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すべてを含んで超えていけ——人生の再創造
2026-04-02 27:51

すべてを含んで超えていけ——人生の再創造

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人生はエンタメだ——と、本気で思っています。

子供の頃、毛布をかぶれば自分は消えると信じていた。横断歩道の白いところだけ歩けばセーフだと本気で思っていた。大人になった今も、実はこれと同じ構造の思考を僕らは使い続けている。「マジカルシンキング」——おまじないの思考です。でもここが面白いところで、直感もひらめきも、実はこの思考から始まっている。そしてそこから一歩踏み出すと、次の謎が見えてくる。謎が解ける、また次が見える。この繰り返しが、人生を再創造していく力になる。今回はそんな「人間ってすごいよね」という話をします。

目次

オープニング

子供の頃のマジカルシンキング——毛布をかぶれば消える

大人の世界のマジカルシンキング——感謝、断捨離、インナーチャイルド

捨てるわけにもいかない——直感は出発点

レゴブロックで組み立てる——操作的思考とは

謎が解けると次の謎が見える——僕の体験

魔法を解く——人生の再創造

着地——過去の自分を、今の自分を理解して、越えていく

───

くにさき

天才性発掘×実践心理学。「自分が自分になっていく」プロセスを、構造的にサポートしています。

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サマリー

本エピソードでは、子供の頃の「マジカルシンキング」から大人の世界で無意識に使ってしまう思考の仕組みを探求します。ピアジェの理論を基に、論理的な「操作的思考」へと発展させることで、人生の謎を解き、自己を再創造していくプロセスを解説。直感や閃きを大切にしつつ、その背後にある「なぜ」を追求することで、人生をエンターテイメントとして楽しむためのヒントを提供します。

