リンパ浮腫の告知
おはようございます、Makikoです。
っていうか、今4時だけど。
もう何だろう、何て言ったらいいんだろう。
もうやっとここに戻ってこれた。
なんか、私ここ自分のオアシスだと思ってて、
みんなのオアシスにもなったらいいなと思うんだけど、
いやー、ほんとなんか、
もうなんか、やっと戻ってきたって感じ。
えーっと、何だったんだろう、ほんとに。
そうなんだよね、みんな私リンパ浮腫になっちゃってさ。
えー、それを告知されたのがいつだったんだ。
3月の25とかだったのかな。
えーと、月曜日だったんだよね。
で、今何日?
えー、4月の5日。
もう、いやー、なんかほんとにやっと、
やっとここにたどり着いたっていう感じ。
もう、SNS用にかわいく浮腫になったよとか、
そういうのは、まあまあ外面よく、
外面よくっていうか、まあ軽く。
えーと、報告ができたのが、
いつだったんだろうね。
で、どこから始めたらいいんだろう。
別にどこから始めなくてもいいんだけど、
とりあえずリンパ浮腫になったって言われて、
もう、あんなになんだろう、あんなに、
なんかさ、昔々、その昔、
すごく若い頃よ、恋もまだ熱くてさ、
っていう、なんかそういう時期に、
あ、俺もお前のこと好きじゃないから、みたいな。
まあ言われ方は何でもいい、何でもあると思うんだけど、
失恋ってあるじゃん、失恋。
あの若き頃の。
あれってさ、なんか、え?何言ってんの?
みたいな、なんか、どうしたらいいかわからないけど、
ものすごく落ち込むっていう、
なんかそういうこと経験したことない?みんな。
今となってはそんな感じ。
で、まあそんなチャラくないんだけどさ、
その頃の年、お年頃の女子にとってはさ、
何、他の女に心が移った?みたいなことって、
天と地がひっくり返るような大事なわけじゃん。
なんかそういうことを思い出したのは一回だけあったような気がする。
一回だけとか言って。
もう一回ってことにしとく。
なんかで、いやマジへこんだっていうか、
もう何を見ても泣けるし、
なんか助けてって人に言うと思うだけで、
メッセージ送ってるだけで泣けるし、
もうとにかく泣けて泣けてしょうがなくて、
だってさ、一応今何にも活動してないけど、
私は多分本当にこれになりたくなくって、
これになりたくなかったっていうよりも、
とにかく腕をちゃんと動かして、
少しでも前のような体に戻って、
バリバリまたネパール行って、
イマラヤ登ってとかさ、
ガンガンまたピアノも練習して、
復帰してさとかさ、
こう自分の中であったんだよね。
望んでいる姿が。
それのためにさ、
本当に毎日こんなに体のことをやったことはないよねっていうくらい、
もう夜の何時間、
全てそれにかけてさ、
人生初めてパーソナルトレーナーをつけてさ、
カーブス毎日、
毎日は言ってないけど、
まあまあ気持ち毎日行っててさ、
リハビリのプログラムもガンガンとってさ、
もうひたすら体だけ、体を戻すぞっていうこと、
ほんとそれだけくらいに力を入れて頑張ってたのにさ、
フッシュみたいな。
いや本当に何言ってんのって感じだった。
なんか本当、運動なんかクソクレーだよって思った。
なんだよ、何の役にも立ってねえじゃんみたいな。
いやマジそう思った。
はぁ?っていう。
だから、月曜日それでなんか帰ってきて、
で開放日、本当に嬉しいことにマギーズ東京、
そこでまたたくさん来てもらってさ、
それでまたラッキーなことにその日、
虎ノ門病院の緩和ケア、
で、もう主人の先生にもさ、
あの看護師さんと話したいんですけど、
看護師さんと話したい、でしょ?
で、水曜日は落ち込んで落ち込んでの落ち込んでのみたいな。
洋服は着替えたけど動けない。
悲しくって悲しくってピアノを弾きながら、
もう涙が涙がもうボロボロ出る。
もう外なんか行けないでしょ?
