけど
スピーカー 1
そういうのが
なくなるの難しいよな
みたいにずっとそれを考えながら
生きてきた人生だったんですよね
スピーカー 1
嫌すぎてそういうのが
でそれに対しての
答えの
最後のピースみたいなのが
感覚と反応をくっきり分けること
だっていう風に
めっちゃ思ったんですよ
さっきのは
いい感覚を得たときには
もっと得続けたいという渇望になる
それがもっと激しくなると
執着になるみたいな
スピーカー 1
言い方するんですけど
じゃあ逆に悪い感覚のときには
一刻も早く
その感覚から抜け出したいっていう
スピーカー 1
その感覚に対する嫌悪が生まれる
嫌悪も
もっとひどくなると憎悪みたいになっちゃう
っていう
だから渇望執着も嫌悪憎悪も
どっちにしても
仏教で言う苦、苦しみの苦
どっちにしても苦が生まれる
っていうのはその反応が
悪さをするんですよっていうのは
ゴータマブッダさんが
言ってたこと
感覚自体はもう
なんていうのか
絶対そうあるもの
外界と自分が接したときに
絶対生まれてしまうものだから
それは避けようがないじゃないですか
いい感覚のときには
いい感覚って感じるだけだし
悪い感覚のときには
悪い感覚って感じるだけ
いいも悪いもない
けどそれに対して
嫌悪とか執着が
生まれちゃうことの
スピーカー 1
動きが問題だから
そこを自分の心の中を
見つめるのが瞑想ですよっていう
ざっくり言うとそういう
話だったんですよ
だからそれがもうしっくりきすぎて
ほんとそうだと思って
めちゃめちゃ自分の今まで
考えてきてて
わかんないなって思ってた最後の部分が
そこだなって思ったから
それをちょっとずつ
自分にも
そのぐらいの解像度になり得る可能性が
あるんだったら喜んでやりたい
と思って10日間も
足とかも痛いしずっと
人と目も合わせず喋らずみたいな
環境的にはあんまりね
楽しい環境じゃないじゃないですか
修行的じゃないですかやっぱり
だけど
僕的にはもう楽しい
そこに向かっていける
っていうことが嬉しくて
楽しくてしょうがないみたいな
だからその10日間終わった後も
朝と晩
1時間ずつは
必ずずっと続けてくださいって
スピーカー 1
言われるんですよね
それも喜んで僕やって今までも
1年間続けてきてたんですけど
1年間の実践で気づいた誤解
スピーカー 1
ただ今だいぶ
はしょって言っちゃったから
いろんなことをその10日間に
教わるんですよ
瞑想の仕方も細かく教わるんですけど
やっぱ忘れていくんですよね
朝晩やってても
細かく言うと
僕1年ぶりに今回
もう1回同じ内容で
スピーカー 2
1年ぶりだったんだ
スピーカー 1
1年ぶりです
半年くらい前に5月に
奉仕者としては参加したんですけど
スピーカー 2
そういうこと?
スピーカー 1
奉仕者はあくまでもやっぱり
教えて生徒さんに食べてもらうっていう
役割の方がメインだから
空いた時間に3分の1くらい
生徒さんと一緒に
瞑想するっていうのはできるけど
そんなにやっぱり
講和っていうのがあって
ブッダの
エピソードとかを含めて
ご縁家さんっていう人が
作ったビパサの瞑想センターなんですけど
それの
話がご縁家さんの話が
聞けたりするんですけど
それも奉仕者の人は
役割によっては
日本語で聞けなかったりするんですよね
英語で聞く人の
付き添いとかをやったりしないといけないとか
そしたら英語わかんないじゃないですか
僕は英語担当
自分で自ら進んでやったから
奉仕の時は
聞けなかったりとか
だから
1年ぶりにしっかり全部
もう1回聞いたら
細かいことでどんどんずれて
だいぶ違ってた
感覚と反応の話も
僕ざっくり
その通りだ
って思ったんですけど
1年前に
瞑想は
そうやって感覚と反応をくっきり分けて
考えるための
訓練だ
って解釈しちゃってたんですよ
でも
それもあるにはあるんですけど
よくよく今回1年ぶりに聞いてみたら
そうやって
感覚と反応を分けて
瞑想していること
その瞬間そのもの自体が
自分の心を
浄化っていう言い方しちゃうんですけど
宗教的に感じるかもしれないけど
自分の心の癖を変えていく
作業そのもの
スピーカー 1
なんですよ
瞑想自体が
だから僕は本番と練習って分けちゃってて
本番は
実生活で
人と喋ったりした時に怒っちゃう
その時に
いかに怒りが出にくくなるかとか
怒りに限らずなんですけど
スピーカー 1
それが本番で
その練習をひたすら
自宅で瞑想でやる
スピーカー 2
みたいに捉えてたんですけど
スピーカー 1
どうも
ご縁家さんの話を
雑念にがっかりせず観察する
全部聞いていくと
スピーカー 1
それもなくはないけど
練習の意味もなくはないけど
実際にその
感覚と反応が
瞑想しながら出てきて足が痛いとか
思いながらでもそれに反応しない
とか
雑念が湧いてきちゃったりする
本当は体の感覚に集中しないといけないのに
番号反動しようって考えてみてたり
過去のことで
あの時あんな嫌なこと言われたな
そんなことばっかり考えてたり
そしたら全然
瞑想の意味がないじゃないですか
それに気づいた時に
ガッカリしちゃうんですよね
スピーカー 1
また雑念
湧いちゃってたって
ガッカリした時点で
ある意味アウトなんですよ
あー伝わるかな
要はね
ガッカリするようなこと
なんですけど
ガッカリしないほうがいいんですよ
スピーカー 1
なんでかっていうと
ガッカリするって
嫌悪じゃないですか
スピーカー 2
反応してるってこと
スピーカー 1
反応として
そんな自分が嫌い
っていう反応をしちゃってる