オープニングと子供の頃のマジカルシンキング
こんにちは、くにさきです。たゆたう探究ラジオへようこそ。 Today's theme is 「すべてを含んで超えていけ——人生の再創造、です。」 Today's theme is 「すべてを含んで超えていけ——人生の再創造、です。」
大きいことを言いそうなタイトルなんですけども、僕自身の話でもあるわけなんですね。 It soundslike a big title, but it's also my own story.
僕がやってきたこと、そして人間ですごいなという、人間参加のお話ですね。 I've beendoing it, and it's amazing to be human.
まずですね、子供の頃、こんなことをしていませんでしたか? First of all, didn'tyou do this when you were a kid?
なんか、頭から毛布をあぶって、私はいない、見えないみたいなかくれんぼとか。 You know,like a hide-and-seek game where you wear a blanketover your head and you can't see me.
あれって、自分から周りが見えてないもんだから、周りからも自分が見えないはずだっていうね。 Youcan't see around you, so you can't see yourselfeither.
そういうのを本気で子供のときって思ってるじゃないですか。 You know, that's whatyou thought when you were a kid.
あと、謎の遊びとしては、横断歩道の白いとこだけ踏んで歩く、踏み外したらアウトみたいな。 I don't know why it's out.
でも、本気でね、どこかそう信じてる。でも、僕もやってました。 I don't know why,but I really believe in it. But I used to do it.
はい、学校の帰り道とかもそういうのをやったりしてました。 Yes, I did that on myway home from school.
あと、学校といえばね、なんか嫌なことがあったときに、なんか僕はちょっと変わってたのか。 Also,when I had a bad experience at school, did Ichange a little?
自分でその、お家に帰ってから、自分でそのお部屋の空間の叫びみたいなものを作って、想像して。 Iimagined myself screaming in my room after I gothome.
そこをジッパーみたいに投げて、くぐり抜けて向こう側に行って、向こう側の世界に行ったら、もう世界が変わってる。 I threw it like a zipper, went through it,went to the other side, and when I went to theother side of the world, the world was changing.
ここは別の世界だ、みたいな。そんなことを本気で信じてました。 I really believedthat this was a different world.
なんか、実際、その、くぐった後は、私本人からすれば、当時の私からすれば、周りの見え方がね、やっぱりちょっと変わったんですよ。 After I actually went through it,from my point of view, from my point of view atthe time, the way I looked around was a littledifferent.
だから、やっぱりこう、見たって、分かる、分かるというか聞いたって思えるんですよね。 So Ithink I saw it, or rather, I heard it.
そう、なんか、ちょっと面白い思考だけども、なんか、いい、いい感じの思考ですよね。 It's kindof an interesting way of thinking, but it's a goodway of thinking.
何が言いたいかというと、子供の時って、そうやって世界を理解してるわけなんですよ。 So what Iwant to say is that when I was a kid, that's how Iunderstood the world.
大人の世界のマジカルシンキングとブラックボックス
でね、実はこういう思考方法って、思考の仕組みって、大人になっても消えてないんですよね。 So, infact, this way of thinking, this way of thinkingdoesn't disappear even when you grow up.