でさ、で木曜日のなんかその緩和、なんだっけ、
主婦だ、主婦じゃない、主婦じゃねえよ。
夫婿で、ですからって。
で、ここは手術するところ、僕のところは手術するところだから、
ちゃんとマッサージだとか、アップケアとかね、
そのことをやってくれるところに行ってくださいって紹介されたところに行って、
そこでももう本当に本当に戻してかからないみたいなこと。
でさ、もうちょっと本当にどうにかしてくださいみたいな。
そしたら素晴らしい先生で、本当そこで救われて、
なんか初めて笑ったみたいな、そんな感じだった。
で金曜日、それもまた、
本当にラッキーなことにとらんのもんの私の主事。
で、最終的にどうするかってことを自分で決めるっていう、
決めて大丈夫だからっていうおすみつきをいただいて、
で土曜日、もうダーリンととにかく太陽の中歩いて歩いて歩いて歩いて、
で日曜日、本当に尊敬している清水健先生のグループセッションで、
泣かずに話せたって泣かさせた。
すごいんだよね、本当になんでこんなに素晴らしくスケジュール的にこう、
ガーってこう、会ったんだろうっていう、
素晴らしいタイミングで素晴らしい人たちに出会えて、
友達が運ばれたんだねって言い方をしてたけど、もうその通りな気がする。
で今週今何?金曜日か、
だからまた、そうで水曜日火曜日に、そうまたマギーズ行って、
水曜日は治療院とクリニックで、
ちゃんと手術のことを、手術するって決めたんだけどね。
手術はリンパ管と腸脈をつなぐ、そういう手術をするんだけど、
しない人が多いんだけどね。
怖いし、あまりそんなにやってる人もひしこ玉いるわけでもないから、
私が会ったマギーズ東京の方は怖くてやってないんだっておっしゃってたし、
もう十何年不就だったのかな、悩まれてる方で苦しんでる方で、
それでもやっぱり手術はしないっていう方もいらっしゃるしね。
だからさ、本当に何だかもう、
それで確定心骨とかそういうことも繋がってたりとか、
母の耳の手術のこととかあったりとか、
なんかやっと、もうやることない、私大丈夫、
もう大丈夫、私のフリーの時間が来たみたいな。
で、一番最初に戻りたかったのがここだったんだよね。
でさ、もう十分過ぎたから、
乳がんとか手術系の婦人科系の病気で不就、
過死の不就になられる方とか、
そういう方たち向けにまたどういう経緯で手術を決めたかとかっていうことを話したいなと思うんだけれども、
でもね、今回私が本当に自分でよくやったって思うのは、
乳がんの告知よりも辛い
3月25日に不就ですって言われたときに、
なんだろうな、素の自分でいられたっていうか、
泣けたし、初めて泣いた、私。
なんか告知されて。
乳がんのときはなんか我慢した気がするんだよね。
まあダーリンが先に泣いちゃったから、なんか自分はしっかりしなきゃって思ったのかもしれないけど、
でもとにかくなんか、
いやマジ悲しいんだけど先生みたいな。
いやちょっと、いやマジちょっとどうしていいかわからないんだけど、私ピアニストなんだけど。
そう言ったときに先生の顔色が変わったね。
うん、でその後、なんか私のことも調べてみたいだけど、
あ、ピアニストなんですねってわかりました。
なんかちゃんとしたピアニストなんですねってわかりましたって、
今週の一昨日の診療で言われて、
いや、いやマジっすみたいな。
そういう、だから本当に、本当困るんですっていう。
どうにかしてくださいっていうことをちゃんと言えた。
何も飾らなかったし、大げさにしたわけでもないし、素だった。
ほんとがっかりして、ほんとにがっかり。
なんかほんと乳がんの告知よりも辛かったんだから。
だって乳がんってさ、治るって言われるから。
でも不死は治らないって言われるからね。
ちょっとみたいな。
この違いすっごい大きいんだよ、なんか。
いやマジで。
まあまあそれで、あともう一つ自分で本当によくやったっていうのを思ったのは、
自分の努力
とにかく、私を守ってくれそうな人たちに、
片っ端からメールした。
いやマジどうしようって。
どうしようどうしようどうしよう不死になっちゃったらどうしようどうしようって。
すっごいもう焦ったっていうか、
焦ったけど、焦ったっていうよりも、
ちょっとなんか沈んでしまいそうだったから、
とにかくみんなにメッセージをして、
救いあげてもらおうとした。
その私の努力はすごいぞって思った。
よくやったって思った。
前はそんなことしなかったもん。もっと強がってた気がするもん。
で、とにかく落ちに落ちた。
いやこのまま動けなくなっちゃうのかなっていうくらいに落ちた。
でもなんかこう横になって落ちながらも、
検索してた。
検索してヒットした本とか、
図書館で予約した。
図書館での予約
なんかそれ電車の中でやった気がするな。
もうとにかく、なんだろう、
自分でできることを、
その状態でも探したっていうのはすごい頑張ったなと思ったの。
でね、それのおかげでだよ。
土曜日に私、図書館に行ったの。
それ予約してた本があったから。
友達にこれ読んでごらんって絵本があるから、
今真っ暗に会おうと思うからって言われた本があって。
それも予約したし探したし、
そうだ不死もだと思って。
でね、予約した本が、
元気だながきんちょ。
それが小村博さん。
はい、わかった。
小村博さんの、
なになになになにがあるの、君たち。
なんかすっげー楽しそう。
小村博さんって女優の方いらっしゃるじゃない。
その方が、
クリニックでの治療
子宮怪我だったかなって書かれた本があるんだけど、
その中にね、
リンパ不死があったんだよね。
でね、これね本当にあの、
もう何とも言えない、
もう感謝って思ったのが、
そのリンパ不死のところにね、
何回か手術を受けてて、
2回目からは、
なんとか先生にお願いしてますっていう。
で、
そのなんとか先生が、
私が、
ここいいかもしれない、
いいかもじゃないの、
ここ予約取れるかもしれないっていうことで、
紹介された、
クリニックの先生だったの。
ごめんねちょっと長くなっちゃって。
なんかすごくない?