ってことになるわけですよ
僕はそういう風に一年間
ガッカリしながら続けてたんですよ
でもそれを
ガッカリすると
ずっとその癖が
消えないんですよ
でも
ちょっと細かい話になるんですけど
反応がどうやって
消えていって浄化していくか
っていうと
今この瞬間毎日生活しながら
反応し続けてる
新しい反応っていうかな
今この場での反応っていうのを
だんだんしなくなっていくと
ずっと心に
ついてきた癖みたいな
今までの心の癖
としての反応が
現れるようになる
っていう話なんですよ
だから
だんだんだんだん新しいものから
古い昔からの癖まで
さかのぼって
新しいものから
心の癖を消していくしかない
っていう感じなんですよ
古いもの
一番下に
沈殿してる
溜まっているものみたいなものを
いきなり取り去ることはできなくて
新しいものからどんどん取り去っていって
新しいものがなかなか生まれないね
ってなってきた時に
初めて古い心の癖が
スピーカー 1
浮き上がってくると
それを取り除いていくのが
瞑想の目的なんですよ
それを取り去っていくっていう
作業そのものは
練習とかじゃなくて
それ自体が
外科手術で言うと
手術の本番なわけですよ
スピーカー 1
だからその作業自体が
本番の連続みたいなもので
そうやって続けていくものなんだ
っていうのが
今回1年ぶりに受けて
初めて気づけたっていうか
1回目に受けた時には
それをちゃんと理解できてなかった
スピーカー 2
それが
あることによって
実生活もそういう自分で
になるみたいな
こと
例えばそこで
がっかりするみたいな
あるじゃないですか
でもがっかりしない
ってことは
浮き上がったもの
別の雑念みたいのが
瞑想中に
浮き上がってきちゃったときに
受け入れるっていうのも反応?
受け入れるのも
反応でしょ多分
スピーカー 1
受け入れるというよりは
それはちょっと瞑想センターでの
指導というか
言い方で言うと
受け入れるじゃなくて
観察するになるんですけど
そもそも
自分の体の
身体的な感覚まで含めて
観察し続ける
頭のてっぺんから足の先まで
順番に観察し続ける
っていうやり方なんですよ
立派そうな瞑想っていうのは
それをし続ける
中で
それがおろそかになって
雑念が湧いてましたってなったときに
雑念湧いちゃった
がっかりってなると
それも全然
観察できてないんですよね
反応しちゃってるんですよ
がっかりという反応を返しちゃってる
それもがっかりという反応じゃなくて
雑念が湧いてた
っていうのをただただ
たんたんと観察する
それも観察するんですよ
スピーカー 2
なんかわかる
反応しないことで
憎悪とか執着とか
なくなるっていうのは
なんとなくわかる気がする
俯瞰するみたいな感じなのかな
俯瞰も近いイメージかもしれないですね
反応の連鎖と多様性
スピーカー 2
そういうところに
自分こういう風に
感じてるで終わっとくと
恨みとか
個人感のことで
スピーカー 2
私この人のこの行動に
嫌悪っていうかなんか
違和感を感じてるで終わると
スピーカー 2
深くいかないかもね
みたいな
思う聞いたら
それを聞くと
そこに対して
なんかもうムカつくみたいに
思っちゃうとやっぱり
憎しみに繋がってくけど
でも憎しみの前に
絶対違和感あるから憎しみなんだけど
違和感感じてる
自分がいるみたいで
そこで止まっとくと
執着とか嫌悪にいかないかもね
みたいに今聞いてて
それが大きくなるんでしょうね
国と国みたいなね
スピーカー 1
ざっくり
ざっくり言うとそういう構図
になっちゃってるんじゃないかな
って僕も思ってるから
僕自身が
ただただ自分の性格を良くするため
だけじゃなくて
世界全体を良くするような意識で
やってるところは
あるんですけど
スピーカー 2
それこそ多様性
どうやって
一人一人みたいな考えに
繋がっていくのではないのかな
反応しないっていうのが
観察
あの人
スピーカー 2
ああいう時に
ああいうこと言うんだね
みたいに終わると
スピーカー 2
認めるとは
多分受け入れる受け入れないは
そこは置いといて
あの人はこういう時こういう反応するんだ
って止まっとくと
いいのかもね
それが多様性なのかもね
スピーカー 1
本当はそれはそう思います
僕も
スピーカー 2
要はそういう風に思った人と
がっつり交わらなければいいだけだって
薄く交わっとけば
そういう人と
スピーカー 1
それにその
リパサナ瞑想
センターのロジックで言うと
その
反応してしまうことで
で
その連鎖が止まらない
になっていくんですよね
自分の中でもそうだし
相手とのその反応の
応集になっていくみたいな
そういう話が
そういう風にあるわけじゃないんですけど
僕がそう感じてるっていう
今のは僕の感想的な話なんですけど
スピーカー 2
Xとかそうじゃない?
そうですよね
スピーカー 2
そういうのやってる人いますよね
それだらけだと思います
スピーカー 2
私が会社の飲み会に
あの部の飲み会に
参加したくなくなったのは
論破っていうことをやる女性が
いたのがめっちゃ嫌でした
スピーカー 1
あーなるほど
スピーカー 2
私に対してじゃなくて
その場の中で
もうずっと
論破をしていくっていう
構図がめちゃくちゃ嫌だった
別にそんなにそこまで
言わなくても
スピーカー 1
うーん
スピーカー 2
それを反応してることでしょ
だって論破って
22:52

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