例えばね、僕たちは人生の謎を解きたい。 For example, we want to solvethe mysteries of life.
それはなぜ?というと、自分が何をしていきたいのか知りたい、どこに向かっていくのか知りたい、どう生きていきたいのかをちゃんと自分で分かっておきたいという感じですね。 That's why we wantto know what we want to do, where we want to go,and how we want to live.
で、そのためにいろんなことに手を伸ばすわけですよ。 That's why we put ourhands on a lot of things.
心理学に興味を持ったり、自己啓発、自分を磨く、何かを学んでみるとか、時にはスピリチャリティー、スピリチャンのことを学んでみたりとかね。 Sometimes I'm interested inpsychology, self-development, self-education,learning something, and sometimes I'm learningabout spirituality.
ところが、学んで手に取ったものの中に、なぜ効くのかが、わかんないまま使い続けているものって、思いのほかは多くないですか。 However, among the things I learned andgot, there are a lot of things that I keep usingwithout knowing why they work.
なんか聞いてる気はする、聞いてる気はするんだけども、でも仕組みがどうも見えてこない。 I feellike I'm listening to something, but I can't seethe mechanism.
なぜ効くのかまでは、自分の言葉では十分に説明はまだできないみたいな、なんかないですか。 I can't explain why it works in my own words.
僕はこの状態のことをブラックボックスと呼んでですね、だってもう見えないから、ブラックボックス。 Icall this state a black box, because I can't seeit anymore.
でもね、わかんないまま使い続けていて、本当にいいんだろうかと。 But I think it'sreally good to keep using it without knowing whyit works.
実はこのわかんないままに使い続けるっていうのって、これをすればこうなるよ、これをするとこうなるんだって、このわかんないボックスの中に閉じ込め続ける、ただ信じ続ける、このわかんないままに使うっていうことには名前がついてて、これをなんて呼ぶかって言うと、マジカルシンキング。 I keepusing it without knowing why it works, and it'scalled magical thinking.
魔法的な考えをマジカルシンキングって言うんですね。 So I call it magicalthinking.
さっきの子供時代の例と同じ仕組みですよね。 Today, I'm going to talkabout magical thinking.
マジカルシンキングの仕組みっていうのはこうなんですよ。 AだからB。なぜ?知らない。だってそうなんだもん。っていうふうなワンセットでも、そうなんだもんっていうふうにイメージでつなげちゃうみたいな。
AはBなんだよってイメージでつなげちゃうような、そんな仕組みなんですね。おまじないと同じなんですよ。この言葉を唱えたらこうなるんだよみたいな。理由はそういうもんだからみたいな。
そう、こういう考え方はマジカルシンキング、呪術的思考って言うんですね。誰が言ったの?ってピアジェっていう人が言いました。
ピアジェっていう研究者がいてね、思考の成長段階を研究したんですよ、ピアジェさんが。
赤ちゃんって急にすくすく立って歩けないじゃないですか。ちゃんと最初、はいはいから始まって伝え歩きして、やっと歩いて、で、走るみたいな感じで。
人間の思考にも、いきなり大人の思考になるわけではなくて、やっぱりはいはいの時期があるんですよね。
マジカルシンキングっていうのは、はいはいとか伝え歩きぐらいの時期によく見られるみたいな感じの。
もう少し大きくなった時にも使うかな。さっき僕が言ったように横断歩道の白いところだけ行くみたいな感じの。
結構ピアジェさんが言うには、4歳5歳6歳ぐらいまでかな、そのあたりを結構マジカルシンキングの時期らしいんですよね。
例えばその初期の頃は特に子供の頃ね、さっき言った毛布変われば私は消えちゃうとかね。
横断歩道の白を踏み外したらもうアウト、何だったら死ぬみたいな感じで。本人を思い込んでるみたいな。
子供はやがてそこから発達していくっていうのかな、成長していくわけですよね。