私ね、
誰かが行って、
すごく良かったから行ってごらんじゃなかったの、
そのクリニック。
ここなら予約が今取れるかもしれないっていう、
それだけだったの。
それはね、
マギーズ東京の、
私の知っている方から教えてもらったから、
まあまあまあ、
私が勝手にインターネットで調べてどうこうって言えば、
ないんだけどね。
で、
インターネットで調べたとしても、
口コミ2件ぐらいしかないのまだ。
でさ、
大丈夫なのって、
本当に思ってたの。
でもじゃあ、
虎の門で紹介されたところ、
に予約を入れたけど、
それ7月だからね、
7。
7月。
診察が7月。
手術はいつだっていう。
来年になっちゃうよねっていうくらい。
いや、そんな待てないよ。
だってどんどん膨らんでったんだから、
待てるわけないじゃん。
だからもうそれこそ、
藁をもすがる思いっていうの。
で、そこのクリニックじゃない。
でも、
本当に大丈夫なのって思ったの。
そしたら、
その先生のお願いしたって書いてあって、
いや、
もう、
なんかちょっと、
誰を、
名前が同じ、漢字が同じみたいな。
この4文字の漢字が同じみたいな、
もう図書館で。
で、
それでびっくりしただけじゃなくて、
前に遡ったら、
そのページのね、本のね、ごめんね。
本の、ちょっと前のページに遡ったら、
私が、
なんて素敵な先生だと思った治療院。
そこの治療院の名前も載ってたの。
ここで、
すごく、すごく、
あの、
良かったと。
もう私なんか、
太鼓板を押された気持ち。
自分の直感だとか言うよ。
いや、直感で、直感というか感じてね。
あ、この先生なら私、
信じられるかも。
って、
感じたのよ。
感じたのよ。
でもさ、
手術して、
開けて、
手、手、手開け、
手の皮膚、
開けて、
リンパ管と蝶脈つなぐとかさ、
なんだかわけわかんないことされて、
それをその後も、
それはまあクリニックでされて、
治療院でその後も、
治療を続けていく、
ケアをね、
アフターケアもしてもらうと、
両方でクリニックと掃除と。
大事なところだから、
誰かの手術が、
誰かのお墨付きがもらえたっていうことで、
墨付くっていうかさ、
あ、知ってる人もやって、
ここに通ってたんだっていう、
なんかその、
安心感。
もう本当に、
良かったって思ったの。
だからさ、その、
その時にさ、
なんか自然災害、
思い出して、
思い出してとか、
思い浮かべたんだけど、
例えば自分が何かで巻き込まれて、
自然災害に、
何かの災害、
アクシデントに巻き込まれた時に、
物理的にね、
まあこれは何て言ったらいいのかわからないけど、
巻き込まれた時に、
助けを求める。
外にとりあえず、
助けを求めるっていうこと一つじゃない?
それからここからどうやって脱出できるのかって、
自分でできることすべてやるっていうことも、
すごくすごく生存できるかどうかに
関わってくるんだろうなって思ったの。
だから諦めちゃいけない。
諦めちゃいけないって本当に思ったよ。
マジで。
本当なんか、
すごく思った。
実はさ、ちょっと前に、
確かにここに戻ってきたことがあったんだけど、
めちゃめちゃ暗くて落ち込んでて、
30分以上になってたんだよね。
だからやめようと思って、
今日は21分、
なんか3分の2だからみんな許して、
見守ることがあって、
まさかのね。
で、手術は4月の11日。
前の日から、
静脈とかのマッピングっていうのを、
地図みたいなのを描くような準備もして、
そのクリニックの上にね、
回ってそういう、
前準備をして、
しっかり、
3分後かな、
分かんないけど、
4分後か分かんないけど、
一つに1時間から1時間半かかると。
本当に細かくやってくださる先生だって聞いてるので、
絶対に這い上がってやるっていう感じ。
マジで。
なんかここまで落とされると、
もう本当マジ。
そういう感じなんだけど、
私は前よりも強くなっている気がする。
心がね。
安定している気がする。
その辺はまた次回に、
みんなに聞いてもらいたいなと思う。
以上。
本当にもう23分ここまで聞いてくれてありがとう。
一緒に私の辛さを感じてくれてありがとう。
本当に本当にありがとう。
じゃあ、いい日になる。
絶対いい日になる。
絶対いい日になるよ。
じゃあね、またね。
またここでね。
ありがとう。
じゃあね、バイバイ。