あれ?毛布被っても私見えてんじゃね?周りから見えてんじゃね?ってちゃんと気づいたり。
自分の見え方と相手の見え方は違うんだってことが体験を通してだんだん気づけるようになっていくんですよ。
でも大人になったからといってこういうマジカルシンキングの思考が全部消えて熟成して大人になるわけじゃないんですよ。
ある場面ではちゃんと大人の思考を論理的に考えられるのに、別の場面ではびっくりするくらい子供っぽい自分が出てくるとかね。
何かありませんか、そういうの。何か自分なりのマイルールで思い込んでしまったりとかね。
何かこうだからこうだっていうふうにシンプルに考えすぎてしまったりとかね。
でもこれ全然恥ずかしいことでも何でもなくて人間として普通のことなので。
だから大人の世界でもマジカルシンキング、魔法的な思考、呪術的思考っていうのは思いのほかあふれています。
例えば思いつく順にいくとありがとうを1万回になり10万回になりたくさんたくさん言うと何かいいことが起きるよ、奇跡が起きるよみたいなこともよく昔から言われているし。
トイレをピカピカに掃除すると運が良くなるよ、特に機運が上がるよとかね。
断捨離すると空いたスペースに何かいいことが入ってくるよとかね。いろいろありますよね。
要は子供の頃に毛布被ったら私は見えないとか。横断歩道の白いとこ歩いたらラッキーだけど踏み外したらアウトとかね。
そういうのと全く同じマジカルシンキングが大人になるとさっき言ったような仕組み、さっき言ったような形で変わってやってくるんですよ。
何かをすると何かになる、これがマジカルシンキングだから。
ありがとうを唱えるとこうなる、断捨離するとこうなる、ほねられするとほねられっていう、これがマジカルシンキングなんですね。
くっつけちゃうんですよ、単純化してね。僕たちそれやっちゃうんですよ。
だからこれってよほど専門的に体験積まないとやっちゃうよねっていうのは心理学の世界なんかもそうかな。
心理学、コーチングとか心の成長の世界とかかなりそうかなと。
僕もその一分野しかやってないんだけども、例えば僕にとって身近な例で言うと心の中のパーツ。
パーツ、パーソナリティ、サブパーソナリティ、副人格、もう少しありふれた言葉で言うとインナーチャイルドとかね。
インナーチャイルドを癒すと人生がうまくいくみたいなこともマジカルシンキングですね。
僕自身もインナーチャイルドとかパーツを関わって人の成長を支えるとかね。
そこからの自己実現を応援したいという、そういう仕事をしてる人間としてはやっぱり正直に自分に正直にならなきゃいけないのは、
このここで起きる発達成長とか癒しは本物なんですよ。
ずっとそれは何度も見てきたし、自分も体験したけどと。
それはそうなんだけれども、でも癒したから良くなったの。
その間に一体何があるの?
なぜ癒すと成長するの?
なぜインナーチャイルドを見つめてあげると変化するの?
ここのなぜが空っぽになっているブラックボックスのままになっていることが結構多いんですよね。
だからこれを放っておくと、なぜがないからブラックボックスで、こうするとこうなるっていうマジカルシンキング。
子供の思考と同じなんですよね。
なぜ変化が起きるのか、そのメカニズムが見えないまま、効果あるからいいじゃんって済ませていることが結構あったんじゃないかなという気はしている。
これが僕の言いたかったブラックボックス、マジカルシンキングなんです。
マジカルシンキングの肯定と操作的思考への移行
じゃあということで、じゃあマジカルシンキングは全部ダメなの?
卒業するべきものなの?捨ててしまうべきものなの?って言うと実はそう単純でもないんですよね。
僕自身、物事を考えるとき、最初はマジカルシンキング的なところから始まるんですよ。
あれとこれ、何か関係ありそうな気がするぞみたいなね、そういう直感とか使うんですよ。
理由が分からないけど、ここに何かある気がするぞみたいなのってあるじゃないですか。
直感とか閃きとか論理を書いたものですよね。
だからこれをなくしちゃったら何も始まらないってこともあると思うんですよ。
あと言って、これは何か関係ありそうだっていうひらめきで止まったり、そうなんじゃないっていう多分ねみたいなところで止まっちゃってると、
じゃあ何故そうなるの?っていう何故には答えられないと。
結局その子供の思考のまま、ブラックボックスのままになっちゃうんですよね。
じゃあひらめきを殺さずにブラックボックスをちゃんと開いていくためには、紐解いていくためにはどうすればいいのかって話ですよね。
そしてここでさっきのピアジェの話に戻るんです。
ピアジェっていうのは、思考の成長段階の中でマジカルシンキングの先にある段階をオペレーショナルっていう風に名付けたんですね。
オペレーショナルって何?って日本語で言うと操作するとか操作的ってこと。
簡単に言うと僕はこれをまとめて操作的思考って呼んでるんですけどね、自分でね、操作的思考だと。
オペレーショナルシンキング。
オペレーションとか操作的って言うと、何それってちょっとややこしい響きがあるんだけど、そんなことはなくて、
頭の中でバラバラのレゴブロックみたいなピースを一個ずつ、これとこれはなぜ繋がるのかなっていう風にオペレーションできる、操作できる。
これをオペレーショナルシンキングっていうんですよね。僕はそう呼んでるんだけど、オペレーションできるんだよと。
レゴブロックを手に取るように頭の中で考える部品を自由に動かして、果てに動かすとこう、これをこうするとこうなる。
これを横にしてみたらどうなるみたいなことが自由にデザインできるようになっていくと。
これがオペレーションできる、操作できる思考なんですね。操作できるからオペレーションシンキングと僕は呼んでますよと。
ちなみにこの操作、オペレーションがまだできない段階のことにもPiagetは名前を付けていて、操作できる時期の前だから全操作機、カタカナで言うと英語で言うと、プレオペレーショナルという風に呼んでいます。
要はこれもレゴブロックをまだ手に持てない状態、操作できない状態だから、だから漠然とぼんやりと物事を理解するしかない。
だから当然こうしたらこうなるんでしょうっていう風なマジカルシンキングに頼らざるを得ないわけですよ、子供の頃はね。
それがこの段階の特徴なんですね。
操作的思考による人生の謎解きと限界の理解
早速このレゴブロックから見直してみると、レゴブロックを操作してみると、例えば感謝するといいことが起きる。感謝するといいことが起きるというこの関係性ですね。
ここにじゃあなぜそうなるのっていう真ん中にブロックを1個差し挟んでみると、レゴブロックを差し挟んでみると、オペレーションしてみると。
例えば僕はこう考えます。僕のあくまでも僕の感覚ね。
感謝する、感謝するということは何かを受け入れた状態を先取りしているわけですよ。
もう受け取っているという状態を自分に置いているわけですよ。
そうすると日常の中で感謝できる出来事に気づきやすくなるんですよ。
今は春だから春の青空が綺麗だなとか、お花見に行った時のすれ違った人の微笑みが幸せだなとか、その散歩道の風も気持ちいいなとか、全部いいことなんですよね。
でもこれって感謝を意識しているからこそ気が付くことであって、
感謝する体になっていなかったら気が付かない。
同じ出来事を目にしても素通りしたかもしれないし、全然気づかなかったかもしれない。
単純にいいことが増えたよということだけではなく、いいことを見つける力が上がっているのでぶつかるんだよという、こういうメカニズムがそこにあるわけですよ。
こんな風に、なぜそうなるのかという理屈を自分なりに考えるだけで、頭の中の思考を動かす。
例えて言うと、レゴブロックを動かすと、オペレーションをすると、同じ体験、幸せなことが起きたよという体験の道理がだんだん見えてくる。
同じ体験の説明が変わってくる。
そして、限界もちゃんと見えてくる。
例えば、感謝していても、自分が期待した通りの形で良いことが起きるとは限らないわけですよ。
例えば、壮大な夢があったときに、感謝だけでこのプロジェクトを見事完成させよう。
会社を設立しようとか、収入を高めようとか、より多くの人に影響を与えようとかが、感謝だけでやっぱり無理なわけですよ。
原動力にはなるのだが、それで全てOKではないわけですね。
当然ですよね。
それが真ん中のレゴブロックというのかな。
思考をちゃんと扱えるようになると、そりゃそうでしょうというふうに普通にわかって見えてくると。
でもね、マジカルシンキングではこの限界が見えないんです。
だから、大人でもね、ひょっとしたらそうなっちゃうときもあるかもという例で言うと、
1万回感謝したのにうまくいかないのは、感謝がまだ足りないからだ。
じゃあ2万回?3万回?100万回?とか、そういうループに陥ってしまう。
謎のループに陥ってしまう。
でも、オペレーショナルシンキング、つまりオペレーションができると、
なぜこれをするとなぜ効くのかがわかるし、
効かない場合も多分こうだよね、これをこうするといいのかなというのもなんか見えてくる。
効かない場合があるのもなんかわかってくるし、なぜ効くのかも見えてくるというふうに。
だから自分にちゃんと主導権ができるようになってくる。
分かったらどうなるの?と。
分かったら、こうなるとこうなるっぽいし、理屈はこうだよというのをある種使ったり、
この時はあるシチュエーションでは使わなかったり、あるいは使い方をちょっと変えたりとかね、
自分で決めれるようになるんですよ。
そう、自分で決めれるんですよ。
だから新しい段階に立った自分の理解の目で、古い思い込みに新しい意味を与え直すことができるんですよ。
マジカルシンキングがだめということじゃなくて、こうなるとこうでしょというのを、
そう、確かにそういう時あるよね。面白いね。
ちょっと紐解いてみようかというふうに間を埋めていくとね。
この時にはこれは使えるが、あの時には使えないんだというふうにだんだん分かってくるでしょ。
だからこのマジカルシンキングという素敵な閃きを持ったまま活用できるようになる。
より可能性に開かれるんですよ。
そう、マジカルシンキングという素敵なものをちゃんと持ったまま、そこをきっかけにまた先に進めるみたいな感じ。
決してマジカルシンキングとまりでループはしなくなっちゃうということですね。
僕が好きな思想家の中に、ケン・ウィリバーという人がいるんですが、彼はこれをトランスセンドアンドインクルードと呼んでいます。
トランスセンドアンドインクルード、これは含んで超えるということですね。
それを大切にしたままで、そして理解したまま、理解した上でさらに超えていくという感じですね。
超越して包んでいくという感じです。
すごく大事だと思うんですよ、包んで超えていく。
個人的な体験から見るマジカルシンキングの限界と成長
本当に僕は合言葉のようにいつも思っています。
さて、ここからが僕にとっては実は個人的には一番面白いところなんですよね。
含んで超えるができるようになると、分かった上で自分で選べるようになるんですよね。
でも話はそこで終わらなくて、含んで超える、過去のことをちゃんと理解した上でより一層成長したときに、
またそういう成長した自分が見ても分からないことって広がっていくんですよね。
何か分からないときは一つの単純なことが増えてきたら分かったになるんだけど、
分かったことによってまたさらに分からないことが増えていくってよくあるじゃないですか。
理解の解像度が上がってくると分からないことの解像度が上がってくるので、
余計に分からなくなっちゃったりするときもあると。
僕の場合の体験がいくつかあって、2つ話したいんですけども、
例えばね、一つ目はさっきの子供の頃の話なんだけども、
学校で嫌なことがあったときに、空間に叫びを作って、そこをくぐると世界が変わるってやっぱり信じたんですね。
実際にくぐった後は、本人からすれば周りの見え方がちょっと変わって見えるので、
効果あったわけですよ。聞いたふうに見えるわけですよ。
でもそれだけでは変わらないものがありますよね。
実際に登校した後のクラスの中での自分の立ち位置とかね、
当時もなんとなくあったクラスの学園のカースト的なものとか、
友達との関係性とか、それは叫びを開いて中に入るっていう、
あのワーク一発じゃ変わるもんじゃない。
大人になって今なら全然それは分かると。効果はあるんだが限界はあるよねと。
でも子供の頃はそれをやっていたと。
だってそのときはマジカルシンキングしかできなかったから。
ゲートをくぐると世界は変わるみたいだね。
あれは無駄じゃなかったと思うんですよ。
自分の内側の見え方を変える力が確かにそこにはあったわけですから。
ただなぜ聞いたのか、何が変わって何が変わらないのかは、
あの当時の僕には分からなかったんですよ。
これもブラックボックスということですね。マジカルシンキングの限界。
あと一つはもうちょっと最近の話なんですが、
心の中の感情、パーツとかインナーチャイルドとか呼ばれるものですね。
それをちゃんと飲み込まれずに虐待化してちゃんと見てあげる。
そうするとその感傷がだんだんほぐれてきて緊張が解かれて癒されていくと。
自分との関係性も良くなっていくということがありますよと。
これは何度も自分でやってきたし、お届けするセッションなんかでも見てきたし、体験をしているんですよね。
でも僕にはずっと解けない問いがあったわけですよ、そこに。
なんで見つめるだけで癒されるのかなと。
なぜそれが体験が、こだわりが解けて体中に広まって、よし、いけるというふうに体の感覚まで変わるのかなと。
見え方も変わるし。
なんでかなというと、もちろん基本的なところは学んでわかっていたつもりなんだけども、
もちろんちゃんと初めて感情と向き合って、自分が自分をちゃんと見てもらえて存在も許されたんだから、
要は自己授業できているんだから、こんな自分になっちゃダメだというふうな緊張がなくなってきてほぐれるのはわかるんです。
それはわかるんですよ。
でも、なぜそれだけで視野が広くなって、新しい世界まで見え始めているのかというとちょっとわかんないんですよね。
例えば、ある種説明では役割、つまり緊張状態にあった役割を解かれたインナーチャイド、
あるいは自分の中のサブパーソナリティ、いろんな内側の自分たちは、
その緊張を解かれたからこそ新しい役割に目覚めて好きなことをしていくという説明はあるし学んで知っているんですが、
なんでそうなるのかなという、もっと奥にある道理を知りたくて、それはなかなかわからなかったんですね。
感覚的にわかるんですよ。それはそうなるだろうと。解放されるだろうと。
理屈的にちょっと僕は納得できなかったところもあって、自分のロジックで説明できなかったんですよ。
この問い、実は僕何年も持ち続けていて、効果はあるんだけど、なんで効果が出るのかなというところの、
もっと奥深いところがわかんないから、命って不思議だなという、生命ってすごいなという、結構大まかな捉え方。
つまり、ワークをすると解放されるというふうに、まさにマジカルシンキングに陥っていったと。
陥っていたというか、それしかなかった感じかな。
でも、なんかやっぱり真ん中を埋めないとなということで、そういうふうなオペレーションをする、オペレーショナルシンキングというのを持っていたので、
何年かも何年かも持ち続けてきたんですね。
やがて、成人発達論とか発達心理学というのが、だんだん僕の中で気になり始めて、横断的に学んでいくうちに、
ある時、ああそういうことかと、やっと繋がったわけですよ。
やっと二つが組み合わせた。やっと理解ができたと。
自分の中のパーツを見つめるということは、一歩引いて、それまで自分そのものだったものを一歩引いて、外側から眺めることができるわけでしょう。
そうすると、この自分も自分で頑張ってきたんだよなというふうに、意味付けを与えることができるんですよね。
意味付けを与えることができると。
意味を与えられた側も、そうなんだと。自分はそれが言いたかったんだというふうに、自分で自分の意味が理解できるんですよ。
意味ってすごい大事だったんですよ。
だから意味が理解できないと体験が閉じないから、未完了なままなんですね。
意味が分かるまではずっとその体験が続くわけですよね。
意味が分かると、それが閉じるわけですよ。
なので、これが癒しの仕組みだったんだなというふうに分かったときに、長年のブラックボックスがやっと開いた。
やっと明らかになったということなんですね。
人生の再創造とエンターテイメントとしての生き方
面白いのは、そこで終わりじゃなかったんですね。
仕組みが分かった途端に、もっと大きな問いが見え始めたと。
僕たちは、より大きな意味を完成させようとして、人生で何をしているんだろうか。
人生で何をしているんだろうかと。
自分にも、安藤さんにも見えていなかった、もっと大きな人生の流れが見えてきますよと。
それが突如パーンと見えるようになっていくんですね。
だから意味が分かると、より大きな謎が立ち上がるが、またそれが分かってくると、ポーンとこの大きな問いとともに世界の見え方が変わるわけですよね。
謎が解けると、次の謎が見える。そしてその謎は以前よりも大きい。
でもそれは全然苦しみじゃなくて、豊かさなんですね。
この豊かな複雑さが増していくと。これが成長なんだと思うんです。
人生はそもそも謎を解き、意味を理解し、知恵が広がるという繰り返し構造になっています。
だから楽しい。
それはどこまでも続くようにできています。
人生はもともとそもそも縁ためになるようにできているんだと思います。
楽しむためにそういう仕組みになっている気がします。
というわけで、人生がそもそも縁ためになるようにできている。
もしそう思えたら、全ての物事の見え方が少し変わってきませんかという話なんですね。
でも僕らは知っていますよと。
解けない謎とか、解きあぐねている謎がだんだんストレスになってしまう時ってあるじゃないですか。
そんな時に、おまじないのようにこれをするとこうなるという安易なパーツについ飛びついてしまうんですが、
これがマジカルシンキングなんですよね。
そういう魔法っていうのは、本来は存在しないんだけど、魔法にかかってしまう。
子供の頃に毛布をかぶったら私は見えないのと同じように、
大山歩道を歩いたら政府みたいなのと同じように、
そうしていると安心なんだけど、でも外の世界は全然変わっていないというところ。
じゃあどうすればいいかという話なんですが、人生を縁ためとして楽しむためにはレタリシーがいるよと。
レタリシーって何っていうのが、なぜっていう問いを自分でちゃんと問いかけて、
自分の思考の中、自分の思考のブロック、レゴブロックをちゃんと自分で組み立てて、
オペレーションできるようになっていくことがすごい大事だと思うんですよね。
僕はその組み立て直すことそのものが人生の再創造だと思っています。
人生を改めて作り直していくという、リジェネレーションみたいな感じかなと思っています。
僕らは人生の謎を解きたいし、自分が何をしていきたいのかを知りたいでしょうと。
そのためにいろんなことを学んでいきます。その目的はもうはっきりしています。
人生を楽しむため、そのためにこそ学ぶと。
過去の自分を今の自分を理解して超えていく、含んで超えていく、超え続けていく。
つまりは可能性を開き続けていく。そんな可能性を開く生き方。
これが人生の再創造だと言えます。
今日はマジカルシンキングと、それからオペレーショナルシンキング、操作的思考というのを紹介させてもらって、
そしてそれこそが、含んで超えることなんだよという話をさせてもらいました。
僕らはいつでもここから先に行ける力がありますよと。
人生はエンタメです。
今日の合言葉みたいに使いました。
というわけで、もしこの話が面白かったらぜひ感想をお聞かせください。
チャンネル登録、フォローもお待ちしております。
Thank you for having me. Thank you for the radio.
GUDETAKIでした。
27:51

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